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清閑 PERSONAL DIARY

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2025.8.7(木) 立秋

立秋。とはいえおととい5日の日記に書いたように、夏は残暑も含めて来月の下旬までは続くと、僕は期待をしている。

今朝の日本経済新聞の「春秋」には、立秋を過ぎても半月ほどは暑くて秋を感じられないことにより、この日を15日ほど繰り下げれば「かへつて善きかと思はるるなり」と正岡子規も「墨汁一滴」に書いている、とある。

「墨汁一滴」が新聞「日本」に連載されたのは、1901年の1月から7月にかけてのこと。つまり124年前の立秋も、名ばかりの、季節感を伴わないものだったことが分かる。とにかく秋は、寂しくて、いけない。

9月17日(水)から同23日(火)まで、新宿高島屋の11階で開かれる「美味コレクション・グルメフェス」に参加をさせていただく。10月には、お得意様に季節のご挨拶をする。そのふたつのご案内のお送り先を顧客名簿から特定すべく、9時30分よりコンピュータと10キー、複数の筆記用具と作業手順書を手に4階の食堂へ上がる。

この手のアプリケーションは、星の数ほどあるだろう。僕が長年に亘って練り上げた方法は、それらのソフトの実力を軽く超えるものと考えている。難点は手順が複雑すぎること。だから電話が鳴ったり人が来たりする事務室では、この仕事はできない。

「高島屋」と「年末ギフト」のふたつのお送り先は、2時間を経て専用のフォルダに格納された。以降は3名の事務係の目視により洗いをかけられ、あらためて僕に戻されることになっている。

さて立秋の今日の天気は秋の爽やかさとは裏腹に、雨がちで湿度も高かった。しかし午後も遅い時間になると空は晴れ始め、明日から数日は晴れることを予感させた。せめてお盆のあいだは、好天に恵まれてほしい。


朝飯 切り昆布の炒り煮、隠元豆の胡麻和え、納豆、沢庵、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐とブロッコリーの味噌汁
昼飯 納豆と万能葱のつゆで食べる素麺
晩飯 万願寺唐辛子の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」炒め、蛸と玉葱のマリネ、なめこのたまり炊、鶏もも肉の網焼き「日光味噌ひしお」のせ、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、クッキー、Old Parr(生)


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2025.8.6(水) やし酒のみ

上澤梅太郎商店書籍部の棚が、だいぶ空いてきた。ひとえに、本をお買い上げくださったお客様のお陰である。本の在庫の少なくなったことを長男に伝えると、間もなく長男は僕との同報メールにて、新規に本を注文した。添付されたエクセルには13の書名が、それぞれ2冊や3冊の注文数と共にあった。

むかし家の本には後ろの見返しに「上澤蔵書」と、判を捺されたものが見受けられた。高校生になると、自分の蔵書印が欲しくなった。頭の中に浮かべたそれは、猿が椰子の木の上で、椰子の実を半割にした器で酒を飲んでいるもので、そこに漢字で「猿酒文庫」と添える。そこまで考えたものの、作るには到らなかった。

前述のエクセルには、エイモス・チュツオーラ著、土屋哲訳の「やし酒のみ」が含まれていた。この岩波による文庫本は、果たしてどなたかの目に留まり、どなたかにお持ち帰りいただけるだろうか。

パートタイムの社員が家路に就こうとする17時がちかくなるころ、空がいきなり暗くなる。そして予想した通りに激しく雨が降ってくる。しかしそれは意外や早く上がり、今しがたまでしぶきを上げていたアスファルトの表面は、平滑な水の幕になった。その水の幕が、いつの間にか明るさを取り戻した空を映している。夏はすべてが美しい、ような、気がする。


朝飯 隠元豆の胡麻和え、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトのスクランブルドエッグ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 納豆と万能葱のつゆで食べる素麺
晩飯 生のトマトと刻みキャベツとブロッコリーのソテーを添えたコロッケ、Old Parr(ソーダ割り)


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2025.8.5(火) 汁麺なら54杯

目を覚ましたのは2時35分。起床は3時45分。早く目を覚ますことができたのは、夕食後に食堂の椅子でうたた寝をすることなどなく、すぐに入浴をし、すぐに寝たことによる。

