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清閑 PERSONAL DIARY

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2025.5.31(土) 梅雨

上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」は土日月の週に3日の営業。その朝は、家内は早くから隠居の厨房に入る。よって僕の朝食は、自分で用意をする。このところは、1日は納豆、冷や奴、生玉子という調理を必要としないおかずによる一汁三菜、1日は具だくさんの味噌汁による一汁ゼロ菜、1日はお茶漬けと、その内容が決まってきた。

今朝のごはんは炊きたてのものではないからお茶漬けにしようとして、それに添えるものを考える。定番は「なめこのたまり炊」に、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」。油のコクが好きだから揚げ玉も加える、しかしこれだけでは寂しい。赤い色の何かがなかったかと頭を巡らせ、冷蔵庫に「丸赤」の塩鮭があったことを思い出す。

塩鮭はガスオーブンの火力をもっとも低くしてゆっくり焼く。今回の切り身の形は四角柱にちかいから、オーブンからチリチリと音が聞こえてくるたび横に倒し、遂に全面を焼き上げる。それを箸で挟み、床に落とさないよう注意をしつつ皿に載せる。

塩鮭からは信じられないほどの塩が噴き出している。この朝食をTikTokに上げれば「死にますよ」「バカじゃないの」などのコメントが相次ぐかも知れない。心配には及ばない。いちどに食べる量は、幅にして数ミリメートルに過ぎないのだ。

外から何やら音が聞こえてくる。時刻は13時になりかかろうとしている。意識しないまま、耳に入るままにしていたその音が雷と気づくまでにはしばらくの時間がかかった。「梅雨は雷に始まり、雷に終わる」という。7月の雷は嬉しくても、5月末のそれは嬉しくない。

「2025年 梅雨 関東」と検索エンジンに打ち込んでみる。するとその入りは6月7日ころ、明けはいまだ発表はされていないものの、平年では7月22日ころと出た。

夏という季節のほとんどは僕にとっては好ましい。「すべて」ではなく「ほとんど」なのは、梅雨があるからだ。更に、このところの梅雨には線状降水帯による豪雨がたびたび発生し、列島に被害をもたらす。夏の農作物の健やかに育つことを、祈るばかりである。


朝飯 塩鮭、揚げ玉、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」によるお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 ベビーリーフと茸とベーコンのスパゲティ、パン、2種のチーズ飲みさしの白ワインと赤ワイン


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2025.5.30(金) 好きな道具

ここ数年は体力の消耗を避けるため、泊まりがけで出かけるときにも、コンピュータは持たなくなった。しかしきのうおとといは必要があって、それをバックパックに入れた。今朝はそのコンピュータを食堂のテーブルに開き、おとといの日記を書き始める。電源から離れること3日にしていまだ容量を残しているLet’s noteのバッテリーは有り難い。

コンピュータの電源といえば、ことし2月のタイ行きでは、純正のACアダプターと共に、新たにAnkerの急速充電器を持参した。充電器はスーツケースに、しかしACアダプターはロストバゲージを恐れてこれまで通りバックパックに納めた。双方を持ったのは、はじめて使う充電器が役に立たないことを懸念したためだ。その結果、今月のタイ行きでは充電器のみに頼って不自由は無かった。時として例外は発生するものの、僕の持ち物は今後、ますます軽くなるだろう。

きのうまでの4日間を振り返ってみれば、時間を調整する場所は常に、本屋か山の道具屋だった。山の道具は軽さも含めて、機能を追求して作られている。そこのところが好きだ。オマル・ハイヤームは、酒を売る人が腑に落ちないと詠んだ。僕は、機能を追求して作られたはずのバックパックにぬいぐるみをぶら下げる人が、腑に落ちずにいる。


朝飯 めかぶの酢の物、トマトのスクランブルドエッグ、胡瓜と蕪の塩もみ、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、レタスと揚げ湯波と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとポテトとマカロニのサラダ2種のパン無花果と葡萄のパン鶏肉のトマト煮2種のチーズChablis Billaud Simon 2018


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2025.5.29(木) 伊豆治療紀行(36回目の2日目)

寝床は和室に低い台を設え、その上に布団を重ねた疑似ベッドのような作りになっている。高さはベッドよりも低く、畳に敷いた布団よりは高い。そこから、普段に比べればよほど注意をしながら降りる。もちろん、おとといの朝に傷めた腰を気にしてのことだ。

