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清閑 PERSONAL DIARY

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2018.7.13(金) お墓と神社と

今日は1972年に病没した妹の祥月命日だ。よって朝の決まった仕事、また商売をしていれば珍しくもない、突然に闖入するたぐいの仕事を完了させてから如来寺に家内と出向く。

日に熱せられた砂利を踏んでウチのお墓を目指す。墓石に水はかけない。水を固く絞った手拭いで拭くのみだ。花は色とりどりのカーネーション。一対の小さな線香立てには、それぞれ3本ずつの線香を上げる。ことしの初めまで、お墓への線香は毎度、ひと束まるごとに火を点けて上げていた。しかし5月12日の、おじいちゃんの祥月命日からは、それはやめた。「献仏不假香多」である。

14時30分に報徳二宮神社へと自転車を走らせる。そこに集まった町内の5、6人により、明日の渡御の一行が昼食を摂る席を整える。そこから町内の公民館を経由して瀧尾神社へと日光街道を遡る。そして、明日の渡御を担う白張りの人たちが着替えをするためのテント2張りを建てる。その上をフワフワと、大きなクロアゲハが越えていく。

ふたたび公民館へと戻る。西から日が強く差し込んで大変な暑さだ。窓を開け放ち、扇風機を回す。そして白張りの人たちが首にかける手拭いを、婦人会長のツカハラノリコさんと折る。そのうち他の仕事に当たっていた役員が、三々五々、戻ってくる。明日はここに瀧尾神社のタナカノリフミ宮司が来て、祝詞を奏上してくれる。その席として恥ずかしくないよう、皆で座敷を整える。会社に戻ったのは17時だった。全身、特に上半身は汗まみれである。

18時に店を閉め、キャッシュレジスターを締めてから、いつもの雑用を済ませる。それからシャッターを施錠しようとすると、ウチと警備保障会社を結ぶ端末に赤い警告ランプが点灯する。すかさず事務室に戻って火災受信機を調べる。「消火栓」と書かれたところに赤いランプが点滅している。

その状況を防災業者に電話で報せる。業者はこれから宇都宮を出てウチまで来るという。それまでに小一時間はかかることを勘案して、着いたら電話を入れるよう、携帯電話の番号を教える。


朝飯 鰊の山椒漬け、切り昆布の炒り煮、炒り豆腐、ほうれん草のおひたし、温泉玉子、納豆、茄子とピーマンと2種のパプリカのソテー、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとズッキーニと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 ジャガイモと胡瓜とツナのサラダラタトゥイユと2種のシャルキュトリー“Pain au sourire”の5種のパン2種のチーズ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”


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2018.7.12(木) なかなかに忙しい

今日は「本物のワインで漬けた本物のワインらっきょう”rubis d’or”」のビン詰めを、包装係のシバタミツエさんにしてもらわなくてはならない。しかしシバタさんは、いまだこの仕事を一から十までひとりではできない。よってその準備をするため、今朝は5時すぎから現場へ降りようとする。

4階のエレベータの前に立って、そのまま1、2秒。それからようやく「そうか、エレベータの扉ってのは、自動ドアじゃなかったんだな」と気づく。

「マーケティングは人をサルにする」という思いが僕にはある。企業は消費者の利便性を追求する。その便利さに慣れると人はサルになる。ウチの西洋式便器は、人が近づくと自動的にフタが開く。人が離れると、自動的に水が流れる。そういう便利さに慣れるうち、エレベータの扉も自動で開くと勘違いをしたのだ。僕もサルになりつつあるらしい。

シバタさんのための準備は30分ほどで完了した。4階の食堂に戻って朝食を摂り、長男と自転車で下今市駅へと向かう。

南青山も高樹町にちかいあたりでの仕事は90分ほどで完了した。表参道から千代田線に乗り、北千住には13時42分に着いた。下り特急スペーシアの発車時刻もおなじ13時42分だから、それには間に合わない。次は1時間後の14時42分発。

「北千住で1時間の調整かよ」と、いささか残念な気持ちと共に自動券売機に向かう。そのディスプレイに指を触れつつ特急券2枚を買い進める。東武日光線の特急券は、区間は同じでも、時間や車両により値段は様々だ。14:42発はリバティだから隨分と高い。

そのとき「13時42分発の切符をお求めのお客様は…」という左手からの声に長男が気づいて僕に教える。案内をした駅員によれば、当該の列車は9分遅れて北千住に着くという。僕は即、自動券売機の赤い取消ボタンを押す。13:42発の特急券は、そのあいだに長男が窓口で素早く買った。「助かったー」である。

