2020.5.14(木) 静かな18時
「ウワサワさんはフットワークが軽い」と褒めてくれる人がいる。自己による評価は逆だ。僕の尻は、まったく重い。その僕が、今日は9時から市内のあちらこちらを回って10時30分に戻る。
社内にいる人間の密度を下げるため、4月の21日より社員の出勤数を絞っている。週7日のうち木曜日は販売係の出勤を停止し、代わりに僕や家内や長男が店に立つ、ということも、その対策のひとつだ。今日の午前は、僕が10時30分に帰社したところで、朝から店に立ち続けた家内と交代をする。
おととい宇都宮の中心部にクルマを走らせた限りでは、ショッピングセンターやスーパーマーケットの駐車場は、満杯の盛況だった。とはいえ「県境は越えるな」との、国や県による勧告は続いている。商業圏は「コロナ前」とそう変わらなくても、外からのお客様を多く受け入れている日光には、人の姿は少ない。ウチの店番も、平日はひとりかふたりで充分に間に合ってしまう現在の状況である。
本日、終業の18時まで在社した社員は僅々4名だった。家路を辿る彼らにひとりひとり声をかけて後は、明日の午前に使う小切手を1枚だけ切って自宅へ戻る。
朝飯 牛肉の生姜煮、菠薐草のソテー、納豆、蕗の醤油煮、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、鰯の梅煮、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 蓴菜のすり流し、豚レバの燻製、鳴子百合のおひたしを添えた穴子の網焼き、胡瓜のぬか漬け、空豆の甘煮、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)
2020.5.13(水) 野の花
7時40分、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と検品に向かうため、奥の置き場から自転車を曳き出し、事務室の前でそれにまたがる。そこに、孫のリコが長男に抱かれてどこかから戻ってきた。リコの手には、野の花が4、5本ほども握られている。彼女はそのうちの1本を僕に差し出した。僕はそれを、布巾を入れた紙袋の底に静かに置き、日光街道を下る。会社と道の駅の往復にクルマではなく自転車を使うのは、昨年の秋以来、数ヶ月ぶりのことだ。
道の駅での用を済ませて、先ほどの花は、お墓の花立てに加えようと考えた。如来寺は目と鼻の先にある。その水場まで自転車を乗り入れ、閼伽桶に水を汲む。そしてきのう花立てに足したばかりの水を捨て、新しい水を満たす。孫がくれた小さな野花は、一対の花立ての、向かって左の方に、折れないよう気をつけて差した。
桜の古木が枝を垂らして、いくつかのお墓に涼しげな影を作っている。空の高いところでは、雲雀が啼いている。ふたたび自転車を漕いで日光街道を遡上する。会社には7時57分に滑り込んで、無事、朝礼に臨む。
朝飯 牛肉の生姜煮、ウインナーソーセージと菠薐草のソテー、炒り豆腐、納豆、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 きのうの夜と今朝のおかずを流用した弁当
晩飯 マカロニサラダ、玉葱のサラダ、胡瓜のぬか漬け、うずら豆、刻みキャベツを添えた「渡辺精肉店」の豚カツ、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)、プリン、Old Parr(生)
2020.5.12(火) 奇怪な連鎖
今日はおじいちゃん梅太郎の祥月命日にて、8時からの朝礼を完了すると同時に家内と如来寺のお墓へ向かう。お墓は叔母が手配した人の手により、とてもきれいになっていた。花も供えられていた。僕のすることは、墓石の掃除と線香を上げること、そのふたつのみだ。
お墓の掃除にはいろいろな作法、作法と言って大げさなら方法がある。墓石の頭から水を注ぐことを、オフクロは好まなかった。僕が人から教えられた方法は、水を固く絞ったタオルで墓石を拭くことだ。墓石は小さく、ふたつしかないから、それほどの時間は食わない。
