2018.5.5(土) おむすび
4階の食堂で氷水を飲み、事務室に降りると、奥の研究開発室で、家内は既にして今日の分のおむすびを作り終えていた。店のいつもの場所には専用の台が、これまた既にして運ばれていた。よってお盆に並べられたおむすびをその台まで運び、それを売り始める。時刻は10時30分だった。
おむすびは11時58分に売り切れた。混み合った店内を避け、外を回って事務室経由で専用台を片付けようとする。と、それに気づいた長男が「え、もう売り切れちゃったの」と、コンピュータのディスプレイから顔を上げて「明日は150個だな」と続けた。
スーパーマーケットで試食販売をしているオバサンとは異なって、僕の営業能力は、ほぼゼロである。たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を混ぜ込んだおむすびが昼を前にして売り切れたのは、ひとえに「じゃぁ、ひとつもらおうか」とか「えーっと、みんなの分だから4個」などと声をかけてくださったお客様のお陰である。
事務の椅子でひと息をつき、iPhoneを取り出しニュースを見る。東北道の上りでは、加須I.C.付近に39キロの渋滞が発生しているという。そしてまた渋滞は、明日は緩和される見込みともあった。連休の最終日に「150個」は到底、無理だろう。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、カキ菜のおひたし、山椒の佃煮を添えた若竹煮、生のトマト、ベーコンエッグ、納豆、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ホットドッグ、紅茶
晩飯 人参と白花豆と小松菜とソーセージのスープ、鶏モツのソテーバルサミコかけ、ジャコとフェンネルのスパゲティ、パン、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.4(金) 準備を怠るのは
店内ではきのうから、たまり漬を使ったおむすびを販売してる。きのうのそれは、ごぼうのたまり漬を細かく刻み、ごはんに混ぜ込んだものだった。今日の中身は「おばあちゃんのホロホロふりかけ」である。
11時すこし前に専用の台を店に運び、そこでおむすびを売り始める。お客様の数は、きのうよりよほど多い。
しばらくするうち、白人の中年のカップルが店に入ってきた。そして僕の姿を認め、男の方がiPhoneを差し出した。ディスプレイには日光東照宮の俯瞰図があった。よって彼らと共に外へ出て目の前の日光街道を指し、当該の場所は、この道を左に8キロ行った先であることを教えると、彼らは驚いて顔を見合わせた。
東南アジアや南アジアの安宿では、掛け布団を用意しない例が少なくない。よって僕は、非常に薄い寝袋を携帯しながらバックパッキングをしていた。あれはヴァラナシでのことだっただろうか、掛け布団を貸して欲しい、いやそんなものはないと、フロントで問答をしていた白人がいた。諦めて部屋へ引き上げようとするその後ろ姿を見遣りながら「準備を怠るのはフランス人の悪い癖だ」と、おなじくその場にいたバックパッカーは嘆息をした。東照宮の場所を訊ねた今日のカップルが、どこの国から来た人かは知らない。
いきなり強い雨が降り始める。時刻は11時50分。その雨は間もなく雹を伴い始めた。雷鳴も聞こえる。8キロと聞けばまさか徒歩で東照宮を目指したとも思われないが、先ほどの白人のことが気にかかる。バスでは日光の手前で渋滞に阻まれ、東照宮にはなかなかたどり着けないだろう。タクシーでも同じことだ。
それはさておき、この驟雨と雹はいつまで続くのか。それを知るため店を離れて4階に上がる。そして西側の窓を開けてみれば、雲に陽光を阻まれた街は暗いものの、西の山は晴れている。
雨は間もなく上がった。そして以降は夕刻まで穏やかな天気が続く。
朝飯 じゃこ、納豆、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、山椒の佃煮を添えた若竹煮、生のトマトと茹でたブロッコリー、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 グリーンアスパラガスとエリンギのソテー、パン、鶏肉と玉葱と人参のスープ、イチゴの杏仁豆腐、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.3(木) 黄金週間
