2019.10.25(金) どうしたことか
朝、まぁ僕の場合にはいまだ深夜のことも少なくないけれど、目を覚ました途端に「疲れたー」と発することが週に何度もある。ただし、起きてしまえばそれはすぐに忘れてしまう。以降はほぼ健康な日常のあるばかりだ。
ところが今朝は、すこし様子が違った。時刻は2時35分。どうにも起き上がる気力が湧かない。輾転反側して5時に至ったところで時間に限界の来たことを認め、製造現場に降りて仕事に従う。そして戻って朝食は要らない旨を家内に伝え、ふたたび横になる。
ここ10日ほどは寝室に床暖房を入れている。その暖房により布団が温められて、かなり暑い。もうひとつ、平時とは異なって、仰向けに寝ているだけで腰がひどく痛む。寝台から床暖房のスイッチまでは数メートル。おなじく洗面所までも数メートル。しかしその数メートルの移動が億劫で、暖房のスイッチを切るとか、洗面所にあるタオルを丸めて腰にあてがう、ということが何時間もできない。夕刻に計った体温は38.0℃だった。
「不調のときこそしっかり食べて体力を回復させるべき」とは聞き慣れた養生訓ではあるけれど「食欲の喪失は、食べない方が身のため、というからだからの信号」というもうひとつの説をこの10年ほどは採っているから、夕食は抜く。それにしても「ただ寝ているだけ」とは、非常に情けない状況である。
関東以北に大きな災害をもたらした台風19号の来襲から2週間を経たばかりにもかかわらず、iPhoneで見るウェブニュースはまたまた、ほぼおなじ地域での大雨を伝え続けている。
朝飯 「栃木乳業」の栃木県産とちおとめ飲むヨーグルト
昼飯 “Chez Akabane”の杏仁豆腐
2019.10.24(木) いちばん好きな時間
「いちばん好きな時間って、どんなときですか」と20代のころに訊かれて「尻のポケットに文庫本を入れて『さぁ、今夜はどこの飲み屋へ行こうか』と考えているときです」と答えたことがある。それから40年ちかくを経ても、その「いちばん好きな時間」が変わらないのは、進歩が無い、ということなのだろうか。
もっとも僕の仕事は居職のようなもので、且つ家で夕食を摂ることを好む。だから僕の「さぁ、どこの飲み屋へ行こうか」には、稀少な機会を愉しむ、ということも含まれているのだと思う。
それが旅先では、来る日も来る日もひとり飲みである。話しかけてくる人はほとんどいないから、本も読み放題だ。正に、盆と正月が一度に来たようなものではないか。
とすれば「いちばん好きな時間って、どんなときですか」と訊かれたときには、今なら「ひとりで海外へ出かけるために、とりあえず地元の駅のプラットフォームで列車を待っているとき」と答えるべきかも知れない。そのときの気分には、高揚も不安もなく、普段と変わらない平坦さがあるばかりではあるのだけれど。
ところで旅先に持参する本は、尻のポケットには入らない。読むべき文字が枯渇しないよう、それらはおしなべて、数百ページから千ページを超える分厚いものだからだ。
朝飯 生玉子、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 「和光」のお通しのひじきの煮物、飛び魚の刺身、秋刀魚の塩焼き、もろきゅう、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)
2019.10.23(水) 一喜百憂
このところ、また仕事のため早朝から製造現場に降りる日が増えてきた。前日の夕方に社員からそれを頼まれると、僕はiPhoneに目覚ましを設定する。この目覚ましは、目を覚ますために鳴らすものではない。「今朝は仕事がある」ということを思い出させるためのアラームである。
今朝も食堂でいきなりこの音を聞いて「おぉ、そうだった」と、食器棚の電波時計に目を遣る。そしてきのうの日記を書いていたコンピュータを閉じ、席を立つ。
このところようやく、日光を訪れる自家用車や観光バスの数が増えてきた。増税や大型の台風により鈍っていた消費に対する欲求が、徐々に回復してきたのかも知れない。しかし楽観はできない。商売は一喜一憂の繰り返しだ。あるいは、あの柳井正の書いた本の題名が「一勝十敗」であるところからすれば、僕などは一喜百憂あたりが実際のところかも知れない。
下今市と新鹿沼のあいだに流れる黒川の鉄橋が壊れて東武日光線が不通になったこともあって、鬼怒川温泉では予約の8割がキャンセルになった旅館もあるという。せめてこれから年末年始にかけての天気は晴朗であってほしいと思う。
