2025年1月の日記31本
2025.1.31(金) 菜の花
「一月往ぬる二月逃げる三月去る」という言葉がある。正月から三月にかけてはなにかと行事が多く、それにかまけるうち、アッという間に過ぎてしまうことを言う慣用句だという。
「アッという間」といえば、子供のころの時の移り変わりはゆっくりだった。学生になっても、たとえば「25歳までは好きなことをしろ」と親に言われた先輩のことを同級生から聞き及び「ほとんど無限の遊び時間じゃねぇか」と驚いた記憶がある。しかしそのとき22歳だった先輩が25歳までなら持ち時間は3年間で、今ならそれほど長くも感じない。
とはいえ僕がこの齢から「3年間は好きなことをしろ」と言われれば、それは嬉しいに違いない。そして「その先は仕事に戻らなくて構わない」と言われれば、嬉しさも2倍、3倍になるだろう。
午前、ホンダフィットに給油を施す。きのうおとといにこなした距離に照らしてみると、1リットルあたり20.9キロメートルも走っていた。普段の半分の燃費とは、恐れ入るばかりだ。
昼は隠居に赴いて床の間の、河合寛次郎の「喜者開扉」を野村素軒の「筑後途上五絶」に掛けかえる。
行尽連山険
如看平野長
天鵯聲不絶
十里菜花黄
2月に菜の花は早すぎるだろうか。しかし3月では遅いような気がするのだ。
朝飯 納豆、切り昆布の炒り煮、ウインナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、水菜の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、サントリー「角」(お湯割り)
2025.1.30(木) 伊豆治療紀行(32回目の2日目)
目を覚ましたのは1時台。ぞれでもスマートフォンさえあれば、何とか凌げる。朝までに眠れたのか眠れなかったのかは、よく分からない。やがて海から朝日が昇る。
宇都宮から伊豆に移った「伊豆高原痛みの専門整体院」で治療を受ける際には、はじめは伊豆高原駅前でレンタカーを借り、多くは赤沢温泉の宿に泊まっていた。この宿の夕食と朝食は僕と家内の感覚からすればいささか高価だったため、2回目以降は素泊まりとし、夕食はやがて馴染みとなった焼鳥屋「和居」、朝食は「ガスト」で摂ることが常態となった。
ところが昨年、その「和居」が都合により長い休みに入った。一方、整体院のちかくにあって、外から見た限りではかなり高級そうな「亀の井ホテル伊豆高原」が、調べてみればそれほど高くないことが分かった。伊豆高原の駅前からは送迎バスが出ている。整体院までは歩いて行ける。つまりレンタカーの必要も無い。夕食およびブッフェの朝食は宿泊料に含まれている。それらを勘定に入れれば赤沢温泉のホテルを使うより対費用効果はよほど高い。その「亀の井ホテル伊豆高原」から8時50分にホンダフィットを発進させる。
2日間の荒療治の甲斐があって、人の肩を借りなければ歩けなかった家内は、杖さえ使えば歩けるところまで回復をした。僕の治療はきのうに引き続いて、電子ペンの先端は、小さなお灸ほどの熱さしか感じさせなかった。症状の重い家内は2週間後、2月末にタイ行きの迫っている僕は3週間後の予約を入れて治療院を去る。
11:09 「伊豆高原痛みの専門整体院」を出発。
12:40 「鈴廣かまぼこの里」に着。
13:54 昼食を摂り、自宅と社員へのお土産を買って「鈴廣かまぼこの里」を出発。
13:55 西湘バイパスから小田原厚木道路に入る。
14:23 圏央道に入る。
圏央道は、首都を経由することなく関東の東西や南北を行き来することができ、移動時間を短縮させるには非常に有り難い。しかし断続するトンネルの中を、密集するトラックに挟まれて走らなければならず、そのあいだの緊張感や重圧にはただならないものがある。たった一人の運転手が居眠りをしただけで、重大な事故が起きるだろう。できれば二度と走りたくない道である。
15:06 きのう昼食を摂った狭山S.A.で小休止。
15:17 狭山S.A.を出発。
ふたたび圏央道に戻り、自動販売機で買ったコーヒーを飲みつつ「たった11分間の休憩が人間にこれほどの開放感をもたらすとは」と大いに驚きつつ、以降は楽な気持ちで北上を続ける。
15:43 久喜白岡JCT.から東北道に入る。トンネルは二度と現れず、頭上には青い空が広がっている。「ここまで来くればオレのもの」という気分になる。
16:31 宇都宮I.C.から日光宇都宮道路に入る。
16:48 上澤梅太郎商店に帰着。距離計の数字は576.6km。
排気量の大きなクルマがあれば、今回の往復も、それほど苦にはならなかっただろう。しかし僕はそのようなクルマは好まず、更に個人のクルマは一生、持つつもりはない。
夜は、買ってきたばかりの蒲鉾にて燗酒を飲む。
朝飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の朝のブッフェ其の一、其の二
昼飯 「美蔵」の玉子焼き、「かまぼこかき揚げの温そば」
晩飯 「鈴廣」の蒲鉾「古今」、豆腐と水菜と豚薄切り肉の鍋、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(燗)
2025.1.29(水) 伊豆治療紀行(32回目の1日目)
今月の21日より家内は左の膝痛を訴えていた。しばらくは湿布と、何かの折に処方された鎮痛剤で痛みを抑えていた。しかし1週間後の27日に「汁飯香の店 隠居うわさわ」の後片付けを終えたところでいきなり患部に激痛が走り、以降は人の肩に掴まらなければ歩けなくなった。
翌28日、街の整形外科に出かけて診察を受けるも、レントゲンでは物理的な故障が見つからず、膝に鎮痛剤を打たれ、別途、鎮痛の錠剤を処方されて帰宅した。折良く29日と30日は、月に一度の、伊豆での治療が予約済みだった。しかしいつもの公共交通機関は利用できない。
そういう次第にて家内は助手席、僕は運転席に着いて、ホンダフィットを発信させる。行程は以下。
10:00 会社を出発。距離計の数字は2.1km。
10:18 日光宇都宮道路を終点の徳次郎で降りて宇都宮I.C.から東北道に入る。
11:06 昼食は蓮田S.A.で「翁の郷」の肉汁うどんを食べる予定にしていたものの、その手前の久喜白岡JCT.から圏央道鶴ヶ島方面へ進むようGoogleマップに指示される。
11:35 狭山S.A.で昼食。
12:01 狭山S.A.を出る。
12:50 厚木I.C.を出て小田原厚木道路に入る。
13:16 西湘バイパスに入る。西湘バイパスと真鶴道路の関係は不明。
13:20 西湘バイパスから一般道へ降りる。
13:43 熱海ビーチラインに入る。
13:50 熱海ビーチラインから国道135号に降りる。
14:46 「亀の井ホテル伊豆高原」に到着。距離計の数字は288.9km。
「伊豆高原痛みの専門整体院」に入れておいた予約は16時30分。家内はホテルが貸してくれた四つ足の杖を使って館内の温泉へ行く。僕は部屋にコンピュータを開き、きのうの日記のあらかたを書く。
「伊豆高原痛みの専門整体院」の治療には9,000ボルトを発する電子ペンが使われる。患部の状態が悪いほど、ペン先を突き立てられたときの痛みは強くなる。膝のように肉の薄いところでは、その痛みは更に増す。
家内の治療には1時間ほども要した。僕の状態は悪くなく、膝に押し当てられた電子ペンは、痛みをまったく感じさせなかった。治療時間も20分ほどのものではなかったか。
ホテルでの夕食は19時30分から。僕の就寝時間は多分、21時より前だったと思う。
朝飯 里芋の淡味炊き、切り昆布の炒り煮、スペイン風玉子焼き、揚げ湯波の甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と人参と牛蒡と椎茸と油揚げの味噌汁
昼飯 圏央道狭山S.A.の「粗挽きポーク & エッグサンドおにぎり」、「新井園本店」のペットボトルの狭山茶
晩飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、「澤乃井」の特別純米(冷や)、其の九、其の十
2025.1.28(火) 第369回にて
上澤梅太郎商店や「汁飯香の店 隠居うわさわ」の植木の面倒を見てくれているカシワギさんが8時30分に来る。先ずは店舗駐車場の北側の、生け垣と呼ぶにはいささか大きなエレガンテシマによる壁を、2月19日の店休日に剪定するよう頼む。次は隠居に移動をして、枯れた木の伐採と撤去について相談をする。