ゴールデンウィークを利用して海外などに遊んでいる旅行者の中には、この連休ができるだけ長く続くことを、あるいはいつまでも終わらないことを望んでいる人が多くいることと思う。そのゴールデンウィークに仕事をしている僕も、同じく、この連休ができるだけ長く続くことを、あるいはいつまでも終わらないことを望んでいる。
ウチの商品は、栃木県内では日光市今市中心街の道の駅「日光街道ニコニコ本陣」およびJR宇都宮駅ビル「パセオ」2階の「みやげん」に、その一部を置かせていただいている。「みやげん」まではウチから30キロの距離があるから、頻繁に顔を出すことはできない。しかし「日光街道ニコニコ本陣」には、自転車を使えば数分で行ける。よってお客様の多い日には、会社とのあいだを何度でも往復しつつ、商品を補充できる
午後、その道の駅から「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」の残りが少なくなったと電話が入る。しかしこれについては、本日ようやくビン詰めまでこぎ着けたところで、即刻の納品は難しい。明日の開店前には必ず棚を埋めることを約束して電話を切る。「朝露」は、売れて売れて仕方がないから在庫が切れるのではない、大変に申し訳のないことながら、そもそも量産の利く品ではないのだ。明朝の納品を、楽しみに思う。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茹でたブロッコリーを添えたスペイン風目玉焼き、納豆、ごぼうのたまり漬、じゃこ、山椒の佃煮、メシ、豆腐と豚肉と椎茸と豆苗の味噌汁
昼飯 天丼、らっきょうのたまり漬
晩飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、冷やしトマト、お多福豆、キムチ鍋、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2018.5.2(水) 変なSIM
「HIS海外モバイルサ―ビス開始」の覚え書きが、日程管理の5月1日のところに保存してあった。何ヶ月か前にウェブ上のどこかでこの報せに触れ「これは良さそうだ」と、記録に残したのだろう。よってその「HIS海外モバイルサ―ビス開始」の文字をコピーし、検索エンジンに入れてみた。そして現れたページを読んで行く。しかし何が何だか分からない。僕は、コンピュータや携帯電話にはからきし弱いのだ。
ところが世の中には僕とは逆に、コンピュータや携帯電話については、説明書など読まなくても、それがまるでDNAのどこかに組み込まれてでもいるように、お茶の子さいさいでどうにかしてしまう人が珍しくない。
そういう人を伴って飛行機に乗れば、この「HIS海外モバイルサ―ビス」を、僕も簡単に享受することができるだろう。問題は「そういう人」を海外に連れて行くための経費が、”HIS”の新しいサービスにより節約される通信料の100倍にもなってしまうところだ。残念と言わざるを得ない。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、温泉卵、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、生のトマト、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮、メシ、揚げ湯波と豆苗とトマトの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 胡瓜とトマトとレタスのサラダ、たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」と野菜のソテーを添えたビーフステーキ、“GEVREY CHAMBERTINE 1er CRU AUX COMBOTTES DOMAINE DUJAC 1985”
2018.5.1(火) 炎天の花に水を足す
墓参りは僕の場合、故人のためではなく、自分の満足のためにしている。墓参りには様々な作法や流儀がある。それらの個々には「その通り」と思えれば従う。「どうでもいいじゃねぇか」と感じれば従わない。
