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清閑 PERSONAL DIARY

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2025.8.27(水) 伊豆治療紀行(39回目の2日目)

9,000ボルトを発する電子ペンによる膝の治療は通常、診察台に座った状態で受ける。それが今朝は「新しい方法を見つけた」と、いわゆる側臥位で横になるよう、先生は僕に指示をした。そして先ずは左を下にして横になった僕の左膝の内側、続いて右膝の外側に電子ペンを打ち込んだ。次は右を下にして横になり、右膝の内側と左膝の内側に、おなじ処置をした。

診察台に寝た状態で上から電子ペンを打ち込まれると、どうにも逃げようが無い。治療に伴う痛みはきのうのそれよりも強くなった。しかしからだを良好な状態に保つためには我慢も必要。この整体院を超える「治し屋」を僕は知らないから、ただ堪えるのみ、である。

借りていたクルマを伊東駅前で返し、乗れた伊豆急行鉄道の列車は11:35発。熱海での4分間の乗り継ぎは僕のみがこなし、家内は休憩室で昼食を摂りつつ次の新幹線を待つという。

先月も書いたような気もするが、僕が時間を調整する場所は登山用品屋と本屋だ。登山には命がかかっている。よってその用品屋で売られている服は普通の衣類より機能に特化しているところが好きだ。本についてはまぁ、無ければ生きていけない、ということもないけれど、これを欠いては人生の楽しみの数十パーセントが失われることは確かだ。

きのう東京駅で買った本を日本橋丸善の喫茶室で読むうち、ジュリア・キャメロンという人が提唱した「モーニングページ」というものを知る。起き抜けにたくさんことを文字にすると、これが脳のいわば「毒消し」になる。すると自由な発想が得やすくなるというのだ。とすれば、早朝に日記を書く僕などは、それを知らず知らずのうちに実践していたことになる。とはいえ日々、自由な発想が湧き出ている感覚は無い。モーニングノート、果たして本当のことだろうか。

家内とは銀座の伊東屋で落ち合い、食後、地下鉄で浅草へ移動をする。そして19:59発の下り特急に乗り、22時前に帰宅を果たす。夕刻に驟雨でもあったか、街はひどく涼しかった。


朝飯 「ガスト」の目玉焼き&ベーコンソーセージセット、ライス(大盛り)
晩飯 “Osteria Barababao”のオードブルの盛り合わせイカ墨のスパゲティ豚のグリル、ヴェネチアのシャルドネ、チョコレートプリン、グラッパ


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2025.8.26(火) 伊豆治療紀行(39回目の1日目)

きのう家から持って出た本のページが、明日の夕刻までは保ちそうにない。活字を欠いては焦燥の募るたちにて、新たに本を買う必要がある。今いる場所は東京駅にて、いつも書いていることだが、ここは広すぎて、どこに何があるかがまったく分からない。よって通路を歩くうち行き当たった案内所のオネーサンにスマートフォンで検索した書店を見せ、その場所を教えてもらう。

教えてもらったとはいえ、周囲は雑音に満ちているから、オネーサンの言ったことすべてが聞こえたわけではない。その後も一旦は迷い、ようやく目指す本屋に辿り着く。

普段は、買おうとしている本は既に決まっていて、ウェブ上で買う。それに対して今日はこれからめぼしい本を見つけるわけで、何を買うかは決まっていない。肩には二泊三日分の荷物を納めたトートバッグをかけている。よって本屋に長居はしたくない。食指の伸びる本には幸い、1分ほどで出会うことができた。即、その精算を済ませてから昼食にするものも買い、おなじ階にある東海道新幹線の改札口にPASMOを触れせせる。

前述のとおり東京駅には詳しくないから、家内との待ち合わせについては「13:27発 こだま729号 14番線 4号車」と、青いフェルトペンで記した紙切れをポケットに入れておいた。家内とは幸いにもその場所で会えて、下りの東海道新幹線に乗る。

