2020.11.16(月) 物語を舐める
“ROMANEE CONTI”を飲むという行いには、ワインを飲むというよりも、物語を身の内に取り込もうとする色合いが濃いように思う。その物語を、せめてひと舐めする機会はないか。
葡萄の収穫年までは覚えていないけれど、ロマネコンティをひと口5,000円で飲ませる場所があった。今は昔の物語である。とすれば僕のような凡人は、開高健の「ロマネ・コンティ・一九三五年」のページを繰ってみるしか方法は無いかも知れない。
当該の本は本棚の、目星を付けたあたりにすぐに見つかった。そしてこれを、ことし3月にバンコクで読みさした沢木耕太郎の「貧乏だけど贅沢」と共にザックに入れる。そしてそれを背にして自転車に乗り、駅へと向かう。
10時すぎに立ち寄った新橋では、本日新台入替のパチンコ屋に数百名の行列ができていた。創意工夫や試行錯誤を飽きず繰り返す辛抱強さに僕は欠ける。そういう人間は、パチンコは無論のこと、カード、釣り、狩り、運動競技等々、ほとんどすべてのゲームに興味を持てない傾向にあると思うが、どうだろう。
今日の仕事場は南青山。夕刻に日本橋まで戻り、小酌を為す。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、納豆、めかぶ、牛肉のすき焼き風、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと揚げ湯波と蕪の葉の味噌汁
昼飯 “crisscross”のクラブハウスサンドイッチ、コーヒー
晩飯 「ふくべ」の鰹の刺身、蛸の酢の物、秋刀魚の塩焼き、納豆、菊正宗樽酒(燗)
2020.11.15(日) 「誰も読まねぇ」
「誰も読まない社史」と山本夏彦は書いた。「誰も読まない」とは、その会社の人も読まない、ということだろう。進呈された方は更に読まないこと必定である。
それほど小さくもない集まりで挨拶をするよう、ある役所に頼まれた。「面倒なことだ」と考えるより先に「挨拶文はこちらで用意しますので」と相手は淡々と説明をしたから、僕は胸をなでおろした。
僕はその、役人の作った文章を壇上で読み上げた。内容は、読むそばから忘れた。会場にかしこまった面々も、僕の口から出たあれこれは、右から左へと抜けただろう。こちらは、いわば音声による「誰も読まない」文章に他ならない。
時候の挨拶だったか何だったかは忘れた。とにかく文章を考えていると「誰も読まねぇ」と、脇からオヤジに言われた。確かに、世の中には、誰にも読まれない文章が山ほど行き交い、浪費され、埋もれ、あるいは消えていく。
「誰も読まねぇ」とは一面の真理ではあるけれど、たまには読む人もいる。だからやはり、何かを書くときには、気は抜けないのだ。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、牛肉のすき焼き風、生玉子、油揚げと蕪の葉の炒りつけを添えた納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 菠薐草のおひたし、おでん、豆腐の玉子とじ、鰤の燻製、ごぼうのたまり漬、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、自家製の蒸し羊羹
2020.11.14(土) 静かな夕食
きのうの夕刻には5日分の日記が在庫されていた。今早朝、そのうちの、おとといの分を選んで「公開」ボタンをクリックする。
「その日にあったことを書くのが日記ではないか」と問われれば、僕のそれに限っては違う。徒然なるままキーボードを叩いて400文字を超えたら日記にする。もうひとつ、3日先、5日先のことでも、その日、何をするかが分かっていれば、あらかじめ文字にしておくことは可能だ。
と、ここまで書いて、ウェブ上に「断腸亭日常」を検索する。荷風は僕とは異なって、起きたことを日ごと忠実に記録している。あるいは忠実に記録しているように見える。大正7年12月25日の「二妓と共に桜木に一宿す」の桜木とは、現在の上野桜木を指している。
余談ではあるけれど、僕は根津から桜木を経て根岸に至る道が好きだ。特に佳いのは、寛永寺陸橋からの眺めである。現代の小村雪岱といえば、誰だろう。
今日はまた、嫁のモモ君が第二子を産む準備のため実家へ戻った。孫のリコも一緒である。というわけで、しばらくは静かな夕食が続くだろう。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、油揚げと蕪の葉の炒り煮を加えた納豆、干し海老を薬味にした煮奴、めかぶの酢の物、ごぼうのたまり漬、細切り昆布の佃煮、メシ、若布と白菜の味噌汁
昼飯 おでん、ごぼうのたまり漬、メシ、薬味として三つ葉を加えたフリーズドライ味噌汁”with love”
