2026.8.4(火) 暑さと夏野菜の関係
先月のみそか、この「みそか」を変換すれば「三十日」と出るから、それでは使えない、とにかく先月の31日に見た「栃木県日光市の2週間天気予報」は、少なくとも8月の15日までは、曇りがちの日の続くことを伝えていた。しかし今朝おなじサイトを開いてみれば、空の行方は幾分かは快方へと転じていた。それにしてもきのうは、暑がりの人は涼しいと喜んでいたものの、僕は寒くて仕方がなかった。そして今日の気温も、8月としては異様に低い。昼の素麺は、きのうも今日も、氷は用いず水だけで締め、つゆは熱くして使った。
ところで昨年と一昨年は、梅雨明けの後の気温が高すぎて、特に茄子は不作だった。今年は逆に梅雨時の日照が少なく、またもや夏野菜の不作が心配されたものの、その後は天候の回復もあって、今のところ生育は順調という。これからの数週間に長雨などが続かないことを、祈るばかりだ。
「夏は夏らしく暑くならないことには、冬は冬らしく寒くならないことには、その時々の景気は良くならない」と言った人がいる。しかしその暑さ寒さも程度の問題ではないか。繰り返しになるけれど、茄子は夏が暑すぎたことにより、2年も不作が続いたのだ。
夏が過ぎれば秋。さて今年の紫蘇の実と茗荷の出来は、どのような具合になるだろう。
朝飯 目玉焼き、納豆、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と玉葱と若布の味噌汁
昼飯 大和芋のすりおろしの熱いつゆの素麺
晩飯 鶏ささ身と法蓮草のおひたし、胡瓜のぬか漬け、茹でたブロッコリー、玉子焼き、茹でたオクラと茄子の素揚げと生の胡瓜を添えた豚の冷やししゃぶしゃぶ、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)、チーズ、Old Parr(生)
2026.8.3(月) 仕事場ではできない仕事
起きて食堂に来ると食器棚の電波時計は3時19分を指していた。仏壇に水とお茶と花を供えようとして、茶葉の切れていることに気づく。よって蒸留酒やら乾物やらティッシュペーパーやらを備蓄している2階に降りて、茶葉ひと袋を取って戻る。
朝の静かな時間に緑茶は欠かせない。「旅先でもそうなのか」と問われれば、日常を何から何まで持ち込んでは旅が旅でなくなるから、むしろ旅先には、いつものお茶は要らない。現地で買った、口に合わないお茶を何日も飲み続けるのも、却って一興である。
ところで上澤梅太郎商店は9月10日から15日までの6日のあいだ、高島屋新宿店にて出張販売をする。今日は、そのご案内のお送り先を顧客名簿から特定する日と、事務机の左手に提げたカレンダーには記してある。
そういう次第にて10時が近づいたところでコンピュータと手順書と筆記用具を手提げに入れて4階の食堂へ上がる。この仕事には非常な精密さが求められるため「近くまで参りましたのでお寄りしました」などという人のやたらに来る、また「電力料金の…」だの「光回線の…」だの「資本提携の…」など不要な電話のやたらにかかる事務室では、脳が撹乱されて、とてもではないけれど、できないのだ。仕事は2度ほど手順を間違えながら、また更に合理的な方法を発見しつつ50分ほどで完了した。
事務室へ降りると郵便物が机に届いていた。そのうちの2通に思いがけず500円のQUOカードが1枚ずつ入っていた。その計1,000円はどこで使えるかと、ウェブ上を検索する。そして結局のところは先般、日本橋の丸善で数ページを拾い読みした本の購入に充てることを決める。
朝飯 揚げ玉、キャベツと胡瓜の浅漬、たらこ、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 揚げ玉の熱いつゆの素麺
晩飯 ”COCO’S”のグリーンサラダ、濃厚ビーフシチューの包み焼きハンバーグ、カラフの赤ワイン
2026.8.2(日) 大雨警報
きのうの夜は、旧暦6月19日の月が、東の中天に煌々とあった。それが今朝は、北西の空の、かなり高いところに移っていた。屋上に上がると、鳥の声は四方から聞こえる。一方、南西と北西からのみ聞こえてくる音は、虫によるものだろうか、あるいは他の生き物によるものだろうか。
10日ほど前より、仏壇に供える水に氷を入れ始めた。今朝もそうしようとして冷蔵庫の製氷器を引き出すと、氷の量が極端に減っている。よってタンクに残っている少しの水を捨て、新しい水で満たす。いまだ朝の4時であれば、昼に素麺を作るまでには、新しい氷ができていることだろう。
「涼拌麺」という文字を街で見かけて興味を惹かれたことがある。「涼」であれば、その麺は冷たいものと思われる。発祥は中国に違いない。さてその麺を、中国ではどのような方法で冷やしているのだろう。