朝飯 胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、エノキダケと三つ葉の酢の物、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の餃子ライス
晩飯 「食堂ニジコ」の煮奴、皮蛋、海老春雨、鶏もも肉の唐揚げ、ソース焼きそば、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2019.10.22(火) 徐々に復旧
「すべての荷受けを停止」から「クール宅急便の荷受けのみ停止」を経て「荷受けはするものの、お届け日、お届け時間帯の指定は不可」となっていたヤマト運輸が、きのうあたりからは「お届け日、お届け時間帯を指定されても約束に応じられるかどうかは配達先の状況による」というところまで復旧してきた。
これを受けて今日からは、お客様が望まれるまま、お届け日とお届け時間帯を記した紙を荷物に貼ることとした。もちろん、それが厳守される保証は無いと、お客様にはお伝えをしている。
それにしても「過去最大級の」とか「未曾有の」という言葉を伴う大雨が、ここ数年は毎年のように続いている。そしてこの大雨が、このところは「むかしから災害の少ない場所だったけれど…」と住民の言う場所にまで及びはじめている。我が栃木県日光市今市地区も、1949年に発生した今市地震を除けば災害の少ない地域だ。しかしこれからは、何が起きるか分からない不気味さを感じないわけにはいかない。
台風19号により不通になっている東武日光線は、10月24日に全便が復旧するという。とても、とても、有り難い。
朝飯 蓮根のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ピーマンのソテーを添えたベーコンエッグ、納豆、胡瓜のぬか漬け、メシ、ジャガイモと三つ葉の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 ほうれん草と海苔のおひたし、生のトマト、胡瓜と人参のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、豚汁、「福光屋」の「加賀鳶純米大吟醸藍」(冷や)
2019.10.21(月) 熱量の使い途
電話でご注文をくださりながら、遂に、どの商品をいくつ買うべきか決められず「かけ直します」と、保留をされたお客様がいらっしゃった。よって事務係のツブクユキさんには、このご注文のメモを手渡しつつそのことについて言葉を添えた。すると「私も今日、おなじようなご注文を承りました」と、未完成の発送伝用を見せてくれた。
ここで「迷う」ということについて、僕とツブクさんとのあいだで会話が発生した。
僕は、即断即決をして後悔することが多い。ツブクさんは逆に、迷いに迷って決めた結果に後悔をすることが多いと笑った。その笑いとは、僕にしてもツブクさんにしても、まぁ、自嘲を含んだ笑いである。
「後悔するくらいなら、そもそも決めるという行為をしなけりゃいいじゃねぇか」と言われれば、人は、ものごとを決めなければ生きていくことができない。あるいは、生きていくということは、次々とものごとを決めていく行いの積み重ねである。だから、決めるという行為をしないわけにはいかないのだ。
と、ここまで書いて「何もしないということをする」と同じ要領で「決めないということを決める」という生き方はあるだろうかと考えてみる。
たとえば、着るものは朝、自分以外の誰かが用意をしてくれる。その服はすべて、自分以外の誰かが買ったもの、という人がいる。この人は「着るものを決める」という行いから解放されている。あるいは「メシは出てきたものを食う」という人がいる。この人は「食べるものを決める」という行いから解放されている。他のほとんどすべてに対しても、特段の興味は持たない。
むかしも今も英傑たちは、こうして「決める」ために費消する熱量を省きつつ、ここぞというときには大きな決断をした、あるいはしているのかも知れない。
