2018.12.29(土) 蔵の松飾り
ここ数日のあいだ、包装係の一部が恐ろしいほどの勢いで贈答用の箱詰めを作っている。賞味期限は1ヶ月だから「そんなに作って、余ったらどうするのか」と不安を口にすると、その数量は、包装係ヤマダカオリさんの予測に基づいているのだと教えられた。社員が自らの裁量で、それも僕の知らないところで仕事を進めている、そういう状況は嫌いでない。
それはさておき明日は30日。社内の各所に正月飾りをほどこす日だ。しかし今年はその日が日曜日に当たっているから、製造係は休日当番しか出社しない。明日が当番のタカハシアキヒコ君は多分、年末の駆け込み需要による荷造りに忙殺されるだろう。よって工場のみは、今日のうちに松飾りを立て、また輪飾りや幣束をいつもの場所に取り付けるよう、製造部長のマキシマトモカズ君に指示する。
休みなく働いているものの、風邪はひかない。その理由を考えてみれば、ひとつは家内が丈夫で、家の中で風邪をうつされることがない。もうひとつは僕の、アルコールで手を消毒する癖が効いているのではないかと思う。
兎に角、来年1月の上旬までは、気を引き締めていきたい。もちろん、それ以降も風邪はひきたくない。そして夜は焼肉を食べに行く。
朝飯 塩鮭、切り昆布の炒り煮、納豆、温泉玉子、人参のきんぴら、油揚げと蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、麦焼酎「田苑」(オンザロックス)
2018.12.28(金) 水銀柱は見ないまま
大雪の予報がかまびすしくなってきた。テレビに映る列島の地図の、北海道から東北、北陸、中国地方のほとんどは、雪をあらわす白で覆われている。これらの地域へ向けて到着日指定で承っている商品については、既定の出荷日より早く送り出すこととして、それを事務係と製造係に伝える。
本日、僕は神棚とお稲荷さんの掃除に当たることになっていた。しかしお稲荷さんは、僕の知らないあいだに長男が洗い終えていた。神棚も、僕は本殿を棚から下げて、すす払いのため外へ出したところで任務終了となった。この年末年始における銀行の休業は6日におよぶ。そのあいだに必要な釣り銭を、ちかくの信用金庫で整え会社に戻る。
僕は、暑さ寒さを口に出すことはほとんどしない。しかし今日の気温の低さは、これまでにくらべて極端に厳しい。その具体的な温度を知ろうとして寒暖計を外へ出し、しかし慌ただしさに紛れてその水銀柱は見ないまま閉店時間に至る。
朝飯 鮭の昆布巻き、油揚げと小松菜の炊き合わせ、2種のピーマンのソテーを添えた目玉焼き、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、マカロニグラタン、“CHIVAS REGAL”によるホットウィスキー、”TIO PEPE”、家に帰ってからのエクレア、”Old Parr”(生)
2018.12.27(木) 物語の世界
製造現場は年末年始のための商品づくりと地方発送の荷造りで大車輪の働きである。事務室はおなじく年末年始の地方発送を受注することに忙しいものの、家内が応援に入っている。店舗が忙しくなるのは今週末からで、現在、販売係の半数は、ふだん手の届きづらいところの掃除をしている。明日は僕は、神棚とお稲荷さんの掃除に当たらなければならない。その後の予定も目白押しだ。ほんの短いあいだに考えを巡らせて、カトー床屋に電話を入れる。そして即、会社を抜け出す。
ほぼ年中無休の体制にある者は床屋へ行きづらいと、23日の日記に書いた。僕の髪と髭は正月を迎えられる状態ではない。店から目と鼻の先にあるカトー床屋の椅子に着きながら「だいぶご無沙汰しちゃったよ」と、鏡に映るオヤジさんに声をかける。
南の国での散髪は、ほんの10分ほどで終わる。しかしカトー床屋のそれは、ほとんど90分を要する。そのあいだに「床屋が大晦日の仕事を終えるのは元日の午前を迎えてから」とか「商店の売り上げを、大晦日の銀行員は夜中まで集金して歩いた」というような昔話を聞く。21世紀の今からすれば、まるで物語の世界だ。
そしてようやくまともな姿になって、会社へと戻る。
朝飯 里芋の淡味炊き、納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、人参のきんぴら、らっきょうのたまり漬「つぶより」、塩鮭、メシ、トマトと白菜の味噌汁
昼飯 2種の林檎
晩飯 ポテトサラダ、大根おろしを添えた鰤の照り焼き風、広島菜漬け、油揚げと蕪の葉の炒め煮、ニラの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)
2018.12.26(水) 撮れそうで撮れない
この日記を新しい構造にした2016年9月以降、文章は書けているものの、最上部に置く画像が用意できずに更新が遅れる、ということをたびたび経験してきた。今朝は日の出が綺麗だったため、それにカメラを向けようとして「いや、今日は宇都宮へ行く。その途中で何か撮れるだろう」と、防湿庫からニコンD610を取り出すことはしなかった。
