2019.11.3(日) ようやく
7時45分、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場を拭き掃除して検品し、朝のうちに納めるべき品を記したメモをポケットに入れる。そして会社に戻るため如来寺の参道から日光街道との交差点まで来ると、渋滞が発生していた。そのクルマの列を見わたして「ようやく…」と、ある種の感慨を覚えた。
10月1日より消費税率が上がった。関東以北に大きな爪痕を残した台風19号に引き続いて、翌週末にも大雨が降った。断裂した東武日光線は、東京と日光、鬼怒川を結ぶ鉄路が復旧するまでに12日間を要した。これらのことが大きく働いたのだろう、日光と鬼怒川のふたつの観光地、そしてそれらへの分岐点である我が今市は、年間でもっとも賑わう時期を棒に振ってきた。だから今朝の日光街道の渋滞を、僕は嬉しい気持ちで眺めた。
閉店の17時30分が過ぎても、掃除や片づけをしながら扉は閉めない。その扉の隙間から「まだ大丈夫ですか」と声をかけてくださるお客様が、今日は少なくなかった。
これからしばらくは「渋滞で、どこも見られなかった」と肩を落とす観光客が増えることと思われる。対策は昨年11月9日の日記に書いた。よろしければ、お読みください。
朝飯 大根の葉と揚げ湯波の炒りつけ、納豆、ハムエッグ、切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ふきのたまり漬、メシ、揚げ湯波とアスパラ菜の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、パン、其の三、其の四、パン、其の五、洋梨のパイ、コーヒー、ワインリストのブルゴーニュの欄でもっとも安かった赤ワイン
2019.11.2(土) 11月の小遣い帳
きのうは11月の朔日だった。その翌日の今日になってようやく、11月の小遣い帳を作る。作る、とはいえ大したことではない、前月のその中身をすべて消して、新たに保存をするのみだ。小遣いは予算を超えて使ってしまうことがしばしばではあるけれど、10月は17.4パーセントを余らせた。僕としては上々の出来である。
月々の遣い初めは大抵、外食かamazonでの買い物になる。今月の1行目は「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、2行目は「やぶ定」のたぬき玉子とじ蕎麦、3行目はamazonに出品されていた古書、4行目はマルタ・アルゲリッチのCDで、こちらもamazonでの買い物。今月の小遣いが予算内に収まるか否かについては、勿論、今のところ分からない。
ところでこの小遣い帳と、旅行中、常に持ち歩くメモ帳に記録した数字を見比べると、海外で使うお金の異常な少なさが目立つ。それはそうだろう、行き先は多く田舎で、日中はほとんど本を読んでいるだけ、昼食は汁麺かぶっかけ飯、夕食は野天のフードコート、飲む酒はその国の焼酎で、買い物はほとんどしないからだ。
それはさておき、ひと月まるごと東南アジアにいるということを、いつかはしてみたい。「香港なんてひと晩で飽きる」とオヤジは言ったけれど、僕はひとところにひと月のあいだ留まっても、飽きはしないと思う。
朝飯 大根の葉と揚げ湯波の炒りつけ、生玉子、納豆、ふきのたまり漬、メシ、南瓜の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬、ふきのたまり漬
晩飯 レタスのサラダ、3種の茸のソテー、ふかしじゃがいもと紅白なますと茹でたブロッコリーを添えたビーフステーキ、Chablis Billaud Simon 2016、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982、Old Parr(お湯割り)
2019.11.1(金) 世界でいちばん簡便なスープ
4時30分より味噌汁の準備をする。ミルクパンにふたり分400ccの水を入れ、そこに煮干し4尾を投入するだけだから、所要時間は数十秒。1982年に訪ねたモルジブ共和国のグライドゥー島では、夕食の何時間も前から、小学生くらいの女の子が石臼で香辛料を擂りつぶし始めた。味噌汁は、世界一、作ることの簡便なスープだと思う。
ところで子どもの頃の一番の楽しみは何だっただろうと考えれば、ウチの事務長だったコイズミヨシオさんの家へ泊まりに行くことが、その筆頭に挙げられる。コイズミさんの家には僕より年長の男児3人がいて、とても賑やかだった。
コイズミさんの家で出てくる食べ物が、これまた美味かった。ウチでは食べたことのない諸々に僕はいちいち感心して、ある日、味噌汁の具を訊ねたら「菜っ葉」と教えられたから、家に帰って菜っ葉の味噌汁を作ってくれるよう頼んだところ「菜っ葉では分からない」と言われてしばし呆然とした。あの「菜っ葉」とは、今にして思えば大根の葉ではなかったか。