死者は死者で、人ではない。「さぞかし暑かろう」とか「さぞかし腹を空かせているだろう」などと、死者を想うことを僕はしない。しかし便利さには簡単に転ぶ。「水気を含んだ布でお墓を拭けば、その水分だけで、ご先祖様は充分に癒やされます。茶碗の水までは必要ありません」という、おととし耳にしたこともそのひとつだ。以来、僕はお墓には茶碗は置かない。「献仏不假香多」という、これまたおととし麻布の禅寺で目にした筆書きにより、上げた線香は家内のものも含めて4本のみ。次の墓参りは6月の、おばあちゃんの祥月命日になるだろう。
SNSには時として、人から人へと何かを繋げていこうとする現象が起きる。最近では、自分の記憶に残る本を7日間に亘って紹介し、且つ1冊ごとに次の人を指名していくという奇怪な連鎖が発生した。人のそれを眺めるうち、僕はこともあろうに尊敬する先輩であるカワハラミチヒロ君に名指しをされてしまった。カワハラ君に言われては仕方がない。
そういう次第にて、いまだ光の量の落ちないうちに、食堂のテーブルに何冊かの本を積む。そしてそれらの写真を、取りあえずは次々と撮る。
朝飯 炒り豆腐、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、鰯の梅煮、牛肉の生姜煮、茹でたブロッコリー、メシ、若布と揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 胡瓜の若布の酢の物、鮭の麹漬け、らっきょうのたまり漬、天ぷら其の一、天ぷら其の二、天ぷらその三、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2020.5.11(月) トマトづくし
もっとも好きな季節は夏だ。暴力的な旺盛さに隠しようのない虚無感の混じるところが好きだ。好きではあるけれど、過ごしやすいわけではない。肌が喜ぶのは何と言っても新緑のころ、そして秋だ。ただし秋には夏の去った後の寂しさの色濃く漂うところがいただけない。とすれば、僕にとってもっとも居心地の良い季節は、まさに今に違いない。
今月1日からきのうまで休業をしていた道の駅「日光街道ニコニコ本陣」が、今日から営業を再開する。8時の朝礼が完了すると同時に冷蔵庫に入る。そしてきのう製造係と包装係の用意してくれた商品をホンダフィットに積む。道の駅の2ヶ所の売場を拭き掃除し、すべての商品を納めるには、小一時間を要した。
11時が近づくころ、半袖1枚の薄着で自転車に乗る。空は晴れ上がり、空気は乾いている。日光街道を下りつつ「一汁五菜弁当」を宅配する。「社長じきじきに…」などと気遣ってくださるお客様もいらっしゃるけれど、おやすい御用です。
更に自転車を走らせて、緊急事態宣言に合わせて休んでいた飲食店を見ていく。既にして営業を再開しているお店、メニュを絞って営業しているお店、今のところは持ち帰りに専念をしているお店、明後日から店を開けるお店、「もうすこし休みます」と張り紙のあるお店など、様々だ。「なにをジロジロ見てやがる」と問われれば、外食の好きな僕は、街の食べ物屋のことが気になって仕方がないのだ。
夕刻になっても気温は24度を下まわらない。夜は冷たいトマトを肴にして、トマトの酸味を利かせたチューハイを飲む。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茹でたブロッコリーを添えたハムエッグ、炒り豆腐、なめこのたまり炊、椎茸の甘煮、メシ、トマトの味噌汁
昼飯 トマトとブロッコリーの雑炊、ごぼうのたまり漬
晩飯 トマトのサラダ、だし巻き玉子、鶏もも肉とピーマンの網焼き「日光味噌の辛ひしお」添え、牛肉の生姜煮、トマトハイ、シュークリーム、Old Parr(生)
2020.5.10(日) それだけは惜しむ
目を覚まし、きのうメンソレータムをたっぷり擦り込んでからはめた手袋を脱ぐ。枕の下からiPhoneを取り出し見ると、時刻は3時55分だった。
一寸どころかひと尋の光陰さえ軽んずる僕ではあるが、朝の時間だけは惜しい。3時台に起きられれば得をした気分、4時台なら特に何も思わず、5時台の目覚めは寝過ごしたことにより罪悪感を募らせるとは、この日記にしばしば書いていることだ。急がなくてはならない。
