2018.1.25(木) タイマーとポストイット
オヤジはタイマーが好きだった。あちらこちらのコンセントにタイマーを仕掛け、様々な電気器具が自動的に動き始めたり、あるいは止まったりするようにしていた。
僕もタイマーは好んで使う。しかしそれはキッチンタイマーに限られる。「この仕事は、5分間の長さで2度くりかえすべし」とか「社外に出ても、来客に備えて55分後には事務室に戻るべし」というようなときには、しかるべき時間を設定したキッチンタイマーを、手近なところ、あるいはポケットに持つ。
僕はまた、ポストイットも好きだ。使い道はほとんどすべて”to do”である。キッチンタイマーとポストイットを手放さないのは、ひとえに、僕の物忘れの多さにある。
昨年の6月、バンコクで必要に迫られ、いつものポストイットを、海外ではいつも持ち歩くA5のノートから取り出した。そうしたところ、そばにいた人に「なんでも持ってますね」と感心をされた。しかし実のところ、人から感心をされるような人間ではないからこそ、僕はポストイットを持ち歩くのだ。
現在、事務机の上の電子計算機には、クリーム色の細長いポストイット2枚が貼ってある。事務机左手のカレンダーには、おなじポストイット2枚が、やはり貼ってある。用を足すためクルマで出かけるときには、そのメーターパネルの平滑な場所に、やはり”to do”を記したポストイットを貼る。
明日は、たまり漬を使った料理の撮影が社外である。それを持たずに出発したら取り返しのつかなくなる「らっきょうのたまり漬」についてはもちろん、そのことをポストイットに書いてエレベータの操作盤に貼る。
朝飯 雑炊、ごぼうのたまり漬、なめこのたまりだき
昼飯 ラーメン
晩飯 人参と白菜とベーコンのスープ、トマトとレタスのサラダ、鶏肉のドリア、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご
2018.1.24(水) 西川口の中華料理
闇の中で目を覚ます。「このまま起きてしまおうか」と考え、しかし枕の下のiPhoneを確かめると、時刻はいまだ2時35分だった。今日は夜に集まりが控えている。そこで寝落ちなどしては同席者に失礼だ。よって二度寝を試みるも眠気は訪れず、3時45分に起床する。
昼食は意図して軽くしておく。そして下今市14:35発の特急リバティに長男と乗り、西川口には16時32分に着いた。駅前のロータリーから裏道まで、至るところに雪が残っている。日暮れどきの風は強く、日光よりも寒い。
先ずはザ・プライス西川口店の中華フードコートで、何点かの買い物をする。そして、そこからほどちかい滕記熟食坊の戸を引く。このところ西川口には、中国人を主な客層とする中華料理屋が増えている。滕記熟食坊もそのひとつで、酒類を除けばメニュはすべて中国語だ。
本日の食事会は、お得意様に昨年末から誘われていたもので、三々五々、6名が集まった。そのうちの3名ないし4名は、アジアの食べ物にとても詳しい。
それはさておき、店の看板にもある「東北鉄鍋炖」というものを、僕ははじめて経験した。誰からともなく発せられた注文は鯉だった。自分からは決して食指を伸ばさないだろうものを口にできるとは、人と食事をするときの醍醐味のひとつである。
中国北部のあれこれが、生の白酒をはかどらせる。風発する、主にアジアの人と食べものについての談論に時を忘れるうち、周囲の、すべて鉄鍋の埋め込まれたテーブルは、いつの間にか大勢の中国人、そして少しの日本人で埋め尽くされていた。
駅に向かう道すがら、中国食材の店に立ち寄る。鹹魚の匂いが鼻腔を刺激し、ここでもまた僕は、アジアのあちらこちらを思い出す。
お得意様、またお得意様のお仲間とは西川口の駅で別れた。次の食事会の場所は、おなじ西川口だろうか、あるいは十条、赤羽あたりだろうか。季節が夏であれば、服はタイパンツとゴム草履で決まりだ。
朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ほうれん草のソテー、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、なめこのたまりだきのフワトロ玉子、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 サンドイッチ、ホットミルク