「伊豆高原痛みの専門整体院」ではきのうに引き続いて腰の治療から始まった。その最後のころに先生は、腰の左側の靱帯に9,000ボルトを発する電子ペンの先端を打ち込もうとして、しかしその部分が馬の背のようになっているためか、ペン先が滑って逃げてしまう。よって先生はそこにヒジを当て、体重をかけて平らにした。ジリジリと不気味な音を発するペン先は、ようようツボに食い込んだ。後は痛みに耐えるのみ、である。

僕の腰、家内の膝ともに状態が悪く、今日の治療はふたりで2時間を要した。更に家内はひと月の後ではなく、2週間後にもまた来るよう先生に言われた。ことによると、膝には古傷があったのかも知れない。

家内とは14時ぎに日本橋で一旦別れ、16時55分に入谷の駅で落ち合う。そして僕は飲酒、家内は食べることに専念をして、北千住19:33発の下り特急に乗る。


朝飯 「伊東小涌園」の朝のお膳鯵の干物ごはん昆布の佃煮と梅干味噌汁
昼飯 「祇園」の「おにぎりランチボックス」
晩飯 「オオイリヤ」のあれやこれやそれや他あれこれ「新亀酒造」の純米酒「真穂人」(燗)


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2025.5.28(水) 伊豆治療紀行(36回目の1日目)

出かける用事があっても、その朝に家にいれば、会社のことも、すこしは手伝うことができる。店を開け、出社してくる順に今月の給与明細を手渡し、朝礼の時間を迎える。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への本日最初の配達には、配達係のイザワコーイチさんと共に行った。

道の駅から戻ったら、そそくさと普段の仕事着からズボンのみ履き替え、靴は、きのう傷めた腰を慮って、トリッペンのSHEET PULLを履く。そして下今市09:33発の上り特急に家内と共に乗る。北千住を経由して東京11:57発の下りこだまが停車中の16番プラットフォームに上がるのは、いつもの通り。

人のからだには、どこかが良くなれば、別のどこかが悪くなる、というか、それまで隠れていた問題が顕在化する、ということがあるらしい。2018年の10月に白内障の手術を受けた。目が良く見えるようになったら、翌月から背骨と右の肩胛骨のあいだの筋肉が痛むようになった。その痛みは徐々に増し、そのうち耐えがたいほどになった。行きつけの整骨院、鍼灸院、街の外科、国立病院、更には隣県の「手かざし」にまで足を延ばして、すべて埒が明かなかった。そんなときfacebookで知って、そのコメント主にあれこれと教えてもらったのが「宇都宮肩腰痛みの専門整体院」だった。

1週間に2度の通院を言い渡されたその整体院には2020年7月までの1年半のあいだに47回を通った。背中の痛みが消えれば次は肩、その次は膝と、長年の無理が次々と現れてきたためだ。そしてとうとう「次は2ヶ月後で大丈夫です」と言われるまでに回復をした。しかしその「2ヶ月後」の2020年9月には、ワタナベマサヤス先生は「寒いところはイヤ」と、宇都宮から伊豆に引っ越してしまっていた。

伊東市八幡野の新しい場所に僕と家内が行けたのは「2ヶ月後」ではなく9ヶ月後の2021年4月だった。次はそこからまた9ヶ月を経た2022年1月だった。そのときの、膝への治療の痛みは筆舌に尽くしがたかった。数千ボルトを発する電子ペンの先端を患部に押し当てられたときの痛みは症状の重さに比例する。それに懲りて2022年3月からは、ほぼひと月に1度の頻度にて伊豆に通うことを始めた。そしてその回数は、先月までに35回を数えるに到った。

35回も通って最後に辿り着いた現地での宿泊は、伊豆高原の駅前に専用のバスを待機させ、且つ治療院までは歩いて行けるホテル亀の井伊豆高原と、このところは定まっていた。「ところが」である。僕よりひとつ年下の先生はできるだけ長く仕事の続けられることを考えて、住まいと仕事場を一体にすべく、今月からはおなじ伊東市でも吉田に治療院を移した。

そこへ行くためには川奈からタクシーを使う必要がある。しかしその台数の少なさ、送迎の手間と時間、経費を考えれば伊東駅前でレンタカーを借りるのが最上との結論に達した。