晩飯 蕪のサラダ、オールドイングランド、「日光味噌つぶ味噌」による肉味噌と納豆のスパゲテティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、「久埜」の最中、Old Parr(生)
2020.11.13(金) 冬眠不覚暁
早起きのできない日々が続いていた。「夜に仕事をしているのだから、それでもいいじゃない」と家内は言う。秋までは、僕の製造に関わる仕事は早朝に行っていた。しかしこのところは、それを前夜に早めた方が、何かと良い状況になってきている。
きのうは3時台に目が覚めた。しかし着替えて食堂に来てみれば時刻は5時を過ぎていて、狐につままれた気分だった。今日も目覚めは3時台だった。食堂には4時17分に来られた。やはり僕は、これくらいの時間から活動を始めないと、どうにも損をした気持ちになる。ひとりでいられる時間が欲しいのだ。
昨年の記録とおなじく、紅葉狩りの行楽客は、文化の日の次の週末を境にして減った。しかし道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場は、冷蔵ショーケースの向きの変更と新しい販売台を得て、特に「らっきょうのたまり漬」の販売量は増えてきたように思う。
いずれにしても、需要の一時的に落ちているここ1週間ほどは、年末に向けて、特に味噌の包装を増やしていく必要がある。たまりの「朝露」に関しては、味噌を搾って作る関係上、どうにも量産の利かないところがもどかしい。売り切れ、売り切れの連続である。
朝飯 納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、おでん、油揚げと蕪の葉の炒り煮、ごぼうのたまり漬、じゃこ、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 かつ丼、ごぼうのたまり漬
晩飯 鮎の甘露煮、菠薐草のナムル風、焼き鳥、ごぼうのたまり漬、3種の焼売、白菜のクリーム煮、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、「和久伝」の「西湖」
2020.11.12(木) あたらしい知識
運動はもとより芸にしても仕事にしても「体で覚える」という会得の仕方がある。僕はどちらかというと、言葉で説明をしてもらう方が有り難い。
「気温が5℃下がるごとに服1枚が欲しくなる」と、今朝のテレビで気象予報士が言っていた。「よくぞ教えてくれた」である。気温が30℃なら半袖1枚でこと足りる。それは僕にも分かる。しかし15℃、10℃、5℃のそれぞれの気温にふさわしい服装については、これまで知らずにきた。それが今朝の気象予報士のひと言により、大げさに言えば救われたのだ。
もうひとつ、帽子の保温効果は上着1枚に等しい。これはイヴォン・シュイナードの「アイスクライミング」に書かれていることだ。頭部は球体であり、その表面積は全身のそれの5分の1を占める。つまりこの部分を覆うことにより体温は大きく保護される、というわけだ。
厚着が嫌い、汗をかくことが嫌い、予備の服により荷物の増えることも嫌いな僕にとって、冬は中々に厄介な季節である。「日本が常夏なら良いのに」と、いつも思う。
朝飯 オイルサーディンのチーズ焼き、納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、油揚げと蕪の葉の炒り煮、大根と胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と大根の葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、菠薐草のおひたし、らっきょうのたまり漬、薩摩芋の蜜煮、揚げ湯波と白菜の鍋、その鍋で煮た「福島製麺」のラーメン、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、柿
2020.11.11(水) 割れないグラス
「暗闇で吸うタバコは思いのほか美味くない」と書いたのは吉行淳之介だっただろうか。暗闇では空中に漂う煙を目で追うことはできない。それが「美味くない」理由だったように思う。
新型コロナウイルスの蔓延により、人々はアルコールで手を頻繁に消毒するようになった。これによる乾燥から、手荒れに悩む人も多くなったと、あちらこちらの媒体が伝えている。僕は以前よりアルコールを手に噴霧することを常としてきた。僕の手は季節を問わず乾燥し、荒れている。
壊れやすいものほど腫れ物に触るように、軽く持つ癖が僕にはある。乾燥した手にその癖が加わり、そこに最近は加齢による「うっかり」も重なって、陶磁器やガラスの道具を壊すことが増えてきた。
