2026.5.17(日) 600文字くらいがちょうど良い。
鳥の第一声が聞こえたのは3時43分。彼らは、否、彼か彼女か、あるいはその双方かどうかはつまびらかではないけれど、朝の明け始める時を知っているのだ。
それはさておき今日は日曜日により、お客様は多くなるだろう。夏のご挨拶がお得意様に届けられたことにより、事務室では地方発送の承りが増えている。僕は明日は、売れた土地の件につき司法書士の訪問を受け、明後日は漢詩の教室で湯島へ行く。その翌日は店休日で社内は大掃除。そしてその夜は羽田空港と、中々に忙しい。
その、タイ行きの荷作りのことが、頭に引っかかっている。持ち物はコンピュータにデータベース化されていて、現在の総数は159。それらは今日にも紙に出力をする必要があるだろう。今朝は、毎日のサプリメントのみを、8日分が入るピルケースに整えた。残る158の品々は、月火水の未明から早朝の時間を用いて揃えるつもりである。
と、今日の日記のここまでを書いて、時刻はいまだ5時30分。よって事務室へ降りて「汁飯香の店 隠居うわさわ」の昨週のお客様の感想カードを持ち、四階の食堂へ戻ってその内容をコンピュータに入力する。更には「今朝は運ぶものが多い」と家内に乞われて、ふたつのトートバッグを母屋から隠居まで運ぶ。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」では、土鍋によるごはん炊きと味噌汁づくりの教室も、早朝に催している。今朝はそのご要望があったらしく、白衣と帽子を身につけた長男は、準備に余念がなかった。
さて、それ以降も、あれやこれやはしたものの、既にして633文字も連ねてしまったことにより、今日の日記はここで終わる。
朝飯 マカロニサラダ、生玉子、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、筍と玉葱と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、刻みキャベツとブロッコリーのソテーと生のトマトを添えた豚の生姜焼き、「山本酒造店」の「白瀧上撰純米」(燗)
2026.5.16(土) 珍しい半日
きのうの閉店後から今未明までに「ぐるなび」を介していただいた「汁飯香の店 隠居うわさわへの」へのご予約は、通常は僕が承って家内に知らせ、また事務室の予約表に記入をする。今朝は出社する社員のために事務室のシャッターを上げるなり、紙に出力しておいた複数のご予約を、隠居の厨房に届けた。
道向こうの駐車場には、成田ナンバーの、このところよく見かけるようになったレンタルのキャンピングカーが、早くから駐められていた。用事があってそのちかくまで歩いた長男は、隠居に朝一番の予約をお入れになった旨を、そのお客様に知らされ、「その証拠」と、お客様がご自身のスマートフォンで見せてくださったそのご予約には、しかし一週間後の日付けがあったという。誤って「来週の今日」にご予約をされてしまうお客様は、そう多くはないものの、しかし皆無でも無い。
9時に開く道の駅で弁当が買えることをお教えすると、お客様は「弁当は食べ飽きた。そろそろ日本のリアルな朝食が食べたい」とのことでいらっしゃったという。しかし本日の隠居は、既にして満席をいただいている。お客様はそれでも道向こうから店側の駐車場にレンタカーをお移しになり、味噌と漬物をお買い上げくださった。とても有り難い。
10時を過ぎたところで長男の小さなホンダ車に乗り、宇都宮を目指す。今日は取引先の青源味噌さんで「青源まつり」が開かれるのだ。街の真ん中にある青源さんの新しい店舗は、味噌を使った餃子やラーメンや丼物の屋台に、たくさんの人たちが集まっていた。空は晴れて、絶好のおまつり日和である。
しかし今日の販売係の昼食時間を考えれば、そうゆっくりもしていられない。会社の、修理に出していたiPadを修理屋へ受け取りに行く長男にはJR宇都宮駅まで送ってもらう。そして駅ビルの二階にある、青源さんが運営する物産店「宮源」さんの様子をうかがいながら、12:15発の日光行きに乗り、12:50にJR今市駅へ戻る。
僕は、日常の業務においては、ほとんど日光市から出ることはない。だから今日は、珍しい半日だった。15時には道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ出向いて、明朝に納めるべき商品と、その数を決める。