南の国には中国の影響により、様々な麺がある。しかし氷で冷やしたそれはついぞ、口にしたことがない。天然の氷の得られる環境ではなかった、その歴史が影響してのことだろうか。
タイでヤムウンセン、つまり春雨サラダを食べるたびに、既知のことではあるけれど驚くのは、熱湯で戻した春雨が温かいまま供されることだ。あの春雨が冷たければ美味さも倍増と思うけれど、そう感じるのは日本人だけかも知れない。
と、ここまで書いて、今日の日記には「だろう」が多い。そして今日の日記も、昼から夜にかけてのことは一切、無いままに終わるのだろうか。
14:40 にわかに空が暗くなる。
14:50 土砂降りが始まる。
15:03 土砂降りが収まる。
15:08 雷の音が聞こえてくる。
15:13 雨が小降りになったため道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ本日3度目の納品におもむく。
15:18 雨がほぼ止む。
15:35 空が明るくなってきたため、屋内に引き込んだのれんを外へ戻す。
16:15 栃木県日光市今市に「レベル3」の大雨警報が発表される。
朝飯 胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐とかき揚げとオクラの味噌汁
昼飯 大和芋のすりおろしのつゆの素麺
晩飯 あんかけ焼きそば、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、「紅星」の「ニ鍋頭酒」(生)、杏仁豆腐
2026.8.1(土) バイブル
5月にバンコクで読み終えた本と、先般の伊豆行きの途中から読み始めた本を突き合わせて、ちと興味を覚えたことについて調べてみたいと考えた。しかし食器棚の電波時計は6時20分を指していたため、その調べごとは諦める。そして「そろそろ掃除をせよ」と警告灯の点いた、天井の空気調整期からフィルターを外して水で洗う。その濡れたフィルターを窓際に立てかけたら、今度は朝食の準備に取りかかる。とにかく、もうすこし早く起きないことには、ひとりの時間は確保できない。今夜は、より早く寝ることにしよう。
事務室のシャッターは、毎朝7時40分に開ける。すると「お客様らしい方がベンチにいらっしゃいます」と、真っ先に出社をした包装主任のヤマダカオリさんが教えてくれた。よって外へ出て、その年配の男性に声をおかけする。まさか開店の8時30分までお待ちいただくことは、とてもではないけれど、お気の毒でできない。事務室から店の中へお入りいただいたお客様は「これから北海道へ向かうところだった」と、なんと1万円もの買い物をしてくださった。1万円分でも、ひと袋のみのお買い物でも、お客様は等しく有難い。
午後、なんとなく時間が空いた、その機会を逃すことなく月初の今日から可能になった、3ヶ月先つまり11月の「ぐるなび」の予約システムを調整する。これは上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」において、お客様がゆっくりお過ごしになれるよう施すもので、毎月のはじめに必ず行っていることだ。そのついでに、ひと月ほど前のご来店時に口頭で、また僕宛のメッセージで11月の予約をくださった方々のお席を、ようよう「ぐるなび」に確保する。これにて11月9日の11時30分からは満席になった。
「まったく予約が取れない。もうすこし営業日数を増やしてほしい」と、食後の感想カードにお書きくださるお客様もいらっしゃる。しかし僕には僕の「バイブル」がある。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の運営については、今後も無理を避けつつ続けていきたい。
朝飯 肉団子、生玉子、揚げ湯葉の甘辛煮を薬味にした納豆、ほぐし塩鮭、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、茗荷と若布の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 かまぼこ、鶏ささみ肉とオクラの胡麻和え、夏太郎らっきょう(未完成品)、たらこ、小海老と玉葱と三つ葉のかき揚げ、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)
2026.7.31(金) 受注残
7月最後の日、とはいえ、まるで梅雨どきのような雨が降っている。その中を傘を差しながら、隠居の枝折り戸を押す。建物の南東側に回ってみれば、きのうの午後はしぼんでいた朝顔が、今朝は花を開いて雨を受けていた。朝顔の種は複数のところから集めたもののため、青紫、赤紫、白と、あちらこちらに散っているのが、かえって面白い。蔓はいまだ地面から数十センチメートルほどのところまでしか達していない。よって日差しを遮るには、いまだ高さが足りない。蔓が軒先へ至るまでには、どれほどの日にちが必要になるだろう。
