2019.7.17(水) 思いどおりの日本語入力
1995年10月16日から計9台を乗り換え使い続けたThinkPadには、資本がIBMからLenovoに移って以降、その質感の低下に我慢ができなくなって見切りをつけた。そして2011年8月4日に愛機をLet’s Noteに変えた。Thinkpadから離れ難かったのは、キーボードの真ん中にあるトラックポイントが使いやすかったからだ。しかしLet’s Noteのマウスはパッドである。不安がる僕に周囲は「1週間で慣れる」と言った。そしていざLet’s Noteを使い始めると、パッドには3日で慣れた。
そのときのLet’s Noteは、8年後の現在も使える状態にあった。しかし部品の供給が既に途絶えていることを、秋葉原の修理センターに知らされた。であれば、このあたりが潮時と考えて、新しいLet’s Noteを注文し、設定は外注SEのシバタサトシさんに頼んだ。
コンピュータを新調するに際しては、旧の内容がすべておなじ形で新に引き継がれれば、これほど楽なことはない。しかし10年も経れば、いろいろと変わってくることもある。ワードプロセッサーを、これまでのATOKからgoogle IMEに換えることをシバタさんは提案した。不安がる僕に長男は「1週間で慣れる」と言った。僕は10年ちかく前の経験を思い出して、その案を受け入れた。しかしこちらについては、3週間を経てもまったく慣れない。
たとえばきのうの日記の表題「霧の降る山」は「霧の」、「降る」、「山」と、3回も変換をする必要があった。「そんな馬鹿な」と言われれば、今「ふるやま」の変換を試みると「古山」はさておき、次からは「古耶馬」、「古八間」、「古夜摩」と面妖な文字が次々に現れて、どうカーソルを動かしても「降る山」とは決して変換されない。「窓の曇り止め」と書きたくても「くもりどめ」は「?曇度目」と、まるで文字化けのように変換される有様である。
google IMEにつては、僕の使い方がおかしいのだろうか。どこかにgoogle IMEの教室はないか。あれば行って、僕の疑問を教師に質したく思う。
朝飯 「みょうがのたまり漬」を含む5種のおむすび、焼海苔、茗荷とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 葡萄と胡瓜の酢の物、大根と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、豆腐と南瓜とピーマンの揚げ出し、鶏つくねと茗荷の吸い物、厚焼き玉子、芋焼酎「赤利右衛門」(ソーダ割り)、西瓜
2019.7.16(火) 霧の降る山
ウチは「ほぼ年中無休」で商売をさせていただいている。よって社員は交代制で休む。きのう出勤しなかった3名の各自に、今日は10時30分より賞与を手渡しつつ面談を行う。残りの社員は産後の子育てや病気療養のための休職中にて、賞与は口座に振り込んだ旨の連絡をすれば良いだろう。
夜は、旧日光市に住む人との食事会。その人が主賓であれば、まさか旧今市市まで降りてくれとは言えない。席は霧降高原の「山のレストラン」に用意をした。街場の料理屋とは異なってラストオーダーは19時だから、閉店後は速やかに行動しなくてはならない。
川原町から大谷川に沿った道を西北西に進み、霧降大橋を渡る。まっすぐに登ってきた坂を右に折れて、屈曲した山道に入る。あたりが開けると、右手がレストランの駐車場である。
案内をされた窓際のテーブルからは、19時がちかいにもかかわらず、山肌を白く滑り落ちる霧降の滝が、萬緑の隙間に意外に大きく望めた。子供のころから20歳のころまで、何度となく滝壺まで降りた、その道が何年も前から通行禁止になっていることは、今回、はじめて知った。事故があってはいけないという行政の配慮だろうか。あるいは自然保護のためだろうか。
「山のレストラン」は、味よし、ひと皿の量は多め、そして特筆すべきはワインの値付けが異常に安い。1時間と数十分の後、我々は極めて満足をしながら山を降りはじめた。霧は、昼なら大谷川の望める下りの急坂に差しかかったところで晴れた。そして家に帰り着いたら今度は白衣を着て製造現場に入る。最近は早朝よりも、夜の仕事が多い。
朝飯 納豆、牛肉の時雨煮、生のトマト、目玉焼き、切り昆布の炒め煮、胡瓜のぬか漬け、茗荷のたまり漬、メシ、椎茸と玉葱とズッキーニの味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 「山のレストラン」の舞茸とルッコラのサラダ、南瓜の冷たいスープ、サーロインステーキ、Gevrey Chambertin Joseph Drouhin 2013、アイスクリーム、カスタードプリン
