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清閑 PERSONAL DIARY

2016年9月の日記30本

2016.9.30(金) チェンライ日記(2日目)

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目を覚ましても、すぐに起きるわけではない。布団の中で寝返りを打ったり、あるいは手足を伸ばしたりしつつ徐々に、睡眠というなかば死んだ状態から蘇生をするように、からだを馴らしていく。そうして枕元の、部屋の灯りやエアコンディショナーの操作盤を兼ねた時計に目を遣ると、時刻はいまだ2時44分だった。

部屋の、机の灯りのみを点けてきのうの日記を書くも、長すぎて、いつまでも書き終えない。「こんなに長い文章を誰が読むか」と考えないでもないけれど、自分のための覚え書きという側面もあるから、つい細かいところまで筆を及ばせてしまうのだ。

疲れてベッドに横になり、またコンピュータに向かい、またベッドに腹ばいになって、しかし今度は本を読んだりする。そんなことを繰り返すうち、夜が明けてくる。

8時を過ぎようという頃合いを見計らって、6階の部屋からコック川に面した朝食会場へと降りる。オムレツは、皿に大盛りにした野菜に「全部」と中身を指定したそれを添えるのが好きだ。お粥は、これを調理するブースに併設されたスープ係に、本来はスープの具にする豚の内臓を入れてもらう、いわゆる「及第粥」が好みだ。コーヒーは、ポットを手にした給仕がテーブルに注いでまわるものではなく、やはり戸外の専用ブースまで行き、カップの底にコンデンスミルクを沈ませた、ネルドリップによる濃いものを淹れてもらう。この朝食を、このホテルに泊まっているあいだ、だれに邪魔をされることもなく、ずっと続けられるのは嬉しい。

夜はきのうに引き続き、ホテルのシャトルバスでナイトバザールまで行く。ここでふと、興味に駆られて目の前の、今にも走り出しそうなシーローの客になってみる。どこへ行くとも知れないシーローはパフォンヨーティン通りを南へ進む。そのあたりは僕には未知の地域にて、このチェンライが、実はかなり大きな街だったことにようやく気づく。

もうすこし進めば旧飛行場ではないかと思われるあたりでシーローは左に折れた。あたりがとたんに暗くなる。不安な気持ちが増していく。シーローは間もなく、ひとりの客を降ろすために停まった。屋根だけの、壁のないバーがちらほらと見えている。よって僕も運転手に50バーツを手渡し荷台から降りる。

すぐそばに見えた薄暗い店に、飛び石を踏んで入っていく。案内をされるまま、小さな池のほとりの席に着く。ビールの銘柄をデザインした、からだに張りつくようなワンピースを着たチアビアが来る。手にはラオカーオの入った袋を提げていたけれど、つき合いで生ビールを頼む。店の名前は「バーンビヤソル」だという。訳せば「生ビールの家」だろうか。そうしてそこで小一時間ほども過ごす

ホテルまでは流しのトゥクトゥクを拾った。冒険をしたつもりでも、部屋に帰って時計を見ると、時刻はいまだ20時37分だった。服は下着も含めて3枚しか身につけていないから脱ぐのは簡単だ。シャワーを浴びて即、就寝する。


朝飯 “Dusit Island Resort”の朝のブッフェのサラダとオムレツトースト中華粥コーヒー
昼飯 名前を知らない麺屋のカオソーイガイ
晩飯 「バーンビヤソル」のパックブンファイデーン、プラームックヤーン、生ビール、ラオカーオ”YEOWNGERN”(オンザロックス)

2016.9.29(木) チェンライ日記(1日目)

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前々回2月のタイ行きでは、羽田で飛行機に乗り込むなりデパスとハルシオンを各1錠ずつ飲んだ。するとそれは、まるでボクシングの選手から受けたフックかアッパーのように効き、背もたれも倒さずアイマスクもしないまま眠ってしまった。無論、離陸をしたことも覚えていない。

「いくらかでも楽な姿勢で寝るべき」と今回は、まるで馬が食うほどの量をオフクロが遺した睡眠導入剤は、すこし遅らせて飲むこととした。

“BOEING 747-400″を機材とする”TG661″は、定刻に12分おくれて00:32に離陸をした。ここで先ほどの薬を、持ち込んだペットボトルのお茶で飲む。そしてベルト着用のサインが消えた頃合いを見計らって背もたれを倒し、眠る体勢に入る。

目を覚ますと、ふたつ前の席まで朝食を運ぶワゴンが来ていたから「これはいけねぇ」と即、化粧室に行って顔を洗う。席に着いて時計を見ると5時5分だった。目の前のディスプレイによれば、機は既にしてインドシナ半島の中央に近づいている。バンコクには、あと数十分で着くだろう。そそくさと朝食を済ませると、またまた化粧室に行って歯を磨く。

定刻より48分はやく、機は日本時間06:02、タイ時間04:02に、スワンナプーム空港に着陸をした。ここからの時間表記はタイ時間とする。

“minimum connecting time”という言葉を知ったのは、おととしのことだ。これは最低乗継時間と訳され、その長さは1時間15分と聞いた。羽田からチェンライへ飛ぶときの、バンコクでの乗り換え時間は3時間。かてて加えて日本からの便は大抵、予定よりも早く着くから、いくらスワンナプーム空港が広大とはいえ、当方はのんびりしたものである。”GREGORY”のデイパックを背負って、ただ”Transfer to Chiangmai,Chiangrai,Phuket,Krabi,Samui,Hatyai”と案内される方へと歩いて行く。移動距離が1キロを超えても、いわゆる「動く歩道」があるからどうということはない。

パスポートコントロール、また、そのすぐそばにあるタイスマイル航空のカウンターは、5時にならないと開かない。正体不明の男が横になって眠るベンチに腰かけ待つうち僕も眠ってしまい、気がつくと5時20分になっていた。ひとりで旅をするときの大敵は、この居眠りである。寝ているあいだに乗るべき飛行機が飛んでしまうということも、あり得ないことではないのだ。

タイスマイル航空のカウンターにパスポートとeチケットを出す。今朝のオネーサンには「バゲージクレームのタグをお見せください」は当然としても「Address in Thailandにお書きくださっているのはホテルの名前ですか」などと、まるで入国審査官がするような質問を受けた。プラユットによる良く言えば几帳面な統治の影響が、こんなところにまで及んでいるのかどうかは知らない

05:40 入国
05:48 搭乗ゲートA4に着く。
05:50 ようよう夜が明けてくる
07:05 きのうの日記を書き終える。
07:27 搭乗開始

“AIRBUS A321-200″を機材とする”TG2131″は、定刻に5分おくれて07:55に離陸をした。上空には雲が目立った。出発前に調べた天気予報は、タイの北部を雨続きとしていた。しかし機窓の下に見えるチェンライは晴れていた。着陸は定刻より15分はやい09:00だった。

田舎の小さな空港ということ、僕の荷物は”Priority”の扱いを受けていること、このふたつの条件によりスーツケースは着陸からわずか15分後には受け取ることができた。そうして空港ロビーにあるタクシーのカウンターに近づき、オネーサンに声をかける

「ドゥシットまで」
「ただいまクルマが出払っていますので、30分ほどお待ちいただけますか」
「クルマが来たら声をかけてくれるのかな」
「はい」

というやり取りがあって、目の前のコーヒーショップで飲み物を買いながら、運転手に手渡すチップのための小銭を作ろうとしているところに後ろから声をかけられる。運転手のうちのひとりがちょうど戻ってきたのだ。早くも彼は僕のスーツケースを曳いて空港の出口を目指している。僕も足早にその後を追う。

日本から持って出た現地通貨は20,918バーツ。チップのための小銭を得ることはできなかった。空港からホテルまでの6、7キロの距離に対して100バーツのチップはいかにも多すぎるけれど仕方がない。ホテルのポーチに続く坂をタクシーが登り切ると、すかさずベルボーイが近づいてくる。高きから低きに水の流れるような、何の滞りもない旅である。

フロントの、タヌキ顔のオネーサンも、またナマズ顔のオネーサンも、いつもと変わらない笑顔を僕に向ける。誤解の無いよう付け加えれば、タヌキ顔もナマズ顔も、僕においては褒め言葉である。そしてタヌキ顔の方に頼んで100バーツ札を細かくしてもらう。

ロビー階にいて、客がちかづくたびエレベータの開ボタンを押す係のオジサンには20バーツを渡す。部屋まで荷物を運んでくれたベルボーイには50バーツを渡す。深夜00:20に羽田を発って、2時間の時差があるとはいえ次の朝にはタイの最北部で国境の山々を眺めている。いつものことながら、まるで夢を見ている気分だ

