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清閑 PERSONAL DIARY

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2022.6.30(木) 石垣紀行(4日目)

ホテルのチェックアウトは11時と定められている。「だったらそれまではプールサイドで本を読んで過ごそうか」と考えても、明日からは9時に開くプールが、6月末日の今日までは、11時にならないと開かない。よって朝食の後は大風呂へ行ったり、荷物をまとめたり、あるいは部屋で本を読む。

僕は、アンコールワットのような超弩級を除いては、名所旧跡景勝地にはほとんど興味が無い。しかし時には、いくら小さくても観たくなるものがある。松江のラフカディオ・ハーンの家は観ておいて良かった。石垣島で行ってみたかった唯一の場所は川平湾ではなく、宮良殿内である。この、首里王府時代の八重山の行政長の家は、幸いなことにホテルと港ちかくの繁華街のあいだにあって、歩いて行けそうだ。

10時すぎにチェックアウトをし、荷物はフロントに預けて外へ出る。気温は高いものの、汗をかくほどではない。宮良殿内は、繁華街もちかくなるあたりに、ひっそりとあった。その石垣は、これまでこの島で目にした伝統家屋のそれとは異なり、石と石を隙間なく稠密に組んである。門を入ると、目の前には中国の屏風を連想させる石の壁が現れる。

券売係のオジサンにふたり分の見学料400円を支払う。パンフレットには「八重山地方の方言では宮良殿内はメーラドゥヌズと発音される」とあるものの、実際にはカタカナでは表記できない音だろう。東側から築山の方に回る。小さなオジサンが草むしりをしている。隣には幼稚園らしい施設があって、そこから賑やかな子供の声が聞こえ続けている。

見学をする者が屋内に入ることはできない。保存のことを考えれば、その方が良いと僕も思う。しかしその外側であっても、見学者が足を踏み入れることのできる範囲は、いかにも狭い。ほとんどのことは、オジサンに手渡された「敷地配置図」で想像をするしかない。重要文化財であれば、赤坂の乃木邸くらいは整備をしていただきたいところだが、訪れる人は日に10人にも満たない感じである。それでも来たいと願ったところに来られたことは良かった。パンフレットの内容も興味深い。

そのまま繁華街まで歩き続けて、先ずは公設市場に入る。羨ましいことに、皮付きの豚肉が売られている。魚も新鮮、かつ安い。しかし旅行者の身分であれば、生ものは買いづらい。そのまま外へ出て、浅草の新仲見世のようなところでお土産を買う。そこで店主らしい人にお薦めの八重山そばの店を教えてもらう。

いまだ11時30分より前にもかかわらず、そばの店は既にして営業をはじめていた。ここで未練たらしく、皮付きの豚三枚肉を載せた汁そばを食べる。炊き込みごはんジューシーも食べる。ホテルまではタクシーで戻った。

ホテルからは12時23分発のバスでホテルへ向かう。ホテルが路線バスの停留所になっているのは、とても便利だ。空の青、地上の緑の中をバスは通り抜けて、空港には12時57分に着いた。僕は南国の小さな空港が大好きだ。多くの空港と同じく、新石垣空港にも、たび重なる反対運動、調整、調査を経てようやく作られた歴史がある。しかしできてしまえば、人は徐々にその歴史を忘れるものだ

13:57 保安検査場を抜ける。
14:50 搭乗開始。

往路の羽田とは異なり、今日は国際線並みの時間の余裕をみた。そのことにより、忙しなさは一切、感じない。

15:25 “BOEING787″を機材とする”ANA92″は定刻に10分おくれて離陸。
18:05 同機は定刻に5分おくれて羽田空港に着陸。
18:32 羽田空港第1・第2ターミナルを京急空港線エアポート急行が発車。
19:37 人形町で日比谷線に乗り換えて北千住着。

