2021.3.23(火) 初午
19日の夜から煮始めたしもつかりがようやく完成した。所要時間のほとんどは、塩鮭の頭を煮崩すことに費やされた。この行程に圧力鍋を用いれば、すべては1日で完了するだろう。圧力鍋を用いても小さくならない骨があれば、包丁で細かくしても構わないと思う。
ところで「しもつかり」と人目につくところに書くと「しもつかれじゃないんですか」と訊かれることがある。「しもつかり」は「しもつかれ」と表記をされることが圧倒的に多い。しかしウチではむかしから「しもつかり」と言い習わしてきた。
“of course”の発音は「オフコース」なのか「オブコース」なのか、という論争が学生のころクラスであった。権威のある辞書の名を挙げ「その発音記号によれば…」と口を開いた優等生がいた。僕の意見は「どうでもいいじゃねぇか」だった。
北関東から東北にかけては「い」と「え」の音を混同するどころか、両者を逆転させる例が少なくない。「江戸時代」を「イドジダイ」と言った人が、おなじ口から「胃腸」は「エチョー」と発音するのだからややこしい。
その北関東の郷土食であれば「しもつかり」なのか「しもつかれ」なのかについても「どうでもいいじゃねぇか」と僕は考えている。
朝飯 玄米の焼きおむすび、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、白菜とベーコンの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 刺身湯波、新玉葱の梅肉和え、春野菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、しもつかり、豚肉と菜花の炒め、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、赤飯
2021.3.22(月) 地震のあとさき
おとといの18時過ぎ、店のキャッシュレジスターを締め、売り上げ金を事務室へ持ち運んで封筒に収めたところで地震が来た。事務室のある店舗棟は、いわゆる「3.11」の前までは、大きめの地震にも揺れを感じることはなかった。しかし「3.11」以降は結構、揺れるようになった。それについては、これを建てた清水建設の人に診てもらったことがある。結果は異常なしとのことだった。とすれば何が変わったのだろう。
とにかくその地震を感じつつ「4階の仏壇では水とお茶がこぼれているに違いない」と考えた。水とお茶は案の定、湯飲みから小さなお盆にこぼれていた。しかし他にはこれといって異変は見あたらなかった。
今朝、応接間から廊下に出てふと階段室に目を遣ると、踊り場に置いた本棚の一部が倒れていた。この棚は予備のため、本は数えるほどしか入れていなかった。片づけには5分もかからないだろう。
午後、「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様がすべてお帰りになった頃合いを見計らって隠居へ行く。建物を見まわると、雨受けの縁石の一部にあった「ズレ」が大きくなっていた。また縁石の1本に亀裂が見つかった。この亀裂が今回の地震によるものか、それとも以前からあったものかについては分からない。建物の本体には、特に異常は見あたらなかった。礎石の上に柱を立てる式の伝統家屋は、地震にはそうそう弱くないらしい。
朝飯 塩鮭、めかぶの酢の物、菜花の天麩羅、白菜漬け、沢庵、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と蕗のとうの味噌汁
昼飯 ラーメン
地震 レタスと柑橘のサラダ、トマトとモッツァレラチーズのサラダ、カレーライス、らっきょうの甘酢漬け
2021.3.21(日) それも天気次第
4時すぎに台所へ来て、おとといより煮始めた、塩鮭の頭ふたつを入れた鍋に火を入れる。しもつかりのための鮭の頭は、むかしは竈や囲炉裏の熾火にひと晩中かけておくとか、火が消えたらまた煮直すとかして、気長に煮くずしたものと思われる。しかし今の世の中に「熾火」はなかなか存在しない。延べ十数時間も煮るには光熱費が嵩む。来年は圧力鍋を使ったらいかがかと思う。
