2026.4.18(土) 大変ではない
きのうの日記を書こうとしてWordPressを開く。するとそれはきのうのうちに、ほぼ書き上げられていた。よって軽く推敲を加えて保存し、食事の画像をはめ込むと時刻は4時30分。東の空は既にして紅味を帯び始めている。秋の夕べの「つるべ落とし」に対する、春の朝の急に明けゆく様をあらわす言葉があるだろうか。知る人がいれば、ぜひ教えていただきたい。
ところで18日の販売係は9時から10時までのあいだが手薄になるため店に入って欲しいと、今週のはじめより販売主任のサイトーミホコさんに頼まれていた。それに従って、9時前より店頭に立つ。10時を過ぎて人員が充実すると、しかしお客様の数も増えて忙しさは変わらないため、そのまま店に居続ける。
15時まで7分というところで、15時より町内の2025年度の会計監査が公民館で行われることを思い出す。事務机の目立つところに忘備のポストイットを貼っておいても、この始末である。もっとも銀行の複数の通帳や、2025年度の支出証拠書は、朝のうちからトートバッグに準備が済んでいる。そういう次第にて、それを提げて公民館へ急ぐ。自治会長、ふたりの監査役、それに会計係の僕を加えた4名による会計監査は、30分で完了した。
終業後に3台のキャッシュレジスターを締め、明後日の釣銭を整えたところで、19時より町内役員の会議がある旨を長男に伝える。「大変だね」と長男は笑ったものの、夜の会合については、僕は長男より数十倍も楽をしている。心の負担になるたぐいの団体には、ハナから加わらないようにしているのだ。
そして四階へ戻って簡単な夕食をそそくさと摂り、19時5分前に公民館へと向かう。
朝飯 沢庵、擂り胡麻、明太子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、なめこのたまり炊のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 人参とブロッコリーとマッシュルームとベーコンのオムレツ、パン、チーズ、TIO PEPE、公民館から帰ってからのSMIRNOFF VODKA(ソーダ割り)
2026.4.17(金) 乾物の在庫
目と鼻に花粉によるものと思われる異変を感じたのは、この日記によれば今月4日のことだった。その時期に飛ぶ花粉は檜のものらしい。以降は過去に皮膚科で処方された抗アレルギー薬を服用し、また8日には抗アレルギーの目薬を買って、差しはじめた。ところが今朝、起きてあれこれのことをしながらふと気づくと、目と鼻には特段の違和感を覚えていないことに気づいた。あるいは、檜の花粉の飛散する最盛期が去ったのかも知れない。
さてこの日記を今月の6日に遡ってみれば「ユニクロの超極暖ヒートテックタートルTを、先月の25日からは普通のヒートテックタートルTに替えた」とある。その「普通のヒートテックタートルT」も、今はユナイテッドアスレの、何年着てもすり切れない半袖のポロシャツに変わっている。その上に重ねているのは、やはり今月6日の日記に書いた、ユニクロのセーターである。そして今朝は、そのセーターを脱いで、半袖一枚で朝食の準備をした。
こうなれば、昼のにゅうめんが冷たい素麺になる日も、それほど遠くはないだろう。そう考えて、またまたこの日記を遡る。すると先月31日の日記に「(昨年は)6月20日からタイへ行く直前の9月24日までは、ざる素麺を食べていた」という書き込みが見つかった。
そういう次第にて、素麺のつゆに必要な、昆布や鰹節や干し椎茸の在庫を調べてみた。その結果、昆布はいまだ保つものの、二種の鰹節と干し椎茸は、買い足さなければならないことが分かった。しかし昨年のざる素麺の食べ初めが6月20日であれば、それほど急ぐこともないだろう。よって注文すべき乾物とそのグラム数を、事務机の左手に提げたカレンダーの、6月はじめの空白に書き入れる。
朝飯 生のトマト、玉子焼き、納豆、沢庵、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 鰤の燻製とトマトとベビーリーフと筍のサラダ、パン、2種のチーズ、TIO PEPE、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018
2026.4.16(木) 綺麗サッパリ
薄明にTikTokを開き、イタリア協奏曲の第三楽章を、先ずはワンダ・ランドフスカ、次はラファウ・ブレハッチで聴いてから起床する。
