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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2016年11月の日記30本

2016.11.30(水) 取材

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百十数年の歴史を持つ生活啓蒙誌「婦人之友」の取材を10時より受ける。2017年2月号の特集「冬こそ、気もちいい朝を」の巻頭カラー6ページにて、ウチの朝食が取り上げられるという。僕は先方の要請により、今回は白菜とベーコンと長葱の味噌汁を作った。

ところでこの取材に先立ち、僕の過去の日記を精査した編集者が、予告に用いるため提供して欲しいと指定してきた画像はすべて、これは僕だけが知っていることだけれど、家内が不在にしている朝に、家内の作り置いた常備菜を並べ、好き勝手に作った味噌汁を真ん中に置いたもの、あるいは冷蔵庫にしなびた野菜を見つけ「しょうがねぇな、ぜんぶ使っちゃえ」と、それを雑駁に刻んで投入した味噌汁によるものだった。

時代はバブルの崩壊から長いデフレーションを経て”gorgeous”や”gimmick”の追求、「高い仕様」や「複雑な仕掛け」の誇示から「これでいいのだ」に変わってきているのではないか。多くの人たちは、これからしばらくは小市民的安寧の中で、それを慈しみつつ生きていくのではないか。

そして明日も僕は味噌汁を作るのだ。今朝のメシはホットドッグではあったが。


朝飯 ホットドッグ、ヨーグルト、コーヒー
昼飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、しもつかり、生のトマト、ひじきと揚げ湯波と人参の甘辛煮、「なめこのたまりだき」のふわとろたまご、大根と胡瓜のぬか漬け、メシ、白菜とベーコンと長葱の味噌汁
晩飯 トマトとレタスとモツァレラチーズのサラダパン其の一、パン其の二、パン其の三鶏肉のクリームソース“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.29(火) 3つの工事

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屋上および2階のスラブの10月から始まった防水工事は、屋上においては既にして終わっている。2階のスラブも、残るは清掃くらいのものだろう。足場は予定では24日に外されることになっていた。しかし当日の降雪に阻まれ、いまだそのままになっている

今年はじめの積雪期に、その雪が溶けるにつれ水漏れを起こした、店舗と工場を繋ぐ通路の防水工事は、既存の屋根の上に更に屋根を重ねる工法により本日、完了をした。この部分の漏水は、屋根に勾配を設けなかったこと、また店舗の大屋根に降った雨をこの平らな屋根に落とすという、過度に楽観的な設計に因る。

今回の工事では、屋上に屋を重ねることに加え、店舗の大屋根の雨樋を、これまでの狭い銅製から容量の大きな樹種製に換えた。またそれで受けた雨水は通路の屋根には落とさず、直径125ミリの太い、しかも2本の立て樋により地上に逃がすこととした

一方、今年はじめの夕刻「店、やってるのか、やってないのか分からないよ」とお客様に指摘をされたことについて、夜とおなじ暗さの中で店には明かりが点いているのだから「やってるのか、やってないのか分からない」とは大げさとは思ったけれど、店舗正面の明かりをこれまでの蛍光灯からLEDに換え、また銅製の金看板にはスポットライトを新設する工事を本日、行った

冬至まで3週間と迫った夕刻、既にして真っ暗な外へ出てみると、取り付けたばかりのスポットライトは看板をしっかりと照らしていた。これでなお「やってるのか、やってないのか分からない」と言われれば、そのときにはアバディーンの水上レストラン並みの電飾を、店全体に施すしかないかも知れない。


朝飯 たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした納豆、小松菜と油揚げと人参のおひたし、牡蠣の煮びたし、トマトのスクランブルドエッグ、五目白和え、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」のねぎ塩ラーメン
晩飯 トマトとレタスのサラダマッシュドポテトとケチャップスパゲティとグリーンアスパラガスのソテーとたまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」を添えたビーフステーキ2種のチーズ、”Santa Helena alpaca Cabernet Sauvignon,Merlot 2015″

2016.11.28(月) いちばん大切なのはメシ

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「ウチは役付はほとんど、夜10時ちかくまで会社にいますからね」と胸を張った社長がいた。その瞬間、僕の口を突いて出た言葉は「腹、減んねぇすかね」だった。それは思考を伴うものではない。ほとんど反射神経による。「仕事はさっさと定時に上がって、あとは酒とメシだんびゃ」という考えが僕には抜きがたくある。

終業後、退社する社員たちに声をかけている最中に長男から仕事を振られた。それは自分のコンピュータと紙とペンさえあればできるものだった。それならなにも、蛍光灯の青白い光に満たされた事務室にいることはない。その事務室を閉め、4階に上がって食堂の、電球の暖かい明かりの下の木のテーブルにコンピュータを開く。

ドライシェリーを口に運びながらの仕事は長男が夕食を準備するうち、その9割を解決することができた。残りの1割は明日の未明に行うこととし、いそいそとワインの栓を抜く。


朝飯 5種のおむすび、大根のぬか漬け、トマトと揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の天丼
晩飯 トマトとレタスとチーズのサラダ長葱と鰯のスパゲティ“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.27(日) 明かり取り

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オフクロは、性格こそ明るかったけれど、生活のための空間においては、サンルームと台所を除いては光を避けるきらいがあった。

オフクロのその好みは玄関にもおよび、ここでは昼でも、灯りを点けなければ何も見えない。外から玄関に入るきには、外光を頼りに靴を脱ぐ。しかし油圧式のドアクローザーにより扉はすぐに閉まる。その瞬間、あたりは真っ暗になるから、数歩を歩いて壁のスイッチを手探りし、天井の明かりを点けるまでは何もできない。

外からお客様をご案内するときには、お客様を玄関の前でお待たせし、当方は裏玄関から玄関に遠回りして、やはり壁のスイッチを手探りしつつ天井の明かりを点けてのち、内側から扉を開く。そんなことを40年ものあいだ続けてきたのだ。

オフクロが亡くなって2年以上が経ってしまったけれど、その玄関の扉にようやく、明かり取りのガラスを嵌めることができた。そこからの光は遠目に見るぼんぼりのようなかそけさながら、これまでの暗黒を知る者にとっては、大きな道しるべのように頼りがいのある光になった。とても嬉しい。