机上に並べられた案内のたぐいは、目につかない一個所にまとめる。ベッドに6個も積み上げられた枕は、そのうちの5個をソファの上に移す。そのように部屋を自分ごのみに整えてからシャワーを浴びる。そして服はそのまま、”trippen”の革靴を”KEEN”のサンダルに履き替え外へ出る。

“Dusit Island Resort”はコック川の中州に建つ古いホテルだ。チェンライでは街の中心にあるブティックホテル”Le Patta”も綺麗で便利で好きだ。両者を天秤にかければ、しかし街まで遠い不便さを差し引いても、景色の良さと朝食の豊かさを以て、どうしても前者に軍配が上がる。

ホテルのロビーを出てから門衛のいる橋の手前までだけで、既にして数百メートルの距離がある。ホテイアオイの浮く川を渡る。不思議な声で鳴く鈴虫のいる崖の下の道を往く。そこから先はいくつかの道があるけれど、今朝は”OVERBROOK HOSPITAL”を脇に見て右に折れ、また左に折れする。

スーパーマーケットと女性衣料品のアーケードがひとつになった建物には冷房が効いているから、買い物はしなくてもこの中を歩く。そこを抜けると市場に面した旧時計塔の交差点に出る。チェンライは、田舎とはいえ商売ごとに街区を形成する一角をいくつも持つ商都でもある。その街区のうちの電気街を抜け、更に左や右に折れるうち、けばけばしく金色に塗られた新しい時計塔が見えてくる

この時計塔の交差点からパフォンヨーティン通りを東へ歩くと間もなく、ナイトバザールに続く交差点が目に入る。その交差点を右に折れても通りの名前はやはりパフォンヨーティン通りなのだから、何やらややこしい。

ここで腕の時計を見ると、ロビーを出てから25分が経っていた。ホテルから街までは、やはり2キロ弱はありそうだ。街に入ればあれこれの用事のため更に動く。ホテルと街のあいだを日に2往復することもある。つまり”Dusit Island Resort”に泊まれば1日に10キロくらいは歩く勘定になる。大した運動である。

タイは日本ほど酒とタバコに寛容でない。酒は日中は11時から14時までの3時間しか買うことができない。パフォンヨーティン通りの西側の歩道に”JOHNNIE WALKER”の看板を提げた酒屋に入り、昼食中のオバチャンには申し訳なかったけれど、ラオカーオ2本を確保する

そのまま通りを南下し、”LONELY PLANET”では隨分と褒められている、しかし僕は食事は一度も摂ったことのない料理屋ムアントーンとおなじ交差点にあって、何年か前に地元の人から薦められたマッサージ屋”PAI”でタイマッサージを2時間、受ける。今日の担当はジェップさん。その丁寧な仕事ぶりには大いに驚いた。「ジェップ」と僕が発音をしても通じるわけはない。次の機会に備えて彼女にはメモ帳にタイ語でその名を書いてもらった。

ジェットヨット通りの麺屋「カオソーイポーチャイ」で鶏のカオソイを昼食としたのは14時。そして午前に来た道を逆に辿ってホテルに戻る

15時から18時すぎまではプールサイドの寝椅子で本を読む。あるいはうたた寝をする。本のページから視線を外せば高い椰子の木があり、その向こうには青い空に入道雲が真白く立ちのぼっている。僕にとっての天国である。

夜はホテルのシャトルバスで街に出る。ナイトバザールではいつものとおり、観光客向けの、チーク材を多用した高級な区域ではなく、鉄製の黄色い机と椅子を並べた庶民向けの広場へ行く。そしてこの広場を囲む、それぞれ間口1間、奥行き2間半ほどの食べ物を売る店の中に、昨年は何度も注文をした優しそうなおばちゃんの姿を探したけれど見つからない。よってそのおばちゃんの店とおなじあたりの若い人の店からチムジュムを取り寄せる。そしてそれを肴にラオカーオを飲む。ただただ、気分は楽である


朝飯 “TG661″の機内食“TG2130″の機内スナック
昼飯 「カオソーイポーチャイ」のカオソーイガイ
晩飯 ナイトバザールのフードコートのチムジュム、揚げ物の盛り合わせ、ラオカーオ”YEOWNGERN”(オンザロックス)

2016.9.28(水) 羽田空港国際線ターミナル

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きのうの夜に残したメモに従い、きのうまで着ていた服、バスタオル、今朝まで着ていたパジャマ、洗面所のタオル、朝食の準備と後片付けに使った布巾など、とにかく出かける前に洗っておいた方が良かろうと思われる布類すべてを洗濯機に放り込む。そしてその洗濯機が動き出したことを見届けてから、社員を迎え入れるため事務室に降りる。

旅先から戻ったばかりの家内に終業後、雨の中をホンダフィットで下今市駅まで送ってもらう。18:53発の上り特急スペーシアでは活字を読むことはせず、おとなしくしている。車窓から眺めた限りでは、東京に雨は降っていない。よって家を出るときに持った粗末な300円傘は、車内のゴミ箱に捨てる。

20:40 浅草の立ち食い鮨屋にて握り6貫、巻物1本、浅蜊の味噌汁を夕食とする。
21:09 都営浅草線の浅草から羽田空港国内線ターミナル行きに乗る。
21:52 羽田空港国際線ターミナル着
22:02 ”I”のカウンターにてチェックイン
22:09 出国

タイ航空機の出発ゲートは僕の知るかぎり常に、パスポートコントロールを出て右へ進んだ先の、もっとも奥にある。その105番ゲートで、しばしうつらうつらする。今年に入って視力が極端に衰えたせいか、光量が抑えられた場所では活字を読む気がしないのだ

搭乗は定刻の23時40分に始まった。その列に慌てて並ぶことはしない。”UNITED ATHLE”の半袖ポロシャツの上に”UNIQLO”の木綿のセーターを着る。その上に今度は”Patagonia”のウインドブレイカーを重ね、首元までジップを締める

僕の席は機体右側、最後尾ひとつ手前の通路側。このあたりは売れ残った航空券を安値で買った人たちのたまり場という説があるけれど、本当だろうか。その場末の席を、僕は好んで予約するのだ。「機内という世間」から隔絶された感じが、何とも好きなのである


朝飯 青唐辛子の炒め煮、大根のぬか漬け、トマトとソーセージのオーブン焼き、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、しいたけのたまり炊、メシ、里芋と大根と若布の味噌汁
昼飯 「ニジコ食堂」のスーラーメン
晩飯 「まぐろ人雷門出張所」のあれこれ、浅蜊の味噌汁

2016.9.27(火) まぁまぁの首尾

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結婚式に呼ばれるなど特別な理由がないかぎり、旅先に持参する服は普段着だ。いま仕事着にしているのは白いポロシャツで、この洗濯には計画を以て当たってきた。きのう夜、その仕事着を洗濯機に入れたのは、そのうちの一部を今早朝、旅の荷物としてスーツケースに納めるためだった。

今朝は4時20分に目を覚ましたことを幸いとして、着替えて即、洗濯場へと向かった。すると暗い廊下の先のガラス戸がほの明るかったから不安に駆られてドアを開けると果たして、洗濯機は途中で停まり、操作盤にはエラーメッセージが光っていた。

食堂に戻り、電化製品の説明書、保証書のための引き出しを上から下までひっくり返して、しかし洗濯機のそれは見あたらない。そしてその引き出しに取りあえず突っ込まれたらしい、説明書や保証書以外のすべてを捨てる。

ふとひらめいて洗濯機の製造元、洗濯機の型番を検索エンジンに入れると、その取扱説明書がインターネット上に見つかった。PDFによるそれを読んで、いまウチの洗濯機に出ているエラー番号”C-06″は、乾燥機のフィルターの目詰まりであることが分かった。対処の方法としては、綿ぼこりや糸くずのたぐいを電気掃除機で吸い取るよう書いてあるけれど、重い掃除機を洗濯場で使う気はしない。

フィルターは、取り外せる部分は台所で水洗いし、外せない部分には粘着テープを押しつけ、ホコリを除いた。60分をかけて洗濯機はようやく復旧した。そして荷造りのための時間は失われた。

夕食は簡単に済ませることとして、その前に荷造りを完了させる。スーツケースの重さは8.3キロ強。まぁまぁの首尾である


朝飯 ベーコンとピーマンのソテー、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」を添えた生玉子、青唐辛子の炒め煮、大根のぬか漬け、メシ、里芋と若布の味噌汁
昼飯 カレーライス、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」
晩飯 3種の野菜のスープ煮チーズ“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.9.26(月) もったいなくて

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「アラキとアミとパリ」と題された、大竹昭子による文章に目が留まった。載っていたのはきのうの、日本経済新聞の文化面である。視野をすこし広くすると、その題字の左に「旅の目的はパリで開催中の荒木経惟の写真展を見ることだった」とあったから「これは朝の忙しい時間に流し読んでは勿体ない」と、四折にして温存した。それを読んだのは1日を置いた、今日の昼食時のことである。