折角の北千住ではあるけれど、先を急いで駅の外へは出ない。20時13分発の東武線下り特急に乗り、22時前に帰宅する。


朝飯 「アートホテル」のブッフェ、ごはん、なかみ汁なかみ汁(お代わり)
昼飯 「島そば一番地」の豚三枚肉そば、ジューシー
晩飯 新石垣空港で買ったコロッケサンド、「ドトールコーヒー」のカルツォーネ、Cono Sur Cabernet Sauvignon Bicicleta Reserva 2020


美味しい朝食のウェブログ集は、こちら。

2022.6.29(水) 石垣紀行(3日目)

ダイビングショップに指定された迎えの時間は7時50分。家内はその5分前に部屋を去った。

この、繁華街からすこし距離のあるホテルを選んだ唯一の理由はプールがあったからだ。僕が旅においてもっとも大切にしたいのは「何もしない時間」である。「何もしない」とはいえ本当に何もしないわけではない。その最上は、プールサイドでの本読みである。しかし朝の小雨は強くなるばかり。一時は1キロ半ほど南のビル群さえ雨に煙って見えなくなった。

そういう次第にて、昼ちかくまでは部屋にいて、おとといの日記を公開したり、きのうの日記を書いたり、あるいは本を読んだりして過ごす。

昼がちかづくころ雨が上がる。ホテルと目の鼻の先に「八重山そば」と壁に書いた食堂がある。昼食はそこで摂ろうとして外へ出る。店の前まで来ると、今日は休みらしい。そのまま北へ歩き続けるも、店は居酒屋や焼き肉屋ばかりで戸は閉ざされている。道の向かい側に弁当屋を見つける。タクシーや軽トラックが停まっては出て行く。僕も彼らに倣って店に入り、もっとも小さなおむすび弁当を買う。ホテルへ戻ると途中、また雨が降ってくる。これはスコールだろうか。ポーチの屋根の下に駆け込んだときには、Tシャツはかなり濡れていた。

部屋でお茶を沸かしておむすびを食べ、ふと窓の外に目を遣ると雨はいつの間にか上がっていた。時刻は13時33分。「こんなことをしている場合ではない」と、ショートパンツの上に、ハンガーに掛けて乾かしていたTシャツを着る。そして本、iPhone、部屋のカードキーを小さな袋に入れてプールサイドに降りる。

管理人に手渡されたタオルを、いまだ濡れているデッキチェアに広げる。その寝椅子の背もたれの傾きを調整し、仰向けになる。そしていよいよ頭上に本を開く。至福の時間である。そのまま16時30分まで本を読む。

今夜の食事の席は、きのうの夕刻に電話で確保した。店から指定された時間は17時30分。予約したタクシーが我々を迎えに来るのは17時15分。なかなか戻らない家内に電話を入れると、ちょうどホテルに着いたところだった

南の国の、1日でもっとも良い時間は夕刻だと思う。港ちかくの街は、かなり賑やかだった。行き交う人たちの服装は、ほぼ半袖に半ズボンだ。風はいつまでも暖かい。

それはさておき、石垣島は既にして観光バブルではないか。夜の飲食店は居酒屋でさえ満席。タクシーの予約も取りづらい。ホテルの自動販売機は昨日からほとんどの品が売り切れで、僕はソーダ水を買うため外の自動販売機まで歩かざるを得なかった。今夜のステーキ屋も「17時か17時30分か20時」と、時間を指定されての入店である。

ホテルまでは歩いて帰ることとする。街のところどころには、いまだ古い家が残っているその石垣にはめ込まれた「石敢當」とは何だろう。遠いとばかり考えていたホテルまでの道は、意外や近かった。外はいまだ明るい。そして20時前に就寝する。


朝飯 「アートホテル」のブッフェ
昼飯 「キッチンすなっち」のおむすび弁当
晩飯 「鉄板焼きすてーきIshida」のサラダ石垣牛もも肉のステーキガーリックライス、”Terranoble Cabernet Sauvignon Reserva”、“White Horse”(ソーダ割り)


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2022.6.28(火) 石垣紀行(2日目)

5時に起床して服を着る。そしてきのう長男にメッセンジャーで知らせたとおり、5時30分に電話を入れる。すると「現在、電話に出ることができません」のアナウンス。しかしメッセンジャーに既読の印が現れる。

