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清閑 PERSONAL DIARY

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2017.4.15(土) 傘抜き

空は晴れている。風が強く吹いている。その風に、事務室の前にかけたのれんが大きくはためき、右側へ、あるいは左側へと寄る。その片寄りを、ときおり外へ出て直す。

風は昼がちかくなっても収まらない。自転車のカゴにトートバッグを入れ、日光街道を下る。バッグが風に飛ばされ車道の真ん中ちかくに落ちる。自転車を停め、クルマの往来が途切れていることを幸いに、それを拾いに行く。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の商業棟に入り、明日の「清楽亭寄席」に供するためのカキ菜を買う。そのカキ菜は会社に戻って即、乾燥しないよう紙に包んで冷蔵庫にしまう。

夕刻、総鎮守瀧尾神社の、春の大祭の渡御に伴った金棒引きが神の使いから人間に戻る儀式「傘抜き」に、神社の責任役員として出席をする。今年の当番町である仲町は、多くの戸数を擁していない。それでも当番町の大任を引き受けることができたのは、ひとえに町内の結束と気力による。

当番町の次の仕事は5月22日に行われる社有林の視察。僕も勿論、参加をするつもりである。


朝飯 切り昆布の炒り煮、明太子、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ほうれん草のソテー、茹でたウィンナーソーセージ、豆腐の卵とじ、納豆、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「あさの」の宴会膳、「清開酒造」の「自然醸生酒」(冷や)

2017.4.14(金) 寄席清楽亭

あさって日曜日に隠居で開かれる寄席のことが、今朝の下野新聞で紹介をされた。ここにある「清楽亭」とは、庭に面した六畳間にむかし「清楽」と墨書した額がかかっていたことによる。その文字があまりに良いため、紛失を恐れて大切に仕舞った。その、保管した場所を忘れて現在まで発見できないとは、僕がしばしばやらかすお粗末である。

それはさておきこの「寄席清楽亭」の、正午からの昼席は既にして定員を超えているけれど、14時30分からの午後席には10席ほどの空きがあった。その空きも今朝の下野新聞のお陰で、ごく短い時間にほぼ埋まった。

この寄席における僕の仕事は木戸銭の受け取り、および味噌汁の調理である。中入りにはたまり漬を使ったおむすびと共に、味噌汁も供するのだ。だしの材料は第一級のものが準備済みだ。味噌はウチで最高級の「梅太郎白味噌」を使う。具にする揚げ湯波とカキ菜は明日のうちに揃えておかなければいけない。

夕刻には春日町1丁目の会計係として、自治会長のウカジシンイチさん、監査のサイトーヨーイチさんと共に、もうひとりの監査タケダショージさんの家に集まり、平成28年度の決算書に捺印をしていただく。


朝飯 切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、スペイン風目玉焼き、飛竜頭とカキ菜の炊き物、明太子、メシ、揚げ湯波とカキ菜の味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 レタスとグリーンアスパラガスとハムとキノコのサラダジャガイモのグラタン茹でたカキ菜を添えた鱈のムニエルトマトソース“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.4.13(木) それもまた風情

日光街道と会津西街道が交わる春日町の交差点に立ち、日光街道を背にして日光宇都宮道路の今市I.C.の方向を望むと、右手に先ずはウチの店舗、工場、そこから信号機のある小さな交差点を越えると、味噌蔵のある、ウチでは隠居と言い習わしている土地に至る。

この隠居に3本の桜の木がある。以前はその倍以上の数があった。間引きをしたのは「いま以上に育って老木になったときには、塀を壊して重機を入れない限り、危なくて伐れない」と植木屋におどかされたからだ。

残ったのはソメイヨシノ、山桜、枝垂れ桜の3本だ。そのうちのソメイヨシノが、春日町の交差点から見ても、薄く色づいてきた。よってカメラを持って、そのちかくまで行ってみる。

日光街道から今市I.C.へと向かう道にちかいソメイヨシノはかなりの樹齢と思われるけれど、植木屋によれば「まだ大丈夫」とのことだ。道に張り出した太い枝は数年前に落とした

隠居の敷地に入って築150年ほどは経っていると思われる建物を回って広いところに出ると、奥の山桜が目につく。四方八方に伸びた枝が大きく玉を描くように花を咲かせて見事だったこの木もまた植木屋の意見を容れて、数年前にかなり景気よく剪定をした

もっとも新しい枝垂れ桜は、オフクロが植木屋に命じて植えさせたもので、このところは隨分とたくましくなってきた。3本のうちもっとも遅く花を開き、もっとも遅くまで花を残すのは、この木である

