2026.2.28(土) 一気呵成に
目を覚まして枕頭に体温計を手探りし、その細長いプラッスティック製のケースから取り出した本体を左の脇に差し入れる。数分後に音を発したそれをパジャマの胸元から取り出し、iPhoneに付属の灯りを点けてディスプレイの数字を見る。体温は予想に反して35.7℃まで落ちていた。腰の痛みを除いては、気分は平時のそれと変わらない。咳もだいぶ収まっている。よって寝台の下の乱れ籠に用意した服を身につけ、起床する。
洗面所を経由して食堂に来て、仏壇と自分のためのお茶を淹れる。直近の二日間は、家内に任せていたことだ。
WordPressを開いてみると、今週火曜日の日記は既に完成していた。しかしこれを公開すべき木曜日の朝には体温が37.7℃まで上がっていたため、起きてそれをする気が起きなかった。その火曜日の日記を公開する前に、本日土曜日の日記のここまでを書く。「日記は時系列にかかわらず、書けるときに書いておく」が、僕の流儀である。
そして火曜日の日記を公開した後は、滞っていた水曜日、木曜日、そして金曜日の日記を一気呵成に完成させる。
なお、熱は下がったものの大事を取って、仕事場へは朝のほんの短いあいだのみ降りた。以降は火曜日の日記に書いた一覧表に従って、旅の荷物を整える。
朝飯 お粥、なめこのたまり炊、ごぼうのたまり漬、カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」
昼飯 にゅうめん
晩飯 親子丼、ごぼうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
2026.2.27(金) 川上、金田、別所、青田
今朝の体温は、またしても37.7℃。からだの具合が悪ければ、いつにも増して人の助けが必要になる。そのようなときにはいつも、ザ・ピーナッツとハナ肇による「おとっつぁん、おかゆができたわよ」「いつもすまねぇなぁ」の、いにしえのテレビの一場面が頭に浮かぶ。何の事やら分からない人は、検索エンジンに頼って欲しい。
きのう入れた予約に従って、10時20分にセキネクリニックへ行く。そして診察を受け、解熱、咳止め、去痰のための処方箋をもらう。その薬をハセガワ調剤薬局今市本町店で受け取って、家に戻る。
熱は収まってきたものの、咳は今日から頻繁になった。寝台の上では、痛む腰をかばって身体を丸くしたりする。
夕食は家族のそれが済んでからひとりで摂ると、家内には伝えておいた。やがて呼ばれた食堂のテレビでは、WBCの日本代表と中日ドラゴンズの試合が中継されていた。大谷の背番号は16。それを見て「あ、カワカミと同じだ」と、思わず声を漏らす。吉田正尚の背番号は34。それを見て「あ、カネダと同じだ」と、これまた声を漏らす。
プロ野球のニュースに別所毅彦が解説で出ると「あらベッショ、こんなに年とっちゃって」、青田昇が出れば「あらアオタ、こんなに年とっちゃって」と、オフクロは驚いた。そのころのオフクロよりも、今の僕は年長と思われる。時は流れる、のである。
朝飯 目玉焼き、ベーコンとブロッコリーのソテー、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、リンゴのジャムを添えたヨーグルト
2026.2.26(木) 不覚にも
きのうの上長会議のころより気管支が軽く苦しくなり始め、咳も出始めた。よってかかりつけのセキネクリニックで過去に処方された「ツムラ柴胡桂枝湯」を、夕刻と夜に服用した。
風呂上がりに腰と上半身にタオルを巻いた姿で食堂に来て水を飲み、その場でしばらく眠ってしまっても風邪はひかない。そのような自分を丈夫と感じつつ、しかし年に一、二度は具合を悪くする。そして今朝は、明らかに発熱をしている。だるいからだを引きずりつつ寝室から食堂へ行き、食器棚の引き出しから体温計を取り出し、寝台へ戻る。体温は37.7℃に達していた。
年に一、二度の不具合が、よりによってタイ行きを目前に控えて発生してしまった。しかも今日は木曜日で、個人営業の病院は大抵、休診である。「勉強仲間のカタヤマタカユキさんが風邪をこじらせて亡くなったのも木曜日だったな」と6年前のことを思い出す。
体温は、昼ごろには38.1℃まで上がった。もはや漢方薬では間に合わない。これまたセキネクリニックで過去に処方されたカロナール500を一錠だけ服用する。このことにより、体温は37.4℃まで下がった。
セキネクリニックの発熱外来の予約は、スマートフォンを用いて明日の10時30分に入れることができた。後は、栄養の補給と静養に努めるのみである。
朝飯 おかゆ、なめこのたまり炊、梅干
昼飯 プリン、ホットミルク