朝飯 カレーライス、生玉子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
昼飯 「丸亀製麺」の梅とろろ豚しゃぶぶっかけうどん、しそわかめおむすび
晩飯 たたき胡瓜、トマトとキウイのサラダ、時菜蠣油、玉子焼き、蒸し鶏、ソイの清蒸、生姜の炊き込みごはん、「紅星」の「二頭鍋酒」(生)、八朔の杏仁豆腐、Old Parr(生)
2026.5.15(金) からだの手入れ
今朝の時間管理は綱渡りだった。8時の朝礼を済ませたら、開店の準備を整えてから自室へ上がって着替え、現金の入ったトートバッグを提げて外へ出る。銀行では本日の口あけの客として、種銭を5,000円札と1,000円札に両替してもらう手続きを取る。会社に戻れば即、普段履きを革靴に履き替えて、自転車で下今市の駅へ向かう。09:34発の上り特急には、無事に間に合った。
おとといの午後は行きつけの床屋が混み合っていて、僕の都合のつく時間には空きが無かった。よって今日の12時に、あらためて予約を入れた経緯があった。散髪を終えたら新橋の雑居ビルを出て大井町へと向かう。
治療を受ければ、その瞬間から、一体全体、それまで具合の悪かった歯がどこにあったか分からなくなるほど、ソーマ歯科室の技術は高い。しかしソーマ先生によれば、僕の噛む力は1,470ニュートンと、常人の倍ほど、あるいは大型犬ほども強く、それが歯に負担を与え続けているのだという。
赤坂の、ある割烹のあるじへの聞き書きを読んだことがある。その経営者兼料理人はあるとき、自分が柔らかいものばかりを食べるようになっていることに気づき、60歳であっさりと引退をした。しかし僕は70歳を目の前にしながら、いまだ食感の強いものを、必要以上に強く噛んでいるらしい。「それが良くない」と言われても、長年の嗜好やクセは、そう簡単に矯正できるものではない。
僕が優れた歯科医院に通い続けるのは、好きなものをできるだけ長く食べていたいからだ。2018年に白内障の手術を受けたのは、南の国の眩しい原色を、いつまでも眺めていたいからだ。伊豆のカイロプラクティックでの辛い治療に耐えるのは、できるだけ長く自分の足で旅をしたいからだ。つまり僕の身体の手入れはすべて、長く遊ぶためにのみにある、といっても過言ではない。
大井町の歯科医院から、断腸亭なら「晡下」と書く頃は新橋へ戻って路地を歩き、マッチ箱のように小さなビルの中でカウンター活動に従う。
地下鉄銀座線の浅草行きが上野、次いで稲荷町に停まったことは覚えていた。次に気がつくと、車両はふたたび上野に停まっていた。稲荷町を出たところで寝入り、車両は浅草で折り返して渋谷行きになっていたのだ。よって席を立ってプラットフォームに降り、階段を昇り降り、ではなく降りて昇って反対側のプラットフォームで浅草行きを待つ。
既にして特急券を確保済みだった浅草19:59発の下り特急には、無事に間に合った。そして22時前に帰宅を果たす。
朝飯 生のトマト、ウインナーソーセージと茄子とブロッコリーのソテーを添えた目玉焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、筍と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ゴーゴーカレー」のカレーライス
晩飯 「小料理すみや」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、2種の日本酒(冷や)
2026.5.14(木) できるだけ長く
きのうの酒は残っていなかった。起きて食堂に来ると、食器棚の電波時計は2時52分を指していた。東の中天には、旧暦3月28日の月が浮かんでいる。太陽とは異なって、月の居場所は日によって気ままに思われるけれど、どうだろう。
今月4日の日記に書いた、爪と肉のあいだがアカギレにより剥がれかけていた右の人差し指にはバンドエイドのキズパワーパッドを巻き、それが外れて後も、爪を切ることはしていない。自分ごのみに短く切れば、爪と肉のあいだにふたたび赤い肉が見えてくるからだ。アカギレは、南の国へ行きさえすれば起きない。よって伸びたままの爪は、バンコクに着いてから切ることにしよう。