オフクロにはすこしく空間恐怖症の気味があり、この庭に桃や梅を次々と植えさせた上、自分でも新たに桜を植えたりした。その桃は台風の強風に折れたことを幸いとして、根こそぎ掘り出し捨てた。オフクロ手植えの桜は、オフクロの死後に引き抜いた。植木屋によれば、それでもこの庭には木が多すぎるという。

今週の日曜日には、ここで落語の会が開かれる。今年の桜はすこし遅れるだろう。それもまた風情というものである


朝飯 カキ菜の辛子和え、めんたいこ、納豆、切り昆布の炒り煮、目玉焼き、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 ごぼうのたまり漬(試作品)と朝飯のおかずを流用した酒肴豚肉と白菜と2種のキノコの鍋、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)、イチゴプリンパフェ

2017.4.12(水) 真反対

4時30分、東の空のもっとも下の部分はうっすらと紅く、しかし上に行くに従って薄まり、やがて水色と灰色の入り交じったようなものになる。更に上へ行くとその水色は濃さを増し、天頂に向かっては紺色から黒にちかくなっていく。

カドマル商店のキリンビールの看板の真上、空の青が紺色に近づくあたりに金星が皓々と光っている。鳥が啼く。しかしこの時間から啼き始める鳥はごくわずかだ。

「今って、朝は5時台から明るいんですね」と、真夏にfacebookに書いた人がいる。僕とは真反対に深夜にこそ仕事のはかどるタチで、だから夜明けの空を眺めるなどはしない人なのだろう。「5時台どころか、3時台から明るいですよ」と、そのとき僕は返信をした。

5時20分、ウチから見ると、今の朝日は宇都宮証券の看板の向こう側に昇る。冬にくらべれば隨分と東に寄っている。夏至に向かって太陽は、これから更に東へと、というか北へ寄っていくのだ。その、年間の角度の差には驚くべきものがある。

日の出が早くなるにつれ、有り難い気分が増すのはなぜだろう。しかし深夜にこそ仕事のはかどる人は、日の出の時間などにはハナから興味を持たないかも知れない。


朝飯 大根おろし、牛蒡と人参のきんぴら、塩豆の卵とじ、人参とピーマンとウインナーソーセージのソテー、胡瓜の古漬け、らっきょうのたまり漬、じゃこ、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 トマトとルッコラとモツァレラチーズのサラダラルドとカキ菜と2種のキノコのスパゲティ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”「久埜」の草餅おなじく桜餅おなじく最中

2017.4.11(火) 秘宝

スネアが軽く5発、続いてテナーサックスがレゲエのリズム。エイミー・ワインハウスの”HIDDEN TREASURES”をなぜ手に入れようとしたか、その動機は忘れた。とにかくこのところ朝はずっと、この、非のうちどころのないアルバムを聴いている。

ここ数ヶ月をかけて作った書類がほぼ完成し、それに僕の自筆証明書を添付するため、宇都宮の公証人センターへ行く。約束の時間は16時。雨の中にホンダフィットを乗り出したのは15時。飛ばしたわけではなかったけれど、目的の場所には30数分で着いてしまった。

前の客が長引いたため、僕はベンチで20分ほども待った。呼ばれて部屋に入り、公証人の前で書類に署名をする。万年筆は持参したものの、備えつけのボールペンを使うよう、公証人には促された。自筆証明書は想像したよりも立派な、英文を伴うものだった。

“HIDDEN TREASURES”を聴きつつ来た道を戻る。雨は夜まで降り続くらしい。


朝飯 納豆、牛蒡と人参のきんぴら、ほうれん草のおひたし、ハムエッグ、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、メシ、蕪の葉の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 “THE FLYING-GARDEN”のミニサラダハンバーグドリアカラフの赤ワイン

2017.4.10(月) あと片づけ

10時の集合時間に対して、その15分前に神社へ行く。総鎮守瀧尾神社の春の大祭は、きのう無事に完了した。我が春日町1丁目は直前当番町として、今年の当番町である仲町の、神社の片づけを手伝うのだ。きのうおとといの、雨が降ったり止んだりの天気から一転しての好天が、皮肉と言えば皮肉である。

先ずは御輿を台車から降ろす。それを神社北側に3棟ある倉庫の、もっとも左側に戻す。次は本殿前に3本を立てた飾りの柱を分解し、真ん中の倉庫に仕舞う。渡御に際して御輿を載せた台車は、右側の倉庫に収める