晩飯 「滕記熟食坊」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、鯉の鍋、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)
2018.1.23(火) 雪かき
きのうは早くに就寝をしたにもかかわらず、目を覚ますと時刻は5時34分だった。いわゆる「朝飯前」の仕事をするためエレベータの前まで来ると、かご室が1階に降りている。長男が雪かきの準備をしているのだろう。
長男が外に出した道具にて、7時30分より雪かきを始める。雪の深さは店の北側で23センチ、南側で18センチだから、日光地方のそれとしては、大して深いわけではない。また、今回の雪は水分を多く含まない粉雪で、作業はそれほど苦しくない。
幼い子供を保育園にあずけて出社する複数の社員には「無理をして来ることはない」と、きのうのうちに家内が電話で連絡をしておいた。また、シフトにより休みの社員もいる。よって本日、出勤をした社員は7名に留まった。そのうち、今朝の蔵出し分を包装するヤマダカオリさんひとりを残し、他の全員は、開店の時間よりも早くから雪かきに当たる。
店舗の駐車場、横断歩道から店舗に至る2個所の歩道、また店舗から製造現場に至る歩道の雪かきに目鼻が付くと、時刻は9時40分になっていた。雪による商売への後遺症は、数日は続くだろう。
夜は僕が書記を務める、日本酒に特化した飲み会「本酒会」の月に1度の例会にて、日光街道の凍りついた歩道を踏みしめ、小倉町の「食堂ニジコ」へと向かう。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、ごぼうのたまり漬、田作り、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「食堂ニジコ」の其の一、其の二、其の三、其の四、伊府麺による酸辛湯麺、4種の日本酒(冷や)
2018.1.22(月) 大雪の予報
本日、首都圏を含む広い範囲に大雪の降る予報は、きのうから出ていた。よって例年であれば9時ごろまではゆっくりするところ、ロビーには8時30分に集合をした。そして宇都宮を経由し、10時40分に帰社する。
途中の日光宇都宮道路から見た限りでは、日光の山々に雲はほとんど無かった。空も、むしろいつもより明るかった。つまり、雪の降る気配は皆無だった。しかし16時を過ぎると「やはり」と誰もが思うように、水色と灰色の混じった空から雪がちらついてきた。その様子にうながされたかのようにして、販売係のサイトーミホコさんとオバタタキコさんが駐車場に融雪剤を撒く。
雪が急に強くなる。埋もれると面倒なため、営業車のホンダフィットはいつもの事務室前から店の庇の下へと移した。日光宇都宮道路が閉鎖された旨の案内が、国道121号線を隔ててはす向かいの電光掲示板に出る。
夕食は、冷蔵庫や寒い部屋から集めた野菜やハムにて済ませた。そして明日の朝に備えて早々に就寝する。
朝飯 「いこいの村涸沼」の朝のブッフェ
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 野菜スープ、あれこれの野菜によるサラダ、イベリコ豚の前脚のハム、2種のパン、らっきょうのたまり漬とツナ、林檎ジャム、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Old Parr”(生)
2018.1.21(日) 鮟鱇鍋
僕の付き合いは広くない。それはひとえに、社交性に富まない性格による。
と、ここまで書いて「しかし社交的な人にも、苦手な集団はあるものだ」と気づく。また、非社交的な僕にも、いそいそと出かける集まりはある。人づきあいにおける得意と不得意、好きと嫌いのあいだには、名状しがたい線引きが存在するのだ。
県内の味噌屋が作る組合の付き合いは、僕にとっては気が楽だ。本日はその新年総会にて、1台のクルマに乗り合わせて関東平野を東に進む。目的地の「いこいの村涸沼」には、日光から2時間30分で着いた。また県内北部の組合員は、各自がそれぞれのクルマを使って18時すぎには全員が揃った。