あるとき、あるお墓に集団で参った。僕はその集団を代表して、束になった線香に火を点けた。当然のことながら線香は炎を発し、その炎はなかなか消えない。それを鎮めようとして息を吹きかけると「それはいけない」と、集団のひとりに注意をされた。まったくうるさい船頭だ。そんなことは分かっている。しかし手で扇いだくらいで収まる炎ではない。結局のところ、その炎は僕のカーディガンを焦がし、カーディガンには穴が開いた。
「献仏不假香多」という張り紙を先日、麻布の禅寺で目にした。「仏は香の多さを求めない。見た目や形にはこだわらず、心を込めることこそ大切」という意味らしい。心を込めることは難しい。しかし「だったら線香はひとり1本で充分じゃねぇか」と納得することはできた。そして、これからは束になった線香に火を点けることは止めようと決めた。
「お墓に供えた花は、枯れて汚くなる前に片づけるべき。それができないなら、たとえ上げたばかりの花でも、お墓から去るときに下げて構わない」と、これは先日ある人から聞いた。「なるほど」と思った。しかし上げたばかりの瑞々しい花を、その10分後、20分後にゴミ置き場に移すのも勿体ない。
このところ晴れて暑い日が続いている。ウチのお墓は幸い、家から自転車で5分のところにある。よって先月28日に供えた花には、きのうも今日も、その花立てに水を足している。黄色い菊は、いまだ数日は保つだろう。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ほうれん草の玉子焼き、生のトマト、らっきょうのたまり漬、じゃこ、山椒の佃煮、メシ、揚げ湯波と大根の葉とトマトの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「三彩」のあれこれ、生ビール、3種の日本酒(冷や)
2018.4.30(月) 意味の無いことは分かっている
胸の痛み、とはいえ良心の呵責を意味するものではない、今月19日の夜に、自転車にまたがったまま右側に転んだ、そのときどこかに打ちつけた胸の状態についてである。
2日を経ても痛みは去らない。普段は意識することもしないから気づかないでいたけれど、鼻をかむには先ず息を大きく吸い込む、それが胸の痛みによりできない。咳払いも胸の痛みによりできず、くしゃみを催せば、その直後に襲い来る痛みに怯えてどうにか誤魔化そうとするうち鼻孔の違和感はいよいよ漸進し、却ってより大きなくしゃみが出て、その直後は思わず胸を押さえて前かがみになるなどを繰り返した。
このことにより、21日にオカムラ外科を訪ねた。診察の結果、医師は胸に簡便なギプスを巻くことを僕に命じた。
うんざりするような傷みは転倒から7日を経て「すこし楽になったかも知れない」と感じるところまで回復をした。8日目には、ほんの少しではあるけれど、更に楽になった。そして9日目を迎えると、痛みはほぼまったく意識に上らなくなった。
今年の冬に社員と雪かきをしていて、数十年も履いて底のすり減った長靴が滑ったのだろう、歩道と車道のあいだで背中から転んだ。この転倒も先日の自転車での転倒も、振り返ってみれば、地面に手をつくでもなく、被害を最小限に留めるべく体を反転させるでもなく、まるで全面降伏をするように、為す術も無く地面に落ちた。その姿を客観的に眺めてみれば、まさに老人そのものである。
「これからは気をつけよう」などと心に決めても意味の無いことは分かっている。転ぼうとして転ぶ人はいないのだ。オフクロは2013年の10月に東京大学の構内で転倒し、それが直接の原因ではなかったものの、2014年の10月に亡くなった。それを他山の石としようとしても意味の無いことは分かっている。転ぼうとして転ぶ人はいないのだ。
朝飯 納豆、生のトマト、茹でたブロッコリー、らっきょうのたまり漬、ほうれん草のソテーを添えたベーコンエッグ、山椒の佃煮、千枚漬け、メシ、豆腐とトマトと大根の葉の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 若布スープ、春雨サラダ、葱餅、肉饅頭、油淋鶏、“TIO PEPE”、白酒
2018.4.29(日) 第三回清楽亭寄席
目を覚まし、枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は4時30分だった。即、起床して食堂に出る。いつもなら、ここで仏壇に上げるための生花とお茶を整えるところだ。しかし今朝はそのまま1階に降り、事務室にて白衣と帽子とマスクを身につける。そして奥の研究開発室に入り、味噌汁の出汁を引く。今日の「清楽亭寄席」のための出汁である。
