2026.7.29(水) 伊豆治療紀行(47回目の2日目)
治療のための、伊豆での一泊二日の滞在においては、夕食は外で、朝食はコンビニエンスストアや駅ナカの店で買ったものを部屋で、という形が今年の1月より定着した。それはひとえに合理性を求めてのものだ。そして1日目の夕食は、ことし3月から通い始めた南伊東駅前のビストロで、今後も変わらないような気がしている。
ところできのうは酔って寝て、日付の変わった1時に目を覚ましたときには宿の枕に頭を預けて眠っていた。よって「これはいけない」と、床に置いたトートバッグから持参の枕を取り出し、それを首に巻いて、ふたたび眠りに落ちた。
今朝「伊豆高原痛みの専門整体院」の治療台にうつ伏せになり、きのうとおなじく先生の触診を受けると、先生は「いいですねー」の代わりに「若干…」とか「すこし張ってるな」と口にしたから、小さな不安が勃興する。そしてやはり、今日の9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は「ただ触れているだけ」だったきのうとは異なって、背中と腰には熱さと圧力、そして膝の裏側にはそれに加えて結構な痛さを感じさせた。原因はひとえに、宿の枕が僕の頭や首に合っていないところにあると、先生は言う。来月は、宿に入るなり、持参の枕を布団の上に用意しておこう。
新幹線の中で別れた家内と落ち合うまでの時間は、普段であれば、新橋から銀座、京橋、日本橋と、銀座線の上を北上しつつ調整する。しかし今日は日本橋を降り出しに、徐々に南に至る。スマートフォンによる東京の今日の最高気温は35℃。晴れてはいるものの、日差しはそれほど強くない。
中央通りを、赤いフェラーリ812の右ハンドル車が、ゆっくりと銀座へ向かいつつある。その古典的な横顔に「良いね」とは思うけれど、欲しい気持ちは起きない。僕はクルマは全長4メートル以内、排気量はせいぜい1600ccまでのものが好きなのだ。
京橋のパタゴニアで、僕ごのみの色柄のシャツを見つける。しかし19,800円の価格は僕の経済観念に照らせば手が出づらいこと、アロハは古着市場でプレミアの付いているものも含めて社員に形見分けするほど持っていること、それらのいずれも何年も着ていないことから、色柄は好みでも、僕の目を引き寄せたそのシャツを買うことはしなかった。
おなじ京橋のモンベルでは、防水性の高いショルダーバッグが新製品として出ていることを知り、いくども触る。しかし貴重品を入れるチェストポーチとしては、現在のtomtoc製が自分には最も優れているため、こちらもひやかしたのみにて、他の売り場へ移った。
京橋から日本橋への復路も、地下鉄は使わず歩く。今度は小豆色のランボルギーニ・ウラカンが、やはり銀座へ向かってゆっくりと、あるいはのっそりと進んでいく。こちらについては「良いね」とは思わない。
それはさておき9月のタイ行きに持参する本は、1冊は決めている。しかし滞在日数が12日間であれば、途中で読み終える恐れがある。よって丸善で、次の1冊を、ほぼ決める。
ネット上の本屋は、その黎明期においては、抽象的な言い方になるが、本を「点」で見つけていた。それが今では技術も上がって「線」で探す感じになっている。しかし実際の書店では「面」で、あるいは感覚を頼りにその書棚に近づくことができる。アナログの書店は、そこのところが有難い。
家内とは16時55分に待ち合わせていた。そして夕食を摂って、浅草19:19発の下り特急に乗り、21時過ぎに帰宅を果たす。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび、豚汁
昼飯 「ベックスコーヒーショップ」のB.L.T、アイスロイヤルミルクティ
晩飯 「吉野鮨本店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)
2026.7.28(火) 伊豆治療紀行(47回目の1日目)
時刻は3時すぎ。いつものように食堂の、南東と南西に面した窓を開く。きのうに引き続いて涼しい。そして部屋の空気が外からの空気に完全に入れ替わると、涼しさどころか寒さを覚えてきた。まるで高原にいるような感覚である。半袖のポロシャツ1枚で耐え難い気温とは何度くらいのものだろうと考えるも、寒暖計を確かめることはしなかった。
