2021.2.21(日) 牛丼とカオマンガイ
「牛丼屋にて」という団鬼六の随筆がある。それを読めば、あの吉野家で牛皿とお新香を肴にコップ酒を飲んでみたくなる。しかしてまた田舎に住む僕としては「東京まで来て吉野家かよ」という気持ちもある。よって同社のウェブページにもある「吉呑み」は、いまだ実現していない。
今朝はその「吉呑み」より安直な「ファミマ飲み」というものをウェブ上に発見した。ファミリーマートでおかずと酒を買い、それをイートインで楽しむのだという。角打ちの新しい形と言えなくもない。椅子があるだけ角打ちよりも楽そうだ。しかしコンビニエンスストアは酒屋ではない。客同士で談論風発となれば、周囲は眉をひそめるに違いない。
ところで冒頭の「牛丼屋にて」に戻れば、この初出は1980年代後半あるいは1990年代初頭と思われる。そこには牛丼の並盛が400円、牛皿の並盛は300円、おしんこは90円と律儀に記してある。当時の消費税3パーセントを加えれば412円、309円、92円。約30年後の現在、吉野家のウェブページに提示してある価格はそれぞれ352円、302円、108円だ。
シンガポールの海南鶏飯の価格は、日本の牛丼のそれより既にして高い。タイのカオマンガイが日本の牛丼を価格で追い越すのは、いつになるだろう。
朝飯 焼き鮭、めかぶの酢の物、しもつかり、厚焼き玉子、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 スパゲティナポリタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、プリン、Old Parr(生)
2021.2.20(土) 黎明
払暁と早暁の違いを僕は知らない。とにかく5時40分に家内を隠居へ送る。食材や弁当箱などの荷物が多いのだ。夜明け前、ということもある。その隠居からとんぼ返りをして、今度は製造現場に入る。夜のクラブ活動は苦手でも、朝の一人仕事は結構、得意な方である。
水曜日に帰社して以来、長男は3階でひとり自主隔離をしている。これからいまだ10日間ほどは、eメールやメッセンジャーによるやり取りになるだろう。その文字数は毎日、数千ほどと思う。
と、ここで日記を書く手を休めて「電子メール革命の衝撃」と検索エンジンに入れてみる。ニシジュンイチロー先生はこの本を1995年にお書きになった。amazonに出ている古書の価格は何と8,746円。応接間の先の本棚を確かめると、3冊があった。
1995年といえば、あのグロービスが電子メール教室を開いていた時代である。その「コンピューター・リテラシー講座」の受講料は14万8千円、教材として買わされる、カラー液晶が話題になったThinkPad230Csは30万円。インターネットの常時接続は月に60万円を要した。どのような分野においても「黎明期」の話は面白い。
朝飯 しもつかり、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、舞茸の天麩羅の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、ふかしたじゃがいもと茹でたブロッコリーと「たまり漬を使ったソース」を添えたビーフステーキ、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982、エクレア、Old Parr(生)
2021.2.19(金) ツジバード
上澤梅太郎商店は「ほぼ年中無休」で動いている。静かに過ごせるのは、夜の明ける前のみだ。その時間の長短は、目覚めの時刻による。今朝は3時台から食堂に出ることができた。「大余裕」である。
数日前に個展の案内が届いた。本人が画廊にいる日を確かめるべく、メッセージを送ろうとして、ふと手を止める。その人のスマートフォンが、この時間から妙な音を発したり震えたりしては申し訳ないと考えたからだ。ちなみに僕は、その手の報せはすべて設定を切っている。
隣の食堂の明かりを頼りに、暗い応接間の仏壇に花やお茶や線香を供える。そこから戻る途中、応接間の、椅子と一体になった小机のワインに気づく。
むかしツジバードという食いしん坊がいた。彼はniftyの電子会議室を主催していた。あるとき彼はそこで、ペトリュースの1961年物を飲んだ経験を語った。グラスに1杯で深く満足をして、それ以上、欲しい気持ちは起きなかったという。
そのような偉大なワインを口にしたことはない。しかしツジバードの言うことはよく分かる。きのうのデュクリュボーカイユは、家内に手伝ってもらっても半分しか飲めなかった。中の空気は真空栓で抜いてある。しかし早く飲むに越したことはない。そう考えて、今夜もきのうに引き続いてステーキを食べることとした。
