2026.3.6 (金) タイ日記(5日目)
極端な早寝により、昼夜が逆転している。目を覚ましたのは0時10分。窓の外のバービヤ街は、いまだひどくうるさい。
寝台の脇の電気スタンドは、本が読めるまでの明るさは提供してくれない。そのまま輾転反側しても、とてもではないけれど、夜明けを待つことはできない。湯を沸かして粉末のコンソメスープを飲み、コンピュータを開いてきのうの日記を書き上げる。
このところ通っている朝食の店は7時に開く。今朝は8時がちかくなるころに行って、9時前に部屋へ戻る。
きのう体調を崩したマッサージのオバサンには、からだの具合をLINEで訊ね、調子が悪いようなら今日も遠慮をするから無理をすることはないと、言葉を添える。「タイにマッサージ屋など星の数ほどあるだろうに」と問われれば、このオバサン以外の店はどこもかしこも、そこで働く女たちの顔つきや客を待つ姿勢が良くないのだ。これ見よがしにはだけた胸元に刺青のあることも少なくない。
空はこの街に来て以来、ずっと晴れている。しかし今日ばかりは雲が多い。それを幸いとして、10時前よりプールサイドに降りる。曇っていても紫外線は大量に降り注いでいるはずだから、それを防ぐためのメガネはしっかりとかける。マッサージのオバサンからは「今日も偏頭痛で休みたい」旨の返信があった。よって「明日に復調すれば午後に行く」と返信をする。
ところで僕はこの旅の最中にひとつ宿題を抱えていた。150文字ほどの挨拶文を作る、という仕事がそれだ。プールサイドで本を読むうち、その前半部分ともいうべき数十文字を思いつく。iPhoneを引き寄せ見れば時刻は11時をまわったばかりではあったものの、部屋へ戻り、コンピュータを開く。
プールサイドで思いついた文章は、その後、ほとんど形を変えつつ何とか完成した。デザイナーからは3月8日の締め切りを示唆されていて、それはホテルの壁に貼った日程表にも記してある。しかし考えてみれば、求められているのは便箋に手書きの文字。ところが僕は、専用のペンも便箋も荷物に入れ忘れた。そういう次第にて、それを読み込んだファイルをデザイナーに送ることができるのは、早くても15日になるだろう。
そうこうするうちベランダには日が差しはじめた。よって以降の本読みは、部屋の寝台で行うこととする。それにしても、天井の空気調整器は止めているものの、すこし肌寒い。外の気温は35℃くらいか。呆れられるかも知れないけれど、ベランダのドアを開き、外の暖かい空気を部屋に取り込む。ことほど左様に僕は南の国が好きなのだ。地上からはやがて、ココナツミルクの香りが届いてきた。
さて17時が近づいてきたため、服を着て外へ出る。そしてホテルはす向かいの洗濯屋にて、きのう預けた衣類を受け取る。部屋へ戻ってそれを置いたら、いつものように、セブンイレブンのエコバッグに必要なものを入れ、それを提げて、ふたたび外へ出る。
2020年にも2025年にも来た鉄板焼き屋は、ソーダを置いていなかった。2020年にその美味さに驚いたパッタイも、今はメニュにない。昨秋にも注文した海鮮の全部焼きは、今日はいささか量が多く感じられた。
部屋には18時13分に戻った。明日はこの街を離れる日ではあるけれど、荷作りは明日の朝にしても、充分に間に合うだろう。
朝飯 “Morning House”の中華ソーセージとベトナムソーセージを挟んだベトナムパン、カフェラテ
晩飯 “Je Huay Hoi Tod”の烏賊と海老とムール貝と牡蠣のトード、ラオカーオ”NIYOMTHAI”(オンザロックス)