朝飯 なめこの醤油煮、納豆、ほうれん草のソテー、ウィンナーソーセージとピーマンのソテー、昆布の沖縄風炒め、明太子、白菜漬け、メシ、昆布と揚げ湯波と大根葉の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 おでん大根と胡瓜と茄子のぬか漬け芋焼酎「八幡」(お湯割り)、シュークリーム、BEEFEATER GIN(生)

2016.11.26(土) 日光牡蠣まつり

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道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で今日から始まり、来月の19日まで続く「日光牡蠣まつり」の「海鮮味噌汁」には、ウチの「日光味噌・白だし」が使われている。それが近所での催しなら尚のこと、そこに顔を出し、その味を確かめなくてはならない。

11時30分に会場を訪ねる。入口には早くも人があふれ、大盛況の有様である。関係者然として行列の脇をすり抜けていく。ファミリーレストランや回転寿司屋でよく見かける、お客が自分でその名を記入する順番表が、上から下まで埋まっている。奥には焼肉屋のそれのように、真ん中に焼き台の仕組まれたテーブルで、殻ごとの牡蠣を楽しそうに焼く人たちがたくさんいた。

このような状況下、昼休みに海鮮味噌汁だけ飲んで帰るなどは到底、できない。また、折角なら焼き牡蠣も食べたい。来週の平日に捲土重来を期すこととして即、きびすを返す。

悩ましいのは18時のオーダーストップである。ウチの閉店は18時。つまりそれから来たのでは何にもありつけない、ということだ。上手い手があるかどうか、考えてみることにしよう。


朝飯 刺身湯波のあんかけ、トマトのスクランブルドエッグ、昆布の沖縄風炒め、明太子、納豆、胡瓜のぬか漬け、メシ、豆腐と昆布と万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 肉鍋その鍋で作るラーメン、芋焼酎「八幡」(お湯割り)

2016.11.25(金) 秋季小祭

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総鎮守瀧尾神社の秋季小祭とはすなわち新嘗祭のことである。朝、あれこれの仕事に時を忘れるうち、この秋季小祭が本日に行われることを思い出す。しかしてまた、その始まる時刻はことによると9時ではなかったかと、一瞬、背筋が寒くなる。履いていた靴をもどかしく脱いで事務室に上がり、自分の机の左に掛けたカレンダーを確かめると、そこには「神社 9:45」の覚え書きがあったから、胸をなで下ろす。

「雪のあしたの裸の洗濯」という言葉があると、長野県諏訪地方出身の人にむかし聞いたことがある。雪の降る朝の気温はそれほど低くない、ということだ。今朝は見事に晴れ上がったけれど、それほど寒くもない。よって素肌に木綿のシャツを着、ネクタイを締め、そこにウールの一重のジャケットを重ねたのみで、日影はいまだ凍っている歩道に気を配りつつ神社へと向かう

春季大祭とは異なって、秋季小祭はいたって簡素だ。拝殿でかしこまっている時間も長くはないそうしてこの神社の責任役員として社務所での直会に連なり、11時前に帰社する。


朝飯 昆布の沖縄風炒め、アスパラ菜の振り分け味噌炒め、トマトのソテー、ベーコンエッグ、納豆、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 “TIO PEPE”レタスとジャガイモと人参のサラダ、豚の心臓と肝臓と2種のキノコのスパゲティ、“Chablis Billaud Simon 2014”クレームブリュレ

2016.11.24(木) 雪の予報

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目覚めて枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は2時34分だった。この時間の起床はいかにも早すぎる。よって布団の中で静かにしているものの、眠気はいつまでも訪れない。

関東地方には今未明から雪が降ると、きのうの天気予報は伝えていた。11月の初雪は、東京では1962年から数えて54年ぶりのことだという。「だったらその雪の降り始めを見てやろうじゃないか」と起き出し、食堂へ行く。雪は結局のところ、八王子など東京の西部に遅れて6時前から降り始めた。

暗い朝はいつもそうしているように、今日も早くから店の灯りすべてを点ける。そうしてすこしでもあたりを明るくするようにする。

午前、店の駐車場に積もった雪を長男がかく。しかし雪は止む気配を見せない。雪は昼から雨に変わるとの予報だった。しかし昼が過ぎても雪は止まない。そうしてその勢いがようやく弱まった14時すぎから、今度は僕が雪かきを始める。すると販売係のオバタタキコさんとサイトーミホコさんも出てきて、計3名で雪をかく。

本日の積雪は大したこともなく、駐車場は、数十分の後には綺麗になった。明日、空が晴れれば、あたりには美しい景色が浮かび上がるだろう。


朝飯 昆布の沖縄風炒め、白菜漬け、納豆、生のトマト、豆腐の卵とじ、大根おろしを添えたなめこの醤油煮、メシ、若布と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 「魚登久」のあれやこれやそれや。6種の日本酒(冷や)

2016.11.23(水) 調理手順

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お客様にお配りする新規のチラシを作っている。そこに含まれる情報のうち「なめこのたまりだきのフワトロたまご」の画像は、きのうの朝から撮り始めた。

地震さわぎに撮影の邪魔をされたわけではないけれど、きのうの画像にはいまひとつ得心がいかなかった。よって今朝もまた食堂兼台所に三脚を立て、そこに”NIKON D610″を固定する。「なめこのたまりだきのフワトロたまご」を作るのは家内、それを撮るのは長男。僕はおなじ場所にいて彼らの様子を眺めているだけ、である。

2度目ともなれば画角も決まり、今朝は遂に使える画像を得ることができた。

長男は午後、その画像を、あらかじめ編集してあった型枠に納め、全体を整えた。僕は紙に出力されたその表裏を子細に眺め、また読み、いくつかの場所に朱を入れる。長男はそれを元のデータに反映させ、セイブンシャ印刷に送る。

この現物はいつ、納品をされるだろう。今からその完成が楽しみである。


朝飯 ほうれん草のソテー、ウインナーソーセージのソテー、白菜漬け、鮭の親子漬け、「なめこのたまりだき」のフワトロたまご、メシ、なめこと貝割れ菜の味噌汁
昼飯 朝飯の中身を流用した弁当
晩飯 鮭の親子漬け鶏肉団子鍋、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米」(冷や)

2016.11.22(火) 地震

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携帯電話は、大昔のことを別とすれば、”MOTOROLA M1000″から”NOKIA NM706i”を経て”iPhone 3G”へと持ち替えてきた。そのせいかどうかは知らないけれど、地震の発生を報せる例の音を、自分の携帯電話から聞いたことはこれまでなかった。

