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清閑 PERSONAL DIARY

2017年7月の日記31本

2017.7.31(月) ひたし豆

仕事用のズボンを外出用のそれに履きかえ、ベルトを締めると、いちばん内側の穴でもゆるい。よってその革製のベルトをゴムで伸び縮みする、どの位置でも合わせられるものに換える。革製のベルトを買ったのは2006年。以降、僕の胴囲は徐々に細くなり、2014年の正月からは更にその傾向が強くなって今に至る。理由については知らない。

下今市11:35発の上り特急スペーシアに乗る。東京の、夏らしい暑さが心地よい。巣鴨で所用を済ませ、湯島に出る。

「地下鉄…」と口にした弟子を「地下鉄道と言いなさい」とたしなめたのは折口信夫だっただろうか。そこまでの厳密性は持ち合わせないものの、言葉を略することは、僕も好きでない。「コスパ」なども、そのひとつである。これを「安値」とする解釈も嫌いだ。「コストパフォーマンスに優れる」と「安値」は同義ではない。

ところで「コストパフォーマンスに最も優れる飲み屋」といえば、僕の中では湯島天神下のシンスケで揺るがない。「タルヒヤ」のある晩秋から桜のころにかけては、その価値は更に高くなる。夏は2階で焼酎に専念したい気持ちもあるものの、今日のところは1階のカウンターにて3種の日本酒を飲む。


朝飯 胡瓜と若布と茗荷の酢の物、納豆、切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、スペイン風目玉焼き、牛蒡と人参のきんぴら、メシ、若布と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「味彩たむら」の日替わり弁当
晩飯 「シンスケ」のあれや、これや、それや。3種の日本酒(冷や)

2017.7.30(日) キッチハイク

「キッチハイク」という食事の楽しみ方がある。”aiabnb”を民泊とすれば、それは民食とでも呼ぶべきものかも知れない。

ウチの朝食をウチの隠居で召し上がっていただくお誘いを先般、そのキッチハイクに長男が上げた。隠居の庭には3日前に植木屋を入れた。建物の掃除が長男がした。そして今日が、その第1回目である。

僕はきのうの夜から味噌汁のだしを引いた。「ウチの朝食をウチの隠居で」ということだから、その必要は無かったかも知れないけれど、普段よりも丁寧に引いた。

ただでさえ忙しい日曜日に、僕、家内、長男の3人が店を空けてはまずい。そういう次第にて、今日の僕の役目は味噌汁のダシを隠居に運ぶのみとした。以降は普段の仕事に専念すべく、店に戻る。

お客様のお見えになる9時30分のころから雲には隙間ができ、日が差しはじめた。隠居の、今朝までの雨に濡れた木々の緑はさぞかし、その日の光に映えることだろう。本日の催しをお客様が、その身と心で楽しんでいただければ幸いである。


朝飯 納豆、ほうれん草の胡麻和え、切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、生のトマト、スクランブルドエッグ、鮭の昆布巻き、胡瓜のぬか漬け、メシ、若布とツルムラサキの味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 ほうれん草とエノキダケの白和え、牛蒡と人参のきんぴら、トマトとベビーリーフのサラダ、ニンジンのグラッセとジャガイモの唐揚げとエリンギのソテーと大根おろしを添えたハンバーグステーキ、麦焼酎「田苑シルバー」(ソーダ割り)

2017.7.29(土) 熱風

関東地方に梅雨明け宣言が出されて何日が経つだろう。しかし天気は優れない。これが戻り梅雨というものだろうか。7月の末とはいえ特に朝などは、窓を開け放っておけば冷房の必要はまったく無い。

ところで今年は、梅雨の明ける前からひぐらしの声に気づいた。

「ひぐらしが鳴き始め、山百合が咲き始めると、乳茸の季節だ。」という一節が、この日記の2000年9月6日の冒頭にある。ひぐらしは秋になって初めて鳴くように読めるけれど、実際には、ひぐらしは隨分と早くから鳴き始めていたのだ。

ひぐらしの声にはなぜか秋の風情がある。よって僕としては、あまり好きでない。

天気予報によれば、来週の後半あたりから晴れて気温の上がる日がすこしは続くという。夏休みに入ってこのかた雨続きでは、子供や学生はさぞかし、空を見上げて恨めしさを募らせていることだろう。子供や学生ではない僕でさえ、融けるほど熱せられたアスファルトの上を、夏の熱風の吹きわたる日を待ち望んでいるのだ。


朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ラタトィユ、納豆、鮭の昆布巻き、胡瓜のぬか漬け、メシ、トマトと揚げ湯波とツルムラサキの味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩つけ麺
晩飯 トマトとキウィのサラダ、パン、トマトと牛挽き肉のラザニア、“DE FONBEL Saint-Emilion 1995”、桃のクリームソースかけ

2017.7.28(金) 快挙

家庭菜園で育てたという唐辛子を、フクダナオブミ製造部長がくれた。ベトナムの唐辛子とのことだったけれど、これはタイではプリッキーヌーと呼ばれるものだ。生でかじることは勿論、料理に使うことも憚られる辛さを持つことは明白である。よって今朝はこれを細かく刻み、醤油差しに投入した。しばらくすれば面白いプリックシーユーになるだろう。

9時をすぎて製造現場へ行くと、そのフクダナオブミさんが縦に真っ二つに割れた鍵を見せ、どうにかして合い鍵が作れないものだろうかという。訊けば年に数回しか使わないものではあるけれど、無ければとても困るとのことだった。

説明によれば、それは廃水処理施設に併設をされたポンプの、操作盤を開くためのものだという。そうは言われても、壊れた鍵から合い鍵を作ることは難しいだろう。

事務室の裏の通路に戻り、ロッカーからプラスティックの箱を取り出す。2005年にオヤジが亡くなったとき、その周辺にはおびただしい数の鍵が残された。それらすべては、一旦は捨ててしまおうと考え、しかし思い直して、一個所にまとめて保管をしておいたものだ。

その箱を事務室の大テーブルに運び、何百という鍵をひとつずつ見ていく。浜の真砂から一粒の真珠を拾い出すほどではないにしても、それはなかなか大変な作業に思われた。しかしそれらしい鍵には案外、簡単に行き着いた。ふたたび製造現場におもむき、これを試すよう言って、フクダさんに手渡す。

鍵は果たして、操作盤の鍵穴にスルリと収まり、左に回すとカチリとその扉は開いたという。僕の仕事においては滅多にない快挙である。


朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、納豆、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、ラタトゥイユ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ほうれん草のおひたし、メシ、若布と揚げ湯波と小松菜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 玉葱のサラダ、枝豆、ポテトサラダ、切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、たまり漬「刻みザクザクしょうが」による豚の生姜焼き、麦焼酎「御神火」(ソーダ割り)

