2019.2.7(木) 挨拶まわり
6,600ボルトの高圧電力を外部から引き込み、それを社内で使える100ボルトや200ボルトまで落とす、いわば変圧器が通称キュービクル、縮めずに言えばキュービクル式高圧受電設備である。製造現場の北西に四畳半ほどの面積を占めて置かれているこのキュービクルを新しいものに置き換えようとは、昨年のはじめころに決めたことだ。
工事が開始をされたのは11月1日。これは、新旧のキュービクルを交換する際に避けられない停電を、真冬に当てるための日程である。真冬であれば、たまり漬を長期熟成させるための冷蔵庫が停まっても、いささかの心配もないからだ。
新しいキュービクルは、これまでとは異なって工場外に設置をされ、新旧のつなぎ替えは1月24日に行われた。旧いキュービクルの一部、また旧い電線の撤去作業は残っているものの、屋外の工事は1月中に、そのすべてを終えた。
そういう次第にて今日は、この屋外での工事においていろいろと協力してくださった近隣のお宅に、工事完了の報告およびお礼を述べて歩く。
朝飯 納豆、しもつかり、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、大根の麹漬け、すぐき、柴漬け、塩らっきょう、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 しもつかり、ほうれん草と海苔のおひたし、冷やしトマト、水餃子、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)
2019.2.6(水) 筋肉のこわばりはほぼ解けたものの
オリオン通りといえば宇都宮で随一の繁華街と認識をしていた。しかし14時ちかくに歩いた限りでは、およそ半分ほどの店にシャッターが降りている。夜になれば、いくらかは賑やかになるのだろうか。人通りもまばらなこの通りから外れて昼食の摂れそうな店を探して見つからず、ふたたび戻ると、珍しく、少なくない客の姿がガラス越しに窺えるところがあった。よってこの、夜は飲み屋になるらしい定食屋に試しに入ってみる。
今日は「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックでの、8回目の施術日である。
地元の整形外科で処方をされた、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、およそ55時間ほど抜いても背中の痛みに耐えられるまでに回復したのは先月末のことだ。しかしその後は症状がぶり返し、今日は昼食を待たずに最初の薬を服用した。
オリオン通りちかくの駐車場からクルマで10分ほどのカイロプラクティックでは、2回目からずっと受けている電子ペンでの治療により、筋肉のこわばりはほぼ解けたことが分かった。だったらなぜいまだに痛みを感じるか。先生の見立ては神経痛とのことで、それは地元の整形外科の診断と等しい。
「ということは」と、このカイロプラクティックで初回に受けた低周波、それも高い電圧による治療を再開することになった。僕のすぐあとに来て、おなじくこの電極をからだに繋がれたオバサンはカーテンの向こうで「痛いっ」とか「切れるっ」とけたたましく悲鳴を上げている。しかし僕にはこの低周波が非常に気持ち良く感じられ、しまいには眠ってしまうほどだった。
夕刻の宇都宮にホンダフィットを走らせる。今の整体院には、もうしばらくは、通うことになるだろう。
朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 「出世街道」のハムカツ定食
晩飯 カキ菜と薩摩揚げの炊き合わせ、マカロニサラダ、しもつかり、3種の揚げ物、大根の麹漬け、すぐき、豆腐と若布と長葱の味噌汁、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)
2019.2.5(火) 今日の彼らを思い出せ
「まつやあたりでゆっくり酒が飲みてぇなぁ」と、年末の忙しいときにふと思った。今日はその、連雀町の蕎麦屋には来られたものの、仕事が控えているから飲酒はできない。
入って右奥、蕎麦打ち場の手前の席でカレー南蛮蕎麦を食べ終えようとするころ、白人のオニーチャンふたりが来て相席になった。ひとりは赤毛の髭など生やしているが、肌の具合や表情からすれば、ふたりとも、いまだ二十歳になるかならないかの年ごろだろう。
彼らは先ず、英語のメニュの左上の”CASH ONLY”の文字を指して顔を見合わせた。そして各自、小さなサイフを取り出して、その中身をテーブルに並べ始めた。500円玉が1枚、100円玉が1枚、2枚、3枚…。