“iPhone 6s Plus”が「ギュイッ、ギュイッ、ギュイッ」という不気味な音を発したときには、だから今にも来るだろう地震に身構えるより「オーッ」という驚きの方が強かった。

テレビのスイッチを入れるとニュースは既にして地震のこと一色で、しばらくすると、列島の地図の栃木県北部には、震源に最もちかいとされる場所とおなじ「震度5-」が示された。しかし幸い、普通の家より大きく揺れるウチの4階も、本棚から数冊の本が落ちるくらいで今朝は収まった。いまこの瞬間の揺れがどこまで強くなるかの予想がつかない、というところに地震の怖さはある。

夕刻、いわき市小名浜から新規の注文が入る。「大丈夫でいらっしゃいましたか」とお訊きすると「この時間になっても大変だよ」と、お客様は快活にお答えになった。「どうぞお気をつけください」と僕は受話器を耳に当てたまま、深くお辞儀をする。


朝飯 納豆、ピーマンと茄子のソテー、「なめこのたまりだき」のフワトロたまご、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、けんちん汁にだしと味噌を足した味噌汁
昼飯 「美彩たむら」の焼きおむすび、フリーズドライ味噌汁(他社製。三つ葉は後から追加)
晩飯 鮪の煮付け、茄子のぬか漬け、鶏肉と白菜のクリーム煮焼き餅の「なめこのたまりだき」クリームソース、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)

2016.11.21(月) だるまや食堂の米飯は美味い

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下今市駅で10:35発の特急スペーシアの切符を買う。間もなく来たその「きぬ116号」に乗り込み、特急券に示された3号車の333番席を探すと、そこは車両最前部の壁に面した、東京に着くころには脚の退化してしまいそうな「ダルマ席」だった。

車掌が通りかかるのを待って、他に席があれば移りたい旨を伝える。車掌は端末にスタイラスペンを走らせ、1号車の120番席を用意してくれた。混み合った3号車から1号車に行くと、全44席に7名の乗客しかいなかった。東武鉄道の発券システムは、一体全体、どのようなアルゴリズムに支配されているのだろう。

「山手線が池袋をすぎ、上野に着くまでのあいだは、何となく寂しい気分になる」というようなことを、むかし山口瞳がどこかに書いていた。その気持ちは僕も重々わかる。しかし今の巣鴨や田端の駅に、昔日の面影はほとんど無い。

そんな田端の、”TUTAYA”も”STARBUCKS COFFEE”もある駅の北口から外へ出る。背にはコンピュータの入ったザック、そして手には外付けハードディスクの入った袋を提げている。手に荷物を持つことを嫌う僕がこのような仕儀になったのは、データを小さな記憶媒体に移す時間を、今朝は長男が持てなかったからだ。

田端の住宅街にて仕事を終えた後は、そのまま北千住にへ戻る経路が合理的ながら、湯島に逆行して飲酒活動に従う


朝飯 昆布の沖縄風炒め、大根と人参のなます、ほうれん草のソテー、鮪の煮付け、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、けんちん汁にだしと味噌を足した味噌汁
昼飯 「だるまや食堂」のハムエッグ、ライス
晩飯 「シンスケ」のあれこれ、タルヒヤ

2016.11.20(日) ただでさえ忙しい日曜日にすること多し

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栃木県知事選挙の投票のため今市小学校へ行くと「オレ、一番乗りで、投票箱が空なことの確認なんてさせられちゃったよ」と、ユザワ歯科医院のユザワクニヒロさんが言う。ユザワ先生と僕のあいだにはオジサンひとりがいた。ということは、僕は三番乗りというとになる。時刻は7時10分だった。

出勤をしてくる社員のため、ただちに帰社して事務室のシャッターを上げる。9時前に販売係のパートタイマー2名が来たところで今度は如来寺のお墓に参る。2005年に亡くなったオヤジの、今日は祥月命日なのだ。

19時より春日町1丁目の公民館へ行く。向こう三軒両隣に回覧板を配ったり、あるいは町会費を集めたりするのが組長だ。その組長の1年の働きに対して慰労をする新年会の段取りほか、いくつかの決めごとをして20時すぎに散会する。

役員会の後は三々五々、連れだって飲み屋へ流れる面々もいるけれど、僕は決まって帰宅する。そして間に合わせの、しかし自分にとっては満足できる夕食を摂る。


朝飯 昆布の沖縄風炒め、油揚げと小松菜の淡味炊き、大根と人参のなます、ほうれん草と海苔のおひたし、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、けんちん汁にだしと味噌を足した味噌汁
昼飯 餃子、胡瓜のぬか漬け、メシ、フリーズドライ味噌汁(他社製。三つ葉は後から追加)
晩飯 トマトサラダリコッタチーズと生ハムのムースを塗ったトースト“TIO PEPE”“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.19(土) 恵比須講

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目を覚ましたのは4時台の中ごろだった。いつもなら直ぐに起きてしまうところ、今朝はなぜかその気になれない。5時がちかづくころ胃が痛くなってくる。その痛みがいよいよ増してきたところで「このままではまずい」と、薬を飲むためパジャマのまま食堂に出る。

胃が疲れているなら新三共胃腸薬、胃酸過多ならガスター10。しかし現在の胃痛が何に因るものかは分からない。そうするうち上半身が冷や汗を発し始め、薬を選ぶどころではなくなった。洗面所で汗を拭き、寝室に戻ってふたたびベッドに横になる。

6時過ぎ、家内に持ってきてもらった新三共胃腸薬3粒を飲むと、胃の痛みは徐々に薄れていった。「きのうの夜は消化の悪いもの、食べてないよね」と、家内がいぶかしむ。「息抜きが足りねぇんじゃねぇかなぁ」と僕は答える。

ばらくして枕頭のiPhoneを見ると時刻は8時を過ぎている。よって服を着て1階まで降り、社内のあちらこちらであれこれの段取りをする。以降は特段の不調もなく、しかし朝に続いて昼もお粥を食べ、夕刻に至る。

恵比須講は、商家においては商売繁盛を祈るお祭である。これを旧暦で行うか新暦で行うかについては、ウチではその年の都合に従っている。今年は旧暦に従うこととし、家内は今朝からその準備に当たってきた。そして20時、今年も無事にそのお祭を終えて、ひと息をつく。