財布とiPhoneと”RICOH GRD”の入った”ISUKA”のギヤバッグを持ち、長男の運転するホンダフィットの助手席に収まって、9時30分に会社を出る。そうして10時10分から得意先まわりを始める。帰社したのは13時過ぎ。カメラをバッグから取り出すことは遂になかった。
午後も遅くなると背中の痛みが耐えがたいほどになった。よって自宅へ戻り、朝夕の食後と定められている鎮痛剤を、夕食後でもないのに服用する。そして寝室に入り、指圧具の上に仰向けになって背中の痛むところを圧す。
痛みの和らいだところで起き上がり、店に戻る。「きのう注射したばかりなのに」と現在の状況を説明すると「それは根本的な治療じゃないから」と家内が口を開く。それを横から聞いていた長男は「根本的な治療は、チェンライに移住することだよ」と言う。僕も、そんな気がしている。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、鮭の昆布巻き、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、若布と玉葱とトマトの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のサンラーメン
晩飯 切り昆布の炒り煮、銀鱈の西京焼き、里芋の淡味炊き、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、千枚漬け、「井上酒造」の芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)、「松之助」のハミングバードケーキ、”Old Parr”(生)
2018.12.25(火) おなじ勢いで
10月の下旬から続いている、背骨と右の肩胛骨の間の痛みがいまだ去らない。その間、日光市内の接骨院で鍼と低周波による治療を受けること5回。それが効かずに、今度はギックリ腰を起こすたび頼りにしてきた栃木市の治療院で鍼とマッサージによる治療を3回。それでもまったく快方に向かわず、遂には「ふた撫でで治す」と「本酒会」のイチモトケンイチ会長が語る、群馬県の施術院を訪ねることまでした。
その伝説の施術院には、しかし神がかった技術を誇ったという名人は既に存在せず、今の先生の「撫で」や「手かざし」は、まったく効かなかった。正に処置なしである。
背中の痛みは午後に強くなるため、そそくさと昼食を済ませると即、寝台に指圧具を置き、その上に仰向けになって数十分のあいだ静かにしている。それで痛みを鎮めてふたたび仕事に戻ることを、このところは繰り返してきた。また、夜にふたたび強まる痛みは、アルコールを摂取することで治めてきた。しかしその「アルコール療法」もここ数日は効きづらく、今日は朝から背中が痛んでいる。いよいよ整形外科の世話になるときが来たようだ。
院長は僕の説明を聞くなり「首ですね」と断言した。下を向いて仕事をする人に多く見られる症状だという。
案内されたレントゲン室では、問題の個所と、もうひとつ、やはり10月下旬から、上着の袖に腕を通そうとするときなどに強い痛みを発する左肩の写真を計8枚撮られた。その写真を診た院長は「投薬と注射のどちらを望むか」というようなことを訊いた。僕の希望は勿論、注射である。
左の肩には関節腔内注射が1本、打たれた。背骨と右の肩胛骨の間には肩甲背神経ブロック注射が2本、打たれた。そして痛み止めの飲み薬2週間分を渡されて、本日の診療は待ち時間も含めて2時間と少々で完了した。それにしても、この対症療法はいつまで続くのか。
今回の降って湧いたような不調はもちろん、加齢による。当方は、段差の高い階段を降りるようにして衰えていく。それに対して幼児は逆に、同じ勢いで成長をしていく。小さな子供のいる家庭は賑やかだ。
朝飯 切り昆布の炒り煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、人参とブロッコリーの卵とじ、納豆、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、若布とレタスの味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の赤飯のおむすび、らっきょうのたまり漬「つぶより」、日光味噌のフリーズドライ豚汁
晩飯 セロリのオムレツ、レタスとシメジのサラダ、トマトと秋刀魚のスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、もみの木のクッキー、”TIO PEPE”
2018.12.24(月) 夜は静かに
どうも今年はクリスマスソングをそれほど耳にしていない気がする。あるいは、そのような曲のかかるところ、つまり繁華街やスーパーマーケットに出かけていないだけのことなのかも知れない。