カシワギさんによれば芝崎歩道橋ちかくの松、および蔵の冷蔵庫にちかい松の2本は経費をかけるまでもない駄木にて、こちらも伐ってしまってはどうかと言う。歩道橋にちかい松は塀の外まで枯れ葉を散らして、その掃除に手がかかっていた。冷蔵庫にちかい松の落ち葉は雨樋に溜まり、また室外機のプロペラにも容赦なく落ちる。大きな松ではあるものの、僕は前々から伐りたいと考えていた。この木を残すべしとしていた長男には、カシワギさんの意見を伝えることにしよう。
カシワギさんはまた、庭木の世話について年間計画を立てることを提案してきた。それは長男の意向とも一致することにて、今週の土曜日にまた話し合うことを決める。
昼食を摂り終えて休んでいた午後に館内電話が入る。事務室に降りると、来客は今月22日の日記に書いた、新たなハンドリフターの注文契約書を持ったトヨタフォークリフトの営業担当だった。即、指定をされるまま会社の横判と丸判を3枚綴りの用紙に捺していく。納期は3ヶ月から4ヶ月とのことにて、早くに買うことを決めて良かった。
こちらは今月13日の日記に書いた「本酒会」に臨むため、19時15分に会社の通用口を出る。この、日本酒に特化した飲み会の設立は1992年。会長のイチモトケンイチさんに誘われて僕が加わったのは1995年。以降に飲んだ日本酒はすべて僕のコンピュータにデータベース化されている。ちなみに1995年4月24日から本日までに出されたお酒をあらためて数えてみると、実に2,472本に達していた。
その本酒会も諸般の事情から、本日の第369回例会を以て解散をされる。ヤマコシシンヤ会計係からは、今日までの残金が会員の頭割りで返された。広報と酒の取り寄せ係を兼任していた僕も、しばらくはのんびり、である。
朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、切り昆布の炒り煮、里芋の淡味炊き、菠薐草のおひたし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と人参と牛蒡と椎茸と油揚げの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚登久」の酒肴あれこれ、茶碗蒸し、鰻丼、お新香、味噌汁、7種の日本酒(冷や)
2025.1.27(月) 新しい喪服
お通夜やお葬式に伺うと、ダブダブのスーツを着た老人をよく目にする。加齢と共に痩せたに違いない。この11年間で13キログラムちかくも体重を減らした僕も、その一員である。そういう次第にて、下今市09:05発の上り特急に乗る。
有楽町の仕立屋には11時30分の予約を入れておいた。テーラーメイドにしては随分と安いスーツを売るその店のことは、SNSにときおり現れる広告で知った。行って分かったことだが、採寸されたのは胴回りのみだった。
その胴回りに合ったパンツを穿かされ、右脚の裾を上げる。裾の長さは右脚でしか計ってもらえなかったため、左脚でも計るよう頼む。裾幅は自分では決められない。多分、現在の標準に照らして無難な設計になっているのだろう。裾は黙っていればシングルになる。
上着はカタログのいくつかから選ぶ仕組みで、礼服としてもっともふさわしいものを指定した。その上着を係が僕に着せる。袖には7ミリメートルほどの間隔で白い線が入っている。それを目安にして裄丈を決める。こちらについても僕は、左右で別々に計るよう頼む。着丈は見本のそれでちょうど良かった。
上着は、ふたつボタンの上ひとつがけなら下のボタンは不要と僕は考えるけれど、それはできないと係は言う。襟穴も僕は不要としているが、それも客の要望は容れられないという。襟の高さ、ゴージの位置は無論のこと、襟幅も自分では決められない。しかし見たところ8.5センチメートルの襟幅は、僕の好みに沿っている。襟かた前裾にかけてのステッチは不要とした。
ベンツはサイドベンツを選ぶ。ベンツの長さは指定できない。袖の本切羽は不要。袖のボタンは3個で重ねは無し。両脇のポケットはフラップ付き。フラップの高さは選べない。ポケットに英国風のスラントは不要。チェンジポケットも不要。胸ポケットはボックスがデフォールト。ボタンは黒の2種からひとつを選ぶ。左右の内ポケットは右にのみフラップとボタンが付き、左は無しという僕の希望が見本にあって、それを選ぶ。左の内ポケットちかくに入れられるネームは不要。仮縫いは無し。できあがりは3ヶ月後で、佐川急便により届くという。縫製工場がどこにあるかは訊かなかった。
有楽町から新橋までは、JRの高架下を往く。コンクリートがむき出して薄暗く、いささか不気味だったそのトンネルは、いつの間にか、きらびやかなアーケードになっていた。
新橋で散髪。そこから山手線で原宿に到る。山手線を原宿で降りるなどは多分、40数年ぶりのことではなかったか。竹下口改札から竹下通り、それが山手通りと交わる竹下口までに溢れているのは、外国人とお上りさんと未成年者。更に直進をすれば人通りはめっきり少なくなり、雰囲気も落ち着いてくる。
目指すジーンズ屋には外国人の客が目立った。手持ちのジーンズのウエストは33インチで、今やからだに合わない。ウェブ上で選んでおいた型番のウエスト32インチを店員から受け取って更衣室に入る。しかしいかにも緩い。次は30インチを手渡してもらい、これも緩い。次は28インチ。これはちょうどよく感じたものの、穿いているうち緩くなるからきつめを選んだ方が良いと店員は言う。しかし27インチとなれば僕の16歳のときのサイズで、とてもではないけれど行きすぎの感じがする。「メシを食って腹が膨れたときに心配だから」と、28インチを包んでもらう。価格はスーツの七掛け。スーツが安いのか、はたまたジーンズが高いのか。
原宿駅の手前、明治神宮前まで戻って千代田線に乗る。湯島天神下の「シンスケ」の開店時間はコロナ以降の引けの早さによるものか、今は16時30分になっている。上出来の肴と共に「タルの熱燗」を正一合の徳利で3本こなす。この店の熱燗は熱すぎないところがいかにも良い。
ふたたび千代田線に乗って北千住に着けば時刻は18時08分。頭上の電光掲示板は18:13発の下り特急を案内している。通路を歩きつつスマートフォンで座席を確保し、20時前に帰宅を果たす。
朝飯 揚げ玉、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 「ドトール」のチーズ in ミラノサンド、コーヒー
晩飯 「シンスケ」のあれこれ、「両関」の樽酒(燗)
2025.1.26(日) 月の軌道
早朝、家内を「汁飯香の店 隠居うわさわ」へ送る。
今月18日の朝の月は西に出ていた。しかし今朝の月は南に出ている。ほぼおなじ時刻にもかかわらず、その位置の大きな違いはどのような理由によるものか。太陽暦が採られる以前に生きていた人、たとえば「月は東に日は西に」の芭蕉に訊けば、多分、教えてくれるだろう。しかし芭蕉はもう、この世にはいない。そして今月11日の日記にも書いたように「天文に詳しい人」には、僕は天文については絶対に訊かないことにしている。
ところで芭蕉といえば「月日は百代の過客にして…」であるが、昨秋のタイ行きにはドナルド・キーン編「昨日の戦地から」に加えておなじ著者による「百代の過客」の上巻を持参し、旅の9日目にバンコクで読み終えた。来月のタイ行きに際しては「百代の過客」の下巻および「続百代の過客」の上巻を読む予定にしている。しかし今回の滞在は11日間だから、ことによると「続百代の過客」の下巻もスーツケースに入れた方が良いかも知れない。
とすれば僕の、機内持込サイズの”RIMOWA SALSA AIR”がいくら軽量とはいえ、8キログラム台に納めるのは難しそうだ。そのときにはこれまでの持ち物から乾いた布巾を絞るようにして、何かを省こうと思う。
朝飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、なめこと長葱と油揚げとズッキーニと白菜キムチと玉子の味噌汁
昼飯「セブンイレブン」のサンドイッチ、ホットミルク
晩飯 スパゲティナポリタン、Chablis Billaud Simon 2018、「ヨックモック」のチョコレート
2025.1.25(土) はやおき
きのうは19時台に入浴し、20時台のはじめに就寝した。その甲斐あって、今朝、起きて着替えて食堂に来たときの時刻は1時57分だった。なぜそのような極端な早起きをするかといえば、音の無い時間、静かな時間をなるべく長く確保したいからに他ならない。
その時間に何をするかといえば、先ずは興味の赴くまま調べごとをする。次にこの日記を書く。その次は仕事をする。今朝の仕事は直近の営業日に「汁飯香の店 隠居うわさわ」をご利用くださったお客様の感想カードの内容の、コンピュータへの入力だった。「そんなことは昼でもできるではないか」と言われれば、電話が鳴ったり人と話をしたりする営業時間中に「そんなこと」はしたくない。そうして上記のすべてを終えても時刻はいまだ4時20分なのだから「早起きは三文の得」どころではないのだ。