すぐにも止みそうな弱い雨は、枝垂れ桜と梅の木の下草に、深い陰影を作っている。スマートフォンで「栃木県日光市の2週間天気予報」を開いてみれば、少なくとも来月の15日までは、曇りがちの日の続くことを伝えていた。
事務室に戻って、今度は机の左手に提げたカレンダーをひとめくりして、8月のところを開いてみる。すると今年のお盆の人の出は、おおむね8日の土曜日から16日の日曜日までのあいだに多くなりそうなことが分かった。
長男と嫁の桃君によれば、今月はじめに日光の畑で収穫されたらっきょうを塩と酢のみで漬けた「夏太郎」は、来月の8日には蔵出しができるという。「夏太郎」は人気の商品のひとつで、事務係のカワタユキさんによれば、専用のかごには受注残の伝票が溜まってきているという。大いに有難い。
朝飯 グリーンアスパラガスのソテーを添えた目玉焼き、納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の煮物、生のトマト、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とズッキーニと若布の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 パン、チーズ、ベビーリーフのサラダを添えた2種のきのこととうもろこしと豚肉のソテー、「サンサンワイナリー」の「柿沢シャルドネ・ネイキッド2025」
2026.7.30(木) 午後の庭
おととい熊本を襲った大地震による被害は目を覆うばかりだ。朝礼の際には、ちょうど注文をいただいていた熊本県のお客様への対応、また熊本はもちろんのこと、九州にお届けする商品の取り扱いについても、長男より報告があった。僕は僕で、自分にできる対策を執るつもりでいる。
ところで今月24日の日記に書いた挨拶文は、午前のうちに、改めて清書をしなおした。それに際しては、デザイナーの苦労を鑑みて、文字数を大幅に減らした。その画像を電子会議室で受け取ったデザイナーからは即、季節に沿った画像との組み合わせの作業に入る旨の返事が戻った。
午後は、誰もいない隠居の庭を訪ねる。南東からの日差しを遮るためのグリーンカーテンには、幾輪もの朝顔が、花びらをすぼめて静かにしていた。朝顔は、明日の朝にも来て、いまいちど見てみることにしよう。そのときに撮る画像が、明日の日記の最上部に使えれば幸いである。
画像といえば、スマートフォンであれこれしている最中に興味を惹かれる本があれば、それをスクリーンショットする。そしてほとんど間を置かないままコンピュータに移す。その画像をしげしげと眺めてみれば、本棚の「積ん読」とおなじく「ホントに読むのかよ」と思われるものもある。取捨選択を急ぐことにしよう。
朝飯 胡瓜の辛子漬け、鮭の焼きほぐし、たらこ、納豆、揚げ湯葉の甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、玉葱と若布の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 厚揚げ豆腐と小松菜の煮物、蛸と胡瓜の辛子漬け、枝豆、かまぼこ、玉子焼き、グリーンアスパラガスのバター炒め、とうもろこしのバター炒め、焼き鮭、松かさ焼き、「松瀬酒造」の「松の司限定純米」(冷や)、マドレーヌ、Old Parr(生)
2026.7.29(水) 伊豆治療紀行(47回目の2日目)
治療のための、伊豆での一泊二日の滞在においては、夕食は外で、朝食はコンビニエンスストアや駅ナカの店で買ったものを部屋で、という形が今年の1月より定着した。それはひとえに合理性を求めてのものだ。そして1日目の夕食は、ことし3月から通い始めた南伊東駅前のビストロで、今後も変わらないような気がしている。
ところできのうは酔って寝て、日付の変わった1時に目を覚ましたときには宿の枕に頭を預けて眠っていた。よって「これはいけない」と、床に置いたトートバッグから持参の枕を取り出し、それを首に巻いて、ふたたび眠りに落ちた。
今朝「伊豆高原痛みの専門整体院」の治療台にうつ伏せになり、きのうとおなじく先生の触診を受けると、先生は「いいですねー」の代わりに「若干…」とか「すこし張ってるな」と口にしたから、小さな不安が勃興する。そしてやはり、今日の9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は「ただ触れているだけ」だったきのうとは異なって、背中と腰には熱さと圧力、そして膝の裏側にはそれに加えて結構な痛さを感じさせた。原因はひとえに、宿の枕が僕の頭や首に合っていないところにあると、先生は言う。来月は、宿に入るなり、持参の枕を布団の上に用意しておこう。