剥き出しの腕は、木綿のセーターを求めている。しかし脳は、夏に重ね着をすることを拒否している。結局は壁際に置いた足温器をテーブルの下に引き込んで、電源を入れる。
上りの特急が下今市を発車したのは10時52分。東海道新幹線が小田原を過ぎるころに降り出した小雨は、伊豆急行が伊豆半島の東岸を南下するに連れて驟雨に変わった。伊東に着いたのは14時51分。雨は幸い、傘を必要としないくらいまで弱まっていた。
駅前で予約済みのレンタカーに乗り、宿には荷物を置いたくらいで、すぐにまたスズキソリオの運転席に着く。
「伊豆痛みの専門整体院」の治療台にうつ伏せになった僕のアキレス腱のあたり、ふくらはぎ、膝の直下、膝の両側を触りつつ先生は「いいですね」と呟いた。そして首の両側を押しつつ「これまでで一番、良いんじゃない」と続けた。それを聞くと僕は大いに安心をする。自分のからだの状態が良いことに安心をするのではない。この整体院の電子ペンによる治療は、具合が悪いほど、それを打ち込まれたところに痛みを感じさせるのだ。膝など肉の薄いところが悪化したときなどのペン先による痛みは、まるで拷問まがいである。
治療は案の定、痛みは両膝の一部にすこし感じたのみ、更には時間もごく短く終わった。後は別のベッドに仰向けになって、膝への低周波を、家内の治療が終わるまで受けるのみだ。
夕食は前に来たときに予約をしておいたビストロで摂り、宿に戻ったら入浴をして即、寝に就く。
朝飯 スクランブルドエッグ、鮭の日光味噌と地酒酒粕の焼きほぐし、胡瓜の辛子漬け、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、揚げ湯葉の甘辛煮、メシ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「日本橋だし場」の炭火焼き鳥弁当」、JAVA TEA
晩飯 “Brasserie ChouChou”のグリーンサラダ、帆立貝のブルゴーニュ風バター焼き、パン、オーストラリア産サーロインのステーキ、ソーヴィニヨンブランのグラスワイン、ランドックのグラスワイン、クレームブリュレ、サントリー「角」(生)
2026.7.27(月) 解けない謎
今朝はことのほか涼しい。涼しさは心地の良さをもたらす。しかし面白くはない。夏の朝はすべからく「東京物語」で平山周吉がつぶやいたような、酷暑を予感させるものであってほしい。
今月24日の日記に書いたお客様への挨拶文を、忙しない事務室から離れて、4階の食堂で清書する。これを長男が画像にしてデザイナーへ送ったところ、文字と文字の間の空間や改行の調整にかなりの手間を要すると電子会議室に返信があった。よって今週の木曜日に書き直して再送する旨の返事を送る。意外や早く書けたと喜んだ文章ではあったものの、結局は、デザイナーに要請された最終の期日の納付、ということになってしまった。
ところでこのところは開店と閉店に伴う一連の作業、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品、販売係が手薄なときの手伝いなどの業務に加えて、今日の清書のような、何かひとつでも特別なことをすれば、いかにも仕事をしたような気分になる。これすなわち加齢によるものだろうか。
加齢といえば、あれほど好きだったラーメンにさっぱり興味を失ったことが、不思議でならない。小遣い帳を「ラーメン」および「冷やし中華」で検索してみれば、2024年7月23日に東郷町のフジヤで冷やし味噌ラーメン、同年8月22日に小倉町の食堂ニジコでラーメンを食べて以来、それら4文字はプッツリと途絶えている。
それが今日は、孫に請われたこともあって、皆でフジヤに出かけてみた。家内が注文した冷やし味噌ラーメンを分けてもらうと、2年ぶりのそれは相変わらず美味かった。だったらなぜ、ラーメンから足が遠のいたのか。なぜ具だくさんのラーメンではなく、具のない盛り蕎麦を選ぶようになったのか。加齢による変化ではあるだろうけれど、まったくもって、解けない謎、である。
朝飯 茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、鮪の生姜煮、胡瓜と若布の酢の物、生玉子、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、茗荷と揚げ玉の味噌汁