このまま彼らが席を立つようであれば、1000札1枚を喜捨してやろうかと考えるうち、ふたりはやがて意を決したようにダウンパーカを脱いだ。そしてメニュのすべてのページを行きつ戻りつして、しかし何も決められない。持ち合わせが数百円であれば、元より天ぷら蕎麦などは食べられないのだ。
見るに見かねて”The best is…”と声をかけると、メニュから顔を上げた彼らの目に喜色が浮かんだ。僕は盛り蕎麦の写真を差して「ベストは盛り。いちばん安いし」と、ふたたび口を開いた。
やがて若女将が近づいて「ご注文はお決まりですか」と流暢な英語で訊ねた。オニーチャンふたりは声を合わせて”MORI!”と注文を通した。「盛り蕎麦、おふたつですね」と若女将は今度は日本語で答えて奥に去った。
酒でも飲んでいればもうすこし相手もしてやれただろうけれど、僕は自分のどんぶりを既に干している。よって目の前の蕎麦湯の桶に軽く触れつつ「後で、つゆにこのポットの中身、注いで飲むんだぜ」と伝えて席を立った。
日本の食べ物によほど興味があるのだろうか、気楽さを採れば立ち食い蕎麦で済むところ、神田の老舗を選ぶなどは大した根性だ。海外で何か逡巡をするようなことがあれば、そのときには僕も、今日の彼らを思い出すことにしよう。
朝飯 すぐきを薬味にした納豆、しもつかり、生玉子、大根の麹漬け、柴漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、メシ、なめこと長葱の味噌汁
昼飯 「まつや」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 「ビストロペイザンヌ」の牡蠣のチーズ焼き、羊のロースト、他あれこれ、白のグラスワイン、カベルネソービニョン系のハーフボトル
2019.2.4(月) 僕の日記には朝のみで終わるものが多い。
「朝の5時から1時間は勉強に充てよう」と決めた。どこで決めたかといえば、夢の中で決めた。決めたのは、今朝の夢によれば数日前のことらしい。数日前に決めたとはいえ、それは今朝の夢の中でのことだから、もちろん「朝の5時からの1時間を勉強に充てる」ということが現実に行われたわけではない。今朝の夢の中ではまた「このことを今日の日記の冒頭に使おう」とも考えていた。日記の更新がよほど気にかかっているのだろうか。
起きて食堂に出て、今は白菊の活けられている花瓶の、きのうの夜に換えた水を捨てて、新しい水を満たす。仏壇の、おととい空になった線香入れには、きのう新しい線香を満たしておいた。マッチの残りが2本になっていたので、やはりきのう、そのかたわらに新しいマッチ箱を置いた。
食堂の遮光カーテンを上げると、東の空には低いところに濃い帯状の、高いところには薄くほどけて雲がある。ようよう赤味の差してきたその空に、ISO3200に感度を上げた”NIKON D610″を向ける。
朝飯 すぐきを薬味にした納豆、ピーマンと人参のきんぴら、しもつかり、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、生のトマト、大根の麹漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、なめこと長葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のエビ春雨丼
晩飯 しもつかり、薩摩揚げと大根の炊き合わせ、大根の麹漬け、豆もやし、冷やしトマト、豆腐と大根の葉の味噌汁、豚肉の「日光味噌カレーひしお」炒め、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)
2019.2.3(日) 節分
社員名簿を調べてみると、1959年に製造係として入社したヒラノショーイチさんは、2003年の12月に退職をしていた。ヒラノさんが会社にいるあいだは、ヒラノさんが節分の豆まきを担当してくれていた。いくら強力な鬼でも、あの大音声と共に豆を投げられては尻尾を巻いて逃げるしかない、そんなヒラノさんがいなくなって以降の豆まきは、僕の役目になった。
長男が結婚をしてからは、豆まきは嫁のモモ君にしてもらっている。そして今年からは孫のリコが、そのかたわらに着いた。僕は気楽になるばかりである。
ところで3月中に、お得意様に宛てて葉書をお送りする。その手紙の部分には僕の肉筆を用いることとして、午後、事務係のカワタユキさんに、縦書きの便せんに薄く鉛筆で罫線を引いてもらう。4回の推敲を経た文章はなかなかに長く、便せんは3枚を要した。
夕食のお膳には節分にふさわしいものを並べるべきと考えたものの、今夜は僕しか家にいない。更にはなぜかウィスキーのお湯割りが欲しい。よって2種のパンを肴にその温め酒を飲み、早々に就寝する。
