2017.2.20(月) 都会とは異なって
3、4日前からホンダフィットのメーター中央に「まもなくメンテナンス時期です HMMF」という表示が出るようになった。走っている間もずっと消えないため、燃料を満たしてから今現在までの走行距離を確かめることもできない。「HMMFとはなんぞや」と検索エンジンを頼ると、ミッションオイルのことだった。「そろそろ交換した方がいいよ」との託宣である。
ウチから3キロほど離れたホンダのサービス拠点に出向き、作業が済むまで待つのは面倒だ。都会とは異なって、周囲にはクルマのディーラー、ガソリンスタンド、葬儀場くらいしかないから「ちょっとそのあたり、散歩してきます」というわけにもいかない。
よってEBエンジニアリングの、ウチのクルマについてはほとんどすべてを任せているタシロジュンイチさんにメッセージを飛ばすと「ディーラーの方が良いかと思います」との返事がすぐに戻った。
エアバッグの無償交換に引き続いて、またまたホンダ行きである。温かいコーヒーを出してもらい、本を読んで待つことにしよう。
朝飯 ルッコラのソテー、トマトとグリーンピースの卵とじ、大根と胡瓜と生姜としその実の刻み漬け、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 砂肝の黒胡椒焼き、”TIO PEPE”、パン、野菜のスープ煮を添えたロールキャベツ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.19(日) 日朝洗たく
早朝の仕事を完了して4階に戻る。きのう食堂の丸テーブルに置いた「日朝洗たく」のメモに従い、この4日間の服を洗濯機に入れる。「日朝洗たく」とは「日曜日の朝は洗濯をせよ」の意味である。
3歩を歩けばものを忘れるたちだから、僕の身のまわりにはメモやらポストイットが多い。今朝の洗濯も、メモがなければし忘れていただろう。
朝食を済ませて事務室に降り、開店の準備にとりかかる。ウチの暖簾は開店と同時に、ではなく、開店の準備のいの一番に軒下に提げる。その、出したばかりの暖簾が、おとといから断続的に続く強風により煽られる。
強い風は幸い、朝のうちに収まった。「閉店の17時には間に合わない」とおっしゃるお客様ひとりを事務室で待ち受け、商品をお渡ししてから施錠をする。
町内役員による会議が19時に控えている。それまでの90分間を座して待つつもりはない。肴になりそうなものを用意し、ドライシェリーを飲む。それがことのほか美味くて、また飲みつつ読む本にも興をそそられ、気づくと19時がちかくなっていた。
公民館での会議を終えて帰宅し、夕食の用意に取りかかる。それほど寒くないとはいえ、この時期にはなぜか、外へ飲みに出る気があまりしない。よって自己流で焼いた肉にて、今度は白ワインを飲む。
朝飯 胡瓜の古漬け、納豆、グリーンピースの卵とじ、大根おろし、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 ルッコラのサラダを添えた鶏もも肉のマスタード焼き、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.18(土) 夜のラーメンとジム通いの関係
出勤してくる社員を迎え入れるため事務室のシャッターを上げる。そうして外へ出てみると、きのうから今朝にかけての強風により、どこかの工事現場から赤い三角コーンが飛んできている。どこかの林から、枯れ枝も飛んできている。それらを含め、目立つゴミのみ拾って歩く。その後は枯れ葉と砂を、箒とちりとりを使って掃き集める。
所用にて、きのうに引き続いて宇都宮へ出かける。往復60キロをこなして2時間以内に帰社する。
定時の17時には店にいて、閉店の準備をする。しかしお客様が途切れず、店を閉めることができない。販売係のハセガワタツヤ君に言い置いて自宅へ戻り、喪服に着替える。店は17時20分になっても閉まらない。よって施錠などはハセガワ君に任せてホンダフィットで菊屋ホールに向かう。義理のある人の母親が亡くなったのだ。
お通夜から戻って用意を始めた夕食は、これは夕食ではない、酒の肴である。その肴にて20時に飲酒活動を完了したときにはラーメンが欲しくて一瞬、外へ食べに行こうか行くまいかと迷ったけれど、即、その雑念を霧消させる。
夜のラーメンとジム通いの双方を平行して行う人を、facebookなどでたびたび見かける。「馬鹿じゃねぇの」と嗤うのは凡人で、あれは絶対矛盾的自己同一の求道的実践なのだ、多分。
入浴して水を飲み、21時すぎに就寝する。
朝飯 納豆、生玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、じゃこ、梅干し、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カオガイトード、胡瓜の古漬け、らっきょうのたまり漬