2017.7.27(木) 過客

我が春日町1丁目においては、町会費は先ず、向こう三軒両隣をたばねる組長が毎月27日に集めて歩く。それを東、中央、西の各地区委員長がまとめ、会計係の僕のところまで持って来てくれる。集まるお金は戸数の増減がないかぎり変わらない。一方、出ていくお金は、その時々で大きく変わる。

新年度つまり4月には、月末に町会費の集まる前に春の大祭がある。出金は前年度の繰越金を超えるから、足りない分は僕が立て替える。7月には八坂祭がある。ここでもまた、残高を超えてお金の出ていくことがままあり、足りない分は僕が立て替える。

日本酒に特化した飲み会「本酒会」では、僕は酒の取り寄せと会報の発行を請け負っている。酒は送料の負担をなるべく減らすべく、数ヶ月分をまとめて購入し、冷蔵庫に保管する。酒代は毎月の出席者から会計係が集め、全額が貯まったところで僕に支払われる。

きのうは「本酒会」に立て替えていた36,563円が戻った。そして今日は町内会に立て替えていた42,000円が戻った。僕の長財布は一気に豊かになった。もっとも考えてみれば、この計78,563円は元々、僕が過去に立て替え、仮払いをしたお金であり、収入ではない。月日が百代の過客なら、現金もまた過客に他ならない。長財布の中身も早晩、空になるだろう。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトのソテーを添えた目玉焼き、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波とツルムラサキの味噌汁
昼飯 「とりや食堂」のワンタン麺
晩飯 胡瓜と若布の酢の物、トマトとキウィのサラダ、「なめこのたまりだき」の卵とじ、ほうれん草の胡麻和え、牛蒡と人参のきんぴら、夏太郎らっきょう、麦焼酎「御神火」(お湯割り)、フルーツゼリー

2017.7.26(水) 共同事業

店の奥、お客様がお休みになる場所の壁面には、ここ40年のあいだ、版画や絵が飾られてきた。ところが一昨年、この空間を使って上澤梅太郎商店の歴史、また「たまり漬」の歴史を紹介することができないか、という案が持ち上がった。

そんなところに宇都宮の、日光市と様々な分野で連携をしている文星芸術大学が「日光ブランド」の食分野に認定されている会社と共同で「ブランディング支援事業」というものを行っていることを、日光市役所から報された。「そうであれば」と腰を上げたのは長男である。

来てくださったのは、著作を何年も前に読んでいたから、その偶然に驚いたササキゴロー先生以下、サワダリナさん、ヤナシマミスズさん、イワブチマチコさん、ハシモトナオキ君の学生4名だった。以降、彼らは幾度となくウチを訪ね、資料や意見の交換を重ねてくださった。

その事業がようやく実を結び、B2版のパネル3枚が届けられたのは数日前のことだ。そして本日はそのお披露目にて、同大のミズモトカズヒロ助手以下4名の学生、朝日、読売、毎日、下野の各新聞社の日光支局長、また日光市役所秘書広報課からも担当者が駆けつけてくださる中で、写真とイラストレーションによるパネルは賑々しく壁にかけられた。

学生たちが半年以上を費やした力作が、お客様の、当店を知っていただく一助になれば幸いである。この事業に関わってくださった文星芸術大学の先生、学生、また日光市役所の担当者には、厚く御礼を申し上げます。


朝飯 鮭の親子漬け、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、納豆、ラタトゥイユ、胡瓜のぬか漬け、鶏のそぼろ煮、メシ、豆腐と揚げ玉と小松菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「食堂ニジコ」の酒肴あれや、これや、それや。冷やし中華(ハーフサイズ)、6種の日本酒(冷や)、ヤギサワカツミ会員の差し入れによるマンゴー

2017.7.25(火) 玉子かけごはんマラソン

今からすれば隨分と昔、それは多分、今世紀に入って間もなくのころと記憶する、あるお客様から「ふきのとうのたまり漬を玉子かけごはんに混ぜると美味い」と教えられた。試してみると確かに美味い。そもそも鶏卵は、他の食材との親和性が高い。教えられる前に気づくべきだった。

ふきのとうのたまり漬の玉子かけごはんが美味いことは分かったけれど、他のたまり漬を合わせることはしなかった。作る側とすれば、自社の商品すべてでそれを試すべきなのではないか。そのようなことを、今年の春ごろに考えた。そして遂に、今月7日より、その懸案だった朝食を始めることにした。

1日目は、大根と胡瓜と生姜を細かいさいの目に刻み、そこにしその実を加えた「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、2日目は「なめこのたまりだき」、3日目は「蕗のとうのたまり漬」、4日目は「みょうがのたまり漬」、5日目は大根のたまり漬を千六本に刻んだ「おばあちゃんのふわふわ大根」、6日目は「しその実のたまり漬」、7日目は「ふきのたまり漬」、8日目は「しいたけのたまりだき」、9日目は「かんぴょうのたまりだき」、10日目は「栃木県壬生町産のしょうがです。」、11日目は「青森県田子町産のにんにくです。」、12日目は「なすのたまり漬」、13日目はきゅうりのたまり漬を厚さ1ミリにスライスした「超うす切りきゅうり」、14日目は「七種きざみあわせ・だんらん」、そして15日目の今朝は、らっきょうをたまりに長くどっぷりと漬け込んだ「黒太郎らっきょう」と、facebook上には「玉子かけごはんマラソン」と題して紹介を続けた朝食が完了した。

僕は血中のコレステロールが高いらしい。よってかかりつけの医師からは「玉子は週に2、3個」と言い渡されている。その鶏卵を今回は15日のあいだ食べ続けた。明日からしばらくは、玉子は自重しようと思う。

夕刻からは長男を講師とする「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」にて、3回目の今日は仲町の今市コミュニティセンターで、その講義を受けた。今回は41ページの「不要なページを消したい」から44ページの「大量データを登録したい」までと、その進みはゆっくりだ。都合が悪くて来られなかった人も、自習をすれば、すぐに追いつける。疑問の点があれば、ウチまでいらっしゃっていただければと思う。


朝飯 たまり漬「黒太郎らっきょう」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、メシ、豆腐とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「ふじや」の焼き餃子、冷やし味噌ラーメン、日本酒(燗)

2017.7.24(月) 夏の仏壇

このところ、仏壇の花の保ちが悪い。それは、気温の高さによるものだろうか、あるいは朝夕に換える水の温度の高さによるものだろうか。仏壇の置かれた、一日中ほとんど人のいない応接間に、まさか花を保たせるためだけに冷房をかけ続けるわけにはいかない。よって今朝からは、こんなことが効くかどうかは不明ながら、朝夕に水を換える際には、ここに数個の氷を入れることにした。

様子を見ていると、氷を入れて間もなく、ガラスの花瓶はその外側に露を生じ始める。手を触れれば当然のことながら冷たい。そしてその冷たさは、小一時間ほどは続く。気休めかも知れないけれど、これで花の保ちがすこしても良くなれば幸いである。