昼飯 溶き玉子のつゆの素麺
晩飯 「フジヤ」の冷やし味噌ラーメン、焼き餃子、日本酒(燗)、家に帰ってからの「久埜」の麩饅頭、Old Parr(生)
2026.7.26(日) 自製の理由
ことし初めての麺つゆが完成したのは今月14日の朝。できた量は2,149ccだった。それが今日の昼には枯渇する模様だったため、きのうの夜より2回目の麺つゆ作りに取りかかった。2リットルを超える麺つゆが2週間もしないうちに無くなろうとしているのは、天ぷらのつゆに流用したりしたためだろう。
昨夏、麺つゆ作りは4回で済むと考えていたものの、足りなくなって、9月13日に5回目を行った。その記録が残っていたから、今年はその回数に足りる材料を、梅雨の前に確保しておいた。
家内に言われるまま砂糖を増やした結果、今年はじめてのそれは、僕には甘すぎた。よって2回目の今回は、その量を15パーセントほど減らしてみた。
麺つゆは、出来合いを買うより自製する方が高くつく。しかし市販のものより自分で作った方が美味いこと、今回のように味の調整ができること、またあれこれ工夫を凝らすことのできる面白さなどにより、結局は毎年「面倒くせぇな」と感じつつも、鍋に向かうことになるのだ。
さて今回の麺つゆは、いつまで保ってくれるだろう。とにかく毎日、昼に素麺の食べられることが、嬉しくてならない。
朝飯 胡瓜の辛子漬け、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、大和芋のすりおろし、鮪の生姜煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニと大根の味噌汁
昼飯 大和芋のすりおろしのつゆの素麺
晩飯 「やまだ宴楽」の其の一、其のニ、其の三、其の四、其の五、其の六、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2026.7.25(土) ナツグモ
起床は4時。普段ではれば、仏壇のお供えを済ませたら即、コンピュータを開く。しかし今日ばかりは湯沸かしポットの電源を入れたところで冷蔵庫から胡瓜を取り出し、辛子漬けの調理に取り掛かる。
この漬物をつくることは僕には初体験だ。ウェブ上のレシピはおしなべて、驚くほどの砂糖の量を示している。僕は酒飲みだから、甘い漬物は苦手だ。しかし初めてのことであれば、とりあえずは「標準」に従うべきだろう。そういう次第にてきのう道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で買った胡瓜を洗って刻み、その重さを計ってから、それに見合うだけの砂糖や塩や粉がらしを計る。そしてそれらをビニール袋に入れて、全体をなじませる。
これを2時間ほども常温に置けば、袋の中には胡瓜から出た水が粉からしを溶かして黄色く満ちる。そこに、これまた胡瓜の重さに見合った茹で蛸をぶつ切りにして加え、冷蔵庫に格納する。
日中には、なにか目覚ましい仕事をしたような気がするものの、その内容についてはまったく覚えていない。午後もなかばを過ぎるころ、南東の空に素晴らしい夏雲の立ち上がったことに気づいて屋上へ上がる。しかし雲は、地上から屋上へ至る2分ほどのあいだに随分と形を変えてしまっていた。
夕食の前に、サワンカロークの疎林のなかで拾ってきた陶片に、胡瓜と蛸の辛子漬けを盛ってみる。この、長年の風雪、否、タイの中部に雪は降らないだろうから、長年の風雨にさらされたおもては緩やかな凸状を示しているから、元は巨大な壺だったのかも知れない。陶片の乳白色は胡瓜の緑と蛸の赤をよく引き立たせたものの、凸状であれば、汁気のあるものには使えないだろう。
胡瓜と蛸の辛子漬けは、まぁまぁ美味かった。次は砂糖と粉からしの量を減らし、酢を加えてみようと思う。
朝飯 揚げ玉、たらこ、梅干、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 紫蘇の葉のつゆの素麺
晩飯 胡瓜と蛸の辛子漬け、冷奴、鶏ささみ肉と小松菜の胡麻和え、大根おろしを添えたパプリカと茄子の素揚げ、焼き鳥、「松瀬酒造」の「松の司限定純米」(冷や)