新しい治療院は、伊東駅から8キロメートルと少々の場所にすぐ見つかった。いつもは5,000ボルトの数字が点滅する機械に今日は9,000ボルトの数字があったから訊ねれば「この症状だと5,000ボルトでは無理」との返事が戻った。そうして僕は主に腰、家内は左膝に荒療治を受け、ふたたび8キロメートルの道を戻って予約済みのホテルに入る。


朝飯 ジャコと山椒の乾煎り、ミズの甘辛煮、納豆、温泉玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと玉葱と若布の味噌汁
昼飯 「やまやのうまだしおにぎりせっと」、JAVA TEA
晩飯 「伊東小涌園」の其の一其の二其の三其の四ごはん漬物味噌汁、日本酒(燗)、甘味


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2025.5.27(火) 作法

ソーマ歯科医院の予約は朝一番にて、先ずは大井町に移動し、駅前で朝食を摂る。その際、向かい合わせの椅子に置いたトートバッグのポーチにPASMOを仕舞おうと、テーブル越しに手を伸ばした瞬間「あわやギックリ腰」という衝撃に見舞われる。

世の中の様々な作法は姿勢をも規定する。「テーブルの向こうにあるものに中腰で手を伸ばす、などという無理な姿勢は、あらゆる指南書にも皆無に違いない」などということを考える。無理な姿勢でピアノを弾いた代表はビル・エバンスとグレン・グールドで、まぁ、彼らくらいの水準になればそれもまた許されるのだろうけれど、すくなくとも僕は、気をつけなくてはならない。

時間の余裕があったため、大井町から京橋に移動をして、そこからは日本橋まで歩く。丸善のエスカレータを3階まで上がることはほとんどしないものの、いざ行ってみれば、置いてある本には興味をそそられるものが複数あった。更に川瀬巴水の小さな展覧会が開かれていたため、それも観る。

江戸時代の浮世絵に対して川瀬の作品は「新版画」と呼ばれるものだったという。新派、新劇、新国劇。こうして並べてみると「新」の付く諸々は、いまや歴史の彼方に去った感がある。ヌーベルバーグやニューシネマもしかり。茅場町の飲み屋「ニューカヤバ」については、よく知らない。

神田の皮膚科に行ったら臨時休業ということがあって、しかし薬は必要だから検索エンジンに頼って根津の皮膚科を見つけた。するとここで処方された塗り薬が存外に効いたため、今日は午後に予約を入れておいた。前回「なぜそんなに必要なんですか」と渋られた一か月分の飲み薬も「前回とおなじだけ」と頼むと先生はすんなり処方をしてくれた。

さて明日と明後日はカイロプラクティックによる治療を伊豆で受ける。「帰らなくても構わない」と家内は言ってくれたものの、帰れば手伝える仕事もある。よって浅草19:19発の下り特急に乗って、21時すぎに帰宅を果たす。


朝飯 “BECK’S COFFEE SHOP”のホットサンドイッチ、コーヒー
晩飯 「もつ焼きけいすけ」の冷やしトマトもつ刺し盛り合わせタマポテサラダおまかせ五本盛り、白れば、くつべら、チューハイ、それを濃くするためのナカ


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2025.5.26(月) 何度くり返しても治らない

ふと気づくと下今市13:44発のけごん32号は、どこかの駅に停車中だった。そのプラットフォームの様子を眺めて、しかし頭の中には直前まで読んでいた本の余韻が残っている。そこが降りるべき春日部だったことに気づくまでには、数秒を要した。

即、読みさしの文庫本とテーブルに置いたiPhone、そしてトートバッグを鷲づかみにして席を立ち、通路を後方へ急ぐ。トートバッグから、これまた読みさしの新聞が落ちる。それを拾ってまた走る。降車口のドアは閉まっている。「遅かったか」と、しばし呆然と立ちつくす。

するとプラットフォームにいた、次の普通列車に乗ろうとしていたオジサンが僕の様子に気づいて前方を指す。東武線の上り特急は、春日部においては、すべての昇降口は開かない。「ここは開かない口だったか」と、今度は通路を前方に走る。先ほど新聞は拾ったものの、同時に落ちた、早月くらの短歌が4首ばかり並んでいる、文庫本のしおりに使っていた紙片はいまだ通路にある。しかしそれを拾い上げる余裕は無い。