洗面を済ませて食堂に来て、南東と南西に面した2枚の窓を開ける。そして北西に延びる廊下を歩いて風呂場の脱衣所の窓を開ける。風は期待したほどは流れない。予報によれば、今日の気温は随分と上がるという。激しい夕立も、あるかも知れない。よって開けたばかりのガラス戸を閉めて食堂に戻る。

4時30分に屋上へ上がる。西の遠い森からヒグラシの声が聞こえてくる。ヒグラシには「夏の終わり」という印象がある。しかし今は、8月も始まったばかりだ。夏は残暑も含めて、来月の下旬までは続くのではないか。

既にして書き上げてあったおとといの日記に画像を添えて公開し、きのうの日記を完成させても時刻はいまだ5時30分。そこで、ホテルの予約サイトAgodaから幾度となく届いていたメールを開き、今年これまでにタイで泊まったホテルのキャッシュバック特典を受けることにする。

コンピュータのブラウザのQRコードをスマートフォンで読み取り、人差し指を動かして必要事項を打ち込むこと5分。するとブラウザには即「ウワサワ様、送金が開始されました、送金は火曜日までに着金完了予定です」の文字が現れた。戻る67.85米ドルは、日本円にして9,976円、タイバーツでは2,185バーツ。田舎であれば足マッサージが11時間も受けられ、汁麺なら54杯も食べられる大金である。めでたし、めでたし、である。


朝飯 刻みオクラ、切り昆布の炒り煮、揚げ湯波の甘辛煮、目玉焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」。ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐となめこと若布の味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆで食べる素麺
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子の揚げびたし、南瓜の甘煮、トウモロコシのすり流し、刻みキャベツを添えた「しょうがのたまり漬」による豚の生姜焼き、ごぼうのたまり漬、メシ、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、メロン


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2025.8.4(月) 喞筒

ことし日光の契約農場でらっきょうの収穫が始まったのは7月21日だった。そのらっきょうは塩とお酢だけで漬けられて「夏太郎」の名で売り出される。この「夏太郎」への問い合わせがひきもきらない。今日は店頭で、毎年これを楽しみにされているお客様が遂に「何度も来られない」と、漬け上がったら送るよう、地方発送の申込みをされた。実は事務室には、おなじく「漬け上がりしだい出荷」の発送伝票が、専用の箱に積み上がっている。蔵出しの時期は今のところお盆過ぎを予想しているものの、それより遅れる可能性も小さくはない。

「夏太郎」は、それが蔵出しをされ次第、僕も買う。そうしたらそれを中国の古い高台や、サワンカロークの疎林で拾ってきた陶片に載せて、酒の肴にするのだ。

きのうの朝顔も涼しさを感じさせるものなら、塩と酢で漬けた若々しいらっきょうも、また涼しさを感じさせる。皮膚に感じる温度は変わらないにもかかわらず「涼しさを感じさせる」とは不思議なものだが、風鈴の音とおなじく、まぁ、そういうことは確かにあるのだ。

朝は曇っていたものの、午前の早いうちから晴れ始め、北東の空には積乱雲さえ湧き上がった。その頃合いを見計らって手水の水をジョウロに汲み、坪庭に打ち水をする。

その坪庭から事務室へ戻って「打水 子規」と検索エンジンに入れてみる。すると「三階の屋根に水打つ喞筒哉」という句が出た。「そくとうかな」では字余りだ。よって今度は「喞筒 」を、これまた検索エンジンに入れてみる。するとそのふた文字は「ポンプ」と読むことが分かった。それにしても、この「三階」とは、どちらの三階だろう。子規の家は、平屋だったではないか。


朝飯 刻みオクラ、納豆、切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐となめことオクラの味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆで食べる素麺
晩飯 胡瓜と茗荷の酢の物、南瓜の甘煮、沢庵、カツ煮、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)


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2025.8.3(日) 盆踊り

週に土日月の3日間のみ営業する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」に、今朝は母屋から運ぶものが多い。よって6時すぎから厨房に入る家内の、荷物持ちの手伝いをする。