ホトケを擬人化する頭は僕には無い。しかし今日からは、朝、仏壇に供える水にも氷をひとつ入れることにした。気持ちの問題である。お盆を前にしての仏壇の掃除は、そのころ帰宅する次男に任せようと思う。


朝飯 たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」の玉子かけごはん、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、豆腐と揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 “TIO PEPE”、ベビーリーフとルッコラのサラダ、ラタトゥイユ、パン、鶏とマカロニのグラタン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、チョコレート、“Old Parr”(生)

2017.7.23(日) 秋のタイ行き

秋のタイ行きについて考えている。

シルバーウィークの最終日にあたる9月24日の夜に羽田空港へ行き、日付が変わった直後の深夜便に乗る。行き先は最北部。旅の目的はいつもながら「何もしないこと」。バンコクには10月5日に戻り、10月6日の深夜便を使って翌早朝に帰国する。

この大まかな日程に従えば、田舎ばかりに10泊だ。「飽きないか」と問われれば、別段、飽きることはないだろう。日本人が好む、あるいは東アジアの人たちにも共通する嗜好かも知れないけれど、定められた日程の中でできるだけ遠くへ行こうとしたり、できるだけたくさんの街や名所を巡ろうとする旅は苦手である。身も心も忙しい日常を送りつつ、なぜ旅先でもせわしなく動きまわるか、それが僕には理解できない。

「旅の目的は何もしないこと」とはいえ、散歩、飲酒喫飯、水泳、本読みくらいはする。それに加えて、中国国民党員の子孫たちから自家醸造のとうもろこし焼酎を買うとか、運良く旬に当たれば幼虫から成虫に育ちつつあるスズメバチを探して食べる、というようなことはするかも知れない。

足がかりにする街はチェンライ。そこから山中に足を踏み入れるか、ミャンマーやラオスとの国境付近に移動してそこに留まるか、あるいは数日チェンマイまで南下をするか、というようなことは決めていない。航空券は、既にして確保した。


朝飯 たまり漬「超うす切りきゅうり」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 柿の葉鮨
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや。「田苑酒造」の麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)

2017.7.22(土) 冬景色

毎年この季節になると、自宅のベランダに朝顔を咲かせたり、あるいはゴーヤで日よけのカーテンを作ったりする報せがfacebookに目立ってくる。それらに貼付をされた画像はおしなべて、いかにも清々しい。しかるにウチの4階のベランダには、昨年の秋以降、どう短く見積もっても9ヶ月は経っているだろう、花も葉も枯れて失われ、乾いた土ばかりになったプランターが、あたりを埋めている。

5時50分、遂に意を決してベランダの掃除を始める。指折り数えてみれば、プラスティック製のプランター7個、おなじくプラスティック製の、それも大型の植木鉢12個、そして更にはジョウロやスコップなどの道具、また何年も置き放たれた空の植木鉢などを台車に載せ、少しずつ玄関に降ろす。

朝食の後は、玄関の前に出されたそれらを、これまた少しずつ台車に載せ、隠居とのあいだを往復しながら土を捨てる。その最中に、薔薇の枯れ枝のトゲを深く、右手の人差し指に刺す。汗の流れる顔は、土ぼこりにまみれている。正に、泣きっ面に蜂である。

玄関の前にふたたび集めたプランターや植木鉢は、何しろプラスティック製だから使おうと思えば使えるものの、90リットルのゴミ袋ふたつに納め、その口を固く縛る。針金に緑色のビニールをコーティングした添え木は、どのように分別して良いやら分からないため、取りあえずはまとめて邪魔にならないところに置く。

最後に大きなチリトリと箒を持ち、4階へと戻る。そしてベランダに散った枯れ葉や土を掃き集めるも、そこには人工芝が敷きつめてあるため、完全には取りきれない。それでもとにかく、ベランダの冬景色は綺麗サッパリ視界から消えた。

そうして本日2度目のシャワーを浴び、新しいシャツに着替えて店に降りる。


朝飯 「なすのたまり漬」の玉子かけごはん、胡瓜の古漬けと切り昆布の油炒め、生のトマト、茄子と茗荷の味噌汁
昼飯 冷やしラーメン
晩飯 “Finbec Naoto”の冷たい前菜、暖かい前菜、パン、あれこれによるリゾット、パン、鱸のカリカリ、小さなカレーライス、桃のコンポート、コーヒー、白のハウスワイン

2017.7.21(金) IoT

定時に店を閉め、夜間警備の警報を設定する。そこから2つの扉を施錠しつつ自宅に戻る。そして釣り銭のための手提げ金庫とコンピュータを入れたトートバッグをいつもの場所に置く。

しばらくして、製造現場の冷蔵庫に忘れ物をしたことに気づく。自宅からそこまでは、これまた2つの扉を解錠する必要がある。ところが先ほど使ったばかりの鍵が見あたらない。

洗面所、仏壇、本棚、食堂と、店から自宅に戻って以降に歩いた動線に沿って探すも鍵は見つからない。なにしろ狐につままれた状態のため、意味の無いことと知りつつ、家内の鍵を借りて先ほど施錠したばかりの扉を次々と開き、店や事務室の中を探し回っても、もちろん、鍵のあるわけはない。

製造現場の冷蔵庫に立ち寄りながら、さきほど解錠したばかりの扉を施錠しつつ自宅の食堂に戻る。人の良い家内が「すべての場所を疑うべき」という感じで食器の入った引き出しをふたつみっつ開ける。それを目にして僕も、エアコンディショナーのリモートコントローラーや調理用のタイマーを納めた引き出しを開けてみる。果たして鍵は、そこにあった。1年365日のうち、その引き出しに鍵を仕舞うことは1度もない。不思議なこともあるものである。

このところよく目にする”IoT”とは”Internet of Things”の略で、すべてのモノがインターネットに繋がり、相互に情報交換のできることをいうらしい。僕が切に願うのは、自分の身のまわりのモノすべてが自動的にインターネットに繋がり、それを自分のコンピュータで制御できる世の実現、である。

鍵を見失ったらスマートフォンに「店の鍵」と入力をする。するとディスプレイに自宅食堂の見取り図が現れ、軽い音と共に、ひとつの引き出しにフラッグが立つ。そんな仕組みをgoogleあたりが作ってくれれば幸いである。


朝飯 たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、エノキダケと水菜の酢の物、胡麻豆腐、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、「夏太郎らっきょう」、鶏の網焼きの「ひしお」のせ、「寳焼酎極上」と麦焼酎「のんじょくれ」の混合(ソーダ割り)

2017.7.20(木) 実力制名人

「私は、碁は芸である、と考える。芸を磨くことがプロのつとめである、と思っている。勝ち負けは結果にしかすぎない。芸が未熟なら負ける。相手より芸がまさっていれば勝つ。ただ、それだけの話である」と、かつて藤沢秀行は、日本経済新聞の「私の履歴書」に書いた。