晩飯 刻みキャベツとトマトと茹でたブロッコリーを添えたコロッケ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ
2026.2.25(水) 発表と見学
上澤梅太郎商店は、月に一日の休みをいただいている。その日は「社内メンテナンスのため休ませていただきます。」と書かれた看板を店の前に置く。つまり店は休んでいても、建物の内外では維持補修整備のたぐいが行われている、ということだ。そしてその対象には、建物や設備など物理的なもの以外も含まれる。
今日は、分かってるようで、しかしその細部までは分からない、他部署の仕事を知るための発表会が行われた。先ずは販売、次は事務、裏の通路を抜けて製造、更に包装、最後は「汁飯香の店 隠居うわさわ」で締められた。
結論として、今日の企画は大変に良かった。他部署の仕事を、より知ることができたということの他に、発表の資料を作る課程で、自分の部署の仕事を振り返る機会にもなったからだ。若い人たちのお陰、経験の浅い人たちのお陰と、ひとえに感謝をする。
社内各部署での発表と見学は、予定は少し過ぎたものの、午前のうちに完了した。午後からは、経営者と各部署の上長が集まっての会議を、隠居にて催す。
朝飯 春雨と豚挽き肉の中華風炒め、スクランブルドエッグ、納豆、菠薐草のソテー、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、トマトと菠薐草と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 豚肉と厚揚げ豆腐とキノコと小松菜と若布の鍋、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、プリン、Old Parr(生)
2026.2.24(火) 150点
必要なものを登録しておき、それが準備でき次第チェックを入れていく、というスマートフォンのアプリケーションを、TikTokで目にしたことがある。しかしアナログ派の僕は、すぐ上にスワイプしてしまった。僕が使うのは、コンピュータのデータベースから紙に出力をした一覧表である。それによれば、3月2日からの旅の持ち物は、150点に及んでいた。
150点とはいえ、たとえばパスポートや航空券やホテルの予約確認書のコピーはそれぞれA4の紙だから、重さも体積も皆無に等しい。また折りたたみ傘は一覧に含まれているものの、実際に持参したことはない。
極端な早寝早起きにて、目を覚ましてから朝食までのあいだにはかならず腹が減る。その空腹をなだめるためのスープは必須のため、それを保管してある二階の倉庫へ行く。粉末のコンソメスープは、12食が残っていた。今回ホテルで迎える朝は10回だから、大抵は間に合うだろう。
きのうamazonに注文した上下本は、早くも昼前に届いた。一冊あたりのページ数は600弱。現地では12日間を過ごすから、日に50ページ以上をこなせば、上巻だけでは足りなくなる。しかし僕の本の読み方は、行きつ戻りつ、また疑問の点は他の媒体を用いて調べつつで、時間がかかる。二冊を持つか、あるいは一冊に留めるかについては、これから数日のあいだ悩んでみることにしよう。
朝飯 トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、菠薐草のソテー、鮭の昆布巻、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「食堂ニジコ」のキュウリのからし和え、ピータン、鶏モモ肉の唐揚げ、あんかけ焼きそば、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2026.2.23(月) いよいよ
食器棚の電波時計は3時46分を指していた。昨日おとといとコンピュータは持参していたものの、日記を書く時間の余裕、また気持ちの余裕はなかった。だから今朝の早い目覚めは幸いだった。
きのう2月22日には「あと10日でタイ行きか」と、漠然と考えていた。しかし今朝になって食堂の小さなカレンダーに目を遣れば、今年の2月は28日までしかなく、よって6日後の夜には、自分は羽田空港にいる、ということが分かった。谷口正彦の「冒険準備学入門」をひもとくまでもなく、旅行の楽しみのかなりの部分は、その準備が占める。しかし残された時間はたったの6日。これは中々に忙しい。
先ずはamazonに本を注文する。この上下二巻は、数ヶ月前にはメルカリに安く出ていたものの、なにかのきっかけから僕はメルカリにログインできなくなっているから、それを手に入れることはできなかった。amazonの方は折に触れて調べていたものの、古書はほとんど出ず、出ても大して安くはなかったから、結局は二冊とも定価で買った。amazonに若干のポイントの残っていたことが、せめてもの慰めである。