5時37分に長男から着信。今日と明日の分のEチケットは僕の事務机の上に見つかり、これからファクシミリでホテルへ送るという。これで旅を続けることができる。多いにありがたい。と共に、以降は充分に注意をしようと誓う。

06:02 朝食を済ませてホテルをチェックアウトする。
06:13 始発の「ゆいレール」が赤嶺に入線
06:16 那覇空港着。
06:32 ファクシミリで送られたEチケットにてチェックイン。
06:36 保安検査場を抜ける。

07:05 搭乗開始。
07:27 “BOEING 737-800″を機材とする”JTA601″は定刻に7分おくれて離陸。

酔い止めを飲めと家内が言う。これまで船酔いをしたことは皆無と答えるも、それでも飲めという。そういう次第にて、客室乗務員が注いでくれた「さんぴん茶」にて酔い止めの錠剤を飲む。機窓からは青い空と海、そして緑の島が望める

08:06 定刻より9分はやく新石垣空港に着陸。

ダイビングショップから差し回しのワゴン車に荷物を載せ、石垣港を目指す。道の左手には紅いハイビスカス、右手にはサトウキビ畑。ところどころに扇椰子が密生している。運転中のオネーサンよれば、ハイビスカスは雑草のごとくどこにでもあり、扇椰子もまた珍しくないとのことだった

08:50 石垣港の桟橋に到着。ダイビングショップの船”ODYSSEY II”は話には聞いていたけれど、確かに立派なクルーザーである

09:22 出港。ダイビング客のほとんどは僕より年長と思われる。
09:42 本日最初のダイビングポイント「じゃがいもサンゴ」に碇泊。水深は12、3メートル。海中のサンゴが透けて見える

11:45 大崎ハナゴイリーフポイントに碇泊。水深は5から10メートル。僕は家内とは異なって、スキューバダイビングはしない。今回、船に乗せてもらったのは特例かも知れない。ポイントでは船長も客を先導して海に潜る。船の上には僕ひとり。本を読むには、この上ない環境である

13:00 昼食。船上で温かい食べ物にありつけるのは有り難い。
14:14 石垣島西端の御神崎灯台下ポイントに碇泊。水深は3メートル。かなり奇怪な形をした「ふちぶい岩」が、目と鼻の先にそそり立っている。

15:52 御神崎灯台下ポイントを離れて石垣港へ向かう。
16:26 帰港。ホテルまでは、朝とおなじオネーサンが送ってくれた。

ところで今夜の食事場所については、現地に詳しい人に教えてもらった複数の店に、何日も前から電話をかけ続けた。しかし臨時休業あるいはいくら電話をしても応答無しなどで、予約はできなかった。旅先では、朝食はとにかくとして夕食はホテルの外で摂りたい。僕は行き当たりばったりを嫌う。席の確保が急がれる。

ホテルから外へ出て、先ずは家にいるときから、そして先ほども電話の繋がらなかった店を訪ねる。店は営業中だったものの、空席は皆無。ホテルへ戻りながら、目についた店の戸を引く。18時30分にふたりと伝えると「今夜はあなたたちで満席」と、オジサンはメモ帳にペンを走らせた。

18時30分に、今度は家内とその店に出かける。オジサンは店主だった。

「石垣島って、景気が良いんですか、どこもかしこも満席ですよね」と訊けば「コロナが終わっちゃったでしょー、だから皆さん、来てくれるみたい」とオジサンは恬淡としているものの、コロナは勿論、終わっていない。

それにしても、この楽しさは何だ。タイと同じく空気がユルいのか。あるいはこの店の雰囲気が良いのか。ボトルの泡盛は6割ほども飲んでしまった。以降のことは、よく覚えていない。


朝飯 「ホテルグランビュー沖縄」のブッフェ
昼飯 “ODYSSEY II”の中華丼、若布スープ、パイナップル
晩飯 「響」の八重山かまぼこの素揚げ軟骨そーきの煮込み鯛の煮付け、他あれこれ、「請福酒造」の泡盛「請福」(生)