今や人間は、囲碁でも将棋でも、コンピュータに勝てない。ということは「人間よりコンピュータの方が、より芸を磨いた」ということなのだろうか。

「実力制名人」が文字通りの「実力制」なら、現在以降の名人は、人間ではなくコンピュータがその座に着く可能性が限りなく高い。「棋士とコンピュータとの闘いは、陸上選手とクルマとの競走と同じで、それを論じることに意味は無い」という意見がある。しかし僕の感覚からすると「頭脳」と「運動」を一緒にすることはできない。

ところでこんなことを書きながら、僕の将棋の力は非常に弱い。駒の動かし方を覚えたばかりの子供にも負けるかも知れない。囲碁に至っては石の置き方すら知らない。しかし囲碁将棋についての本を読むことはとても好きだ。そして今日もそれに関係する、しかし佐藤天彦名人が”DENSO”のロボットアーム「電王手さん」に「負けました」と頭を下げるなどは思いもよらなかった古き時代の本3冊を買う。


朝飯 たまり漬「栃木県壬生町産のしょうがです。」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁、キウィ、
昼飯 ラーメン
晩飯 ツナと長芋とルッコラのサラダ、トマトとマッシュルームと牛肉のスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、メロン

2017.7.19(水) 朝のあれこれ

0時30分に目を覚ます。起きるにはいかにも早すぎる。闇に横たわって静かにしているも、眠気はまったく訪れない。よって今度は敢えて時間は確かめずに服を着る。南東に面した廊下を伝って食堂に行く。紺色の空には金星、そして旧暦5月28日の月が煌々と照っている。

おとといときのうの、2日分の日記を書き上げる。食堂の床の、汚れたところを磨く。エアコンディショナーがランプの点灯で掃除をうながしているフィルターを水で洗う。時刻は5時17分。窓からは日が眩しく差しはじめた。

ふと、ここ1週間ほどの懸案が気になって外へ出る。そして自転車で日光街道を下る。半袖シャツを着た二の腕が風を切って少し寒い。ウチの、如来寺にある古い方のお墓を訪ね、南から北へと時代を経るごとに並んだ墓石のうちの、ふたつを軽く検分する。そこから「ついでに」と言えば叱られそうではあるけれど、新しい方のお墓にも自転車を乗り付け、妹の祥月命日に供えた花を捨てて花立てを洗う。また湯飲みの水を新しくする。

食堂に戻ると時刻は5時38分。レンジの下からミルクパンを取り出し、味噌汁の準備に取りかかる。


朝飯 「かんぴょうのたまりだき」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、豆腐と若布とサラダ菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 茄子とピーマンの素揚げ、「なめこのたまりだき」の冷や奴、生のトマト、夏太郎らっきょう、素麺、「寳焼酎極上」と麦焼酎「のんじょくれ」の混合(ソーダ割り)

2017.7.18(火) モリタ君

朝、事務室で商談をしていると、駐車場に旭川ナンバーの四輪駆動車が入ってきた。その運転席から降りた人物を見て「ことによると」と、商談の席を抜け出し店に行く。商談は長男が進めているもので、僕はその横に座っていただけだから、抜けてもどうということはない。

「ことによると」と直感した人物はやはり、自由学園で3年後輩のモリタユーイチ君だった。モリタ君にはfacebookで友達申請を受けていたけれど、facebookにもかかわらず、そのプロフィール画像にみずからの顔写真を使っていない人とは、僕は「友達」にはならない。モリタ君のプロフィール画像は木製の椅子である。

それではなぜ今朝の人物がモリタ君と分かったかといえば、モリタ君のfacebookはセキュリティをそれほど厳しく設定していないため、他の写真で現在の顔が分かっていたのだ。

モリタ君は以前は富良野で演劇に関する大工仕事をしていて、それを自由学園の「同学会報」への寄稿で読んだことがある。訊けばここしばらくは中禅寺湖で、最大乗船人数456人の遊覧船「男体」の船内艤装をしていたという。

諸方にたまり漬を送る注文をしてくれたモリタ君は、東京の省庁から請け負った次の仕事のため、四輪駆動車で日光街道を下っていった。38年ぶりに会った後輩と記念写真を撮らないあたりが、僕のダメなところである。そしてモリタ君を見送って事務室に戻り、即、モリタ君からの、facebookの友達申請を承認する。


朝飯 3種のおむすび、トマトと揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 マカロニサラダ、胡瓜のぬか漬け、皮蛋、空心菜のソテー、3種の焼売、餃子、白酒「老龍」(生)

2017.7.17(月) 早起きは

5時台に目を覚ますと「あー、寝過ごした」と、いかにも時間を無駄にした気持ちになる。4時台に目を覚ますと「グズグズしていると5時が過ぎるぞ」と、気分がせわしない。3時台の目覚めでようやく、心に余裕を持って服を着ることができる。今朝は4時台に目が覚めた。

この秋から年末にかけて、どこかで使うらしい宣伝媒体の校正をするよう、長男に言われていた。このような仕事は、仕事場ではできない。仕事場で仕事ができないとは面白い話だが、自宅と仕事場がおなじ場所にある自営業者の事務室は大抵、仕事のできないようにできている。つまり僕は、事務仕事をしようとすれば早起きをせざるを得ないのだ。

早朝、というよりも夜中の続きのような時間から活動を始めれば当然、夜は早くに眠くなる。「昼夜逆転」とは、夜はいつまでも寝ず、朝はいつまでも起きない人を指す言葉らしいけれど、僕はその逆の、やはり昼夜逆転である。

ところで「早起きは三文の得」という言葉がある。これを僕は「早起きをしても、得をするのはたかだか三文くらいのもの」と解釈をしている。早く起きただけで儲かるほど、世の中は甘くないのだ。


朝飯 「しいたけのたまりだき」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、揚げ湯波とサラダ菜と茗荷の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 胡瓜と若布と蛸の酢の物、「なめこのたまりだき」によるなめこおろし、蕗の佃煮、「夏太郎らっきょう」、空心菜とキクラゲのソテー、銀鱈の西京焼き、「寳焼酎極上」と麦焼酎「のんじょくれ」の混合(ソーダ割り)、「久埜」の夏のお菓子

2017.7.16(日) いまだ踏んだことのない土地

列島の各所で記録される猛暑日や、熱中症への注意を呼びかける声が、テレビのニュースでかまびすしい。海抜400メートルにあるウチの近辺でも、知った人と顔を合わせれば「暑いですよねぇ」と声をかけられる。僕も子供ではないから「そうですねぇ」と返事をする。しかし実際には、暑さは感じていない。

街に自転車を乗り出すときには、7月の晴れた日の、いまだ梅雨の明ける前の空気に体がさらされる。その瞬間はいつも「今日も暖かくて気持ちが良いな」と、心の中でつぶやく。