2019.7.15(月) 今年の夏太郎は秋太郎
町内の、八坂祭の片付けが9時から予定をされている。しかしてまた今日は賞与の支給日にて、僕は社員ひとりひとりに賞与を手渡しつつ面談をしなくてはならない。よって町内役員のグループラインにその旨を上げる。また、店の軒下に張り渡した注連縄は自分で外し、営業車用の駐車場に置かれた青年神輿を覆うテントについては、その張り紐のみハサミできれいに切っておく。直会のための資金は、おとといウカジシンイチ自治会長に預けた。これで心おきなく自分の任務に当たれるというものだ。
面談した本日出勤の社員は16名。最後のハセガワタツヤ君が現場に戻るころには、閉店の18時が迫っていた。僕や家内や長男も彼に続いて4階から1階に降り、閉店のための作業に従う。3台あるキャッシュレジスターを締め、事務室に戻って一息をつく。iPhoneを手にすると「東京などで記録的な梅雨寒に」の、ニュースサイトへのリンクが現れる。
常連のお客様はもちろんのこと、男子社員もこぞって買う塩らっきょう「夏太郎」の畑は日光にある。昨年は7月3日に収穫をしたそのらっきょうが、今年はいまだ土の中にある。今年の「夏太郎」は、立秋はおろか、お盆も過ぎてからの蔵出しになるやも知れない。
朝飯 きのうのキムチ鍋の残りによるぶっかけメシ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」
昼飯 揚げ茄子と茗荷のつゆで食べる黒胡麻素麺
晩飯 本物のワインで漬けた本物のワインらっきょう”rubis d’or”、マカロニサラダ、ジャガイモのグラタンを添えた”neufrank”のハムのステーキ、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.7.14(日) 子供神輿の巡行
16時からの蔵見学は、インターネットでのご予約だった。うっかり忘れて外出などしないよう、忘備のためのポストイットを、数日前から事務机の電子卓上計算機に貼っておいた。
朝、電話が鳴って受話器を取ると、本日10時から蔵見学はできるか、とのお問い合わせだった。快諾をして受話器を置く。そしてこれまたそれをポストイットに記して、やはり電子卓上計算機に貼る。
「はやくお着きになったということで、蔵見学のお客様が見えました」と、9時15分に販売係のタカハシカナエさんが事務室に顔を出す。まさか「10時までお待ちください」とは言えない。しかし準備はいまだ整っていない。大急ぎで百数十メートルを走って日曜日は作業する人のいない蔵の明かりを点し、その蔵の脇の枝折戸から隠居に入って座敷の明かりを灯す。また、辰巳に面した門を開ける。
御一行は、日光に遊びにいらっしゃったものの雨で行くところもなく、検索エンジンに頼ったところ、ウチの蔵見学に行き当たったとのことだった。2013年に102歳で亡くなったおばちゃんが子供のころに住んでいた、およそ150年ほど前に建てられた建物や、あるいは蔵の最奥部を見ていただいたお客様はずいぶんと喜ばれ、買い物もたくさんしてくださった。
僕は、昼食はすべての社員が昼の休憩から現場に戻ってから摂る。4階の食堂にいると館内電話が鳴る。「16時に蔵見学を予約されたお客様がいらっしゃいました」と、販売係のハセガワタツヤ君が言う。時刻は14時30分。まさか「16時までお待ちください」とは言えない。お客様には店でお茶をお飲みになりながらお待ちいただくよう伝え、即、階下に降りる。そして百数十メートルを走って藏の灯を点し、その脇の枝折戸から… と、朝とおなじことをせわしなく行う。
お客様は、この連休中は鬼怒川温泉に連泊をされながら、日光周辺をお歩きになっているとのことだった。そして来週の日曜日には、長男の作る料理を東京でお召し上がりになるという。僕の知らないところで、あれやこれやが動いているらしい。
さて16時にご予約のお客様が14時30分にお見えになって気が気でなかったのは、今日が八坂祭の最終日で、子供神輿の町内巡行が、その時間に予定されていたからだ。神輿が来れば賽銭を上げなくてはならない。春日町1丁目の、日光街道を隔てて東と西の子供神輿2基は、幸いにして15時をだいぶ過ぎてからやってきた。その子供神輿を担いでいる多くは子供ではなく、日光で働くベトナムの若い人たちだ。
南の国々は「生きよう、生きよう」としている。日本は「死ぬまい、死ぬまい」としている。経済が豊かになると、人はなぜ子供を生み育てなくなるか、それが不思議でならない。