「なめこのたまり炊」のビン10本を勝手口に置いてから踏み石を辿って玄関の前へ、更に庭へと回る。座敷の南東に面した一角に設けたグリーンカーテンには、朝顔の花が増えていた。その色はとりどりで、中には團十郎のような紫も咲いていた。いかにも涼しげな、夏の朝である。朝顔は、上手くすれば秋になっても咲き続ける。その色は、いつまで愛でることができるだろう。

夏休み中の週末にて、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場と裏手の冷蔵庫には、9時の開店前から汗牛充棟の在庫をしておく。13時には二度目の納品、15時30分には三度目の納品をする予定である。

日中、9月の新宿高島屋での出張販売、また晩秋の季節のご挨拶と、ふたつのダイレクトメールのお送り先をそろそろ顧客名簿から抽出するよう、事務係のカワタユキさんに頼まれる。僕は来週の出勤簿を見て、その日を6日の水曜日と決める。

菩提寺の如来寺で盆踊りが行われることは、お寺から届けられたチラシにより随分と前から知っていた。よってこの一週間分の売上金をまとめてから外へ自転車をこぎ出す。

日光街道からお寺の参道に入り、しばらく行くと日光和楽踊りのお囃子と歌が耳に届いてきた。盆踊りは如来寺は元より各町内でも、また一時は日光街道を閉鎖しても、行われていた。しかしいつの間にか廃れて今に至っていた。今日のこの盆踊りには、とても懐かしい気持ちを覚えた。随分と上手なお囃子は、どちらの集団だろう。そうして出店のひとつで餃子を買って家に戻る。


朝飯 納豆、揚げだし茄子、切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「なめこのたまり炊」のなめこおろしのつゆで食べる稲庭うどん
晩飯 刻みオクラの鰹節かけ、胡瓜とトマトのサラダ「蔵八」の」焼き餃子、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、カステラ、Old Parr(生)


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2025.8.2(土) そんなことも知らない

今夏、三回目の麺つゆは、きのうの朝に完成した。レシピは固まっているものの、できる量は毎回、著しく異なる。それは、どのような理由によるものだろう。

二回目は、決まった量の水に干し椎茸と昆布をひと晩しずめ、翌朝、煮立たせないまま45分間を煮た。その結果の出汁の量が一回目のそれにくらべて異常に少なくなったため、水を足して調整した。それに懲りたから今回は、出汁に熱を通す際には、鍋にフタを軽くかぶせてみた。そうしたところ、今回の出汁の量は一回目のそれより二割ほど、二回目のそれより実に七割以上も多くなった。そこに二種の鰹節を加えて更に、これまた煮立たせないように40分間を煮た。このときも鍋をフタで覆ったことは言うまでもない。

そうしてできあがった三回目の麺つゆは、いつものピッチャーには収まりきれず、別の容器に小分けをした。四回目の麺つゆつくりに際しては、また今日とおなじくフタを用いることにしよう。

素麺は備蓄庫にいまだ二箱がある。しかし台所の棚のそれは枯渇をしたため、今日の昼食は稲庭うどんにすることとした。素麺は、にゅうめんのときには100グラムでも、ざる素麺のときには150グラムを茹でる。よって稲庭うどんも150グラムを茹でたところ、素麺にくらべて異常なほど多くなった。おなじ乾麺でも、茹でたときの含水率のようなものが、それぞれによって異なるのだろうか。自分では「ひとつ利口になった」と思うものの、人には「そんなことも知らねぇのか」と言われそうな気もする。


朝飯 ほぐし塩鮭、茄子の揚げびたし、生玉子、切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、玉葱と若布の味噌汁
昼飯 大根おろしのつゆで食べる稲庭うどん
晩飯 水茄子のぬか漬け、沢庵、すき焼き、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)


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2025.8.1(金) 敗者復活戦

店の犬走りに置いた、秋まで保ってくれれば有り難いと考えていた鉢植えのマーガレットには、日に三度の水遣りを欠かさず、液肥も10日に一度は施していたものの、暑さが増してきて以降はいよいよ元気を失ってきた。よってきのうはその6鉢を、お客様からは見えない塀の内側に移した。そして今朝は「花一」のヤマサキさんにより、カランコエ6鉢が納められた。

