2026.2.20(金) レジュメの作成
勉強仲間のテシマヨーさんに声をかけていただき、上澤梅太郎商店のコンピュータの使い方について、昨年の3月18日に、小さな発表をした。事前に準備をしたひとつが、自分の年表だった。その年表は、自画自賛ながら、参加者にとってはなかなか良い資料になったのではないかと感じた。その年表はもちろん、コンピュータに残した。そして今回は、そこに含まれる情報量を、この数週間で大幅に増やした。「年表にそのようなものをどのような方法で装備させるのか」と疑問に感じる人もいるだろうけれど、計算のためのマクロも組み込んだ。
その年表を紙に出力したもの、また文字による年表をより分かりやすくするため、より臨場感を持たせるための画像も、絵コンテのようにしてきのうは持参していた。そうしてきのうの日記に書いたように、それを元にして講演のレジュメの下書きをした。
今日は10時より、その下書きに従って、レジュメを清書した。講演は、立ったままするのか、あるいは座ってするのかは分からない。よって立ったままでも、また演壇の照明が充分でなくても読めるよう、清書はフェルトペンを使い、大きな文字で書いた。文字を大きくしたこともあって、枚数はA3のコピー用紙で三枚になった。持ち時間は50分間。挨拶などに費やす時間を除けば45分間。とすれば一枚あたりに使える時間は僅々15分間で、よほど気をつけないと、制限時間を超える。しかも僕はその日の最後の講演者だから、参加者の気持ちは早くも、夜のパーティに向いている可能性が高い。
A3に三枚のレジュメは、明朝の上りの列車の中で、もう一度、見直すことにしよう。
朝飯 ウインナーソーセージのソテーを添えたスクランブルドエッグ、トマトとレタスのサラダ、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスのサラダ、三種の温野菜を添えた煮込みハンバーグステーキ、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018、「和久傳」の「西湖」、Old Parr(生)
2026.2.19(木) 伊豆治療紀行(42回目の2日目)
きのうの就寝がいくら早かったとはいえ、0時台に目が覚めるとは、いささか参った。部屋は暖かくもなく、また寒くもない。枕元のコンセントに繋いだiPhoneでTikTokの動画を眺めたり、あるいはニュースを読んだり、あるいはふと興味の勃興したことについて検索エンジンに頼るなどをするうち5時台に至る。そして6時を回ったところで大風呂へ行き、きのうとおなじ「熱めの湯」の浴槽に浸かる。今朝のお湯の温度は、湯温計によれば42.7℃まで上がっていた。
朝食は、きのう夕食の場所から戻る途中で買ったサンドイッチとコーヒー。そうして7時50分に宿を出てレンタカーに乗り込み、取りあえずは南へ進路を取る。
いかにもむかしの峠道といった風情の裏道から国道135号に出ると、特に上り線の渋滞は、きのうほどのものでもなかった。いまだ時間が早いせいかもしれない。
今日の治療も幸いなことに、それほど辛くはなかった。レンタカーを伊東駅前の営業所へ戻し、10:57発の熱海行きに乗る。家内とは新幹線の車内で別れ、新橋へと向かう。
先ずはいつもの大衆床屋で散髪。軽く昼食を済ませたら、銀座線で京橋に移動をして、モンベルの大きな店でオレンジ色の手袋を買う。オフクロが遺した毛糸の赤い手袋は、自転車のハンドルを握る部分がすり切れてきたため、潔く捨てる予定である。と、ここでキーボードを打つ手が止まる。「毛糸の赤い手袋」とすべきか、それとも「赤い毛糸の手袋」とすべきか迷ったのだ。
学生のころ、神保町の岩波ビルの上階にあった、英会話の学校へ通っていた。Elizabethとう名の若い英国人の先生は”red big car”は誤りで”big red car”が正しいと教えてくれた。日本語にもそのような法則は、あるのだろうか。
京橋からは銀座を経由して本郷三丁目に至る。約束の場所には約束の時間より10分以上はやく着いた。取引先は既にして、その場所に来ていた。商談は想像していたより早く済んだ。そこから戻った銀座では、誰でもただで使うことのできる机に資料を広げ、あさってする講演のレジュメの下書きを作る。
家内とは17時20分に、歌舞伎座の地下で待ち合わせていた。そしてそこからほどちかい店で夕食を摂り、21時すぎに帰宅を果たす。
朝飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、カフェラテ
昼飯 「ドトール」のチーズ in ミラノサンドA、コーヒー
晩飯 「パリのワイン食堂」の帆立貝とスモークトサーモンのパテ、ロールキャベツ、カラフの白ワイン、グラスの赤ワイン、林檎のタルト、エスプレッソ