2026.7.24(金) ツァンパー
4時すぎの食堂には熱気がこもっていたから、きのうとおなじく南東と北西に面した窓を開ける。しかしきのうとおなじく風は通らないから、開けたばかりの窓を閉めて天井の空気調整機を冷房で回す。しばらくするときのうとおなじく足元が寒くなってきたから、きのうとおなじく空気調整機は止めて、きのうとおなじく、ふたたび窓を開ける。すると今度は、朝食を終えるまで、部屋は涼しいままに保たれた。
7月も最終週が近ければ、きのうは事務机の左手に提げたカレンダーの、8月のひと月分を確認した。8月は繁忙の月だから、そこには諸々のすべきことが書いてある。そして唯一、遊びに関しては「8/20(木)までに2027.02のウドンとチェンライの宿をAgodaで予約すること。ステイタスの関係」とあった。
ラオスとの国境が近いウドンタニーには、これまで3回、行っている。新型コロナウイルスが世界中に蔓延しはじめた2020年3月に使ったホテルのプールサイドには、タイ語ではリラワディ、ラオス語ではツァンパー、一般にはプルメリアと呼ばれる木による日陰があった。2回目と3回目は、初回より幾分か高いホテルを使った。こちらのロビーや部屋の雰囲気は申し分がないけれど、プールは日当たりが良すぎて、薄曇りの日にパラソルの下にいたにもかかわらず、昨秋はひどく日焼けをした。
そのことから、今秋のホテルは、最初に使ったところに戻って予約をした。ここでもういちど居心地を確認してから来春のホテルを決めたいところだが、カレンダーの文字は8月20日までの予約を急いている。せいぜい迷ってみることにしよう。
さて目の前にぶら下がっている仕事としては、お得意様へ向けて10月に投函するご案内の、挨拶文をそろそろ作らなくてはならない。デザイナーに指示された納期は「7月29日か30日」。夏のさなかに秋の挨拶を綴ることは中々の難題ながら、どうにかすることにしよう。
と、ここまで文字を連ねたのが7月24日の早朝。しかしその挨拶文は、昼前にはあっけなく書けてしまった。ペンによる清書は、事務係と販売係の充実している日を選び、且つ仕事場を離れてすることにしよう。
朝飯 生のトマト、スクランブルドエッグ、納豆、春雨の中華風炒め、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆの素麺
晩飯 レタスのサラダを添えた鶏肉とマッシュルームのトマト炒め、パン、チーズ、梅の砂糖煮、TIO PEPE
2026.7.23(木) 夏よいつまでも
食堂の電波時計は3時を3分だけ過ぎていた。僕にとっては理想的な起床時間だ。夕食の席で過分に酔って椅子の上で寝てしまうとか、風呂に入る前にひと休みのつもりでベッドカバーの上に仰向けになって、しかし天井の明かりを点けたまま数時間ほども眠ってしまうとか、そういう失敗をすると、朝の、ひとりの、静かな悦楽は得られない。
食器洗浄機がいまだ動いている食堂は、機械の発する熱気もあって、大いに蒸し暑かった。その熱気を逃そうとして南東と北西に面した窓を開けるも、風は通らない。仕方なくその窓を締めて、天井の空気調整器を冷房にして回す。
小一時間ほどして寒さを感じるほどになったら空気調整器は止めて、窓を開ける。7月下旬の晴れの朝であれば、5時30分を過ぎれば部屋は本を読めるほどには明るくなるから、天井の明かりを落とす。
そういえば、きのうの夕食時には窓から雷光が望めた。ここに至って「一体全体、何回、それを窓に入れたよ」と苦く笑いたくなる「2026 関東 梅雨明け」を、検索エンジンに入れてみる。「AIによる概要」には「気象庁は2026年7月20日に関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表しました」と出た。夏には、できるだけ長く続いてほしい。
朝飯 パプリカとブロッコリーのソテーを添えた目玉焼き、納豆、牛肉のすき焼き風、揚げ湯葉の甘辛煮、胡瓜と大根の糠漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 玉葱のつゆの素麺
晩飯 たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」のタレで食べる鰹の刺身、枝豆、とうもろこしのバター炒め、春雨の中華風炒め、空芯菜の牡蠣油炒め、肉団子のあんかけ、「松瀬酒造」の「松の司限定純米」(冷や)