上澤梅太郎商店の店舗は南東に面して日当たりが良い。犬走りの床は黒いタイルだから、地表の温度は、特に夏には高くなる。マーガレットが春にくらべて花を小さく、また少なくしたのは、そのせいもあるだろう。そういう次第にて新しい鉢は、最初から日のそれほど当たらない、奧に引き込んで置くこととした。

塀の内側のマーガレットは、雨が降れば微妙にその雫の落ちる、それも日陰に並べた。雨の降らないときには水を遣り、元気になれば、また店の前に出そうと思う。敗者復活戦、である。


朝飯 胡瓜の塩もみ、スクランブルドエッグ、茄子の揚げびたし、切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸と若布の味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆで食べる素麺
晩飯 パンチーズラタトゥイユを添えたチキンソテーChablis Billaud Simon 2018ヨーグルト、Old Parr(生)


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2025.7.31(木) 信頼

月曜日からの3日間で手持ちの現金が残り少なくなったため、午前のうちに銀行へ行く。また、甘木庵の固定資産税を、銀行ちかくのコンビニエンスストアで支払う。そこから今月24日の日記に書いた服のリフォーム屋「マジックミシン」にまわり、長袖から半袖にしてもらったシャツを受け取って会社に戻る。

パタゴニア製の熱帯に特化したシャツは、元から半袖のものも持っている。9月のタイ行きに際しては、二着とも持参すべきかどうかが悩ましい。「無ければ無いで済む」と考えれば、襟付きのシャツなどは、すべて不要になるのだ。

今月11日に作った麺つゆは、今日の昼で枯渇した。僕以外の家族も素麺を食べるようになって、つゆの減る速度が高くなった。そういう次第にて、明日からの分は、今夜から仕込む必要があるだろう。

昼食は、2023年の9月からにゅうめんが多くなった。今年の夏前には、そのにゅうめんに、いささか食傷気味となった。一方、おなじ2023年7月末から昼食にし始めた素麺については、いまだ飽きない。素麺を食べるのは夏のあいだのみだから、それで飽きないのだろうか。

ここ数日、エレベータが1階から4階へ上がるあいだに異音を3回、発するようになった。それを日立ビルシステムに電話で知らせると、たまたま近くにいたのか、ほんの5分ほどで係が来てくれた。異音は、カゴに取り付けられていた落とし物防止のスポンジが外れかかっていたことが原因だった。

2011年3月11日の東日本大震災のときには「病院や役所やオフィスビルなど、大きな建物が優先されて、ウチなどにはなかなか来てくれないだろう」と考えたものの、日立ビルシステムは驚くほどの早さで駆けつけてくれた。そういうことが、会社への信頼を厚くするのだ。


朝飯 隠元豆の胡麻和え、切り昆布の炒り煮、目玉焼き、ほぐし塩鮭、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆで食べる素麺
晩飯 パンチーズChablis Billaud Simon 2018


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2025.7.30(水) 伊豆治療紀行(38回目の2日目)

今回の宿は素泊まりにて、朝食は、整体院から2キロメートルほど手前のファミリーレストランで摂ることとした。その食事の最中に整体院から電話が入る。先生によれば、明日に予約をしていた三重県からの患者が、何を間違えたか現在、クルマで伊豆に向かいつつあるという。まさか断るわけにもいかないため、早めに来てくれれば有り難いとのことだった。当方は願ったり叶ったりだから即、席を立つ。

その2キロメートルの道にレンタカーを走らせている最中に、サイレンが鳴り響く。聞き慣れた火事のそれではないため、整体院に着いて先生に訊くと、津波警報ではあるものの、現在の場所は海抜にして200メートル以上のところにあるから心配は皆無、とのことだった。

今日の治療はきのうに引き続いて、腰へのそれは念入りに行われ、膝は幸い軽く済んだ。家内の、今年の2月にいきなり悪くなった膝も、急速に良くなっているらしい。

三重県の患者の勘違いにより、正午まで予約してあったレンタカーは、10時30分に返すことができた。その伊東駅前の営業所で、伊豆急行線が全線にわたって止まっていることを知らされる。

目と鼻の先の伊東駅には、タクシー待ちの列ができていた。列車はしばらくは動かないだろう。駅ビルのベックスコーヒーショップは満席。急ぐ旅でもないらしい白人のバックパッカー数名は、早くも駅の庇の下で横になった。