ウチの商品の中で、贈り物としてもっともお客様にお求めいただいているのは、たまり漬の詰め合わせを風呂敷でお包みした「たまてばこ」だ。12月に入って以降は、その風呂敷にクリスマス柄のものを用いてきた。それがことのほか好評で、今日までにどれくらいお買い上げいただけただろう。しかしこの風呂敷も、使えるのは今日までだ。クリスマスは25日。とはいえ多くの人の考えるクリスマスは24日だからだ。
その24日の夜にどこかへ出かけて行くということは、ウチはほとんどしない。
終業後に4階の食堂へ上がったら冷蔵庫からドライシェリーを取り出し、小さなグラスに満たすと、それでボトルは空になった。よって2階のワイン蔵に降りて、新しい1本を4階へ上げる。2杯を干したら今度は白ワインの栓を抜く。そうしてあれやこれやのおかずやパンを肴にして、そのふたつの酒を静かに飲む。
朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ハムエッグ、らっきょうのたまり漬・つぶより、じゃこ、なめこのたまり炊、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 じゃこ、広島菜漬け、昆布と蓮根の佃煮、なめこのたまり炊、ふきのとうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 マッシュルームのグラタン、たまり漬「鬼おろしにんにく」をドレッシングに用いたほうれん草のサラダ、「進々堂」のシュトーレンと「自由学園パン工場」のシュトーレン、「進々堂」の2種のパン、ブロッコリーと人参のスープ煮を添えた鶏もも肉のソテー2種のたまり漬ソース、焼き林檎、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.12.23(日) なかなかままならず
僕の勤務は会社に合わせて「ほぼ年中無休」である。休みが無いことには慣れている。困るのは、床屋にかかる時間が捻出しづらいことだ。自社で仕事をしながら床屋へは行きづらい。カミソリを使われている最中に電話が鳴るのも迷惑だ。
そういう次第にて、住吉町のカトー床屋には半年以上も無沙汰をしてしまっている。それではいつ、どこで床屋にかかっているかといえば、ひとつは海外で、だ。6月はバンコクで、9月はチェンライで床屋にかかった。もうひとつは東京に出張をしたときにかかる手である。
むかしチョーヤさんというハンドルネームの勉強仲間がいた。大阪で就職した彼が首都圏の店に店長として転勤してきたときに、一夕、有楽町で飲酒活動をした。この日記を遡るとその日は2001年7月24日で、だから隨分と昔のことになる。
チョーヤさんの髪型は坊主だった。床屋への行きどきは髪に寝癖が付いたときと、チョーヤさんはつねづね語っていた。その基準からすれば、僕はとうのむかしに床屋へ行かなければならないところ、それがいつまでも果たせない。
社員の出勤表を見ると、28日は人数が厚い。床屋にはこの日にかかろうか。しかし師走の28日は毎年、神棚とお稲荷さんの掃除をすることになっている。中々に難しい、時間のやり繰りである。
朝飯 じゃこ、キャベツのソテーを添えた目玉焼き、納豆、切り昆布の炒り煮、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、揚げ湯波と若布と白菜キムチの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 ニラの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、蓮根のきんぴら、薩摩芋の蜜煮、鶏肉とラーメンの鍋、芋焼酎「八幡」(お湯割り)
2018.12.22(土) 何故にビール
「人間の価値は、どんなヤツと酒を飲んでいるかで決まる」と言った人がいる。その解釈からすれば、独酌を好む僕の人間的価値はゼロ、ということになる。そんな僕も、たまには集団で飲む。今日は18時30分より、町内役員による忘年会が開かれる。昨年はこの忘年会に、少々お金を使いすぎた。今年はすこし締めなければならない。僕は会計係である。
「うーっ、寒っぶー」と身を縮めつつ店へ入るなり「取りあえずナマね」と頼む人が、日本にはいささか多すぎやしないか。寒いなら燗酒なり焼酎のお湯割りなりを飲めば良いではないか。冬の寒さを呪いながら、冷凍庫から取り出したばかりの霜の降りたジョッキに注がれたビールを所望するとは、どのような神経によるものか。
更には、ビールはアルコール度数が低い。よってこれを好む者は何杯も干して飽くことを知らない。会計係としては、そのあたりを牽制する必要がある。生ビールの注文は経費をいたずらに増大させる旨を、今日はあらかじめ町内役員のグループラインに流しておいた。
数時間後、その生ビール好きの協力もあって、本日の宴会はクエ鍋を頼んだにもかかわらず、無事、予算内に収まった。今回のことは、来年の12月まで覚えておくことにしよう。
ところで「ネパールのビール」という珠玉の文章がある。いまamazonで調べたところ、単行本は1円、文庫本は100円で出ていた。「取りあえずビール」派は特に、読むべきと思う。