午後、思いがけず牡蠣が届いた。というわけで、夕食は牡蠣フライに変更をされた。それはそれで、とても嬉しい。食べきれなかった分については、明日の昼のおかずにしようと思う。
朝飯 納豆、揚げ湯波とひじきの炒り煮、細切り人参のサラダ、茹でたブロッコリー、しもつかり、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁
昼飯 揚げ玉、白菜漬け、塩鰹のふりかけ、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 蕪と蕪の葉のサラダ、刻みキャベツを添えた牡蠣フライ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、エクレア、Old Parr(生)
2021.2.18(木) 境界線
北海道と東北地方の日本海側は数年に一度の暴風雪と、テレビの天気予報が伝えている。同時に映し出された列島の地図には、雪の範囲が示されている。このようなとき、我が栃木県日光は、その白い帯の南東端に含まれることが多い。きのうはその地域に「50センチ」の文字があった。冗談ではない。日光市の多くの住民は僕と同じく、その白い帯から日光が外れてくれることを願っているはずだ。
今朝、恐る恐るカーテンをずらしてみると、外には普段の景色があった。道路には黒いアスファルトがあり、道向こうの駐車場には灰色の砂利がある。安堵の瞬間である。
日本橋高島屋の催事に際しては、お得意様は当方からお送りしたハガキを持ってご来店くださる。午前、その戻りハガキを事務机に積み上げ、顧客名簿に入力をしていく。この仕事は、僕ひとりでは完了までに数日を要する。よって事務係のツブクユキさんに諮り、手伝ってもらうことにする。
午後は、家内と宇都宮のカイロプラクティックに出かける。この日の随一の楽しみは、家内が施術を受けているあいだに喫茶店で本を読むことだ。
夕刻に帰社すると、長男の「出張報告」ができあがっていた。終業後のミーティングではそれを複写して、短く説明をしながら皆に配る。そして今般の増産により休みを返上した社員には、代わりの休みを取るよう言う。
朝飯 榎茸と菠薐草のおひたし、納豆、揚げ湯波とひじきの炒り煮、しもつかり、こんにゃくの甘辛煮、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 「丸亀製麺」のわかめうどん
晩飯 レタスと人参のサラダ、TIO PEPE、マッシュルームのソテーと茹でたブロッコリーと「たまり漬を使ったソース」を添えたビーフステーキ、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982
2021.2.17(水) 紅梅
紅梅と白梅では紅梅の方が先に咲く、とは限らない。咲く時期は品種によるのだという。隠居の梅は、紅い方が先に咲く。10日ほど前には数えるほどだった、そのいかにも春めいた紅色が、このところは隨分と増えてきた。
とはいえ時あたかも三寒四温の季節である。朝の一連の仕事を済ませて後に、隠居へ行ってみる。そして先ずは厨房に足を踏み入れる。お湯の蛇口からはわずかに水が垂れている。栓を幾分か緩めているのだ。しかし水の蛇口は濡れていない。「すわ、凍結か」と慌ててあたりを見まわす。そして外へ出て地面に設けられた矩形のフタを開ける。水が出なかったのは、不凍栓が締めてあったことによると知って、胸をなでおろす。
午後、日本橋高島屋への、8日間の出張から長男が戻る。無事の帰還は何よりだ。長男はこれより2週間の自主隔離に入る。嫁のモモ君は子供ふたりを連れて、既にして実家に移動済みだ。家の中はしばらく、火が消えたような静かさになるだろう。
朝飯 揚げ湯波とひじきの炒り煮、菠薐草と榎茸のおひたし、細切り人参のサラダ、納豆、筑前煮、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸と芹の味噌汁
昼飯 揚げ玉、塩鰹のふりかけ、梅干、白菜漬け、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 チーズ、TIO PEPE、トマトとベーコンのスパゲティ、クリームソースのキャベツ巻き、Petit Chablis Billaud Simon 2016、杏仁豆腐、Old Parr(生)
2021.2.16(火) 教室
