2025.10.6 (月) 帰国
スチュワーデスが何ごとか話しかける。夜食の丸パンを届けに来たのだろう。僕はアイマスクをしたまま手を横に振る。彼女は「それでは置くだけさせていただきますね」と言うのでアイマスクを外し、空いている窓際の席のテーブルを開く。スチュワーデスは「お水も置いていきます」と、いやに丁寧だ。丁寧にされるより放っておかれた方がよほど有り難いことも、飛行機の中では多々ある。
アイマスクをし、イヤフォンで飛行機のジェット音を低くしても、眠れない。足を延ばしたり引き寄せたり、フットレストに載せたり降ろしたり、あれこれ姿勢を変えても眠れない。アイマスクを外してディスプレイに現在位置を確かめたらいまだインドシナ半島を脱していなかったりすれば落胆は大きいから、そのままかたくなに目を閉じ続ける。
不意に肩を叩かれてアイマスクを外すと、朝食の配膳が始まっていた。時刻は3時4分。機は沖縄と九州のあいだまで来ていた。3時間40分ものあいだ眠れずに焦燥を続けたのだろうか。あるいはすこしは眠れたのだろうか。「そろそろビジネスクラスにしないと辛いか」と考えても、着く時間が同じであれば、桁外れに高い運賃は支払いづらい。
「朝食はオムレツ、あるいは豚とライスのどちらになさいますか」と問われて「豚とライス」と答えたものの、実際にはコーヒーとヨーグルトと果物しか口には入れない。そしてラバトリーで歯を磨く。
そのうちスチュワーデスが黄色い携帯品別送品申告書を配り始める。その姿を目にした瞬間、いつも航空券を買うトチギ旅行開発が自社のコンピュータから出力してくれたそれは、預け荷物のスーツケースの奥深くに仕舞いっぱなしだった、ということに気づく。仕方なくスチュワーデスから一枚をもらい、朝日の差しはじめた機内にて、その上から下までをボールペンで埋める。
04:44 右の機窓からは太平洋が望めるはず。ところが地上が見える。果たして自分はいまどこを飛んでいるのか。目の前のディスプレイに触れると、機ははやくも房総半島の上空にいた。
04:46 眼下に東京アクアラインが見えてくる。
04:49 TG682は定刻より6分はやく羽田国際空港に着陸。以降の時間表記は日本時間とする。
07:01 機外に出る。機内では「東京は曇り」とアナウンスがあったものの、空は気持ち良く晴れている。
07:09 入国審査場を通過。
07:27 回転台からスーツケースが出てくる。
07:30 税関を通過。
07:39 京急空港線急行の車両が羽田空港第3ターミナルビルを発。
08:31 人形町で日比谷線に乗り換えて北千住に着。
自由民主党の総裁に高市早苗が選ばれたことにより、日経平均株価の先物が先週の終値より2,175円も高い48,200円まで上がったことを、iPhonenのウェブニュースが伝えている。それはそうとして、日比谷線の車内には広告がほとんど無い。上がる一方の株価に対して日本の景気はそれほど良くない、ということなのだろうか。
09:48 東武鉄道のリバティ会津113号が北千住を発車。
11:10 その車両が下今市に着。
駅前にはタクシーが数台あったものの「チップを入れれば250バーツか」と考える。スーツケースを持った状態では日本のタクシーには乗る気がしない、ということもあって、歩いて帰ることを決める。
タイでは、メーターのスイッチを入れないまま価格を交渉してくるような運転手でさえ、こちらがスーツケースを持っていれば即、クルマの後ろに回ってそれをトランクルームに収めてくれる。目的地に着けばこれまた即、運転席を離れてトランクルームからスーツケースを降ろしてくれる。
日本のタクシーの運転手は、運転席に着いたままトランクルームを開けるレバーを操作するのがせいぜいで、スーツケースの上げ下ろしはすべて、客がしなくてはならない。客であるにもかかわらず、まるで運転手の召使いのようだ。このゲンナリする現状はひとえに、日本にチップの習慣が無いからと、僕は認識をしている。
四階の自宅で小一時間ほど荷物の整理をしてから仕事着に着替えて事務室に降りる。以降は夕刻まで通常の業務に従う。夜は先月24日以来の日本食にて、先月21日以来の日本酒を飲む。
朝飯 TG682の機内食、「ドトール」のハム玉サラダサンド、コーヒー
晩飯 玉子焼き、茄子の揚げびたし、秋刀魚の梅煮、明太子、ごぼうのたまり漬、ジンギスカン焼き、メシ、「山本合名」の山廃純米「天杉」(冷や)、「角口酒造店」の「いいやまのさけ特別純米」(冷や)、お菓子、Old Parr(生)