「彼の写真で唯一、理解に苦しむのはこれだったから」と大竹が書いているのは、女を荒縄で縛り天井から宙づりにする、荒木が繰り返し用いる形式についてで、それには僕もおなじ感覚を持っていたから「ふんふん」と、興味深く先に進んだ。

荒木の写真には長く、頻繁に接してきたに違いない大竹に対して、しかし今回、その写真を初めて目にした、パリで大竹が親しくしている若い女性、そして会場に展示された巨大な緊縛写真のそばに毎日、何時間も座り続ける若い男性の監視員は、前者は直感により、後者は何日もかけて積み重ねられた内省により、等しく称揚する。そしてそこから大竹の、自らに対する問いかけが始まる。

僕はこの、日本経済新聞の第40面を切り取った。そして本棚まで歩き、これを荒木のどの写真集に挟み込むかを考えて、しかし結論は出なかった。アラーキーの写真の中では、ヨーコとの共作とも言える、いわゆるセンチメンタル系が僕は好きで、緊縛系は一切、持っていないのだ。

そしてふたたび食堂へと戻り、夕食のためのスープを仕込み始める


朝飯 ゆかり、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、青唐辛子の炒め煮、山椒の佃煮、胡瓜のぬか漬け、ベーコンのソテー、メシ、長葱とピーマンの味噌汁
昼飯 胡瓜のぬか漬け、明太子、梅干し、青唐辛子の炒め煮し、ゆかり、山椒の佃煮、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」によるお茶漬け
晩飯 パンソーセージと野菜のスープ煮チーズ“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.9.25(日) 千灯供養

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朝の空の美しさの頂点は、日の出の数十分ほども前にある。その「数十分」は季節ごとに変わる。今朝もその気配を感じて屋上に上がる。エレベータの機械室の庇から蜘蛛が、きのうとおなじ高さに糸を垂れている。

仏壇に2本の線香を上げて、線香入れが空になる。線香は有り難いことに、オフクロの初彼岸や初盆でいただいたものがいまだ潤沢にある。そのうちのひとつの箱を開け、中身のすべてを、食堂のテーブルの上で線香入れに満たす。線香入れはオヤジの、学生時代に亡くなった弟サブローが生前に作った陶器製で、多分、50数年間は、その勤めを果たし続けているはずだ

夕刻、仕事の合間を縫って、日光市今市旧市街の南端にある追分地蔵尊におもむく。そしてひと月ほど前からお願いをしてあった、千灯供養の引換券を窓口に差し出す。僕の名の書かれた四角いぼんぼりは、その内側に蝋燭による灯りが仕込まれているけれど、いまだ夜に至らなければ、闇に浮かぶ、というわけにはいかない

今年の夏は、これまでになく水を飲んだ。無意識のうちにからだが熱射病を避けていたのかも知れない。今日の夕刻は1週間ぶりか10日ぶりに蒸し暑く、それで2杯の冷水を飲んだ。そのためかどうか夜になっても腹が減らない。それを幸いとして食事は遅らせ、旅の荷物を造りはじめる。


朝飯 山椒の佃煮、ピーマンの焼きびたし、大根のぬか漬け、ゆかり、たまり漬「だんらん」、青唐辛子の炒め煮、メシ、里芋と長葱の味噌汁
昼飯 山椒の佃煮、胡瓜と大根のぬか漬け、唐辛子の炒め煮、明太子、ゆかり、たまり漬「だんらん」によるお茶漬け
晩飯 生ソーセージの中身とトマトとバジルのスパゲティ、”GEVREY CHAMBERTIN PIERRE ANDRE 2010″、チョコレートケーキ

2016.9.24(土) つい先日までは

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「つい先日までは」と書きたくなることが9月は多い。

つい先日までは、寝る前にエアコンディショナーを「除湿」にして、朝まで部屋の温度を26℃に保った。しかしきのう今日あたりは寝室の温度を下げるどころか、風呂に浸かってからだを充分に温めて寝たい、という気分が強い。

たまり漬にするための茗荷の手当は、日光近郷の農家からすこしずつ集めるものはそろそろ収束に向かい、これからは秋田県能代産のものが一度にまとめて届くようになる。こちらについては今週から来週にかけてが勝負になるだろう。

納入された茗荷は製造係の女の人がひと粒ずつ手で水洗い、それを今度は男の人が塩と混ぜる。こちらについても手作業のため、担当者はひたすら、平泳ぎかバタフライのように腕を動かし続ける必要がある。

「みょうがのたまり漬」は、おととしの不作により昨年は数ヶ月のあいだ品切れをした。昨年は充分に確保をし、今年もまた必要な量を超えて漬け込みができそうな塩梅にて、すこしばかり豊かな気分になる。

そうして夜は、きのうの晩に考えたとおりの料理を作り、赤ワインを飲む。


朝飯 納豆、たまり漬「だんらん」、山椒の佃煮、ベーコンエッグ、人参のぬか漬け、青唐辛子の炒め煮、ゆかり、メシ、里芋と若布の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 イチジクのパン、「辛ひしお」とディジョネーズソースを添えたトマト、長葱、ピーマン、牛肉のオーブン焼き“GEVREY CHAMBERTIN PIERRE ANDRE 2010”

2016.9.23(金) 自炊つづき

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「家内、不在にて」と書くと「まるで遊んでるみたいじゃない、やめてよー」と嫌がられる。しかし先週の火曜日から今週の火曜日にかけては新宿タカシマヤへの出張であり、別段、遊んでいるわけでもない。あるいはたとえ遊びで出かけるとしても、遠慮をすることはない。

今月の僕はちょうど2週のあいだ、自炊である。料理はきらいではないから、どうということもない。日中や終業後に「日光街道ニコニコ本陣」や、ちかくのスーパーマーケット「かましん」で、あれやこれや買う。

大分ゆるくなり、塩分も少なくなったぬか床にぬかと塩を足し、そこに大根や胡瓜を沈める。冷蔵庫にはレタスがあったから、これを皿に広げ、輪切りにしたトマトを並べる。油を盛大に飛び散らせ、レンジまわりを汚すところから、僕はフライパンによる調理を嫌う。鶏のもも肉は耐熱容器にのせてガスレンジで焼いた。それを先ほどのレタスの真ん中に置き、わさび漬けとディジョネーズソースを添える。パンは別途、電気レンジで焼いた。

そうしてそれらを肴に辛口の白ワインを飲めば、何も言うことはない。酔いはじめた頭で「明日はステーキにするか、いや、フライパンは使いたくないから、またまたオーブン焼きか」というようなことも考える。


朝飯 納豆、青唐辛子の煮、ゆかり、ピーマンの焼きびたし、たまり漬「だんらん」、メシ、トマトとシロ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 パン、レタスとトマトのサラダ、鶏もも肉のオーブン焼き“Chablis Billaud Simon 2014”

2016.9.22(木) まとめ買い

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“KEEN YOGUI”が昨年あたりからひび割れ始めた。このところは濡れたところを歩くと靴下を濡らすほど、その割れ目が広がってきた。「一体全体、自分はこのサンダルをどれほど履いてきたのか」と、メーラーの「通信販売」のフォルダに検索をかけると、それは2005年7月23日に買ったものと知れた。毎日のように使って11年も保つとは、大したサンダルである。

検索エンジンに当たると、いま履いているものとおなじ色”GRAPHITE”を、8,748円の定価に対して4,938円で売る店がamazonあった。よって即、現在のサイズ8は大きすぎるから、そのひとつ下のサイズ7を3足、注文した。そうしてそれが届いてみれば、サイズ7は僕の足には小さすぎた。返品の手続きをとると共に、ふたたびその商品ページに行ってみる。

すると、おなじ品が2日のあいだに5,669円に値上がりをしていた。需要が高まると間髪を入れずに値上げをしてくる店は珍しくない。その値段でもまだ安いので、またまた3足を注文した。

一方、2013年3月24日に買った、これまた普段履きの”MERRELL JUNGLE MOC”の方も、数日前から水が染み込むようになった。よってこちらについてはサイズ9を2足、注文する。

“KEEN YOGUI”を3足まとめて買ったのは、それぞれを下履き、事務室の上履き、自宅の上履きとするためだ。”MERRELL JUNGLE MOC”を2足まとめて買ったのは、ミンクオイルをたっぷり塗った2足を交互に使えば長持ちすることを知っているからだ。

まとめ買いは失敗を招くことが多い。しかし普段着や普段履きの靴においては、その数が常識の範囲に留まるかぎり例外である。なお、”KEEN YOGUI”は、11年前と現在では、おなじサイズでも大きさの全然ちがうことに今回、気づいた。11年後にはウェブショップではなく、実店舗で確認をしたい