電子メールの使い方を覚えるため、教室に行った。1990年代の中ごろのことだ。「たかがメールで教室ですか」と不思議がられるかも知れない。しかし黎明期とは、おしなべてそんなものだ。独学、独習が不得手、とうこともある。当時、niftyのメールアドレスは、クレジットカードを所持していなくては作ることができなかった。
昨年、amazonで買い物をする際に不都合が生じた。ログインができないのだ。仕方なくアカウントを新設することにしたが、それまでの、自社ドメインのメールアドレスでは撥ねられる。よってg-mailのメールアドレスに替えて無事、登録は完了した。
今日は2冊の本に手を出した。amazonに品を出している古書店からではなく、1冊は「日本の古本屋さん」に注文し、もう1冊はYahoo!オークションで入札をした。登録メールアドレスを普段使いのものでなくすると、そのショップの使用頻度は激減する。不思議な現象だと思う。
それはさておき「g-mailとことん教室」などというものがあれば、僕はすぐにでも申し込むだろう。「googleカレンダーと自作の日程管理を同期させよう教室」だの「キンドル自由自在」というような教室があれば、それも受けたい。受けたいけれど、どこにも見あたらない。「オレが教えてやる」という人がいれば、ぜひ、連絡してください。受講料はもちろん、支払います。
朝飯 秋刀魚の梅生姜煮、白菜漬け、しもつかり、細切り人参のサラダ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと芹と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 揚げ湯波とひじきの炒り煮、春雨サラダ、白菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、水餃子、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、「久埜」の桜餅、Old Parr(生)
2021.2.15(月) しもつかり
おとといからきのうにかけて、全国各地にお送りした「美味定期便」には栃木県の郷土食「しもつかり」も含まれていた。しもつかりは鮭の頭を煮くずし、そこに鬼おろしで降ろした大根と人参と大豆、最後に酒粕を加えて更に煮たものだ。
しもつかりは、自分の感覚からすると見た目が悪い。顔を近づけて香りを聞く気さえしない。長く食わず嫌いを続けて来た。その「続けて来た」を一発で断ち切ったのは、並木蕎麦のあるじで、今は亡きアオキウイチさんだった。
あるとき銘木に囲まれたオヤジさんの自宅へ遊びに行った。時期は今ごろだったのだろう。「こういうものを食わねぇから、からだが弱いんだ」と、オヤジさんは僕ににもつかりを無理強いした。僕には偏食の人を軽く見る性向がある。「そのオレが食わなくてどうする」という気持ちがあったのかどうか、遂に生まれて初めてのしもつかりを口にした。案に相違して、その美味さに驚いた。僕は27歳だった。
むかしの台所では、しもつかりは凍ることもあったという。つまりしもつかりは冷たいまま食べるものだ。朝は温かいごはんのおかずとして、夜は温め酒の肴として、しもつかりは日に2度、3度と異なった形で愉しめるおかずである。
家内が数日かかって大鍋に煮たしもつかりも、今日の午後には隨分と少なくなった。明日の朝食は、これによる一汁一菜にしようと思う。
朝飯 白菜漬け、秋刀魚の梅生姜煮、しもつかり、厚焼き玉子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 焼き鮭、梅干、塩鰹のふりかけ、しその実のたまり漬、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 大根と薩摩揚げの炊き合わせ、筑前煮、ごぼうのたまり漬、しもつかり、刺身湯波、豚肉と小松菜ともやしの炒め、白菜漬け、紅白なます、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、「久埜」の草餅、Old Parr(生)
2021.2.14(日) 一度に8個を食べた漢もいる
早朝、花の水を換え、それ供えようとして仏壇の扉を開ける。すると1959年、元号にすれば昭和34年に22歳で病没した叔父の位牌のみが落ちていた。きのうの夜の、震度5の地震によるものだ。落ちるときにリンの縁に触れたか、位牌には小さな傷が付いていた。それを元の場所へ戻そうとして一旦、手を止める。そして年末に大掃除して以来のホコリを、目立つところのみ拭く。
6時10分に製造現場での仕事から上がり、そのまま家内を隠居まで送る。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の食器類は無事。水も問題なく出る。それを確認して母屋へ戻る。朝礼では、社内各部の点検を、それぞれの担当者に頼んだ。