ところで今日は「もう啓蟄か」と勘違いをしてしまうど、街に人が出た。「まさか、まだだよな」と検索エンジンに頼ったところ、今年の啓蟄は3月5日から20日までと出た。東京の青梅市では、25℃の夏日を観測したらしい。いよいよ冬ともおさらば、なのだろうか。
朝飯 春菊のおひたし、豆腐の玉子とじ、納豆、鮭の昆布巻、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と人参と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスのサラダ、木須肉、春雨と豚挽き肉の中華風炒め、チャーシュー、チャーハン、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)
2026.2.22(日) MG50周年記念フェスティバル(2日目)
今日の講演は9時から。一人目はカワイヨシフミさん、次はシミズノブヒロさん、締めは西佳恵先生。
僕は、ほぼどのような集団にも馴染みづらい性格である。その自分に仲間を与えてくれたのはMGである。MGを知り得ていなかったら、自分の世界は現在の100分の1ほどの広さに過ぎなかったと思う。MGに出会えていなかったら利益感度分析もSTRACも知らず、コンピュータをコンピュータらしく使うこともできないまま、今の今まで来てしまったことだろう。MGがなかったら、上澤梅太郎商店は、そして後継者の育成は、どうなっていただろう。MGには、ただ感謝のあるばかりだ。
参加者の、書き終えた感想文を手にした列は、東京プリンスホテルのプロビデンスホールを半周以上もする長さになった。
ホテルの敷地から歩道へ出たばかりにもかかわらず、折良く東京慈恵医科大学病院の方からタクシーが来た。運転手には、飯倉から六本木の交差点を目指すよう言う。東京のタクシーの運転手の、このところの接客態度の良さには驚くばかりだ。
ひとり昼食を済ませて地下鉄日比谷線に乗る。はじめは銀座で降りるつもりであったものの、急に億劫になって、そのまま北千住を目指す。そしてその車内で、14:42発の下り特急の席を、東武鉄道のアプリケーションにて確保する。
帰って着替えて16時50分より店に立つ。環境のめまぐるしく変わった今日ではあったものの、忙しなさは感じなかった。夜は外へ出て、ひとり飲酒喫飯をする。
朝飯 「東京プリンスホテル」の朝のブッフェ
昼飯 「みそめぼれ」の塩おむすび、豆腐と若布と万能葱の味噌汁
晩飯 「和光」のお通しの具だくさん汁、鰹の刺身のたたき風、槍烏賊のマヨネーズ和え、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)
2026.2.21(土) MG50周年記念フェスティバル(1日目)
西順一郎先生がマネジメントゲームという画期的な教育を発表をしたのは1976年。その50周年の節目に講演をするよう、先生ご夫妻に依頼を受けたのは昨年夏のことだった。高いところに上がらせていただくような人間では、僕はない。しかし両先生からそれを言われれば、お断りをすることも憚られる。講演への準備については、直近の日記に書いてきた通りだ。会場の東京プリンスホテルには10時に着いた。
参加者は400名。基調講演はもちろん西順一郎先生。次いでチバヒトシさん、ショージカズヨシさん、そして最後は僕。
講演は、その持ち時間の延びることが多い。僕は16時からの予定ではあったけれど、壇に上がったのは16時10分。先生には17時に切り上げるよう言われたものの、そして話そうとしていたことの5分の1はきのうレジュメからバッサリと切り落としていたものの、結局は17時12分まで話し続けることになった。
会場を移しての大交流会は、18時30分から。日程表には20時30分までとあったような気もしたものの、20時がちかくなったところでその場を去り、部屋へ戻って入浴の後、すぐに就寝する。
朝飯 ほぐし塩鮭、納豆、擂り胡麻、梅干、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
昼飯 「東京プリンスホテル」のいちごのショートケーキ、コーヒー
晩飯 「東京プリンスホテル」のあれや、これや、それや、他あれこれ、ビール、赤ワイン
2026.2.20(金) レジュメの作成