6月から7月にかけては左の腰に違和感があった。7月から8月にかけては、その違和感が右の腰に移った。「伊豆痛みの専門整体院」のワタナベ先生にはそのことを伝え、9,000ボルトを発する電子ペンにて治療をしてもらう。その先端を押し当てられた腰のツボは当然、かなりの痛みを感じさせた。続いて受けた膝については左右とも、先生が軽く触れて「固い」と言った上部の一点のみが電子ペンの痛みを感じ、しかし他の場所はどうということもなかったから助かった。

夕食は、おととしの1月にひとりで伊豆を訪ねた際に見つけた店に裏を返した。そして家内の運転するレンタカーにてホテルへ戻り、入浴をして多分、21時より前に就寝をする。


朝飯 「ドトール」のハム玉子サラダサンドレタスドッグ、コーヒー
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、JAVA TEA
晩飯 「かっぽれ」の若布の酢の物野菜の炊き合わせ刺身の盛り合わせたこぶつ海の幸のグラタン五目釜飯「土佐鶴酒造」の「土佐鶴ドライ生貯蔵酒」(冷や)


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2025.8.25(月) 貴重な数ヶ月

3時すぎに食堂に来て、南東と北西に面した窓を開けても、風はそよとも感じられない。しかし開けたばかりの窓を閉めて、天井の空気調整器を冷房で回すことはしない。未明から朝にかけて窓を開け放っていられるのは、晩春から秋にかけての数ヶ月。貴重な数ヶ月であれば、そのあいだの外気はなるべく肌で感じていたい、という気持ちが僕にはある。

10時に、外注SEのシバタサトシさんと、NTTからのふたりが会社に来る。そして充分に旧くなったビジネスフォンを、今後はどのような形のものにするか、その話し合いをする。僕は基本的には「よきにはからえ」の姿勢である。そのようなことは、若い人が専門家の意見を容れつつ決めれば良いのだ。

その商談が済んだところで4階へ上がって着替えをする。荷物はきのうのうちに、いつものトートバッグに用意をしておいた。それを提げて1階へ降り、自転車で日光街道を下る。乗った特急は11時35分発の上り。

本日の東京の最高気温は37℃。移動は北千住、虎ノ門、新橋、銀座。夜は早々に寝に就く。


朝飯 鮭の昆布巻、納豆、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチと牛乳
晩飯 「ヤムヤム」のヤムウンセンタレートードマンプラーセンソム(ソーダ割り)


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2025.8.24(日) 夏太郎

朝日の昇る位置が、北東から東へと移ってきた。今朝は、6時を過ぎると、既にして意外なほど高くなった太陽が、窓の縁からあらわれて顔を直射するまでになった。よって巻き上げ式の遮光カーテンを天井から1メートルほども下げて、その光を避ける。指折り数えてみれば、秋分の日まで30日。暑さは無論、その日を過ぎてもしばらくは続くだろう。

秋分の日といえば秋彼岸。お盆に引き続いて如来寺のお墓へ行く。羽田空港へ向かうのは9月24日の夜。とすれば、供えた花を片づける時間は充分にあると、今度は指折り数えるまでもなく、頭の中で計算をする。

上澤梅太郎商店の目の前の春日町交差点が、いまだに渋滞をしている。その先頭は言うまでもなく道の駅「日光街道ニコニコ本陣」である。お盆休みが過ぎて一週間が経つにもかかわらず、この混雑ぶり、否、賑わいぶりは、どういうことだろう。

日光の池田農園で、今年は7月21日に収穫されたらっきょうを塩とお酢だけで漬けた「夏太郎」を、夕刻にひと袋だけ買う。このらっきょうは、以前は清の時代の磁器の高台に載せていた。しかし昨夏からは、サワンカロークの疎林で拾った陶器のかけらに並べている。完全な形の器よりも、長く打ち捨てられていた、いわばゴミの方にむしろ惹かれてしまうとは、不思議なこともあるものだ。

そしてその「夏太郎」を肴にして焼酎のソーダ割りをゆっくりと飲む。


朝飯 モロヘイヤのたたき、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と玉葱とトマトとウインナーソーセージの味噌汁
昼飯 茗荷のつゆで食べる素麺
晩飯 夏太郎らっきょう牛肉とピーマンと筍の焼きそば、焼売、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、杏仁豆腐


