2017.7.23(日) 秋のタイ行き
シルバーウィークの最終日にあたる9月24日の夜に羽田空港へ行き、日付が変わった直後の深夜便に乗る。行き先は最北部。旅の目的はいつもながら「何もしないこと」。バンコクには10月5日に戻り、10月6日の深夜便を使って翌早朝に帰国する。
この大まかな日程に従えば、田舎ばかりに10泊だ。「飽きないか」と問われれば、別段、飽きることはないだろう。日本人が好む、あるいは東アジアの人たちにも共通する嗜好かも知れないけれど、定められた日程の中でできるだけ遠くへ行こうとしたり、できるだけたくさんの街や名所を巡ろうとする旅は苦手である。身も心も忙しい日常を送りつつ、なぜ旅先でもせわしなく動きまわるか、それが僕には理解できない。
「旅の目的は何もしないこと」とはいえ、散歩、飲酒喫飯、水泳、本読みくらいはする。それに加えて、中国国民党員の子孫たちから自家醸造のとうもろこし焼酎を買うとか、運良く旬に当たれば幼虫から成虫に育ちつつあるスズメバチを探して食べる、というようなことはするかも知れない。
足がかりにする街はチェンライ。そこから山中に足を踏み入れるか、ミャンマーやラオスとの国境付近に移動してそこに留まるか、あるいは数日チェンマイまで南下をするか、というようなことは決めていない。航空券は、既にして確保した。
朝飯 たまり漬「超うす切りきゅうり」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 柿の葉鮨
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや。「田苑酒造」の麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2017.7.22(土) 冬景色
毎年この季節になると、自宅のベランダに朝顔を咲かせたり、あるいはゴーヤで日よけのカーテンを作ったりする報せがfacebookに目立ってくる。それらに貼付をされた画像はおしなべて、いかにも清々しい。しかるにウチの4階のベランダには、昨年の秋以降、どう短く見積もっても9ヶ月は経っているだろう、花も葉も枯れて失われ、乾いた土ばかりになったプランターが、あたりを埋めている。
5時50分、遂に意を決してベランダの掃除を始める。指折り数えてみれば、プラスティック製のプランター7個、おなじくプラスティック製の、それも大型の植木鉢12個、そして更にはジョウロやスコップなどの道具、また何年も置き放たれた空の植木鉢などを台車に載せ、少しずつ玄関に降ろす。
朝食の後は、玄関の前に出されたそれらを、これまた少しずつ台車に載せ、隠居とのあいだを往復しながら土を捨てる。その最中に、薔薇の枯れ枝のトゲを深く、右手の人差し指に刺す。汗の流れる顔は、土ぼこりにまみれている。正に、泣きっ面に蜂である。
玄関の前にふたたび集めたプランターや植木鉢は、何しろプラスティック製だから使おうと思えば使えるものの、90リットルのゴミ袋ふたつに納め、その口を固く縛る。針金に緑色のビニールをコーティングした添え木は、どのように分別して良いやら分からないため、取りあえずはまとめて邪魔にならないところに置く。
最後に大きなチリトリと箒を持ち、4階へと戻る。そしてベランダに散った枯れ葉や土を掃き集めるも、そこには人工芝が敷きつめてあるため、完全には取りきれない。それでもとにかく、ベランダの冬景色は綺麗サッパリ視界から消えた。
そうして本日2度目のシャワーを浴び、新しいシャツに着替えて店に降りる。
朝飯 「なすのたまり漬」の玉子かけごはん、胡瓜の古漬けと切り昆布の油炒め、生のトマト、茄子と茗荷の味噌汁
昼飯 冷やしラーメン
晩飯 “Finbec Naoto”の冷たい前菜、暖かい前菜、パン、あれこれによるリゾット、パン、鱸のカリカリ、小さなカレーライス、桃のコンポート、コーヒー、白のハウスワイン
2017.7.21(金) IoT
定時に店を閉め、夜間警備の警報を設定する。そこから2つの扉を施錠しつつ自宅に戻る。そして釣り銭のための手提げ金庫とコンピュータを入れたトートバッグをいつもの場所に置く。
しばらくして、製造現場の冷蔵庫に忘れ物をしたことに気づく。自宅からそこまでは、これまた2つの扉を解錠する必要がある。ところが先ほど使ったばかりの鍵が見あたらない。
洗面所、仏壇、本棚、食堂と、店から自宅に戻って以降に歩いた動線に沿って探すも鍵は見つからない。なにしろ狐につままれた状態のため、意味の無いことと知りつつ、家内の鍵を借りて先ほど施錠したばかりの扉を次々と開き、店や事務室の中を探し回っても、もちろん、鍵のあるわけはない。