勉強仲間のテシマヨーさんに声をかけていただき、上澤梅太郎商店のコンピュータの使い方について、昨年の3月18日に、小さな発表をした。事前に準備をしたひとつが、自分の年表だった。その年表は、自画自賛ながら、参加者にとってはなかなか良い資料になったのではないかと感じた。その年表はもちろん、コンピュータに残した。そして今回は、そこに含まれる情報量を、この数週間で大幅に増やした。「年表にそのようなものをどのような方法で装備させるのか」と疑問に感じる人もいるだろうけれど、計算のためのマクロも組み込んだ。
その年表を紙に出力したもの、また文字による年表をより分かりやすくするため、より臨場感を持たせるための画像も、絵コンテのようにしてきのうは持参していた。そうしてきのうの日記に書いたように、それを元にして講演のレジュメの下書きをした。
今日は10時より、その下書きに従って、レジュメを清書した。講演は、立ったままするのか、あるいは座ってするのか分からない。よって立ったままでも、また演壇の照明が充分でなくても読めるよう、清書はフェルトペンを使い、大きな文字で書いた。文字を大きくしたこともあって、枚数はA3のコピー用紙で三枚になった。持ち時間は50分間。挨拶などに費やす時間を除けば45分間。とすれば一枚あたりに使える時間は僅々15分間で、よほど気をつけないと、制限時間を超える。しかも僕はその日の最後の講演者だから、参加者の気持ちは早くも、夜のパーティに向いている可能性が高い。
A3に三枚のレジュメは、明朝の上りの列車の中で、もう一度、見直すことにしよう。
朝飯 ウインナーソーセージのソテーを添えたスクランブルドエッグ、トマトとレタスのサラダ、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、白菜と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスのサラダ、三種の温野菜を添えた煮込みハンバーグステーキ、Cono Sur Bicicleta Reserva Cabernet Sauvignon 2018、「和久傳」の「西湖」、Old Parr(生)
2026.2.19(木) 伊豆治療紀行(42回目の2日目)
きのうの就寝がいくら早かったとはいえ、0時台に目が覚めるとは、いささか参った。部屋は暖かくもなく、また寒くもない。枕元のコンセントに繋いだiPhoneでTikTokの動画を眺めたり、あるいはニュースを読んだり、あるいはふと興味の勃興したことについて検索エンジンに頼るなどをするうち5時台に至る。そして6時を回ったところで大風呂へ行き、きのうとおなじ「熱めの湯」の浴槽に浸かる。今朝のお湯の温度は、湯温計によれば42.7℃まで上がっていた。
朝食は、きのう夕食の場所から戻る途中で買ったサンドイッチとコーヒー。そうして7時50分に宿を出てレンタカーに乗り込み、取りあえずは南へ進路を取る。
いかにもむかしの峠道といった風情の裏道から国道135号に出ると、特に上り線の渋滞は、きのうほどのものでもなかった。いまだ時間が早いせいかもしれない。
今日の治療も幸いなことに、それほど辛くはなかった。レンタカーを伊東駅前の営業所へ戻し、10:57発の熱海行きに乗る。家内とは新幹線の車内で別れ、新橋へと向かう。
先ずはいつもの大衆床屋で散髪。軽く昼食を済ませたら、銀座線で京橋に移動をして、モンベルの大きな店でオレンジ色の手袋を買う。オフクロが遺した毛糸の赤い手袋は、自転車のハンドルを握る部分がすり切れてきたため、潔く捨てる予定である。と、ここでキーボードを打つ手が止まる。「毛糸の赤い手袋」とすべきか、それとも「赤い毛糸の手袋」とすべきか迷ったのだ。
学生のころ、神保町の岩波ビルの上階にあった、英会話の学校へ通っていた。Elizabethとう名の若い英国人の先生は”red big car”は誤りで”big red car”が正しいと教えてくれた。日本語にもそのような法則は、あるのだろうか。
京橋からは銀座を経由して本郷三丁目に至る。約束の場所には約束の時間より10分以上はやく着いた。取引先は既にして、その場所に来ていた。商談は想像していたより早く済んだ。そこから戻った銀座では、誰でもただで使うことのできる机に資料を広げ、あさってする講演のレジュメの下書きを作る。
家内とは17時20分に、歌舞伎座の地下で待ち合わせていた。そしてそこからほどちかい店で夕食を摂り、21時すぎに帰宅を果たす。
朝飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、カフェラテ
昼飯 「ドトール」のチーズ in ミラノサンドA、コーヒー
晩飯 「パリのワイン食堂」の帆立貝とスモークトサーモンのパテ、ロールキャベツ、カラフの白ワイン、グラスの赤ワイン、林檎のタルト、エスプレッソ








