朝飯 青唐辛子の炒め煮、納豆、ほうれん草のソテー、たまり漬「だんらん」、生のトマト、ゆかり、メシ、若布とシロ菜と油揚げの味噌汁
昼飯 「三彩」の懐石10品コース、ノンアルコールビール
晩飯 人参、ズッキーニ、茄子のぬか漬け、鯖の燻製、チーズ、玄米焼酎「つかだ」(お湯割り)

2016.9.21(水) 温め酒

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このところは午前3時台に目が覚めている。着替えて顔を洗い、食堂に入って先ずは、仏壇に上げるお茶のためのお湯を沸かす。きのうよりも気温は高そうだ。いまだ夜ではあるけれど、窓の遮光カーテンを上げる。

ふと気づくと東の空の低いところに、平たく横に長く、オレンジ色の光が見えている。その雲の隙間はやがて金色の混じったような光にこじ開けられるようにして上下の幅を増し、やがて日が昇り始める。久方ぶりの太陽である。

自分は仕事着においては、盛夏から厳冬期を経て初夏に至る1年のあいだに、指折り数えてみれば9回の衣替えをする。朝こそそれほど寒くなかったものの、夕刻には遂にたまらず、半袖ポロシャツの上に長袖のTシャツを重ねる。現在の秋の長雨から、「つい先日」と思われる気温30℃超の日々には戻れないのだろうか。寂しいことだ。

出張先の新宿タカシマヤから社員への土産として家内が買って帰ったししゃもの燻製を製造部長のフクダナオブミさんに手渡すと「これは日本酒だわね」とフクダさんは言う。「もう、燗酒か、お湯割りの季節だわな」と僕は答える。

気になって「温め酒」ということばを稲畑汀子の「ホトトギス季寄せ」に当たってみれば、それは秋十月の季語だった。


朝飯 生のトマト、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」を薬味にした納豆、鰯の丸干し、明太子、薩摩揚げの淡味炊き、炒り卵、メシ、シロ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 カプレーゼ雲丹のクリームスパゲティ、チーズ、“Chablis Billaud Simon 2014”ホイップクリームを添えたチョコレートケーキ

2016.9.20(火) 今後は気をつけなければいけない

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先月までの日記の機能やデザインには充分に満足はしていたけれど、今月からワードプレスによるそれに移行してみれば、たかだか3週間ほど前までのそれがひどく古くさく見える。古拙を愛でる、古色を尊ぶ、というようなことは、どうやらウェブ上には存在しないらしい。インターネットの技術は新しいことこそ真善美、という気さえしてくる。

ところで以前の日記はローカルの状態で書き、それをサーバに転送していた。その癖が今も抜けず、きのうの日記も秀丸で書いた。それをCtrlキーとCキーつまりコピーではなく、CtrlキーとXキーで切り取った。そうしてワードプレスの「新規追加」を開き、その左上にカーソルを置いてCtrlキーとVキーで貼りつけようとしたところ、ひと文字も現れない。

慌てて元の秀丸に戻り、文章を復活させるべくCtrlキーとZキーを同時に押すも、空白のページをCtrlキーとSキーで保存してしまったのか、復旧が叶わない。よって白紙の状態から再度、きのうの日記を書き始める。そうしてすべてを書き上げ、ふたたび「新規追加」の画面に写してあれこれするうち、失ったはずの日記が直前の「投稿」に「下書きとして保存」されていることに気づいた。狐につままれたような気分である。

1回目に書いたものと2回目に書いたもののどちらを「公開」すべきか読みくらべると、驚くべきことに、両者に違いはほとんど無かった。それでもそれぞれから部分、部分で良い方を取り「公開」ボタンをクリックする。

きのうの日記は700文字弱だったから良かったものの、これが旅行中の長大なものだったら、一から書き直す気は到底、起きなかっただろう。今後は重々、気をつけなければいけない。


朝飯 ピーマンの焼きびたし、「しいたけのたまり炊」で食べる冷や奴、若布の酢の物、わさび漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、シロ菜とピーマンの味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬、たまり漬「だんらん」
晩飯 パン洋風酒肴あれこれ“Petit Chablis Billaud Simon 2014”ケーキ

2016.9.19(月) 秋彼岸

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午前、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への納品を終え、外に出たところで、ふと気になって、目と鼻の先にある如来寺の墓地に立ち寄った。すると過半の、否、3分の2以上のお墓には花と線香が供えられていた。墓参りは明日、新宿タカシマヤから家内が戻ったところでしようとしていた。しかし今日の様子を見れば、それを待つわけにはいかない。

取り急ぎきびすを返し、店の駐車場にホンダフィットを入れるなり4階に上がる。そしてマッチ、蝋燭、線香、花の茎を短くするためのはさみの入った手提げ袋を持って、今度は自転車に乗る。

お寺に向かう途中で一対の花を買う。湯飲み茶碗の水は先ほど下見をしたときに、新しい水で満たしておいた。花の茎を整え花入れに立てる。幸い傘を差さなくても済むほどに弱まっている雨の中で線香に火を点け、それをお供えする。そうして何がなし安心をする。

2010年9月20日、僕はチェンマイにいた。彼岸には、墓参りをしなければ気が済まない。それが分かっていたから旅の荷物には線香を加えておいた。そうしてホテルちかくのワットロイクローを訪ね、線香を上げると共になにがしかの金額を寄進した。

昨年の9月27日、日本では家内の母の十三回忌が行われているにもかかわらず、僕はチェンライ奥地のパクラ村にいた。訊けばここにも寺はあるという。よってそこまで村人に案内をしてもらい、やはり線香を上げた

南無阿弥陀仏と唱えれば浄土へ行ける、そんなことは信じていない。しかし仏や神については「それをしないと落ち着かない」ということが僕にはあるのだ。今日のそれより見栄えのする花を、明日はあらためて墓前に供えたい。


朝飯 ピーマンの焼きびたし、人参とズッキーニと白隠元豆のスープ煮、焼きトマト、らっきょうのたまり漬、わさび漬け、メシ、シロ菜とトマトの味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩つけ麺(大盛り)
晩飯 ホットバタードコニャックパン、トマトサラダ、トマトと白隠元豆と豚肉のゴタゴタ煮、”TIO PEPE”

2016.9.18(日) なぜいきなり来るか

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昨年は祝日法の複雑な条件が満たされたことにより、敬老の日と秋分の日を含む週が五連休になったと社員には聞いた。9時を過ぎて道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に商品を納めていると「昨年とは休みの並びが違いますからね」と、施設長に声をかけられる。

子供のころ同級生たちと、来年のゴールデンウィークについて語ることがあった。「来年は三連休だぞ」と1年も先のことを誰よりも早くしらべて皆に報せたのは誰だったか。日曜日と祝日の隙間なく並ぶことを望む派と、飛び石連休を望む派とが仲間うちにはあって、僕は後者だった。「楽しみが長く続く」という意味において、だ。

せっかくのシルバーウィークにもかかわらず、テレビは台風の来襲を伝えている。その台風はちょうど秋分の日のころ、関東地方を通過するような雲行きである。そして今日も雨が降っている。

外へ昼食を摂りに出て、戻ると事務机に名刺があった。会って意見を聴きたいものの、この時期は相手も忙しかろうと慮り、連絡せずにいた人の名刺である。日光に来たついでにフラリと立ち寄ったらしい。「なんでいきなり来るかなぁ」という言葉が思わず嘆息と共に漏れる。この手の訪問をする人があまりに多いことを、僕は不思議に感じないわけにはいかない。

夜は町内の会議のため、公民館に行く。帰って簡単な肴で焼酎を飲む。ほんのいっときのことだろうけれど、雨は止んでいる。


朝飯 らっきょうのたまり漬、トマトとズッキーニのスープ煮、冷や奴、わさび漬け、温泉玉子、メシ、厚揚げ豆腐とシロ菜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 3種のぬか漬け、煮豚、玄米焼酎「つかだ」(お湯割り)

2016.9.17(土) 絶対の事実

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近隣の農家の収めてくれる茗荷の量が、徐々に減ってきた。夏の茗荷にくらべて秋のそれは大きく、丸々と太っている。しかしきのう来たハセガワさんなどは「急に涼しくなっちゃったでしょー、ここからはもう、育たないわねー」と、その目は既にして来年を向いていた。

初秋を感じる間もなく十五夜が過ぎた。しかしいまだ仲秋の気分にはなれない。気温は毎日、25℃ほどのところを行ったり来たりしている。

先月24日に新しいメガネを手にして以来、そのケースを探してきた。ケースはできるだけ小さく、しかし小さすぎないものが欲しい。6月に中身ごと紛失したケースが理想ではあるけれど、それを買った店にも、いまや在庫は無かった。何軒ものメガネ屋をまわるのは無理だからいきおい、探す場所はインターネット上、ということになる。