きのうおとといと留守にしていたため、 7時40分に降りた事務室の机の上には、郵便物と共に複数のメモが重なっていた。そのうちの1枚には、数週間前に土地を売ることを頼んだ会社の、宅地建物取引士からの「木曜日に改めて連絡をする」旨のものもあった。そしてその電話は10時24分に鳴った。ひとつは会社、ひとつは僕の名義になっている隣りあった土地が、一括で売れたという知らせだった。
店や住まいから南へ数百メートル離れたところに、その土地はあった。芝のような短い草の生えた窪地で、しかし日当たりは良く、まるでおとぎ話に出てくるようなところだった。ところがいつしか開発の手が伸びて、窪地には土が盛られ、道が通り、持ち主には代替地が与えられた。思い出の風景が失われてから流れた年月は、60年ちかくに及ぶかも知れない。
その、かつての代替地を売る仲介を頼んだ会社の社長と資格を持つ連れの人は、11時に来社をした。僕は差し出された複数の契約書に複数の署名と捺印をした。事務室の大テーブルでその反復行為のような仕事を終えると、何やら「綺麗サッパリ」という気分になった。
そうしてその二人を見送り、何気なく左手をズボンの後ろに回すと、すり切れて開いた穴を指先に感じた。
2022年10月にユニクロで3本をまとめて買ったズボンは、昨月の21日に、太腿の部分の擦り切れがひどくなった1本を捨てた。いま穿いているズボンは、今週の月曜日に、尻のすり切れに気づいた。仕事用のズボンは月曜日から日曜日までの7日間を穿いて、洗濯をすることにしている。よって尻に穴の開いた現在のズボンは、日曜日まで穿いてから捨てようと思う。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、カマスの干物、穂運連想のソテーを添えた目玉焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 茹でた人参とブロッコリー、マッシュルームのソテー、刻みキャベツと生のトマトを添えたスコッチエッグ、メシ、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018
2026.4.15(水) 伊豆治療紀行(44回目の2日目)
早朝、来月にお客様へお送りするお知らせの、文章を確かめるよう促す長男からのメッセンジャーに気づく。
加齢により荷物はできるだけ軽くしたくなったこと、また日記を書くことに習熟したこと、そのふたつの理由から、一泊程度の外泊にはコンピュータを持たなくなった。よってスマートフォンに人差し指を滑らせつつ、キーボードを使うときより格段に長い時間をかけて、返信を送る。キーボードを備えたデジタルメモ「ポメラ」には、この数年のあいだ、大いに興味をそそられている。しかしそれを持てばそれだけ荷物が増えるから、結局のところは手に入れないままに終わるだろう。
「伊豆痛みの専門整体院」にはいつも、前の月のうちに予約を入れる。今回もそうしたものの、今日は我々より早く予約を入れた人があって、だから来るよう言われた時間は朝一番ではなく10時になった。
今日の治療は、左膝の上の一点のみ、きのうより痛みを感じた。腰に斜め横から打ち込まれた電子ペンにはそれほどの苦痛を感じず助かった。先月の訪タイ中より腫れはじめた右中指の第二関節は、この二日間の治療で随分と良くなった気がする。
伊東からは、予想したより早い12:15発の上りに乗れた。東京まで行く家内とは、新幹線こだまが品川に着いたときに別れた。そして新橋には14時5分に着いた。熱海駅の新幹線プラットフォームからいつもの床屋に入れた予約は14時10分。絶妙の時間はこびである。
散髪は30分で終わった。家内との待ち合わせは日本橋で6時55分。僕は、時間の調整には山の道具屋と本屋を使う。
京橋のモンベルでは、旅行中に便利そうな小さなランプを見つけるも品切れ。スマートフォンで調べたところ、東京の別の店には在庫があったため、係のオネーサンに取り寄せを頼む。黒と緑のふたつを持っていたメッシュのポーチは黒い方が破れて捨て、緑の方も内側の防水幕がほころんできたため、おなじ品の赤い色を買おうとしたところ、廃番になっていた。
そこから日本橋までは徒歩で丸善に到り、三階の喫茶店でアイスクリームを食べつつ1時間ほども本を読む。するとすこし寒くなって、半袖のTシャツに木綿のセーターを重ねる。