夕方ちかくに店の駐車場を掃除して戻ると、事務室の入口に、社員の誰かが出したらしい温度計が見えた。気温は29.5℃だった。

そういう僕が「さすがに暑いな」と感じるのは、真夏の晴れた日の、東京の大きな交差点に立っているときだ。そこには熱風が吹く。その熱い風さえ僕には好もしい。そして「アフリカの北部に吹くサハラ砂漠からの風も、こんな感じなのだろうか」と、いまだ踏んだことのない土地のことを想う。

九州は既にして梅雨明けをした。関東の梅雨明けは、いつになるだろう。店舗入口の季節の書は「萬緑」のまま、かけかえられていない。


朝飯 ふきのたまり漬の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし中華
晩飯 野菜スープ、トマトと玉葱とレタスのサラダ、人参のなますとジャガイモの素揚げを添えた、たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」のタレによるビーフステーキ、たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」によるガーリックライス、“Charmes Chambertin Armand Rousseau 1983”

2017.7.15(土) 例外中の例外

千代田区神田東松下町の会場に10時までに着くには、下今市07:45発の上り特急スペーシアに乗れば間に合うと「乗り換え案内」は示している。しかしこの場合、神田の駅から目的の場所には歩きではなく、走ることが要求される。走ることは厭わない。しかし汗をかくのは嫌だ。そういう次第にて下今市07:03発の始発に乗る。

神田ではiPhoneのグーグルマップを使ってもドトールコーヒーが見つからず、仕方なく目の前のスターバックスに入って30分ほども本を読む。僕は活字中毒ながら、本は自宅ではほとんど読まない。日常から隔絶された環境でないと、なぜか本を開く気が起きないのだ。

勉強仲間というよりは先輩と認識しているまじゅろさんが講師を務める研修は、ミクロネシアの地理の解説から始まった。それに続く、1986年2月22日にまじゅろさんがウォークマンで録音した小林茂の講演を聴きつつ、それを西順一郎先生が文字に起こした講演録を目で追う講座は論語の素読に似て、何やら勉強をした気になった。小林茂の話の内容は、僕の中では橋本左内による「啓発録」のうちの「立志」に通じる。

仲間うちの研修には、その後に交流会を伴うものが多い。しかし僕はこの集まりにはほとんど出ない。それは主に「夜は眠い」「脳を使った後はひとりで頭を冷やしたい」という、ふたつの理由による。しかし今夜は例外中の例外にて、その交流会に参加をする。そして浅草21:00発の下り最終にて帰宅の途に就く。


朝飯 3種のおむすび
昼飯 研修会場に出前の弁当
晩飯 「おきばり屋」のあれや、これや、それや。チューハイ、それを濃くするためのナカ

2017.7.14(金) 八坂祭(渡御)

総鎮守・瀧尾神社の夏のお祭である八坂祭は、今日が最終日だ。我が春日町1丁目に限って言えば、日光街道に沿った家々に注連縄を張り巡らしたのが今月1日だったから、町内には2週間も、お祭の気分が漂っていた。好きな人には、心の浮き立つ日々だっただろう。

朝、所用により小倉町から春日町へ向けて自転車で日光街道を遡上していくと、神社を背にして渡御の行列の下りてくるのが見えた。遠目にもひときわ目立つのは、今日は台車に載せられた、6日前の千貫御輿である。

会社に戻り、しばらくしてから「そろそろか」と外へ出てみると、しかし行列は、先ほどの場所からそれほど動いていないように見えた。宮司は、各町内の会所に立ち寄り祝詞を上げる。また一行は、各町内の接待を受けつつ小休止を繰り返す。よってその歩みは決して早くない。

ふと気づくと、その行列が春日町の交差点を過ぎようとしている。当方はいささかのんびりしすぎたのだ。用意したニコンの一眼レフを掴んで外へ出る。赤信号に阻まれて、行列には住吉町でようやく追いついた。

町内の有志および役員は15時に公民館に集まって、2週間前に飾った祭壇および町内の注連縄を片付ける。店の前の4張りの提灯は、閉店の直前に取り外した。仕事の関係上、18時30分からの直会には出ずに、家で夕食を摂る。


朝飯 しその実のたまり漬の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 ビーツとブロッコリーのサラダ、夏野菜の南蛮漬け、鱈とトマトのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、お菓子もろもろ、グラッパ

2017.7.13(木) 検査の結果

本日は妹の祥月命日である。何年経ったのかと朝食の前に家内に訊かれ、暗算をする。

妹が病没をしたのは、僕が高校1年生のとき。それが西暦何年だったかは、サイゴンが陥落した1975年から3を引くという、ややこしいことをして1972年と先ずは算出をする。自分が高等学校に上がった年を、僕は覚えていないのだ。

今年は2017年。そこから1972年を引けば45年。もう45年も経ってしまったとは、にわかには信じがたい事実である。

パートタイマーの出勤により販売係の人数が充足した9時に、家内、長男夫婦、孫の5人で如来寺のお墓を訪ね、お参りをする。

バンコクにいた先月24日の夜に微熱を発し、同時に胃が痛み始めた。熱は数日で去ったものの、胃痛は1週間ほども続いた。その原因を突き止めるべく、帰国して数日の後に、胃カメラによる検査を宇都宮のサクライ消化器科内科に予約をした。病院と僕の予定の一致したのが、すなわち今日である。

長く待たされることを覚悟して受付をしたものの、呼び出されたのは約束の11時より前だった。現在の胃カメラは鼻から入れる細いものにて、喉から入れるむかしの太いものより隨分と楽だ。胃カメラを体内に入れられていた時間は多分、10分以上15分未満だろう。検査の結果は「食道にも胃にも十二指腸にも異常はなく、ピロリ菌もいない」というものだった。

会社を出てから2時間ほどで、ふたたび会社に戻る。電話などかからない環境でゆっくりしたかったため、ファミリーレストランの”Parrot”へ行く。そして本を読みつつサンドイッチを食べる。


昼飯 “Parrot”のクラブハウスサンドイッチ、コーヒー
晩飯 胡麻豆腐、金目鯛の煮こごり、茄子と豚肉の「たまり漬・刻みザクザクしょうが」炒め、胡瓜のぬか漬け、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)、メロン

2017.7.12(水) 降ったり止んだり

月曜日の夜に誤って噛んだ舌先は、きのうの痛さが今朝は痺れくらいのところまで回復をしてきた。セキネ耳鼻科の処置、また処方した薬が効いているものと思われる。

今回は初めて、物を食べながら舌の先を噛んだ。そこで考えるのは、生まれつき舌が長くて「さしすせそ」の発音が英語の”th”になる人についてだ。舌が長い分、舌の先を噛むことも多いのではないか。あるいはそのあたりについては、子供の頃から自然に訓練をされているのだろうか。

午後の中ごろより雨が降り始める。その雨はいくらも経たないうちに、まるで夕立のように強くなった。軒下のノレンを事務室の中に取り込み、また八坂祭の提灯も柱から外して畳む。驟雨が長く続くことはない。その勢いの弱くなったところでふたたび、ノレンと提灯を本来の場所に戻す。