朝飯 蓮根のきんぴら、ほうれん草の胡麻和え、納豆、巻湯波と人参と隠元豆の炊き合わせ、エノキダケと三つ葉の酢の物、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波とキャベツとトマトと万能葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 刺身湯波、巻湯波と隠元豆の炊き合わせ、鯛の漬け、豚肉と人参とピーマンのソテー、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、芋焼酎「宝山」(お湯割り)、ナッツのケーキ、Old Parr(生)
2019.10.20(日) “Prisoner of Love”
普段は宅急便で納品している卸先の一部に現在、自社便で配達をしている経緯は、きのうの日記に書いた。そしてきのうの朝の、長男との宇都宮行きは、今日の予行演習だった。JR宇都宮駅に隣接する商業施設「パセオ」の開店時間は8時。そして地元百貨店の商品陳列も、8時には始まる。上澤梅太郎商店の始業時間は8時だから、この配達に社員を頼ることはできない。
本日、長男は「屋台まつり」に町内青年会の一員として参加をする。家内は隠居で朝食の会の調理と接客に当たる。本日の配達は、否が応でも僕ひとりでこなさなくてはならない。すぐに食べ終えられるよう、朝のおかずは少なくしてもらった。
06:46 きのうの夕刻に検品した商品を冷蔵庫からホンダフィットに積んで会社を出る。時間の余裕は充分のため、高速道路は使わず日光街道を南下するも、当然のことながら、一般道では信号が赤になるたび止まらなくてはならない。その「モッサリ感」に嫌気がさして、13分後に大沢I.C.から日光宇都宮道路に乗る。
日光宇都宮道路を降りて、今度は宇都宮北道路に乗る。明け方までの雨に濡れた路面が、朝日を受けて眩しく光る。太陽は左右のサンバイザーのあいだにあって、その直射を避けることはできない。東に連なる低山はおしなべて、朝のもやに煙っている。
07:26 JR宇都宮駅の駐車場に入る。
07:38 駅ビルの商業施設パセオの物産店「宮源」さんに納品を完了。
07:46 パセオの駐車場を去る。
07:53 福田屋百貨店宇都宮店さんの駐車場に入る。
08:09 納品を完了して駐車場を去る。
クルマのスピーカーから”ASAP”の”Prisoner of Love”が聞こえてくる。神保町の岩波ビルの上階にあった英会話教室で、ある日、牢屋に入れられている人を何と呼ぶかと、エリザベスという英国人の綺麗な先生に訊かれた。僕はすかさず”desperado”と答えた。先生は唇の両端をすこし上げて笑った。正解は”prisoner”だった。「何だ、それでいいのかよ」と、僕はしばし呆気にとられた。40年ほども前のことである。
08:57 帰社して即、今度は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の、自社用の冷蔵ショーケースに、できたばかりの商品をお納めする。「忙しくてよろしいですね」という話ではない。物流を担う各方面の、できるだけ早い復旧を願ってやまない。
朝飯 生玉子、塩昆布、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、かき揚げとオクラの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のキムチタンメン
晩飯 ほうれん草のおひたし、「屋台まつり」の会場で買ってきた鶏の唐揚げとポテトフライ、薩摩芋の甘煮、大根おろしを添えたハンバーグステーキ、トマトとエノキダケとかき卵のスープ、ABSOLUTE VODKA(ソーダ割り)
2019.10.19(土) 台風19号から1週間
台風19号により寸断されていた物流は、徐々に復旧しつつある。ヤマト運輸は数日前よりクール宅急便を荷受けするようになった。しかし到着日や到着時間の指定を受けるまでには至っていない。
いつ着くかが不明のままでは商品は受け取れないから注文はキャンセル、という東京の卸先が「いつまで欠品が続くのも…」と、従来の、クール宅急便による納品を容認してくださったのは有り難かった。一方、宇都宮の卸先には台風の去った直後より、自社便で商品をお届けしている。
今日はいつもより早く朝食を摂り、6時35分に事務室へ行く。長男は本日、東武日光線の下今市駅で開かれる「二宮金次郎の日光大収穫祭」のための納品書を作っていた。
06:54 ホンダフィットに商品その他を積み込んで会社を出る。
07:35 JR宇都宮駅の駐車場に到着。
07:40 駅ビルの商業施設パセオの物産店「宮源」さんへの納品を完了。
07:47 JR宇都宮駅の駐車場を出る。