2026.7.22(水) 遺失物の収容
起きて洗面所へ行くと、低い戸棚の上の電波時計は2時54分を示していた。
きのう20時03分に下今市の駅に着いて、跨線橋を渡りつつ、トートバッグにiPhoneの無いことを、うすうす感じた。改札口を出て待合室で調べてみると、iPhoneはやはり無かった。特急の座席指定券はiPhoneを用いて買い、席にはそのiPhoneを確かめつつ着いた。そのことからすれば、iPhoneは車内に置き忘れた可能性が高い。
それを伝えたところ、駅員は僕の席の番号およびiPhoneの色を訊ねてメモに残し、待合室で暫し待つよう言った。
下今市から終点の日光までは僅々7.1キロメートルの距離だから、iPhoneが見つかったとの、日光駅からの返事はすぐに戻った。僕は駅員の差し出した専用の紙に自分の名と電話番号を記し、明朝の、日光駅の開く時間を確かめて家路をたどった。
4階の自宅にはwifiが無く、コンピュータはいつも、iPhoneを用いてインターネットに繋いでいる。今朝はそれができないから事務室へ降りてWordPressを開き、きのう書きかけたきのうの日記をディスプレーに出したまま4階へ戻る。そしてそれをエディタに写し、文章を完成させる。
時刻はいまだ4時にも至らない。よってきのう事務室に届いたらしい、孫のリコのために買った「小さなバイキング ビッケ」の包みを解き、最初の章である「ビッケ、オオカミに追いかけられる」を読む。それでもなお時間があるため屋上へ上がり、明け方の空気に触れる。北に目を遣れば、左から右へと動いていくヘッドライトは、大谷川の手前のバイパスを行くクルマだろうか。その向こうを右から左へと動いていくヘッドライトは、大谷川の対岸を行くクルマだろうか。しかしあの川沿いに、果たして道はあっただろうか。そんなことを考えるうち、一羽の白鷺が東から西へ向かってゆっくりと飛んでいった。
食堂に戻って今度は開高健の「生物としての静物」のうち「ラッキー・ストライクよ永遠に」を最後まで読む。ここで時刻はようよう4時45分に至ったため、地上に降りて外へ出て、ホンダフィットの運転席に着く。そしてハンドルを西へと向ける。
東武線の日光駅には4時59分に着いた。にこやかに応対をしてくれた駅員は所定の紙を差し出し、僕はそれに住所、氏名、電話番号を書き込む。駅員はその電話番号を、駅の電話機で呼び出す。それに応じて僕のiPhoneは着信音を発した。ここですべては終了。きのう下り特急の車内に置き忘れたiPhoneは、無事に僕の手に戻った。今月末に東武線の特急を使うときには家内も一緒だから、今回のような粗相は免れるだろう。
夕食が終わりつつあるころ「小さなバイキング ビッケ」を孫のリコに手渡す。今は「エミール」を読んでいるという彼女に「ビッケ」はいささか簡単すぎたかも知れない。そのリコに「ドイツ語版のエミールでは”auf füße”という言葉のみ覚えている」と伝えると「それだけ覚えていてもしょうがない」と返される。おっしゃる通り、である。
朝飯 生のトマト、鮪の生姜煮、揚げ茄子、スクランブルドエッグ、胡瓜と大根の糠漬け、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、なめこのたまり炊、茗荷とズッキーニの味噌汁
昼飯 揚げ玉のつゆの素麺
晩飯 マカロニサラダ、パプリカとブロッコリーのソテーとマッシュドポテトを添えた鶏のチーズ焼き、クロワッサン、チーズ、「サンサンワイナリー」の「柿沢シャルドネ・ネイキッド2025」
2026.7.21(火) 玉関西望堪腸断
上杉謙信は鞭の音も粛々と、夜の千曲川を渡った。と、ここまで書いたところで、この頼山陽による有名な詩がしっかり韻を踏んでいるかどうかを、新漢字林で調べてみる。すると、当該の漢字を音読みしたときに薄々感じていたことだが、まったく押韻していないことが分かった。よって次は「日本人のつくる漢詩 韻を踏んでいない」と検索エンジンに入れてみる。「AIによる概要」には「それでいいのだ」という意味のことが出た。