そしてようやく「無印良品」に、僕のメガネ、僕の用向きに適したものを見つけた。よって先日、北千住の同店を訪ねて見せてもらおうとすると、店頭に置いているのは有楽町店のみと教えられた。

ついでもないのに有楽町まで行く気はしない。よってネットショップから取り寄せることにした。メガネケースの価格は735円、そして送料は756円である。

ここで送料込み1,491円の支払いに躊躇をしない人はお金が貯まる。残念ながら僕は735円の品物に対して756円の送料は支払いがたい。送料が無料になる品代5,000円を目指し、インスタントラーメンやレトルトカレーの注文ボタンをクリックした。

今回の買い物に費やしたお金は結局、5,185円になった。756円の送料を厭わなかった人より3,694円も多く、サイフの中身を減らしているのだ

送料を節約しようとする人に、お金は貯まらない。僕が身を以て証明し続けている、絶対の事実である。


朝飯 厚揚げ豆腐の網焼き、明太子、ピーマンの焼きびたし、わさび漬けを添えた烏賊の酢の物、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐とズッキーニの味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦、ライス
晩飯 パン野菜と豚のあちらこちらのスープ“Petit Chablis Billaud Simon 2014”

2016.9.16(金) 好きな野菜、好きな時間

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いちばん好きな野菜はピーマンだ。もっとも、その舌の根も乾かないうちに「いちばん好きな野菜はトマトだ」と言うかも知れない。とにかくきのう、自家菜園で採れたらしい大量のピーマンをご近所からいただいた。そのピーマンは夜のうちに洗い、種を除き、ザルで水を切っておいた。

今朝は3時台に起きてだしを引く。「だしを引く」とはいえ鰹節や昆布を使うわけではない。台所の流しの下に、賞味期限が切れ、乾燥剤の袋にべったり張りついただしパックふたつを見つけた。これを鍋の水に投入し、5分間ほど弱火で煮ただけのことである。

きのう下処理をしておいたピーマン、そして冷蔵庫の野菜室にあった赤ピーマン、黄色ピーマンを、オーブンで網焼きにする。それを先ほどのだしに沈め、あとは放っておく

オフクロがむかし、旅先で買ったらしいワインがようやく最後の1本になった。時が経ちすぎたか、いまや出来の悪いシードルのような匂いに飲むことをためらわせるワインではあるけれど、飲み残しを半日ほど置くと、その不快な匂いは消える。それを知っているから今日は朝のうちから栓を抜いておく。

おとといの日記を書いてサーバに上げても時刻はいまだ5時10分。ひとりで気ままにしていられる朝の時間が僕は大好きだ。そして夜は明日の夕食のためのスープを仕込む


朝飯 温泉玉子、ピーマンの網焼きの辛ひしお添え、明太子、らっきょうのたまり漬、大根のぬか漬け、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン(バター載せてね特注)
晩飯 大根のぬか漬け、カレーソースのスパゲティ、”Fattoria di Vetrice 1988″

2016.9.15(木) ミステリースープ

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おとといの午前から家内は東京に行った。新宿タカシマヤの11階で開かれている「美味コレクション」への出店のためだ。つまり今週火曜日の夜から来週水曜日の朝までは、僕は自炊、ということになる。

家内の留守を奇貨として、冷蔵庫の整理をする。野菜室の大根、人参、茄子などは片端からぬか床に埋める。これから先、何年おいても食べることのないだろうものは次から次へと取り出し調理台に並べる。扉を開け放たれた冷蔵庫はピーピーと警報を発し続けるけれど、構うことはない。

調理台の上の20本のビンから中身をほじくり出し、ビニール袋に入れる。ガラスの瓶、金属の蓋、プラスティックの蓋はそれぞれ分別をし、異なる袋に入れる。賞味期限が2015年12月23日の豆腐は面白いから捨てずに取っておく。

夜、冷蔵庫から「スープ」とシールの貼られたレトルトの袋を取り出す。「スープ」とあるだけで、何のスープかは分からない。原材料などをあらわす一括表示も無い。賞味期限も無い。

袋の中身は果たしてキムチスープだった。ウチでキムチ鍋を作るときには、このような既製品は使わない。いただき物だろうか。これをテーブルの上の電磁調理器で温め、冷蔵庫にあるものを次々と投入する。そうしてそれを肴に焼酎のソーダ割りを飲む。悪くない夕食だった。明日の朝食も楽しみである。


朝飯 「小諸そば」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 キムチ鍋、メシ、玄米焼酎「つかだ」(ソーダ割り)

2016.9.14(水) 新橋でいちばん好きな店

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3時台に目を覚ます。ウェブショップに、修正したいところのあったことを思い出す。その具体的な内容を、顔を洗っているあいだに忘れてしまう。しかし洗面所から寝室に戻ると記憶はよみがえった。それを頭の中で反芻しつつ食堂へ行き、取り急ぎメモに残す。

約束の19時に間に合うには下今市16:05発の上り特急を使えば良い、そう考えてその列車に乗り、北千住が近くなってきたところで表参道への到着時刻を調べると、18:11と出た。これではいかにも早すぎる。よって北千住で少々の調べものをしてから千代田線に乗る。

表参道に着くと、しかしいまだ19時には早すぎた。山陽堂書店で本2冊を買う。本はamazonで古書を買うことをもっぱらとしている。定価にもかかわらず買ったのは、いま持参している本がのこり数ページのところまで来ていたからだ

仕事は1時間ほどで簡単に済んだ。簡単に済んだのは、下ごしらえをしてくれた人がいたからに違いない。仕事のあとは、集まった3人で夕食を摂るなどはせず、すぐに別れる。

「いちばん好きな日本の食べ物は、なに」と外国人に訊かれると、それが日本食かどうかはいささか疑問ではあるけれど、決まって「モツ焼きかなぁ」と答える。その僕の、新橋でもっとも好きな店は「三政」である。わけがあって、ここにはひとりでしか来ることはない。

お店の作る、いわゆる「〇〇ハイ」というお酒は僕にはおしなべてアルコール度数が低すぎるから、ここでも紅茶ハイには別途、生の焼酎を添える。そうして結構な量を飲んで、ふたたび夜の街へと出ていく。


朝飯 マカロニサラダ、わさび漬け、明太子、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 しいたけのたまり炊き、明太子、梅干し、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、ダークチェリーのゼリー
晩飯 「三政」のあれやこれやそれや

2016.9.13(火) 一般よりいくらかは

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小遣い帳に「仏花」で検索をかけると、ことし僕が仏壇の花を買った回数は10回だった。普段は家内が買うけれど、僕が買うこともたまにはあるのだ。

仏壇の花は、できるだけ長持ちしそうなものを選ぶ。買う場所は農業協同組合の直売所、あるいは道の駅「日光ニコニコ本陣」である。つまりいずれも、農家の人が自分で育てたものを直に持ち込んでいるところだ。

仏壇の花といえば菊、あるいはそれを含んだ”assorted”が多く売られている。しかし僕は、百合のみのものがあれば、それを選ぶ。その簡素さが好きなこと、また、良いものに当たれば意外や長く咲き続けることによる。

いま仏壇に上がっているピンク色の百合は、11日の日曜日に「日光ニコニコ本陣」で買った。百合は、外れを引くと、薄緑のつぼみが開かないまましおれてしまう。今回のこれについては、どうだろう。

そういえば今日は、日光の水についての取材があるはずだ。よって、いまだ社員のいない製造現場に降りる。「水神」に供えられた榊は、毎朝とりかえられる水のお陰か、葉の緑は濃く、艶も良かった。

花を愛でる習慣は持ち合わせない僕ではあるけれど、仏壇の花、そして神棚や水神の榊には、一般の人よりいくらかは、気をつけて接しているかも知れない。


朝飯 茄子とピーマンのソテー、ベーコンエッグ、明太子、たまり漬「ホロホロふりかけ」、メシ、大根と若布の味噌汁、キウィ
昼飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
晩飯 レタスとマカロニのサラダ、ソーセージのオーブン焼きパン“Petit Chablis Billaud Simon 2014”

2016.9.12(月) 余録

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今日の出張はコンピュータを必要としない。荷物が軽くて楽だ。ザックも”Eddie Bauer”の3wayミッションバッグで足りる。それにしてもエディバウアーはなぜ、この傑作を自社の製品から外してしまったのか。上り特急スペーシアの中では、先般の「日光MG」の参加者による感想文を読む

日本橋と神田のあいだあたりに出かけ、用を済ませてふたたび銀座線に乗る。合理的な経路は浅草から東武日光線に乗る手だけれど、他に用のある北千住に回る。

スパゲティのチェーン店「ポポラマーマ」は自由学園の同級生アケミツシ君の創った会社だ。ここのメニュに納豆キムチのスパゲティを見たときには「こんなゲテモノ」と度肝を抜かれた。しかし食べてみるとなかなか美味かった。以来、僕はこの店では、これを注文することが多い。もっともキムチや醤油はワインには合わないから、それは飲酒をしない昼に限ってのことだ。北千住の「ポポラマーマ」は、今日で3度目くらいになるだろうか。