07:53 福田屋百貨店宇都宮店さんに到着。
07:57 福田屋百貨店宇都宮店さんの巡回を完了。
08:50 「二宮金次郎の日光大収穫祭」会場への納品を完了。
東武日光線は、浅草と下今市のあいだで、いまだ2ヶ所が寸断されている。「二宮金次郎の日光大収穫祭」へは、どれほどの方が来てくださるだろう。
朝飯 納豆、里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、生玉子、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、かき揚げの味噌汁、トマトの蜜煮
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 トマトとモッツァレラチーズとブラックオリーブのサラダ、鮭とマカロニのグラタン、2種のパン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.10.18(金) 彦名まで
夜、長男と次男との3人で列車に乗るべく、上野駅のプラットフォームに立つ。やがて列車が来てそれに乗り込む。我々に同行するわけではないけれど、町内の人が複数、ちかくにいると耳にして、僕のみプラットフォームに降りる。そしてそれらの人を探すうち、気づくと列車は走り出していた。速度は既にして、それに追いつきタラップに駆け上がれる限界を超えている。あるいはもとより、日本の列車の扉は、走り出したときには既にして閉じている。呆然とするうち上野駅は東武日光線の下今市駅に変わっていた。
こうなれば新幹線で追いかけるしか道は無い。行き先は彦名である。下今市駅からJR今市駅まで歩き、その待合室でiPhoneの乗り換え案内を調べる。旅館の宿泊券は僕が持っている。どうにか長男と次男に追いつかなくてはならない。
焦燥しながら目を覚ます。時刻は2時21分。枕の下からiPhoneを取り出し、乗り換え案内を開いて、JR今市から「彦名」という、これまで耳にしたこともない、だからそれが実在するかどうかも分からないところまでの経路を調べてみる。「彦名」という場所は鳥取県の米子市に実在した。夜に上野を発って、その晩のうちに着けるところではない。
先ほど上野駅で列車に置いていかれた顛末を、漫才師の僕は舞台で話している。相方の顔は見えない。二度寝の中で、先ほどの夢の続きを見ている。
しばらくすると季節は真冬で、僕は日光湯元にあるスキー場を目指している。いろは坂を上りきった先の道は幅50メートルほどもあって、長い下り坂だ。「子どものころは、湯元に行き着く前に、ここでスキーをしたものだ」と思い出しつつ、しかしその道に雪はなく、茶色い土が乾いている。
どこかの湖のほとりに出る。そこでは真冬にもかかわらず、大人や子どもが泳いでいる。驚いて水に手を入れてみると、それほど冷たいものでもない。「オレも泳いでみようかな」と呟いて、すぐ横にいる誰かに止められる。以降も、風景写真にひっかき傷のような螺旋模様の徐々に広がる夢を見る。
気づいてふたたび枕の下からiPhoneを取り出す。時刻は4時34分。このまま横になっていれば、すぐ5時になってしまう。5時台まで起床を引き延ばしたときの「損感」には僕の場合、馬鹿にできないものがある。よって慌てて服を着て顔を洗い、食堂に出て湯沸かしポットのスイッチを入れる。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、中華風春雨炒め、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、白菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 酒肴あれこれ、里芋と鶏挽き肉の淡味炊き、かき揚げ、トマトの蜜煮、牛肉と三種の茸の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」炒め、おむすび、隼人瓜のぬか漬け、夏太郎らっきょう、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜とズッキーニの味噌汁、小豆と桃の抹茶ゼリー、4種の日本酒(冷や)
2019.10.17(木) コロモガヘ
高等学校の制服は毎年、6月1日に夏服になり、10月1日に冬服になった。僕は仕事着については、年間で、以下8回の衣替えをする。