ひとつ前の昇降口が見えてくる。プラットフォームに立つ駅員が、車両の先頭から最後尾までを確認しつつ、赤い旗を棒に丸めた状態で振っている。ここでドアが閉まっては、今日の予定はすべて狂う。そのドアは、僕がプラットフォームに降りた数秒後に閉まった。僕は後方へ歩き、先ほどのオジサンに礼を述べる。

2018年の10月に白内障の手術を受けた。以降は、半年から1年のあいだをおいて診察を受けることが義務づけられている。春日部からは東武アーバンクラインで数駅を下る。七里の眼科には無事、予約した時間の20分前に入ることができた。

電車の中で本を読みふけり、降りるべき駅に着いても気づかず乗り過ごす、ということが僕にはしばしばある。駅と駅のあいだの短い路線ならともかく、今日の春日部では何とか降りることができて良かった。「今後は気をつけよう」と思っても、何度も繰り返すのが過ち、というものである。


朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、梅干、揚げ玉、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、なめこのたまり炊のお茶漬け
昼飯 「カルフールキッチン」のおこわ弁当、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、日光味噌のフリーズドライ味噌汁”with LOVE”
晩飯 「フレンチ食堂ぶどう」のメヒカリのフリット、グリーンサラダ、パン羊のロースト、フランスの高くないメルロー


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2025.5.25(日) 朝の時間

夢をふたつみつ見た気はするものの、それがどのようなものだったかは思い出せない。目を覚まして気分の落ち着いたところで時刻は3時56分。きのう寝に就く前に確かめた時刻は20時38分だから、眠っていたのは7時間と十数分。まぁまぁの睡眠時間だ。

服を着て顔を洗って食堂に来ると時刻は4時。仏壇に花と水とお茶と線香を供えて4時15分。日記を書くためコンピュータを起動し、ブラウザを開いて4時25分。今日の日記の数行を書いたところでキーボードから離れ、夜のあいだにTikTokにいただいたコメントに返信をつけて4時28分。雨が結構な勢いで降っている。

その日記を中断して事務室へ降り、壁に貼った「汁飯香の店 隠居うわさわ」の予約表を取って4階の食堂へ戻って4時47分。きのうの夜から今朝のあいだにいただいたご予約に、それを承った旨の返信をお送りして4時49分。

今日の日記のここまでを書いてからおととい金曜日の日記に戻って文章を書き足し、画像を添えて「公開」ボタンをクリックして時刻は5時13分。大したマルチタスクぶりである。その勢いに乗って昨日の日記も完成させる。

今日は「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日にて、家内は早くから隠居の厨房へと去った。よって朝食は具だくさんの味噌汁にて簡単に済ます。食後にもなお時間があったため、電磁調理台の、グリルからの熱を逃がす開口部にアルコールを噴霧してティッシュペーパーで拭く。更に、細く入り組んだ部分の油汚れは楊枝の先で掻き出す。

と、ここまで書いたら文字数は614。日記は最低400文字は書くこととしているけれど、今日は朝のことだけでその1.5倍。最上部の画像だけは、朝のうちには撮れなかった。


朝飯 春雨の中華風炒め、切り昆布の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとじゃがいもと玉葱と椎茸とウインナーソーセージの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、きのこと厚揚げ豆腐と水菜と豚薄切り肉の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)


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2025.5.24(土) 陶片

店の、商品の置き方は日々、販売係が工夫をしつつ変える。店の奥の、お客様が「らっきょうのたまり漬」を試食をされたりお茶をお飲みになったりする空間の模様替えは、長男がする。タイから戻ったら、そのテーブルには昨年の6月、僕がサワンカロークで拾った宋胡録の陶片が並べられていた。

先般のバンコクは雨続きだった。6月なら完全に雨期に入っていたはずだが、昨年のサワンカロークは毎日のように晴れて、素晴らしく暑かった。スコータイ王朝の時代に整備された街道には緑が濃く、美しかった。宿から窯跡までの距離は8キロメートル。その道は、宿にあった整備の行き届いていない自転車で往復をした。

サワンカロークの窯跡には2019年の3月にも行った。三たび行きたいかと問われれば、行っても構わないものの「そろそろご馳走さん」という気持ちもある。

スコータイ王朝の寺院群には観光客がたくさんいる。街も賑やかだ。しかしサワンカロークの窯跡には博物館の切符売りがひとりと、掃除のオバサンがひとり。人はそれくらいしかいない。街道はクルマではなく、徒歩か自転車で辿るのがよい。旅は、移動の速度に反比例して贅沢になるのだ


