2026.3.4 (水) タイ日記(3日目)
起床はきのうと変わらない5時30分。既にして完成しているきのうの日記を公開する。その誤字や脱字は、コンピュータよりスマートフォンで読み返した方が見つけやすいのは、なぜだろう。
南の国にいて違和感を覚えるひとつは、日本の夏と同じほどに気温は高いにもかかわらず、夜明けは特に早くないことだ。外の明るくなるころを見計らってカーテンを開け、ついでにベランダに続くドアも開け放って、外気を部屋へ入れる。
旅の日記は、移動を伴わない二日目のそれからは短くなる。きのうは初日の日記を10時25分までかかって書いた。今朝は、7時にはきのうの日記を書き終えて、ベランダで歯を磨く。
今日はきのうより随分と早く、8時を過ぎたところできのうとおなじ店へ出かけ、しかしきのうとはすこし違うものを朝食にする。部屋に戻ったら10年以上も前から取り寄せているメールマガジンを読み、10時45分よりプールサイドに降りる。
ウドンタニーの紫外線は曲者だから、できるだけ避ける必要がある。はじめはホテルの建物に隠れていた太陽が、いつの間にか顔をまぶしくする。頭上のパラソルは重い土台に埋め込まれていて、動かすことはできない。よって寝椅子を傘の陰まで引きずって移す。それでも太陽の直射から身を隠せなくなれば、別の寝椅子に移動する。寝椅子をふたつ移って、それでもどうにもならなくなって、今度は庇の下の、椅子は椅子でも背中を立てていなければならないところに移って本を読み続ける。そして13時30分に部屋へ戻る。
タイの、タバコや酒に関する規制は日本のそれよりよほど厳しい。日中に酒を買うことのできる時間帯は、11時から14時に限られる。よってそれに間に合うよう、トートバッグを提げて、部屋のベランダからも望むことのできる”central plaza”へ行く。そして地下のトップスマーケットにて、昨年とは異なるラオカーオを1本だけ買う。ついでにおなじ階で昼食も済ませる。その汁麺屋は大繁盛で、ほんの狭い一角ながら、10名ほどの若い人が働いていた。
ところで今日のマッサージは、オバサンが母親を病院に連れて行くとかでお休み。だから午後はすることがない。することがないとは、実に素晴らしい。こんな時間をどれほど過ごせば、人は退屈をするのだろう。
17時を前にして、初日の晡下に見つけた、本当に屋台らしい屋台の集まった場所、それはウドンタニーの駅に最も近い大きな交差点の北東の角であるけれど、そこへ出かける。慣れない場所に少しく緊張しつつ、目指す店に飲み物の冷蔵庫のあること、そこにソーダの置かれていることに気づく。近づいてきたオバサンは「すしざんまい」の木村清社長に似ていた。そのオバサンにソーダとバケツの氷、そしてグラスは使い捨てのプラスティック製ではなくガラス製のそれにするよう頼む。
焼き鳥とソムタムを肴にホテルでペットボトルに小分けしてきたラオカーオのソーダ割りを飲み、断腸亭についての文章を読む。そのときの僕は正に無用の人に他ならず、心地よさと嬉しさ、楽しさが、ふつふつと湧いてくる。
背が低くて太っていて首の短いオバサンは、僕が帰るころは交差点のあたりで同僚とおしゃべりをしていた。そのオバサンに20バーツのチップを手渡す。帰りの道は、いまだ昼のように明るい。
部屋には18時13分に戻った。そしてシャワーを浴びて即、寝台へ上がる。
朝飯 “Morning House”の目玉焼きとサラダのホットサンド、アイスカフェラテ
昼飯 “central plaza”地下一階のボートヌードル屋のバミーナムトムヤム(大盛り)、ココナツプリン
晩飯 ウドンタニー駅前の屋台街の2種の焼き鳥、ソムタムタイ、ラオカーオ”NIYOMTHAI”(ソーダ割り)