そういう朝型の人間は、夜にはからきし弱い。外へ出たときの夕食は、開いた直後の店の席に着いて、いわゆるハシゴはほとんどしない。
終業後、今月30日の夕食の予約をすべく店に電話を入れると「ご予約は9時より17時のあいだで承っています」の自動音声が流れた。「なるほどー」である。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、揚げ玉、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、擂り胡麻のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 鱈鍋、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)
2025.1.24(金) 更新つまり発信
昇給は1月。だから今月の給与明細には新しい給与辞令を添える。家内にはそれを23日までに作るよう言われていたものの、果たせなかった。よってきのうの終業後はコンピュータと共に10キーも自宅へ持ち帰り、今日の早朝に作成しようと考えていた。ところが僕の優先順位は常にこの日記にある。きのうのそれを書くうち朝食の時間が来て、しなくてはならない仕事はまたまた後まわしになった。
その給与辞令には9時30分に取りかかった。そして10時までに完成をさせて、無事に家内に手渡せた。ここで取りあえずの義務からは開放されて、スマートフォンを手に取る。
僕の朝食を数日おきに上げているTikTokのアカウント「梅太郎」のフォロワーは4万8千700人。対して僕がフォローしているアカウントは50と少々。自分のフォロワーを増やそうとしながらこんなことを言うのは何だけれど、フォローしたからといって、その動画を頻繁に視聴する、ということはない。興味のあるアカウントであれば、フォローなどしなくても、いつでも検索をして観ることができる。
そういう次第にて、その、フォローしているアカウントを数分のあいだに半減させた。悩ましいのは相互フォローの関係にある「友達」で、これを切ることには後ろめたさが伴う。しかし出かけるときの手荷物とおなじく減らしたいものは減らしたい。よってこの1年以内に更新つまり発信のない「友達」はフォローを切ることにした。「恨みっこなしでヨロシク」である。
朝飯 三つ葉のおひたし、スクランブルドエッグ、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 フエ、レタスとベビーリーフのサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、Old Parr(お湯割り)、「ヨックモック」のチョコレート、Old Parr(生)
2025.1.23(木) 冬の空
「いよいよ暖かくなって参りました」という時候の挨拶が、今日、どこかから届いた営業メールにあった。いよいよ暖かくなってきたとは、本当のことだろうか。
神棚と稲荷社の掃除は毎年、師走の28日に行う。稲荷社は僕の長年の経験から、濡れ布巾などは使わず、中のものをすべて出して、ホースの水で丸洗いをするのがもっとも合理的だ。ホースは中の水と共に凍っているから、桶のお湯に丸ごと沈めて解かす。しかし昨年末には、ホースの水は凍っていなかった。
さきおとといの夜は雨が降っていた。その雨の中にホンダフィットを北上させて鬼怒川温泉へ行った。雨が雪に変わることを懸念したものの、それは遂になかった。温泉旅館「一心舘」に着いたときの、ホンダフィットのメーターパネルには外気温を示す「5℃」の数字があった。
つまり今年の冬は、いわば暖冬なのではないか。それでもたとえばダウンベストに守られていない二の腕は時に薄ら寒く、帽子を欠いては玄関を出る気もしないから、やはり冬は冬なのだ。
きのうは北陸から首都圏に転居をした人と話をした。「やはり暖かいですか」と訊けば「いやぁ、空は晴れているし、雪は降らないし」と、その人は完爾として笑った。僕の見たところからすれば、その人は気温の高さより冬の空の青いことを喜んでいるようだった。
金沢の料理の甘さと塩辛さをこぼした魯山人は「これだけ暗い冬に閉じ込められていれば、そういう味も欲しくなる、というものだ」と細野燕台に言われて取りあえずは矛を収めた、という話をどこかで読んだことがある。
とにかく、半袖のシャツ1枚で過ごせる季節、青い空に白い積乱雲の高く立ちのぼる季節を僕は待ち望んでいる。春も悪くはないけれど、夏の良さには到底、敵わないのだ。
朝飯 玉子焼き、大根おろし、白菜のソテー、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げと若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 玉子焼き、牛蒡と人参のきんぴら、刻みキャベツを添えた豚カツ、メシ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2025.1.22(水) ものいり
製造現場の自動ひもかけ機と荷物用エレベータの不具合を治すため、群馬と東京から技術者が派遣されてきたとは、先週金曜日の日記に書いたことだ。同日には味噌漉し機にも不具合が発生し、こちらについてはその後、製造元に問題の個所の画像を送ったりして折衝を続けてきた。本日はその会社の社長から電話が入り、来週の金曜日に引き取り、再来週の金曜日に納品という日程が決まった。よってそのことを会社の電子会議室に上げ、更に、機械のトラックへの積み込みは先方の技術者に任せるよう、言葉を添えた。
やれやれという気分でいたところ、重なるときには重なるもので、今度はハンドリフターが経年劣化により修理を重ねていることを製造係のタカハシアキヒコ君より知らされる。こちらについてはしばらく考えてから、新機に交換する旨を先方の営業係に電話で伝える。経費としては減価償却。とはいえ購入は現金の一括払いで行うから、今月と来月は結構な物入りになるだろう。
さてきのうの日記に書いた、2月5日から日本橋高島屋S.C.で開かれる「冬の味覚市」の案内状は午後に無事、投函をされた。「ニッパチ」の2月ではあるけれど、天気に恵まれ、たくさんのお越しを戴ければ幸いである。
朝飯 納豆、目玉焼き、小松菜のソテー、揚げ湯波の甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとレタスとベビーリーフのサラダ、フエ、2種のパン、そのパンに載せるためのあれこれ、クリームシチュー、Chablis Billaud Simon 2018
2025.1.21(火) 渓谷の朝
闇の中に目を覚まし、あたりにiPhoneを手探りする。時刻は6時を過ぎている。今朝の1時30分まで同室者と話し込んでいたことを考えれば、いつもより遅い目覚めも説明がつく。枕元のショルダーバッグから着替えの入ったポーチを取り出し、服を着る。セーターは別部屋のクローゼットに入れたままで、そこにはいまだ眠っている人がいる。セーターの代わりに浴衣を羽織り、寒さしのぎとする。その格好でコンピュータを小脇に抱え、ロビー階へ降りる。
先週木曜日の朝とおなじデスクにコンピュータを開く。渓谷の6時32分は、いまだ暗い。そしておといの日記の更新、FacebookやTikTokにいただいたコメントへの返信、また「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約の確定と、そのお客様へのご返事までを済ませて電源を落とす。手荷物は紙1枚の単位で減らす僕も、コンピュータだけは持たないと心が落ち着かない。
きのうの面々との朝食を済ませ、14.4キロメートルを南下して春日町の交差点に到れば、店は今まさにノレンを出されようとしているところだった。
先週土曜日の日記に書いた「社内の基幹システムに大規模な更新」を加えるべく、きのう日光入りした外注SEは、約束の9時よりすこし早く来社した。その作業はSEに長男と事務係のカワタユキさんが加わって3名で行われることになっている。僕の仕事は専ら電話番だが、今月10日の日記に書いた、2月5日から日本橋高島屋S.C.で開かれる「冬の味覚市」の案内状のタックシールも印刷をする。タックシールは11時に出社した事務係のヒロタイクコさんにより、ご案内のハガキに貼られ始めた。明日に投函ができれば最高ではあるものの、さて、どうなるだろう。
