2018.4.15(日) 春季大祭(2日目)
「週末は春の嵐」などと天気予報には脅かされたものの、きのうはなんとか曇りのまま凌ぎきった。今日は今日で、夜半からの雨は早々に上がり、8時30分からは薄日も差しはじめた。大いに有り難い。
販売担当の社員ふたりが出社したところで家内とホンダフィットに乗り、今市小学校での、日光市議会議員と市長の選挙の投票を済ませる。帰途、小学校と隣りあう瀧尾神社で僕のみクルマから降り、社務所へと向かう。そこには既にして、春日町1丁目の自治会長、神社世話人、大膳委員長、総務委員長が揃っていた。
きのうの夕刻、神社から町内の倉庫、あるいは屋台庫に戻すべきものを軽トラックで運んだのは僕だ。それは、本来の役を担った者が、直会の乾杯で酒を口にしたことに拠る。ほんの2、30ccとはいえ、法律は法律である。そのとき使ったトラックの鍵を自治会長に戻す。本日、これ以降の、お祭に関わる僕の仕事は多分、無い。
春季大祭の余興のひとつとして、今年は今市小学校のブラスバンドに来てもらうことになった。この妙案を思いついたのはシバザキトシカズ大膳委員長である。自転車に乗って10時30分に神社へ行く。僕が在学をした、1960年代の今市小学校にあったのは、ブラスバンドではなく鼓笛隊だった。そして彼女たちの演奏を何曲も聴くうち、小学生の技術でも、人を感動させられることを知る。
「直会準備できます。集合願います。」との、ユザワツネオ頭によるコメントが、16時46分に町内役員の同報ラインに上がった。これから準備であれば、手伝いをしないわけにはいかない。そう考えて公民館へ急行すると、しかし先のコメントは「直会の準備ができたから、役員は集合せよ」という意味だったことを知る。
僕は瀧尾神社の責任役員になって以降、というか、ギックリ腰を何度か経験した20年ほど前から現在に至るまで、お祭の実行部隊からは遠ざかっている。そして直会にはほとんど出ない。帰社して閉店後はキャッシュレジスターを締め、自宅で夕食を摂る。
朝飯 ほうれん草のソテー、生のトマト、ハムエッグ、ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、納豆、らっきょうのたまり漬、めんたいこ、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 トマトとグリーンアスパラガスと鶏肉のソテー、マカロニとマッシュルームのクリームソース、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご
2018.4.14(土) 春季大祭(1日目)
早くに起きなくてはならないときでも、目覚ましは大抵、かけない。起きるべき時間より早く目が覚めるからだ。しかし今朝は、目を覚ますと4時16分だったから、いささか慌てた。瀧尾神社に集合する時間は5時と言われていたからだ。
徒歩で向かうという長男とは別に、ホンダフィットにて瀧尾神社へ行く。そこでオノグチイッセー君と長男は白張りの衣裳に着替えをする。ふたりはユザワツネオ頭のクルマで追分地蔵尊まで送ってもらう。僕はレンタルの軽トラックにてその後を追う。
6時ちょうどに花火が上がる。それを合図として、二人は榊を曳く荒縄を手に日光街道を走って遡上し始めた。先導はユザワ頭のクルマ、そして後衛は僕の運転する軽トラックである。追分地蔵尊から瀧尾神社までの800メートルを彼らは5分で走りきり、更に参道を100メートル走って拝殿に至った。これがいわゆる「露払い」である。町内の公民館で朝食を摂る長男とは、そこで別れた。
嫁のモモ君は早朝から美容院のカットシンで和服を着せてもらう。一方、孫のリコは稚児の着付けをしてもらうため、家内が公民館へと連れて行った。僕はひとり食堂に残り、家内の作ったおむすびに、自分の作った味噌汁を添えて朝食とする。
出勤した販売係ハセガワタツヤ君にあれこれ言い置いて、徒歩で神社へと向かう。時刻は7時25分。僕の恰好は、白いシャツに銀色のネクタイ、黒いスーツに革靴である。
08:15 稚児と金棒曳き、その保護者の記念写真撮影
08:25 宮司、神官、役員などの記念写真撮影
08:48 オノグチショーイチ祭典委員長による白張りへの役割の説明
08:55 責任役員、各町内の三役が整列
09:00 神事開始
10:00 渡御行列出発
渡御が神社を出ると同時に来賓と責任役員は社務所にて直会を開始。僕は乾杯の発声役。1時間ほどで直会が完了すると、僕は一旦、会社に戻って普段着に着替える。
午後、昼食を終えようとしている長男が二宮神社会館から電話をよこす。きのう奥に畳んであった机と椅子の画像を納めたiPadを持って、至急、会館まで来るようにとのことだ。よって即、iPadを緩衝袋に納めて自転車に乗る。