4階の食堂に戻ると食器棚の電波時計は4時58分を指していた。秋の日は釣瓶落としというけれど、時間とは、いつ、どこにあっても、大抵は素早く過ぎていくものだ。
コンピュータを起動して、ほとんど完成していた一昨日の日記に少々の手直しを加えて「公開」ボタンをクリックする。途中までしか書けていないきのうの日記は取りあえず脇へ置き、今日の日記のここまでを書く。
母屋と隠居のあいだはおよそ100メートルほどのものだが、出汁の寸胴鍋や17世紀のものと思われる木製の銭函など重いものは、手間を省き安全を考えて、朝のうちにホンダフィットで運んでおく。10時に改めて隠居へ行くと、長男は庭に水を撒いていた。
噺家の滝川鯉白、太神楽の鏡味よし乃が到着したところで「上澤」の印半纏を着る。以降は、次々といらっしゃるお客様を名簿と照合し、木戸銭をいただく。
受付以外の僕の仕事は味噌汁作りだ。落語をお聴きになり、あるいは太神楽をご覧になるお客様の雰囲気を背中に感じつつ、台所で鍋に向かう。そうしていよいよ中入りになると、家内が握ったおむすびに「らっきょうのたまり漬」を添えたお盆に、出来たての味噌汁のお椀を載せることを繰り返す。
清楽亭寄席は昼席と午後席のふた席だから、中入りも2回ある。昼席にしたことを午後席でも繰り返し、何とか味噌汁づくりを乗り切る。お客様がお帰りになる際には、下足番も務める。お客様の晴れ晴れとしたお顔が、何よりの、自分への栄養剤である。
事務室に戻ると17時が近かった。木戸銭を集計して店のキャッシュレジスターに入れる。定時を過ぎてもお客様は途切れず、いつもより遅れて店を閉める。黄金週間は、いまだ始まったばかりだ。
18時35分に食堂に戻る。19時からは町内の公民館で役員会議が開かれる。のんびりしているひまは無いものの「ちょっと待ってくれ」とばかりにドライシェリーのソーダ割りを飲む。そして町内会計の、2017年度の仮決算書10部を小脇に抱えて外へ出る。
朝飯 生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、冷や奴の「なめこのたまりだき」かけ、油揚げの網焼き、茹でたブロッコリー、らっきょうのたまり漬、じゃこ、メシ、椎茸とカキ菜の味噌汁
昼飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、「清楽亭寄席」の中入りにお客様にお出しした揚げ湯波とズッキーニの味噌汁の、揚げ湯波だけが残った最後のところ
晩飯 カスレ、トマトとカキ菜のスパゲティ、”TIO PEPE”
2018.4.28(土) 庭の緑
人は死ねば、火葬をされて灰になる、土葬をされて土になる、鳥葬をされて鳥の血肉になる、それですべてお終いと考える僕は宗教心に欠けた人間だ。だから僕は、お墓へ行ってもお参りをしているのではない、有り体に言えば、お墓の掃除をし、花と線香を供え、ただ帰ってくる、それだけのことだ。しかし少なくとも、お墓が綺麗になれば、気持ちは軽くなる、あるいは爽快になる。今日のように晴れて空気が乾いていれば、尚更のことだ。
明日は味噌蔵のある庭の隠居で、噺家は滝川鯉白、太神楽には鏡味よし乃を迎えての「清楽亭寄席」が開かれる。その準備のほとんどは長男がしているものの、僕も何かを手伝わなければ気が引ける。午前は楽屋に置く姿見を母屋から運んだ。そして午後は、無造作に置かれた座布団を、襖の敷居や畳の縁に合わせて整える。
名残のシダレザクラは流石に散り、今は藤の花が盛りだ。ご来場のお客様には、落語と太神楽以外にも、庭の散策などを、お楽しみいただければ幸いである。
朝飯 カキ菜のソテー、マカロニサラダ、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、生のトマト、納豆、じゃこ、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 “TIO PEPE”、茹でたブロッコリーとマッシュドポテトとラタトゥイユを添えたローストビーフ、“GEVREY CHAMBERTINE 1er CRU AUX COMBOTTES DOMAINE DUJAC 1985”、無花果を使った2種のケーキ、”Old Parr”(生)
2018.4.27(金) 裏
「ウワサワさんは、いつもおなじ服を着て、感心ねぇ」と、40年ほど前に、ある女の人に褒められた。「感心ねぇ」とは、着るものについての質素さに対してのものだろう。