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2025.8.23(土) 朝のことだけで終わる日記

上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の床の絵を、きのう「ヒサオさんの緑の絵」から竹内栖鳳の「晩秋」に掛けかえた。残暑いまだ去らない今なぜ「晩秋」かと問われれば、帆を上げた、あるいは帆は降ろしたままの二艘の舟が川を下る、その景色はどうためつすがめつしても夏、百歩譲っても初秋のそれにしか見えないからだ。

今日から3日間は「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日にて、だから朝のうちにあらためて、その「晩秋」の、床の間への落ち着き具合を確かめるため隠居の柴折り戸を押す。夜のあいだに鳴く虫の声は当然、もう聞こえない。夜が明けゆくときに啼く鳥の声も、もはや届いてこない。下草の露で足を濡らさないよう、踏み石を選んで歩を進めて勝手口より隠居に入る。

「晩秋」の、床畳からの高さが適当かどうかを家内に訊き、その同意を得て座敷を去る。午前の日を避けるための朝顔は、いまだ賑やかで有り難い

と、ここまで書いて、きのうおとといに続いて今日の日記も朝のことだけで終わりそうな雲行きだから、午前から夜までのことを思いだしてみる。

日中の気温は割と高かった。今月13日に蔵出しをしてすぐに売り切れた、日光の池田農園で採れたらっきょうを塩とお酢だけで漬けた「夏太郎」が、ふたたび店の冷蔵ショーケースに並べられた。店の犬走りに置いた6鉢のカランコエは厚い葉に水を蓄えるのか、以前のマーガレットとは異なって手間いらずで助かっている。キャッシュレジスターの脇の棚の、下今市駅ちかくのカフェ「珈茶話」の若マスターが特別に焙煎し、ブレンドしてくれているコーヒーのドリップパックが売り切れた。日光市の標高の高いところに田んぼを持つヤギサワヒロシさんによるお米「ゆうだい21」の2合袋はきのう大人買いをされたお客様がいらっしゃって、売り切れが間近になっている。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」では常温対応の「ごぼうのたまり漬」が午後に売り切れたため、見本と値札は一時、引き上げた。それと共に「らっきょうのたまり漬」と、たまり漬「ピリ太郎らっきょう」がまばらになっているのを目にして、裏の冷蔵庫から充分の数を売場に運ぶ。夕刻の店舗には長男をはじめ次々と他の部署から人が来てくれて助かった。そして夕食は外へ出て摂った。

まぁ、そんなところである。


朝飯 モロヘイヤのたたき、納豆、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、ピーマンと若布の味噌汁
昼飯 擂り胡麻のつゆで食べる素麺
晩飯 “Parrot”のパロットサラダチキンステーキイタリアンBEAUJOLAIS GEORGES DUBOEUF 2021


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2025.8.22(金) 南海旅行記

あれこれをするためコンピュータを開いたテーブルの椅子に着いて右手、つまり南東に面した窓の外へ目を遣る。見えるのは数百メートルほども離れたところの街灯の白い灯り、それとこちらは数キロメートルほどの距離はあるだろう、どこかの山の上に建った送電線の頂上に点滅を繰り返す赤い灯りのみだ。

虫の声は、複数種が、複数の方向から届いている。しかしきのうの朝、長男と2歳の娘カコが散歩に出たところ、草陰には動かなくなった虫が目立ったという。そういう虫は、大方は蟻に巣まで運ばれて、イソップの寓話にあるように、大切な食料になるのだろう。

この日記には何度か書いたことだが、アリとキリギリスを題材にした六代目三遊亭圓楽の、楽太郎時代の枕が好きだった。イソップ版では、冬を迎えたキリギリスは飢えと寒さから死んでしまう。しかし楽太郎によれば、キリギリスは、冬にはなぜかハワイにいて、相変わらず遊んでいるのだ。

ここでふと気になって検索エンジンに当たってみたところ、この寓話には似た話がいくつもあり、そのうちのひとつを読んだサマセット・モームはキリギリスに同情すると共にアリを憎み、アリ役の賢兄に対してキリギリス役の愚弟が晩年、大金持ちになる話を作ったという。