この組合の新年総会は、2007年からほとんどずっと、茨城県の海沿いの街に一泊をして開かれてきた。「花より団子」と変わらない「総会より鮟鱇鍋」である。
宴会の後はひとつの部屋に集まり、あれやこれやの話をするうち、僕はいつの間にか座椅子から滑り落ちて眠っていた。それに気づいて自分の部屋に戻り、0時ちかくに就寝する。
朝飯 温泉玉子、納豆、ほうれん草と刺身湯波のおひたし、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、牛蒡と人参のきんぴら、明太子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 きのうの夜の宴会膳の一部を流用した弁当
晩飯 「いこいの村涸沼」のあれこれ、刺身の盛り合わせ、常陸牛のステーキ、鮟鱇鍋、日本酒(燗)
2018.1.20(土) 治らない病気
齢を重ねると、からだがいきなり変わる。僕の場合には、それがからだの表面にあらわれた。
6月から8月までの3ヶ月間は切れなかった踵のアカギレが、おととしからは年間を通じて切れるようになった。足の爪は昨年から、おばあちゃんの晩年のそれのように、もろくなった。前の冬だったか、更に前の冬だったかは、朝、目覚めるたびに口角が切れていて、そこにリップクリームを塗らないことには朝食を摂ることができなくなった。その、朝に口角の切れる症状に限っては、葉酸の摂取により幸い消えた。
首の後ろの湿疹も、ここ数年のことだ。小遣い帳を病院の名で検索してみると、それがいきなり発生したのは2015年8月のことと知れた。
「これは治りません」と、その湿疹を見るなり皮膚科の先生は言った。子供のころアトピー性皮膚炎に悩まされた僕は、医者が病気を治せないことに慣れている。「あぁ、そうですか」と僕は答え、飲み薬と塗り薬を処方してもらった。
その湿疹が、昨年末からふたたび勢力を増してきた。そして本日ようやく、前回とおなじ皮膚科を、およそ1年3ヶ月ぶりに訪問する。
「先生に『治らない』と言われた湿疹ですが…」と説明しつつ当該の部分を見せると「あー、はいはい」と先生は答え、即、また飲み薬と塗り薬を処方してくれた。そして昼前に帰社する。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、明太子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁
昼飯 きのうの夜のオムレツを流用した弁当
晩飯 「幸楽」の刺身、河豚鍋、他あれこれ、「渡邊佐平商店」の日本酒あれこれ(冷や、燗)
2018.1.19(金) ことがら表彰
目を覚まし、しばらくしてから枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は3時34分だった。きのうの夜の交流会で二次会に誘われたものの、それを断って帰宅したお陰で体の調子は良い。
食堂のテーブルにコンピュータを開き、おとといつまり日光MG1日目の日記を完成させて公開ボタンをクリックする。日記を書くことができたのもまた、二次会への誘いを断ったお陰である。
それはさておき、今回の日光MGの「ことがら表彰」には、第5期の決算速度を示す「計数力」の2位と3位に、それぞれ包装係のヤマダカオリさんと製造係のイトーカズナリ君の名が見える。おなじ第5期にB卓にいた製造係のタカハシアキヒコ君と事務係のツブクユキさんは、優秀経営者賞に、もうすこしで手の届くところだった。
仕事はもとより研修においても、社員の活躍は嬉しい限りだ。9月の日光MGでは他の社員たちにも、おなじ姿を見せて欲しい。あるいはまた、ゲームや決算が得意でない社員たちにも、より一層の深い学びを期待したい。
朝飯 ほうれん草のソテー、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と蕪の味噌汁
昼飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、牛蒡と人参のきんぴら、ほうれん草のおひたし、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、刺身湯波、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と人参と万能葱の味噌汁、いちご