渡御の一行や交通整理の警察官たちが昼食を摂った二宮神社会館は、主に婦人会の人海戦術により、既にしてあらたか片付けられていた。僕は乞われてiPadのディスプレイにきのうの画像を出し、机や椅子の、ほとんど元通りに格納されていることを確認する。僕だけ楽な仕事で気が引ける。
15:15 婦人会による、瀧尾神社での直会の準備
15:39 渡御の宮入
15:58 タナカノリフミ宮司挨拶
15:59 ウカジシンイチ当番町自治会長挨拶
16:00 タノベタカオ総務委員長による奉献品の報告
16:06 直会
少子高齢化の波を受け、各町内の三役による「当番町を考える会」は、瀧尾神社のお祭の大幅な簡略化を方向づけた。今年度当番町の春日町1丁目は、その「当番町を考える会」が決めた「略式」でお祭を執行する最初の町内である。昨年まで、直会は境内に建てられたテントの中で開かれていた。今年はテントは張らず、乾杯は日本酒少々のみ。弁当を配ってお開きである。
16:16 大幟の貢納
16:29 拝殿前の飾りの片づけ
16:36 山車を雨よけで覆う
16:55 ユザワツネオ頭の拍子木に合わせて三本締め
とにかくこれで、当番町が越えるべき最も高い壁である春季大祭の半分を、無事に終えることができた。婦人会は19時から明日の赤飯を仕込むという。頭の下がる仕事ぶりである。
朝飯 5個のおむすび、ごぼうのたまり漬、トマトとピーマンの味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 カキ菜のおひたし、島津揚げの網焼き、豚肉と白菜のソテー、富貴豆、真鯛の味噌漬け、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)、“Chez Akabane”のイチゴのショートケーキ、”Old Parr”(生)
2018.4.13(金) お天気祭
今日の日本経済新聞の朝刊14面に「居酒屋全席禁煙の波」の見出しがある。物を食べる場所でタバコの煙にうんざりさせられ続けている僕にとっては大いなる福音だ。しかしこの「禁煙の波」が酒にも押し寄せたらどうするか。
全面禁酒の鮨屋、全面禁酒の洋食屋、全面禁酒の中華屋、全面禁酒のモツ焼き屋、全面禁酒のワインバー、果ては全面禁酒の居酒屋。世情は、変わるときには一気に変わる可能性がある。世の中がそうなったら、僕は、特に夜の外食は一切、できなくなるだろう。
それはさておき、春季大祭の好天を祈るお天気祭である。瀧尾神社のお天気祭というものを、僕は知らない。24年前の当番町のときには、いまだ若くて声はかからなかった。12年前は当番町会計を命じられ、やはり声はかからなかった。今回はようやく招集を受けた。裏方として、である。
宮司と共に明日、明後日の好天を祈るのは、自治会長、神社総代、神社世話人の3名のみだ。この神事が済むと、これら3名と他に1、2名が、明日の大祭における「献饌」の練習を、拝殿にて宮司から習う。
僕は長男と共に先ずは瀧尾神社で諸々の準備に当たり、14時から二宮町の二宮神社に移動をした。こちらでは明日の渡御の一行が、昼食を摂ることになっている。僕と長男が神社の会館に入ると、婦人会の面々が総出で床のモップがけをしてくれていた。有り難い限りだ。
先ずは机や椅子が格納されている状態を、長男がiPadで撮る。片づけの際、元の状態に精密に戻すためだ。それをしておいてから、町内から手渡されていた見取り図に従って机を並べ、更に椅子を並べる。人が揃っていたこともあって、それほど長くかからず作業は完了した。
今後はそこから町内の公民館へ行く。このようなジグザクの移動は予想していたから、当方は最初から自転車に乗っている。先ほど二宮神社会館の掃除をしていた婦人会のうち3名は、いつの間にか公民館に来て、押し入れに仕舞ってあった手拭いを出し、その包装を解いていてくれた。
僕と長男は婦人会の方々に教えていただきながら、大祭の参加者が襟に沿って身につけられるよう、その手拭いを折り、その一部に安全ピンを取り付ける。不器用な僕も、やればできるものである。
会社に戻ると時刻は16時を過ぎていた。以降は閉店の時間まで、普段の仕事に就く。
朝飯 島津揚げの網焼き、納豆、卵とチーズのオーブン焼き、ほうれん草のおひたし、明太子、ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、メシ、油揚げと万能葱の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 ポテトサラダ、人参サラダ、トマトとグリーンアスパラガスとズッキーニのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.4.12(木) 大祭の広告