子供のころアトピー性皮膚炎に悩まされたこともあって、服はほとんど木綿のものしか持たない。着づらさを感じないかぎり、生地は厚い方が好きだ。厚いほど穴が開きづらく、長く保つからだ。
それはさておき「いつもおなじ服を着て」いるについては「裏」がある。いま着ているものが古びると、また同じものを買うのだ。
どれほど前に買ったか覚えていないシャツが古びてきた。袖口はすり減って、何年ものあいだ毛羽立っている。いよいよ新しくしなければならないが、色や形の異なるものは欲しくない。
「天網恢々疎にして洩らさず」の本来の意味とはまったく異なることは承知をしつつ、しかしその「天網」とは、いまや検索エンジンのことを指すのではないかとさえ思われる。どれほど前に買ったか覚えていないシャツとおなじものを、僕は遂にインターネットの大海に見つけた。即、注文したことは言うまでもない。
しかし以来1年と3ヶ月のあいだ、この真新しいシャツは箪笥の中に眠り続けている。すり減った旧い方を、いまだに着続けているからだ。旅先に持参して、いちど着たら捨ててしまうことも考える。しかし多分、捨てる段になれば惜しくなって持ち帰り、ふたたび洗濯屋に出してしまう気がする。僕の選ぶシャツは生地が分厚くて、袖口以外はなかなかすり減らないのだ。
朝飯 じゃこ、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、目玉焼き、厚揚げ豆腐の網焼き、ほうれん草のソテー、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 マカロニサラダ、コールスロー、串カツ、ほうれん草のソテー、ミートローフ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.4.26(木) 読みさしの本
今日は麻布のお寺で、家内の父の一周忌の法要がある。当方は活字中毒であるから、たとえ読まないにしても、本を持たなければ落ち着かない。
ところが読みさしの文庫本は「あとがき」と「解説」を含めても、未読の部分は14ページしか残っていないから、下今市を発車した特急スペーシアが次の新鹿沼に着くころには読み終えてしまうだろう。以降は邪魔になるばかりである。
読みさしの本は、他に単行本もある。しかし手荷物を最小限に留めようと準備した”ISUKA”のギヤバッグにそれは入らない。だったらどうするか。心は乱れるばかりだ。
とにかく、その”ISUKA”のギヤバッグを提げ、下今市07:45発の上り特急スペーシアに家内と乗る。広尾には10時すこし過ぎに着いた。南部坂を、ドイツ大使館のコンクリート塀が作る日影に隠れるようにして登る。ネクタイを締め、スーツを着ているものの、空気が乾いているせいか、汗はかかない。山の上の禅寺に入る前に、先ずは墓地に回る。そして閼伽桶に水を汲み、お墓の前に置く。
親戚が次々と控えの間に集まってくる。クルマで向かっていた長男と嫁と孫の姿は、11時をすこし過ぎてようやく見えた。いつになく首都高速道路が混んでいたという。
家内の父の一周忌の法要は、予定通り昼すぎに完了した。便利この上ない場所にある料亭では、ついひと月ほど前に訪ねたという、ラオスの南部の遺跡のことなどを住職から聴けて楽しかった。
長男は仕事につき、その会食を中座した。10数名の親戚とも、また叔母の家に寄る家内たちとも別れて、ひとり南部坂を下る。ドイツ大使館の塀に換わって、午後は有栖川公園の欅の大木が、まるで初夏のそれのような日の光を和らげている。
ハッとして日比谷線の車両から降り、ちかくの階段を上がる。しかしどうも、まわりの景色が違う。駅員に訊ねると、そこはいまだ東銀座だった。昼の酒が効いているのだ。ふたたびプラットフォームに降り、今度は無事に北千住に至る。
閉店の10分前に帰社する。4階に上がり、即、着替えて店に降りる。3台のキャッシュレジスターを締めることに30分を費やす。あちらこちらに鍵をかけ、ふたたび4階に戻る。そして入浴をして多めの水を飲み、早々に就寝する。
朝飯 5つのおむすび、らっきょうのたまり漬、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「有栖川清水」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七








