朝飯 お粥、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、塩鮭、梅干
昼飯 お粥、油揚げと小松菜の淡味炊き、鰯の梅煮、昆布の沖縄風炒め、らっきょうのたまり漬「黒太郎」
晩飯 ほうれん草のおひたし、大根と人参のなます、鮪の煮付け、けんちん汁、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)

2016.11.18(金) 山百合

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店の、お稲荷さんのある坪庭に、いつのころからか山百合が咲くようになった。昨秋、その山百合から大量の種が取れたため、それを目と鼻の先の、紅葉の根元に撒いた。その播種は、土に穴を穿って丁寧に埋めるようなものではない、文字通りの「撒いた」に過ぎず、そこから芽が出るなどはいささかも考えていなかった。

その、地面にばらまき、上から靴で踏んだに過ぎなかった種が意外にも育ち、今夏は、紅葉の青葉の下に大輪の花をいくつも咲かせた。そして秋も暮れかかる今、薄茶色に枯れた鞘の中には、またまた大量の種ができた。

今年もまた面白半分に、しかし今年の紅葉の根元は昨年よりすこし固い感じがしたのでスコップで耕した。そして山百合の枯れた鞘を手で開き、それを下に向けて、またまた盛大に大量の種をばらまいた。

密に種を散らしても、山百合は、その面積に応じた数しか育たないという。それが本当なのか否を確かめるには、来年の初夏を待たねばならない。今から楽しみである。


納豆、トマトのスクランブルドエッグ、油揚げと小松菜の淡味炊き、鳥レバの甘辛煮、昆布の沖縄風炒め、塩鮭、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、浅蜊と三つ葉の味噌汁
昼飯 「たきた」の煮込みハンバーグ定食
晩飯 春雨サラダアスパラ菜の振り分け味噌炒め焼き餃子「紅星」の「二鍋頭酒」(生)


2016.11.17(木) サービス

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上澤梅太郎商店のウェブショップの歴史を、パソコン通信の時代のそれを除いて、且つ大まかに辿れば以下になる。

1998.1015 暫定オープン
1999.0329 オープン
2002.0626 ショッピングカートを導入
2009.0512 リニューアル
2013.0924 リニューアルと共にショッピングカートを一新(EC-CUBE)
2016.0902 リニューアルと共にショッピングカートを一新(FutureShop2)

メールマガジンは多分、2003年5月にその第1号を出している。以来、このときの配信システム”CombzMail”を使い続けると共に、2013年9月からは、おなじ文面のメールマガジンンを”EC-CUBE”からも配信しはじめた。その、ふたつのチャンネルを今後は”FutureShop2″に一本化する、そのお知らせのメールマガジンンを午後、”CombzMail”から配信する。

「ご注文いただいた商品を少しでも早くお届けするため、本日、Amazon.co.jp が一部の商品を発送いたしました」とのメールを受け取ったのは今未明のことだ。市川市塩浜から別々に出荷をされた商品は、しかし結局のところ同時に届いた。

客の要求が過剰なのか、はたまた先方のサービスが過剰なのか。僕などは子供のころから「サービスを提供する側への配慮」を、オフクロやおばあちゃんに教えられてきた。今回の荷物についても、その到着をそこまで急いでいるわけではない。

「過剰な仕事」と「注文以上の仕事」は明らかに違う。難しい問題である。


朝飯 厚焼き卵、蕪のぬか漬け、油揚げと小松菜の淡味炊き、鰯の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、茄子と若布と赤ピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 芋煮鍋芋焼酎「はちまん」(お湯割り)

2016.11.16(水) 紅葉の帯

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紅葉の帯がようやく、日光市の今市地区旧市街まで降りてきた。味噌蔵のある庭の広葉樹は、染井吉野が散り加減、その他は今が盛りである。

所用にて昼ごろ新橋に出る。目指す雑居ビルは、駅の地下と通じている。しかしどの通路を辿れば目的の場所へ行けるかが分からず、階段で地上に上がったり、また階段で地下に降りたりする。昼に入ろうとしていた洋食屋の前には10人ほどの行列ができていた。よっておなじビルの定食屋に転進をする。

いわゆる定食屋の漬物と味噌汁には、話にならないものが多い。しかし今日の店のそれは丁寧に拵えられていて、いささか驚いた。調理に当たっているのは外国人である。会計係の、これまた外国人のオネーサンに夜の営業時間を訊いて店を出る。

六本木で長男と落ち合い、ウェブショップの、今回は戦略的なことではない、戦術的な勉強を3時間ほどする。これから11月の末までは、いささか忙しい思いをしなくてはいけない。12月になれば勿論、更に忙しくなる。

勉強は予定より早く完了した。よって飲酒喫飯も予定より早くから始め、しかし最終の下り特急スペーシアで23時ちかくに帰宅する。


朝飯 白和え、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、鶏レバの甘辛煮、ポテトサラダ、鰯の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐とトマトと万能葱の味噌汁
昼飯 「じゅらく」のアコウダイ定食
晩飯 「鮨よしき」のあれやこれやそれや「楯野川酒造」の「山川光男 2016 あき」(冷や)

2016.11.15(火) それを好む理由

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いちばん好きな酒はワイン、2番目は焼酎、3番目は無い。そしてビールはほとんど飲まない。

ワインを好む理由は分からない。2番目に焼酎を好む理由は更に分からない。焼酎より日本酒の方が、僕の舌の審美眼からすれば明らかに美味い。しかし飲むのは焼酎で、このあたりがどうにも分からない。

「それほどワインが好きなら、鮨屋でもワインですか」と問われれば、それはとんでもないことで、鮨は日本酒で決まり、である。

昨月は2度も鮨屋へ行きながら、小遣い帳は黒字だった。それはひとえに、月はじめの1週間をタイで過ごしていたからだ。航空券もホテルも、決済は何ヶ月も前に済んでいる。それらを除けば、タイでは日本にいるときよりよほどお金は使わない。

そうして夜はちょっとしたものを肴に白ワインを飲み、早々に寝る。


朝飯 「上島珈琲店」のクロックムッシュ、コーヒー
昼飯 「おむすび権米衛」の日替わり弁当
晩飯 生ハムのムース、トマトとレタスとマカロニのサラダ、パンパンに付けるためのあれこれ2種のチーズ“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.14(月) 冬の暖かい夜の雨