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2022.6.27(月) 石垣紀行(1日目)

15時05分、銀行の通用口から外へ出る。この時間まであれやこれやしていて下今市16:02発の上り特急に乗るのはなかなか忙しい。着替えを済ませ、15時50分に会社の前まで来るよう、ふたつのタクシー会社に電話をして、どちらにもその時間は無理と断られる。スーツケースを曳いて駅まで歩くことには気が進まないけれど、仕方がない。そう考えているところに嫁のモモ君が通りかかったため、駅まで送ってもらう。途中、雨が降ってくる。歩いていれば、かなりみじめなことになっていただろう。

16:02 上り特急スペーシアが下今市を発車。
18:37 北千住で日比谷線に、人形町で都営浅草線に乗り換え羽田空港第一第二ターミナル着。

「今すぐタイとラオスの国境まで行ってくれ」と言われれば、一切の案内書を持たずにそこまで行ける。しかし国内の、特に飛行機の移動はよく分からない。よって今回は、家内の後を着いていく。

荷物は機内持ち込み。保安検査場の入口で、EチケットのQRコードを読み取り機に押し当てる。排出された紙を係より受け取る。オネーサンはそれをボーディングカードではなくレシートと呼んだ。

それにしても忙しない。国内線は国際線とくらべて空港に早く来る必要がない。つまり空港での待ち時間が少ない。それがせわしなさを助長するのだ。空港内のすべての飲食店は混み合っている。

19:45 搭乗。
20:16 “JAL925″は定刻に21分おくれて羽田空港を離陸。
22:18 同機は定刻より17分はやく那覇空港に着陸。
22:45 モノレール「ゆいレール」が那覇空港を発車。
22:47 同車両が次の駅の赤嶺に着。
22:52 ホテルグランビュー沖縄にチェックイン。

この日記にはたびたび書いていることだが、僕は持ち物は紙1枚まで減らそうとする。Eチケットは今日の分のみをボディバッグに用意し、明日以降の分はスーツケースに納めた。それを出すよう家内に言われ、探すも見つからない。どうやら事務机の上に置き忘れたらしい。

海外で使うLCCはインターネットを経由して自分で予約をする。チケットはスマートフォンに転送される。しかし日本発の航空券は常に、宇都宮の懇意の旅行社に注文する。チケットは紙で届く。その紙を欠いては明日以降の飛行機には乗れない。さてどうするか。

時刻は23時を大きく過ぎている。長男は既にして眠っているだろう。取りあえず今回の顛末、そして明早朝に事務室で航空券を探し、それをこちらのホテルまでファクシミリで送るよう、メッセンジャーで送信する。


朝飯 茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、ミズの炒り煮、ピーマンとパプリカの油蒸し、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、なめこと三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「ロイヤルホスト羽田空港店」のカツカレーライス、カラフの赤ワイン


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2022.6.26(日) イズモ

きのうのいまだ暗いときには雨が降っていた。「これで果たして予報の通りに晴れるのだろうか」と疑問に感じた。その雨は明け方前に止み、以降は猛暑になった。群馬県のどこかでは、6月の最高気温を記録したという。

気象庁は梅雨明けを宣言しようかどうか思案中だという。「もう梅雨明けじゃないですか」と、東京国立博物館の前から乗ったタクシーの運転手は、上野の山から裏道を下りつつ、つぶやいた。「今日はお客さんのように、短距離でもタクシーに乗る方が多いですよ」とも教えてくれた。

四季のうちもっとも好きなのは夏だ。猛暑の予報が出れば心が浮き立つ。しかしてまた、猛暑が体力を消耗させることもまた確かだ。きのうほどではないにしても、今日もまた暑い。

18時より町内の役員、婦人会長、青年会長、育成会長が公民館に集まる。そして今夏の行事について打ち合わせをする。直近の仕事は八坂祭へ向けての会所の設置と子供みこしの組み立てである。会所に置く御神酒の注文は僕の担当にて、これは数日前に済ませている。初穂料も、早めに用意することにしよう。