今日はお彼岸の連休の2日目。朝礼を終えた8時から9時すぎまでのあいだに、会社と道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のあいだを何度も往復する。「なぜ一度で済ませられないか」といえば、次々と完成する商品を、これまた次々と売場へ運ぶからだ。「なぜすべてが完成してから一気に運ばないか」と問われれば、主要な商品だけでも開店の9時に間に合わせたいからだ。
列島の広い範囲に大雨が降ると、天気予報は伝えていた。しかしこと日光の上空から落ちてくるそれは、それほどの量でもない。夕刻に外へ出てみると、国道121号線に沿って立つ看板には明かりが点っていた。「看板の照明は3月20日に電源を落とすべし」と、僕の日程管理にはある。「それも天気次第か」と、考えを改める。
朝飯 玉子焼き、めかぶの酢の物、干し海老を薬味にした冷や奴、鶏の燻製、生のトマト、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと大根の味噌汁
昼飯 塩鰹のふりかけ、塩鮭、白菜漬け、沢庵、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 チーズ、TIO PEPE、プチトマトとレタスと玉葱と牛たたきのサラダ、スパゲティミートソース、Chateau Lalande Borie 1985
2021.3.20(土) いかにもそれは
お彼岸、特に春のそれは、元日以来の諸々が急に変わる節目として認識をしている。簡単に言えば、すべてが活発になるのだ。きのうの夕刻には、売り切れに注意をするよう、製造計画は強気で立てるよう包装係に言った。そして今日の朝礼でも、おなじことを伝えた。
本日「汁飯香の店 隠居うわさわ」に弁当21人前を予約してくださっていたお客様は、上澤梅太郎商店にいらっしゃるまでの高速道路が混み合っていたことを教えてくださった。啓蟄は3月5日でも、人はやはり、お彼岸を境として動き出すらしい。
昼食を終え、洗面所の窓からふと外を眺め降ろすと、誰かがホンダフィットの荷室扉を上に跳ね上げていた。売場に商品を追加するよう、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」から連絡が入ったのだろう。有り難いことだ。
「これはもうひとつだけですか」と夕刻、冷蔵ショーケースのらっきょうのたまり漬「ピリ太郎」を指してお客様がお訊きになる。いかにもそれは本日最後のピリ太郎だった。出来たてにこだわるとはいえ、明日はもう少し、製造量を増やす必要があると思う。
朝飯 「丸赤」の「極辛塩鮭」、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、玉葱とレタスと白菜キムチと豚肉の味噌汁
昼飯 なめこのたまり炊、白菜漬け、塩鰹のふりかけ、明太子のお茶漬け
晩飯 大根と万能葱の味噌汁、ポテトサラダ、刻みキャベツと生のトマト、鶏の唐揚げ、Old Parr(ソーダ割り)
2021.3.19(金) UNTITLED 2008 Ⅲ
今月8日、銀座と京橋のあいだにある画廊へ行った。柏木弘の最新作はネパールで漉かれた紙によるもので、すべては9枚で一組になっていた。専門筋と思われる人たちの会話から、それらは非常に学術的なものであることがうかがわれた。しかし僕の目的は他にあった。
ようやくひとりになった柏木に、僕はiPhoneに保存した画像を見せた。13年前の作品は、いまだ作者の手元にあるとのことだった。その”UNTITLED 2008 Ⅲ”が欲しい旨は、帰宅してから本人に伝えた。
作品は、壁に掛けやすいよう裏面が調えられた状態で、おととい届いた。添えられた説明文には、制作の過程が詳細に記してあった。
板に綿布を固く張り、幾重にも色の塗られたそれを、今日は隠居へ運んだ。そして床の間に掛けてみた。その玄妙な赤は、僕の感覚からすれば、冬の曇った日にこそ似合う気がする。置いてもせいぜい桜の咲くころまでだろうか。それまでは惜しみつつ、少しずつ楽しもうと考えている。
朝飯 明太子、納豆、温泉玉子、油揚げと小松菜の炊き合わせ、茹でたブロッコリーと生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、大根の味噌汁
昼飯 ごぼうのたまり漬、塩鮭、明太子、白菜漬けのお茶漬け
晩飯 めかぶの酢の物、白菜漬け、椎茸と青菜と豚肉の鍋、麦焼酎「麦っちょ」(前割のお燗)
2021.3.18(木) 簡単、ズボラ、いい加減
昨年の5月29日より数日おきに、朝食の動画を「梅太郎」の名でTikTokへ上げている。