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妙にケチなところがあって、高い服を着ることができない。それを買う、あるいは仕立てるところまではできる。しかし、いざ着る段になると、汚れたりすり減ったりすることを恐れて着られなくなるのだ。長男の結婚式用のタキシードを別とすれば、2011年6月以降、僕は服を仕立てていない。

最も好きなアンコンジャケットは、ユニクロのそれだ。理由はズバリ、安いからだ。その、2着あるうちの1着を着て初更、乃木坂から外苑東通りを、青山通りを目指して歩いて行く。

雨が降っている。冬の暖かい夜に降る雨が好きだ。というよりも、その雨の中を歩くことが好きだ。空気は湿り気を帯び、あたりのすべてはキラキラと輝いて見える。

仲間うちの勉強会に出席をし、それが散じて後は、今度は外苑東通りを、六本木を目指して歩いて行く。

東京で好きな景色は、東は寛永寺陸橋、西は乃木坂のそれである。外苑東通りから乃木坂への階段を降り、今度は赤坂を目指して、そのダラダラ坂、というほどは傾斜のない道を、真っ直ぐに歩いて行く。


朝飯 4種のおむすびシジミと玉葱の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の海老天蕎麦とライスのセット
晩飯 「三政」のあれやこれや。紅茶ハイ。

2016.11.13(日) 楽しみ方はそれぞれ

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今月の18、19、20日、つまり来週の金、土、日曜日に開かれる「日光そばまつり」のちらしが下野新聞にはさまれて届く。それに「第15回」という数字を見て「行政は隨分と頑張ってきたなぁ」と、ある種の感慨を覚える。この催しは、今年も多くの蕎麦好きを集めるだろう。

ところでこの「日光そばまつり」に市外、県外から来ようとする人には、入念な計画と準備が必要である。「蕎麦屋へ行くこと」と「日光そばまつりへ行くこと」は全然、違う。昼ごろ押っ取り刀で日光に来て「そばまつりの会場、どこですか」などと訊く人はまず、蕎麦にはありつけない。渋滞に阻まれて会場にたどり着けないのだ。

「日光そばまつり」で安楽に蕎麦を食べようとするなら、先ずは家で弁当を作るなり、コンビニエンスストアで求めるなりして朝食を用意する。そして早朝のうちにクルマを駐める場所を確保する。登山用のストーブなど暖を取る道具があれば更に良い。

会場は美しい赤松林の中にあり、あたりは冷涼な空気に満ちている。そういう環境の中で散策などしながら10時の開場を待つ。そして目指すブースをふたつみつと回って蕎麦を食べ、後は尻に帆かけて来た道を戻る。夕刻には自宅ちかくのスーパー銭湯でゆったり。これがベストのシナリオである。

とはいえこれは僕の考えることで、中には「渋滞に閉じ込められたクルマの中で同乗者と親密にしていたい」とか「行列に並ばないと遊んだ気がしない」という人もいる。楽しみ方はそれぞれだろう。「目的地にたどり着けない行楽が好き」という人がいるかどうかは知らない。


朝飯 納豆、ほうれん草のソテー、ベーコンエッグ、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、じゃこ、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 蕪のサラダトマトとベーコンとエリンギのスパゲティバームクーヘン“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.12(土) 来年のカレンダー

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ふと気になって4階の、ここ3年ほどはあまり近づかない北西側の窓を開けてみる。きのう里に降った雨は、山では雪になったらしい。と、ここまで書いて「らしい」ということばは憶測に使うことがほとんどだけれど、今回のように、明確な事実を伝える際に用いてもおかしくないことを改めて知る

快晴の天気に誘われたか、今朝はお客様の出足が早い。ウチは始業前でも、お客様がお望みになれば商売をさせていただく。紅葉の時期は特に、道の混む前に山へ上がりたくなるのだ。

この季節にはまた、どういうわけか、1万円札でのお支払が増える。釣り銭の準備は、閑散期であれば、ほとんどひと月ほどもせずに済む。しかし今は両替のため、多いときは週に2度も銀行へ行く。それも多分、23日の勤労感謝の日を境に落ち着くだろう。そこから師走まの時間的距離は、僅々1週間である。

事務机左手のカレンダーに目を遣る。それからこれをおもむろに外し、来年のカレンダーを掛けてみる。そしてまた、今年のカレンダーに掛けかえる。大晦日までにすべきことは、数え切れないほど多い。


朝飯 スペイン風目玉焼き、油揚げの網焼き、ほうれん草のソテー、じゃこ、大根のぬか漬け、メシ、若布と揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 蕪のサラダ、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、大根と胡瓜のぬか漬け、ブロッコリーのソテー、たまり漬「刻みザクザクしょうが」による豚の生姜焼き赤飯、芋焼酎「八幡」(お湯割り)、「久埜」の薯蕷饅頭、お茶

2016.11.11(金) 雨

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「美しい夕焼けは好天の兆し、美しい朝焼けは雨の兆し」とはよく耳にすることだ。そしてきのうの朝から今朝にかけても、そのとおりになった。

2011年3月11日の大地震にともなう原子力発電所の事故直後から、ウチでは節電が一気に進んだ。というか、それまで電気を無定見に使いすぎていたのだ。開店の5分前まで、店の灯りはその一部しか点けない。しかし雨や雪の日は例外にて、早くから全灯のスイッチを入れてしまう。暗く寒々しい景色を、いくらかでも明るくしたいからだ。

その雨は、昼ごろに一度やみ、そして夕刻が近づくと、また降り始めた。いずれにしても、この週末は晴れるらしい。

このところ宇都宮のファミリーレストランで夕食を摂ることが続いたのは、5日前に初産をした嫁を病院に見舞い、初孫の顔を眺めるなどしていたことによる。その嫁と赤ん坊は本日、無事に退院をし、嫁の実家に移った。先ずはひと安心である。

そうして夜は家にいて、水餃子を肴に透明の酒を生で飲む。


朝飯 茄子の「辛ひしお」炒め、細切り人参の炒め煮、牛蒡のたまり漬(試作品)、三つ葉の卵とじ、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、じゃこ、メシ、若布と揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 春雨サラダ水餃子「紅星」の「二鍋頭酒」(生)