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
晩秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
今年は梅雨がいつまでも続き、夏は短かった。しかし残暑は長かった。夏8月の季語でもある「残暑」が不適当なら「気温は10月の頭まで下げ渋った」と言い換えても良い。
今年は、実に今週のはじめまで半袖のポロシャツで仕事をしていた。上に照らせば「盛夏」の服装である。そしておとといの15日にいたってはじめて、これに長袖のTシャツを重ねた。
クローゼットに押し込んだ箪笥の中身は自分で替える。私服については、既にして夏のものは一掃した。しかし仕事着の引き出しは、いまだ夏のそれと変わっていない。「着ぶくれ」は冬12月の季語である。
朝飯 納豆、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と大根の葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 白菜のおひたし、巻湯波の淡味炊き、お多福豆、春雨の中華風炒め、厚揚げ豆腐の酢豚風、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け、芋焼酎「宝山」(お湯割り)
2019.10.16(水) 荒療治
昨年末からの、日に鎮痛薬を2度も用いないと消せない背中の痛みをどうにか治められたのは、ことし1月11日から通い始めた、宇都宮のカイロプラクティックの治療による。その背中の痛みは、ことし3月はじめのサワンカロークへの旅の最中に再発したが、帰国して治療を受けると、すぐに鎮まった。
このカイロプラクティックでは、初診のときに「右膝がぶっ壊れかけてる」と先生に指摘をされたものの、とにかくそのときには背中の治療のみに集中することとした。一方、この日記に「左肩」で検索をかけると、2017年10月3日に、チェンライのマッサージ屋”PAI”で馴染みのマッサージ師ジェップさんに「ここが痛い」と説明しながら、入念に揉みほぐしてもらった記述が出てくる。その左肩の痛みは昨年10月にぶり返し、年末にいたっては市内の外科でブロック注射を受けるほどに悪化をしていた。
背中の痛みが治まると、カイロプラクティックでの治療は左肩と右膝に移った。
上着を着ようとして袖に左腕を通そうとしても、左肩が痛くてそれがままならない、その治療ははじめ左肩にのみ施されていた。しかしいつまでも一進一退を繰り返すため、先生は新たに左鎖骨のもっとも中央に寄った部分に目を付けた。そして、右のそれに較べて倍ほどに肥大したその部分に9,000ボルトの電子ペンを突き立てることを繰り返した。その結果、左肩の調子はほとんど正常なところまで戻った。問題は、右膝である。
新春の初診から数えれば29回目の施術の本日、左肩のときとおなじく、先生は右膝以外のところに目を向けた。右の太ももに走る2本の筋である。僕を仰向けに寝かせると、先生はこの2本の筋を肱で強く押し始めた。電子ペンによる痛みもかなりのものだ。しかしそれは、数十秒を我慢すれば次第に薄れていく。しかし今回の、太ももの2本の筋を、膝から股関節に向かって間断なく肱でいじめていく痛みには参った。
声を上げ、身をよじり、休憩を求めても先生は応じない。そしてこの数分間の拷問に耐え、別室のベッドで低周波を数十分ほども流し、ふたたび床に足を降ろしたときには、太ももの痛みによりまともには歩けなくなっていた。
午後はずっと、脚を引きずりながら歩く。夜の入浴後は、右の太ももに4枚の湿布を貼る。右膝の不調が、背中の右側や左肩のように、治ってくれれば幸いである。
朝飯 ケープムー(豚の皮のカリカリ揚げ)の雑炊、細切り昆布の佃煮、浅蜊と珠芽の佃煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、胡瓜と隼人瓜のぬか漬け
昼飯 「丸亀製麺」のわかめうどん(天かすと長葱は自分でトッピング)
晩飯 ポテトと「夏太郎らっきょう」のサラダ、人参の炒りつけ「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」風味、巻湯波の淡味炊き、隼人瓜のぬか漬け、夏太郎らっきょう、ピーマンの肉詰め、芋焼酎「宝山」(お湯割り)







































