2026.5.5(火) 柱のキズ
「はしらのきずはおととしの」という歌を、先日は、三歳と三ヶ月になる孫のカコが歌っていた。
子供のころ、その歌「背くらべ」の歌詞を思い浮かべながら、柱に疵を付けたことがあった。その疵はしかし、海野厚の詞とは異なって、自分の背丈の記録としてではなく、玄翁で面白半分に何ヶ所かを叩いて付けた、半月型の凹みだった。よくもまぁ、大人に叱られなかったものだと思う。
先日は、隠居の柱にも意図して印されたと思われる疵を見つけた。それは大工の毛書き針によるようなもので、床からの高さはいくらもないから、子どもの背を計ったものではないだろう。
日曜日と重なった祝日を次の日に自動的に移すような法律は、むかしはなかった。小学校のころだったか、5月の連休の3日続く年があった。それに子どもたちは前の年から気づき、一年後を心待ちにした覚えがある。東京都港区三田の修業先から戻って以降の黄金週間については、その繁忙のあいだのお客様に満足をいただくこと、また商売上の、より良い数字を得ることのみが、頭を占めている。
黄金週間は明日まで続く。しかし明日の店には平日と変わらない静かさが戻るのではないか、そんな気がしている。
朝飯 生のトマト、菠薐草の胡麻和え、目玉焼き、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 Moet et Chandon Bru Imperial、トマトとベビーリーフのサラダ、帆立貝と蟹と蛸のグラタン、Chablis Billaud Simon 2018
2026.5.4(月) より良い成績
右手の人差し指の爪と肉のあいだがアカギレにより剥がれかけている。この指は、スマートフォンやコンピュータを使うときには必須だから、できれば裸のままにしておきたいところではあるけれど、背に腹は替えられないから、バンドエイドのキズパワーパッドで覆うことにする。
キズパワーパッドは、1本の指に3枚を使う。説明書には、貼る前に手で1分間を温め、貼った後もおなじく手で押さえて1分間を温めるよう記されている。3枚を貼り終えるまでに要する時間は十数分。そのあいだの無聊を慰めるためTikTokを開く。
すると何と、曲師の沢村まみが「梅太郎」のアカウントをフォローしてくれていることに気づいた。よってキズパワーパッドの巻かれてない右の薬指でそのアイコンをタップし、彼女がヴィヴィアンウエストウッドのカフェを表参道に訪ねたときの動画などに見入る。ちなみに沢村まみに「さん」を付けないのは、エイミー・ワインハウスやジャック・ディジョネットに「さん」を付けないことと同じ理由による。
ところでTikTokの「梅太郎」のために保存している朝食動画の現在の在庫は7本。動画は2日に1本の頻度で上げるから、16日までは保ちそうだ。それから先の動画については、明日あたりから、また撮っていくことにしよう。
きのうは晴れて気温が上がったせいか、夕刻になるころには、いささか疲れを覚えた。そして今日もまた、午後も遅いころになると、おなじ感覚が戻ってきた。今年の黄金週間の混雑の頂点は、多分、今日だろう。より良い成績を、目指すのみである。
朝飯 鱈子、生玉子、山芋のすりおろし、小松菜のおひたし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜と若布と揚げ玉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、キムチ鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、Old Parr(ソーダ割り)、いちご、杏仁豆腐、Old Parr(生)
2026.5.3(日) 在庫ゼロ
昨春以来、およそ1年2ヶ月ぶりに、この日記を書いているWordPressのパスワードを更新する。以前は海外へ出かける前に必ずしていたことだが、このところはいささか無精になっていた。
「夕方まで曇りの予報だけれど、外れて欲しいな」と、早朝の曇天を眺めつつ、次はワインの在庫をワイン蔵で、ではなく、コンピュータのデータベースで調べる。僕には「メシこそすべて」というところがある。そして今夜は長男がステーキを焼くという。そうであれば、このところのコノスルよりすこし高いワインを飲もうか、と考えたのだ。
「だったらサンジュリアンだ」と、そこに並ぶ35本のうちの1本に目を付けワイン蔵へ行く。ところがサンジュリアンに割り当てた棚は、まったくの空だった。
「そんなことがあるものか」と、ふたたび食堂へ戻り、データベースにあるワインの名をこの日記の検索窓に入れてみた。そうしてはじめて、35本のワインは既にして飲み尽くしていたことが分かった。データベースとはいえ、飲むたびその残数を入力してこなかった、それが今朝は祟ったのだ。
そういう次第にてふたたびワイン蔵へ行き、代わりにポーイヤックの棚から1本を引き抜き、北側の廊下、つまり家の中でも気温の低いところに立てて置いた。夕食までには、澱も降りていることだろう。
天気予報は上手い具合に外れて、昼が近くなるころには日が差してきた。同時にお客様の数も、黄金週間らしく増えてきた。多いに有り難い。
朝飯 若竹煮、納豆、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬、メシ、ブロッコリーの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとキウイとレタスのサラダ、カリフラワーとポテトと人参の鉄板焼きと「たまり漬」によるソースを添えたビーフステーキ、PAUILLAC 2003