晩飯 グリーンピースの塩ゆで、蛸と若布の酢の物、焼叉、「名手酒造店」の「黒牛純米」(冷や)
2017.2.17(金) 春一番
テレビの天気予報では、きのう、おとといから「春一番」ということばが聞かれるようになった。今朝は朝からそれほどは寒くない。
午後、いよいよ風が強くなって、店舗に向かって左側に掛けたのれんが片側に寄ったり、あるいはまるで洗濯機の中のハンカチのように舞ったりしている。そのままにしては見た目も悪く、またのれんも汚れたり痛んだりしそうだ。よって早々と事務室の中に避難をさせる。
夕方、どこからともなく駐車場に飛来し、しかしどこかへ飛んでいくことはせずに留まっているゴミや落ち葉を掃除する。しかし強風はちり取りの中にも侵入して渦を巻き、掃き集めたばかりのゴミや落ち葉をふたたび吹き散らしていく。砂埃もかなり舞っているのだろう、目の玉にも違和感を覚える。明日の朝もまた、広い範囲での掃除が必要になるかも知れない。
午後の遅い時間から来て、エレベータの天井の明かりをこれまでの蛍光灯からLEDに換える作業をしていた技術者が、電気の回路に問題があるため、もうすこし時間がかかりそうだと閉店後に事務室に来て言う。
待つうち2時間が経つ。いつまでこのままでいるわけにはいかない。施錠を施し、裏玄関から鼻をつままれてもわからないほど真っ暗な階段を、手すりを頼りに4階まで上がる。
作業は結局のところ「もうすこし」と言われてから3時間を経て完了した。自分の立てた行動計画がつまらない理由により乱されることを僕は極端に嫌う。しかしこのエレベータ会社には、例の「3.11」の大地震のとき、驚くべき速さで駆けつけ、レールから外れた昇降室を復旧してもらった恩義がある。よって不満を述べることはせず、ねぎらいの言葉をかける。
そしてようやくスープを温め、パンを焼き、ワインの栓を抜く。
朝飯 筑前煮、しもつかり、ハムエッグ、じゃこ、胡瓜の古漬け、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 チキンカツ丼、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 3種の野菜とウィンナーソーセージのスープ煮、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.16(木) ひとりめし
メール、メール、またメール。電話、電話、また電話。書類、書類、また書類。ある人にとっては未知の領域について相談をされ、僕においてはそれは既知のことだったので説明をして。というようなこと繰り返すうち、早くも夕刻を迎える。
クリスマスのころにくらべれば日は圧倒的に長くなり、しかし現在は17:00閉店の冬時間を採用している。よって終業後にミーティングをしても、空はいまだ明るい。その明るさが、僕を不思議な気分にさせる。
自炊は嫌いではないから夕刻、仏壇の花と水とお茶を下げてその器を洗えば即、料理に取りかかる。料理とはいえ僕の場合にはいい加減なものにて、野菜はただ刻んで酢と塩と油をかけるだけ、パンは焼くだけ、ロールキャベツは取り寄せたものを家内が作り置いたスープに投入して温めるだけ、ワインは栓を抜くだけ。そんなところである。
そうして普段はできない行儀の悪いこと、すなわちテーブルの上に南の国の地図だの時刻表だのを広げ、それを読んだり眺めたりしながらひとり夕食を摂る。結構、楽しい。
朝飯 筑前煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を薬味にした冷や奴、しもつかり、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 トマトとレタスのサラダ、パン、“neu frank”のロールキャベツのスープ煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.15(水) 電源喪失
“ThinkPad”は1995年10月から2011年8月までの16年間に、530からX61までの9台を使った。”ThinkPad”との長い付き合いはそこで終わり、2011年8月からは”Let’s note”に乗り換えた。この”Let’s note CF-N10″は優秀で、今日までの5年半のあいだ、いまだ致命的な故障を起こすには至っていない。
午後、その”Let’s note”の見慣れない部分に警報のような赤ランプの点滅していることに気づく。ネット上に情報を探してみれば、それは「バッテリーパックまたは充電回路が正しく動作していない状態です」とのことだった。試しにACコードを外してみると、その瞬間に”Let’s note”は落ちた。