とすれば、日本のある政治家が自作を毛沢東に贈り、毛沢東はそのお粗末さを嗤い、しかし周恩来は紳士だから漢詩についての本をその政治家に土産として手渡したという噂話の、その漢詩は日本式のものだったのかも知れない。
とにかく、僕は夜の千曲川ではなく、14時38分の神田川を、聖橋の上を歩いて南から北へ渡る。そして湯島聖堂への石の階段を降りて、斯文会館の講堂に入る。スマートフォンの天気予報によれば、本日の東京の気温は35℃。講堂には冷房が効いていた。
ゴトージュンイチ先生の講義のあいだに時宜を得て、今月10日の日記に書いた、唐代の中国人は辞書を調べなくても漢字の平仄や韻目が分かっていたのではないかという、かねてからの疑問を質してみた。先生の答えは「それは今となっては不明です」とのことだった。
ところで本日、教材に用いたうちの、岑参による以下を皆で声に出して読み下したときには「僕、行ったことあります」と手を挙げたいところだったけれど、講義の邪魔をしてはいけないと考えて、それをすることはしなかった。
東去長安万里余
故人何惜一行書
玉関西望堪腸断
況復明朝是歳除
それにしても、あのような砂漠の先まで赴任する気分を想像してみれば、「堪腸断」も決して大げさではない。進士の試験に合格してなお、楽でなかった役人もいたのだ。
定時の15時に5分おくれて講堂に入ってきた先生は、しかし16時30分の定時で講義を終えた。来月の教室は夏休み。9月は仕事の関係から僕はここに来られない。よって10月までにどこまで自習してくるべきかを先生に訊き、それをノートに書き付ける。
床屋へは教室の前に行っていたから今日の時間配分は楽だ。17時すぎに北千住へ戻って飲酒活動をし、18時33分発の下り特急に乗って20時すぎに帰宅を果たす。
朝飯 目玉焼き、ピーマンの網焼きと茄子の素揚げ、キャベツの浅漬、胡瓜と大根の糠漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ドトール」のトースト、アイスコーヒー
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、チューハイ、それを濃くするためのナカ
2026.7.20(月) 海の日
おとといは強い雨。きのうもまた、ぐずついた天気だった。しかし今朝の空には日の出の気配がうかがえた。よって家内がつけたテレビではFIFAワールドカップの決勝戦が始まっていたものの、食堂から応接間を横切って、階段室の扉に鍵を差し込む。
夜が明けつつある屋上には暖かい空気があった。「防ぎようのない暑さの夏より、着込めば凌げる冬のほうがまし」という人がいる。まったくもって、信じがたいことだ。
スペイン対アルゼンチンの延長戦が決まったところでようよう、家内は隠居の厨房へ向かうべく席を立った。僕はテレビを消して、家内と共に1階へ降り、急ぎの注文などがファクシミリで入っていないかどうかを事務室で確認する。そこに長男に連れられて3人の孫が降りてくる。その姿を見て、今朝から町内のラジオ体操が始まることを、あらためて思い出す。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様からのご要望があって、11時がちかくなるころ蔵見学にご案内する。自分の体感としてはそれほどのこととも思ってこなかったが、今年は例年にくらべて梅雨どきの日照が少なく、雨が多かったらしい。その結果、夏野菜の不作と高騰が心配されている。一方、水を好む生姜は「今のところ」ではあるけれど、豊作が予想されている。紫蘇の実の出来については不明ながら、できるだけ長い期間で買入れをしたいと考えている。
午後には清々しく天気雨が降った。それが上がろうとする間際には、ごく小さくではあったものの、雷鳴が届いた。日光地方の梅雨は、今日を以て上がるのではないか。夏に最も似合いの四字熟語は光輝燦然。冬至のころを思えば、天国である。
朝飯 キャベツの浅漬け、揚げ玉、焼鮭、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 生玉子のつゆの素麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、家に帰ってからのエクレア、Old Parr(生)








