子ども相撲の土俵に用いられた俵は仲町より受け継ぎ、春日町1丁目役員シバザキトシカズさんの会社のトラックに載せる。小学生時代の僕はこの相撲では勝ったことがなく、賞品はいつも最下等の粉ジュースだった。一方、14歳で亡くなった妹は、女の子など誰も出なかった時代のこの勝負に手を挙げ、不戦勝の賞品を獲得して帰ってきたのも懐かしい思い出である。

一の鳥居では、その両脇に荒縄で結ばれた竹を外す。二の鳥居の竹も、おなじく外す。ここで春の大祭の片づけは一段落し、当番町からの弁当とビールを受け取って会社に戻った。時刻は11時20分だった。

渡御に伴った金棒引きが神の使いから人間に戻る儀式「傘抜き」は、4月15日に催される。春の大祭は、それを以てようやく、お開きとなるのだ。


朝飯 炒り卵、ほうれん草のおひたし、ウインナーソーセージとブロッコリーのソテー、じゃこ、納豆、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、トマトと長葱の味噌汁
昼飯 当番町仲町支給の弁当
晩飯 ほうれん草のおひたし、山芋のお好み焼き風、牛蒡と人参のきんぴら、カワハギの干物、肉じゃが、「朝日酒造」の「洗心」(冷や)

2017.4.9(日) 半纏リターン

きのうに引き続き、朝6時に花火が上がる。東の空の雲には水平に薄いところがあって、そこだけがオレンジ色に光っている。晴れることを確信しつつ朝食を摂るうち、しかし雲は見る間に分厚くなって、オレンジ色の光も消えた。

霧雨が降ってるけれど、お祭の柱は犬走りの下にあるから提灯を出す。いまや季節外れになった分厚いジャンパーを着て自転車に乗り、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のウチの売り場まで検品と掃除のために行って、また戻る。

昼ちかくに日光街道の下の方からお囃子が聞こえ始める。その音がよほどちかくなってから外へ出る。当番町仲町の屋台が瀧尾神社を目指して上がっていく。「雨が上がって良かったなぁ」と、紋付きを着たカネコトモヤス自治会長に声をかける

15時より脚立を手に公民館へ向かう。そして1週間前に張り巡らした注連縄のうち、日光街道に沿った地域のものを、今度は外して歩く。張るには1時間を要した縄も、外すときには20分もかからなかった

16時、明日はどれくらいの数のたまり漬を蔵出しすべきかを包装係のサイトーヨシコさんと事務室で相談しているところに「お客様です」と店から声がかかる。対応に出た家内は、その綺麗な女の人を事務室までご案内した。

女の人は春日町で棟梁をしていたワタナベキイチという人の孫で、家を片付けている最中に、そのおじいさんの半纏が出てきたと、風呂敷を解いた。半纏の襟には白い糸による刺繍でウチの印のヤマジョーと「上澤」の文字、裏地は龍に「寿」。これまで目にしたことのない仕様である

むかしは出入りの職人に半纏を預けた。労働着としての半纏である。しかし今日のそれは明らかに違う。ワタナベキイチさんは第二次世界大戦前より、我が町内で頭を務めていたに違いない。半纏は、ワタナベキイチさんがウチに出入りをする際、それも「ハレ」の日に身につけたものだろう。僕は女の人に名刺をお渡しし、その半纏を有り難く受け取った。

17時からは公民館におもむき、町内役員の直会に連なる


朝飯 ウインナーソーセージとほうれん草のソテーを添えた目玉焼き、トマトとレタスのサラダ、3種の刺身のヅケ、ほぐし塩鮭、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、納豆、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 スーパーマーケット「かましん」のあれこれツカハラ婦人会長による差し入れの大根と人参のサラダ同じく茄子とブロッコリーの揚げだし同じくグリーンアスパラガスのソテーお祭に上がった日本酒(燗)

2017.4.8(土) 春の大祭

早朝、窓を開いて外の様子を窺う。地面は濡れているものの、雨の勢いは強くない。花火が上がる。時刻は6時。総鎮守瀧尾神社の春の大祭を報せる花火である。

「上澤」と急ごしらえの名札を付けた赤い傘を差して、霧雨の日光街道を、神社を目指して歩いて行く。参道には既にして、今年の当番町である仲町はじめ各町内の自治会長、神社総代、神社世話人、また金棒曳き、稚児、その世話をする母親たちが集まりつつあった。二の鳥居の奥では、白張りの役を担う人たちが三々五々、行列の編成を待っている。

瀧尾神社の大きなお祭は、春と夏に催される。春のそれはもっとも正式のもので「宮司一拝」から「撤饌」までの神事は1時間ちかく続く。関係者で満たされた本殿から降りると、先ほどまでの霧雨はきれいに上がっていた。とても有り難い。