新幹線の中で別れた家内と落ち合うまでの時間は、普段であれば、新橋から銀座、京橋、日本橋と、銀座線の上を北上しつつ調整する。しかし今日は日本橋を降り出しに、徐々に南に至る。スマートフォンによる東京の今日の最高気温は35℃。晴れてはいるものの、日差しはそれほど強くない。
中央通りを、赤いフェラーリ812の右ハンドル車が、ゆっくりと銀座へ向かいつつある。その古典的な横顔に「良いね」とは思うけれど、欲しい気持ちは起きない。僕はクルマは全長4メートル以内、排気量はせいぜい1600ccまでのものが好きなのだ。
京橋のパタゴニアで、僕ごのみの色柄のシャツを見つける。しかし19,800円の価格は僕の経済観念に照らせば手が出づらいこと、アロハは古着市場でプレミアの付いているものも含めて社員に形見分けするほど持っていること、それらのいずれも何年も着ていないことから、色柄は好みでも、僕の目を引き寄せたそのシャツを買うことはしなかった。
おなじ京橋のモンベルでは、防水性の高いショルダーバッグが新製品として出ていることを知り、いくども触る。しかし貴重品を入れるチェストポーチとしては、現在のtomtoc製が自分には最も優れているため、こちらもひやかしたのみにて、他の売り場へ移った。
京橋から日本橋への復路も、地下鉄は使わず歩く。今度は小豆色のランボルギーニ・ウラカンが、やはり銀座へ向かってゆっくりと、あるいはのっそりと進んでいく。こちらについては「良いね」とは思わない。
それはさておき9月のタイ行きに持参する本は、1冊は決めている。しかし滞在日数が12日間であれば、途中で読み終える恐れがある。よって丸善で、次の1冊を、ほぼ決める。
ネット上の本屋は、その黎明期においては、抽象的な言い方になるが、本を「点」で見つけていた。それが今では技術も上がって「線」で探す感じになっている。しかし実際の書店では「面」で、あるいは感覚を頼りにその書棚に近づくことができる。アナログの書店は、そこのところが有難い。
家内とは16時55分に待ち合わせていた。そして夕食を摂って、浅草19:19発の下り特急に乗り、21時過ぎに帰宅を果たす。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび、豚汁
昼飯 「ベックスコーヒーショップ」のB.L.T、アイスロイヤルミルクティ
晩飯 「吉野鮨本店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)
2026.7.28(火) 伊豆治療紀行(47回目の1日目)
時刻は3時すぎ。いつものように食堂の、南東と南西に面した窓を開く。きのうに引き続いて涼しい。そして部屋の空気が外からの空気に完全に入れ替わると、涼しさどころか寒さを覚えてきた。まるで高原にいるような感覚である。半袖のポロシャツ1枚で耐え難い気温とは何度くらいのものだろうと考えるも、寒暖計を確かめることはしなかった。
剥き出しの腕は、木綿のセーターを求めている。しかし脳は、夏に重ね着をすることを拒否している。結局は壁際に置いた足温器をテーブルの下に引き込んで、電源を入れる。
上りの特急が下今市を発車したのは10時52分。東海道新幹線が小田原を過ぎるころに降り出した小雨は、伊豆急行が伊豆半島の東岸を南下するに連れて驟雨に変わった。伊東に着いたのは14時51分。雨は幸い、傘を必要としないくらいまで弱まっていた。
駅前で予約済みのレンタカーに乗り、宿には荷物を置いたくらいで、すぐにまたスズキソリオの運転席に着く。
「伊豆痛みの専門整体院」の治療台にうつ伏せになった僕のアキレス腱のあたり、ふくらはぎ、膝の直下、膝の両側を触りつつ先生は「いいですね」と呟いた。そして首の両側を押しつつ「これまでで一番、良いんじゃない」と続けた。それを聞くと僕は大いに安心をする。自分のからだの状態が良いことに安心をするのではない。この整体院の電子ペンによる治療は、具合が悪いほど、それを打ち込まれたところに痛みを感じさせるのだ。膝など肉の薄いところが悪化したときなどのペン先による痛みは、まるで拷問まがいである。
治療は案の定、痛みは両膝の一部にすこし感じたのみ、更には時間もごく短く終わった。後は別のベッドに仰向けになって、膝への低周波を、家内の治療が終わるまで受けるのみだ。
夕食は前に来たときに予約をしておいたビストロで摂り、宿に戻ったら入浴をして即、寝に就く。