2016.11.10(木) 世界一、手間のかからないスープ

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朝焼けの様子を飽かず眺めている。その空から紅い色が徐々に引き、薄い青に満たされたところでテレビのスイッチを入れる。晴天の続いていた列島には西から徐々に、雨雲が押し寄せてくるらしい。

カレー文化圏の、ホテルではなく民宿まがいのところに泊まったり、あるいは路上で煮炊きをするかたわらを歩けばすぐに、調理に従う女たちの、食事の何時間も前から香辛料を石臼で擂りつぶす姿を見ることができる。その、何十年も前に見た風景が網膜によみがえるたび「味噌汁は世界一、手間のかからないスープ」という事実を再認識する。その「世界一、手間のかからないスープ」でさえ、これを作ることを面倒がったり、更には作れない人のいることが、僕にはどうにも信じられない。

「ウチの味噌汁は毎朝、僕が作っているんですよ」と言うと「ホントですか」と目を丸くする人がいる。「味噌汁は数分でできます」と言うと「いやー、ウチは女房でさえ、味噌汁は作ったこと、ないですね」と、驚くべき事実を、しかしその人にとっては日常のことだから、こともなげに言ってのける人もいる。

自営業に定年は無いけれど、もしも第二の職業に就くとしたら、僕は定食屋の味噌汁係になりたい。


朝飯 細切り人参の炒め煮、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、茄子の「辛ひしお」炒め、スクランブルドエッグ、納豆、大根のぬか漬け、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 「ばんどう太郎」の牡蛎フライ貫太郎セイロ、「釜屋」の「坂東太郎吟醸」(冷や)

2016.11.9(水) バグつぶし

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「巨大なゴミ溜め」と生前、オヤジの言った3階は今夏、オヤジとオフクロの遺したモノの、体積にして97パーセントを処分して綺麗さっぱり空になった。そこには来春から長男の家族が住むべく、現在はふたつの業者が入ってリフォームの最中にある。また屋上および2階のスラブの、工期1ヶ月と伝えられた防水工事は来週には完了すると、今朝、そちらの業者に伝えられた。

一方、店舗棟と工場棟を繋ぐ通路は、今年の積雪期に雨漏りが無視できない範囲に広がり、またまた別の業者に修理を依頼した経緯があった。そしてその工事は本日ようやく、当該の屋根に置かれていた冷暖房の室外機を他の場所に移すことから始まった。

現在の店舗および工場は、僕が20歳から21歳のときに建造をされた。以降40年間の経験からすると、手抜き工事、また特に水回りに安易な設計が目立つ。そしてそれによる不具合が出るたび、まるでバグを潰すように修理、修復を繰り返してきた。それら数え切れないほどの工事は間に合わせや「やっつけ」ではなく、可能な限り手を尽くしてきたからには、これからしばらくは各部分とも保って欲しいと考える今日この頃である。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、細切り人参の炒め煮、ウィンナーソーセージとブロッコリーのソテー、納豆、大根のぬか漬け、メシ、揚げ湯波とトマトとピーマンの味噌汁
昼飯 「お魚ごはん」の焼き鯖定食
晩飯 「ステーキ宮」のレタスとツナのサラダひとくちステーキ、カラフの赤ワイン

2016.11.8(火) 書けないことも多々ある

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朝、テレビのニュースを見ていると、その天気予報が今朝は日光から中継をされていた。「ヘー」などと感心しながらしばらくすると「あ、ヨコタさん」と家内が言う。「カメラ」と長男がうながす。それは山で熊に遭遇したときの注意を解説する場面だったらしいけれど、僕はとにかく受像器に映し出された年長の友人ヨコタジュードーの顔写真を撮ることに忙しく、放送の内容は耳に入らなかった。

1980年代のはじめ、東京から地元に帰ったころにはヨコタさんに隨分と世話になった。夜ごと家におしかけ深夜までお茶を飲み、また季節の折々には山や川に連れて行ってもらい、あるいは雪の中で寝ることを何年も続けた。

ヨコタさんは若いころから興味と執念の上手く噛み合った人で、やがて動物写真の大きな賞を獲得した。市井のアマチュアがプロを超えてしまう、ひとつの例である。

ヨコタさんは藪の中にいて、遠くの斜面にいる、まるで胡麻粒のような鹿をたちまち何頭も見つける。あるいは川底の、苔の生えた玉石を踏みつつ、まるで河童のように素早く歩く。そういう敏捷さの反面、森の中に何時間も潜んで鳥を待つ忍耐にも優れている。そしていわゆる「権威」については、これを痛烈に嘲罵するのだ。

ヨコタさんのことは到底、ここに書ききれるものではない。あるいはとてもではないけれど、書けないことも多々あるのだ


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、長葱の卵とじ、大根おろしを添えた納豆、じゃこ、胡瓜と蕪のぬか漬け、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁、柿
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 生ハムのムースとトースト3種の葉物のサラダ2種のキノコのスパゲティ“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.7(月) ハツマゴ

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生来のアレルギー体質にて、子供のころはアトピー性皮膚炎に悩まされた。「何とかならないかねぇ」とか「大人になれば治るでしょう」とは、そのころかかった医師の言葉である。皮膚の病はなるほど、20歳にちかづくころから徐々に収まり、気にならなくなった。

ところが齢を重ねるにつれ、昨年あたりからまたぞろ、からだのあちらこちらに皮膚の不具合が出始めた。先ずは、6月から8月までの僅々3ヶ月ではあるけれど、かかとからアカギレの消えていた時期にもそれが絶えなくなった。湿疹が頻発し始めた。冬の朝にはかならず口角が切れるようになった。

この秋にタイから帰ると、しばらく消えていた湿疹がぶり返してきた。病院へ行こうにも、忙しくてその時間を割くことができない。そして本日ようやく、かかりつけのアライジンクリニックを訪ねる。アライ先生には昨年の診察時に「この皮膚病は治らない」と太鼓判を押された。すこし良くなってはまた悪くなることを繰り返すのだという。