晩飯 トマトとジャガイモとベビーリーフのサラダ、マッシュルームのオムレツ、ラザニア、2種のパン、“Pommard 1er Cru La Chaniere 1985”、いちご
2018.1.18(木) 第35回日光MG(2日目)
ウチは今年、5日間のお休みをいただく。その1日目は1日1日。2日目と3日目は、この日光MG。そして4日目と5日目は9月の日光MGである。そういう次第にて、ウェブショップのお客様にはそのことをメールマガジンでお知らせしてあった。そして今朝は明かりの点される前にロビーに降り、きのうから今朝にかけてご注文をくださったお客様に宛てて、納期などをご説明するメールをお送りする。
第35回日光MGの2日目は、9時30分より始まった。先ずは第4期の期首処理である。会場のそこここには、MGの経験を長く持つ人がいる。MGは常に進化をしている。ルールについて心配のある者は、これをよく知る人に助けを求め、助けを求められた先達は例外なく、快くその席に駆けつける。
2日目の午前中の講義は、通常は利益感度分析のところ、今朝のニシジュンイチロー先生のお話はなぜか、科学史のことに終始した。先生が勧めるスティーヴン・ワインバーグの「科学の発見」については、amazonに注文をするのではなく、本屋で手に取って開いてみて、自分に読めるようなら買ってみよう。
昼食を挟んでの第4期、僕は84円の経常利益を上げ、前期186円まで落とした自己資本を270円まで引き上げた。あと30円、つまり300円まで戻せれば第5期の借金の条件が格段に緩やかになったところではあるけれど、まぁ、仕方ない。その第4期において最高の売上高を達成した、日光市大谷向から参加のヌマオアキヒロさんが、第5期の諸々を決めるためサイコロを振る。
第4期の結果により、僕はふたたびA卓に戻った。激烈な競争を経ての結果は、214円の経常利益を上げて、自己資本は392円。しかしもちろん、上には上がいる。
MGの勝敗は第5期に、来期への備えを規定以上に満たしつつ、どれだけ高いところまで自己資本を伸ばしたかによって決まる。勝った人が偉いという考えはMGには無いものの、勝敗はゲームに緊張と面白さを生む。
今回の最優秀経営者賞は、日光MGにおいてほとんど常に表彰され続けている、静岡県から参加のタケシトーセーさんで、到達自己資本は578円。優秀経営者賞は地元から参加のヌマオアキヒロさんで、到達自己資本は525円。もうひとりの優秀経営者賞は、遠く神戸から参加のタケダトモミさんで、自己資本は499円だった。
錯誤や失策をおかさない限り勝てる囲碁や将棋とは異なって、MGには「リスクカード」という落とし穴が組み込まれている。リスクは参加者の全員に、等しい確率で降りかかる。その条件の下で、しかし勝つ人のほとんどは、高い勝率を保つ。現実の経営と、おなじことである。
最後の講義が完了し、原稿用紙2枚ほどの感想文を提出して、会場の「一心舘」を去る。帰りの時間に余裕のある参加者は数台の車に便乗して今市まで移動し、数十分、あるいは数時間の時を過ごすことができた。
自社で開催するMGが社内の者のみで行われたとすれば、その学びはさして深くならない。外部から参加してくださった方々には、厚く御礼を申し上げます。
朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のカレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 “Parrot”のクラブハウスサンドイッチ、”evodia 2015″
2018.1.17(水) 第35回日光MG(1日目)
参加者ひとりひとりが自分の会社を持ち、2日間で盤上に5期分の経営を展開するマネージメントゲームは、今回40名の参加者を集め、10時に開始をされた。40名のうちの21名は上澤梅太郎商店の社員。産休中や、高齢の親から目が離せないなどの事情を持つ者以外はすべて参加をする。