2026.5.2(土) 葉のみを活ける
「充分に寝た」という爽快感は無かった。しかし眠気は訪れない。よって着替えて洗面所を経由して食堂に出る。食器棚の電波時計は2時35分を指していた。睡眠時間の短さを誇示するマウントが、外資系の企業に勤める人たちの中にはあるという。僕がここに起きた時間を記すのは、そのたぐいのものではない。きのうの就寝は20時より前だった。
先月28日の日記にも書いたことだが、上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、今月2日から4日にかけては満席を戴いている。予約システムの「ぐるなび」は、満席でもクリックまたはタップできる「リクエスト予約」という仕組みを備えている。今朝もそれによるご予約が、明日の11時30分に入っていた。しかし満席ではどうにもならない。よって、そのお客様にはお詫びのメールをお送りする。
さてその隠居の床の間には現在、堂本印象の「サラニヨシ」が掛けてある。金彩で描かれているのは土筆と桔梗だから、これからもしばらくはそのままでいけるとは思う。しかしそろそろ今井アレクサンドルの「ガーベラ」の出番ではないか。もっとも「花の絵を掛けると、おなじ床に置く活花に苦労をする」と家内は言う。だったら葉っぱだけを活ける、というわけにはいかないのだろうか。
4時15分のころの東の空は黒い雲に塗りつぶされて、昇ろうとしている太陽による紅い帯は、遠い山の端と、その雲の下端の間に細長く見えるのみだった。しかし一時間ほどしてコンピュータのディスプレーから顔を上げると、強く朝日が差しはじめていた。
あたりが明るくなったことにも気づかず読みふけっていたのは、起きる前にスマートフォンの検索エンジンにより偶然見つけた、東北のある出版社の社長の日記である。更にはその日記にあった本を3冊もamazonに注文し、4冊目にも手を出そうとして、それは流石に止めて「リストに追加」をクリックする。
と、こういうことを連ねているから、僕の日記は朝のことばかりになるのだ。
朝食は、きのう炊いたごはんがたくさんあったことにより、お茶漬け。昼食のにゅうめんには、きのうの夜に残ったカレーをかけた。夕食は、おとといの夜の天ぷらの残りによる天とじ丼。連休のあいだはどこもかしこも混んでいるだろうから、外食は避けるとのことである。
朝飯 納豆、揚げ玉、梅干、鱈子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬によるお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 小松菜のおひたし、若竹煮、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、なめこのたまり炊、天とじ丼、「天寿酒造」の「鳥海山生酛純米」(燗)、いちご
2026.5.1(金) 安すぎる
目を覚ますと胃が痛い。時刻は3時5分。薬を納めた引き出しのある食堂まで行く気はしない。幸い眠れて5時にふたたび目を覚ます。胃の痛みは相変わらず消えていない。しばらくすると右だったか左だったかは覚えていないものの、ヒジの内側に痒みを覚えて「また湿疹か」と、その部分を指先でひねる。そのうちその痒みは両肩から両腕、また両太腿の表裏に広がった。撫でてみると、皮膚がデコボコになっている。「すわ、蕁麻疹か」と、起きて洗面所へ行く。
灯りのあるところで確かめると、皮膚の痒いところはすべて赤くなり、蚊に刺されたような膨らみが広がっている。蕁麻疹という病気のあることは知っていたものの、自分のからだにそれが起きるのは初めてのことだ。
そのまま食堂へ行き、胃薬と、皮膚科で処方された抗アレルギー薬を服用する。だからといって安心はできない。寝室の寝台へ戻って「蕁麻疹 原因」とスマートフォンに入れてみる。そこに出てきたあれこれは、僕には当てはまらないものばかりだった。
胃の痛みは間もなく去った。蕁麻疹に特有の皮膚の状態も、30分後には引き加減になり、1時間後にはほぼ消えた。僕は、1年のうち5週間ほどは海外にいる。今朝と同じことが旅先で起きれば、大いに焦燥をしたことだろう。
ところできのうの日記に書いた撥水性を持つ上着については、長男が良さそうなものを着ていたため、訊けば「ワークマン女子」あらため「ワークマンカラー」の品だという。よって即、郊外にあるその店にホンダフィットを走らせ、僕も手に入れた。思い出の中にある、45年前に1,000円で買ったウインドブレーカーよりそれは遙かに出来が良く、しかも価格は税込で1,490円。「ここまで安くすること、ねぇじゃねぇか。原産国の労働者に、もうすこし報いるべきじゃねぇのか」と僕などは考えるけれど、それでは日本国内の価格優位性が維持できないのだろうか。
朝飯 生のトマト、菠薐草のソテー、スクランブルドエッグ、若竹煮、大根おろしを薬味にした納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とズッキーニと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 チーズ、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、トマトとレタスとベビーリーフのサラダ、ブロッコリーのソテーを添えたカレーライス、Old Parr(お湯割り)、チョコレート、Old Parr(生)