そうして待合室で名を呼ばれるのを待っているところに家内から電話が入り、長男の嫁に子供の生まれたことを知る。いわゆる初孫である。

終業後、三菱デリカの助手席に家内を乗せ、宇都宮の病院に嫁を見舞う。そして新生児室のガラス越しに赤ん坊を見る。「無事ならそれでいいじゃねぇか」と、僕は一瞥したのみで充分のところ、家内はその赤ん坊の、栗の実に円空が目鼻を入れたような顔を3、40分も飽かずに眺めている。そのあいだ僕はずっと、ニコンの重いカメラを首に提げたまま突っ立っているのだから容易ではない。

家内は明日も赤ん坊を見に行くのだろうか。ただただ、世界の子供たちの上にマガゴトの降りかからないことを祈るばかりである。


朝飯 生のトマト、じゃこ、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、胡瓜と蕪のぬか漬け、生玉子、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、納豆、メシ、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 “FLYING GARDEN”のグリーンサラダアンガス牛のステーキカラフの赤ワイン

2016.11.6(日) 蕎麦の味

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どんなに忙しくても、商品の作り置きはしない。特に「らっきょうのたまり漬」は、毎朝、蔵出しをする。その、仕込み桶から引き上げられたばかりの「らっきょうのたまり漬」を道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に納品するのは早くて9時前。しかし今のような繁忙期には、自店の仕事を優先し、他は遅らせることもある。

本日の「日光街道ニコニコ本陣」への納品は10時30分までずれ込んだ。その際、ウチの売り場のある商業施設と船村徹記念館とのあいだの広場にテントの立てられているのが見えた。「何だろう」と近づいていくと、湯気の盛大に立ちのぼる大鍋のかたわらで「やぶ定」のワガツマカズヨシさんが忙しそうに立ち働いていた。訊けば今月18日から始まる「日光そばまつり」の前哨戦ともいえる「日光新そばまつり」だという。

全国から紅葉狩りのお客様が日光に詰めかけるまで、僕は13時30分から昼食を摂っていた。それが人のやり繰りの都合上、今は11時30分からになっている。その11時30分に、今度は配達用のホンダフィットではなく自転車で「日光街道ニコニコ本陣」に裏を返す。そうして天盛り蕎麦の大盛りを注文する。

今でこそ「蕎麦の街・日光」と有名になったけれど、むかしは蕎麦嫌いが多かった。それは多分、蕎麦とは元々、仕方なしに食べる救荒食だったからだ。しかし今の蕎麦は、その生まれながらの野趣に後天的な洗練が加わり、ちょうど良いところで均衡している。その均衡の具合が多くの需要を生んでいるのだ。

ところで僕にとっての蕎麦は、幽玄の彼方にたゆたう薄墨のようなもので、その美味さがよく分からない。「不味くない蕎麦がすなわち美味い蕎麦」と長男は言う。次に僕が蕎麦を食べるのは、大晦日になるかも知れない。


朝飯 ほうれん草のソテー、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、ベーコンエッグ、納豆、鰯の土佐煮、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「日光新そばまつり」の天盛り蕎麦(大盛り)
晩飯 レタスのサラダパンジャガイモのオムレツ白隠元豆のドロドロ“Chez Akabane”の葡萄のケーキ“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.11.5(土) 往復の2、30分

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10月の下旬から繁忙が続き、このところはほぼ毎朝、暗いうちから製造現場に入って仕事をしていた。それが今日からはしばらく途絶える。再開は今月の下旬になるだろう。

出張で7時台の上り特急スペーシアに乗るなどしない限り、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の、ウチの売り場には毎朝、掃除と検品のため自転車で行く。それがなぜ僕の仕事かといえば、その時間にもっとも自由の利くのが僕だからだ。「漫然と」では話にならないけれど、物作りや商売においては、毎日おなじことを飽きずに続けていくことが結構、大切だったりする。

「東京の人は東京タワーには行かない」と、むかしからよく耳にする。今ならさしずめ「東京の人は東京スカイツリーには行かない」だろうか。日光や鬼怒川の紅葉については、配達をしていた1990年代の前半ころまでは、道やクルマさえ紅く染まりそうな錦秋の道を行き来することもあったけれど、今はとんとご無沙汰である。

テレビのニュースによれば、東照宮や神橋や金谷ホテルのある日光旧市街の紅葉は、今週末が見ごろとのことだ。僕もホンダフィットを10分ほど走らせればそれを確かめることができる。しかし早朝はこの日記などを書いて、そして日中は仕事に忙殺をされて、その往復の2、30分が捻出できないのだ。

日光方面の紅葉は窓から眺めようとして、しかし日光街道の杉並木に阻まれ、望遠することはできない


朝飯 ほうれん草のソテー、春雨炒め、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、トマトのスクランブルドエッグ、納豆、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 柿なます、豚ハツと支那竹のクミン炒めたきたきうどん、米焼酎「白水」(お湯割り)

2016.11.4(金) 安物買い

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「金が無い、時間が無いは言い訳」という言葉がある。順風満帆な人は、胸を張ってそれが言えるだろう。その逆の境遇に置かれていても、みずからを鼓舞するように、食いしばった歯と歯のあいだからそれを絞り出す人はいるかも知れない。

今の僕には床屋へ行くヒマも無い。しかし出張に出た日などは、すこしの時間であれば、仕事と仕事の合間に捻出できる。先月26日はそんな時間を見つけて生まれて初めて千円床屋に入った。

池袋のその店に待ち客はいなかったからすぐに案内をされた。「どうしますか」と訊かれて「5ミリのバリカンで丸刈りにしてください」と答えると「5ミリはありません、4ミリか6ミリです」というので「だったら6ミリでお願いします。それと髭は4ミリで刈ってください」と頼むと「髭はやってません」とのことだった。

髪の毛より髭が気になって入った床屋で「髭はやってません」と言われれば、その床屋に入った意味は無い。しかし当方は既にして席に着き、上半身には白い布を巻かれている。「分かりました」と了承すると、マスクの内側でモグモグとガムを噛みつつオニーチャンは僕の髪をなかなか上手に刈ってくれた。

大昔に巣鴨でやはり安い床屋にかかった。そしてその仕事に満足がいかず、地元に帰ってカトー床屋にかかり直したことがある。今回もまた、結局はカトー床屋の世話にならなければならないところ、その時間が無いのだ。