布団をはねのけ、室内履きに足を通す。洋風押し入れの扉を開き、奥に置いた低いタンスからユナイテッドアスレのポロシャツを取り出す。パタゴニアのポロシャツは高い割りにすぐにすり切れた。しかし京都のTシャツ屋「イージー」が1着1,000円台で売る化学繊維によるそれは、4年や5年ではビクともしない。
そのポロシャツに袖を通し、靴下を履き、ズボンを穿く。洗面を済ませて食堂に出ると、食器棚の電波時計は3時59分30秒を過ぎたところだった。3時台の活動開始とはいえ、あと30秒で4時であれば、それほど嬉しくもない。
6月22日まで営業を自粛するつもりの「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、そのあいだ「一汁五菜弁当」を土曜日、日曜日、月曜日にお作りして店頭でのお手渡し、あるいはお届けをする。この仕事のある日は、家内は4時に起きて5時前に隠居へ向かう。それを見送ってから僕は製造現場に降りて、自分の仕事に従う。
朝飯 炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、生玉子、蕗の醤油煮、なめこのたまり炊、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「やぶ定」の海老天玉子とじ蕎麦
晩飯 トマトとサラダ菜とブロッコリーのサラダ、「バンマリー」のドライフルーツとナッツのパン、無花果の菓子、シェパードパイ、飲みさしの3種のワイン
2020.5.9(土) 初代久太郎
徳川義宣の「迷惑仕り候」に「ボウ」と呼ばれる、アイヌの血を引く案内人のことが、愛情のこもった筆で書かれている。あるときこの殿様は「ボウ」への土産を求めようと、酒屋の前に自転車を停める。徳川農場の、付き従った場長は「ボウ」の好みを知っている。それは「焼酎の中でも一番強く、臭ひも強く舌にピリリとくるほどの酎」だった。値段は昭和30年代ということもあるが「私は一升瓶を二本買った。五百円もしなかったかと思ふ」と記されている。
焼酎は、すこし前の、ことに九州以北の日本人には縁の薄い酒だった。東京の食べ物屋が焼酎を置きだしたのは、せいぜいここ30年ほどのことと記憶する。
ウチでは、本体価格5万円以上の買い物をしてくださったお客様には、地元「片山酒造」の「原酒」を差し上げてきた。ところがいつごろからだろう、日本酒より焼酎を希望されるお客様が増え始めた。今はおなじ片山さんの、酒粕を原料とする焼酎「粕華」のみを用意している。
昨年の初秋、片山さんの純米大吟醸「初代久太郎」をはじめて飲んだ。宴席に僕が持ち込んだものだ。これを、普段はあまり召し上がらない主賓は吟醸グラスで4杯も干した。それだけ美味いということだ。
今月3日、その「初代久太郎」をふたたび手に入れた。「原酒」は剛直な味わいでも、それ以外の片山さんのお酒はおしなべて柔らかい。
「初代久太郎」は美味すぎるから、食前にすこしばかりを嗜み、その後は他の酒に切り替えた方が良さそうな気もする。しかしそう考えながら、つい食中も飲み続けてしまう。
片山さんを知る仲間が東京に集まる機会があれば、僕はこの「初代久太郎」を持参して、皆と飲みたいと思う。
朝飯 茄子の味噌炒り、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、蕗の醤油煮、椎茸の甘辛煮、メシ、万能葱と煎り胡麻の味噌汁
昼飯 蕗の醤油煮、茄子の味噌炒り、昆布の佃煮、なめこのたまり炊によるお茶漬け
晩飯 鮭の麹漬け、鰯の梅煮、キャベツのおひたしを添えた松かさ焼き、炒り豆腐、なめこのたまり炊、たけのこごはん、「片山酒造」の純米吟醸「初代久太郎」(冷や)、エクレア、Old Parr(生)
2020.5.8(金) 家に閉じこもっていても
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、日本よりよほど厳しい措置を執っている国は多い。その措置とは、たとえば都市封鎖であり、戒厳令さながらの夜間外出禁止令であり、あるいは昼の行動さえ思いとどまらせようとする商業活動への制限などだ。