2026.4.30(木) 普段着は仕事着
今週の月曜日からは、上半身はユナイテッドアスレの半袖のポロシャツに、今月7日に2着を買ったユニクロのウォッシャブルクルーネックセーターを重ね、下半身には今月10日に3本を買ったユニクロのスリムフィットチノを穿いている。上から下までユニクロではあるけれど、ポロシャツだけは十数年を着てもすり切れないユナイテッドアスレの5090-01が一番と、マックス・ローチのアルバムではないけれど、声を大にして”INSIST!”したい。もっともこの型番は、既にして作られていないかも知れない。しかしとにかくこの組み合わせは最高である。
冬のあいだから今も着続けている、むかしの言葉でいえば「上っ張り」は、数年前に銀座の無印良品で買った撥水性のスモックだ。これのお陰でこの冬は嵩張るダウンベストを着ることなく乗り越えることができた。しかし換えが無いため、途中で洗うことができなかった。そして無印良品のオンラインショップには、現在、この品は見あたらない。だから来冬に備えては、似たものを探す必要があるだろう。
きのうは黄金週間の初日であったものの、店の忙しさは、それほどでもなかった。本格的な繁忙は、土曜日から始まるのだろうか。本日は配達係のイザワコーイチさんが休みのため、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」には僕がひとりで行き、冷蔵ショーケースや棚、また裏手の冷蔵庫を汗牛充棟の状態にする。
昼食のにゅうめんは、いまだ飽きない。そして夜は、またまた燗酒を飲む。
朝飯 スペイン風目玉焼き、大根おろしを薬味にした納豆、ズッキーニのソテー、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と小松菜の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 若竹煮、蕪と胡瓜の塩もみ、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、天ぷらあれこれ、「天寿酒造」の「鳥海山生酛純米」(燗)
2026.4.29(水) 黄金週間
今日から黄金週間が始まる。「腕が鳴る」とまでは言わないものの、ワクワクする気持ちはある。人が遊んでいるときに仕事をすることが好きなのだ。この自分の性向をバンコクの、チャオプラヤ川の向こう岸の某所で語ったところ「私もそうです」と、話しかけた相手は同意をしてくれた。
店舗の商品は、長男と販売係の数名により、既にしてこの連休の仕様に並べ替えられた。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場もしかり。あとは売り切れの無いよう注意を払い、且つ、丁寧な接客を心がけるのみだ。釣銭は充分に用意をしたつもりだったが、来月の1日には、追加の分を銀行で作ってもらう必要があるだろう。
ところで上澤梅太郎商店はここしばらくのあいだ、TikTokショップの準備を進めてきた。今朝はその、ようやく完成した商品ページをスマートフォンで確かめてみた。その結果、商品説明に、より理解されやすい文章、より見やすい改行のあることに気づき、それを会社の電子会議室に上げる。午前3時、4時から朝食の準備を始める6時30分までは、遊びの時間であると共に、また仕事の時間でもある。
夜の卓上に並べられつつあるものは、パン、チーズ、カプレーゼ、そして鍋にはポトフが煮えているにもかかわらず、今月27日の日記に書いたと同じく、日本酒に燗をつける。「寒さにより冷えたワインは飲む気がしないと書きながら、今とは比較にならないくらい寒かった冬にはワインを飲んでいたではないか」と問われれば、確かにその通りだ。ということは、ここへきて酒の好みが変わってしまったのだろうか。
ところで日中には事務机の左の引き出しから稲畑汀子編「ほとどぎす季寄せ」を取り出し調べてみたものの、花冷えと梅雨寒のあいだに寒さを表す季語は見あたらなかった。
朝飯 大根おろしを役に魅した納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、目玉焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 アボカドを添えたカプレーゼ、パン、チーズ、ポトフ、「天寿酒造」の「鳥海山生酛純米」(燗)
2026.4.28(火) はやおき
応接間の仏壇に花と水とお茶と線香を供えてから食堂の丸テーブルにコンピュータを開き、メーラーを巡回させる。すると今朝は「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約がいつになく多く、それは手書きのメモで家内に伝えるには、いささか躊躇われる数だった。よって事務室へ降りてそれら1件ずつを紙に出力し、壁の予約表と共に四階へ持ち来る。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約は「ぐるなび」を介していただく他、電話や直のご来店によりいただくこともある。だからそれを記した予約表と照合をするまでは、軽々には承れないのだ。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、壁の予約表への記入は、銀座の伊東屋で「いちばん細いもの」と指定して手に入れたボールペンで行い、黄色い蛍光ペンでなぞって見やすくする。来月の2日から4日までの三日間は、既にして満席になった。特に3日の正午からは超満席にて、その時間帯には長男が手伝いに入る必要があるだろう。