今朝は9時から銀行まわりをするうち2時間が過ぎた。2時間あれば床屋にもかかれそうなものだけれど、銀行には行けて、しかしなぜか床屋には行けない。難しい問題である。


朝飯 春雨炒め、昆布の沖縄風炒め、ベーコンのソテー、スクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、鰯の土佐煮、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁、メロン
昼飯 柿の葉鮨
晩飯 カレー南蛮鍋、うどん、米焼酎「白水」(お湯割り)

2016.11.3(木) 15分間の退屈

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朝、ふと気づくと店舗入口の犬走りに、誰かが置いたらしい温度計が目に付いた。拾い上げて見てみると、気温は10℃ちょうどだった。真冬の氷点下にくらべればどうということもないけれど、今のこの気温は充分に寒い。手荒れとアカギレの季節である。

日に数え切れないほどの手洗いを繰り返し、またその手をアルコールで消毒することを好む僕の手は当然、秋が深まれば指先にアカギレを生じ、また爪と肉のあいだは剥がれ加減になる。そうなってもクリームは塗らない。そのベタつきを嫌って、塗ってもすぐに石鹸で洗い落としてしまうのだ。

おととしのことだったか、優れた焼き菓子を作る工房のあるじに「自分はこれを愛用している」と、「日本ケミファ」の「モイスポリアホワイト」というクリームを教わった。すぐに取り寄せ使ってみると、なるほどこれなら大丈夫と確信をした。塗ったときこそ普通のクリームながら、左右の手をこすり合わせるうち、まるで水に溶いた石膏が固まったような感触と共に、油のベタつきが消えるのだ。

難点は、そのベタつきが消えるまでの手のこすり合わせに15分ほどを要することだ。そのあいだはスマートフォンにもコンピュータにも触りたくない。テレビのリモートコントロールにも手を伸ばす気にはならない。15分間の退屈を紛らわすには、新聞を開くことが最上である。新聞紙なら、すこしばかり汚してもどうということはないからだ

今年はこのクリームを塗ることを怠り、現在、僕の左手の親指、人差し指、中指、右手は人差し指と中指の先にバンドエイドが巻いてある。バンドエイドは「キズパワーパッド」で格段の進歩を遂げたけれど、やはり何かと不便だ。

指先のアカギレが消えたら即、「モイスポリアホワイト」を使い始めなければならない。そうすれば次の春が来るまでバンドエイドとは無縁になれるのだ。15分間の退屈から逃げてはいけない。


朝飯 しいたけのたまりだき、昆布の沖縄風炒め、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、ベーコンのソテー、スクランブルドエッグ、鰯の土佐煮、メシ、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「魚登久」のお通しのおでん風煮物鰻の胆焼き鰻重、肝吸い、「片山酒造」のカストリ焼酎「粕華」(生)

2016.11.2(水) 13℃

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目を覚まし、数分が過ぎたと思われるころ、枕頭のiPhoneを取り上げ見ると、時刻は5時25分だったから「寝過ごした」と、いささかの落胆を覚える。起床してから朝食の準備の始まる6時までは静かな、貴重な時間である。それが今朝は、着替えや洗面の時間を引き算すれば僅々20数分しか確保できない勘定になる。より一層、早寝をしなければならない。

出勤してくる社員のために事務室のシャッターを上げる。その足で倉庫へ行き、来年のカレンダーが、既にしてビニールの筒に丸めて整理されていることを確認する。しかしそれはB3のそれについてのみで、B4の小さな方はいまだ届いたときの荷姿のままだった。こちらの方も、準備を急がなければならない。

僕が普段から口にして「それにしても美味いよなぁ」と感心しているあれこれを集め、限定40セットを大晦日必着でお届けする「日光の美味七選」については、毎年、各々のお店に挨拶に出向く。それを昨年からは長男が務めてくれるようになって、僕はとても楽になった。そして本日、長男はその仕事を完了したという。

閉店時の気温は13℃。いまだ晩秋の感じはしない。


朝飯 納豆、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、目玉焼き、しいたけのたまりだき、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、里芋とハムと胡瓜のサラダ、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 朝飯の残りを流用した弁当
晩飯 トマトのサラダポテトグラタンポトフ、”Chablis Billaud Simon 2014″

2016.11.1(火) ころもがへ

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2013年秋のリフォーム以来、生活の拠点は4階の北西側から南東側に移った。その結果、日光の山々を眺める機会は減り、夜明けの空と日の出を愛でる日がほとんどになった。

事務室に降り、facebookを開くと、知らない誰かの、日光の山々に冠雪のあったことを報せるコメントをシェアする人がいた。よっていま降りてきたばかりの4階にふたたび上がり、以前の、北西に面した洗面所の窓を開けるとなるほど、男体、大真名子、女峰、赤薙の、登山用語ならルンゼだろうか、夏は落石、大雪が降れば雪崩の頻発しそうな部分にうっすらと降雪が認められた。

10月の下旬からすれば、隨分と寒くなった。にもかかわらず、半袖のポロシャツに長袖の木綿のTシャツを重ねるという、秋以来の恰好を続けてきた。しかし山には雪、である。

昼休みに寝室に入り、チェストのポロシャツすべてを押し入れの、夏の服のための箱に仕舞う。そしておなじ押し入れの、今度は冬の服のための箱から”UNIQLO”のヒートテックの長袖シャツを取り出し、それをチェストの、これまではポロシャツが入っていた引き出しに収める。

夜は本日出勤をしたうちの、都合のつく社員に4階に集まってもらい、食事会を催す。それに併せて遅ればせながら、秋の日光MGの、社内的表彰を行う。

第5期の自己資本322A++、決算順位が52名中の4位だったヤマダカオリさんには技能賞が与えられた。自己資本357A++、決算順位52名中の12位、売上金額累計2位のハセガワタツヤ君は敢闘賞ながら頸椎ねんざで長期療養中、また自己資本398A++、卓の履歴DDBCで殊勲賞のサイトーエリコさんは本日、急な発熱で早退ということで、これら2枚の表彰状は、新年会での授与となるやも知れない。


朝飯 昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、炒り卵、しいたけのたまりだき、じゃこ、雑炊
昼飯 「味彩たむら」の鶏飯、若布と万能葱の味噌汁
晩飯 里芋とハムと胡瓜のサラダ「らっきょうのたまり漬」とツナのサンドイッチポテトグラタングリーンサラダ秋刀魚のコンフィポトフトマトと蟹とクリームのソースのペンネフルーツポンチジンジャーケーキ、”TIO PEPE”

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学