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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

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2017.10.28(土) 絶妙の線

折しも紅葉狩りの繁忙期にて、明日は早くから、商品の袋詰めを始めたい。よってそれなりの準備を整えておいて欲しい。また、開店の1時間前には会社に入りたいから、間違いなくその時間に事務室を開けて欲しい旨を、きのう包装係のヤマダカオリさんには頼まれていた。

そういう次第にて、iPhoneには05:00に目覚ましを設定した。それが鳴るまで眠っていることは希ながら、万一に備えてのことである。

今朝は3時台に目を覚ました。眠気は感じないものの、すぐに起床できるほどの元気には恵まれていない。結局のところ、5時がちかくなるまで横になっている。

製造現場から食堂に戻って朝食を摂る。そうして7時10分に事務室に降り、シャッターを上げる。国道121号線を隔てた社員用の駐車場には、既にしてヤマダさんの、深緑色のクルマが駐まっていた。

きのうは、らっきょうのたまり漬、および、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」が売り切れそうになって、少しく焦燥した。このあたりを切らすということは、鮨屋が鮪を切らすのとおなじで、ウチとしては話にならないのだ。とはいえ新鮮な商品のみをお客様に提供しようと考えれば、作り溜めはできない。明日からも「絶妙の線」を狙って販売数を予測していきたい。


朝飯 蓮根のきんぴら、巻湯波の淡味炊き、トマトのソテーを添えた目玉焼き、納豆、「なめこのたまりだき」によるなめこおろし、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、赤紫蘇の葉と白胡麻のふりかけ、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」のチャーハン
晩飯 人参のソテー、鶏皮とこんにゃくの「日光味噌梅太郎・赤味噌」煮込み、胡瓜のぬか漬け、肉団子鍋、麦焼酎「田苑シルバー」(ソーダ割り)

2017.10.27(金) 好きなものばかり

きのうは日本酒に特化した飲み会「本酒会」の例会にて、会員たちと鰻の「魚登久」に集まった。今朝、食卓にマカロニサラダが出たため訊くと、きのうの夕食はマカロニサラダとハンバーグステーキで、今朝のそれは、僕の分だという。

マカロニサラダは好物である。これに豚カツソースを少し垂らし、炊きたてのメシのおかずにすると、得も言われず美味い。しかしそれをするには、今朝は他のおかずが多すぎる。折角のマカロニサラダなら、これを夜まで温存して大切に味わいたい。僕はガラスのボウルをラップで覆い、冷蔵庫に仕舞った。

夕刻、今夜は何を食べようかという話になって「そういえば冷蔵庫にバジルがあった。あれを使い切るには、やはりスパゲティではないだろうか」と僕は提案をした。そのとき、マカロニサラダのことを忘れていたことは、言うまでもない。

夕食の席には、マカロニサラダとスパゲティが並んだ。どちらも好物であれば「パスタ重なり」などは、どうということもない。嬉しい晩餐である。


朝飯 巻湯波の淡味炊き、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、蓮根のきんぴら、茹でたブロッコリー、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、赤紫蘇の葉と白胡麻のふりかけ、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 マカロニサラダ蛸とあれこれのサラダトマトとモツァレラチーズのスパゲティ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”チョコレートプリンとアイスクリームの盛り合わせ

2017.10.26(木) 急がず休まず

会社の見学は、長く、地元の小学生に対象を絞って受け入れてきた。案内は、以前は僕の、そして今は長男の仕事になっている。今日は今市小学校の2年生が来社をする。ところが長男は他に用事がある。よって今回は何年ぶりかで、僕が社内の説明をすることになった。

僕が今市小学校の2年生だった1964年には、現在は日光市土沢に移転しているマルシチ醤油がいまだ街の真ん中にあり、我々はその工場内を見学した。醤油のビンがコンベアの上を滑るように動いていった風景は、今になっても忘れない。