結局のところ、仕事は電話番の他にもいろいろと発生した。それらのすべてをこなして夕刻に到る。
朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳其の一、其の二、其の三
昼飯 にゅうめん
晩飯 3種の焼き野菜と目玉焼きを添えたハンバーグステーキ、飲みさしの2種の赤ワイン、アップルパイ、Old Parr(生)
2025.1.20(月) 遅れて到着
今朝は早い時間から長男が出かけ、家内も10時前には外へ出た。彼らが戻るのはそれぞれ今夜と明日になる。双方の予定は昨年のうちに決まっていた。そのおなじ日に栃木県味噌工業協同組合の新年会が割り込んできた。家内と長男を欠けば、会社の戸締まりは僕がするしかない。新年会は僕を待たずに始めていただくよう、事務局には伝えた。
このようなときに持ち出すのは”Rock Study”のショルダーバッグである。この帆布とぶ厚いビニールと真鍮の金具でできたバッグは四谷から御茶ノ水へ向かいつつある中央線の車内に立っているとき、シートに腰かけている人のそれを凝視して横腹にリベットで留められた金属板の文字を覚え、家に帰ってから検索エンジンで探して中古で求めたものだ。いかにも頑丈ではあるもの、いつかの伊豆行きのときにはあまりの重さに辟易し、以降はクルマで移動をする際にのみ用いている。
昼休みに、そのバッグに明日の着替えを入れ、また事務机の引き出しにいつも準備をしている、いわば「お出かけセット」のポーチを納める。念のため、コンピュータも持つことにしよう。
1月20日は終業の18時が来たらできるだけ早く帰るよう、社員には電子会議室を通じて伝えておいた。実際には17時で早上がりをする例が今日は多く、ホンダフィットの運転席には18時9分に着くことができた。雨が降っている。日光江戸村がちかくなるあたりでふと気づいて暖房のスイッチを押す。つまり寒さはそれほどでもない、ということだ。
新年会の場所は偶然にも先週の日光MGで使った、鬼怒川温泉の一心舘だった。上澤梅太郎商店から14.4キロメートルの行程にあるその玄関前には18時31分にすべり込んだ。宴会場には18時30分の定刻に3分だけ遅れて入り、何とか乾杯に間に合う。
朝飯 春菊と干柿の白和え、スペイン風目玉焼き、納豆、切り昆布と人参の炒り煮、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、牛蒡と大根と人参となめこと長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の宴会膳あれや、これや、それや、他あれこれ、ビール、日本酒(燗)
2025.1.19(日) 裏鬼門
総鎮守瀧尾神社から節分祭の案内があった。その封筒にはまた「令和7年(巳)厄年表」というものも同封されていた。見れば僕の星である八白土星は方位除けとして裏鬼門とされていた。何やら怪しげな三文字である。よって神棚から今年の高島暦を下ろし、その八白土星のページを開く。
それを読んでいけば「裏鬼門」とは決して悪いものではなく、八白土星の今年は「前進が難しかった極寒を抜けて落ち着きを取り戻せます」とある。しかしまぁ、昨年の自分に前進が難しかったところなどは覚えがない。そして来年の八白土星が今年の七赤金星とおなじとすれば「昨年の見渡しが良かった明から暗へ急降下します」となるから、めでたいばかりでもない。そして開いた暦を閉じて、また神棚に戻す。裏鬼門のことは多分、明日には忘れてしまうだろう。第一僕は、25歳と42歳の厄年にも厄払いはしなかった。高を括ることの多い性格である。
もっとも高は括っても、先般の水神祭とおなじく、家の中のお祭は大切にする。節分の豆まきが過ぎれば次は初午のお祭が来る。今年のその日はいつになるだろう。
朝飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、豆腐と油揚げとなめこと白菜キムチと長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、エビマカロニグラタン、ドライマーティニ、TIO PEPE
2025.1.18(土) 旧暦ではいまだ師走
上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」で使う味噌を、きのうは製造係の誰かが専用の容器に詰め、事務室へ届けてくれた。その容器は大きく、だからそこに味噌を満たせば結構な重さになる。これを早朝に家内に持たせるのは気の毒なため、今朝は大きなダウンコートを着て家内と共に外へ出る。味噌を隠居の勝手口から厨房に納めて庭へ回れば、松と山桜のあいだには旧暦12月19日の月があった。
来週の水曜日から金曜日までの3日間をかけて、社内の基幹システムに大規模な更新の手が入る。それに伴って、ウェブショップは一時、機能を止める。そのことをお客様にお知らせするメールマガジンの文章は、長男とSEが作ってくれていた。僕はそれに加筆修正をして、本日20時の配信を設定する。
2月下旬からのタイ行きについては、3軒のホテルを昨年のうちに予約してあった。しかし今月になって、より快適そうなところを見つけた。よってそちらは2月に下見の上、気に入れば次の機会に使おうと考えていた。ところが今日の午後に突然「いや、もう泊まってしまえば良いではないか」という考えが浮かんで1軒をキャンセルし、その新たなホテルを予約する。行きつけのマッサージ屋やメシ屋からは600メートルほど遠ざかるものの、貸し自転車もあるとのことだから、どうということはないだろう。
朝飯 納豆、生玉子、切り昆布と人参の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「食堂ニジコ」から持ち帰った豆腐の塩煮、海老春雨炒め、あんかけ焼きそば、鶏もも肉の唐揚げ、白菜漬け、沢庵、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、杏仁豆腐、Old Parr(生)
2025.1.17(金) 墓参
第45回日光MGに参加してくださり、きのうは夕食をご一緒させていただいたイツジエースケさんとハショーヤスシさんの今日の移動をお手伝いするため、9時に旅館「熱海館」にホンダフィットを横付けする。
最初の行き先は回向庵。2020年5月に風邪をこじらせ急逝したカタヤマタカユキさんのお墓にイツジさんをご案内するのは、今日で2回目になる。カタヤマさんは何を思ったか、自身が経営する「片山酒造」の純米吟醸”ALL BLACKS”をイツジさんに送った。イツジさんがそれを受け取った翌日に、カタヤマさんは亡くなった。そういうことがあったからだろう、イツジさんの、カタヤマさんへの思いは強い。
そのお墓から、すぐちかくの片山酒造に寄る。秘書役のハショーさんはカタヤマさんのお母さんの案内により、日本酒の四合瓶2本を買った。奥の蔵では蒸したばかりの米を適温まで下げる放冷機が唸りを上げていた。正に仕込みの季節である。
片山酒造から上澤梅太郎商店へ移動されたお二人は、味噌と漬物を買ってくださった。時刻は9時32分。長男がスマートフォンで広島までの乗り換えを検索する。JR今市発9時46分発が最も合理的とのことにて即、お二人をJR今市駅までお送りし、お見送りをする。広島にお着きになるのは夕方になるだろう。何とも頭の下がる思いである。
ところで今日は、製造現場の自動ひもかけ機と荷物用エレベータに、それぞれ修理の人が群馬と東京から来た。午後になると、今度は味噌漉し機の不調をマキシマトモカズ製造部長から知らされ、様子を見に行く。そしてその具合を製造元に問い合わせる。先方の技術者によれば「しばらくは問題なく使えるものの、修理は必要」とのことにて、見積書をファクシミリで送るよう頼む。今回の故障や不調が繁忙期に重ならなかったのは幸運だった。
朝飯 白菜漬け、沢庵、スペイン風目玉焼き、切り昆布と人参の炒り煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 上澤梅太郎商店の「たまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、豚肉と白菜と茸の鍋、その鍋で煮たラーメン、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2025.1.16(木) 第45回日光MG(2日目)