きのうオフクロの生前の友人コンドーさんが立派な大根を持ってきてくれた。よって今朝はこの葉をを刻んで味噌汁の具とした。コイズミさんの家の「菜っ葉」はやはり、大根の葉だったような気がする。
朝飯 ハムのソテーを添えたスクランブルドエッグ、牛蒡と人参のきんぴら、茹でたブロッコリーと生のトマト、胡瓜と大根のぬか漬け、ふきのたまり漬、メシ、大根の葉の味噌汁
昼飯 「やぶ定」のたぬき玉子とじ蕎麦
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、胡瓜と大根のぬか漬け、豆乳鍋、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)、薄皮饅頭、Old Parr(生)
2019.10.31(木) 天から降ってきたような
所用のあった宇都宮から帰社したのは12時35分。人気のたまり漬6種類を詰め合わせた商品「おうちたまてばこ」が関西地方のテレビ番組で10時20分に紹介され、以降は注文の電話が鳴り止まないと、長男に教えられる。このところは対外的な仕事のほとんどすべてを長男に任せているため、その取材については知らなかった。取り急ぎ口をゆすぎ、席に着いて僕も電話対応に当たる。
本日出勤の事務係は、マスブチサヤカさんとツブクユキさん。普段は16時まで勤務するマスブチさんは、退社を30分、遅らせてくれた。孫のために筑前煮を作ると言っていた家内も、それどころではない。次々に重なっていく受注のメモを、ツブクユキさんと共に発送伝票に起こしてく。
時間を経るに連れ、ご注文が溜まるに連れ、明日の出荷から明後日の出荷、やがては来週はじめの出荷と、納期が延びていく。僕は製造現場に走り、明日の包装係の人員につき、マキシマアキコさんに確認をする。
天から降ってきたような「特需」は、17時を過ぎるころに、ようやく収まる気配をのぞかせた。ツブクユキさんは30分だけ残業をした。残された受注メモのうち来週に出荷の分は、処理を急がない方が合理的かも知れない。電話が殺到する前に入った仕事のために、である。
朝飯 ほうれん草のおひたし、牛蒡と人参のきんぴら、トマトのソテーを添えたベーコンエッグ、ふきのたまり漬、胡瓜と大根のぬか漬け、新島芋の甘煮、メシ、アスパラ菜の味噌汁
昼飯 「コメダ珈琲」のミックストースト、コーヒー
晩飯 「ユタの店」の皮蛋、キムチ豆腐、2種の餃子、チャーハン、焼酎「鏡月GREEN」(お湯割り)
2019.10.30(水) 空へ向けてシャッターを切る
明け方の東の空は綺麗だった。それに向けて撮った写真はピントの甘い失敗作だった。テレビの天気予報によれば、しばらくは好天が続くらしい。しかし次に画面に現れた週間天気予報では、日曜日のところに雲から雨滴の垂れる絵があった。「折角の連休に水を差してくれるなよ」と思う。本日お見えになったお客様によれば、紅葉は中善寺湖畔でこそ見ごろだったものの、そこから日光市街に向かういろは坂までは、いまだ錦秋の帯は降りてきていないらしい。
登校していく小学生の中には、いまだ半袖半ズボンの子がいる。親の方針なのか、あるいは本人が暑がりなのかは分かりかねるが、今月のはじめまではとにかくとして、僕にはもう、半袖は無理だ。そして僕の禿げ頭は、そろそろ毛糸の帽子を欲している。冬は、夏の去る寂しさを感じさせる秋ほどには嫌でない。冬の何が嫌いかといえば、服を重ね着しなくてはならない、そこのところが嫌だ。
「17時30分の閉店時間には間に合わないかも知れない。しかし何とかして店を開けておいてほしい」と添乗員さんから電話のあったバスは、一般道を避けて日光宇都宮道路を駆け下り、16時40分に到着をされた。その大型バスの去るころ、南西の空には何ともいえない紅色があった。その空に向けて撮った写真は、これまたピントの甘い失敗作だった。
朝飯 ほうれん草のおひたし、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、胡瓜のぬか漬け、メシ、ベーコンと長葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」のコロッケパン、コーヒー
晩飯 玉子と薄切りジャガイモの重ね焼き、鮪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けとブロッコリーのサラダ、ピッツァ其の一、其の二、其の三、其の四、Petit Chablis Billaud Simon 2016、バナナのアイスクリーム
2019.10.29(火) 栃木県で松前漬けの不思議
ウチはオフクロが千葉県、家内は東京都の出身のため、食べたくても作ってもらえない地元料理がある。松前漬けも、そのひとつだ。「松前漬けってのは、その名前からしても、北海道のものじゃないの」と問われれば「おっしゃる通り」ではあるけれど、栃木県ではなぜかこれを、特に年末に作り、年始にかけて盛んに食べるのだ。