ウチに見学に来る小学生の中にも、これから半世紀を経ても今日のことを覚えている人がいるだろう。そのことを頭に入れながら、10時過ぎに来た児童11名、先生および保護者4名を、蔵の奥まで案内する。

僕の解説はいつも、味噌、醤油、漬物よりは「水」に収斂をしていく。今日も違わず水についての話を多くする。2年生の一団は、最後に店で思い思いに試食をし、代表に合わせて挨拶をして去って行った。彼らには、優れた醸造食品とおなじく、急がず休まず、ゆっくりと育っていって欲しい。


朝飯 巻湯波の淡味炊き、ほうれん草のソテー、大根おろしを薬味にした納豆、蓮根のきんぴら、生のトマト、塩鮭、唐辛子の練り味噌、メシ、炒めた茄子と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「魚登久」の酒肴あれやこれや鰻重、6種の日本酒(冷や)

2017.10.25(水) 晩飯のことばかり

事務机の左手に提げたカレンダーには、今日の、3組の来客予定が書いてある。それより細かいことは、クリーム色のポストイットに記して、コンピュータの右手に置いた計算機に貼ってある。その、ひとつひとつをこなすたび、1枚ずつポストイットを剥がしていく。

すべてのポストイットが夕刻までに剥がされることは、ほとんど無い。それと同時に、明日にすべきことも追加をされるから、計算機には大抵、ポストイットが絶えない。

四半世紀ちかく前に、コンピュータのマクロについて教わるため、ある会社を訪ねた。あれこれ親切に指導をしてもらううち、終業時間を迎えた。そろそろいとまを告げなくてはならない。しかしその会社の人たちは、いつまでも帰る気配を見せない。かといって、仕事を続けるでもない。「ホワイトカラーの会社とは、おしなべてこんな感じなのだろうか」と、終業を報せるベルから15分も経てば人っ子ひとりいなくなるウチとの違いに僕は戸惑った。

ウチは今でも、定時を15分も過ぎれば、社員はひとりもいなくなる。僕の頭の中は、晩飯のことばかりが、ある。


朝飯 ほうれん草のソテー、厚焼き玉子、「塩楽京」を薬味にした納豆、生のトマト、鶏皮と「日光味噌梅太郎・赤味噌」の煮込み、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 鶏皮と「日光味噌梅太郎・赤味噌」の煮込み、蓮根のきんぴら、巻湯波の淡味炊き、ほうれん草の辛子和え、秋刀魚の塩焼き、干し柿、麦焼酎「田苑シルバー」(お湯割り)

2017.10.24(火) 夜の方が温かい

今月10日の東京は、麻のシャツ1枚で過ごせるほど気温が高かった。しかしその直後から、列島は数十年ぶりの低温に見まわれた。今日はそれほど寒くもないけれど、さすがにシャツ1枚というわけにはいかない。白いシャツにネクタイを締め、ジャケットを着る。そして資料の入ったトートバッグを提げて、下今市07:45発の上り特急スペーシアに乗る。

取引先の営業係に昼食を誘われ、案内された店の個室に落ち着くなり「タバコ、吸っていい?」と訊かれる。「いいですよ」と答えると、相手は煙草に火を点け、それを灰皿に置いて、商談の続きを始めた。よって「それ、パッと吸って、パッと消しちゃったら? 灰皿に置きっぱなしのタバコが一番、イヤだわ」と、当方は客の立場だから、遠慮なく言わせてもらう。相手は食事の後で、爪楊枝2本を立て続けに使った。煙草の禁断症状だろう。

午後は新橋の、そのすこし先まで足を延ばす。空はどんよりと曇って寒々しい。しかし、やがて夕刻を迎え、街にネオンが点り始めれば、風景は一気に温かくなる。軽くなったトートバッグを提げて、山手線の中からその風景を眺めつつ、帰宅の途に就く。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、キャベツと玉子のソテー、ズッキーニのぬか漬け、鶏皮とこんにゃくの「日光味噌梅太郎・赤味噌」煮込み、薩摩芋の甘煮、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「車力」の銀鱈定食
晩飯 「天七本店」のあれこれ、日本酒(燗)