目の前の高島屋で落ち合った家内と夕食を済ませると、時刻は18時10分。高島屋に戻って少々の買い物をし、銀座線で浅草に出て19:19発の下り特急に乗る。帰宅は21時30分ちかく。即、入浴をして即、就寝する。
朝飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
昼飯 2種のおむすび、綾鷹黒豆ほうじ茶
晩飯 「吉野鮨本店」の鮨あれや、これや、それや、他あれこれ、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)
2026.4.14(火) 伊豆治療紀行(44回目の1日目)
夜の明ける2時間ほども前よりコンピュータに向かい、きのうの日記の他に、いつでも使うことのできる、いわば「日記の在庫」とでも呼ぶべきものも、ひとつ書く。きのうも別の半日分を書いた。他に、何年も前に書いていまだ日の目を見ないものも保存してあり、だから現在の日記の在庫は二日半分、ということになる。
それはさておき下今市10:52発の上り特急リバティに家内と乗り、北千住、東京、熱海と列車を乗り継いで伊東には14時51分に着く。空は晴れているものの雲も多く、車窓から眺める伊豆の海は、それほど鮮やかではない。
駅前のレンタカーは15時に予約をしておいた。それを使って先ずはいつもの温泉旅館に荷物を置く。我が人生最強の治し屋「伊豆痛みの専門整体院」のワタナベマサヤス先生には16時に来るよう言われていたから、ゆっくりしているヒマは無い。伊東市広野の旅館から伊東市吉田の治療院までは、僕が運転をする限り、バスも通らない、急坂と急カーブの続く裏道を往く。
「これまでで一番、良いんじゃない?」と先生に言われた先月ほど楽ではなかったものの、9,000ボルトを発する電子ペンを押し当てられる背中や腰や膝や手指には、それほどの苦痛を感じず助かった。
夕食は、昨月はじめて入ったフランス料理屋が存外に当たりだったため、帰り際に今日の予約をしておいた。前回はワイン1本を干したものの、今日は自重をしてグラスでの注文に留めておく。
宿へ戻ったら地下の大風呂へ行く。伊東の温泉はおしなべて温度が低い。よってこの旅館では一段高いところにある「熱めの湯」と札のある浴槽に浸かる。今日の湯温計には43.4℃の数字があった。また脱衣所で計った体重は54.1キログラムだった。昨年50.0キログラム台まで落ちたそれが、ここまで増えた理由は不明。そして部屋へ戻って即、就寝する。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、納豆、ハムエッグ、菠薐草の胡麻和え、胡瓜と蕪のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、豆腐と若布と玉葱の味噌汁
昼飯 やまやのうまだしおにぎりせっと、JAVA TEA
晩飯 “Brasserie CouChou”のグリーンサラダ、帆立貝とからすみのカルパッチョ、パン、牛ホホ肉の煮込み、白と赤のグラスワイン、クレームブリュレ、サントリー「角」(オンザロックス)
2026.4.13(月) 桜いろいろ
寝室から洗面所、そこから南東に面した短い廊下を経て食堂に入る。食器棚の電波時計は3時台の最後の1分を指していた。このようなときにはいつも、ギャビン・ライアルの「深夜プラスワン」を思い出す。この小説をハードボイルドの最高峰と評する人もいるけれど、そしてその評判に惹かれて僕も読んではみたものの、物語に引き込まれることはまったくなかった。
ここ数十年のあいだ、小説からは、ほとんど遠ざかっている。食指の伸びなくなった理由は不明。本棚には、小説以外のものが増えるばかりだ。
それはさておき今日は月曜日。週末には店の忙しくなる楽しさがあり、週の初めには、またそれなりの張り合いがある。5時台より取引先にメッセンジャーを送ると即、返事があって、気を良くする。曜日や時間を問わず連絡のつく仕事相手は有り難い。
9時を過ぎたところで和菓子の「久埜」に電話を入れ、最中の詰め合わせを予約する。用意はすぐにできるとのことにて、即、ホンダフィットの運転席に着く。そして購ったばかりのをれを、今般のお祭に際して、町内の祭壇に御神酒を上げてくださった方々にお届けする。これもまた、会計係の仕事である。
ホンダフィットは事務室の前の本来の場所へ戻す前に、蔵の裏手に駐める。そして柴折り戸から隠居の庭に入り、桜の具合を確かめる。山桜はほとんど新緑に変わった。枝垂れ桜は満開のすこし手前、というところだろうか。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の次の営業日すなわち今月の18日から20日までは、何とか保ってくれるだろう。