この松前漬けが、ウェブショップでの月に1度の限定商品として、きのうメールマガジンで告知をされた。そして長男がひとりで作れると見込んだ50セットは、すぐに売り切れた。なぜ上澤梅太郎商店がこれを売るかといえば、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けるからだ。
朝夕に社員が記録するタイムカードの脇には、歩留まりが良かったときの対策として、社員からの注文も受けつける旨の紙が張り出された。そこに真っ先に、自分の名を記す。合わせるお酒は常温の日本酒だろうか、器は勺グラスが似合いそうな気がする。
朝飯 ほうれん草のおひたし、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、胡瓜と大根のぬか漬け、メシ、キャベツと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の五目そば
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、ほうれん草のおひたし、鶏肉と3種の茸の蓮根餡かけ、なめこのたまり炊、新島芋の煮付け、麦焼酎「ひゅうが晴」(ソーダ割り)、ペコちゃんのほっぺ(チョコクリーム)、Old Parr(生)
2019.10.28(月) 蔵見学はゆっくりと
太田三砂貴という、知能指数188の天才がいるという。ちなみに知能指数が188に達する人は、5億人にひとりの確率でしか生まれないらしい。この天才が、月曜日の22時から放映されているTBSの番組「1番だけが知っている」に出演した際に、戦争と平和を主題としてみずから画いた「逃避」という絵の寄贈先を求めた。
ウチは夕食の際にテレビは点けない。夕食が済めば僕は風呂に入って寝てしまう。よってこの番組については知らなかったが、かなりの人気らしい。とすれば「我こそは」と、絵の寄贈を求めた人や法人も、かなりの数に上ったことだろう。総鎮守瀧尾神社のタナカノリフミ宮司も、そのうちのひとりだった。そしてどのような経緯によるものか、その絵を譲り受ける先として、瀧尾神社に白羽の矢が立てられた。いちばん驚いたのは、宮司本人だったに違いない。
本日は、その贈呈式が行われるとのことにて、13時50分に神社へとおもむく。式には神社のとなりにある今市小学校の高学年、またちかくの並木保育園の年長組も招待をされていた。120号の巨大な「逃避」は、本殿の奥左手に安置をしてあった。椅子は4客が用意してあり、僕はその右端に、僕の左隣には初めて見る太田三砂貴氏が座った。太鼓が鳴って、タナカノリフミ宮司が祝詞を奏上する。玉串奉奠の1番手は太田三砂貴氏、2番手は僕だった。贈呈式は小一時間ほどで完了した。
帰社して即、紺色の背広を仕事着に着替える。自由学園の職員さんご一行のご予約を15時にいただいているのだ。予定よりすこしはやくお見えになった皆さんは、長男の案内により隠居と蔵を見学していただくなど、ゆっくりお過ごしいただいた。なおその最中に更に2台のバスが入って、お陰様で忙しくさせていただく。
今年は残暑が長かった分、日光の紅葉は、いまだ「上の方」で始まったばかりだ。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根の塩もみ、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、なめこのたまり炊、メシ、大根と万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のチャーハン
晩飯 マカロニサラダ、葡萄と胡桃のパン、ジャガイモのグラタン、茹でたブロッコリーを添えたタンシチュー、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982
2019.10.27(日) 雷雨
2時37分に目を覚まして3時10分に起床する。体調は完璧に回復をした。着替えて食堂に出て湯を沸かし、仏壇にお茶と水と花と線香を供えて後は、既にして完成していた先おとといの日記を「公開」する。それからおとといときのうの日記、そして今日の日記のここまでを書く。時刻は4時20分。深夜から明け方にかけての豊かな時間を知ってしまえば、夜更かしなどはとてもできない。
午後、製造現場を歩きながら雨の音に気づく。その音は、はじめこそ「蕭々」という感じだったものの、いきなり、目に見えない頭上に雷鳴が轟く。「梅雨は雷に始まり、雷に終わる」という。また「海に雷が鳴るころハタハタは来る」という。しかし紅葉の時期の雷は珍しい。
14時50分という時刻からは考えられないほど外は暗い。折しも、道向こうの駐車場に駐まろうとしていたバスが、お客様のことを考えて、こちら側の駐車場に頭を向けている。とはいえこちらの駐車場には乗用車が密集している。取り急ぎウィンドブレーカーを着て傘を持ち、そのバスを待ち受ける。