騒ぐことはない。秋葉原の「LUMIX & Let’s note修理工房」を頼れば良いのだ。予約の上、午前に当該機を持ち込めば、夕刻には修理が完了する。問題は僕の日程である。日本橋タカシマヤへの出張組が戻る22日までは会社を空けられない。23日は地元で夜に集まりがある。24日は床屋にかかる。25日の午前は瀧尾神社の春季小祭で、夕刻には同級生サカイマサキ君の一周忌。26日は孫のお食い初め。
“Let’s note”は毎夕、事務室から自宅へ引き上げる際に、トートバッグに入れて持ち帰る。自宅ではこのコンピュータをバッテリーで駆動していたけれど、しばらくは電源コードの予備を置く必要があるだろう。
朝飯 ウインナーソーセージのソテー、しもつかり、筑前煮、烏賊の塩辛、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 じゃこ、なめこのたまり炊、揚げ湯波、胡瓜の古漬け、烏賊の塩辛によるお茶漬け
晩飯 筑前煮、胡瓜の古漬け、冷や奴、豚の軟骨のオーブン焼き、「名手酒造店」の「黒牛純米」(燗)
2017.2.14(火) 日本代表
朝、銀行へ行くと、キットカットの小さなチョコレートを女子行員が手渡してくれた。よってそれを受け取りつつ「キャンペーンか何かですか?」と訊いたら「今日はバレンタインデーで…」と、女子行員は控え目に微笑んだ。その微笑みが含羞によるものか、実はそうではなく苦笑に類するものかについては、僕には判断ができなかった。
バレンタインデーが何月何日なのかも知らない、そういう無知蒙昧の徒は、いわゆる専門馬鹿にはたくさんいそうである。しかし専門を持たない僕は、専門馬鹿ですらない。バレンタインデーは2月14日と覚えても、来年になれば、いずれ忘れてしまうのだ。
販売を応援するため店に入っていた事務係のコマバカナエさんが、事務室まで僕を呼びに来る。海外からのお客様だという。結局のところ、そのお客様のお買い上げはかなりの額に上った。そしてお客様はそれに見合うだけの1万円札を僕に手渡し、手洗いへと向かわれた。
その1万円札を数えてみると、1枚、多い。バレンタインデーが何月何日なのか知らない僕も、このような機会を得れば、オリンピックの選手ではないけれど、日本代表の気分になる。お戻りになったお客様には即、その1万円札をお返しした。
客の差し出した高額紙幣が多すぎた場合、そしてそのことに客が気づかないでいる場合、多すぎた分を客に返す国民性を持ち合わせる国が、世界にどれだけあるだろうかと考える。
「国民性などは存在しない。存在するのは個人のみだ」という意見もあるだろう。しかし僕はやはり、国民性というものはあると思う。「いい加減で、しかし正直な人」のたくさんいる場所が世界のどこかにないか。あるならそういうところにこそ旅をしてみたい。
明日から日本橋タカシマヤで始まる販売に伴い、家内と長男は東京へと去った。そのあいだ嫁は実家の世話になる。来週の水曜日まで続く自炊が、なにやら楽しみである。夕食は当面、家内の作り置いたスープにあれこれを投入していく、ブリコラージュ風のものになるだろう。
朝飯 納豆、筑前煮、なめこのたまり炊のスクランブルドエッグ、しもつかり、胡瓜の古漬け、メシ、きのうの夜に残した天ぷらと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 トマトとレタスとハムのサラダ、人参とソーセージのスープ炊き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.13(月) オータケさんの蕎麦
今でこそ「蕎麦の街・日光」ということになっているけれど、僕より年長の人には蕎麦嫌いが多かった。僕も子供のころは蕎麦を好まなかった。多分、むかしの蕎麦はそれほど美味くなかったのだ。もうひとつ、蕎麦は大昔においては仕方なしに食べる救荒食で、その記憶が長く引き継がれた可能性も否定はできない。
それが今は「蕎麦嫌い」など、どこを見まわしても存在しない。それは田舎の蕎麦も洗練され、劇的に美味くなったからだ。「蕎麦には野趣こそ大切」などと言ういわゆる「ツウ」に、僕の知る太くてボソボソのけんちん蕎麦を食べさせてみれば、「酢豆腐」の若旦那と同じく二度は求めない気がする。
「日本中のすべての蕎麦屋の蕎麦より上出来」とまでは主張しないものの、旅館「竹美荘」の蕎麦は美味い。それを先日7日の宴会の帰り際、あるじのオータケさんに伝えたところ「今度ぶって持ってってやっから」と言われた。ウチのあたりでは「打つ」を「ぶつ」と言う。
そのオータケさんが早くも今日、蕎麦を届けに来てくれた。2005年に亡くなったオヤジの、オータケさんは同級生である。僕は恐縮しつつその「10人前くらいあっから」という紙の箱を受け取った。