総鎮守瀧尾神社の春の大祭における余興委員は、我が春日町1丁目においてはイケダツトムさんが、長年に亘ってその任を担い続けている。そのイケダさんが知恵を出した大祭の広告は、きのうの地元朝刊紙に折り込まれた。別途、おなじ広告はまとまった枚数が、町内の要所に配られた。
今朝は、この広告をウチの隠居の塀に貼っても構わないかとのメッセージが、大膳委員長のシバザキトシカズさんからラインにより届けられた。快諾をしたことは言うまでも無い。シバザキさんはその塀の前を登下校する小学生の目線に合わせ、低い位置に複数枚を並べて貼った。「小学生の目線に合わせ」などは、僕の頭には到底、浮かばないことである。
ウチはウチでその広告を、店舗のドアからお客様用トイレに至る経路に並べて貼った。春の大祭の余興には、できるだけ多くの方々に来ていただきたい。
僕が子供のころ、このお祭の余興で楽しみにしていたのは腹話術だ。他については覚えていない。とにかく腹話術の印象は強烈だった。子ども相撲では僕は勝ったためしがなく、参加賞はいつも「ワタナベの粉ジュース」1袋のみだった。
相撲で勝ったことは無かったけれど、この余興に今市小学校の剣道部が一肌脱いだことがあった。そのときには、僕は何かが憑依したように勝ちを重ね、表彰状をもらったことを覚えている。
買い食いでは、手水舎の脇に決まって店を出したアイスキャンディー屋が好きだった。そのアイスキャンディーは梅の花の形で、色は紅白の2色があった。子供のころの僕が、どちらの色を選んだかは、今となっては思い出せない。
明日は大祭の好天を祈るお天気祭があり、また諸々の準備も控えている。どうにかこの大祭を乗り切って、夏の八坂祭につなげたい。風邪などひかないよう、風呂から上がったら即、寝ることに勉めようと思う。
朝飯 湯けむりまごころの宿「一心舘」の朝のお膳
昼飯 「食堂ニジコ」のサンラーメン
晩飯 トマトとレタスとブラックオリーブのサラダ、たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」を刻み込んだバターライス、青森県田子町産のにんにくです。」と人参のグラッセとほうれん草のソテーを添えたビーフステーキ、“GEVREY CHAMBERTINE DOMAINE DUJAC 1985”
2018.4.11(水) 夜桜大宴会2018
facebookへの誰かのコメントを契機として経済活動、有り体に言えばお金を使うということが、このところ2度、続いた。1度目は先月のフアヒン行き、そして2度目が今日の「夜桜大宴会2018」への参加である。
この夜の観桜会については、鬼怒川温泉の旅館「一心舘」の女将マリコさんによる、facebookへの書き込みにより知った。会場となる護国神社では、季節ごとに様々な催しが開かれている。何年か前の秋に、やはりマリコさんに案内されて遊んだのは、何の企画だっただろう。
兎に角、定時の18時に店を閉め、キャッシュレジスターも締めて、家内と慌ただしくホンダフィットに乗る。一心舘に着いたのは19時すこし前だった。部屋に荷物を置き、フロントに降りると、若い人が我々をクルマで神社まで送ってくれた。一の鳥居から二の鳥居の先まで続く桜は満開を微妙に過ぎた最高のところで、その美しさを、ぼんぼりや提灯をはじめとする人工の灯りが更に際立たせている。
夜に入ると同時に降り始めた雨により、食事の場所は境内の緋毛氈を敷いた桟敷ではなく、社務所に移されていた。我々は、ロシアから来たカップルとの相席だった。出しものは、琴の演奏と、経験豊富な芸者によるお座敷遊び。雨のお陰と言っては何だけれど、それらを間近に見て、特に、新しい「拳」を覚えられたのは収穫だった。
弁当を肴に酒を飲み、酔ったところで外へ出てみれば、桜は益々美しく、その下の石段を踏んで拝殿に上がる。そうして先ほどのカップルに続いて投扇興の場に着くと、我々が最後の競技者となった。
雨は上がった。温泉街を縫う道は黒く光っている。滑って転ばないよう気をつけながらその道を歩いて下り、一心舘に戻って即、入浴をする。そして冷たいお茶を飲んで即、布団に横になる。時刻はいまだ、22時は回っていなかったような気がする。
朝飯 ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、ハムと玉葱のサラダ、スペイン風目玉焼き、ピーマンのソテー、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「つく政」の特製お花見弁当、柏盛(燗)、清開(燗)、ハイボール
2018.4.10(火) 山の景色