それはさておきネットサーフィンの最中には良くあることだが、そのページにあった、モームの「南海旅行記」を読みたくなって更に調べてみるも、日本語版はどこにも見あたらない。そして原書である”My South Sea Island”はひどく高い。しばらくは忘れることにしようと思う。


朝飯 スクランブルドエッグ、納豆、モロヘイヤのたたき、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと玉葱と若布の味噌汁
昼飯 納豆と玉葱のつゆで食べる素麺
晩飯 カレーライス、夏太郎らっきょう、らっきょうのたまり漬、Old Parr(ソーダ割り)


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2025.8.21(木) 6月28日の月

目を覚ましたのは2時50分。起きて食堂に来たのは3時台のはじめ。早起きとは、まったくもって素晴らしい。テレビも点いていない、電話も鳴らない、人の声も聞こえない静かな時間が何時間も与えられるからだ。

仏壇に水とお茶と花と線香を供え、既にして完成しているおとといの日記を公開し、更にはきのうの日記を完成させて保存する。また「汁飯香の店 隠居うわさわ」に予約サイトを通じていただいたご予約を確定させてご返事をお送りする。

それらのことをしている食堂のテーブルから望める空が、徐々に明け始める。今朝の風はどのような具合だろう。それを確かめるため屋上へ上がる。東の空には旧暦6月28日の月があった。

以降はウェブ上を徘徊しても時刻はいまだ5時20分。そこで事務室へ降りて、先週末の「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様が記入してくださった感想カードを4階の食堂に持ち来る。そしてその内容をコンピュータに入力する。この仕事は溜め込むと後で苦労をする。苦労を避けるためには、休まないことが肝要になる。これを6時に終えて以降は、朝食までのあいだに本を読む。早くに目が覚めるとは、まったくもって有り難い。


朝飯 茄子の揚げびたし、スクランブルドエッグ、ウインナーソーセージと小松菜のソテー、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と玉葱と若布の味噌汁
昼飯 茄子の揚げびたしと大葉のつゆで食べる素麺
晩飯 グリーンアスパラガスとじゃがいもの細切りとトウモロコシのソテーを添えたハンバーグステーキチーズの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、Old Parr(ソーダ割り)


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2025.8.20(水) あらためて

お盆を含む週に出勤をしてくれた社員、それは上澤梅太郎商店のすべての社員ではあるけれど、彼らへの祝儀はきのう家内に整えてもらった。それを今朝は、皆に配ってまわる。祝儀は、もらうのも嬉しければ、配るのも嬉しい。次の機会は来年の正月。そのときにも、また良い成績を得られれば有り難い。

ところで僕は、人が暑さを訴え始めるあたりの気温を「心地よい」と感じるらしい。今年5月のバンコクではホテルのロビーに足を踏み入れるなり「折角の気温の高さにもかかわらず、これほど冷やすことはねぇじゃねぇか」と感じた。先般は叔母が事務室を訪ねて来るなり「ちょうどいいね、今日は30℃だって」と声を発した。叔母も多分、僕と同類なのだ。あらためて「夏よ、いつまでも」である。

午後も遅くなると激しい雨の降るここ数日ではあるものの、今日のそれはほんの数分のあいだ、それもまばらに落ちてきたのみで、すぐに上がった。これくらいのお湿りでは、気温はまったく下がらない。しかし特に不快さも感じないため、店の冷房は17時を過ぎたところで切る。釣銭に用いる5,000札の予備は今日で底を突いた。明日の朝は、また銀行へ行く必要があるだろう。


朝飯 生のトマト、目玉焼き、茄子の揚げびたし、甘唐辛子の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と小松菜の味噌汁
昼飯 茄子の揚げびたしと大葉のつゆで食べる素麺
晩飯 菠薐草と椎茸と厚揚げ豆腐と豚薄切り肉の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)


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2025.8.19(火) 夏よいつまでも

ふと気づいたことだが、目を覚ましてから服を着るまでのあいだには、意識をしないまま手の平の具合を確かめるらしい。ここ数日のことを思い出してみれば、手の平の、とても乾いていることが多くなった。どうやら皮膚は、脳よりも先に季節の変わり目に気づいているらしい。