家以外のところで目を覚ますと大抵「ここはどこ」と一瞬、自分のいるところが分からなくなる。今朝もそうして目覚め、きのう枕元に整えたおいた服を、3名の同室者を気遣いつつ闇の中で着る。そしてコンピュータとiPhoneを小脇に抱えてロビー階に降りる。
そのコンピュータを鬼怒川渓谷を見おろすデスクに開き「汁飯香の店 隠居うわさわ」にいただいた予約を処理していく。おなじ日の異なる時間に重複して予約をされている方には、どちらになさるかを問うメールをお送りする。
さてMGの2日目は西順一郎先生の講義から始まる。今日は初心者へ向けて西先生の歴史、MGの歴史が語られた。先生は「初心者へ向けて」とは前置きをされたものの、そのお話はMGを何十年も続けている者にもまた、とても興味深いものだった。そしていよいよ第4期のゲームが始まる。
僕はこの第4期に、これまでの累積損61円を一掃する100円の経常利益を目指した。そのためには原価14円、荒利16円の商品を25個、売る必要がある。そのためには何を、どうすべきか。
今月11日の日記に書いた「天文に詳しい人」のように嬉々として数千文字も連ねては誰も寄りつかなくなるから簡単に記せば、第4期の中間決算までに原価13円、荒利16.5円の商品を16個、売った。後半戦に必要な販売個数は9個。しかし結局は期末までに計30個の商品を売り、経常利益は目標の倍ちかい188円、累積利益は一気に上昇して127円となった。
第5期はそれまでの小型機械を大型機械に買い換えて更に販売個数を伸ばしたものの、小型機械の売却損と製造ミスによる特別損失や第4期の納税により累積利益は109円に減った。このときの自己資本は373円。ゲームの下手な僕にしては上場の成績である。
マネジメントゲームは勝った人が偉い、というわけではないものの、第6期への備えを充分にした上で、第5期末に到達した自己資本の高い順に表彰をされる。
本日の最優秀経営者賞は大阪から参加のヨシダゲンゾーさんが493円で、2位の優秀経営者賞は新潟から参加のニゴリカワヒデミさんが457円で、3位は上澤梅太郎商店の包装主任であるヤマダカオリさんが455円で、もうひとつの優秀経営者賞を獲得した。今回、ヤマダさんがゲーム中に心がけたことは、勿体ないからここには書かない。
東武線の鬼怒川温泉駅から帰る方、JR今市駅から帰る方はそれぞれ「一心舘」の女将、長男、家内がお送りした。帰るにしてもすこしの余裕がある方は、僕が途中のファミリーレストランでしばしお相手をした。そして今日も日光にお泊まりになる広島からいらっしゃったイツジエースケさんと秘書のハショーヤスシさんとは、最後の最後に夕食をご一緒させていただいた。感謝、感謝、である。
朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳あれや、これや、それや
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のお膳、らっきょうのたまり漬
晩飯 「山泉楼」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「浙江大越紹興酒有限公司」の「紹興貴酒」
2025.1.15(水) 第45回日光MG(1日目)
マネジメントゲーム、通称MGのことをここに書いても興味を持って読む人は日本国中に100人もいないだろう。しかし書かなくては日記が成立しないから、とにかく書く。
MGは参加者ひとりひとりが自分の会社を持ち、2日間に5期分の経営を盤上に展開する研修である。5期分の決算も、マトリックス会計表を使って手書きでする。僕は1991年以来、これを続けているものの、ゲームは非常に下手で、初日の朝は常に、戦々恐々としている。第1期の自己資本は300円。ゲームの下手な人間はとにかく運頼みで、運に恵まれたときのみ自己資本を積み上げることができ、そうでないときには累積赤字が雪だるま式に増えていく。さて今回はどうなるか。
講師はマネジメントゲームの開発者である西順一郎先生。僕のMGの歴史の中では、ほとんど西先生のマネジメントゲームばかりを受けてきた。理由は「水は源流で飲むのが一番美味い」からだ。今回の日光MGには上澤梅太郎商店の全社員の他、全国津々浦々から19名もの方々が参加をしてくださった。MGは6名がひとつの卓に着いて市場を形成する。今回はそれが7卓。有り難いことだ。
MGの第1期には、いまだ勝負は始まらない。全員が決められた手順に従って採用、材料購入、製造、販売を行い、決算をする。この第1期は初心者にとっては練習、経験者には振り返り、あるいは「修正」の時間になるだろうか。
そうして迎えた第2期の僕の成績は損益分岐点比率130、利益は第1期のマイナス17円に更に35円の損を加えて52円の累積損。安定の出だしである。
マネジメントゲームは意思決定の連続であり、入札は声を出して行う。頭と体の双方に、普段はあり得ない負担がかかる。第2期を終えたときには、これから第3期のあることが信じがたいほど疲れていた。その第3期の僕の結果は損益分岐点比率が幾分マシになって104。しかし赤字は赤字だから累積損は61円に増えた。今日の勝負はここまで。
社外から参加の方々は会場に宿泊にて、第4期の経営計画を済ませた後は、遅くまで歓談をして過ごす。
朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳あれや、これや、それや
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の夜のお膳
2025.1.14(火) 水神祭
朝は総鎮守瀧尾神社のタナカノリフミ宮司に会社まで来ていただき、1月恒例の社内行事「水神祭」を9時より催行する。きのうはこの祭壇の準備だけでなく、製造現場の大幅な模様替えと整備が製造係の発案により行われた。大いに有り難い。このお祭が完了すれば、後は春のお彼岸に向けて、ひたすら仕込みの日々が始まるの。
ところで明日からの、2日間の着替えはきのうのうちに用意をしておいた。そのショルダーバッグを午後は事務室に降ろし、夕刻までにマネジメントゲームの道具その他を追加で納める。
閉店がちかくなるころ事務係のツブクユキさんが店に来て、あるお客様から届いたメールを僕に見せ、対応を求めた。ツブクさんの話を聞き、コンピュータを開き、お客様の要求に従ってあれこれ試みるも、なんとも理解しがたい現象がそこにはあって、僕の手には負えない。よって外注SEに状況を知らせるメールを送り、更に電話で説明を加える。
日光市今市の上澤梅太郎商店から鬼怒川温泉までの距離は15キロメートル。18時25分にホンダフィットの運転席に着き、日光MGの会場である一心舘には18時45分に着いた。西研究所の西先生ご夫妻はじめ、先乗りをされた方々の夕食は18時30分から始まっているとのことにて部屋へは行かず、ショルダーバッグを持ったまま宴会場に入る。
朝飯 トマトのスクランブルドエッグ、納豆、切り昆布と人参の炒り煮、菠薐草のおひたし、 なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」のあれや、これや、それや、他あれこれ、日本酒(燗)
2025.1.13(月) デジタルの手紙とアナログの手紙
日本酒に特化した飲み会「本酒会」は、イチモトケンイチ会長のメモによれば設立は1992年。最初の会員は3名。会長に僕が誘われて加わったのは1995年。規約の第一は「お酌をしたら退会」という決まりで、僕はこのような、自由を確保するための規則は嫌いでない。この、月に1度の例会を続けてきた本酒会が、諸般の事情により今月の第369回で解散となる。僕は書記として、23日、24日、28日と例会の候補日を挙げ、都合の悪い日があれば知らせるよう、6時になるのを待って、同報メールを配信した。
2番目のメールは、15日と16日の社員研修による休業をお知らせするメールマガジン。こちらは【お休みの日のお知らせ】という表題で15時40分に作成し、16時30分の配信を設定した。
次は手書きの手紙。現在の僕の最も愉しみとしているのは、南の国で本を読むことだ。ドナルド・キーン著「昨日の戦地から」は昨年の6月3日にシサッチャナーライの食堂で読み始め、9月29日にチェンライの屋外フードコートで読み終えた。その「昨日の戦地から」に「キノシタ侍従次長」の文字を見たのは9月29日の朝の、コインランドリーでのことだった。「キノシタ侍従次長」とは、自由学園でひとつ先輩の、キノシタテルオ君のお祖父さんに違いない。