MGの第1期はルール説明と共に進む。「自分は経験が長いから」と、講師の解説を聴かず、先へ先へと用紙に筆を走らせることは、僕はしない。陥穽は得てして慣れたところに潜んでいる。またMGは常に進化をしている。きのうまでのルールが今日も通用するとは限らないのだ。
昼食を挟んで、いよいよ第2期が始まる。ジャンケンに勝ったのは僕の、麻雀で言えば上家。その人が10円の材料3個を買う。次の僕は何気なく工場の仕掛品2個を営業所に、そして倉庫の材料1個を工場に移した。その瞬間「えっ、材料じゃないの」と、下家の包装係サイトーヨシコさんが驚いて声を上げる。
そこでようやく、この場面では11円の材料3個を買うことが定石であることを思い出すものの、もう遅い。その第2期の結果はしかし、26円の経常利益を上げ、300円の自己資本は304円に浮上した。ゲームの下手な僕としては、上々の滑り出しである。なお、この期に最高の売り上げ金額を達成したのは、前述のサイトーヨシコさんだった。
第3期は期初に152円の借り入れをし、少々の設備投資をする。また、第2期の期末ちかくに営業所へ配置転換し、不在となっていたワーカーを採用する。この期も順調な仕上がりと思われたが、100円以上も収支が合わない。
期初に遡って数字を精査していくと、13円の材料を4個買ったときに、現金残高から52円を引かなければならないところ、これを逆に足していたことが分かった。ポケットコンピュータの小さなキーを打ち間違えたのだろう。
計算し直すと幸いなことに、現金残高が期中にマイナスになっているところは無かった。それにしても、3名の従業員への給料と長期借り入れの返済金がまかなえる残高ではない。仕方なく100円の短期借り入れを起こし、更に12個あった材料のうちの5個を売却してその場を凌ぐ。この第3期はまた、戦略投資と在庫増に力を入れるあまり、販売がおろそかになった。結果は117円の赤字で、自己資本は186円に急落した。
その第3期に最高の売り上げ金額を達成したのは、日光市朝日町から参加のヤナギハラセージさん。僕はA卓からB卓に落ちて、明日の捲土重来を期すこととなった。
夕食の後は第4期の経営計画を立てる。僕は113円の累積損のほとんどを取り戻すべく100円の経常利益を目標に、固定費と商品の平均単価、そして販売数を決めた。
研修会場から通路1本を隔てた宴会場での交流会は、19時45分に始まった。日光MGの交流会では全員が「マイブーム」について短いスピーチをする。僕が話したのは、生活の簡素化と好きなことの絞り込み。そしていまだ宴たけなわの会場から22時に退出し、入浴をして即、就寝する。
朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の夜のお膳
2018.1.16(火) 第35回日光MG(前夜祭)
2時台に目の覚めたことを奇貨として、早めに起床をする。そして食堂のテーブルに着き、書きためた日記を確認する。その最中に、13日の日記よりも先に14日の日記を公開してしまっていることに気づく。よって14日の日記は下書きの状態に戻し、13日の日記を公開する。
明日からの2日間は日光MGで、遠方から参加してくださる方の多くは、今日の昼から、あるいは夕方から日光にいらっしゃる。また僕は、それらの方々と、今夜から会場に泊まり込む。日記のための時間が割きづらくなることは明白だ。そのような理由により、きのうの日記を完成させ、また今日の日記も途中まで書いておく。
僕、家内、長男は、それぞれいらっしゃる方々を会場にご案内すべく、夕刻には三者三様の行動を取る。僕は閉店直前にいらっしゃった、富山県から参加のカネヒラケンジさんをホンダフィットの助手席にお載せし、会津西街道を北上する。
前夜祭に参加の十数名は、そのすべてが18時30分に参集した。そして歓談のひとときを持つ。
朝飯 納豆、ほうれん草のソテー、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、すぐき、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バター載せてね特注)
晩飯 「一心舘」のあれや、これや、他あれこれ、“Predicador Blanco 2013”








