浅草を14:00に発車した特急スペーシアは、北千住にはその11分か12分後には来る。そう確信をして専用プラットフォームの券売機の前まで来ると、しかしその案内が電光掲示板に無い。壁の時刻表により、これは季節により運行されたりされなかったりの便と知れた。ちかくの駅員に訊ねると、下今市には1時間後の特急がもっとも早く着くという。よって仕方なくその1時間は、駅構内の喫茶店にて本を読んで過ごす。これを余録と言って良いかどうかは分からない。


朝飯 3種のおむすび、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ポポラマーマ」の納豆キムチのしょうゆスパゲティ
晩飯 パン洋風の酒肴あれこれ“TIO PEPE”

2016.9.11(日) 優先順位

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広島カープが25年ぶりのリーグ優勝を目の前にしている、その対巨人戦が中継されているテレビを尻目に寝室に入ろうとして「視ないの?」と家内に訊かれたので「うん、視ない」と答えた。きのうの夜のことだ。

僕の生活の優先順位第1位はメシで、第2位は睡眠である。その睡眠時間を削ってまで観たいテレビなど、僕にあるだろうか。あるとすれば「とちぎテレビ」の「全日本オールスター紅白歌合戦」くらいのものだ。

4時台に起きて食堂に入る。朝、ここに来るなり冷房のスイッチを入れることをしなくなってから、どれほどの日が経つだろう。角部屋である食堂の、ことなる壁の窓をそれぞれ開ければ、それで凌げる今は涼しさになった。

空にツバメの滑り飛ぶ姿も、このところは見かけなくなった。ツバメはいつごろ南へ帰ったか。そしてその帰った先はどこか。この積年の疑問を晴らすべく検索エンジンに当たると、日本に来るツバメは多くフィリピンで冬を越すとあった。ということは、ウチの上空を盛んに舞っていたツバメは今ごろ、ダバオやケソンシティの空を飛んでいるのかも知れない。

そんなことを考えていると、コンセントに繋がれたiPhoneが目覚ましの音を発した。昇ったばかりの朝日が雲のまにまに見え隠れしている。書きかけの日記は「下書きとして保存」のボタンをクリックするよりCtrlキーとSキーを同時に押した方が早いから、その方法で保存して朝の仕事のため製造現場へと降りる。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、大根と人参のなます、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、明太子、巻湯波の炊き物、ピーマンの炒りつけ、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 パンフワフワオムレツ、オムレツのためのクリームソース、モロッコインゲンのバターソテー、“BEAUJOLAIS VILLAGES COMBE AUX JACQUES LOUIS JADOT 1998”ケーキ“CAMUS GRAND VSOP”(生)

2016.9.10(土) 来年のカレンダー

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もう、来年のカレンダーを注文する時期になった。何十年もの付き合いの業者から「あした伺いたい」という電話をもらったのはきのうのことだ。「何時ごろ…」と訊かれたので「できるだけ早い方が、具合が良いんですよねぇ」と答えると「それでは8時半から9時のころに」と相手は時間を決め、僕はそれに了承をした。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場には、どこかに出張でもしない限り毎朝、僕がショーケースの拭き掃除および在庫しらべに行く。その帰り、自転車で日光街道を遡上している最中に事務係のカワタユキさんから電話が入って「お客様がいらっしゃっています」と言う。時刻は8時05分。相手は「8時半から9時のころ」に来るはずだったカレンダーの業者である。

「さば読み」とか「バッファー」という行いあるいは考え方がある。世の中のすべては計算どおりにいくものではない、だから予定には余裕を持たせておけ、ということだ。しかし「8時半から9時のころ」に来るはずの人が8時05分に来る、これは「バッファー」の範囲には収まらない大迷惑と僕には感じられる。

しかし僕はその、何十年もの付き合いの業者が嫌いではないから「あー、お待たせして申し訳ありません」と、謝りのことばに自分の気持ちを包み隠しつつ事務室に入っていくのだ。


朝飯 ピーマンの炒りつけ、大根と人参のなます、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、明太子、しその実と胡瓜と茄子の塩漬け、メシ、揚げ湯波と玉葱と茗荷の味噌汁、トマトの甘露煮
昼飯 かき揚げ、たまり漬「ホロホロふりかけ」、明太子、塩鮭、梅干し、巻湯波の炊き物によるお茶漬け
晩飯 “Parrot”のグリーンサラダリブロースのステーキ“evodia 2015”

2016.9.9(金) 雲水は無理としても

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オヤジは2005年に亡くなった。オフクロは2014年に亡くなった。ふたりは日本の高度成長と共に壮年になり、50代でバブルを迎えた。多くの日本人がそうであったように、彼らも金銭をモノに換え続けた。有り体に言えばモノを買い漁った。あるいは義理がらみや泣き落としにより無理やり押し付けられたものも少なくなかった。その集積が、彼らの居住空間である。

特にオフクロは、モノを買うこと、貰うことが大好きで、且つ、モノを処分すること、捨てることは大層、嫌った。もうひとつ、オフクロは空間を好まず、それをモノで埋めた。テーブルや机の上もモノで満たした。モノで満たされたテーブルや机は本来の意味を失う。オフクロは最後は、これまたモノだらけで足の踏み場もない床に数十センチ四方を確保し、そこに正座をしてメシを食べていた。

「3階は巨大なゴミ溜めだからね」とはオヤジが生前、僕に言ったことだ。

オフクロが亡くなって「それっ」とばかりにその3階の整理整頓を始めたかといえば、そのようなことはない。あまりのモノの多さに気力が湧かなかったのだ。しかしいつまで座しているわけにはいかない。今年の春から人を介して寄付をしたり、あるいは思いついた人を呼び、欲しいものがあれば持っていってもらった。ただし、そんなことでは「巨大なゴミ溜め」はビクともしない。

不要品の引取業者を8月末に呼び、2トントラック4台分のモノを捨てた。それでも足りずに今日もおなじ業者の2トントラック1台が来て、先日、積みきれなかったタンスや下駄箱を引き渡した。「これが最後の機会」と、下駄箱を撤去した裏玄関の、更に奥にまで僕は潜り込んだ。そしてそこに積み上げられたままのガラクタすべても業者のオニーサンに手渡し、それらはリレー式にトラックに積み込まれた。

オヤジとオフクロの遺したモノの、体積にして97パーセントは本日を以て綺麗さっぱり無くなった。

裏玄関の更に奥のガラクタの中からは、何十年前、あるいは100年以上も前に使われていたと思われる看板が出てきた。もちろんこれらは捨てない。また階段に積み重ねられた靴箱の下からは、僕が何十年も見つけられずにいた、懐かしいヘルメットも出てきた

モノを持つことにより精神の充足を得る人もいるだろう。しかし「モノは空しい」という結論に、僕は2年前、58歳のときに達している。雲水は無理としても、できるだけ少ないモノで暮らしていきたい。


朝飯 たまり漬「ホロホロふりかけ」を薬味にした納豆、スペイン風目玉焼き、冷や奴、しその実と胡瓜と茄子の塩漬け、牛蒡と人参のきんぴら、メシ、若布と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 酒肴ひととおり野菜の天ぷらたまり漬「刻みザクザク生姜」と同「鬼おろしにんにく」を薬味にした鰹のたたき牛肉のたまり漬け焼き乳茸うどん、5種の日本酒(冷や)

2016.9.8(木) しその実

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8時30分から、しその実の買い入れを始める。ことし還暦を迎えた僕の生まれるずっと以前から連綿と続けられてきた、秋の大切な仕事である。この時期には蔵から事務室から店までがしその実の香りで満たされ、香味野菜の好きな僕はうっとりとした気分になる。

来週の東京行きに備えて午後、下今市駅に特急券を買いに行く。僕の前にはカップルがいた。その男の方が窓口の駅員に「カナガワ」と告げた。駅員と僕はひとしくギョッとしてその、つい先ほどまでは日本人とばかり思っていたカップルを見た。しかし駅員は、その男の風変わりな発音にいち早く気づいて「キヌガワ?」と問い返した。彼らの行き先は「神奈川」ではなく「鬼怒川温泉」だったのだ。

先ほどより日本語にちかい発音で「キヌガワ」と肯定した男に駅員は「250」と走り書きした紙を素早く手渡した。カップルはそれを見て、今度はスマートフォンで何やら調べ、自動券売機で250円の切符2枚を買った。

構内の電光掲示板には、上段に15:51発の日光行きが、下段には15:50発の会津田島行きが示されていた。日本人に見えても日本人でないらしいふたりはその掲示板を見上げて立ち尽くしている。