「このことはキノシタ君に知らせて上げるべきだろう」と、僕は当日の日記に書いた。しかしそれから3ヶ月以上も、何もしなかった。年明けから10日も経ってようよう検索エンジンに頼り、この本をメルカリへの出品者に注文した。届いたそれは新品同様だった。キノシタ君への手紙は15時45分から書き始めて10分ほどで書き終えた。そうして16時からは店に出て、閉店の17時30分まで店番をする。
朝飯 ウインナーソーセージと菠薐草のソテー、スクランブルドエッグ、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 切り昆布と人参の炒り煮、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、里芋の煮ころがし、菠薐草とコンニャクの白和え、沢庵、白菜漬け、牛スジ煮、メシ、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)
2025.1.12(日) 平平平平
目覚めてiPhoneにTikTokに開くと、iPhoneの安全性を高めるための方法を紹介している動画があった。起きて食堂のテーブルにコンピュータを開き、その動画を検索して、自分の設定を確認していく。
僕はZ世代にはほど遠く、新しいiPhoneを買うときには外注SEのシバタサトシさんにdocomoショップまで同行をしてもらう。細かいことは割愛するが、docomoがiPhoneを扱い始めた初日において、シバタさんはdocomoショップの店員よりiPhoneのハードとソフトに詳しく、大いに助けられたことがあった。
それはさておきその動画に従って自分の設定を調べていくと、説明されていることはすべて、シバタさんによって処置済みだった。ただひとつ「iPhoneに本名は設定するな」というところだけは「上澤卓哉のiPhone」となっていたため、これを「平平平平のiPhone」としてみた。ちなみに「平平平平」は「ヒラダイラヘッペイ」と読む。
すると先ほどまで繋がっていた、iPhoneを介したデザリングが不能になった。すぐに「平平平平のせいだ」と気づいて元の「上澤卓哉のiPhone」に戻すと、回線は無事に復旧した。とりあえず現在のiPhoneにおいては、本名のまま行こうと思う。
朝飯 蕪の葉と油揚げの乾煎り、揚げ玉、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、なめこのたまり炊、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、梅干のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚登久」の胆焼き、鰻重、おしんこ、肝吸い、「片山酒造」の酒粕焼酎「粕華」(生)
2025.1.11(土) 雪のしらせ
現在の日の出の時間は国立天文台のサイトによれば1年のうちでもっとも遅い6時51分となっている。この6時51分は、元旦から今月13日まで続く。一方、日の入りは元日の16時39分に対して今月13日のそれは16時48分と、9分間も遅くなるのが何とも解せない。このあたりについて天文に詳しい人に訊けば嬉々として1時間もしゃべり続け、当方は余計に分からなくなるから、そういうことはハナからしない。
テレビの天気予報は朝も昼も大雪の知らせが引きもきらない。そこに映し出される関東地方の地図では、我が栃木県日光市今市は大抵の場合、雪が降るか降らないかの境界線にあって、だから降るか降らないかの予想がつかない。きのうは一時、雪が風に舞った。それがすぐに上がり、以降、晴れたのは幸運だった。
ところできのうの日記に書いた”JAPAN BLUE JEANS”のズボンは、早くも午前のうちに届いた。試着をしたところ、サイズはちょうど良かった。さていま残っている、胴回りが現在より1インチだけ太い数本のズボンはどうしよう。よそ行きだっただけに、着用したのはいずれも数回以内。クリーニングに出した回数もせいぜい1、2度と考えれば、捨てるにはいかにも惜しい。メルカリなどのフリーマーケットに出すのも面倒だ。先ずは社員の中で僕の体型にもっとも近いタカクコータロー君に1本を渡して試してもらい、もらってもらえれば幸いである。
16時50分に早上がりをして、町内の新年会に臨む。新年会とはいえ酒を飲んで、ただ駄弁りを労する、というものではない。この集まりはどちらかといえば、2024年度に回覧板を回すなどの仕事をしてくれた組長への慰労の意味が強い。会は20時にお開きとなり、後片付けをして20時15分に帰宅。即、入浴をして、冷たい水を飲む。
朝飯 納豆、冷や奴、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん}、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 オードブル、「はま寿司」の「人気12種セット」、乾き物あれこれ、「渡邊佐平商店」の「自然醸清開」(燗)
2025.1.10(金) 激戦の跡
理由は不明ながら、僕の体重は2013年以来、この11年間で13キログラムちかくも減った。それに伴って、普段着以外のスーツやズボンは身体に合わなくなった。現在のよそ行きのズボンは2015年に気に入って、色違いで3本を購入した”JAPAN BLUE JEANS”の商品だが、こちらもいまや胴回りがゆるい。
よっておなじ品を同社のサイトに探したところ、既にして終売になっていた。仕方なく検索エンジンに頼ると、楽天のある店に在庫のあることが分かった。そこでウエストは現在のそれより1インチ短い32インチ、色は手持ちの3本のうちもっとも気に入っているインディゴを選んで買い物カゴに入れた。価格は3割ほど上がっていたものの、ポップアップした10%オフのボタンをクリックし、更に貯まっていた楽天ポイントを使うと10年前より安くなった。これで秋冬用のズボンは完了。夏用のズボンとスーツについては、次の東京行きのときにどうにかしようと思う。
雪のちらついてきた9時30分より4階の食堂へ上がり、きのうの日記に書いた、2月5日から日本橋高島屋S.C.で開かれる「冬の味覚市」の案内状のお送り先を、顧客名簿から特定する。この、世間一般の平均からすれば驚くべき反応率を実現させる抽出の方法は僕が長年に亘って練り上げてきたもので、常に更新を欠かさない。いわゆる好きな仕事ではあるものの、1時間30分ほどのあいだ集中して作業をすると抜け殻のようになって、以降は大したこともせず夕刻に到る。
折しも僕の、コンピュータを使った事例発表の依頼がきのう届いた。当日は、本日の激戦を辿ることのできる、書き込みだらけのマニュアルをテキストに使う予定である。
朝飯 納豆、菠薐草のおひたし、蕪の葉と油揚げの乾煎り、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蛸のマリネ、キノコとパンチェッタとキャビアのスパゲティ、牛タンの網焼き、Chablis Billaud Simon 2018
2025.1.9(木) 不思議な現象
この日記にはときどき書くことだが、人には目に見えない何者かの命令により意識しないまま一斉に動く、ということがありはしないか。2時間も沈黙していた電話が、鳴るときには複数の回線で同時に鳴る、などがそれだ。「汁飯香の店・隠居うわさわ」の今月の予約は27日ばかりに集中して、今日もひと組様を満席によりお断りせざるを得なかった。これもまた、不思議な現象である。
その隠居への来店を希望される方から、昨年末に茂木のサーキットで名刺を戴いた。その方へ宛てて今日は手紙を書き、道の駅への配達のついでに投函をした。「汁飯香の店・隠居うわさわ」は上澤梅太郎商店が社会に対して掲げた旗のような店だけに、自然と力が入るのだ。
午後は、事務係のヒロタイクコさんとサイトーハヅキさんが各自のコンピュータに溜めてくれた顧客情報を僕のコンピュータに吸い上げ、整理の上、サーバーに上げた。明日はこれも含めたデータベースから、2月5日より日本橋高島屋で開かれる「冬の味覚市」のご案内のお送り先を特定することにしている。
終業後は社員と街の焼き肉屋に集合をして、新年会を催す。
朝飯 たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、揚げ玉、梅干、蕪の葉と油揚げに乾煎り、なめこのたまり炊のお茶漬け
昼飯 にゅうめん
晩飯 「板門店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、眞露(お湯割り)
2025.1.8(水) お盆
暗闇にiPhoneを引き寄せると5時を6分、過ぎていた。「うかうかすれば5時30分になってしまう。とすれば朝飯までの時間は僅々60分」という、もうひとりの自分の声にせき立てられて即、起床する。