北西に面した窓から望めるのは日光連山で、そこに連なる山々の名は、男体山をはじめとして割と知られている。しかし僕が惹かれるのはむしろ南東の眺望で、そこにあるのは、もっとも手前の琴平山からいくつもの山の畝のむこうに位置する鶏鳴山のそれだ。今朝の鶏鳴山は、晴れた空を背にして春の日の光を浴び、穏やかな様子をしている。
ウチの会社では会議というものをほとんどしない。今朝は珍しく事務係の3名が集まって、DM会議を開くという。そして予期せず、そこに僕も加わることとなった。DMとはお客様にお送りする手紙のことで、今年の夏に向けて、その内容や投函の時期が決められた。それに費やした時間はごく短いもので、会議というよりは、摺り合わせとでも呼ぶべきものかも知れない。
僕に割り当てられた仕事はDMのお送り先の特定で、その結果は、今月25日に事務係に手渡すことと決まった。24日の夕方までに情報を自分のコンピュータに集め、25日の朝はやくに起きれば、作業は数十分で完了するだろう。
ひと息を入れて、朝に撮った鶏鳴山の写真を見る。庭の、左手のソメイヨシノは散り加減だ。右手奥の山桜は、ほとんど葉ばかりになった。シダレザクラは、味噌蔵の影に隠れて見えない。
朝飯 納豆、しその実のたまり漬を薬味に「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた冷や奴、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 豆腐と溶き卵の吸い物、ひじきと人参と大豆の炊き合わせ、ほうれん草のおひたし、胡瓜と若布と玉葱の酢の物、鯖の味噌煮、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2018.4.9(月) 奉祝の提灯
総鎮守・瀧尾神社の春の大祭は、今週の土曜日から日曜日にかけて催行をされる。よって提灯やカキダレは、その直前までに飾れば問題はない。しかし提灯のための赤柱は、先週の金曜日から店の前に立ててある。縄は僕も係に加わって、先週の土曜日に、町内に張り渡した。「そうであれば」と、提灯はきのうから出すことにした。カキダレを垂らさないのは、雨を恐れてのことである。
今月に入って以降、列島の気温は場所によっては夏日を記録するところもあらわれた。しかしそれもつかの間、ここ数日は、4月としては寒い日が続いている。そのことによるものかどうかは不明ながら、両手の複数の指には、今朝から一斉にアカギレが切れた。バンドエイドを貼れば、また別の指にアカギレが切れと、まるでモグラ叩きである。
寒いとはいえ、それはあくまでも「4月としては」であって、3月の上旬にくらべれば暖かい。にもかかわらず、3月の上旬には消えていたアカギレが今の時期にぶり返すとは、どのような理由によるものだろう。不思議といえば、不思議である。
朝飯 カレーライス、たまり漬「浅太郎らっきょう」
昼飯 ラーメン
晩飯 レタスとポンカンとグリーンアスパラガスのサラダ、チョリソーと人参とキャベツのスープ、トマトとプティベールとチーズのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.4.8(日) 山から降りる
昼食は大抵、当日の日本経済新聞朝刊の第32面を読みつつ摂る。今日の文化欄の、村田喜代子による「春の四次元空間より」で特に目を留め、二度三度と文字をなぞったのは、ドイツ文学者の池内紀について「池内さんは退職をすると悠々自適のために生活を縮小し、仕事を選んだ。」というところだった。
世の中ではほとんどの場合において、縮小ではなく拡大こそ賞賛をされる。しかし僕には拡大を良しとする意識も、また拡大に対する欲求も、ほぼ無い。
1982年にタイ、スリランカ、モルジブと飛び石のように移動をしてマドラスからインドに入った。そして鉄道でヴァラナシまで北上し、その巡礼の街にしばらくのあいだ留まった。
ガンジス川の、雨季にも乾季にも、つまり水位が低くても高くても沐浴ができるよう階段状に作られた川岸を歩いて死んだ人を焼く風景を間近に見たとき、僕の頭に浮かんだのは「人間、所詮、起きて半畳、寝て一畳」ということだった。もっともその経験が、閑居や独行を好む僕の性癖に影響を及ぼしたかどうかは知らない。
「人と違った時間に違った使い方をするのは気分がいい。」と村田喜代子は書く。時間だけではない、他のあれこれについても、人と違ったことをすると、からだも気分も楽である。