ところで今日は、月替わりで内容の変わる美味定期便が出荷をされる。今回のそれには自家製のしもつかりをはじめとして、地元の産品もあれこれお詰め合わせする。そのうちの青菜、それに予約済みの武平まんじゅうを手当てするため、10時すぎに会社を出る。
帰社した時間は11時。ホンダフィットによる往復の走行距離は26.3キロ。青菜と饅頭は、そのまま荷作り場へと運ぶ。大きめの地震ではあったけれど、宅急便が動いているのは有り難い。
定期便の送付先には東北地方も含まれる。当該のお客様のお荷物には、地震見舞いを付箋にしたためて荷物にお納めした。「これ以上の揺れは、来て欲しくないよなぁ」と、腹の底から思う。
朝飯 茹でたブロッコリー、里芋と鶏そぼろの炊き合わせ、しもつかり、厚焼き玉子、しその実のたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ごぼうのたまり漬、揚げ玉、焼き鮭、塩鰹のふりかけのお茶漬け
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや。麦焼酎「田苑SILVER」(オンザロックス)
2021.2.13(土) 侘助たちの午後
伊丹十三の映画「お葬式」の主人公の名は侘助だった。1986年の年明けに京都で撮った写真をまとめたページには「侘助たちの午後」という名を付けた。今朝は、侘助を活けた花瓶を店から「汁飯香の店 隠居うわさわ」へと運んだ。そして床の間の壺を端に寄せ、中央にその侘助を飾った。すると一間幅の床の間は、にわかに窮屈になった。
床の間がもっとも必要とするのは空間だ。壺は、明日の朝にもどこかへ移さなくてはならない。しかしその「どこか」が問題である。隠居は玄関を上がった先に4畳半、その奥に6畳、客間は8畳で次の間は6畳。厨房を除けば4部屋きりの、こぢんまりとした伝統家屋である。壺は思い切って外、それも門を入った脇あたりに置けば、それはそれで似合いそうだ。
そのようなことを考えつつ会社へ戻ろうとして玄関の三和土に降りる。そこには暖房のための石油ストーブが置いてある。そのストーブに近いところの羽目板が乾燥により隨分と縮んで隙間ができている。こちらについては暖かくなるのを待って、本職に見てもらわなければならないだろう。
朝飯 茹でたブロッコリー、里芋と鶏そぼろの炊き合わせ、干し海老を薬味にした煮奴、焼き鮭、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜とトマトの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、家に帰ってからのチョコレートケーキ、Old Parr(生)
2021.2.12(金) 打たないことには
戦後の復興に尽くした昭和の男たちは、鮨屋でもフランス料理屋でもウイスキーの水割りを飲んだ。令和の女の子は「ワタシ、ハイボール」と、タイ料理屋で高らかに宣言したりする。結局、いつの時代もサントリー宣伝部の勝ちですか… というようなことを早朝、きのうの日記を書きつつ考える。
山口瞳と開高健による「やってみなはれ みとくんなはれ」は、とても面白い読み物だ。伝記とは畢竟、冒険譚ではないか。北康利による「佐治敬三と開高健 最強のふたり」という上下本もある。
「朝、出社をしたら本を開く。定時になったら『今日は〇〇の□ページから△ページまで読みました』と日報に記して退社する。そんな会社があったら、どれだけ嬉しいだろう」と椎名誠は書いた。同感ではあるけれど、当然のことながら、そのような会社は存在しない。だから僕は、旅先では朝から夕方まで本を読んで過ごすのだ。
「新型コロナウイルスのワクチンは、何だか怪しげだから打たない」という人がいる。僕は、その機会が来たら即、打つ。打たないことには海を越えられないではないか。本は、自国語の聞こえてこない場所で読むと、余計にコクの増す気がする。
朝飯 鶏のそぼろ、牛蒡と人参のきんぴら、茹でたブロッコリーを添えた目玉焼き、納豆、白菜キムチ、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、揚げ湯波とキャベツとトマトの味噌汁
昼飯 焼き鮭、鶏のそぼろ、塩鰹のふりかけ、白菜キムチ、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 白菜キムチ、小松菜の牡蠣油炒め、豆腐と溶き卵のスープ、「食堂ニジコ」から持ち帰った中華焼きそば、「紅星」の「二鍋頭酒 」(生)、苺の杏仁豆腐