朝飯 大根の麹漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、しもつかり、ピーマンと人参のきんぴら、生のトマト、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、なめこと揚げ湯波の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 「ポンヌッフ」の2種のパン、”Old Parr”(お湯割り)
2019.2.2(土) 初午
本日は初午にて、日光市沢又地区のサイトートシコさんが、赤飯、しもつかり、大根の麹漬け、ほうれん草のおひたしを届けてくれた。ウチでは家の中のお祭はほとんど旧暦で行うので、しもつかりも、そのときに作る。よって今日のところはお稲荷さんより1ヶ月以上も早く、人間である僕が赤飯としもつかりをいただく。有り難いというか申し訳ないというか、まぁ、そんな感じだ。
しかしこれを書いている今になって「とはいえ、赤飯は重箱のまま、しもつかりはタッパーウェアに入れられたままでも、取りあえずはお供えをした方が良かっただろうか」という思いが頭をよぎった。そして即、このことを忘備録に残す。
昼のしもつかりは赤飯のおかずにした。夜のしもつかりは酒の肴にした。普段は焼酎またはワインを飲むことが多いものの「今日ばかりは日本酒だろう」と考え、2階の酒蔵に降りていく。飲みさしの四合瓶は、いかにも冷やが似合いそうだったけれど、敢えてお燗にして2合ばかりをゆるゆると飲む。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、柴漬け、薩摩揚げ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、なめこと揚げ湯波の味噌汁
昼飯 赤飯、しもつかり、大根の麹漬け
晩飯 ほうれん草のおひたし、しもつかり、大根の麹漬け、ニラの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、白菜と豚三枚肉の重ね鍋、「山本合名」の「ピュアブラック純米吟醸」(燗)
2019.2.1(金) 夜のいまだ明ける前に
夜のいまだ明ける前に、洗面所の遮光カーテンをずらして外の様子をうかがう。水銀灯に照らされた瓦屋根は、うっすらと白い。視線をすこし移すと、地面は黒く光っている。降る雪は着地をするそばから融けたらしい。
昨年2月2日の売上金額が極端に低いのは、明らかに雪のせいだ。雪が積もるとその日だけでなく、後遺症のようにして、数日はお客様の足が鈍る。社員の大部分は仕事よりも先に、雪かきに当たらなくてはならない。今日はまた「なめこのたまりだき」を完成させる日に当たっている。雪が積もらなくて本当に良かった。
朝食を食べ終えて食器を洗うころ、太陽が見る間に上がってくる。冬の朝日を斜めから浴びて、景色が青く輝き始める。夜の闇の中を抜けてきたらしいクルマは、その青い光の中を、明かりを点けたまま走り去っていく。それを見届けてから応接間を抜け、廊下に出てエレベータの扉の「開」ボタンを押す。そうして張り切って、仕事場へ向けて降りていく。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、ピーマンと人参のきんぴら、柴漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、なめこの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとジャガイモと鶏肉のスープ、スパゲティサラダ、パン、チーズとパセリのオムレツ、イチゴ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″
2019.1.31(木) 金沢の雪
日本酒に特化した飲み会「本酒会」の旅行で金沢を訪れたのは、20年ちかく前のことだっただろうか。そう考えつつこの日記を検索すると、それは2001年1月21日から23日までの3日間と知れた。
その日は積もったばかりの雪を踏みつつ8時49分にJR今市駅を出発した。そこから宇都宮、大宮、越後湯沢、直江津と経由して金沢には14時9分に着いた。「街に雪はどれほど豊富だろうか」と胸を躍らせて来た金沢だったけれど、雪は街路樹の根元に残るのみで、大いに落胆をした。前日のテレビのニュースでは、北陸の大雪を伝えていたのだ。
人とは勝手なもので、冬に北国へ旅をするときには雪が多くあって欲しいと望みつつ、自分の生活圏内では、できれば雪は降って欲しくない。
昼食の後にスイッチを入れたテレビのニュースに、列島の地図が映し出される。明朝は東京でも雪の降る可能性があると説明しながら気象予報士が指した地図の、雪の降る場所として白く塗りつぶされた帯の中には、我が日光も完全に収まっている。