新型コロナウイルスの蔓延により途絶えていた役員旅行は、状況さえ許せば今年の秋より復活させることとなった。「参考までに」とウカジシンイチ自治会長が、旅行代理店のチラシを読み上げていく。その中に「出雲」という言葉を聞いて「イ、イズモですか」と思わず声を漏らす。「飛行機だから」と自治会長は歯牙にもかけない。

「限られた時間内にできるだけ遠くへ行き、できるだけ多くの場所を見物しようとする」とは多くの団体旅行に見られるところではあるけれど、日光から出雲まで出かけてふたたび日光へ戻る行程を1泊でこなすとは、なまけ者の僕としては、驚き以外の何ものでもない。「1泊なら東京でいいじゃねぇか。何なら日光でもいいぞ」と思う。


朝飯 ミズの炒り煮、トマトサラダ、納豆、菠薐草のおひたし、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、グリーンアスパラガスの天ぷらとパプリカの味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 鶏そぼろスープかけ素麺「備前酒造」の「大納川天花純米吟醸」(冷や)


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2022.6.25(土) もりだくさん

「梅と星」は、浅草の観音様ちかくにできたばかりの、羽釜炊きのごはんと梅干に味噌汁、そこに様々な「ごはんの共」を添えて供する伝統と斬新さの並び立つ店だ。こちらの味噌汁の味噌、なめこのたまり炊、大根のたまり漬は、上澤梅太郎商店の商品である。自社の商品をお使いくださっているお店はすべて訪ねて御礼を申し上げたいものの、地理に照らして伺えないお得意様が少なくない。しかし浅草であれば、日光からの交通は至便である。

僕は、浅草にはすこしばかり詳しい。表ではなく裏の北改札から駅を出る。松屋百貨店に沿った通りを横切り、伝法院通りから仲店通りの直前、紅い建物の連なる路地に突き当たって右手に目を遣る。白壁に白木の、清潔にして意外や大きな店は、すぐに見つかった。時刻は9時40分すぎ。ふたつの大きな羽釜の先に伸びる2本のカウンター全12席には3人の先客。

案内されるまま席に着き、品書きを眺める。なめこのたまり炊は「おともみくじ」という、くじ引きで選ぶメニュのところにあった。そこを何とかオネーサンに頼み込んで、くじを引くことなく、なめこのたまり炊を含む「弁財天」を注文させていただく。選べる梅干は、むかしながらのしょっぱくて酸っぱいものをお願いした。

席に届けられたお膳は、お店の意匠に共通する清楚、清潔なものだった。先ずはごはんをひとくち。炊きたてのそれは、驚くほど美味い。そして豚汁もひとくち。こちらも上出来。次はごはんにバターを載せ、なめこのたまり炊をこぼし、更にこの店の名物ふわふわ卵をかける。そしてバターの融けた頃合いを見計らって一気にかき込む。いと美味し。ごはんのお代わりは無料。2杯目は、明太子と梅干で食べた。

素晴らしい店である。新仲店のひとつ裏の路地、という立地は便利且つ落ち着きに満ちている。これから浅草を訪ねる人の人の数が増えれば、そのうち行列もできかねない。日光から東京に出るには、浅草の手前の北千住で下車するのが僕には便利だ。しかし朝から東京に来る用事のあるときには、できるだけ「梅と星」で食事をしたいと感じた。

浅草から上野まで地下鉄で移動し、炎天下を歩いて東京国立博物館の平成館を訪ねる。開催されているのは、沖縄返還50周年を記念しての「琉球展」。展示品のすべては素晴らしいものの、文化的遺産の多くが沖縄戦で焼尽した歴史は悲しい。僕の目を最も惹いたのは、漂着した琉球人を壱岐人に托して送還する旨を記した朝鮮の公文書。数百年前の漢文でも、その内容は現在の外交文書と、ほぼ変わらないのではないか。