朝飯 スクランブルドエッグ、鮭の日光味噌と地酒酒粕の焼きほぐし、胡瓜の辛子漬け、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、揚げ湯葉の甘辛煮、メシ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「日本橋だし場」の炭火焼き鳥弁当」、JAVA TEA
晩飯 “Brasserie ChouChou”のグリーンサラダ、帆立貝のブルゴーニュ風バター焼き、パン、オーストラリア産サーロインのステーキ、ソーヴィニヨンブランのグラスワイン、ランドックのグラスワイン、クレームブリュレ、サントリー「角」(生)
2026.7.27(月) 解けない謎
今朝はことのほか涼しい。涼しさは心地の良さをもたらす。しかし面白くはない。夏の朝はすべからく「東京物語」で平山周吉がつぶやいたような、酷暑を予感させるものであってほしい。
今月24日の日記に書いたお客様への挨拶文を、忙しない事務室から離れて、4階の食堂で清書する。これを長男が画像にしてデザイナーへ送ったところ、文字と文字の間の空間や改行の調整にかなりの手間を要すると電子会議室に返信があった。よって今週の木曜日に書き直して再送する旨の返事を送る。意外や早く書けたと喜んだ文章ではあったものの、結局は、デザイナーに要請された最終の期日の納付、ということになってしまった。
ところでこのところは開店と閉店に伴う一連の作業、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品、販売係が手薄なときの手伝いなどの業務に加えて、今日の清書のような、何かひとつでも特別なことをすれば、いかにも仕事をしたような気分になる。これすなわち加齢によるものだろうか。
加齢といえば、あれほど好きだったラーメンにさっぱり興味を失ったことが、不思議でならない。小遣い帳を「ラーメン」および「冷やし中華」で検索してみれば、2024年7月23日に東郷町のフジヤで冷やし味噌ラーメン、同年8月22日に小倉町の食堂ニジコでラーメンを食べて以来、それら4文字はプッツリと途絶えている。
それが今日は、孫に請われたこともあって、皆でフジヤに出かけてみた。家内が注文した冷やし味噌ラーメンを分けてもらうと、2年ぶりのそれは相変わらず美味かった。だったらなぜ、ラーメンから足が遠のいたのか。なぜ具だくさんのラーメンではなく、具のない盛り蕎麦を選ぶようになったのか。加齢による変化ではあるだろうけれど、まったくもって、解けない謎、である。
朝飯 茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、鮪の生姜煮、胡瓜と若布の酢の物、生玉子、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、茗荷と揚げ玉の味噌汁
昼飯 溶き玉子のつゆの素麺
晩飯 「フジヤ」の冷やし味噌ラーメン、焼き餃子、日本酒(燗)、家に帰ってからの「久埜」の麩饅頭、Old Parr(生)
2026.7.26(日) 自製の理由
ことし初めての麺つゆが完成したのは今月14日の朝。できた量は2,149ccだった。それが今日の昼には枯渇する模様だったため、きのうの夜より2回目の麺つゆ作りに取りかかった。2リットルを超える麺つゆが2週間もしないうちに無くなろうとしているのは、天ぷらのつゆに流用したりしたためだろう。
昨夏、麺つゆ作りは4回で済むと考えていたものの、足りなくなって、9月13日に5回目を行った。その記録が残っていたから、今年はその回数に足りる材料を、梅雨の前に確保しておいた。
家内に言われるまま砂糖を増やした結果、今年はじめてのそれは、僕には甘すぎた。よって2回目の今回は、その量を15パーセントほど減らしてみた。
麺つゆは、出来合いを買うより自製する方が高くつく。しかし市販のものより自分で作った方が美味いこと、今回のように味の調整ができること、またあれこれ工夫を凝らすことのできる面白さなどにより、結局は毎年「面倒くせぇな」と感じつつも、鍋に向かうことになるのだ。
さて今回の麺つゆは、いつまで保ってくれるだろう。とにかく毎日、昼に素麺の食べられることが、嬉しくてならない。
朝飯 胡瓜の辛子漬け、茄子とパプリカとピーマンの素揚げ、大和芋のすりおろし、鮪の生姜煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニと大根の味噌汁
昼飯 大和芋のすりおろしのつゆの素麺
晩飯 「やまだ宴楽」の其の一、其のニ、其の三、其の四、其の五、其の六、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)








