2026.2.18(水) 伊豆治療紀行(42回目の1日目)
下今市10:53発の上り特急リバティきぬ122号に乗れば、自分の好みとする経路、列車を使って伊東には14時51分に着く。僕は、JRを使っての長距離の移動には慣れないから、ひとりで伊東へ行く際には、どの駅に何時に着いて、そこから何時に出る列車に乗ってと、そのたび紙に覚え書きをして、それをポケットに入れる。あの広大なスワンナプーム空港での乗り継ぎに際しては、そのようなものはまったく必要としないにもかかわらず、である。
伊東の駅前で借りたレンタカーで、先ずは今夜の宿にチェックインをし、荷物を置いたら慌ただしく、ふたたびレンタカーに乗り込む。「伊豆痛みの専門整体院」のワタナベ先生に指定をされた時刻は16時だから、いささか忙しい。
9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は、患部の状態が悪いほど痛い。その痛みをできるだけ感じたくないため、からだの各部が悪くなる前に、いわば予防のために、僕はこの整体院に通っているのだ。
仕事により一日目の治療は受けられなかった家内を、19時に伊豆駅に迎える。そうして馴染みの店で夕食を摂り、宿へ戻って早々に入浴をする。伊東の温泉の温度は、おしなべて高くない。ふたつある浴槽は、いつも「熱めの湯」を選ぶ。それでも湯温計は41.7に過ぎない。就寝は、21時より随分と前だったような気がする。
朝飯 白菜、ソーセージエッグ、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布の味噌汁
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、JAVA TEA
晩飯 「かっぽれ」の刺身の盛り合わせ、野菜の揚げだし、黒ムツの煮つけ、豚肉と長葱の串焼き、釜飯、日本酒「大関」(燗)
2026.2.17(火) 酸素の欠乏した状態
窓から外を見て「日陰の雪は、なかなか融けないな」と、何気なく思った。しかし、それはきのうの夜から今朝にかけて降った雪と、家内は断じた。そう言われてみれば、きのうの夕刻の空は、いかにも雪を降らせそうな様子だった。ただし「まさか」という気持ちもあった。いずれにしても、大したことにはならなくて良かった。
8時の朝礼の後は、ひとり開店の準備をする。開店の8時30分を前に販売係のカトーユキさんが出勤をしたため、僕は隠居へ行く。直近の「汁飯香の店 隠居うわさわ」には海外からの方を含む11名様のご予約をいただいている。よって床の間から柏木弘の”UNTITLED 08-III”を降ろし、河井寛次郎の「喜者開扉」にかけ替える。抽象画より筆文字の方が、彼らには喜ばれそうな気がしたからだ。雪は、隠居の庭もうっすらと白くしていた。
ところで気分に余裕があったのは、そのあたりまでのことだった。以降はいかにも気ぜわしく、脳を異常に働かせたせいか、あるいは脳を異常に空回りさせたせいか、数時間は酸素の欠乏した状態だった。そして腹は、午後も半ばになるまで空かなかった。
ようやく人心地を取り戻したのは、16時を過ぎるころ。夜は早めに入浴をして、早めに寝室に入る。
朝飯 鮭の昆布巻、菠薐草のソテーを添えたスクランブルドエッグ、しもつかり、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ウフマヨネーズ、スパゲティミートソース、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018、焼き菓子、Old Parr(生)
2026.2.16(月) むかしは簡単に買えた時計
2006年7月に「サイトー君のメルセデス」という文章を書いた。昨年の11月30日には、そのサイトーさんが、いにしえのメルセデスと同じ銀色の、しかし今度はフェラーリで店に来てくれた。その際サイトーさんは、自身が蒐集した品の展覧会の案内をくれた。たまたま東京に用事のあった僕は、翌12日1日に日本橋の古美術店を訪れ、置かれている品々に圧倒をされた。
そのサイトーさんはきのうも店に現れて、少なくない買い物をしてくださった。大きな紙袋を提げつつ店を出るとサイトーさんは「今度、アルファロメオ、見せてよ」と、僕に笑顔を向けた。「だったらこれから」と、僕は答えた。
いわゆる「段付き」の”GT1300 Junior”のダッシュボードには、ホイヤーのラリーマスターと”WIPAC”のエルボーランプが取り付けられている。今は亡きバンノーセーイチさんの仕事である。EBエンジニアリングのタシロジュンイチさんが手を入れれば、二本のカムシャフトを持つ四気筒は、すぐにでも息を吹き返すだろう。