15時15分を過ぎて、スペーシアが下今市に近づきつつあるころ、窓の外にはいきなり、強い雨が降り始める。この雨の中に自転車を走らせては、濡れ鼠になってしまう。駅までは、家内にクルマで迎えに来てもらった。

夜は19時30分より、これまた長男と春日町1丁目の公民館へとおもむき、集まった役員たちと八坂祭の、13日に必要とされる準備、14日に催行される渡御と直会、15日におこなう後片付けについての打合せを22時ちかくまで続ける。


朝飯 炒り豆腐、ほうれん草のソテー、目玉焼き、ごぼうのたまり漬、切り昆布の炒り煮、生のトマト、納豆、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 “The third burger”のルッコラ&トマトチーズバーガー、アイスコーヒー
晩飯 茄子とピーマンと2種のパプリカのソテー、レタスとマカロニのサラダ、冷や奴、鰊の山椒漬け、”TIO PEPE”


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2018.7.11(水) 磨き上げ

おとといの日記に書いた、町内の役員旅行に重なる研修とは、西研究所の主催によるMG学会およびOA大会だ。21日のMG学会は、長男が講師のひとりになっている。22日のOA大会は、稀代のデータベースソフト「マイツール」を使った事例発表で、ここには日光市からヌマオ板金のヌマオケンタ君が登壇をする。

ヌマオ君は、ここ数年のあいだ長男が講師となって地元で開いているマイツールの勉強会に参加を続け、実力を涵養し、遂に、学会のOA大会に出られるまでになった。これを受けて本日の勉強会はいつもの内容ではなく、本番とおなじ発表をヌマオ君にしてもらい、それを彫琢する場とした。

18時前に、会場の二宮尊徳記念館に入る。そしてヌマオ君の疑似発表が始まる。

西研究所のOA大会については、僕はこの四半世紀のあいだに数回ではあるけれど、参加をして観てきた。どのような使い方が良くて、どのようなものが「いまひとつ」なのか、また「玄人」からの質問に対して、いまだ経験の浅い発表者は、どのような理由により立ち往生に至るか、ということを僕は知っている。

ヌマオ君が今回の発表に臨んで選んだ主題はかなり素晴らしい。そして本日、その中身はかなり研磨をされた。聞くところによればヌマオ君の、22日の持ち時間は15分から30分に延長をされたという。発表の当日を、僕はかなり楽しみにしている。


朝飯 切り昆布の炒り煮、人参とブロッコリーのスープ炊き、炒り豆腐、納豆、温泉玉子、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「金谷ベーカリー」の2種のパン、牛乳
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダスパゲティナポリタンドライマーティニ、”TIO PEPE”


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2018.7.10(火) 深夜に働く人

「今ちまたで買うことのできる手帳は、1日の中に時間を表す目盛りはあっても、その1時間ごとの刻みは昼のあいだに限られている。深夜に働く人にはまったく使えない」という意味のことを、むかし團伊玖磨が随筆に書いていた。

きのうは20時から、なかなか面白い番組をテレビが流していた。入浴は既にして済ませていたから、からだに2枚のバスタオルを巻き付けた姿で食堂の椅子に座り、それを観ていた。ところが睡魔にたびたび襲われて、どうしても眠ってしまう。テレビを見続けることは遂に諦めて、21時前に寝室に入った。

今朝、目を覚まして枕の下からiPhoneを取り出し見ると、時刻は2時15分だった。3時台の目覚めは嬉しくても、2時台はいかにも早すぎる。早すぎても眠気は訪れない。即、服を着て起きてしまう。起きればお茶を飲みたい。しかし仏壇に花と水とお茶と線香を供えてからでなくては、お茶は飲めない。かくして本日の仏壇には、午前3時前から線香の香りがただようこととなった。

振り出しに戻れば、手帳に印刷された時間の刻みについて、である。僕は午前2時台に目を覚ましても、それから朝食までのあいだに何かをするというわけではない。更に言えば、マイツールという稀代のデータベースソフトを使い始めた1992年からこのかた、手帳は持ったことがない。だからいまの手帳がどのような具合になっているかは、まったく分からないのだ。


朝飯 糸こんにゃくの炒りつけ、ズッキーニの豆味噌炒め、トマトのスクランブルドエッグ、茄子とピーマンの素揚げ、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 トマトとレタスのサラダマッシュルームとブロッコリーのソテーと人参のグラッセとマッシュドポテトを添えたビーフステーキ“TIO PEPE”“Bourgogne Hautes Cotes de Nuits Vicomte Bernard de Romanet 1988”