ところで、おじいちゃんの墓参りをした一昨日の日記を書きながら「さて、おばあちゃんの祥月命日は6月の何日だっただろうか」と、位牌の裏側を確かめた。ついでにおじいちゃんの位牌の没した年齢を見ると七十四歳とあった。
僕は、おじいちゃんが亡くなった年齢は72歳と覚えていた。それは、位牌の裏に「享年七十四歳」と記されていたことによる。享年は通常、数え年によるものだろう。しかしおばあちゃんのそれは百二歳と、満年齢の金文字がある。ということは、おじいちゃんの七十四歳も、満の年齢だった可能性が高い。
そういう次第にて食堂へ戻り「明治 申年」と検索エンジンに入れてみる。するとその年の西暦は1908年と出た。おじいちゃんが亡くなった1982年から1908年を減ずれば74。「そうだったのか」と、夜明けの気配を見せ始めた窓の外に目を遣る。
おじいちゃんは太く短く生きた人で、今の僕の年齢のときには、人に手を引かれなければ歩くこともできなくなっていた。「オレは細く長く生きて、できるだけ長いあいだ遊んでいてぇなぁ」と、強く思う。
朝飯 納豆、冷や奴、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、筍と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ブロッコリーのソテー、ウフマヨネーズにするための茹で玉子、レタスとベビーリーフのサラダ、カプレーゼ、2種のパン、揚げ茄子を添えた鶏のオーブン焼き、2種のチーズ、Chablis Billaud Simon 2018、「本沢屋」の団子、Old Parr(生)
2026.5.13(水) 伊豆治療紀行(45回目の2日目)
レンタカーを伊東駅前の営業所へ戻し、伊東駅の改札口に近づく。電光掲示板に示された次の熱海行きは10:57発。iPhoneの現在時刻は10時55分。「あと2分」と家内に知らせてプラットフォームへ急ぐ。家内は走ることを必要とする忙しさを嫌う。一方、僕は時間の合理性をとても好む。
1975年の夏、名古屋で新幹線から近鉄名古屋線に、2分間で乗り換えたときの離れ業は、今でも忘れられない。2011年4月2日の初更にサイゴンでホテルから出たら、ベンタイン市場ちかくのターミナルへ向かう88番のバスがちょうど近づいて来て、待つことなくそれに乗ることができた。これまたいつまでも覚えている嬉しかったことだ。
旅はほとんど、タイの最北部ばかりに行きたい。しかしサイゴンに裏を返すことがあれば、そのときにはマジェスティックに滞在し、昼はプールサイドで本読み、夜は同ホテルのスカイーバーで飲酒喫飯、あるいはベンタイン市場裏の貝焼き屋台で飲酒喫飯、そればかりを繰り返したい。
家内とは16時55分に日本橋高島屋の1階で待ち合わせていた。夕食の最中に鋭い雷鳴の一撃があり、思わす振り返ると、外はまるで夜のように暗くなっていた。そうして浅草19:19発の下り特急に乗り、21時すぎに家へ戻る。
朝飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび、同味噌汁
昼飯 「ドトール」のチーズインミラノサンド、コーヒー
晩飯 「吉野鮨本店」の其の一、其の二、其の三、其の四、「櫻正宗」の「特撰本醸造」(燗)
2026.5.12(火) 伊豆治療紀行(45回目の1日目)
本日はおじいちゃんつまり上澤梅太郎の祥月命日にて、家内と会社を9時20分に出て如来寺のお墓を訪ねる。お墓がとても綺麗に保たれているのは、お寺の職員のお陰だろうか。僕は水を固く絞ったタオルで墓石を拭く。家内は花と線香を供える。今日はそのまま下今市の駅へ行くこととしていたものの、僕の革靴は、お墓の赤い土ぼこりにまみれた。よって時間に余裕のあったこともあって、一旦、家に戻り、ブラシにてその埃を落とす。
家内の希望により、下今市発の上り特急は、僕が調べた列車よりひとつ早いものに乗った。その結果、熱海ではJR伊東線の列車の待ち時間が長くなった。このことは、よく覚えておかなければならない。
伊豆痛みの専門整体院での、9,000ボルトを発する電子ペンによる今日の治療は、幸い、それほど痛いものでもなかった。これまでで最も辛かったのは2024年1月のもので、そのときは特に、左膝の内側に打ち込まれだ電子ペンの痛みがすさまじく、僕は背中を曲げ、身をよじり、額の脂汗は手拭いで抑え、先生の問いかけには一切、答えられず、ただ耐えるのみだった。