車庫から店の駐車場に戻ったサイトーさんは、456GTの操縦席に乗り込み、国道121号線を北へと去った。サイトーさんとのつきあいは、途中で長く途切れながら、いつの間にか数十年におよぶ。しかし携帯電話の番号も知らなければ、メールアドレスも知らない。次に顔を合わせるのは、いつ、どこで、になるだろう。
朝飯 鮭の昆布巻、しもつかり、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、トマトと若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 白菜漬け、しもつかり、カレー南蛮鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2026.2.15(日) 24リットル
オヤジの日常の履物は日光下駄だった。日光下駄とは、足を乗せるところに畳表を敷いたもので、冬でも足の裏は寒くない。その日光下駄をオヤジは死ぬまで保つ分として数を確保し、しかしすべてを使い切る前に亡くなった。
僕にとってリステリンは必需品である。それがそろそろ枯渇しそうになってきたため、先ずはいつも買っている店をウェブ上に訪ねてみた。するとそちらは現在、1リットルのボトルを5本までしか買えない仕組みになっていた。5本では話にならない。幸い間もなく、安くて在庫は無制限という店が見つかった。僕はすこし迷ってから、2ダースを買い物カゴに入れた。
過去に買ったリステリンを小遣い帳に検索すると、僕は1リットルのリステリンを、およそ50日で空にしていた。ということは、24リットルのそれは40ヶ月のあいだ保つことになる。それまでに死ぬことはないと思う反面、意外とあっさり死ぬ人もいる。これからは買いだめも、よく考えてからする必要があるように思う。
それはさておき今日は、ユニクロの超極暖タートルネックTにパタゴニアのR1エアクルーを重ね、無印良品の防水防風のスモックを着る、というこれまでの服装が、すこし厚めに感じられた。いよいよ春がちかくなってきた、ということだろうか。
朝飯 しもつかり、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと揚げ玉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 シメジと小海老と明太子のスパゲティ、Chablis Billaud Simon 2018、バナナのショートケーキ、Old Parr(生)
2026.2.14(土) 梅の具合
朝の一連のことをこなして後は食堂の丸テーブルにコンピュータを開き、あちらこちらを逍遥する。しかして後に「さて、日記に取りかかろうか」と考えつつふと視線を上げると、食器棚の電波時計はいまだ5時10分にもなっていない。どのような理由によるものかは不明ながら「6時を過ぎたに違いない」と思い込んでいただけに、この60分間のボーナスは嬉しかった。
夜の明ける前の南の空の、それほど高くないところに旧暦12月27日の月が見える。鎌のように細くても、新月までは、いまだ数日を残している。ところで朝の月は東に出たり、ときには西の空に浮かんでいたりと、ところ問わずのところがある。その理由を天文に詳しい人に訊かないのは、訊けば余計に分からなくなるからだ。
さてこの週末も「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業が始まる。よって食材を入れた、決して軽くない袋を提げて、家内と共に隠居へ向かう。6時の空は、ここ数日で急に明るくなった。すべてのお客様のお帰りになった午後にふたたび来て、梅の具合を観たいと思う。
朝飯 揚げ玉、梅干、揚げ湯波の甘辛煮、鮭の昆布巻、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 しもつかり、なめこのたまり炊、白菜漬け、豆腐とキノコと菠薐草と豚肉の鍋、麦焼酎「麦っちょ」(お湯割り)、「久埜」の草餅、Old Parr(生)
2026.2.13(金) 南よりは北
いまだ6時になる前から、東の空に紅みが差してきた。それに気づいて「よし、よし、よし、いいぞ」と、思わず声を漏らす。
“merry”とGoogle翻訳に入れると「陽気な」「楽しい」「楽しげ」「うきうきした」と、肯定的な日本語が出てくる。クリスマスがなぜ”merry”かといえば、そのころがちょうど冬至に重なるからだ。夜明けは徐々に早くなり、夕刻の日は、それまでとは段違いに、ゆっくりと引いていく。多いに有り難い。
その、空の紅みを眺めつつ”udon thani temperature”と検索エンジンに入れてみる。直近一週間の最高気温は34℃、最低気温は20℃。次は”chiang rai temperature”と入れてみる。こちらのそれは32℃と16℃だった。これから二週間を経れば、チェンライの最低気温も、もうすこしは上がるだろう。