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2018.7.9(月) 2度目の梅雨明け

春日町1丁目の役員は、毎月3,000円の積立をしながら親睦旅行に出かける。旅行の時期はおおむね4月と決まっている。しかし今年の春日町1丁目は、総鎮守瀧尾神社の今年度のお祭を仕切る当番町に当たっている。よって旅行は春の大祭が完了して以降、黄金週間を避けて行うことと、いまだ寒かったころの会議で決められた。

この旅行には、地元のバス会社のツアーが使われる。ツアーには最低催行人数というものがある。その最低催行人数に申込者が達しなければ、ツアーはお流れになる。その「お流れ」を2度ほど受けて、今年の旅行は7月21日から22日にかけての週末までずれ込んでしまった。

しかし僕は、その両日にまたがる研修に、半年も前から申込みをしていた。受講料も払い込み済みであれば、今から断ることはできない。

多ければ10名が町内から参加するその旅行には、今年は8名が行くという。バス会社からの請求書は、きのうウカジシンイチ自治会長から受け取っていた。会計係として、その送金を午前のうちに済ませる。

午後は前期繰越金を含む現金残高を睨みつつ、参加者に配布する小遣いの額を計算する。あるいはまた「旅行を3年に1度にすれば、タイ行きも可能だよな」というような妄想もする。

最短で3泊4日の日程が得られれば、金曜日の夜に羽田空港へ向かう。土曜日は午前からチェンライのコック川を舟で遡り途中から象に乗り換えトレッキング夜はサタデーナイトマーケットで屋台のおかずを肴にビール日曜日は静養そして街歩き夜はナイトバザールで伝統舞踊を鑑賞しながらチムジュムを肴にビール。月曜日は正午過ぎにバンコクに飛んで、午後は観光希望者は深夜まで観光火曜日は朝から午後まで観光をして、夕刻はマッサージ。夕食はチャオプラヤ川沿いのレストラン、そして空港へ、というコースが可能だろう。あるいは「田舎なんか行かねぇで、ずっとバンコクにいっぺよー」とか「タイっつったらパタヤだんべ」という意見が大勢を占めるかも知れない。

そんな妄想から覚めてコンピュータから視線を上げると、犬走りに提げた暖簾が右、左、表、裏と、風にもみくちゃにされている。時刻は14時15分。靴を履いて外に出てみる。風は、いかにも夕立を連れてきそうな気配を帯びている。空には黒い雲が見る間に広がって、晴れて青いところは、今やいくらも無い。

16時15分に、いよいよ雷が鳴り始める。外に出した「奉祝」の提灯4張を事務室に取り込む。暖簾も同じく事務室に取り込む。16時22分、遂に大粒の雨が降り始める。

6月29日に梅雨明けが宣言されたとき「雷も鳴っていないのに、おかしい」と家内は言った。そして遂に、雷の到来である。実は今日こそ、本当の梅雨明けではないのか。明日の朝の虫や鳥の声が、今から楽しみである。


朝飯 焼きトマトを添えた目玉焼き、揚げ茄子、糸こんにゃくの炒りつけ、生の胡瓜、大根おろしを薬味にした納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ユタの店」のざる担々麺ランチサービスの杏仁豆腐
晩飯 ズッキーニの淡味炊き、冷やしトマト、厚焼き玉子冷やし素麺、「花陽浴瓶囲無濾過原酒純米大吟醸」(冷や)


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2018.7.8(日) 縮図

小学生のころ、「おてんのうさん」の期間中には、町内の子供みこしは毎日、今の日本生命のところにあったコンドー菓子屋の前に出されていた。午後の遅い時間になると、そこに大勢の子供があつまって、みこしを担いで町内を練り歩いた。順路は、そのころから僕が育成会長を務めた1990年代まで、否、次男がみこしを担げるようになった2000年代なかばまでは変わらなかったような気がする。

わが春日町1丁目には、日光街道を挟んで東西に2基の子供みこしがある。僕が担いだのは西のものだ。2010年代に入ると、子供の数は、まるでつるべ落としのように減り、現在は東西の子供が一緒になって、東西すべての順路を一気に歩いてしまう。子供がみこしを担ぐ日は、むかしは5日から1週間ほどではなかったか。今は1日のみで完了である。

子供みこしを先導する笛の音が近づく前に、賽銭を用意する。やがて歯切れの良い、鋭い笛の音とともに「わっしょい」という声が聞こえてくる。その声のうち、子供の占める割合はいかほどだろう。子供みこしは、子供だけでは担げない。担ぎ手のほとんどは、日光の工場に研修に来ているベトナムの人たちである。