朝飯 蓮根のきんぴら、切り昆布の炒り煮、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、冷や奴の「なめこのたまり炊」のせ、広島菜漬け、じゃこ、メシ、揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「和光」のお通しの巻湯波と鱈子の炊き合わせ、刺身の盛り合わせ、タン塩焼き、クエ鍋、その鍋で整えた雑炊、お新香の盛り合わせ、焼酎「眞露」(お湯割り)
2018.12.21(金) クリスマスはなぜめでたいか
朝のテレビは、スイッチが入っていても見ていないか、あるいは朝食を作る際の換気扇の音がうるさくて、アナウンサーの言うことはまったく理解できない。だったらなぜスイッチを入れるかといえば、まぁ、それが家内のクセなのだろう。
その、見るともなく、聞くともなくしていたテレビから「冬至」という言葉だけは耳にい届いた。僕は「ほう、今日は冬至か、年末もそこまで押し迫ったか」と、一瞬、虚を突かれた気持ちになった。これから夜は短く、昼は長くなる一方と思えば嬉しくないわけがない。
「クリスマスはなぜめでたいか」という議論を、23、4歳のころ、家内の親戚の家で交わした。その喧々がくがくのやり取りは「クリスマスは冬至に重なる。キリスト教などできる以前から、人々はこの時期を喜びと共に迎えていたはずだ」との、家内の叔母の意見により収束をした。
「誕生日はなぜめでたいか」についても僕は理解できずにいたけれど、それから数年後の「また1年、生き延びることができた、ということがめでたい」とオフクロに言われて得心をした。13歳の娘を病気で亡くしたオフクロの発した言葉となれば、その思いが軽いわけはない。
「正月はなぜめでたいか」ということを僕に的確に気づかせてくれたのは、ある年の元旦、朝日新聞に大きく載ったサントリーの宣伝上での高橋義孝の随筆によるが、長くなるのでここには引用しない。
「正月はなぜめでたいか」と自分なりに考えれば、それは正月が「クリスマスのめでたさ」と「誕生日のめでたさ」のふたつを持ち合わせているからだと思う。むかしの人はみな、ひとしく元日が誕生日だったのだ。
そんなことを頭に巡らせるうち、日の出の直前の、つまりもっとも美しい空は、いつの間にかありふれた、普通のそれへと変わっていたから「しまった、冬至の朝の写真を撮り損なった」と、いささか残念な気持ちになった。
いまだ冬至ではないと気づいたのは、それから数時間後のことである。
朝飯 納豆、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、蓮根のきんぴら、じゃこ、切り昆布の炒り煮、広島菜漬け、メシ、椎茸と若布と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 玉葱とジャガイモのポタージュ、ハムとレタスと炒り卵のサラダ、“brivory”の食パンによるトースト、2種のジャムとレバーペースト、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.12.20(木) 朝の好みと晩の好み
日本にいる限り、朝は和食を食べたい。味噌汁は大抵、自分で作る。味噌汁はむかしながらの手順を踏んだとしても、おそらくは世界でもっとも作り方の簡単なスープだ。朝のお膳に臨んでは、先ずこの味噌汁を口に含む。味噌汁は毎日ほぼ例外なく美味く、他に目もくれず半分ちかくを一気に飲んでしまうこともある。この、家での朝食を欠けば、僕の人生から楽しみがひとつ抜け落ちることになる。大げさではない、本当のことだ。
夜になると、今度はなぜか洋食が食べたくなる。その洋食とは日本で独自の発達を遂げた、いわゆる「洋食」ばかりでない、とにかく、動物性蛋白質やデンプン質を、おなじく動物から取り出した出汁や乳脂肪で調理したものを肴にワインが飲みたくなるのだ。
ところが今日も夕刻に至ってみると、その洋食を避けたい気分が強くなってきた。そうして僕としては年に1度あるか無いかのことと思われるけれど、夕食は和食にするよう家内に頼んだ。
冷蔵庫にあったものを茹でたり炙ったり、あるいは朝食のために作り置いたおかずで飲む焼酎のお湯割りはなかなかに美味かった。年末年始を控えてもっとも注意すべきは健康である。今夜に限っては、僕のからだが和食を欲していたに違いない。
朝飯 じゃこ、生のトマト、切り昆布の炒り煮、ウィンナーソーセージとピーマンのソテー、納豆、らっきょうのたまり漬「つぶより」、メシ、若布と白菜の味噌汁
昼飯 牛肉と玉葱のスープ、アスパラ菜のソテーを添えたハムエッグ、「進々堂」の2種のパン、マーマレード、オレンジキウィのジャム、紅茶
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で調味した松前漬け、鰯の明太子詰め焼き、蓮根のきんぴら、アスパラ菜のおひたし、千枚漬け、薩摩芋の蜜煮、芋焼酎「八幡」(お湯割り)








