「禅とは、山を降りること」と、20年ほども前にある禅僧から聞いた。その禅僧はアメリカン・モーターズのチェロキーを所有していたから、自身は山から降りてはいなかったと思う。しかし村田喜代子や池内紀は明らかに、山から降りつつある。楽だと思う。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、しその実のたまり漬を薬味にし朝露をかけた冷や奴、ごぼうのたまり漬、生のトマト、赤飯、油揚と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 生のトマト、空心菜のナムプラー炒めタイ産にんにく風味、焼き餃子、スペアリブと大根のスープ、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)、バナナのプディング
2018.4.7(土) 大祭の準備
総鎮守瀧尾神社の春季大祭が1週間後に迫っている。我が春日町1丁目は今年度の、この神社のお祭一切を仕切る当番町である。これまでの話し合いにより決められた準備日は本日。集合時間は8時だ。よって事務係と販売係には言い置き、書き置きを残して神社へと向かう。
自治会長の挨拶の後は、二手、三手に別れて、それぞれの仕事に就く。それらの各組は、あらかじめ決められていた、あるいは自然に発生したリーダーの差配により黙々と、あるいは和気藹々と仕事を進めていく。
オノグチショーイチ祭典委員長の指導による大幟のための柱立て
子ども相撲のための土俵作り
倉庫から台車と御輿を運び出しての山車作り
倉庫から飾り物を出しての拝殿外の飾りつけ
余興のための用具を保管するためのテント設置
渡御の行列に参加する白張りの衣裳の確認
休憩
元植木屋まーちゃんの指導による一の鳥居への笹竹の設置
二の鳥居への笹竹の設置
本殿の注連縄張り
社務所の注連縄張り
手水舎および参道の清掃
山車の御輿部分の椿油による磨き
山車の屋根の鳳凰を段ボールで保護した上での雨よけシートのまき付け
ここまでこなして時刻は12時45分。シバザキトシカズ大膳委員長が弁当を用意した春日町1丁目公民館へと移動をする。14時まで休んで倉庫から荒縄を出し、町内の東、中央、西に別れて各地区にその縄を張り巡らせる。一方、ウカジシンイチ自治会長とクロスカオル神社総代は公民館に残り、屏風と祭壇を飾る。
各地区に分かれていた人員がふたたび公民館に集まり、その一部は提灯台の組み立て、一部は先ほど町内に張り巡らした縄から垂らすカキダレを、各組の戸数に合わせて数える。それが済んだところでツカハラノリコ婦人会長の淹れてくれたお茶を飲む。
会社には予想より1時間おくれて16時に戻る。そして着替えて日常の業務に復帰する。雨が降らなかったのは幸いだった。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、温泉卵、ひじきと梅干と白胡麻のふりかけ、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とブロッコリーの味噌汁
昼飯 町内支給の弁当
晩飯 シジミと三つ葉の吸い物、胡瓜と玉葱と若布の酢の物、タラの芽とグリーンアスパラガスの天ぷら、鰤の煮魚、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)、いちご
2018.4.6(金) 根を詰めて
「いつも」というわけではない。今朝に限っては目を覚まして即、枕の下からiPhoneを取り出し時刻を確かめる。2時05分。それを見て「グズグズするうち、1時間半くらいはたちまち経つんだよな」と、普段の経験から分かっていることが頭をよぎる。
しばらくして起きて服を着る。寝室からドアひとつを隔てた洗面所へ行き、棚の時計に何気なく目を遣ると、時刻は3時35分だった。今日も、またおなじ経験を重ねてしまった。時間を無駄にした感覚はほとんど無いにもかかわらず、である。
食堂のテーブルに着き、根を詰めて文字を書く。これをするために、きのうは早寝をしたのだ。こういうことは、誰も訪ねて来ない、誰も電話をかけてこないときにしか、僕にはできない。そしてその仕事を終えて筆記用具を片付けると、6時は目と鼻の先に迫っていた。「1時間30分の無駄がなければ、好き勝手をできる時間がそれだけ延びていたのに」と惜しんでも、後悔先に立たず、である。
朝飯 茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒り、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、油揚の網焼き、切り昆布の炒り煮、温泉卵、納豆、揚げ湯波と筍とほうれん草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとレタスのサラダ、パン、鶏とマカロニのグラタン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、イチゴとホイップクリームを添えたケーキ








