今や、海外からの助っ人を欠いては行事が立ちゆかない。町内は、国家の縮図である。


朝飯 納豆、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、牛蒡と人参のきんぴら、ごぼうのたまり漬、ほうれん草のおひたし、糸こんにゃくの炒りつけ、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 トマトとモッツァレラチーズとベビーリーフのサラダ葡萄パン、細切り人参のマリネ、鶏のトマト煮、茄子のチーズ焼き、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”


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2018.7.7(土) 大御輿の巡行

町内の三役、つまり自治会長、神社総代、神社世話人は8時に瀧尾神社に集合と聞いていた。僕はその役にはないから通常の仕事に当たったが、長男は、鯉口シャツに白のダボズボンを合わせ、町内の半纏を着て神社へと向かった。

大御輿の宮出しは15時30分。その渡御に合わせて各町内のお囃子が日光街道の各所で演奏をしてくれる。おとといの話し合いにより、そのお囃子が雨に濡れないよう、ウチの駐車場を皮切りとして、10時30分よりテントを設置していくことが決まっていた。ところが神社での神事を完了したウカジシンイチ自治会長とクロスカオル神社総代は、早くも9時50分に僕のいる事務室に現れた。列島の各地には豪雨による被害が拡大しているものの、日光市今市地区には霧雨が降るのみだ。

09:50 上澤梅太郎商店の日光街道に面した角にテントを設置
10:22 市縁広場にテントを設置

市縁広場から神社へ回ると、今朝までは台車に載せられ一の鳥居前の御仮屋に収まっていた大御輿が境内に戻され、各方面からの助っ人により、それを担ぐための棒が差し入れられているところだった。町内役員は、本殿に向かって左手前に受付とお囃子のためのテントを設置。雨は上がりつつある。

14:52 各町内の御輿が神社に集合。イケダマナブ司会の紹介により関係者および宮司の挨拶
15:38 伝承によれば重さ千貫、関東一の大御輿が宮出しをされる
16:11 日光街道を下って当番町春日町1丁目を通過。春日町の交差点で折り返し。
16:24 市縁広場にて30分の休憩
17:04 日光街道を上って春日町2丁目を通過

17:11 神社の直前にて最後の担ぎ手の交代
17:24 宮入
17:30 イケダアキヒロ青年会長挨拶

町内各所のテントは、朝、それを張った者が18時20分に公民館に集合し、片付けることと自治会長から伝えられていた。よってその時間に公民館に来てみれば、しかしテントは他の役員により、既にしてすべて片付けられたことを知らされる。

その公民館では、婦人会の皆さんにより直会の場が整いつつあった。僕は御神輿を担ぐという、お祭の第一線から退いて以降、この直会に参加をすることはしていない。

会社に戻ると、要所のシャッターは降ろされて、施錠も済んでいた。それを確認して4階へ戻り、夕食の席に着く。


朝飯 レタスのマヨネーズ炒め、ズッキーニの淡味炊き、「しいたけのたまりだき」と青葱の玉子焼き、人参と牛蒡のきんぴら、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と青葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のカツ丼
晩飯 糸こんにゃくの炒りつけ、ほうれん草のソテー、スパゲティサラダ、2種のフライ、「宝焼酎12度」(ソーダ割り)


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2018.7.6(金) 数十年に1度

「台風にともなう強風による落下物に注意。早めの帰宅が望ましい」とのニュースがテレビで繰り返し流された日に、銀座の、どこかの百貨店で開かれた展覧会を、僕は観ていた。その日は確かに、晴海通りに面したマツモトキヨシの前の木が縦に裂けるほどの風が吹いたものの、夕刻には収まって、僕は百貨店から数寄屋通りまで、傘を差すことなく歩けた。

「頭の上からバラバラとモノが落ちてくるぞ、早く帰れ」と繰り返し聞かされれば確かに、人は家路を急ぐだろう。「営業妨害です」と、おでん屋のオヤジは僕ひとりしかいないカウンターの内側で溜息をついた。

「数十年に1度の大雨」と、テレビのニュースが伝えている。「数十年に1度の大雨」という表現に、僕はここ数年で慣れてしまった気がする。「数十年に1度の大雨」が、列島にはこのところ毎年のように降るのだ。とすればそれはもはや「数十年に1度の大雨」ではないだろう。

一目散に家を目指すサラリーマンとおなじく僕もテレビのニュースに脅かされ、お祭の提灯は、それが濡れて破れることを恐れて遂に、今日は夕刻まで外へ出すことはしなかった。日光地方に降る雨はしごく穏やかだったにもかかわらず、だ。