17時30分に通用口を閉めようとして外へ出てみると、早くも、雨とは思われない小さな粒が空から落ちつつあった。明日はどれほど積もるだろう。戦々恐々の心境である。
朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「しいたけのたまりだき」とほうれん草の玉子焼き、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 デコポンとベビーリーフのサラダ、玉葱と白菜とベーコンのスープ、パン、浅蜊と槍烏賊のスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Chez Akabane”のリーフパイ、”Old Parr”(生)
2019.1.30(水) 両名共に手元が危うい
朝飯に味噌汁は欠かせない。しかし夜は酒という水分を摂取することもあって、味噌汁はほとんど作ってこなかった。そうしたところ最近、2016年11月に生まれた孫がことのほか味噌汁を好むことを知った。そうであれば、これを用意しないわけにはいかない。
朝の味噌汁はほとんど僕が作る。その流れからすれば、夜の味噌汁も僕が作るべきだろう。孫は椎茸を好む。だったらなめこも好きだろうかと、今夜の味噌汁の具にはなめこを用意した。この、粘性のあるきのこを椎茸と同じく孫が食べるかどうかは不明である。
冷蔵庫を調べると、薬味になりそうな野菜は万能葱のみだったから、幼児には刺激が強すぎるかも知れないと考えて、代わりに若布を入れた。器は、1週間ほど前にウェブショップに注文して数日後に届いた朱塗りで、僕のものとおなじくユニバーサルデザインによる。
直径10.5cmの子供用のお椀ではあるけれど、それに、いまだそれほど温度を上げていないなめこの味噌汁をたっぷり注ぎ、孫の前へ置く。孫はそれを一気に飲み干し、お替わりをくれという。汁ばかりを飲ませては他のものが食べられなくなる。鍋からなめこのみを掬って孫の前へ置く。孫はそのなめこをひとつ残らず口の中へ入れて、ようやく気が済んだらしい。
これから孫と和食による夕食を摂る際には、味噌汁を作らなければならない。ひとあし先に酒など飲んでいる場合ではないのだ。
朝飯 大豆の炒り卵、蓮根のきんぴら、ほうれん草のおひたし、薩摩揚げ、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、細切り人参の炒り煮、たまり漬「刻みザクザク生姜」と同「おにおろしにんにく」による豚の生姜焼き、「らっきょうのたまり漬」を隠し味にしたポテトサラダ、松前漬け、白菜漬け、なめこと若布の味噌汁、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)、”Chez Akabane”のケーキ、”Old Parr”(生)
2019.1.29(火) 道案内
地元の整形外科で処方された、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤は、おとといの昼からきのうの夜まで、およそ55時間ほど抜いても背中の痛みには何とか耐えることができた。そして今日は「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックでの、6回目の施術日である。
今日の予約時間は10時30分だから割と早い。朝の諸々の用事を済ませて9時35分に会社を出る。僕はクルマでの移動はほとんどしないから道に疎い。宇都宮のカイロプラクティックへは、はじめの2回ほどはiPhoneのgoogleマップに頼った。しかし3回目からはさすがにその必要もなくなった。
電子ペンを患部に押し当てられたときの痛みは、前回26日のそれより更に弱くなった。姿勢やからだの使い方における長年の癖により凝り固まった筋肉は、順調にほぐれているらしい。
ところが帰路に着くと、またまた背中の痛みが強くなってきた。これがいわゆる好転反応なのかどうかは、素人の僕には分からない。家に帰って即、鎮痛剤を服用する。そして夜も鎮痛剤を飲んで早々に寝る。
朝飯 鮭の昆布巻き、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜漬け、トマトと揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ほうれん草のおひたし、薩摩揚げ、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、鮭のバター焼き、白菜漬け、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)








