2017.10.23(月) 台風の目

明け方の雨は、窓を滝のように伝い、また風向きによっては、その窓を強く叩いた。尋常ひととおりの降水量ではない。しかし午前6時を過ぎると急に静かになり、あれほど強かった雨は、やがて嘘のように止んだ。台風の目に入ったのだろうか。しかしいくら大型の台風とはいえ、いま東京か茨城あたりを北上中の、その「目」の半径が100kmということはないはずだ。どうも腑に落ちない静けさである。

7時20分に開店の準備をしながら、ノレンは事務室の中に納めたままとする。雨は止んだものの、風は依然として強かったからだ。あたり一面に散った木の葉は、掃いても掃いて、またどこかから飛んできて、きりがない。

昼がちかくなるころ、台風一過にはほど遠いものの、空が一瞬、晴れる。すかさず4階に上がり、山の写真を撮る。

「土曜日は平日の2倍、忙しい。日曜日は平日の3倍、忙しい」と、きのうの日記には書いた。ところが今日の売上金額は、日曜日だったきのうのそれを超えた。「雨が去った途端に」である。

夜は長男に、肉を焼いてもらう


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトのソテーを添えた目玉焼き、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、鮭の昆布巻き、薩摩芋の甘煮、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 ジュリアンスープビーフステーキジャガイモのグラタン“Vosne-Romanée Domaine J.C. 2005”2種の葡萄甘い物の盛り合わせ

2017.10.22(日) 何者かに急かされるように

定められた開店時間は8時15分でも、その5分前には大抵、店を開ける。その頃合いを見計らって家内とホンダフィットに乗り、今市小学校へ行く。そして第48回衆議院議員総選挙の投票を済ませて即、会社に戻る。昼は忙しくて店を抜け出せないゆえの、朝の投票である。

今世紀最大といわれる台風21号が、列島を北東に進んでいる。日光地方の雨は、いまだ大したことはない。とはいえ、夕刻になると自動的に看板を照らす照明は、昼から点きっぱなしになっている。それだけ空が暗いということだ。

19時から町内の役員会を開く旨を、ウカジシンイチ自治会長から電話で知らされる。土曜日は平日の2倍、忙しい。日曜日は平日の3倍、忙しい。世間では多く、その週末に様々なことが振り分けられる。よって僕の週末は、更に忙しくなる。

18時に店を閉め、キャッシュレジスターも締め、売り上げ金を金庫に仕舞うやいなや4階の食堂に上がる。そうして何者かに急かされるようにして、ウィスキーのソーダ割りを飲む。


朝飯 鮭の昆布巻き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトのスクランブルドエッグ、納豆、胡瓜のぬか漬け、なめことほうれん草の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 エリンギとソーセージのスパゲティ、トマトとレタスとチーズのサラダ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、フルーツケーキ、”Old Parr”(生)

2017.10.21(土) 早朝の仕事

製造現場から頼まれた早朝の仕事については、これを忘れないよう、昨夜、ポストイットに記して食堂のテーブルに貼った。先日はおなじものを食器棚の時計に貼って、しかしまったく目に付かなかった故のことである。

早朝の製造現場は空模様を映して、6時が近づいていても、天井の明かりを消すと、まるで年末か年明けのように暗い。ところが気温はそれほど低くもないため、目と皮膚の間には感覚的な乖離が発生する。秋晴れのほとんどのぞめない、今年の秋である。

きのうは同級生ナカムラサカエ君の新宿の店で、19時から同窓会が予定されていた。広島からの帰り道であっても参加は可能だったが、幹事には事前に欠席する旨をメールで伝えておいた。今朝の仕事のことを考えれば、早めに帰社して良かったかも知れない。