朝飯 蓮根のきんぴら、切り昆布の炒め煮、納豆、牛肉の時雨煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、胡瓜のぬか漬け、鶏レバの甘辛煮、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 「ユタの店」のざる担々麺、杏仁豆腐
晩飯 キムチ鍋、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、胡瓜のぬか漬け、芋焼酎「赤利右衛門」(ソーダ割り)
2019.7.13(土) スポーツよりも
前夜、早く寝に就けば、翌朝は3時台に目の覚める調子が戻ってきた。3時30分に起床して仏壇に備えるお茶のためのお湯を沸かしていると、家内が風呂から出てきた。そして誰と誰との試合がすごかったと、つい先程までテレビで観ていたのだろう、ウインブルドンでのテニスについて話した。僕はスポーツよりもステーキのソースに興味がある。そして4時前よりそれを作り始める。材料は既にしてきのうのうちに整えておいた。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で買った玉葱は2個で100円だった。日光街道を隔てて斜向いにあるスーパーマーケット「かましん」ではレモン2個とマイユの粒マスタード1瓶を計473円で買った。家に戻って「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」と、たまり漬の「刻みザクザクしょうが」と同じく「鬼おろしにんにく」を計1,501円で買った。それらすべてを台所の調理台に並べる。そこからの手順は以下の通り。
・玉葱2個(およそ計600g)を摺りおろしてボウルに入れる。
・レモン2個の絞り汁を加える。
・1瓶100gの粒マスタードを丸ごと加える。
・1パック100gの「刻みザクザクしょうが」を丸ごと加える。
・1パック100gの「鬼おろしにんにく」を丸ごと加える。
・1瓶100ccの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を丸ごと加える。
・「ジョーイチ醤油」100ccを加える。
上記を入念に混ぜ合わせると、全体の容量はおよそ1リットルになる。これをガラスの空き瓶に入れて冷蔵庫に格納する。所要時間は45分。10日ほども寝かせれば、美味いソースになるだろう、多分。
朝飯 蓮根のきんぴら、牛肉の時雨煮、納豆、ほうれん草のおひたし、切り昆布の炒め煮、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、椎茸とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 夏野菜の揚げ出し、みょうがのたまり漬を薬味にしながら「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を注した湯豆腐、胡瓜と生姜の塩もみ、鯛飯、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、芋焼酎「赤利右衛門」(ソーダ割り)
2019.7.12(金) 理解と納得
店は売れるものを売り、売れないものは売らない。これについては、ほとんどの人が理解を示すだろう。しかし多くの人はまた、自分を中心に据えてものごとを考えるから、自分の必要とする品を店が置いていないと「それはおかしい」とか「不親切だ」と、いつまでも納得をしない。
焼いたり炙ったりした肉が好きだ。焼いたり炙ったりした肉には簡素なサラダが似合う。しかしその簡素なサラダを置く店は、たとえステーキの専門店でもあまり見かけない。メニュを開き、サラダのところに目を走らせると、そこにはコンビネーションサラダだのシーザーズサラダだのブルーチーズサラダだのは並んでいるものの、トマトのみ、レタスのみ、トマトとレタスと玉葱のみ、というような簡素なサラダは大抵、見当たらない。
簡素なサラダは売れない、だから店はメニュに載せない。それを僕は理解する。しかし焼いたり炙ったりした肉には簡素なサラダが欲しい。理解と納得のあいだには、広くて深い河があるのだ。
朝飯 切り昆布の炒め煮、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊合せ、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、揚げ湯波とオクラの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 蛸と胡瓜の酢の物、蓮根のきんぴら、ほうれん草のおひたしを添えた鯛の煮つけ、牛肉の時雨煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、芋焼酎「赤利右衛門」(ソーダ割り)、「綿半」の「日の輪」、Old Parr(生)