八坂祭の渡御はあさっての金曜日に催行される。それに付き従う町内三役の麦わら帽は、既にしてウカジシンイチ自治会長の家に届けてある。ウェブ上の予報によれば、炎天になる可能性は、それほど高くはないらしい。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」の玉子かけご飯、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、メシ、豆腐とオクラの味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 小松菜の鶏スープ煮、鮭の麹漬け、蕗の佃煮、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、豆腐と茄子の揚げだし、胡瓜のぬか漬け、金目鯛の煮付け、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)

2017.7.11(火) 昼の火事

きのうの夜、モツ焼きを食べながら、誤って舌の先を強く噛んだ。口の内壁を噛むことはしばしばあったものの、舌の先は初めてである。痛みにより舌が正常に動かせないと、咀嚼したものを喉の奥へ送り込むことに支障を来す、それを今朝は初めて知った。

浅草07:30発の下り特急スペーシアで9時すぎに帰社する。先般のもらい火により保険会社から調査員が派遣されてきたため、すぐには会社を抜け出せない。11時がちかくなるころようやく、セキネ耳鼻科へ行く。

セキネケーイチ医師は舌の先に複数の薬を丁寧に塗り、粘膜の回復をうながす漢方薬を処方してくれた。「衰えを感じますね」と言うと「衰え? それはまだ早いだろう」と、先生は僕の言葉を笑い飛ばした。

午後、たまたま自宅4階の食堂にいるときサイレンが鳴る。窓から南東の方角に目を遣ると、スーパーマーケット「かましん」の看板の向こうから黒煙が上がっている。「火元は小倉町だろうか」と考えつつ屋上に上がり、更に目を凝らす。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の状況を調べに行きながら、その近辺つまり小倉町3丁目から1、2丁目を見まわすも、消防車の姿は見えない。「あの高く上がった黒煙の様子では、ボヤとも思えないが」と、不思議な気持ちで会社に戻る。

夕刻に来た取引先により、火事は旧市街から南東に数キロほども下った森友地区で起きたものと知った。現場は意外や遠かったのだ。それはさておき、空気の乾燥は冬のことと認識をしているけれど、そういえば今年の梅雨は、例年より雨の少ないような気がする。


朝飯 「ドトール」のハム玉サラダサンド、コーヒー
昼飯 盛りラーメン
晩飯 うずら豆、鶏と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、鮭の麹漬け、ピーマンの肉詰めのトマト煮、「寳焼酎極上」とラオカーオの混合(ソーダ割り)

2017.7.10(月) 朝のおかずは晩の肴

「一体、朝の食膳にのぼせて、あったかいご飯でたべておいしいものは、同時に、酒のさかなにしてもいいものが多い」とは、池田弥三郎が昭和39年4月25日の東京新聞に書いた随筆で、この連載は後に「私の食物誌」として本にまとめられている。あるいは「酒の肴は朝御飯のお菜(おかず)と同じというのは池田弥三郎さんの名言である」と、こちらは山口瞳が「酒呑みの自己弁護」に書いている。

僕は自宅にいる限り、和食による朝食が欠かせない。そして夜は酒を飲む。だから上記の池田弥三郎や山口瞳のことは、この四半世紀ほどのあいだに隨分とあちらこちらで話題にしてきた。それがある人の耳に留まり、そこから別の人に伝わり、遂には、その「朝のおかずは晩の肴」という話を僕の朝食とからめて酒造会社のウェブページに載せようということになった。

「服装は何でも構わない」とのことだったけれど、相手は初見の人にて、白い麻の、襟付きの長袖シャツを着て、指定された南青山の一角へと赴く。そうして最初は酒抜きで、しばらくしてからは麦焼酎の、僕はソーダ割りを飲みつつライターやデザイナーたちと会話を交わす。

取材は3時間ほどで完了した。僕の話はほとんど「与太」のたぐいである。「記事になりますか」と訊くと「はい、なります」と、ライターは力強く答えた。

既にして結構な量を飲んでいたけれど、仕上げはひとりですべく、表参道から乗った銀座線を新橋で降りる。


朝飯 「みょうがのたまり漬」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、メシ、豆腐と鶏肉と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「三政」のあれや、これや、紅茶ハイ、麦焼酎「のんじょくれ」

2017.7.9(日) 八坂祭(町内みこし)

オヤジの従兄弟の一年祭にて、白いシャツにチャコールグレーのネクタイを締め、黒いスーツを着て10時30分に回向庵へ出向く。そして瀧尾神社のタナカノリフミ宮司に導かれるまま、墓前に玉串を奉奠する。炎天下とはいえ、いまだ盛夏ではなく、あるいは僕が夏を好むためか、暑さはそれほど感じなかった。

会食の席は霧降高原の「山のレストラン」に用意されていた。回向庵からはクルマで15分ほどの距離である。レストランの、遺影と陰膳の置かれた部屋からは、今が盛りの万緑が望まれた。施主の指名により、故人の遺徳を偲びつつ、献杯の挨拶をさせていただく。

午後は山を一気に下り、業務に復帰する。

複雑な注文に対しては、左手で受話器を持ち、お客様とやりとりをしながら右手で計算機を叩いて品代と送料の合計額を算出する、それが難しいから「代金は折り返し、お知らせいたします」と申し上げて電話を切る。その会話の最中、店には常連のお客様の姿が見えていたため、ご挨拶に赴く。それと同時に町内のみこしの、警笛とかけ声が近づいてくる。町内のみこしには賽銭を上げなくてはいけない。気は焦るばかりだ。

町内のみこしは、青年みこしと子供みこしの2基だった。頭のユザワツネオさんが首から提げた賽銭箱に「上」と筆書きした袋の賽銭を上げ、みこしを担いだ一行にはひと声、礼を述べる。

きのうの千貫御輿による旧市街の渡御、そして今日の町内みこしによる町内の渡御、ともに快晴に恵まれた。14日の金曜日には、全行程8キロにわたる、本番の渡御がある。暑すぎず、そして驟雨の来襲などない空模様になれば幸いである。


朝飯 「ふきのとうのたまり漬」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、豆腐と揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「山のレストラン」の魚、スープ、サラダ、肉、パン、ケーキ、コーヒー、アルコールフリービール
晩飯 トマトのサラダ、小松菜の白和え、梅生姜胡瓜、冬瓜と豚三枚肉の淡味炊き、2種の焼き鳥、素麺、「寳焼酎極上」とラオカーオの混合(ソーダ割り)

2017.7.8(土) 八坂祭(千貫みこし)

店の駐車場の南東の角に、紅葉の木がある。この足元の直径2メートルほどの土には、特に丹精をしているわけではないけれど、季節により様々な花が咲く。今は桔梗が盛りだ。誰かが植えたものか、あるいは鳥の運んだ種が育ったのか、については知らない。地味な花ではあるけれど、これを目にした人はいっときではあっても心を休ませられそうなその姿を、僕も日に何度かは眺める。