初更、その箱のフタを開けた瞬間「わー、綺麗」と家内が賛嘆の声を上げる。そうしてオータケさん言うところの「10人前くらい」の蕎麦を「美味いでしょ」「ホントにおいしいね」などと言い交わしつつ、家族4人で大切にいただく。
朝飯 しもつかり、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、厚焼き玉子、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 烏賊の塩辛、4種の天ぷら、なめこのたまり炊によるなめこおろし、盛り蕎麦、「大七酒造」の「皆伝純米吟醸」(冷や)
2017.2.12(日) しもつかり
「明日の朝のお味噌汁の具は、ここにシジミが用意してあるからね」と家内に言われて、しかしそれを忘れ、いつものように煮干しでだしを引いた。それから1週間も経ってはいないと思われるきのうは「浅蜊が用意してあるからね」と言われ、しかしまたまたそのことを忘れ、やはり煮干しでだしを引いた。これもいわゆる「ダブルだし」の一種なのだろうか。シジミの味噌汁も、また浅蜊の味噌汁も、風味は至極良かった。
鮭の頭、鬼おろしでおろした大根と人参、節分に撒いた大豆の残り、そして酒粕。これを大鍋でグツグツと煮た「しもつかり」は、いかにも、海から遠く隔たった土地の貧しさが生んだ食べ物である。その、猫の吐瀉物のような見た目も手伝って、僕はこの郷土食を27歳まで食べられずにいた。
その27歳のある晩に蕎麦の「並木苑亭」を訪ねたところ「こういうものを食べないから体が弱いんだ」と、あるじのアオキウイチさんにしもつかりを無理強いされた。しもつかりが滋養強壮に役立つとも思えないけれど、出されれば食べないわけにはいかない。そうして恐る恐る口に運んだそれは意外や美味かった。
しもつかりは不思議なことに冷たいほど舌に心地よい。酒の肴としても、またごはんのおかずとしても重宝する。「しもつかり」は初午に、赤飯と共にお稲荷さんに供えるものとして作られる。ウチの初午は旧暦に則って行われるため、今日のしもつかりは日光市塩野室地区のサイトートシコさんにいただいたものだ。
「しもつかりと赤飯の組み合わせは最高」と家内は言う。そのあたりについては僕は良く分からないけれど、夕食にはやはりサイトーさんによる赤飯を僕は隨分と食べた。明日の朝のしもつかりも大いに楽しみである。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、じゃこ、生のトマトを添えた目玉焼き、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、メシ、浅蜊とレタスの味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バターのせてね特注)
晩飯 菜の花のおひたし、しもつかり、胡瓜の古漬け、ししゃもの燻製、筑前煮、赤飯、「名手酒造店」の「黒牛純米」(冷や)、“Chez Akabane”のコルネ、”TAMURE RHAM”(生)
2017.2.11(土) 「いきなり」という感じ
夏至ちかくとは比べるべくもないけれど、年末のことを考えれば、このところは隨分と日の出が早くなってきた。今朝も、製造現場での仕事を終えて照明を落とすと、南東に面した窓の色はこれまでの漆黒でななく、群青色に染まり始めていた。
それほど忙しくない午前を過ごし、13時30分より自転車に乗って昼食を摂りに行く。30分後に戻ると駐車場には「いきなり」という感じでお客様のクルマが並んでいた。食休みなどしている場合ではない、即、店に入って販売の手伝いをする。
ウチは普段は18時までの営業でも、成人の日が過ぎると春彼岸までは17時閉店の冬時間になる。昼すぎからその17時までは、特に忙しければ「あっという間」である。
その閉店の後は事務室ですこし仕事をしてから4階の食堂へ上がり、冷えた白ワインを飲む。
朝飯 ほうれん草のソテー、牛蒡のきんぴら、納豆、じゃこ、トマトのスクランブルドエッグ、ベーコンのソテー、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 トマトとルッコラのサラダ、ブロッコリーのソテーとマッシュドポテトを添えたミートローフ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Jacques & Francois Lurton Gran Araucano Cabernet sauvignon 1997”







