と、ここまで書いて、することが無くなって、階段室に積み上がった本の中からある一冊を掘り出そうとして見つけることができず、代わりに別の本を手に食堂へ戻る。そしてそれを拾い読みしつつ、二杯目のお茶を淹れる。日記の在庫は6日分が溜まった。それでも時刻はいまだ5時45分。早起きによって得られるものは、三文どころではない。
朝飯 揚げ玉、大根と胡瓜のぬか漬け、鮭の日光味噌と地酒酒粕漬け焼き、鱈子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 胡瓜とかに蒲鉾の酢の物、牛蒡と人参のきんぴら、鰆の味噌漬けとカマスの干物、菠薐草の胡麻和え、茄子と厚揚げ豆腐の揚げだし、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、二種のおむすび、「天寿酒造」の「鳥海山生酛純米」(燗)、薩摩芋の焼き菓子、Old Parr(生)
2026.4.27(月) はやく五月を
自分の日記を振り返ってみれば、書いていることは朝の風景、食べもの、本、そして旅に限られるような気がする。興味の範囲が異常に狭いのかも知れない。狭いにもかかわらず、深さはそれほどでもない。つまりは「いいかげん」である。
「花冷え」や「梅雨寒」など、寒さをあらわす言葉は少なくない。桜が終わり、しかし梅雨まではいまだふた月ほどもある今の寒さは何と呼ぶべきか。雨に関する言葉を集めた辞書は、持ってはいないけれど、かつてはあった、あるいは今もあるだろうことは知っている。しかし寒さについてのそれはどうか。もっとも、事務机の左の引き出しに置いている「季寄せ」をひもといてみれば、ある程度は知ることができるかも知れない。
なぜこのようなことを書くかといえば、冷えたワインには食指が伸びず、燗酒ばかりを飲んでいるからだ。エンツォ・フェラーリが愛したという微発泡性の赤ワインが、冷蔵庫にはいまだ5本ある。このワインは半袖のシャツ1枚で飲みたい。月が改まれば、その機会も訪れるだろうか。「われに五月を」である。
朝飯 めかぶの酢の物、生玉子、納豆、山芋のすりおろし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、あんかけ焼きそば、「秋田清酒」の「刈穂山廃純米超辛口」(燗)、杏仁豆腐、Old Parr(生)
2026.4.26(日) 文章読本
辛うじて4時台の起床。起床が5時台にずれ込むと、いかにも「損した感」が募る。今朝はまぁまぁ良かった。窓の外は小雨。
東北地方の複数の地域で山が燃えている。数千人が避難を強いられている。「雨さえ降ってくれれば」という、間近に迫った煙を見つつの地元の人の言葉をテレビのニュースが伝えている。とすれば、いま降っている雨は、やはり慈雨と呼ぶべきものなのだろう。
日記を完成させると、その朝食の内容をfacebookの商用アカウントに載せる。facebookには個人のアカウントも持っている。facebookでは、いつの間にか、自分がフォローしていないコレクションも、まるでTikTokのように、頼んでいないにもかかわらず現れるようになった。これは著しく迷惑だ。
おすすめの本を紹介するコレクション、読んだ本の感想を集めたコレクションなどが流れてくれば、つい見入り、ウェブ上で検索し、しまいにはamazonで注文の一歩手前まで行ってしまったりする。本棚には未読の本が積み上がっている。そこに更に本が増えては困るのだ。今朝も「あわや」というところで引き返すこと数回に及んだ。僕は遅読派であるし、本はほとんど外出時にしか読まないため、それほどの数はこなせないのだ。
このところはアメリカ人の書いた「文章読本」のようなものを読んでいる。おおむね面白いのだが、特に目が吸い寄せられたのは「副詞は使うな」というところだった。副詞を使わずに済むようなくどくどしい動詞もまた使うなと、そこにはあった。これを忠実に守ると、文章は勢い、ハードボイルドになる。
くどくどしい動詞、これ見よがしの動詞といえば、僕は「鮨をつまむ」とか「蕎麦をたぐる」の「つまむ」とか「たぐる」という動詞は、なぜか恥ずかしくて使えない。「食べる」や「食う」で良いではないか、と感じてしまうのだ。
アメリカ人による「文章読本」のようなものには、これからも、刺激的な示唆が現れるだろうか。
朝飯 生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たけのこごはん、もつ煮の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、ビーツと玉葱のサラダ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、豚肉と厚揚げ豆腐と椎茸と小松菜の鍋、「秋田清酒」の「刈穂山廃純米超辛口」(燗)










