「鬼怒川温泉に行くんだよね」
「そう」
「だったら15時50分発だね」
「15時51分発じゃないの」
「違う。15時50分発。プラットフォームは2番線」

と会話を交わすと彼らは胸をなで下ろしたような顔つきで僕に礼を言い、自動改札機に切符を差し入れた。

ことしの2月、僕は”LONELY PLANET”の2003年版からコピーした地図のみを持ってスンガイコーロクの駅に降り立ち、そこからナラティワートに移動するバスの停留所を探して街を歩き回っていた。その僕に声をかけてくれたのは、裏道で猫に餌をやるオバサンだった。

そのオバサンに恩を返すことはできない。しかし他の誰かを助けることはできる。外国人に道を教えるくらいのことであれば、僕も日本の国益に与することができるのだ。今後も機会があれば、おなじことを続けて行きたい。


朝飯 タラバガニの三杯酢ジュレ、茄子の炒め煮びたし胡麻和え、牛蒡と人参のきんぴら、塩鮭、明太子、大根と人参のなます、たまり漬「ホロホロふりかけ」、胡瓜のたまり浅漬け、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 「幸楽苑」のあっさり中華そばと半チャーハンのセット
晩飯 しその実と胡瓜と茄子の塩漬け、生のトマト、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ピーマンのソテーを添えた牛肉のたまり漬け焼きお菓子その1お菓子その2、「田苑酒造」の玄米焼酎「つかだ」(ソーダ割り)

2016.9.7(水) 日光MG(2日目)

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きのうは、というか午前0時を過ぎてなお、2時、3時まで飲酒活動をしていた人たちが少なくなかったらしい。「そういう方々にホストがお付き合いしなくてどうする」と家内は言うけれど、僕は早寝早起きの体質にて、温泉街の深夜食堂で餃子やラーメン、はたまた鶏の唐揚げを肴にビールなどは、とてもではないけれど無理だ。

今朝は4時55分に目を覚ました。枕元のザックを背負ってロビーに降りると幸い、コンピュータの使える空間があった。よってそこで仕事関係のメール3通を書いて送る

MGの2日目は大抵、ニシジュンイチロー先生による、利益感度分析の講義で始まる。ここは平易かつ強烈なところだから、地元から参加をしてくださった初心者の方々には更に理解を深めていただくべく、後日、補講を開きたい。

第4期の中間決算時において、僕の会社盤には青チップ4枚があった。「青チップ4枚」にはいろいろな意味があるけれど、僕に限っては進退窮まって悪戦苦闘中、ということだ。そうして第5期のゲームが終わる

「皆さんにご迷惑をおかけして」とは、MGの初心者がよく発する言葉だ。しかし初心者を迷惑に思う参加者などはひとりもいない。そしてその初心者が不明のことにつき手を挙げれば即、参加者うちの誰かれが懇切に、その不明を解きほぐしてくれるのだ

戦い済んで日が暮れて、否、日はいまだ暮れてはいないけれど、表彰の時間になる。MGは勝ち負けのゲームではなく、勝った者が偉いわけではない。あれこれ試して倒産への道を検証する智者もいる。しかし表彰のあった方が競争は激烈になり、市場も活性化して面白かろう、ということで、これが設けられているのだと思う。

今回の最優秀経営者賞は練馬区から参加の、そしてきのうから優勝宣言をしていたニヘーナオトさんが第4期分社の第5期到達自己資本646円で優秀経営者賞は港区から参加のヨシダケーゴさんが第5期到達自己資本680円で、またもうひとつの優秀経営者賞は、修善寺から参加のタケシトーセーさんが同604円で、それぞれ獲得をした。

また上澤梅太郎商店からは、表彰状はいただけないものの、第5期の決算速度4位で、包装係ヤマダカオリさんの名が正面に張り出された。名人上手鬼巨匠の全国から集う中で、この順位はなかなか獲れるものではない

2日目最後の講義を聴き、原稿用紙に2枚分ほどの感想文を仕上げつつ、帰りを急ぐ方々を研修室の外まで、あるいはロビーまでお送りする。そんなことをしているうち、前回までは欠かさず続けてきた、締めの挨拶をし忘れる。

とにかく9月の大きな仕事のひとつ「日光MG」が無事に完了して、肩の荷はその分だけ軽くなった。そうして夜は福岡市から参加をしてくれた、そして今日は市内の旅館に後泊をするカワイカズキさんと家内と長男との4人で自宅食堂のテーブルに着き、歓談のひとときを持つ。


朝飯 「一心舘」の朝のお膳
昼飯 「一心舘」のカレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 「一心舘」の鍋焼きうどん、家に戻っての酒肴あれこれ、「田苑酒造」の玄米焼酎「つかだ」(ソーダ割り)

2016.9.6(火) 日光MG(1日目)

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ニューギニアインパチェンスは、その名前からしても、熱帯雨林の花だろう。それだけに、日に2度の水遣りが欠かせない。しかし今日から明日の夕方までは、家族の介護など特別な理由により来られない者を除く社員20名、そこに外部からの参加者32名を加えた52名による研修「日光MG」を鬼怒川の旅館「一心舘」にて開催し、会社には戻れない。よって今朝は特に入念に、店の犬走りに並べられた6つの鉢に如雨露で水を撒く。

9時30分、第32回日光MGは無事に開会をされた。儀式めいたことは好まない性格の僕だから「開会宣言」というような大仰なことは行わない。しかし挨拶くらいのことはする。

ひとりひとりが自分の会社を持ち、盤上に5期分の経営を展開するマネジメントゲームの第1期は常に、全員で基本をなぞる。なまじ知識、経験のある者が講師の説明の先へ先へと筆を決算書に走らせ注意を受ける場面もある。第1期から第5期までの、特に第1期における学習はいわゆる「楷書」に徹し、一点一画をも、ないがしろにしてはいけないのだ。

第2期の期首処理、そのゲーム、その決算。第3期の期首処理そのゲーム、その決算。マネジメントゲームは期ごとの売上高によって、市場つまり通常は6名で構成される卓、今回はA卓からI卓のあいだを上に上がったり、あるいは下に下がったりする。

52名中の初心者は9名、それに準ずる者は4名。つまり全体の4分の1を初心者が占める今回は、特に決算において予定の時間を大きく超えつつあるけれど、どうということもない。僕はMGにおいてはいつも「次も来たい」と初心者に感じてもらえるような行動をしようと心がけている。

そうしてその初心者にとっては特に”spartan”な1日目が完了して20時30分、交流会にてようやくひと息をつく


朝飯 こんにゃくとイチジクの白和え、牛蒡と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き物、大根と人参のなます、南瓜の煮物、胡瓜のたまり浅漬け、メシ、シジミと万能葱の味噌汁、トマトの甘露煮
昼飯 「一心舘」の昼のお膳
晩飯 「一心舘」の夜のお膳

2016.9.5(月) 日光MG(前夜祭)

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自動車運転免許証の更新期間は、誕生日をはさんだ前後1ヶ月の計2ヶ月間と知ったのは、報せのハガキを受け取った7月はじめのことだ。前回つまり5年前も、それほど余裕のある日程だっただろうか。すくなくとも前々回までは、誕生日までに手続きをしないと面倒なことになったように記憶をしている。

更新期間が2ヶ月もあるという便利さに甘やかされて先に延ばすうち、その期限がいよいよ近づいてきた。他の月にくらべて9月の仕事は少ないと、以前は社員ともども認識をしていた。しかしこの2、3年のあいだに状況は変わった。近郊農家からのしその実の買い入れに加え、新たに茗荷の買い入れ、また新宿高島屋での1週間の出張販売と、今はいくつもの仕事が重なり合って忙しい。

よって今朝は遂に意を決して9時前に今市警察署へ出かける。この数ヶ月のあいだに、特に右目の視力が極端に落ちたから心配をしたけれど、その検査は辛うじて通過をした。そして20分間のビデオ講習を経て無事、1ヶ月後には新しい免許証の発行される手はずが整った。

9月の重要な仕事のひとつに、全社員が参加をする研修「日光MG」がある。今回32回目となるそれに前乗りをされる方々が、ニシジュンイチロー先生ご夫妻をはじめとして、夕刻より続々と到着をされる。そして閉店後より自宅の応接間にて、その前夜祭を始める。

社員を除く、外部からの参加者は1名のみ、という静かなときもかつてはあったけれど、今回、社外から来てくださる方は32名。遠くは九州から、また、これは日光MGにとっては新しい時代の到来になるだろう、街うちからの参加者が16名にも上った。とても楽しみなことだ。

そしてそのような方々に、前夜祭の最後にニシジュンイチロー先生が、みずからの引き出しの中から今夜のために特に選んだ話をしてくださる、それは僕にとって、とてもコクのある時間だった