それにしても「数十年に1度の大雨」である。この豪雨により、列島の各地では死者と安否不明者が続々と増え続けている。亡くなった方や、その近しい方々の無念はいかばかりか。安否不明者のすべてが無事に戻ることを祈りたい。


朝飯 大根と大根の葉の浅漬け、納豆、茄子と2種のパプリカの炒りつけ、鰯の塩焼き、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、鶏とズッキーニの炊き合わせ、豆腐の卵とじ、万願寺唐辛子の網焼き、銀鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、ごぼうのたまり漬、「南陽醸造」の「花陽浴瓶囲無濾過原酒純米大吟醸」(冷や)、さくらんぼ小豆と求肥の冷たいお菓子

 

2018.7.5(木) レインコート

列島のそこここを豪雨が襲い、多くの人々が、その被害に苦しめられている。気になってiPhoneでウェザーニュースを見に行くと「台風7号から変わった低気圧が北海道付近を通過し、梅雨前線が本州付近に停滞しています」とある。関東甲信越に梅雨明けが宣言されたのは先月29日のことだ。それが今になって「梅雨前線が本州付近に停滞」とは、どういうことなのか。

梅雨明け翌日のひどく暑い日に、各町内の協力により、瀧尾神社の大御輿が御仮屋に安置をされた。そして今週末には、その大御輿の巡行が控えている。春の大祭のときに200着ちかくを準備して、幸い使わずに済んだレインコートは、今度こそ出番かも知れない。

「本日19時、公民館に集合。イケダアキヒロ青年会長の要請により、大御輿についての打合せあり」との、シバザキトシカズ大膳委員長からの連絡が、12時22分に町内役員のグループLINEに上がる。

木曜日の終業後は社員たちとのミーティング。それから3台のキャッシュレジスターを締めると時刻は18時35分。このような夕べには毎度のことながら、取り急ぎ、喉を潤す必要がある。

4階の食堂に上がって即、食器棚から薄張りのグラスを取り出す。縁の高さまで氷を投入したら、ウイスキーを多めに注ぐ。そこに、あらかじめ冷やしておいたソーダを加える。最上部にはふたたびウイスキーを、しかし今度は少量のみ足す。そしてこれを1杯と半分のみこなす。時刻は18時55分。取り急ぎ、1階へ降りて通用口から外へ出る。雨はそれほど強くない。


朝飯 大根と大根の葉の浅漬け、キャベツの塩昆布和え、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、温泉玉子、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「杜泰興」で買った麺による汁麺
晩飯 鶏肉とズッキーニの炊き合わせ、鰯の塩焼き、”TIO PEPE”


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2018.7.4(水) 北のホテル

「いまだ気の早いことではあるけれど」となかば躊躇いつつ、しかし9月下旬から10月はじめにかけてのタイ行きの、ホテルについて調べはじめた。日程は北部に9泊、首都に1泊である。

予約サイト”agoda”でチェンライの、いつも使う”Dusit Island Resort”を検索すると、これが満室。他のサイトで調べても、やはり満室。その後、このホテルが全面的に改装され、その名も”The Riverie by Katathani”と変わったことを知る。それでふたたび検索をすると、僕の知る過去の価格より何割も高くなっている。

落ち着いて考えてみれば、中国の国慶節は10月1日、それに伴う連休は7日まで続く。タイの北部は中国の南部に驚くほど近い。多分、団体による需要により空き部屋が少なくなっているのだろう。

北部に9泊をすることは決めている。バンコクとチェンライを往復する航空券も、既に手配は済ませてある。9泊のうちの後半は、飛行機の飛ぶチェンライにいるのが無難だろう。前半については未定である。これまで使ってきた名門の”Dusit Island Resort”あらため”The Riverie by Katathani”が団体により埋め尽くされているなら、いっそ9泊すべてを安いところで済ませるか、あるいはどこかでメリハリをつけるか。

旅先で僕がもっとも楽しみとするのは、庶民的な食堂での飲酒喫飯、そして静かなプールサイドでの本読みだ。歩いて街まで行ける場所にあること、屋外にプールと寝椅子を備えていること、団体は受け入れられないほど小規模なこと、この3つを条件として、ホテルはできるだけ早い時期に、予約を済ませたい。


朝飯 キャベツの塩昆布和え、長葱を薬味にした納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、スクランブルドエッグ、大根と大根の葉の浅漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「金谷ホテル」の3種のパン、コーヒー
晩飯 ズッキーニの豆味噌炒め、春雨サラダ、「ハルピン」の餃子による水餃子あれこれ“Chez Akabane”の杏仁豆腐、芋焼酎「愛子」(ソーダ割り)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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