朝飯 切り昆布の炒り煮、春雨の中華風炒め、生玉子、牛肉と椎茸のすき焼き風、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「食堂ニジコ」から持ち帰ったピータン豆腐の塩煮焼きそばチャーハン鶏の唐揚げの酸辣餡かけ麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)杏仁豆腐


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2025.5.23(金) 午後の洗濯

春眠の季節はとうに過ぎたにもかかわらず、タイから戻って以降は早起きができない。今朝の起床は5時。朝食の準備を始めるのは6時30分。持ち時間が1時間30分とは、いかにも短すぎる。どうにかして早起きの習慣を取り戻さなければいけない。

仏壇と自分のためのお茶を淹れようとして、その、近所の鳥屋茶舗で買った茶葉が今朝で終わることを知る。今年の八十八夜は5月1日。とすれば、そろそろお茶農家を営むお客様から営業の手紙の届くころだ。しかし茶葉は今朝で枯渇したわけだから、すこしでも買わなければ明日の朝が困る。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」に6月と7月のご予約が入っている。それをメモに残し、別途、承った旨のメールをそれぞれのお客様にお送りする。今週末の隠居は既にして満席にちかい。その週末を狙い澄ましたような雨の予報が恨めしい。お客様の足元を温めるための暖房絨毯は、いまだ片づけられずにいる。

午後、ことし1月10日に買って、いちどお湯に通したのみのJAPAN BLUE JEANS製のチノパンツ、および1月27日に買って、やはりいちどお湯に通したのみのFULL COUNT製のジーンズを洗濯機に入れる。ジーンズは、裾を3センチメートルほど上げないとだらしなく見えると考えていたものの、洗い上がったそれを履いてみれば丈が縮み、裾上げの必要はなくなっていた。

勉強仲間のセキネヒサタケさんがしばらく前に1,000ccのオートバイを買った。準レース仕様だから時に吐き気を覚えるほど速いという。午後、そのオートバイに乗ってセキネさんが店に来てくれる。セキネさんは小倉町の旅館を予約の上で来てくれた。そのセキネさんと夜は街の居酒屋で待ち合わせて、3時間ほども歓談を交わす。


朝飯 オムレツ、菠薐草のソテー、鮭の日光味噌漬けの焼きほぐし、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、蕪と椎茸と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「やまだ宴楽」のお通しの鮪のサラダ、刺身の盛り合わせ、玉子焼き蟹クリームコロッケ、「三岳酒造」の芋焼酎「三岳」(お湯割り)


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2025.5.22(木) 忘備

上澤梅太郎商店は土曜日は平日の倍、日曜日は3倍ほど忙しい。ところがタイから戻った日、つまり今週火曜日の売上げ金額は、先週土曜日のそれに肉薄するものだった。長男に訊いても理由は不明。「そのかわり別の日に失速」とならないよう、気をつけたい。

昼からは今日も隠居へ移動をして、数時間ほども仕事をする。庭は万緑。座敷とは目と鼻の先の梅の木には直径3センチメートルほどに育った実が認められるものの、地面に落ちた実もまた少なくない。紀州の梅は、昨年は大不作だった。そして今年の状況も良くないと、業界紙は伝えていた。それは、どのような理由によるものだろう。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」には、配達係のイザワコーイチさんが休みの日には、日に3度は行って、売り場の掃除や納品を行う。その3度目は15時30分のころ。ふと気づくと、昼すぎにいきなり降ってきた雨が上がって日も差している。よって帰りには如来寺のお墓に寄って、タイへ出かけようとしていた11日に供えた花を片づけ、花立てと線香立ての周辺を水で洗う。

夕刻に到って、ふた月に1度ほど診察をしてもらっている病院に行き忘れたことに気づく。来週の日程を考えれば、病院には今週中に行っておく必要がある。そして「たとえカレンダーに忘備を記してあっても、念には念を入れて、その前日には机上にも追加の忘備を貼る必要があるな」と、反省をする。


朝飯 生のトマト、菠薐草のソテー、スクランブルドエッグ、牛肉と椎茸のすき焼き風、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、葱坊主の天ぷらとカラシ菜と若布の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のおこわ弁当、生のトマト、おかずあれこれ、胡瓜と蕪のぬか漬け
晩飯 切り昆布の炒り煮、豆もやしのナムル風、揚げ春巻き、玉子の中華風スープ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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