日光市今市地区の旧市街をおよそ8キロに亘って歩く渡御の行列は、この天候の回復を以て、予定されたとおり、10時15分に出発をした。残された来賓と責任役員は、それを見送って社務所に入る。直会に先立ち僕は、責任役員として挨拶をさせていただく。

責任役員とは、神社のことにつき、氏子をはじめ各方面にお願いをする役と考えている。いまや戸数のそれほど多くなくなった仲町が人をやり繰りし、当番町を引き受けてくれたことは、本当に感謝に堪えない。明日の屋台の繰り出しが完了すれば、仲町の人たちの気持ちも隨分と楽になるだろう。

そうして雨上がりの日光街道を下って会社に戻る。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、巻湯波の炊き物、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、きのうの「やじOA大会」で支給されたおむすび、トマトと蕪の葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 ポテトサラダエリンギとブロッコリーのソテーとスパゲティを添えた鶏もも肉のオーブン焼き“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.4.7(金) 東京都千代田区神田東松下町17

「東京都千代田区神田東松下町17」という住所をiPhoneのグーグルマップに入れると、どうも神田より秋葉原から歩いた方が近そうだ。よって北千住から乗った日比谷線を秋葉原で降りる。

はじめは土地勘に頼って南に進む。当該の場所がちかくなってきたらしいところからは、ふたたびiPhoneを取り出し、それを頼りにビルとビルの谷間を往く。しかし地図の示す場所に目指す建物は無い。それほど広くないブロックの中を虱潰しに歩いてようやく目的地に至る。そしてエレベータで4階に上がる。

MG仲間のテシマヨーさんが始めた「やじOA大会」は、はじめ川崎の小川会計MGの1日目の夜に、サトーマサヒデさんを講師にして行われていたものではなかったか。それが昨年あたりからは独立をして、東京や神戸や古河で1、2ヶ月に1度ほどの割合で開かれるようになった。

MGを始めて良かったと感じるかなりの部分を、僕の場合には「マイツールを知れた」ということが占める。この優れたデータベースが人口に膾炙しないことが僕には不思議でならない。ちなみに「OA大会」とはそのマイツールを使った事例発表会で、元々は西研究所の主催で年に1度ほど開かれていた。頭に付く「やじ」は「その場面では、このコマンドを使った方が合理的」とか「そもそも、その一手は無駄」などと複数の参加者が船頭よろしく飛ばす「意見」を意味する。

とにかく、その勉強会に今日は15時から連なる。本日の発表は6名。おむすびと味噌汁が振る舞われる18時30分からはテシマさんに乞われて「私とコンピュータ」という題でしばらく話をさせていただく。

「やじOA大会」の明日は中級コースで、この場での発表も僕は求められていたけれど、残念ながら外せない用事がある。かてて加えて今日も、最後の発表まで聴いていては東武日光線の下り最終に間に合わない。そういう次第にて後ろ髪を引かれつつ、途中で退席をする。


朝飯 トマトのスクランブルドエッグ、蓮根と人参のきんぴら、2種のサラダ、大根と人参のなます、切り昆布の炒り煮、メシ、蕪の葉の味噌汁
昼飯 「味彩たむら」の鶏めし
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれやこれやそれや、チューハイ

2017.4.6(木) 青空を背景に

雨が降っていない限り、夜明けには鳥が啼く。冬至から3ヶ月以上が経ち、5時の声を聞けば、空は明るくなりはじめる。冬が嫌いなわけではないけれど、良い季節になった。

家内が不在のあいだの朝食は常備菜、あるいは調理を必要としないおかずを並べることが多い。冷蔵庫から取り出したおかずでも、米飯が温かく、味噌汁が熱ければ、どうということはない。ひとりの朝食は早く済む。いつもより早く事務室に降り、出勤してくる社員のためにシャッターを上げる。

「青空を背景にした桜が見られるのは、今日が最後になるかも知れません」と、きのうどこかのテレビで気象予報士が伝えていた。しかし晴天は今朝も続いている。店の駐車場の片隅に家内の植えたチューリップが、まるで日の光に飢えた北欧人のように、花びらを大きく開いて朝日を吸い込んでいる。

夕食は、4階から3階に降りて、長男と嫁の食卓の世話になる。今夜の酒、そして酒の器は僕の持ち込みである。そうして今度は3階から4階へと戻り、風呂に湯を溜める。


朝飯 納豆、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした冷や奴、じゃこ、梅干、メシ、トマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のカツカレー
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、トマトと玉子のスープ、鰯の丸干し、ハムと野菜のソテー、「朝日酒造」の「洗心」(冷や)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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