製造現場の冷蔵庫に立ち寄りながら、さきほど解錠したばかりの扉を施錠しつつ自宅の食堂に戻る。人の良い家内が「すべての場所を疑うべき」という感じで食器の入った引き出しをふたつみっつ開ける。それを目にして僕も、エアコンディショナーのリモートコントローラーや調理用のタイマーを納めた引き出しを開けてみる。果たして鍵は、そこにあった。1年365日のうち、その引き出しに鍵を仕舞うことは1度もない。不思議なこともあるものである。
このところよく目にする”IoT”とは”Internet of Things”の略で、すべてのモノがインターネットに繋がり、相互に情報交換のできることをいうらしい。僕が切に願うのは、自分の身のまわりのモノすべてが自動的にインターネットに繋がり、それを自分のコンピュータで制御できる世の実現、である。
鍵を見失ったらスマートフォンに「店の鍵」と入力をする。するとディスプレイに自宅食堂の見取り図が現れ、軽い音と共に、ひとつの引き出しにフラッグが立つ。そんな仕組みをgoogleあたりが作ってくれれば幸いである。
朝飯 たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、エノキダケと水菜の酢の物、胡麻豆腐、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、「夏太郎らっきょう」、鶏の網焼きの「ひしお」のせ、「寳焼酎極上」と麦焼酎「のんじょくれ」の混合(ソーダ割り)
2017.7.20(木) 実力制名人
「私は、碁は芸である、と考える。芸を磨くことがプロのつとめである、と思っている。勝ち負けは結果にしかすぎない。芸が未熟なら負ける。相手より芸がまさっていれば勝つ。ただ、それだけの話である」と、かつて藤沢秀行は、日本経済新聞の「私の履歴書」に書いた。
今や人間は、囲碁でも将棋でも、コンピュータに勝てない。ということは「人間よりコンピュータの方が、より芸を磨いた」ということなのだろうか。
「実力制名人」が文字通りの「実力制」なら、現在以降の名人は、人間ではなくコンピュータがその座に着く可能性が限りなく高い。「棋士とコンピュータとの闘いは、陸上選手とクルマとの競走と同じで、それを論じることに意味は無い」という意見がある。しかし僕の感覚からすると「頭脳」と「運動」を一緒にすることはできない。
ところでこんなことを書きながら、僕の将棋の力は非常に弱い。駒の動かし方を覚えたばかりの子供にも負けるかも知れない。囲碁に至っては石の置き方すら知らない。しかし囲碁将棋についての本を読むことはとても好きだ。そして今日もそれに関係する、しかし佐藤天彦名人が”DENSO”のロボットアーム「電王手さん」に「負けました」と頭を下げるなどは思いもよらなかった古き時代の本3冊を買う。
朝飯 たまり漬「栃木県壬生町産のしょうがです。」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁、キウィ、
昼飯 ラーメン
晩飯 ツナと長芋とルッコラのサラダ、トマトとマッシュルームと牛肉のスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、メロン
2017.7.19(水) 朝のあれこれ
0時30分に目を覚ます。起きるにはいかにも早すぎる。闇に横たわって静かにしているも、眠気はまったく訪れない。よって今度は敢えて時間は確かめずに服を着る。南東に面した廊下を伝って食堂に行く。紺色の空には金星、そして旧暦5月28日の月が煌々と照っている。
おとといときのうの、2日分の日記を書き上げる。食堂の床の、汚れたところを磨く。エアコンディショナーがランプの点灯で掃除をうながしているフィルターを水で洗う。時刻は5時17分。窓からは日が眩しく差しはじめた。
ふと、ここ1週間ほどの懸案が気になって外へ出る。そして自転車で日光街道を下る。半袖シャツを着た二の腕が風を切って少し寒い。ウチの、如来寺にある古い方のお墓を訪ね、南から北へと時代を経るごとに並んだ墓石のうちの、ふたつを軽く検分する。そこから「ついでに」と言えば叱られそうではあるけれど、新しい方のお墓にも自転車を乗り付け、妹の祥月命日に供えた花を捨てて花立てを洗う。また湯飲みの水を新しくする。
食堂に戻ると時刻は5時38分。レンジの下からミルクパンを取り出し、味噌汁の準備に取りかかる。