そのような国に住み、日々ウェブログを書いてきた人が、このところは1週間、10日と、更新の間を空けるようになった。その、櫛の歯の抜けたような有様を眺めつつ「熊谷守一の晩年の画業を想えば、家に閉じこもっていても、日記くらいは書けるだろう」と、叱咤にも似た考えを持ち続けてきた。しかし「コロナ 鬱」と検索エンジンを回してみれば、事態はそれほど単純なものでもなさそうだ。
家から一歩も出ない日は、僕にもある。しかし僕の家は会社と一体である。蔵の中を歩き、テニスコートほどの広さの冷蔵庫に出たり入ったりし、店に立ち、事務室では電話を受けたりお客様にメールを書き送ったりする。今日は「一汁五菜弁当」のために届けられた米や玉子を2度も隠居に運んだ。つまり蟄居とはほど遠い環境にあるのだから、感謝すべきなのだ。
夕刻の西北西の空には水色と朱と金色があった。晴天が続けば有り難い。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生玉子、蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、茄子の味噌炒り、山椒の佃煮、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜に残したかき揚げの味噌汁
昼飯 茄子の味噌炒り、牛蒡の醤油煮、蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、たけのこごはん
晩飯 らっきょうのたまり漬と鶏笹身肉とベビーリーフのサラダ、マニケの牛挽き肉トマトソース、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズ、Old Parr(生)
2020.5.7(木) 必要なもの
必要なものの蓄えが充分にある状態は、人を安心させる。あるいは心を豊かにする。必要なものの代表は、アジアにおいてはいまだ米だろうか。穀物とは異なって、それがなくては生きていけないというものでもないけれど、ウチでは線香も「必要なもの」に含まれる。
廊下に作り付けの本棚の、下の2段は引き出しになっている。そしてそのうちのひとつには線香が収められている。2014年の秋に亡くなったオフクロの、初彼岸や初盆にいただいたものだ。それがいまだ3分の2ほども残っている。多いにありがたい。
きのうの朝、仏壇の線香立てには2本の線香があった。それを供えて線香立ては空になった。よってその引き出しから新しい箱を取り出し、蓋を取る。するとそこにはこれまで見たこともない、長い線香が隙間なく並んでいた。どれほど長いかといえば、易占に使う筮竹ほども長い。
今朝はその、いつもの倍くらいの長さの線香を、いつものように2本、お供えした。
現代の線香の、火を点けてからの持ち時間は30分、しかし江戸時代のそれは45分だったという。今朝から使い始めた線香は、果たしてどれほど持つだろう。計ってみたい気持ちはあるものの、線香とは大抵、気がついたときには灰になっているのだ。
朝飯 蕪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、若竹煮、生のトマトと茹でたブロッコリー、ごぼうのたまり漬、椎茸の甘煮、蕗の醤油煮、メシ、胡瓜と若布の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 かき揚げ、薩摩芋の天ぷら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、松かさ焼き、茄子の味噌炒り、「なめこのたまり炊」によるなめこおろし、たけのこごはん、「片山酒造」の純米大吟醸「初代久太郎」(冷や)
2020.5.6(水) full of green
北西に面した柴折り戸から隠居に入り、玄関まで歩く途中で、ところどころに杉菜の顔を出していることに気づく。「ところどころ」ということは、その勢いは既にして弱くなったのか、あるいは隠居諸々係のタカハシリツコさんが小まめに引き抜いているのかも知れない。