2019.7.11(木) ついに購入
羽田空港のパスポートコントロールの先ではちらほらと、そして機がスワンナプーム空港に着陸して入国審査を受け、バンコクの街に出るとかなりの数の、小さなバックパックを背負った、多分ヨーロッパから遊びに来たらしい老若男女に気づく。ケシュアの10リットルである。
グレゴリーのそれこそすこし大きめだが、デイパックと呼ばれるバックパックは、通常は20リットルほどの容量を持つ。そしてその大きさは、財布、携帯電話、メモ帳、ボールペン、文庫本、非常用の薬品くらいの身の回りのものを持ち歩くには、ちと大きすぎる。よってその半分ほどのものを求めようとすると、これまではトレイルランニング用の、一般には不要の機能が満載された品しか選べなかった。ケシュアの10リットルは、それにくらべてとても簡素だ。
「スポーツ用品の黒船」とでも呼ぶべきフランスの会社デカトロンが販売する商品は、これまで日本ではほとんど手に入れることができなかった。それが、今年の3月に西宮に日本1号店ができて、一気に目立ってきた。ウェブショップは2015年から存在していたということだが、僕は気づかなかった。amazonでは、個人輸入をしたらしい人が、今でも現行品を定価の数倍で、旧型に至っては数十倍の価格で出品しているところからすれば、ケシュアの10リットルは、つい最近まで手に入りづらかったのではないか。
それはさておき数週間ほど前にこのウェブショップを知った僕は、早速に、その小さなバックパックを買ってみた。価格は送料込みで390円。そして商品には10年間の保証がついている。不思議なビジネスモデルである。
朝飯 雑炊、じゃこ、胡瓜のぬか漬け、塩昆布、塩鮭、みょうがのたまり漬
昼飯 おとといの晩のおかずによる丼、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、杏仁豆腐
晩飯 茄子とトマトとマカロニのバターソテー、鶏肉の網焼きと夏野菜の素揚げのバルサミコソース、“THE STANDARD BAKERS”の4種のパン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.7.10(水) きのうの版画
きのう2階の倉庫から発見され、店の奥に飾ることになった版画の画像を同日の日記のために加工しつつ、それに目を凝らす。「栃木懸民藝地圖」と題されていても、そこに明らかにされている土地と産品の数は多くない。それらを書き出してみれば、以下の13町村、21品になる。
栗山 背負袋、こね鉢、くりもの
日光 下駄、漆器
栃窪 木じき仏
徳次郎 石仏
鹿沼 箒
宇都宮 太鼓、かんぴょう、宮染
烏山 和紙
足利 めいせん
佐野 鯉のぼり、ちぢみ、つり鐘
栃木 鬼瓦
茂木 のぼり
益子 手織木綿、陶器
絹村 結城つむぎ
この中で僕の目を引いた随一は、今は日光市に合併された栗山の背負袋だ。検索エンジンに当たると、東京民芸協会が出していた民芸手帖の114号、1967年11月号の表紙に「えじっこ(背負袋)栃木県栗山産」として、その写真があった。栗山の古い家には、いまだその現物が残っているだろう。しかし今もそれを作る人がいるかどうかは分からない。
栃木県に絹村という名の村のあったことも、今回、はじめて知った。こちらも検索エンジンに当たれば、1889年(明治22年)に福良村、高椅村、簗村、中河原村、中島村、延島村、延島新田、田川村が合併して絹村ができ、僕の生まれた1956年(昭和31年)に桑村と合併して桑絹村となり、1961年に桑絹町、そして僕が小学3年生だった1965年に小山市に編入されていた。絹と桑をその名に戴いた村が、かつて栃木県の南部に存在したとは驚いた。
いつ彫られたものかは不明ながら「栃木懸民藝地圖」が僕に教えてくれることは少なくない。興味がおありになれば、ぜひお運びいただいて、現物をご覧ください。
朝飯 生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊合せ、大根おろしを添えた揚げ茄子、納豆、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、若芽と茗荷の味噌汁
昼飯 「丸亀製麺」のとろろわかめうどん、鮭と枝豆のおむすび