朝飯 「かんぴょうのたまりだき」の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、豆腐と若布とサラダ菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 茄子とピーマンの素揚げ、「なめこのたまりだき」の冷や奴、生のトマト、夏太郎らっきょう、素麺、「寳焼酎極上」と麦焼酎「のんじょくれ」の混合(ソーダ割り)
2017.7.18(火) モリタ君
朝、事務室で商談をしていると、駐車場に旭川ナンバーの四輪駆動車が入ってきた。その運転席から降りた人物を見て「ことによると」と、商談の席を抜け出し店に行く。商談は長男が進めているもので、僕はその横に座っていただけだから、抜けてもどうということはない。
「ことによると」と直感した人物はやはり、自由学園で3年後輩のモリタユーイチ君だった。モリタ君にはfacebookで友達申請を受けていたけれど、facebookにもかかわらず、そのプロフィール画像にみずからの顔写真を使っていない人とは、僕は「友達」にはならない。モリタ君のプロフィール画像は木製の椅子である。
それではなぜ今朝の人物がモリタ君と分かったかといえば、モリタ君のfacebookはセキュリティをそれほど厳しく設定していないため、他の写真で現在の顔が分かっていたのだ。
モリタ君は以前は富良野で演劇に関する大工仕事をしていて、それを自由学園の「同学会報」への寄稿で読んだことがある。訊けばここしばらくは中禅寺湖で、最大乗船人数456人の遊覧船「男体」の船内艤装をしていたという。
諸方にたまり漬を送る注文をしてくれたモリタ君は、東京の省庁から請け負った次の仕事のため、四輪駆動車で日光街道を下っていった。38年ぶりに会った後輩と記念写真を撮らないあたりが、僕のダメなところである。そしてモリタ君を見送って事務室に戻り、即、モリタ君からの、facebookの友達申請を承認する。
朝飯 3種のおむすび、トマトと揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 マカロニサラダ、胡瓜のぬか漬け、皮蛋、空心菜のソテー、3種の焼売、餃子、白酒「老龍」(生)
2017.7.17(月) 早起きは
5時台に目を覚ますと「あー、寝過ごした」と、いかにも時間を無駄にした気持ちになる。4時台に目を覚ますと「グズグズしていると5時が過ぎるぞ」と、気分がせわしない。3時台の目覚めでようやく、心に余裕を持って服を着ることができる。今朝は4時台に目が覚めた。
この秋から年末にかけて、どこかで使うらしい宣伝媒体の校正をするよう、長男に言われていた。このような仕事は、仕事場ではできない。仕事場で仕事ができないとは面白い話だが、自宅と仕事場がおなじ場所にある自営業者の事務室は大抵、仕事のできないようにできている。つまり僕は、事務仕事をしようとすれば早起きをせざるを得ないのだ。
早朝、というよりも夜中の続きのような時間から活動を始めれば当然、夜は早くに眠くなる。「昼夜逆転」とは、夜はいつまでも寝ず、朝はいつまでも起きない人を指す言葉らしいけれど、僕はその逆の、やはり昼夜逆転である。
ところで「早起きは三文の得」という言葉がある。これを僕は「早起きをしても、得をするのはたかだか三文くらいのもの」と解釈をしている。早く起きただけで儲かるほど、世の中は甘くないのだ。
朝飯 「しいたけのたまりだき」の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、揚げ湯波とサラダ菜と茗荷の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 胡瓜と若布と蛸の酢の物、「なめこのたまりだき」によるなめこおろし、蕗の佃煮、「夏太郎らっきょう」、空心菜とキクラゲのソテー、銀鱈の西京焼き、「寳焼酎極上」と麦焼酎「のんじょくれ」の混合(ソーダ割り)、「久埜」の夏のお菓子
2017.7.16(日) いまだ踏んだことのない土地
列島の各所で記録される猛暑日や、熱中症への注意を呼びかける声が、テレビのニュースでかまびすしい。海抜400メートルにあるウチの近辺でも、知った人と顔を合わせれば「暑いですよねぇ」と声をかけられる。僕も子供ではないから「そうですねぇ」と返事をする。しかし実際には、暑さは感じていない。
街に自転車を乗り出すときには、7月の晴れた日の、いまだ梅雨の明ける前の空気に体がさらされる。その瞬間はいつも「今日も暖かくて気持ちが良いな」と、心の中でつぶやく。
夕方ちかくに店の駐車場を掃除して戻ると、事務室の入口に、社員の誰かが出したらしい温度計が見えた。気温は29.5℃だった。