それでも団体のお客様は、犬走りの庇に接するようにして一時停止したバスから首尾良く、ほとんど濡れることなく降りて戴けた。ふたたび雷鳴が炸裂する。お客様のあいだから悲鳴が上がる。「大丈夫です、このあたりのこういう雨は、15分で止みますから」とお答えをしても、雷がただちに去るわけではない。
季節外れの雷雨は予想した通り、ほんの15分で去った。皮肉なことに、先ほどまでは満杯だった駐車場が、すっかり広々としている。多くのお客様は雨の最も激しいときにいらっしゃって、その雨の止む前にお帰りになったのだ。長男は帰路に着くバスを誘導し、僕は外に出した10本ちかくの傘を回収する。空は、明るさを取り戻しつつある。
朝飯 焼き鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、納豆、大根と胡瓜のぬか漬け、メシ、エノキダケと万能葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」のコロッケパン、コーヒー
晩飯 アスパラ菜のおひたし、だし巻き卵、大根と隼人瓜と人参のぬか漬け、漬け鮪、豆腐と豚肉の鍋、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)
2019.10.26(土) 明日は早朝から
平熱に戻っていることはすぐに分かった。腰も、きのうほどは痛くない。とはいえ不調から完全に復活したわけではない。時刻は4時53分。起きて服を着て食堂に出る。そして湯を沸かし、味噌汁の用意をする。外が明るくなるまでに、20分ほどかけてきのうの日記を下書きする。それからの10分ほどで、途中まで書けていた先おとといの日記の、文章のみを完成させる。
7時30分に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へおもむき、売り場の拭き掃除と検品をする。8時前に戻って朝礼に参加をする。残り少なくなっていた「なめこのたまり炊」を道の駅へ納品し、またまた戻って、ちょっとしたメモを包装係のタカクコータロー君に手渡す。以降はきのうに引き続いて仕事を休む。
自宅に大規模なリフォームを施した2013年の秋以降、寝ながら本を読むことはしていない。中身もろとも箪笥を幾つも捨てるような整理を実行して以来、寝台の横に電気スタンドや、それを載せるための台を置くことさえ嫌になったからだ。そうして何もせず布団の中にいて、すこしは眠ったようだ。
舌が荒れている、だから、いまだ食べ物の味はよく分からない。それでも平時の状態にからだを戻すべく、夜は少しばかり焼酎を飲む。その勢いに乗じてウィスキーも飲む。明日は早朝から働くことができるだろう。
朝飯 鶏卵雑炊、梅干、なめこのたまり炊、ベーコンと白菜の味噌汁
昼飯 鶏卵雑炊、3種の佃煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
晩飯 鮭の味噌鍋、大根と胡瓜のぬか漬け、芋焼酎「宝山」、チョコレート、Old Parr(生)
2019.10.25(金) どうしたことか
朝、まぁ僕の場合にはいまだ深夜のことも少なくないけれど、目を覚ました途端に「疲れたー」と発することが週に何度もある。ただし、起きてしまえばそれはすぐに忘れてしまう。以降はほぼ健康な日常のあるばかりだ。
ところが今朝は、すこし様子が違った。時刻は2時35分。どうにも起き上がる気力が湧かない。輾転反側して5時に至ったところで時間に限界の来たことを認め、製造現場に降りて仕事に従う。そして戻って朝食は要らない旨を家内に伝え、ふたたび横になる。
ここ10日ほどは寝室に床暖房を入れている。その暖房により布団が温められて、かなり暑い。もうひとつ、平時とは異なって、仰向けに寝ているだけで腰がひどく痛む。寝台から床暖房のスイッチまでは数メートル。おなじく洗面所までも数メートル。しかしその数メートルの移動が億劫で、暖房のスイッチを切るとか、洗面所にあるタオルを丸めて腰にあてがう、ということが何時間もできない。夕刻に計った体温は38.0℃だった。
「不調のときこそしっかり食べて体力を回復させるべき」とは聞き慣れた養生訓ではあるけれど「食欲の喪失は、食べない方が身のため、というからだからの信号」というもうひとつの説をこの10年ほどは採っているから、夕食は抜く。それにしても「ただ寝ているだけ」とは、非常に情けない状況である。
関東以北に大きな災害をもたらした台風19号の来襲から2週間を経たばかりにもかかわらず、iPhoneで見るウェブニュースはまたまた、ほぼおなじ地域での大雨を伝え続けている。
朝飯 「栃木乳業」の栃木県産とちおとめ飲むヨーグルト
昼飯 “Chez Akabane”の杏仁豆腐







