今月の初日に作った麺つゆの残りが少なくなった。よってきのうの夜から大鍋に昆布と干し椎茸を沈めておいた。今朝はそれにあれこれと手を加えて麺つゆを完成させた。今夏4回目のそれは、3回目に増して多くの量が出来た。今年の麺つゆ作りは多分、これが最後になるだろう

お盆の繁忙は、17日の日曜日を境として、裾を引くようにして去った。それにしても、お盆における、上澤梅太郎商店の前年比の数字は悪くなかった。テレビのニュースは「お盆期間中の新幹線の稼働率は全体的に高く、特に東海道新幹線は前年比13%増の約409万1,000人が利用した」と伝えている。

しかしこの日記を昨年の8月16日に遡ってみれば以下の記述があり、とすれば前年比増も当たり前、ということが分かる。
……
風は、列島の東洋上を北上中の台風7号によるものだろうか。本日の東海道新幹線は東京と名古屋のあいだで終日運休。東北、上越、山形新幹線も一部列車の運休を計画。関東の在来線や私鉄にも運休の可能性ありとは、驚くばかりだ。
……

ところで今日は閉店の17時30分を過ぎてもお客様が途切れず、店を閉められたのは18時10分だった。よって明日の釣銭の準備は明朝に行うこととし、シャワーも浴びず着替えもしないまま会食の場へと向かう。


朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、納豆、フライドオニオン、胡瓜の古漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」によるお茶漬け
昼飯 擂り胡麻のつゆで食べる素麺
晩飯 「炉心庵」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六其の七冷えた日本酒あれやこれや


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2025.8.18(月) 花の山

空は、夜から朝になろうとしているときが、1日の中でもっとも美しいように思う。今朝はそれほど早くに目が覚めたわけではないけれど、食堂から望む空が綺麗だったため、屋上へ上がる。そこに吹きわたる風は、充分に涼しかった

6時が近づくころ、隠居の厨房に入る家内の荷物はこびを手伝って、国道121号線の歩道を南へ歩く。隠居の木々の緑はいまだ充分に濃い。床の「緑の絵」は、今週末までには次のものに掛けかえよう。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に本日最初の配達をして会社に戻り、ふたたびホンダフィットを運転して如来寺へ行く。そして新旧と叔父叔母のお墓の、計9対の生花を持参したプラスティック袋に入れ、花立てはこれまた持参した大きな洗面器に並べて水場で洗う。花立ては、雨水が溜まることを避けて、それが可能なものは伏せてお墓に戻した。

お寺から帰ったところで着ていたものを脱ぎ、シャワーで汗を流す。新しいシャツを身につけると、気分は非常に爽快になった。

きのうの午後、気づくと「相談に乗って欲しいとのこと」という添え書きと共に、後輩の名と電話番号を記したメモが事務机にあった。僕はそれを一瞥して、しかし繁忙により電話を折り返すことはできなかった。

10時を過ぎてようよう、メモの番号を呼び出す。遠いところで会社を営む後輩は、日光まで来てあれこれ話を聞きたいと言い、その候補日として10月11日または11月1日を挙げた。事務机の左手に提げたカレンダーをめくると、前者はスポーツの日の絡む連休の初日、後者は文化の日の絡む連休の初日に当たっていた。勤め人でもあるまいに、なぜそのような日を選ぶのか。紅葉の季節の連休は、1年の中でも、もっとも日光に来てはいけない日、である。列車は満席、宿は満室、道路は大渋滞、それが、他所から来る人には分からないのだろうか。後輩には改めて日を決めるよう言って電話を切った。

お盆の最中に耳にしたところによれば「十軒目でようやく入れた」と、飲食店の席に着くなり言った旅行客がいたという。

おとといの夜、フランス料理屋にいた客は、我々のみだった。僕はいつもの、つまり極上の諸々にて冷えたワインをすこしずつ飲んだ。店は至極静かだった。戸外には虫の声があったかも知れない。「人の行く、裏に道あり、花の山」である。「上がるから買う。買うから上がる」の今の日本の株式相場は、果たしていつまで続くだろう。


朝飯 生玉子、冷や奴、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 梅干と大葉の薬味で食べる素麺
晩飯 スパゲティボロネーゼChablis Billaud Simon 2018


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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