ひとりタイで楽しんでいたことが上司の知るところとなり「今度はオレも連れて行け」と、なかば脅された人がいる。仕方なく先乗りをしてバンコクの空港で迎えたところ、事細かに計画を立てることが好きらしい上司は翌朝のロビーでの集合時間を「8時55分」と指定した。9時からの行動開始を前提とした8時55分なのだろうけれど、いかにも気が疲れる。空気のユルいタイに来ながら5分刻みとは一体全体、何なのか。そして「自分はひとりの時間がないと堪えられない性格です」と独白をする。僕もまぁ、同じたぐいである。
午前、2リットルのペットボトルにお湯を詰めて如来寺のお墓へ行く。花立ての水は幸い凍っていなかった。旧いお墓、叔父と叔母のお墓、新しいお墓と3個所をまわりつつ持参のプラスティック袋に花を回収していく。持参したお湯により、お墓と水場を往復することなく花立てが洗えたのは良かった。
ところで愛用のお盆について。この日記を遡れば2018年8月27日から使い始めている朝食のためのお盆は、その前日に倉庫で見つけたものだ。かなり使い古されていて、割れを補修した跡もある。しかし一汁三菜がピタリと収まる絶妙の形と大きさで、以降、6年と数ヶ月のあいだ使い続けてきた。
このお盆の傷み、特に反りについては素人にはいかんともし難く、昨年は伝手のある日光彫の店を訪ねておなじものを作るよう頼んだところ、現在は販売のみで、制作はしていないという。そういう次第にて仕方なく割れ、反り、剥げの三拍子がそろったまま使っていたところ、昨年末に思いがけず日光彫の作り手を紹介された。
そういう次第にて、既にして正月休みも明けているだろう大島工房の大島永水さんに電話を入れ、本日14時40分の訪問を決めた。工房は、銀行へ行くため週に一度は通っている並木町の道沿いにあった。僕が持ち込んだお盆を大島さんはメジャーとノギスで採寸し、またその形を紙になぞった。見積もりは、今月中には出るという。
朝飯 スペイン風目玉焼き、納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と白菜の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蛸のマリネ、蕪の葉と油揚げの乾煎り、沢庵、焼きそば、お好み焼き、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2025.1.7(火) 暖かくても冬は冬
朝、食堂に来ると、屋内にいるにもかかわらず、外気温の予想が何となくつく。今朝はきのうにくらべて暖かい。天井から温風の吹き出す暖房も、また足元に温風をもたらす足温器も使わないまま、床暖房による暖かさのみでコンピュータに向かう。
本日は1月7日。きのうしげしげと見た柱飾りのダイダイは萎びつつあった。よって門松と鏡餅はそのまま、しかし他の正月飾りはすべて今日のうちに外すよう、社内の電子会議室に通達を上げる。
朝がきのうより暖かかったとはいえ、冬であることに変わりはない。元旦に供えたお墓の花を片づけなければならないことは山々ながら、どうにも腰が上がらない。花立ての水が凍っていることも考えられる。片づけにはお湯を持参しよう。
午後、昨年末に戴いた牛タンを冷蔵庫で徐々に解凍すべく、包装紙を剥がし、箱を開ける。すると紙の説明書は無く、箱の内側にはYouTubeの動画にリンクするQRコードが印刷してあるのみだった。清々しいと言えば清々しい。しかしデジタル弱者は困るだろう。そして僕も、スマートフォンで注文する式の飲食店は苦手である。
朝飯 生のトマト、生玉子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、かやくごはん、豆腐と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、白菜の中華風浅漬け、すき焼き、他あれこれ、久米島の泡盛「久米仙」(生)、「鶴屋安芸」の利休饅頭、栗饅頭、Old Parr(生)
2025.1.6(月) 水ぬるむころ
年始から続いた好天は6日から崩れると、天気予報は伝えていた。しかし今朝の東の空は紅く染まっている。よって屋上へ上がり、その様子をカメラと言って差し支えがないか否かは不明ながら、スマートフォンに収める。冬至から2週間ほどが経つものの、夜明けの早くなった実感は無い。
9時になったことを確かめてから外へ出る。郵便局といくつかの銀行をまわり、小口現金の払い戻しと通帳記入をする。お客様からの入金が専らの郵便貯金に、昨年末からの動きは皆無。しかしキャッシュレス決済による売上げの入金される銀行の口座には、この1週間でまとまった増分があった。
帰社してから買掛金を取引先に振り込む銀行の残高を家内に調べてもらうと、今月の資金移動の必要は無かった。3月の支払いについては、2月のうちに充分な資金を準備の上、別途、タイからもインターネットバンキングが可能かどうか、試すつもりでいる。
午後は、きのう町内のウカジシンイチ自治会長より手渡された10枚ほどの出金伝票に従って、現金を封筒に詰めていく。今回は封筒の数も金額も多いため、それを各所に届ける自治会長が確認しやすいよう、その一覧表も作っておく。それにしても、仕事も奉仕活動も、金のやり繰りばかりである。
朝の晴天はいつの間にか雲に覆われ、その雲も、午後が進むに連れて、いかにも暗鬱な厚さ、低さになった。寒さにより、徒歩では外に出る気がしない。そういえば、冬のあいだは家族が不在でも、外食はほとんどしなかったことを思い出した。これから水ぬるむころまでは、例年の繰り返しになるだろう。
朝飯 焼きおむすび、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、田作り、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、黒豆、鳥鍋、久米島の泡盛「久米仙」(生)
2025.1.5(日) 松の内
松の内とは、いつからいつまでか。検索エンジンに当たれば関東、東北、九州では1月7日まで、関西では1月15日までと出る。上澤梅太郎商店は関東圏内にあるものの、門松は社員研修により休みになる前日の、14日まで置くつもりでいる。
さて九連休と騒がれた年末年始の休みも今日が最終日となった。店は明日から閑散期に入る。しかし会社全体としては、すべきことが目白押しである。先ずは自社の商品では子供のころからもっとも好きな「なめこのたまり炊」の仕込みが3月まで続く。日光味噌「梅太郎」の仕込みもある。日本橋高島屋S.C.での出張販売は2月5日から同11日まで。宣伝媒体や包材の新規作成は昨年末から動き始めている。そのような商品の製造や販売以外にも、諸々の見直しが控えている。「春のお彼岸までは安楽に過ごそう」というわけにはいかないのだ。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達は朝昼夕の3回と、今日から平時の頻度に戻った。成人の日のからむ連休以降は、賞味期限の短い商品については特に、在庫を絞っていくことになるだろう。
きのうの閉店後に6日分をまとめておいたお陰で、今日の、1週間分の売上げの集計はすぐに終わった。そういう次第にて、町内役員の会議には15分遅れの18時15分より参加をする。
朝飯 菠薐草の胡麻和え、目玉焼き、生のトマト、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 梅花はんぺん、錦玉子、里芋の淡味炊き、菠薐草の胡麻和え、鰤の照り焼き、黒豆、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)、「久埜」の水羊羹、Old Parr(生)
2025.1.4(土) 未明の仕事
起きて食堂に来ると食器棚の電波時計は3時45分を指していた。これを奇貨として「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、昨年最後の3日間にいただいた感想カードの内容をコンピュータに入力する。ここで時刻は4時30分。文字情報の、コンピュータへの手入力には結構な時間がかかる。よってこの仕事を溜め込むわけにはいかない。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の今年の営業開始は1月11日。折角のご来店にもかかわらず満席でお断りせざるをえないことには、非常な心苦しさを覚えます。いらっしゃろうとお考えの方は、かならずご予約ください。
