2025.12.29 (月) 阪納誠一メモリアル走行会(第38回)
「阪納誠一メモリアル走行会」の案内が届けば、自分はまるで機械になったように、自動的ともいえる手の動きを以て申し込みをする。今年の11月はじめにも、例年の通り、そうした。その案内書を一週間ほども前にいまいちど読み返したところ、今回はモビリティリゾートもてぎのレーシングコースがアスファルトの敷き直しにより使えず、会場は南コースになるとあった。
「人は文字が読めない」とか「人は文字を読まない」ということが、よく言われている。僕もその例に漏れなかった、というわけである。
取り急ぎモビリティリゾートもてぎのウェブページを開き、当該のコースを調べたことは言うまでもない。するとそこは、アスファルトに白線を引いたのみの、全長1,102メートルの短いサーキットということが分かった。
「しっかり読んでいれば、今回の走行会には参加しなかったかも知れない」という思いと「しかし古いクルマを二年も置いたままにするのは、やはり問題だろう」という考えが交差し、結局は後者に傾いた、この一週間だった。
8時30分からのドライバーズミーティングで主催者側から伝えられたところによれば、この南コースは、鈴木亜久里の要請により、ヨーロッパの荒れたサーキットを再現したものだという。参加車両は予想を超えて、60台に達していた。
僕の”BUGATTI 35T”は、Vintageクラスに分類をされている。20分から30分の走行を繰り返す持ち時間の合計は2時間。そしていざこの南コースへ出てみれば、ふたつのS字カーブの半径は短く、もっとも長い直線も、4速で3,000回転まで速度を上げると第一コーナーが迫る狭さだった。その第一コーナーの手前で4速から3速に落とし、連続するS字カーブの入口では、発進のときにしか使わない2速へ更に変速機を落とすことが必要ということも分かった。
この時代のブガッティの変速機は、前進が4速ある。3速と4速のあいだの上げ下げは楽。2速から3速へ上げることも割合に楽。しかし3速から2速に落とすことは少しく難物である。そして今日は、その3速から2速に、できるだけ滑らかに落とすことを練習をしようと決めた。
高橋義孝の「能のすがた」に、だっただろうか、謡のある一ヶ所のみを、繰り返しさらうことに意味を見いだした記述のあった気がする。顔はガソリンの匂いに包まれ、耳には様々な轟音、左手でハンドルを、右手で車体の外に突き出たギヤレバーを握り、冬の風を切って疾走しつつ「能のすがた」はいかにも不似合いではあるものの、とにかく練習、である。
結論としては、今日はひとつのことに集中をすることができて良かった。そして来年は、ぜひまたレーシングコースに戻ってきたい。そのとき1926年製の”BUGATTI 35T”は100年目、僕は70歳になっている。スポーツは、真剣にしないことには、面白くない。限界を試さないことには、満足を得られない。それができなくなる前に、この走行会からは引退をする予定である。
朝飯 「ホテルルートイン宇都宮ゆいの杜」の朝のブッフェ
昼飯 「グランツーリズモカフェ」のオリジナルカレーライス
晩飯 二種のキノコとパンチェッタのスパゲティ、Chablis Billaud Simon 2018