月に一度の伊豆がよいは、そのときの痛みをふたたび味わいたくない、ただその一点に収斂する。言葉を変えれば治療のためではなく予防のため、である。伊豆には、僕が足を運べる限り、あるいは僕よりひとつ下の先生が引退をするまで通うことになるだろう。
旅館の、温度を違えたふたつの浴槽のうち「あつい湯」の温度は43.7℃。入浴後に計った体重は54.6キログラムだった。64キログラム台から50キログラム台まで減り続けた体重が、この1年のあいだに4キログラムも増えた理由は何だろう。
朝飯 鮭の「日光味噌梅太郎お城味噌」漬け焼き、牛蒡と人参のきんぴら、ウインナーソーセージと菠薐草のソテー、蕪と胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「鮭ともち麦枝豆塩昆布のおにぎり弁当」、JAWA TEA
晩飯 “Brasserie ChouChou”のグリーンサラダ、帆立貝のブルゴーニュ風バター焼き、パン、イベリコ豚のソテー、グラスの白ワイン、クレームブリュレ、サントリー「角」(生)
2026.5.11(月) 小さくても分厚い
夕食を美味く食べるため、その1、2時間前に胃薬を飲む、ということを時々する。その行いを見て「具合が悪いわけでもないのに」と眉をひそめる人がいる。今月3日の日記にも書いたことだが、僕には「メシこそすべて」というところがあるのだ。
先日のテレビのニュースは、その胃薬の会社が今月末からの値上げを発表したことを伝えていた。そういう次第にて、食器棚の引き出しに在庫の払底していた胃薬の錠剤と顆粒を、きのうは日記に書いたノートと共に注文した。注文の合計が3,500円を超えれば送料が無料になるという、amazonの特典を利用したものだ。
「注文の合計が3,500円を超えれば」とはいえ胃薬は胃薬で、ノートはamazonが出品していた古書と共に、つまり別々に届いた。ノートはコクヨのキャンパスノートのA7版に匹敵するくらい小さいものの、200ページちかくもあるから分厚い。いずれにしても、来週の水曜日には、このノートと無印良品の細いボールペンを胸のポーチに入れて、羽田空港へ向かうことになるだろう。
朝飯 メシ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、豆腐と若布とトマトと玉葱と玉子の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 玉葱のすり流し、カツ煮、蕪と胡瓜のぬか漬け、メシ、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、豆乳のババロアといちごの甘味、TIO PEPE
2026.5.10(日) 山の緑
朝の空は、日の昇る前の、ある一瞬、せいぜい数分間がもっとも美しい。しかしおなじ朝でも山の緑の深さは、それから数十分を経たころに頂点を迎える。そして今朝は、その頂点のところをすこしばかり逃してしまった。せっかくの緑に紗がかかりはじめるのだ。
さて、きのうの日記に書いた未知のノートは、調べるうちamazonでも売っていることを知り、即、注文した。1冊の定価が1,210円でも「まとめ買い2冊セット」なら1,858円という買い物に心が躍るとは、僕も随分と安上がりな性格である。午後は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への納品のついでに大谷川の向こうまでホンダフィットを走らせて、ダイソーでA4サイズのジッパーファイルを購入する。これは漢詩の教科書とノートを入れるためのもので、安っぽくても110円では文句は言えない。
さて日曜日の閉店後は3台あるキャッシュレジスターを締め、明後日の釣銭を準備した上で、1週間分の売上げ現金を合計して、帳簿上の数字と突き合わせてる。しかし今日は18時より、春の大祭の町内役員の直会がある。そういう次第にて、普段は僕のしているその仕事を今日ばかりは長男に任せ、17時45分に外へ出る。