夜が明けてくると、昨夕からの雪が家々の屋根にうっすらと積もっている様子が見えてきた。とはいえ道路のほとんどの部分には黒いアスファルトが露出しているから、今日の交通事情に問題はないだろう。
お客様の数は漸減傾向にあるものの、客足がもっとも繁くなり、また販売係が手薄になる昼どきには2時間ほども店を手伝う。次は16時より店に立ち、閉店の17時30分まではそのまま店頭に立つ。
燈刻、明日18時からの会議の知らせが町内役員の同報LINEに届いていることに気づく。日曜日のその時間はいつも、1週間分の売上金の集計をしている。しかし会計係であれば、欠席はしない方が良さそうだ。よって今日のうちに、12月30日の月曜日から今日までの売上金を先ずはひとまとめにして、その額をキャッシュレジスターの記録と照合しておく。
朝飯 お雑煮
昼飯 にゅうめん
晩飯「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、錦玉子、2種のかまぼこ、蛸のマリネ、黒豆、湯豆腐、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)、「久埜」の水羊羹、Old Parr(生)
2025.1.3(金) 駅伝
正月といえば、テレビは箱根駅伝で賑わう。当方は仕事にて、それを実況中継で観られるのは朝に限られる。箱根駅伝が巡ってくるたび「この競技をオリンピックで採用してくれないか」と考える。どの国の開催であってもスタートはオリンピック発祥の地オリュンピア。そこからアテネまでの264キロメートルを何人で繋ぐかはIOCが決めれば良い。アテネ国際空港から開催国へと空輸された各国の「たすき」は各国の選手の上半身に斜めに掛けられて、ふたたびレースが始まる。オリュンピアからゴールまでの総距離は500キロメートル。世界中の熱狂を呼ぶこと間違いなしと思うけれど、どうだろう。まぁ、夢想することは自由である。
年末に発表された渋滞予測では、上りのピークは3日および4日と出ていた。ということは、年末年始の帰省客や行楽客が日光に留まるのはあさって日曜日の午前中までとみて良さそうだ。次の週末には成人の日のからむ連休があるものの、近年の記録に照らせば店は既にして閑散期に入っているはずだ。よって今週末までは、せいぜい店を助けようと思う。そして今日の売上げはきのうを上まわった。これは不思議な現象で、珍しく長い九連休が関係しているのかも知れない。
夕刻より雪がちらついてくる。雪は、予報によれば、夜半前には止むという。それを知って胸をなでおろす。雪が積もって嬉しかったのは社会人になるまで。以降は旅先のそれを除いては、大迷惑、である。
朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給の「カルフールキッチン」の焼き鯖弁当
晩飯 “Finbec Naoto”のお正月のカレーライスのコース其の一、其の二、其の三、らっきょうのたまり漬、きゅうりのたまり漬、酒肴其の一、其の二、其の三、其の四、アルザスの高くない白ワイン
2025.1.2(木) 初売り
目を覚まして枕頭のiPhoneに触れると時刻は2時ちょうどだった。寝の足りない感覚は無かったため、起きることにする。着替えて洗面を済ませて食堂に来る。時刻は2時18分になっていた。これだけ早くに起きればいろいろなことができる。きのうおとといの日記の他には「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのウェブ予約にご返事をしたり、あるいは水神祭の日取りを決めるため今月の六十干支を調べたりする。
ここまでしても時間はいまだ、じゃぶじゃぶと使い放題だ。忙しいときには溜めがちになる有料のメールマガジンを、ゆっくりと読む。大晦日に事務室から引き上げ、以降は4階に置いたままのコンピュータが、5時を過ぎるころディスプレイの明るさを落とす。バッテリーが節約モードになったのだ。それを機にコンピュータは閉じ、読書灯を手元に引き寄せる。そして読みさしだった吉田健一の「汽車旅の酒」を開く。
「汽車旅の酒」は不思議な短編「東北本線」と「道端」を読み終え、しおりは観世栄夫による巻末エッセー「金沢でのこと」の1ページ目に挟まれていた。この文章が、良い。本文では語られない部分、ことに東京駅での待ち合わせのところにワクワクする。「移動の経過を欠いた紀行文は好まない」と昨年9月27日の日記に書いた僕にとっては、正にご馳走である。
吉田健一は何冊か読んだものの、何十年か前に買った「金沢・酒宴」はいまだ開いていない。これを階段室の古い本棚、応接間に続く廊下の新しい本棚と探して歩くも見つからない。そうするうち朝食の6時30分が迫って探索は中止とする。
なお本日は初売りにて、いつもの7時40分に事務室のシャッターを上げる。
朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給の「コスモス」の「ハンバーグデミグラスソース弁当」(たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」は家で追加)
晩飯 すき焼き、SUNRISE CABERNET SAUVIGNON VALLE CENTRAL CHILE、「與兵衛桃林堂」の「桃李もなか」、Old Parr(生)
2025.1.1(水) お雑煮
「ベロ藍」の濃さは薄れているものの、6時10分の空はいまだ美しさを保っている。
元旦には家内との墓参りを欠かさない。数年前は水場が凍りつき、コンビニエンスストアでミネラルウォーター2リットルを買ってお墓に引き返したことがあった。その記憶が強烈なため、翌年からはかならず家から水を持参することにしている。しかし水場が凍てついたのは一度きりで、今日もまた、お寺の水道栓からは問題なく水が出た。
とはいえ元旦のお墓の寒いことに変わりはない。素手で水を扱うとアカギレが切れて業務に支障を来すためゴム手袋を使ったものの、それでも指先は凍えた。来年は毛糸の手袋も忘れずに持とうと思う。
帰宅の途中、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の通用口をクルマから確かめたところ、早くも施設長の働く姿があった。よって会社に戻るなり冷蔵庫に入り、今日のために準備した福袋を台車に載せる。そしてそれをホンダフィットに移し替えて、道の駅に納める。時刻は7時35分だった。その配達にて一般の商品にも補充の必要を感じ、本日2度目の配達を直後に行う。
8時を前にして、4階の食堂には既にして長男、嫁のモモ君、3人の孫が揃っていた。その5人を伴ってお雑煮を載せた盆を持ち、仏壇、神棚、稲荷社、水神、地神と、それぞれ供えていく。人間がお雑煮にありつくのは、その後だ。箸袋に家族の名を筆ペンで書く仕事は、今年は孫のリコが担ってくれた。
食後は10時30分まで寝室で横になって休む。総鎮守瀧尾神社には、長男の家族と共に7人で出かけ、昇殿の上、11時からの祈祷を受ける。そこから今度は追分地蔵尊へまわり、こちらでも初詣をする。帰宅の途中に道の駅へ寄ると、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」が売り切れていた。よって即、バックヤードの冷蔵庫から補充すると共に、会社から新たなそれを道の駅の冷蔵庫に運び入れる。
昼食の後は15時までふたたび寝室で休む。正月には普段はできないこと、すなわち昼寝がしたいのだ。
15時を過ぎてから、本日4回目の配達を道の駅に行う。これにて閉店までの在庫は充分と思われたものの、バックヤードの冷蔵庫から一部の商品を売り場に出すと、当然のことながら、冷蔵庫には隙ができた。念のため会社に戻り、その隙に収められるだけの品をカゴに入れて、本日の配達を完了する。これにて今日の道の駅への配達は、昨年の元日とおなじく5回になった。
夕刻は早めに入浴をし、早めに夕食を摂り、早めに寝室に入る。
朝飯 お雑煮、田作り、「久埜」の栗きんとん、黒豆、おせちあれこれ
昼飯 お雑煮、いちご
晩飯 おせちあれや、これや、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)、「明治の館」のチーズケーキ、Old Parr(生)





































































































