今月の1日、店の前にお祭の赤柱を出した。八坂祭のはじまる1週間も前から、ウチはその赤柱に提灯を提げ続けている。提灯に描かれた日の丸と「奉祝」の文字が、店の景色を賑やかにしてくれるからだ。

総鎮守・瀧尾神社の、いつもは18時の閉店を過ぎてから上がってくる千貫御輿が、今日は予定より早く17時30分には着いてしまうと、大集団の露払いをしているらしい「魚伸」のオーシマさんが走って知らせに来る。「日本で一番、重い」とタナカノリフミ宮司が豪語する御輿がウチの駐車場でひと休みをしてくれるなどは大変な名誉のため「どうぞ遠慮なく」と返事をする。

警笛とかけ声が、追分地蔵尊のある小倉町から春日町へと、徐々に近づいてくる。お客様には事情をご説明し、クルマは端の方に駐めていただく。

千貫御輿はしばし休憩の後、ふたたび日光街道へ出て、瀧尾神社を目指して去って行った。八坂祭は、まだまだ終わらない。


朝飯 「なめこのたまりだき」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の夏蕎麦の盛り(大盛り)
晩飯 “TIO PEPE”、トマトとアボカドのサラダ、夏野菜のスパゲティ、鶏の塩レモン焼き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.7.7(金) 八坂祭の準備(町内みこし)

事務机の左手に提げたカレンダーの、今日のところには「17:30 町内みこし組立」の覚え書きがある。しかしこれだけでは、失念の恐れがある。今朝は別途、おなじことをポストイットに書いて机上の計算機に貼った。

そのポストイットは常に、僕の目についていた。しかし結局のところ、17時20分に入った電話が長引いたため、すこし遅れて東の蔵へ行く。

先週の土曜日には、この蔵から2基の子供みこしを引き出し、公民館の倉庫に収めた。今日はおなじ蔵から青年会のみこしを引き出し、町会員のトラックにてユザワ歯科医院の駐車場に運ぶ。そしてそこで組立が始まる。僕は数人とその場を離れ、公民館の倉庫前で子供みこしを組み立てる。それが完了すると、次は公民館に上がり、そのみこしに賽銭を上げてくれた人たちへの、瀧尾神社の御札を半紙で包む。

時刻は19時がちかい。公民館にはそろそろ婦人会の面々が来て、明日の炊き出しの準備を始めるはずだ。僕は公民館を出て日光街道を下る。そして組み上がった青年みこしを、皆でユザワ歯科医院の車庫に納める。

明日は瀧尾神社の御仮屋から大みこしが宮出しされ、追分地蔵尊とのあいだの日光街道を渡御する。青年みこしの町内渡御は、明後日に予定をされている。好天を祈るばかりだ。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」の玉子かけごはん、大根と胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「なめこのたまりだき」を添えた素麺
晩飯 夏太郎らっきょう、胡瓜のたまり浅漬け、レタスと玉葱のサラダ、夏野菜のキーマカレーライス、薬味のチーズ、ゆで玉子、らっきょうのたまり漬、「寶酒造極上」とラオカーオの混合(ソーダ割り)

2017.7.6(木) 使ったお金

タイ北部の古都プレーから戻って1週間が経った今年3月23日の日記に、僕は以下のことを書いた。
– – –
つまり今回タイで使ったお金は17,120バーツ、ということになる。(中略)
現在の手持ちは41,704バーツ。今後もおなじ17,000バーツを使えば3度は保たない。それを何とか保たせるべく、6月のタイ行きでは、使うお金は6日間で10,000バーツに絞ろうと考えている。バックパッカー気質のいまだ残る僕であれば、それほど難しいことではないだろう。
– – –
先月21日、手持ちの41,704バーツのうち12,704バーツを封筒に入れ、タイへ向かった。7日後に帰ったときの残金は4,631バーツ。つまり6日間で使ったお金は、目標のほぼ8割にあたる8,073バーツだった。

残った4,631バーツを金庫に戻すと、手持ちは33,631バーツ。とすれば、ここから更に3度、あるいは4度のタイ行きが、両替なしで達成できそうである。

こういうことを書くと「タイで金を惜しんでどこが面白い?」と揶揄の声が聞こえてくる。しかし僕のしていることは、費用と愉悦の損益分岐点比率を低めようとする行いで、これが楽しくないわけはない。そして特に、祝儀は惜しんでいない。

秋のタイ行きでは、ほぼ田舎ばかりにいる。費用は更に、低くなるだろう。


朝飯 ほうれん草のソテー、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、大根と胡瓜のぬか漬け、生のトマト、明太子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と若布と茗荷の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、冷や奴、ししゃもの燻製、昆布と豚肉の沖縄風炒め、胡瓜のぬか漬け、キウィ、「谷口酒造」の麦焼酎「御神火」(お湯割り)、「はちや」のバウムクーヘン、”TIO PEPE”

2017.7.5(水) 冷暖房機の交換

本郷龍岡町の、19歳か20歳のころに住み始めた甘木庵にはもちろん、冷暖房の設備はあったはずだ。そしてこれが一新をされたのは、多分、十数年前に行ったリフォームに伴って、だ。そのエアコンディショナーが、ここ数年はまったく効かなくなっていた。冬は床暖房で凌いでも、夏はどうしようもない。南側の窓と北側の玄関を開け放つことにより風を通し、気息奄々として秋を待った。

「そろそろどうにかしないと」と昨年、これに修理を加えた。しかしそれは焼け石に水のような結果になった。残るは全交換である。

業者から指定された時間は午前9時だった。しかし事故渋滞により20分ほど遅れると、9時すこし前に連絡があった。よってダイニングキッチンの丸テーブルにコンピュータを開き、あれやこれやしながら彼らの到着を待つ。

エアコンディショナー2台、室外機1台の交換および試運転は、午後に完了した。壁の中を這う古い配管を利用し、新しい配管を露出させることなく済んだのは良かった。

タイへ行く前から伸びていた髪と髭を何とかしたい。トンローのパクソイから北へ歩いてすぐ左側の床屋は生憎と、僕が訪ねた金曜日は定休だった。甘木庵ちかくの、学生のころに通った床屋に電話を入れると夕方まで満席だった。よって池袋に出て、初めての床屋にかかる。それから東武百貨店7階の、目白寄りにあるメガネ屋で2、3の質問をする。西武百貨店8階の、これまた目白寄りにあるスポーツ用品屋で、良さそうなシャツが目に留まる。すこし離れたところで財布を取り出し見ると、5,000円札が2枚に1,000札が数枚しか残っていない。よって本日の買い物は諦める。

手持ちの本は解説を読み終え、既刊の宣伝をポツリポツリと拾い読みしているところである。本はほとんど古書でしか買わない。しかし活字を欠いては一人で飲み食いのできないたちだから、背に腹は代えられない。中央コンコースから北口への左側にある小さな本屋で新書1冊を買う。そして北千住に移動すべく、山手線の改札口に”pasmo”をかざす。