たとえば九谷焼の絵付師が仕事の動画をウェブ上に上げたとすれば、その筆が細密なほど閲覧数は上がるのではないか。しかし僕の朝食に限っては、その逆の傾向が強い。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日は土、日、月で、家内は6時前後には隠居へ向かう。よってこの3日間に限っては、朝食は自分で用意をする。TikTokで閲覧数が伸びるのは、その土、日、月のお膳であることが多い。つまり僕の作る、簡単、ズボラ、いい加減な朝食である。
これまでいちばん閲覧数が多かったのは昨年8月1日土曜日のそれで、44万8千3百ビュー。それを先月28日日曜日の朝食が抜いてきた。現在の閲覧数は45万6千9百ビューである。
さてこの、2021年2月28日の記録を閲覧数で抜く朝食は、今後、出てくるだろうか。出てくるならどのような朝食か、ということについては想像がつく。これからも土、日、月に限っては、簡単、ズボラ、いい加減を目指していこう。別段、TikTokの閲覧数が欲しいわけではないけれど。
朝飯 紅白なます、納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、グリーンアスパラガスとスナップエンドウの淡味炊き、明太子、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、メシ、揚げ湯波と菠薐草の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の塩ちゃんぽん
晩飯 チーズ、TIO PEPE、トマトとレタスのサラダ、2種のパン、帆立貝と海老とマッシュルームのグラタン、Chablis Billaud Simon 2015
2021.3.17(水) 水帳
きのう倉庫の整理をしながら、埃をかぶった木の箱に目がとまった。「寛文六丙午年瀬川村水帳入」の文字が蓋にある。瀬川村とは、日光市今市旧市街から日光街道を遡上して最初の集落にあたる。
「寛文六丙午」の文字を頭に刻んで一旦、倉庫から去る。そして事務室でそれを検索エンジンに入れてみる。西暦1666年、徳川幕府は4代家綱の治世、更には八百屋お七の生年と、googleは教えてくれた。
「へー」と思いながらふたたび倉庫へ戻り、その箱を4階の食堂へ運ぶ。そして太陽光のふんだんに差し込む食卓に置いて、蓋を開けてみる。中には糸で綴じられた文書が収められていた。その表紙には蓋より更に詳しく「下野國日光領瀬川村御検地水帳」の墨跡。
どうやらこれは、瀬川村にある各戸の耕作面積を記したものらしい。しかし悲しいかな僕は古文書を読む教養を持ち合わせない。農業史の先生がいつかこの日記に行き当たれば、そしてこの帳面を検分してくれれば、そのときには何ごとかが解明されるかも知れない。
朝飯 グリーンアスパラガスとスナップエンドウの淡味炊き、紅白なます、大根おろしを添えた鰤の照り焼き、菠薐草のおひたし、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とブロッコリーの味噌汁
昼飯 白菜漬け、油揚げと小松菜の炊き合わせ、塩鰹のふりかけ、塩鮭、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 キャベツと人参のサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬を含む三種の薬味、Old Parr(お湯割り)、プリン、Old Parr(生)
2021.3.16(火) 幾とせ耐えて
昔のエレベーターは、降下するとき胸や腰のあたりに何とも言えない違和感を覚えさせた。落下傘を背負って空中を落下するときにも、それとおなじ感じがするものと考えていた。しかしスカイダイビングを実際に経験してみると、そのようなことは一切なく、空を飛んでいる気持ち良さのみがあった。
昨初秋、大森のウィステリアデンタルクリニックで奥歯の神経を抜いた。サトーヒロノブ先生は、神経の奥底の、その先まで特殊な器具で穴を穿った。術後の回復を早めるための措置と、先生からは説明を受けた。二日がかりの完璧な仕事だった。