朝飯 生のトマト、生玉子、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、玉葱と人参とピーマンの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「石和」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、其の九、日本酒(燗)
2026.5.9(土) ノートの選択
業務日報をコンピュータで付けるようになった1992年から、手帳は使わなくなった。しかし旅に出るときには、手帳というか、小さなノートを持つ。メモをするのは、この日記のための覚え書き、および金銭の出納である。
これまで使ってきたのはコクヨのキャンパスノートで、ピンクの表紙のA罫。サイズはA6だった。しかし昨年あたりから、このA6版はホテルに置いて金銭の出納のみを記録し、部屋の外では更に小さなA7版を使うようになった。それは、リコーGRDで撮っていた写真をiPhoneで済ませるようになり、持ち物が減ったことによる。持ち物が減ればそれを入れるポーチも小さくなり、そのポーチに合わせてノートも小さくした、というわけである。
メモのためのノートには興味が尽きず、数年前にはロディアの最小サイズを買ったものの、これは流石に使いづらくて、ただのひと文字も記してはいない。そして今朝は、なかなか良さそうなメモ帳をTiktokで見かけ、静止画に残した。
それを起床してからコンピュータで検索してみれば、売っているのは地方の小さな文房具店らしく、在庫は僅少だった。さて送料をかけてもそのうちの1冊を注文すべきか、あるいはどこでも買うことのできるコクヨのノートを今後も使い続けるべきか。そういう小さな迷いや悩みは結構、楽しい。
朝飯 納豆、牛肉のそぼろ煮・たまり漬「きざみザクザクしょうが」風味、揚げ玉、鮭の「日光味噌梅太郎お城味噌」漬け焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2026.5.8(金) 緑一色
仏壇に花と水とお茶と線香を供え、上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのインターネットを介してのご予約を承り、会社の電子会議室に報告と意見を上げ、きのうの日記を完成させても時刻はいまだ4時40分。早起きは得意な一方、夜の少人数での集まりにおける寝技足技は苦手である。
4時40分からは、今月2日の日記に書いた、東北のある出版社の社長の日記を読む。西暦2000年からの日記を、その初日まで遡って読んでいるのだから、中々に読みでがある。最新の日記に辿り着くまでには、どれほどの日にちがかかるだろう。この日記には週に一度の頻度で書評が載り、それが僕の「読みたい欲」を刺激するのも、また困りものではある。
その日記のひと月分を読んだ後は、月に一度は家族で行く洋食屋「コスモス」の若マスターが、今年の2月に東海道五十三次を歩き通した、その準備から「神奈川の一里塚跡」までをウェブ上に読む。そこから朝食の準備が始まるまでの6時30分までは「本の雑誌」の、日記を特集した2014年10月号を拾い読みする。つまりはまぁ、人の日記ばかりを読んだ、ということだ。その後は活字ではなく、荒木経惟の「センチメンタルな旅 冬の旅」を本棚から引き出して、そのすべての写真を観る。
10時からは隠居で場長会議。座敷の目の前の梅は、実を随分と大きくしてきた。どうやら今年は豊作らしい。その実はいずれ砂糖漬けにされて「東風吹きソーダ」として「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様に供される。いにしえに太宰府で詠まれた歌は春のものだったろうけれど、こちらのソーダは夏にふさわしい涼味である。
夕刻、明日のための仕込みをしている家内を、隠居の厨房に迎えに行く。半袖のポロシャツ一枚で過ごせるほどの気温。空にはツバメが舞っている。「一年中、初夏と夏なら良いのに」と、切に思う。
朝飯 小松菜のソテー、スペイン風目玉焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとベビーリーフとモッツァレラチーズのサラダ、スパゲティボンゴレ、Chablis Billaud Simon 2018、ティラミス、Old Parr(生)








