先週の土曜日に町内の屋台庫から引き出され、翌日、小雨の中を巡行した屋台の点検は、本日は雨のため中止との連絡を、LINEで受け取る。列島に近づきつつある台風21号により、明日の天気は荒れるだろう。屋台の点検は、来週末に持ち越される可能性が大である。


朝飯 鮭の昆布巻き、ハムとキャベツのソテー、トマトのソテーを添えた目玉焼き、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬・浅太郎
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、湯豆腐、胡瓜のぬか漬け、里芋の甘煮、「日光味噌梅太郎・白味噌」を使った鶏肉の松かさ焼き、「丸山酒造場」の「雪中梅吟醸」(冷や)

2017.10.20(金) ふたたびセーターを着る

窓から呉の港、造船のためのドック、その向こうには江田島も見える。雲が低く垂れ込めている。

11:00 ホテルと呉駅を結ぶシャトルバスに乗る。
11:20 呉駅から広島空港行きのバスに乗る。
12:18 広島空港に着く
12:25 チェックインを完了する。スーツケースは機内持込とする。
12:39 昼食を摂る。

12:57 保安検査場を抜ける。
13:12 搭乗。非常口の脇の席は、足元がかなり広い
13:31 ”BOEING 737ー800″を機材とする”JAL258″は定刻に16分遅れて離陸。
14:30 定刻より5分早く羽田空港に着陸。
14:55 京浜急行空港線の羽田空港国内線ターミナルから浅草を目指す。

テレビの天気予報とはうらはらに、東京は、半袖のポロシャツ1枚でも凌げる気温だった。しかし南の国から来たらしい観光客の中には、ダウンパーカのボタンを襟元まで留めている人が少なくない。

15:37 都営浅草線浅草着。
16:00 下り特急スペーシアが浅草を発車。
17:39 下今市着。

“JAL258″の機内で脱いだ木綿のセーターを、特急スペーシアが下今市に着く直前に、ふたたび着る。霧雨が降っている。駅まで迎えに来た長男の運転するホンダフィットに乗る。

17:50 会社に帰るなり、閉店の準備にかかる。


朝飯 「クレイトンベイホテル」の朝のブッフェ
昼飯 「広島空港」のフードコートの尾道ラーメン
晩飯 人参のサラダ、トマトとレタスのサラダ、“brivory”の3種の食パンクリームシチュー無花果のコンポート“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2017.10.19(木) 雲は低いものの

北海道、東北地方はもとより、関東地方も数十年ぶりの低気温にて、奥日光には雪さえ降っているという。広島県呉市の空は雲が低いものの、雨は降っていない。気温も三季用のスーツで特に寒さは感じない。

ホールの棺に横たわった叔母の亡骸は綺麗だった。牧師の話を聴き、賛美歌を歌う。弔辞によれば、叔母は今月の1日には、教会の礼拝でオルガンが弾けたという。様々な人が一様に口にするのは、叔母が多くの人に頼まれごとをし、多くの人に救いの手を差し伸べた、ということだ。充実した人生だったと思う。

斎場は、家内の祖母が世話になった数十年前のそれとは、大きく様変わりをしていた。遺族や参列者に対する職員の扱いも、当時とは考えられないほど丁寧になっていた。葬儀が無事に済んでから、叔母の家でお茶をいただく。そこからホテルまでは「懐かしさを噛みしめたい」と言う家内に従い徒歩で戻った。

預けた荷物を1泊目のホテルで受け取り、2泊目のホテルにはタクシーで向かう。夜、そのホテルのフランス料理屋にて、叔父に夕食をご馳走になる。


朝飯 「呉阪急ホテル」の朝のブッフェ
昼飯 「呉市斎場」の弁当
晩飯 “Vert Marin”のあれやこれやそれや、他あれこれ。グラスの白ワイン、グラスの赤ワイン

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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