晩飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ウォッカマーティニ、胡瓜とセロリと2色のパプリカのサラダ、トマトと浅利のスパゲティ、“PAUL”のアプリコットのパン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.7.9(火) 長梅雨
家の2階には、骨董屋のような高級なものではない、いわゆる道具屋にも引き取りを断られるたぐいのガラクタ、特に食器が山のように積まれている。それらは、数十人を集めての宴会が旅館や料理屋ではなく、家で行われていた時代のものと思われる。兎に角、道具屋も引き取らない駄物が何十年、否、古いものなら100年を越えるだろうあいだ空間を占領し続けるのはいかがなものかと考え、ここしばらくは、細々と捨てることを続けてきた。
今日も長男とその、ほこりにまみれての作業をしつつ、塗りのお盆数十枚を収めた木箱の奥に、絵の入っているらしい薄いダンボール箱を見つけた。その箱の中の、更に黄色い布袋に収められていたのは川上澄生の版画で、上部には「栃木懸民藝地圖」の文字がある。川上澄生といえば南蛮物が有名で、今回のよう絵地図は初めて目にした。明かりに近づけ見ると、残念なことにカビに侵されている。宝の持ち腐れとはこのことだ。しかしせっかくの出物にて、長男はこれを店に飾るという。
額のガラスのみアルコールで拭かれたその版画は、店の奥の壁に提げられると、大いに悪くない。後悔先に立たずで、今さら嘆いても仕方はないが、つくづくカビが惜しまれる。
夕刻は店の中にいても半袖シャツ1枚では耐え難い気温の低さにて、ポロシャツの上に長袖のTシャツを重ねた。
本日最後のお客様は、バスを降りるなり、その全員がスマートフォンで店の外観を撮り始めた。バスのフロントガラスの内側には、その御一行が中国語圏の、建築関係の方々であることを示す漢字があった。御一行は今夜、鬼怒川温泉の旅館でおつまみになさるらっきょうのたまり漬、それから帰国時にお持ち帰りになる「日光味噌梅太郎」の赤味噌と白味噌をお買い上げくださった。長梅雨の、恨まれるところである。
朝飯 生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊合せ、目玉焼き、納豆、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトと茗荷の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 春雨サラダ、厚揚げ豆腐とピーマンと椎茸の牡蠣油炒め、鳥レバーの豆鼓炒め、木須肉、茗荷のたまり漬、芋焼酎「赤利右衛門」(お湯割り)、蓮根菓子「西湖」、Petit Chablis Billaud Simon 2016、レーズンウイッチ、Old Parr(生)
2019.7.8(月) 梅雨寒
八坂祭を1週間後に控えて、おとといは町内に注連縄を巡らせた。それが済むと、今度はウチの社用車の駐車場で青年神輿を組み立てた。なぜうちの駐車場かといえば、いつも使わせてもらう湯澤歯科医院が新築工事の最中にあるからだ。それはさておき、神輿の組み上がった夕刻には寒さを覚え、以降はウインドブレーカーを着た。
稲橋汀子の「ホトトギス季寄せ」によれば、梅雨寒は夏6月の季語という。しかし今や7月である。7月といえば夏真っ盛りのイメージ、いや、イメージという外来語は自分の日記には使いたくないから、7月といえば夏真っ盛りを想起させるものの、と書き換えよう、とにかく昼日中にあっても、たとえば自転車に乗るときなどは、半袖のシャツ1枚では風邪をひきそうな、ここ数日の肌寒さである。
おとといの夜は町内の会議が家の夕食の時間を過ぎて終わったから、ひとり飲み屋へ出かけた。今夜は家族が留守にしているから、またまたおなじ飲み屋へ出かけた。おとといはほぼ満席だったにもかかわらず、今夜は20時になりかかるまで客は僕ひとりだった。店内の有線放送で、久しぶりに高田みづえの歌声を聴いた。チャンネルは何だろう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊合せ、納豆、大根おろしを添えた揚げ茄子、胡瓜のナムル風、塩鮭、らっきょうのたまり漬、メシ、椎茸と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 「和光」のお通しのじゃがいもと烏賊の煮物、胡瓜のぬか漬け、鯖の網焼き、すじ肉のカレー煮、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)









