僕は家内を駅に残して、休むことのできる喫茶店を商店街へ探しに行く。そしてそこに、携帯電話により家内を呼び寄せる。

昭和の雰囲気を残した喫茶店には大きなテレビがあった。津波の原因はカムチャツカ半島沖の大地震で、津波の高さは30センチメートル。それが伊豆半島の東岸に達するのは11時30分と、ニュースはおなじ内容を繰り返している

その11時30分が来ても、静岡テレビに映し出される伊豆の海に、大した変化は見られない。しかしアナウンサーは「津波は何度も繰り返し来ます」とか「○○地震のときには、9時間後にもっとも大きな津波が発生しました」と、おなじ原稿を何十回も読み続けている。それを観ながら「伊豆急行は、しばらくは動かないね」との結論に家内と達し、2時間と少々を居させてくれた喫茶店を出る。

駅ビルの中は既にして無人、入口はすべて閉ざされている。タクシー待ちの行列の最後尾に並んだのは12時45分。最前列に立てたのは13時35分。すべり込んできたタクシーの助手席の窓が開く。「熱海までのお客様はいらっしゃいますか」と運転手が呼びかける。「僕たちは熱海です」と答えると、運転手は数メートルを進んでタクシーを停めた。

僕はすかさず行列の後方へ向かって「熱海までの方は、いらっしゃいますか、2名まで」と、人差し指と中指を立てた右手を挙げて見せた。「はい」と、随分と後ろの方で手が挙がる。我々より2、30歳ほども若く見えるカップルは「助かったー」と、そのタクシーに乗り込んできた。

タクシーが伊東の駅前を出たのは13時37分。右手に見える海は平穏そのものだ。14キロメートルをこなして熱海駅に着いたのは14時12分。長距離割引きなるものを受けた料金は7,990円。1,000円札4枚を差し出した男の人に家内はそのうちの1枚を返し、残りは自分の財布から出した。

熱海駅のタクシー乗り場には長蛇の列。みどりの窓口にも、なぜか長蛇の列。とにかく駅の前は大混雑。しかし東海道新幹線は、何ごともなかったように動いている。そのプラットフォームに上がったのは14時17分。そして14:35発の、こだま722号の自由席に、無事に収まる。

以降は大したことは起きず、日本橋で夕食を摂って、21時すぎに帰宅を果たす。ちなみに伊豆急行線は、20時30分に、全線が運転を再開したらしい。


朝飯 「ガスト」のモーニングセット「目玉焼き&ベーコンソーセージセット」
晩飯 「吉野鮨本店」のあれやこれやそれや、他あれこれ、「櫻正宗」の「宮水の華特別純米」(冷や)、同「上撰」(燗)


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2025.7.29(火) 伊豆治療紀行(38回目の1日目)

きのうに引き続いて今日は、今月17日の日記に書いた、ローリスク・ローリターンの提案をしてきた賃貸業者による改装の下調べを受けるため、10時前に甘木庵に入る。きのうの業者とは異なって、今日の業者は足立区にある工務店の二人を同伴していた。

二人の本職は3LDK、見方によっては2LDKプラス1の室内をくまなく調べ、採寸をし、賃貸業者もみずからの知見により様々な提案を彼らに投げかけ、小1時間で大方の結論に達した。改装に要する経費の見積もりは、これから10日のあいだには出るという。その後、賃貸業者にはひとりで残ってもらい、きのうの業者にしたとおなじく、甘木庵の賃貸は、ふたつの会社がこれから出してくる数字を比較検討した上で、どちらに任せるかを決めることを伝える。なお、今日から帰宅をするあさってまでは鍵を使うことはなく、家にはスペアキーもあるところから、今日の業者には甘木庵の鍵を手渡す。

炎天の下を歩いて本郷三丁目の駅ちかくまで来ると時刻は11時10分。乗る予定のこだま729号が東京駅を発つのは13時27分。涼を得るための冷たいものは、どこで飲むべきか。東京駅の中には様々な店があるだろうけれど、そこは広すぎで不案内だ。よって本郷三丁目駅前のドトールコーヒーショップに入ろうとして、充電中のiPhoneを甘木庵に置き忘れたことに気づく。