朝飯 なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとキャベツと豆腐と玉子の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 納豆、牛蒡と人参のきんぴら、蕪と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、五目焼きそば、「齋彌酒造」の「雪の茅舎山廃純米」(冷や)、「秋田清酒」の「刈穂山廃純米超辛口」(冷や)
2026.4.12(日) なりゆき
きのう瀧尾神社の春の大祭の始まる前に、参道に集まった面々の中から我が春日町一丁目の自治会長ウカジシンイチさんを見つけ出し、今日の縄外しは何時から始めるかを質した。ウカジさんの答えは「成り行きで」というものだった。僕は几帳面な性格ではないものの、予定は早くから決めておきたい性分らしい。「成り行きではマズイでしょ」とは思ったものの、そのまま引き下がった。
四町内の合同による当番町の屋台は、午前のいまだ早いころに日光街道を遡上してきた。それを間近に見ようとして春日町の交差点に近づくと、そこに三名の町内役員がいた。そして何となく、お祭の縄は、この行列が春日町一丁目と二丁目の境界を越えところで外そうということになった。僕は「なるほどこれが成り行きというものか」と得心して会社へ戻り、外した縄を入れるための90リットルのプラスティック袋と脚立を手に、ふたたび春日町の交差点へ戻った。
各戸の前に出された赤い柱に張り渡された縄が外されるあいだに、町内の公民館では他の役員たちにより祭壇が片づけられ、また公民館の入口を邪魔するように育った低木の伐採も行われた。僕はウカジシンイチさんと相談の上、蕎麦の「やぶ定」に、昼の予約の電話を入れた。
上澤梅太郎商店の前に立てられた二本の赤い柱は、夕刻に社員のマキシマトモカズ君とタカクコータロー君が片づけてくれた。柱を立てるためのコンクリート製の台は重く、これを屋内に仕舞う仕事は容易ではない。
赤い柱に取り付けられる四張の提灯の中には、破れの目立ち始めたものもある。夏の八坂祭が終わったら、張り直しに出そうと思う。
朝飯 納豆、干し海老を薬味にした冷や奴、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草と若布の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の冷やしたぬき蕎麦(大盛り)
晩飯 「なめこのたまり炊」の大根おろし和え、豚丼、「齋彌酒造」の「雪の茅舎山廃純米」(燗)、エクレア、牛乳
2026.4.11(土) 春の大祭
きのうの終業後は、事務室を離れる際に、電子卓上計算機に貼った「4/11土8:45神社」のポストイットを、事務机の真ん真ん中に貼り直した。絶対に忘れないために、だ。
今朝は8時28分に店を離れて四階へ上がり、今月7日とおなじスーツを身につける。このところは、風が吹くと寒い。今日もそのような空模様ならコートが必要と考えていたものの、大げさに言えば、まるで初夏のような陽気になった。そして黒い革靴を履いて日光街道を西北西へ向かう。
一年のあいだに何度か巡ってくる瀧尾神社のお祭りは、何年にも亘る会議の末に、随分と簡素になった。それでも春の大祭は、当番町の金棒引きや稚児、各町内の自治会長、神社総代、神社世話人、また我々責任役員が拝殿に上がるから、人の密度は初詣のときより高くなる。
控える神主は四名。雅楽を奏する令人は三名。神事は祭主一拝から開扉、献饌、祝詞奏上、玉串奉奠と滞りなく進み、小倉町三丁目、同四丁目、二宮町、桜木町の連合による渡御の行列は、10時に神社を出発した。
東日本大震災の際に復興が早かったのは、お祭を維持していた地域だったという。ある政治家からは、お祭を維持している地域は犯罪が少ないとも聞いた。時代の移り変わりにより形は変わっても、地域のお祭は維持されていくべきと、強く思う。
なお僕は来賓と責任役員との直会において猪口一杯よりも多い日本酒をきこしめしたため、午後の、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への見まわりは、いつものホンダフィットではなく徒歩で行った。