蒸留酒のソーダ割りを飲むための薄いグラスは2客があったものの、1年ほどのあいだに2客とも失った。ブルゴーニュの白ワインを飲むためのグラスも2客があって、こちらも次々と割った。
業を煮やして検索エンジンを頼ったところ、金属製のワイングラスは確かに存在した。しかしそれでワインを飲んで、果たして美味かろうか。暗闇のタバコと同じ理屈である。
朝飯 納豆、おでん、ウィンナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、めかぶ、油揚げと蕪の葉の炒り煮、みょうがのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 オイルサーディンのチーズ焼き、「あづま」から持ち帰ったフライあれこれ、同ぬか漬け、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.11.10(火) 再登板
「今年は東京オリンピックだし、商売の方も行くぞ-」と気合いが入った直後の、新型コロナウイルスの流行だった。
2月から3月に月が変わった直後より、売上げが激減した。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、開店前のお披露目については、2月の下旬に招待状を投函し、しかし3月はじめには「三密」を避けて、今度は「中止」のお知らせをお送りすることとなった。「隠居」は急遽、その業態を「朝食」から仕出し弁当に変え、特に医療従事者には無料でお届けを続けた。
4月7日から5月6日までを期限とした「緊急事態宣言」は、5月末まで延長をされた。そのあいだの売上金額は、前年度比で9割の減。
国民に移動の自粛が呼びかけられたそのころより、日光や鬼怒川の産品を詰め合わせた、地方発送の商品を充実させた。また、ウェブショップでも、新しい企画を矢継ぎ早に発した。これらはお陰様で少なくないお客様のご支持を得て、荷造りの仕事は現在も高原状態にある。
このまま師走の繁忙期を迎えれば、社内のあちらこちらで混乱が生じることは必至である。それをいくらかでも緩和すべく、勤続33年を以て2015年に退職をしたアオキフミオさんに先日、声をかけた。アオキさんは当方の要請を快諾し、今日から蔵に来てくれた。お客様の需要にお応えをしつつ、どうにか大晦日までこぎ着けたい。
朝飯 細切り人参の炒りつけ、納豆、菠薐草と榎茸のおひたし、蕪の浅漬け柚風味、鮭の「日光味噌」漬け焼き、みょうがのたまり漬、里芋の淡味炊き、メシ、トマトと獅子唐の天ぷらの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 刺身湯波、薩摩芋の天ぷら、菠薐草の胡麻和え、みょうがのたまり漬、豚足入りのおでん、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、今週末に「汁飯香の店 隠居うわさわ」でお出しするものとおなじ和菓子、正体不明のブランデー(生)
2020.11.9(月) 土鍋の初期設定
池波正太郎の「食卓の情景」は、食べものとその周辺に材を取った本の中で好きなひとつだ。これを僕は、20代のはじめから昨年にかけて3度ほど読んだ。池波は私生活において、ことのほか小鍋仕立てのあれこれを食べているように感じられる。それを思い出したわけではないけれど、先日、ひとり用の土鍋を買った。
届いた土鍋には、先ず水に冷や飯を沈めて炊き、1時間ほど放置をして漏れ留めとせよとの注意書きが入っていた。よって今朝は、それを忠実に守って作業をした。そしてその副産物としてできたお粥を朝食とする。
ところで先月31日の日記に書いた、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の販売台が、思いのほか早くできあがってきた。それを現行のものと交換すべく、オタニ建具店のオタニさんとは18時に現場で待ち合わせた。新しい販売台は当然のことながら、向きを変えた冷蔵ショーケースに隙なく収まった。お客様の使い勝手が良くなった分、これまで以上に商品の売れることを期待している。
朝飯 油揚げと蕪の葉の炒り煮、細切り人参の炒りつけ、みょうがのたまり漬、白粥、トマトとカブの葉ときのうのポトフの残りの豚足の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 スパゲティサラダ、TIO PEPE、カレーライス、付け合わせの「らっきょうのたまり漬」と隼人瓜のぬか漬け、Old Parr(ソーダ割り)、メロン
2020.11.8(日) Let’s go anyway.