以前、夜間にタンスと壁の隙間にスマートフォンを落とし、しかしそのタンスはひとりで動かせる構造にはない。よってスマートフォンを拾い上げることはできず、つまりどこにも連絡ができずに難渋した人のウェブログを読んだことがある。現代人はかくのごとく、スマートフォンを欠いては多くのことに手も足も出なくなる。そして現在、僕はその人とおなじ苦境に立っている。つい先ほどまでは自由自在に動けていたにも関わらず、だ。

先ず考えたのは、来た道を戻ってアパートの管理人に鍵を預かっているか否かを訊ねる手、だった。しかしオフクロが甘木庵を別宅として使っていた2014年以降は、管理室の鍵は撤収したような気がする。財布には500円硬貨1枚と100円硬貨3枚があった。よってちかくの電話ボックスに入り、100円玉硬貨ひとつを入れて会社に電話を入れる。

長男は幸いにも事務室にいた。長男によれば、鍵の預けについては不明ながら、管理室にはマスターキーがあるのではないかと言う。しかし炎天下を戻ってそれが管理室に無ければ無駄足になる。長男には管理室に電話を入れ、マスターキーの有無について訊くよう頼んで一旦、受話器を置く。

3分を待って会社に電話を入れると、管理人は外に出ているのか、電話には応答しないという。次に長男が提案をしたのは、合い鍵を宅急便で伊豆の整体院に送る手だった。しかし明日の午前中指定配達で送っても、ヤマトに不手際が生じれば、鍵は午前中に届かない。

今日の賃貸業者の会社は麹町にある。麹町なら本郷まではそれほど遠くない。よって今月17日には長男も受け取ったはずの名刺の番号に電話をし、貸したばかりの鍵を甘木庵まで持ってきてくれることは可能か、可能であれば何時ごろに来られるかを訊いて欲しいと長男に頼んで、またまた公衆電話の受話器を置く。

またまた3分を待って、3枚目の、最後の100円硬貨を公衆電話に入れる。長男によれば、既にして麹町の会社に戻っていた業者は、これから甘木庵まで引き返してくれるという。また、甘木庵には11時30分には着ける見通しとのことだった。

本郷三丁目の交差点と甘木庵の距離は500メートルほどのものだろうか。それを戻ってアパートの前の日陰に立つ。ここで時刻は11時22分。スコッチグレインの磨き抜いた靴を履いた、いまだ若い賃貸業者は、これまた泥のはねひとつ無い白いアルファードを運転しながら11時32分に姿を現した。「助かった」である。

部屋で充電中だったiPhoneと電源コードを回収し、鍵を業者に返す。ふたたび本郷三丁目の駅ちかくまで戻ったときのTシャツは汗まみれ。ハンカチは絞れば水が滴るほどに濡れていた。今度は迷わず普通のそれよりは随分と高級かつ随分と広いドトールコーヒーショップに入り、880円の「珈琲ゼリーinカフェオレ」を注文して小一時間を休む。Tシャツの前身頃は乾いたものの、背中側はいまだ濡れたままだ。

東京駅の東海道新幹線14番プラットフォームには13時すぎに上がった。4号車の後方昇降口の位置で待つうち、遠くから家内の歩いてくる姿が見える。

伊東駅には14時51分の着。いつものレンタカー屋でクルマを借り、先ずは宿に荷物を置く。「伊豆高原痛みの専門整体院」までの距離はおよそ6キロメートルで、予約の時間は16時。

今日の僕の治療は、主に腰に集中して行われた。皮膚に押し当てられる電子ペンによる痛みは、患部の状態が悪いほど強くなる。しかしてまた腰には肉があるため、肉のほとんど無い膝への治療ほどは痛くない。そして今日の膝への電子ペンは、昨月とは異なって、痛みはほとんど感じなかった。

さて今回の宿は素泊まりにて、夕食は治療院にほどちかい店で摂った。宿へ戻って後は入浴をして即、就寝する。


朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、JAVA TEA
晩飯 “RAM PADDLE”のラムタン厚切り肩ロース野菜の盛り合わせラムチョップ「おたる醸造」の「おたる赤辛口」


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上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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