次のお祭は八坂祭。そのころには、夏もたけなわになっているだろう。
朝飯 鱈子、揚げ玉、梅干、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、パン、其の三、パン、其の四、其の五、白と赤のグラスワイン、コーヒー
2026.4.10(金) 弥生の空は花ぐもり
上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、過去の写真から推定するに築150年の伝統家屋にあり、南東と南西に面した八畳と六畳に計10席と、それほど大きくない。その空間において、お客様が稠密にならないような、落ち着いてお過ごしになれるような予約の受付方法は長男が思いつき、後に僕が修正を加えた。
インターネットによるご予約は「ぐるなび」を通じて承っている。ご予約の可能な期間は三ヶ月先までで、現在は7月までが可能になっている。当方はその月のご予約をいただく前に、長男の考えた設定を「ぐるなび」に施す必要がある。この作業は中々に根気を要するもので、7月のそれについてはきのう僕が行った。
毎週の土日月が営業日である隠居の今週末の状況は、土曜日が満席。日曜日と月曜日の空席は、それぞれ一卓のみになっている。ご予約をなさらないままいらっしゃったお客様が門前の「満席」の表示に驚かれて「予約制なんですか」と、お訊きになることがある。隠居は予約制ではないものの、ご予約をいただけば席は次々と埋まり、その結果として満席になってしまうことが少なからずある、ということだ。
それにしても今年の桜は早い。空高く育った山桜には、新緑が目立ってきた。染井吉野は、花びらを盛んに散らしつつある。例年は4月の後半から見ごろになる枝垂れ桜は、既にして満開が近い。
今日は午前と午後に、街にホンダフィットを走らせた。郊外に出ると、普段は気づかない桜が大谷川の土手にたくさん目立った。
とここまで書いて、高橋義孝によるある文章を、今年はいまだ読んでいなかったことに気づく。現在の時刻は4月11日の3時44分。東の空が明るみを帯びてきたら、それを収めた本を開いてみよう。ちなみにその文章の題名は、番町書房刊「酒飲みの詭弁」の昭和49年12月25日の初版では「春の弥生の」、講談社学芸文庫刊「私の人生頑固作法」の2001年11月10日の第一刷では「春の弥生は」となっている。
朝飯 トマトとブロッコリーのオムレツ、鮭の昆布巻、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 たまり漬によるソースと生野菜を添えたビーフステーキ、パン、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018、チョコレート、Old Parr(生)
2026.4.9(木) 航空券の購入
中東情勢混迷の折から、ことし9月のタイ行きの航空券を、先月20日に購入した。その航路は先月前半のそれとおなじく以下の通り。
羽田→スワンナプーム
スワンナプーム→ウドンタニー
チェンライ→スワンナプーム
スワンナプーム→羽田
そして今日は、おなじ航路の、来年2月の分も購入した。ことし9月の航空券代金91,500円に対して来年2月のそれは121,500円で、33パーセントの値上がり。燃油サーチャージは、ことし9月の17,520円に対して来年2月のそれは17,560円で、ほとんど変わらず。
「なぜそれほどの頻度でタイの最北部ばかりに行くのか」と問われれば、隠遁している気分になれるから。「そこで何をしているのか」とたたみかけられれば、ほとんど本を読んでいる。「本など日本にいても読めるではないか」と不思議そうな顔をされれば、本は、電話も鳴らず人も訪ねて来ない、南の国のプールサイドで読みたいのだ。
しかし取りあえずは、来月のバンコクである。研修以外の6日間は、ほとんど本ばかりを読んで過ごすことになるだろう。田舎にいるときほどは、落ち着けないだろうけれど。
朝飯 鮭の昆布巻、目玉焼き、納豆、菠薐草のソテー、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ、ピラフ、茹でた人参とブロッコリー、鶏とマカロニのグラタン、Chablis Billaud Simon 2018、チョコレート、Old Parr(生)








