朝飯 「小諸そば」の「揚げ茄子おろしそば」
昼飯 「上島珈琲店」の「BLTランチ」
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや。チューハイ

2017.7.4(火) 集中豪雨

下今市を17:32に発った特急スペーシアが利根川の鉄橋を渡って埼玉県に入ると、目に見えて速度が落ちた。「大雨のため、低速で走行しています」とのアナウンスが間もなく車内に流れる。「大幅な遅れは勘弁してもらいてぇなぁ」と考える。九州や中国地方の一部では、数十万人規模の住民に避難の指示が出ている。今日の持ち物には、傘のほかにウィンドブレーカーも加えておいた。強雨、強風に備えてのことだ。

次男とは20時05分に新橋で落ち合った。梅雨寒だろうから燗酒を飲もうとの考えは、外の蒸し暑さにより雲散霧消した。雨は幸いなことに、傘さえあれば凌げるほどのものだった。8丁目から銀座に足を踏み入れると、黒い服の男や着物姿の女が通りに出て、右や左の様子を覗っている。雨の予報に怖じ気づいた人たちが帰宅を急ぎ、多くの店はひまなのだろう。

鮨屋の白木のカンターに着くなり冷や酒を注文する。銘柄を指定するようなことは、特にしない。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、オクラの胡麻和え、スペイン風目玉焼き、納豆、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、鶏肉と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「山本合名」の「礼」(冷や)

2017.7.3(月) カブトムシ

起きて仏壇にお茶と水と花を供え、食堂のテーブルに落ち着くと4時30分になっていた。僕としては、特に早い朝ではない。

この日記の更新が滞り始めたのは、昨週の月曜日からのことだ。理由は体調の不良による。今朝はおとといときのうの日記を一気に書き、最後の遅れを取り戻す。

それにしてもバンコクにいたときの、微熱が去って以降も続いた胃痛は何だったのか。どうにも得心がいかないため、帰国していくらも経たないうちに、胃カメラによる検査を消化器の専門病院に予約した。検査日は病院と僕の予定が合わず、今月13日まで延びた。むかしと違って今の胃カメラは細くなり、とても楽である。

きのう蔵の北側の通用口に、カブトムシが大人しく休んでいた。「いまだ夏の始まる前からこれほど大きな成虫がいるものだろうか」と意外に感じ、写真を撮ろうとしたものの、忙しく働くうち忘れてしまった。そのカブトムシが今日も、おなじところにいる。きのうから動いていないらしい。

子供のころは木で虫かごを作り、底におがくずを敷いて、クワガタムシの運搬用とした。採ったクワガタムシはここに入れ、学校へ持っていって友だちに見せた。同級生たちもそれぞれの虫かごを持ち、おなじことをした。

人気があったのは何と言っても「ヨシツネ」と呼ばれた本土ノコギリクワガタである。オオクワガタについては誰も知らなかった。そして僕の周囲では、カブトムシはまったく珍重されなかった。

子供のころは平気で扱ったクワガタムシやカブトムシではあるけれど、いつの間にか虫が苦手になった。よって今回のカブトムシも写真のみを撮り、手で触ることはしない。


朝飯 納豆、生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、胡瓜のぬか漬け、明太子、揚げ湯波とひじきと人参の甘辛煮、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 「夏太郎」らっきょう、うずら豆、鶏豆腐、「しいたけのたまりだき」他の薬味と胡麻のつゆで食べる素麺、「寳焼酎極上」とラオカーオの混合(ソーダ割り)

2017.7.2(日) 八坂祭の準備(御仮屋)

土曜日は平日の2倍、忙しい。日曜日は平日の3倍、忙しい。総鎮守・瀧尾神社の一の鳥居前に大御輿を納めるための御仮屋を作るに当たって、次年度当番町には8時の集合が求められていた。しかし僕はそれには間に合うことができず、8時30分に神社へ行く。

瀧尾神社の御輿より大きな御輿が他にどれだけ存在するかは知らない。とにかくこの御輿は大きい。ガソリンスタンドの軒先を借りて休むときなどは、最上部の鳳凰がそのスタンドの雨よけを擦りはしないかと心配しながら運び入れるほどの大きさである。よってそれを納める御仮屋にも、それなりの高さが必要とされる。

2時間もあれば建つと思われた御仮屋は、しかし昼もちかくなるころにようやく完成した。午後は本殿北側の倉庫から御輿を引き出し、台車に載せ、この御仮屋まで運び納める仕事もあるけれど、そちらについては有志に任せ、午後は店の仕事に専念をする。


朝飯 納豆、昆布と豚肉の沖縄風炒め、トマトのソテーを添えた目玉焼き、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、明太子、大根のぬか漬け、メシ、揚げ湯波とトマトとピーマンの味噌汁
昼飯 当番町仲町支給の弁当
晩飯 「夏太郎」らっきょう、冷や奴、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、豚の冷ししゃぶしゃぶ、大根のぬか漬け、「寳焼酎極上」とラオカーオの混合(ソーダ割り)、“Chez Akabane”のクリームホーン、”TIO PEPE”

2017.7.1(土) 八坂祭の準備(町内飾り付け)

事務机の左にかけたカレンダーの6月を奥へめくり、次の7月を表に出す。するとその今日のところには「15:00 みこし組立」とボールペンによる書き込みがあり、更には緑色の蛍光マーカーで、その文字が目立たせてあった。総鎮守・瀧尾神社の八坂祭は7月7日から14日まで続く。このお祭のための準備の、話し合いを除けば今日がその初日である。

オヤジの時代から、春の例大祭と夏の八坂祭のときには公民館の祭壇に上げ続けている御神酒酒、また町内名義で上げる御神酒の注文書を、雨の降る中、サカモトヤ酒店まで持っていく。自作の注文用紙は配達日と配達時間帯のみ空白にして、毎年、使い回しているものだ。

15時に公民館へ行くと、朝に注文した御神酒が配達されるところだった。祭壇は既にして飾り付けが始まっていた。僕の仕事は日光街道に面した家の注連縄張りにて、脚立を持ち、オノグチショーイチさん他の面々と、先ずは日光街道西側の北から南、次は日光街道東側の南から北へと縄を張っていく。もっとも少ないときで3人のときもあったけれど、今日は7人がこの仕事に当たったため、作業はとても楽だった。

次は東の蔵へ行き、東の子供御輿、また数年前からこの蔵に入れている西の子供みこしを組み立て、公民館の倉庫へ仕舞う。公民館の入口には竹を飾り、提灯台も組み立てる。

そのころになると、祭壇はすっかり整っていた。そして弁当とお茶を受け取って閉店前の会社に戻る。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、生のトマト、昆布と豚肉の沖縄風炒め、胡瓜のぬか漬け、炒り卵、メシ、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの冷やしトマト、皮蛋豆腐、エビと春雨のピリ辛炒め、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学