店に向かって右側、おきゃくさまがおやすみになるべんちのわきのきせつのしょ…とここまで入力して変換キーを押すと《修飾語の連続・「の」の連続》とワードプロセッサから注意を受けるも、このまま続ける。とにかく、お客様がお休みになるベンチの脇の季節の書はしばらく「杉菜」だった。これを販売主任のハセガワタツヤ君に頼んで「萬緑」に掛けかえてもらう。隠居の、きのうの山桜の新緑が、あまりに鮮やかだったからに他ならない。
「萬緑」は英語で”full of green”。それを知ったのは、同級生スズキマサカズ君の、何年か前のfacebookへの投稿による。この時期、東武日光線に乗って南を目指すと、特に下今市と新鹿沼のあいだは正に”full of green”で、本は座席の前のテーブルに置かれたままになる。
緊急事態宣言が解除され、心おきなく県境を越えられるのは、いつになるだろう。
朝飯 若竹煮、生玉子、冷や奴、蕗の醤油煮、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 レタスと玉葱と人参のサラダ、パン、トマトと牛肉団子のスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.5.5(火) いつの間に
6時前、食堂の食器棚に置いたiPhoneが鳴る。かけてきたのは家内で、隠居に新聞紙を持って来て欲しいというのが、その内容だった。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の「一汁五菜弁当」を作る日は、家内は4時に起きる。そしてひとりそそくさと朝食を済ませ、5時前には隠居へ向かう。今日は、揚げ物をする際に床に敷く新聞紙を持参し忘れたらしい。
よって即、階下に降りる。そして買い物のたびに溜まる紙袋を籠から選び、その脇に重ねてある古新聞を多めに詰め込む。社員用の通用口から隠居の柴折り戸までの距離は、100メートルほどのものだろうか。早朝から半袖のポロシャツ1枚で歩ける暖かさが有り難い。
家内が隠居に籠もる朝は、食事はひとりで用意する。テレビの天気予報は本日の、午前の穏やかさと午後からの急変を伝えている。
「そうであれば」と、午前の早い時間にふたたび隠居へ行く。10日ほど前にはアルマジロのような不気味なつぼみを天に向けていた藤が、今日は見事に花房を垂らしている。その藤棚の横を流れる池水の最上流、緑の濃いあたりには、シャクナゲが満開になっている。藤もシャクナゲも山桜の青葉も、いずれも「いつの間に」と驚くほどのあでやかさ、鮮やかさだ。
4月7日から明日5月6日までを期限とした新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言は、5月末まで延長された。それを受けて午後、臨時の場長会議を開く。そして現在の、出勤者数を平時の半分に絞る対策を、6月20日まで続けることを決める。日に余裕を持たせたのは、大事を取ってのことだ。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、土曜日、日曜日、月曜日の、週に3日の営業だ。よってこちらの方は、6月22日の月曜日まで、営業の自粛を延ばす。これに伴い「隠居うわさわ」の「一汁五菜弁当」も、週に3日のお作りとお届けを続けることになるだろう。
どこもかしこも非常事態の初夏である。
朝飯 若竹煮、菠薐草の胡麻和え、だし巻き玉子、刻んだ玉葱を薬味にした納豆、蕗の醤油煮、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布の味噌汁
昼飯 じゃこ山椒、梅干し、鮭の麹漬け、蕗の醤油煮、菠薐草の胡麻和え、ごぼうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 玉葱とにんにくとブロッコリーとシメジのスープ、チーズと玉葱の無発酵パン、林檎とキウイとレタスのサラダを添えたトマトと玉葱とピーマンのドレッシングで食べるビーフステーキ、バンブー、飲みさしの赤ワインのうちのSan Pedro Castillo de Molina Cabernet Sauvignon 2017、チーズ、Old Parr(生)