午後になって、9月の仕事の予定が具体的になってくる。「そうであれば」と、3月と5月に続いて、9月から10月にかけての訪タイの日程を決める。行き先は国境のちかく。南よりは北が有力、かも知れない。
朝飯 玉子焼き、揚げ湯波の甘辛煮、白菜漬け、鮭の焼きほぐし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ベビーリーフを添えたハヤシライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018、シフォンケーキ、Old Parr(生)
2026.2.12(木) 好天を待って

「汁飯香の店 隠居うわさわ」の5月の予約ページを食卓で整えながら、ふと気づくと東の空が紅く染まり始めていた。ここしばらくは、雪などで暗い朝が続いていた。そのせいか、今朝の、空のもっとも美しくなる時刻は、数日前のそれにくらべていきなり早くなった気がした。うかうかしていては、その紅みはすぐに失われる。よって部屋着のまま屋上へ上がり、凍りついた夜露を慎重に踏みながら、南東の端まで歩を進める。
数年前より、朝食の写真は自然光で撮ることとしている。きのうのそれは光が足りなくて、いかにiPhoneの画像処理エンジンを用いても、ノイズが目立った。そのような環境の下では、TikTokに「梅太郎」のアカウントで続けている朝食の動画も撮れない。取りあえずは翌日つまり今朝の好天に期待をし、それは無事に叶った。
9時から18時までは、各方面からの3名の専門家と共に話し合いを持つ。話し合いとはいえ僕はその場にいるのみにて、大した発言はしない。販売係のサイトーミホコさんが17時30分に退社してからは、ひとり閉店の作業をする。
朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、白菜漬け、トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ、薩摩芋のチーズ焼き、ブロッコリーのバターソテー、ビーフシチュー、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018、ショートケーキ、Old Parr(生)
2026.2.11(水) 第22回全日本しもつかれコンテスト
「日光 今市 花市 歴史」と検索しても、具体的な数字は出てこない。とにかく今日は花市の日だ。僕が子供のころは国道119号線の瀧尾神社から追分地蔵尊までの800メートルに、それが交通の妨げということになってからは、瀧尾神社から芝崎新道を経て桜木町からJR通りまで、その後は年により場所を変え、現在はJR通りとその周辺で開かれている。
花市ではダルマや熊手、セルロイド製の縁起物など、むかしからのものも売られている。しかしもっとも多いのは食べものの露店だろう。僕が子供のころは、龍の一筆書き、口に含んでしゃべると面白い声に変わる玩具、ガマの油、陶磁器のたたき売り、果ては子供だましのルーレット賭博まであった。しかし今はすっかり画一化されてしまった。
子供のころこそ楽しみで仕方なかった花市も、今年は寒さが先に立って、見物に出かける気は起きなかった。一方、この日に合わせて道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で開かれる「第22回全日本しもつかれコンテスト」には「汁飯香の店 隠居うわさわ」も出場をしている。よってその会場へは顔を出した。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」に割り当てられたブースには、隠居のしもつかりに使っている伝統野菜「唐風呂大根」の作り手であるワガツマアキノリさんと、日本橋高島屋での一週間の出張から戻ったばかりの長男が立っていた。
優勝は逃したものの、「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、百年以上も前からのレシピによるしもつかりは、お陰様で評判が良い。家内は今夜にも、追加の分を作るだろう。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、スクランブルドエッグ、納豆、菠薐草のソテー、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜の天ぷらを具にした味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「和光」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)








