明日からの2日間の日光MGでは、特に初心者に対して目を配りたい。


朝飯 納豆、たまり漬「ホロホロふりかけ」、揚げだし茄子、塩鮭、胡瓜のぬか漬け、ゴーヤの炊き物、メシ、若布と揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「美彩たむら」の日替わり弁当
晩飯 酒肴あれこれ、芋焼酎「甕仙人」(ソーダ割り)

2016.9.4(日) 捲土重来

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ウェブショップが新装された結果、ご注文をいただいた際、お客様にお送りするメールのテンプレートに修正の必要が生じていると、朝、事務係のカワタユキさんに指摘を受ける。

そう言われてみれば、僕は受注システムからお客様に自動送信されるメールばかりを気にして、受注係が、その一部を手動で書き直してお送りするメールには、思いが至っていなかった。テンプレートの入っているコンピュータはどれかと問えば、事務係全員と受注用のそれだという。

お客様がウェブショップにコンピュータでアクセスをされてくださったご注文、同スマートフォンを用いてのご注文、メールに平文でくださったご注文、そのメールにエクセルなどのファイルを添付してお送りくださったご注文、お支払方法が代引き着払いの場合、カード決済の場合、銀行振込の場合などによってもテンプレートは異なってくる。それら複数のテンプレートが収められたコンピュータを逐一、修正して回る手間を考えると、とても気の進む作業とは言えない。

よって事務係ひとりひとりがみずからテンプレートを修正する、そのマニュアルを作ろうとするも、それはそれで楽でない。日中、仕事はこればかりをしていれば良いということでもなく、結局のところ、カワタさんに求められたことは、夕方までに終わらせることができなかった。

捲土重来を期さなければならない。


朝飯 ゴーヤの炊き物、冷や奴、たまり漬「ホロホロふりかけ」を薬味にした納豆、鰯の梅煮、獅子唐の炒め煮びたし、塩鮭、冬瓜と鶏笹身肉の酢の物、メシ、豆腐と若布とベーコンと万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「玄蕎麦河童」の揚げ出し茄子だし巻き玉子山芋の磯辺揚げせいろ(田舎)せいろ(丸抜き)蕎麦焼酎「峠」(蕎麦湯割り)

2016.9.3(土) 禁忌

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大人がもっともらしい顔つき、口ぶりで忌むこと、禁ずることを鼻で嗤い、それをわざと破ってみる癖が子供のころの僕にはあった。そのうちの、もっとも罪のなさそうなものを思い出してみれば、それはたとえば「鰻と梅干しを同時に食べてはいけない」というようなことだ。

あるとき鰻丼を食べ、そのあと台所の甕から梅干し一粒をつまみ出して食べたけれど、体には特段の不調は現れなかった。

先ほど「子供のころの僕にはあった」と書いた墨の跡も乾かないうちに何ではあるけれど、よくよく考えてみれば、その癖は還暦を過ぎた今も収まってはいない。

だしを引くために煮干しを使うときには、その頭とはらわたは取り除けと、一般には言われている。しかし毎朝の味噌汁のだしに煮干しを用いる僕は、その教えを守っていない。そして今朝は煮干しの袋の底に溜まった、頭だけでダシを引いてみた。できあがった味噌汁を飲んでみれば、普段と変わらず美味い。

「煮干しは頭とはらわたを取り除いて使え」とは、鰯の種類や製品の等級にもよるのではないか、というのが僕の推測である。

そういえば「西瓜の種を食べると盲腸になる」などと言う大人がむかしはいたけれど、その昔から今に至るまで、僕は西瓜は一貫して、種は噛み砕いて果肉と共に嚥み下し、どうということもない。

試していないのは「ドリアンと酒を同時に摂ると死ぬ」という、いつかチェンライからチェンマイまでホンダ車の助手席に乗せていってくれたオネーサンに教えられたことだ。日本の禁忌は破って平気な僕ではあるけれど、この「ドリアンと酒」については何やら薄気味が悪く、いまだ避けて通っている。


朝飯 糸瓜と鶏笹身肉の酢の物、獅子唐の炒め煮、茄子とピーマンの炒りつけ、鰯の梅煮、生のトマト、たまり漬「ホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と茗荷と万能葱の味噌汁
昼飯 冷やしラーメン
晩飯 トマトとキャベツとポテトサラダを添えたメンチカツ、芋焼酎「甕仙人」(お湯割り)

2016.9.2(金) 別途「ナカ」を取る

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朝5時すぎに遠くでサイレンが鳴る。しばらくして、今度は消防車のサイレンが近づいてくる。どこかで火事だろうかと階段を上がり屋上に出ると、雲は完璧に、秋のそれだった

ウチのインターネットショップは1996年11月、今では想像もできない形の、パソコン通信による店”tamari”として開かれた。1998年10月に暫定的なウェブショップをnifty上に作り、1999年3月に自社ドメインtamarizuke.co.jpによるそれを立ち上げた。2002年6月、そのウェブショップに買い物カゴを装備すると、大した金額ではないけれど、ごく短いあいだに売上げは3倍になった。

最初の全面リニューアルは2007年7月、次は2013年9月、そして3回目のそれはきのう、行われた。

お客様の利便性と安全性の向上のためとはいえ、2013年からのウェブショップに登録をしてくださったお客様には、今回、再度の登録ということになり、ご面倒をおかけして心苦しい。

その再登録が上手に運ばないとの電話を、きのうはいくつかいただいた。都度、facebook上に設けられた会議室を介して関係者とやり取りを続け、登録のための場所には急遽、youtube上に作成した、ログイン手順を説明する動画へのリンクを設けたりした。

そのようなことをしながらあるいはまた、新しいウェブショップのあちらこちらを見て歩き、リンクのおかしなところや文言の重複といった、いわゆるバグを見つけてはデザイナーやコーディング担当に連絡することを繰り返した。

そして今日は、新しいウェブショップでは大きなコンテンツとなるこの日記の旧版と新版とのあいだの調整のため、日本橋で用を足して後南青山のデザイン会社に出かける。その仕事の内容は今朝4時29分の同報メールにて、関係者には送達をしておいた。

いわゆるバグは、これからも見つかるだろう。きのうの公開に間に合わず、いまだ整備中のページもある。お客様の安全性は向上するとして、その利便性は、これからも休まず追い求めていかなければならない。

表参道から新橋に移動をして、少々の買い物をする。iPhoneの乗り換え案内を調べると、新橋から北千住までは、上野東京ラインを使うと早くて安いことが分かった。よって2番線のプラットフォームに上がり、来た列車に乗る。運良く座れて岩下尚史の浮き世離れした文章など読むうち時を忘れ、ふと気づくと次の駅は尾久とアナウンスがあった。行き先を確かめず、とにかく来た列車に乗る悪い癖が僕にはある。

その尾久で下車をして上野まで戻る。そこから常磐線に乗り換えて無事、北千住に至る。

「ナカ」と「ソト」を自分で調合することのできない、つまり店側が作るチューハイは多く、僕には薄い。「天七分店」の店主は「言ってくれればサービスで濃くしますよー」と気さくに笑ってはくれたけれど「いえ、それでは申し訳がありません」と、別途「ナカ」を取る

そうしてその、息抜きのためのカウンター活動を経て、20:13発の下り特急スペーシアに乗る。


朝飯 獅子唐の炒め煮、たまり漬「ホロホロふりかけ」、糸瓜と鶏笹身肉の酢の物、鰯の梅煮、明太子、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と茄子の味噌汁
昼飯 「食事倶楽部」のマグロ山かけ弁当
晩飯 「天七分店」のあれやこれや、チューハイ

2016.9.1(木) 第1日目のそれ

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いわゆるウェブログというものが世に出て、それが一般に広まって以降もウェブページの形のまま続けて来たこの日記が、今日からはワードプレスによるそれに変わる。ウェブショップの大幅な改装に合わせてのことと説明をすれば分かりやすい。しかし更に言えば、日記を土台から新しくすることは、ウェブショップの改装を手がける集団のうちの何名かの意見による。本職からの要請には従うたちだから、僕はそれを受け入れた。

そうしてその初日の、つまり2016年9月1日の日記を書きながら、この「清閑日記」のうちの最も好きな文章はどれかと振り返れば、それは過去からずっと変わらず、2000年9月1日、つまり16年前の今日に書かれた第1日目のそれが頭には浮かぶ

山にひぐらしが鳴き始めて何日が経つだろう。そして今は秋の虫がかまびすしい。夏を追いかけタイの最北部へ飛ぶ今月末の、待ち遠しい今日この頃である。


朝飯 たまり漬を使った2種のおむすび、夏太郎らっきょう、揚げ湯波とトマトとピーマンと茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 牛肉のしゃぶしゃぶ、胡瓜のぬか漬け、茄子の塩水漬け、芋焼酎「甕仙人」(ソーダ割り)スイカ

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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