2018年10月より感じ始めた背中の違和感は、同年の師走に至ってとうとう我慢しきれない痛みに変わった。翌年1月より通い始めた宇都宮のカイロプラクティックでは、背中から始まって肩、膝と、次々に治療をしてもらった。時には「痛いですよ」と事前に知らされながらの施術もあった。「どれくらい痛いですか」と訊くと「骨が折れるときくらい痛いです」と、ワタナベマサヤス先生はこともなげに答えた。
何が言いたいか。
飛んでいる飛行機から飛び降りることも平気なら、歯の奥底まで針を差し込まれることも恐れず、専門家が「骨が折れるくらい」という痛みにも耐えられる。ただただ、血管注射だけが怖い。今日は会社の健康診断にて、そのうちの血液採取にようよう耐えて、通常の業務に復帰する。
昼飯 「笹の」のカレーライス
晩飯 ミネストローネ、2種のパン、茹でたブロッコリーとマッシュドポテトとキャロットラペを添えた豚のソーセージのソテー、おなじく羊のソーセージ、チーズ、Chateau Lalande-Borie 1985、シュークリーム、Old Parr(生)
2021.3.15(月) 危ない兆し
2013年の秋に、自宅を大きく改装した。それまで足の踏み場もないほど溢れていた様々なものを、たとえば箪笥なら中味ごといくつも捨てるような、大胆な整理をした。環境は大きく改善され、とても気持ちの良い住まいになった。建築雑誌やテレビの「お宅訪問」のような番組を見ると、どの家も驚くほど片付いていてモノが無い。「そんな家が果たして現実にあるものだろうか」と疑問に感じていたが、自分の家も、そんな風になってしまった。
そこまで徹底してモノを捨てると、物欲が無くなる。僕も最小限主義者の仲間入りである。しかしそれから何年かが経つと、やはり欲しいものは出てくる。
焼酎は、あらかじめ水と混ぜておく「前割」をすると美味いと、つい数日前に知った。焼酎4、水6の比率で割った焼酎は徳利に入れて燗を付ける。ところで今ある徳利は300ccの容量で、僕の酒量にはちと足りない。最低でも2合は欲しい。
そうしてこれをウェブ上に探すうち「なぜこの壺がこれほどの安値で売られているのか」というものを古美術屋のページに発見する。「隠居の床の間の花瓶よりよほど良いじゃねぇか」と、目が吸い寄せられる。危ない兆しである。
朝飯 こんにゃくの甘辛煮、菠薐草の胡麻和え、生玉子、牛肉のすき焼き風、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、赤パプリカの味噌汁
昼飯 塩鰹のふりかけ、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、塩鮭のお茶漬け
晩飯 菠薐草のおひたし、胡瓜と榎茸の酢の物、南瓜の煮付け、刺身湯波の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」かけ、大根と豆腐の味噌汁、大根おろしを添えた鰤の照り焼き、麦焼酎「麦っちょ」(前割のお燗)、苺、シュークリーム、Old Parr(生)
2021.3.14(日) 白梅
上澤梅太郎商店が運営する朝ごはん専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業は、土、日、月の週に3日。金曜日にはその宣伝をfacebookページに上げる。添付する画像がいつも同じでは見る人も面白くないだろう。そう考えて、毎週、新しい画像を得るため隠居へ行く。
日光市今市の、旧市街の標高は400メートル。春の花は、東京にひと月おくれて咲く。きのうは靖国神社の染井吉野が平年より12日も早く開花をしたという。隠居の庭では白梅が、ようやく開き始めた。それにしても、座敷から間近に望めるその枝振りが、大いに悪くない。姿の良さは、生まれながらのものだろうか、あるいは植木屋の仕事によるものだろうか。
きのう列島は大雨に襲われた。その雨が奥日光の上空では雪に変わったらしく、山々はすっかり冬景色に逆戻りをしてしまった。気象予報士は、雨から一転して晴れる今日の花粉の多さを伝えていた。しかし僕の眼球は、それをまったく感じていない。ありがたいと言えばありがたい。
白梅は、お彼岸のころには満開になるだろうか。
朝飯 なめこのたまり炊、ごぼうのたまり漬、塩鮭、塩鰹のふりかけ、白菜漬け、白粥
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 鰯の油漬け、白菜と豚肉と春雨の鍋、麦焼酎「麦っちょ」(前割のお燗)








