梅雨明けを思わせる猛暑にて、体力を温存すべく、博物館から鶯谷まではタクシーを使った。そして山手線でふた駅を移動して御徒町に至る。

先般、自由学園男子部の同級生アリカワケンタロー君が長年の研究を評価され、紫綬褒章を受けた。これまた同級生アケミツシ君が創業したポポラマーマの御徒町店でのお祝いには、アリカワ夫妻、そして16名が集った。同級生のうち、病に斃れた者は既にして1割を越える。元気で会えることには感謝をしなければならない。

宴は昼すぎから夕刻まで続いた。大江戸線を使うカゲヤマカズノリ君とは上野広小路の駅で別れた。そして浅草18:59発の下り特急に乗り、21時前に帰宅する。


朝飯 「梅と星」の「なめこのたまり炊」の弁財天定食
昼飯 「ポポラマーマ_バル御徒町店」のあれやこれやそれや更にあれやこれや、幾種類かのワイン。


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2022.6.24(金) 80億総…

6月18日の夕食の画像より、カメラをリコーGRからiPhoneに換えた。リコーGRでは、いくら補正をしても、その色調に納得できないことが多くなってきたからだ。iPhoneで撮る画像に補正の必要はほとんど感じない。彩度もレンズの焦点深度も高い。ほぼ、言うことなしである。

「こんなに小さなレンズで、GRより、あるいは一眼レフより良く撮れるとはなぁ」と不思議の念をあらわしたところ「レンズの問題ではなくて、画像処理エンジンの違いでしょ」と長男は断じた。それではなぜデジタルカメラも、そのようなエンジンを載せないのだろう。デジタルカメラは現在、様々な”MODE”を備えている。「人工的な色は嫌いだ」とばかりに技術者が「スマートフォン調」を忌避しているとは考えづらい。

10年くらい前になるだろうか「これからの人は、これまでに無かったような、鮮やかな写真ばかりを求めるようになるのではないか」というようなことを藤原新也が書いていた。今、スマートフォンで撮る画像はおしなべて、そのような色彩である。まるで一億総…、否、今やスマートフォンは世界の人口に膾炙している。「80億総蜷川実花」と思わずにはいられない。


朝飯 ミズの炒り煮、きのうの夜の天ぷらの残り、納豆、菠薐草のおひたし、孫のリコが保育園から持ち帰った二十日大根の塩もみ、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、揚げ湯波とパプリカの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ海老マカロニグラタン、ドライマーティニ、家に帰ってからのエクレア、Old Parr(生)


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2022.6.23(木) 政治とは足して二で割ること

食堂の時計は2時57分。カーテンを巻き上げ最初に出た声は「今日も曇りかー」だった。

おとといの日記は昨日のうちに書けているものの、最上部に置く画像が無いから、いまだ公開できない。それをそのままにして、きのうの日記を書き上げる。これで日記の在庫は4日分。4時を前にして既に空腹を覚えるとは、ゆうべの食事が和食だったせいだろうか。

メーラーを回すと、ぐるなびから「汁飯香の店 隠居うわさわ」に新しい予約が入っている。お客様のご指定は個室の「杉の間」。これにて6月25日は11時より満席。以降は朝のお客様に期待したい。

本日は2013年に亡くなったおばあちゃんの祥月命日により、朝、霧雨の降る中を家内と如来寺のお墓へ行く。そして花と水と線香をお供えして会社に戻る。

夕刻、きのうの日記に書いた相談ごとについて、税理士のスズキトール先生が来てくれる。「おかしな話とは思うが、まぁ、向こうの顔も立てて」という先生の政治的判断に、取りあえずは従うこととする。


朝飯 茄子の揚げびたし、納豆、スペイン風目玉焼き、モロッコインゲンの胡麻和え、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と若布と茗荷の味噌汁
昼飯 たまり漬を使った2種のおむすび、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」
晩飯 冷や奴、ミズの炒り煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、天ぷら盛りあわせ其の一天ぷら盛り合わせ其の二、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)