そういう僕が「さすがに暑いな」と感じるのは、真夏の晴れた日の、東京の大きな交差点に立っているときだ。そこには熱風が吹く。その熱い風さえ僕には好もしい。そして「アフリカの北部に吹くサハラ砂漠からの風も、こんな感じなのだろうか」と、いまだ踏んだことのない土地のことを想う。
九州は既にして梅雨明けをした。関東の梅雨明けは、いつになるだろう。店舗入口の季節の書は「萬緑」のまま、かけかえられていない。
朝飯 ふきのたまり漬の玉子かけごはん、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし中華
晩飯 野菜スープ、トマトと玉葱とレタスのサラダ、人参のなますとジャガイモの素揚げを添えた、たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」のタレによるビーフステーキ、たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」によるガーリックライス、“Charmes Chambertin Armand Rousseau 1983”
2017.7.15(土) 例外中の例外
千代田区神田東松下町の会場に10時までに着くには、下今市07:45発の上り特急スペーシアに乗れば間に合うと「乗り換え案内」は示している。しかしこの場合、神田の駅から目的の場所には歩きではなく、走ることが要求される。走ることは厭わない。しかし汗をかくのは嫌だ。そういう次第にて下今市07:03発の始発に乗る。
神田ではiPhoneのグーグルマップを使ってもドトールコーヒーが見つからず、仕方なく目の前のスターバックスに入って30分ほども本を読む。僕は活字中毒ながら、本は自宅ではほとんど読まない。日常から隔絶された環境でないと、なぜか本を開く気が起きないのだ。
勉強仲間というよりは先輩と認識しているまじゅろさんが講師を務める研修は、ミクロネシアの地理の解説から始まった。それに続く、1986年2月22日にまじゅろさんがウォークマンで録音した小林茂の講演を聴きつつ、それを西順一郎先生が文字に起こした講演録を目で追う講座は論語の素読に似て、何やら勉強をした気になった。小林茂の話の内容は、僕の中では橋本左内による「啓発録」のうちの「立志」に通じる。
仲間うちの研修には、その後に交流会を伴うものが多い。しかし僕はこの集まりにはほとんど出ない。それは主に「夜は眠い」「脳を使った後はひとりで頭を冷やしたい」という、ふたつの理由による。しかし今夜は例外中の例外にて、その交流会に参加をする。そして浅草21:00発の下り最終にて帰宅の途に就く。
朝飯 3種のおむすび
昼飯 研修会場に出前の弁当
晩飯 「おきばり屋」のあれや、これや、それや。チューハイ、それを濃くするためのナカ
2017.7.14(金) 八坂祭(渡御)
総鎮守・瀧尾神社の夏のお祭である八坂祭は、今日が最終日だ。我が春日町1丁目に限って言えば、日光街道に沿った家々に注連縄を張り巡らしたのが今月1日だったから、町内には2週間も、お祭の気分が漂っていた。好きな人には、心の浮き立つ日々だっただろう。
朝、所用により小倉町から春日町へ向けて自転車で日光街道を遡上していくと、神社を背にして渡御の行列の下りてくるのが見えた。遠目にもひときわ目立つのは、今日は台車に載せられた、6日前の千貫御輿である。
会社に戻り、しばらくしてから「そろそろか」と外へ出てみると、しかし行列は、先ほどの場所からそれほど動いていないように見えた。宮司は、各町内の会所に立ち寄り祝詞を上げる。また一行は、各町内の接待を受けつつ小休止を繰り返す。よってその歩みは決して早くない。
ふと気づくと、その行列が春日町の交差点を過ぎようとしている。当方はいささかのんびりしすぎたのだ。用意したニコンの一眼レフを掴んで外へ出る。赤信号に阻まれて、行列には住吉町でようやく追いついた。
町内の有志および役員は15時に公民館に集まって、2週間前に飾った祭壇および町内の注連縄を片付ける。店の前の4張りの提灯は、閉店の直前に取り外した。仕事の関係上、18時30分からの直会には出ずに、家で夕食を摂る。
朝飯 しその実のたまり漬の玉子かけごはん、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 ビーツとブロッコリーのサラダ、夏野菜の南蛮漬け、鱈とトマトのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、お菓子もろもろ、グラッパ








