早朝、食堂で日記を書くうち、階下からトントンと、音が聞こえてくる。長男が、夕食のための仕込みをしているのだ。
社員を迎え入れるため、今朝も7時40分に事務室のシャッターを上げる。朝礼の開始はおおむね7時55分。その数分前に「お客様がいらっしゃっていますが」と、販売係のササキユータ君が教えてくれる。「朝礼が終わるまでお待ちいただきますか」と続けるササキ君に「そうだね」と頷きつつ外へ出る。
ひとりのお客様が、息せき切って近づいていらっしゃる。「できれば今すぐに」と、そのお客様は、なにやらお急ぎのご様子である。そして、GoToトラベルキャンペーンの地域共通券11,000円分を使って即、東京へ向かいたい旨を早口でお伝えくださった。「そうであれば」と事務室の扉から店内にご案内をし、手早く税込11,448円の買い物をしていただく。
オヤジは時間外の商売を嫌った。しかし、お客様には喜んでいただけて、おまけに開店前から売上げが立つのだから、僕は今朝のような仕事は大好きだ。
そうしていつもの時間に3分だけ遅れて朝礼を始める。
朝飯 人参の炒りつけ、生玉子、なめこのたまり炊、めかぶ、みょうがのたまり漬、メシ、天ぷらとレタスの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスと蜜柑のサラダ、パン其の一、パン其の二、ポトフ、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.11.7(土) 名人
自分以外の乗客は自動小銃を握った兵隊のみ、という列車に揺られて着いた先でひねもす昼寝をしているような野放図なところがある一方、妙に几帳面なところもある。煎茶は60℃のお湯を用いて急須に90秒を置くのが最適と聞けば、その通りにする。沸騰したお湯は、湯飲みに注いで15分で60℃になる。90秒という時間もまた、タイマーで正確に計る。そうして淹れたお茶ではあるけれど、美味いと感じるのは月に2、3度くらいのものだ。
それをきのう夕食の席で話したところ、自分は煎茶の淹れ方を名人から習ったことがあると、長男はその方法を教えてくれた。
茶葉はひとり2グラム。熱湯を湯飲みから急須に移し、それをふたたび湯飲みに戻せば湯温は70℃。それを急須に注ぐ。抽出の時間は特に聞かなかった。
今朝、その方法を試すと、しかしお湯は75℃までしか下がらなかった。そのまま手順を踏んで、仏様の分と自分の分のお茶を淹れる。そうして仏様の分を仏壇に供え線香を上げ、食堂に戻って自分の分を飲むと、それは、特に美味くもなかった。念のために加えれば、茶葉は名人推奨のものである。
人工知能はいまや、将棋の名人に勝つ。お茶の名人より美味いお茶を淹れる機械はどこかにないか。あれば買って、台所に置きたい気分である。
朝飯 蓮根のきんぴら、納豆、小海老を薬味にした煮奴、油揚げと蕪の葉の炒り煮、細切り人参の炒りつけ、みょうがのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蕪のすり流し、菠薐草のおひたし、らっきょうのたまり漬、金目鯛の煮付け、3種の天ぷら、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、3種の葡萄、“Chez Akabane”のショートケーキ、Old Parr(生)