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2022.6.22(水) コップ

所用にて午前、鹿沼市の取引先を訪ねる。そこから宇都宮へ回り、FKDショッピングプラザ宇都宮店の食料品売り場を視察する。上澤梅太郎商店の棚はFKDの社員さんによる盛大なポップに飾られ、すごく目立っている。有り難し。と、そのとき、僕より十数歳は若いと思われる男性が「ひしお」2個を買い物カゴに入れてくださった。即、お呼び止めをして、丁寧にお礼を申し上げる。

次は宇都宮駅東のスーパーマーケットの駐車場にホンダフィットを乗り入れる。そしてここでも店内を見てまわる。百貨店でもショッピングモールでもスーパーマーケットでも食料品売場を最も好むのは、職業柄によるものだろうか、あるいは食べることが好きだからだろうか。

15時に帰社して15時30分より銀行の人と面談。今後のことは長男、税理士と相談して決めることとする。

暑気払いが欲しくなるほどの気温ではないものの、夜は焼酎をソーダで割る。焼酎やウイスキーのソーダ割りに適当な大きさの薄張りグラスは2客があったものの、割ってしまった。よってグラスというよりはコップを呼ぶにふさわしい器を食器棚から取り出す。

このコップは胴の部分に英国のスポーツカーを焼き付けた数十年ほども前からのもので、過去には赤いMG、水色のトライアンフ、緑色のジャガーなどもあった。しかしこちらもまた割って割って割って、今は黄色いビッグヒーレーを残すのみだ。

物忘れの激しいたちにて、明日にすべきことを紙に書き残してから風呂場へ向かう。


朝飯 山椒じゃこ、モロッコインゲンの胡麻和え、納豆、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、蕪と胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 “Hungry Rabbit”のシーフードドリア、サラダ、コーヒー
晩飯 胡瓜と茗荷の塩もみ、鮪の「日光みそのたまり浅漬けの素・朝露」漬け、茄子の揚げ浸し、豚の冷しゃぶ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、“1904”の「しまなみレモンケーキ」、Old Parr(生)


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2022.6.21(火) とても贅沢

夏の朝は鳥の声が賑やかだ。街のあちらこちら、木々の梢や家々の屋根から、それは聞こえてくる。僕は森羅万象、ほとんどすべてのことに詳しくない。だから入り交じって聞こえてくるそれらの啼き声が、どのような鳥から発せられているかは分からない。残念なのは、夏至という1年の頂点にありまがら、空の曇っていることだ。

朝一番のお客様は、僕より年長と思われる男の方だった。クルマのナンバーは隣県。服装は普段着。「レレレのおじさん」のようにお声がけをすると「年金生活で、ヒマでヒマでどうしようもないから、フラッと出てきた」とのことでいらっしゃった。

年金生活者だけでなく、バックパッカーも、ときおり「ヒマでヒマでどうしようもない」日を送ることがある。1980年や82年の冬にカトマンドゥにいたときには、1日のいちばん大きな問題が「朝飯は何を食べるか」だった。承服しがたい人もいるだろうけれど「ヒマでヒマでどうしようもない」環境に身を置けるとは、とても贅沢なことと思う。

本日は僕が書記を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」の月例日にて、19時15分に通用口を出る。マスクは会場となる店の前で着け、店内のテーブルに会費を置いたところで外す。一体全体、今のマスクの役割とは何だろう。志ん生の言う「シャツの3番目のボタン」のようなものだろうか。

「本酒会」から戻っても、寝ずに食堂で待機をする。22時05分、販売係のササキユータ君より電話が入る。新宿高島屋での1週間の出張販売は今日が最終日だった。ササキ君は、その用度品を新宿から会社に戻す役割を担っていた。

即、1階に降りて外へ出る。間もなく駐車場に入ってきたハイエースを屋内に誘導する。5分ほどを品物の整理に費やすと、ササキ君は家に向かって去った。僕は4階へ戻り、すぐに入浴してすぐに就寝する。


朝飯 焼きおむすび、玉子焼き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、若布とパプリカの味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 「やぶ定」の酒肴あれこれ、盛り蕎麦、5種の日本酒(冷や)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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