2022年8月の日記31本
2022.8.31(水) 伊豆治療紀行(7回目の1日目)
我が人生最高の治し屋であるワタナベマサヤス先生が「寒いところはイヤだよ」と、宇都宮から伊豆に移ってしまったのは2020年の夏。以降は仕方なく、伊豆に通うこととなった。その初回は2021年4月6日と7日で、2回目は今年1月の25日と26日。前年末からの疲れを腰に溜め、それをどうにか誤魔化しながら受けた2回目の治療は辛かった。
怪我や病気を除いては、からだの痛みはすべて姿勢の悪さに起因する。その、知らず知らず身についた姿勢の癖は第2頸椎をずらす。その「ずれ」が、その人の、そのときの弱いところに痛みとなって現れる。というのが先生の持論である。
伊豆へ行くときには、下今市から7時45分発の上り特急に乗る。北千住で常磐線に乗り換えれば東京駅には10時前に着く。買う切符は10時27分発の名古屋行き自由席。今日はその車両に、家内が品川から乗り込んできた。熱海でJR伊東線に乗り換え12時17分に伊豆高原に着く。
姿勢をいくら正そうとしても、長年の癖は、そう簡単には正せない。「伊豆高原痛みの専門整体院」には、先生に言われた頻度で通うことが肝要だ。前回の治療は7月5日と6日。次回は当初、今月の2日と3日に予約を入れたものの、繁忙により取り消さざるを得なかった。こうなると、次の治療が怖い。間を空けることにより患部の悪化が進むからだ。
否、患部の悪化はそれほど怖くない。その、より悪化した部分を9,000ボルトの電子ペンで直撃される、その痛さが怖いのだ。電子ペンによる痛みは症状の重さに比例する。昨年より僕が集中的に治療されているのは膝。膝のように、肉のないところに当てられる電子ペンは特に痛い。その痛みに耐えて治療室から解放されたときの気分には、何ともいえないものがある。
燈刻よりなじみの焼鳥屋で焼酎のソーダ割りを飲む。部屋まで引かれた温泉には夕食の前に浸かっていた。よって宿に戻っては即、寝台に上がり、即、寝に就く。
朝飯 生玉子と玉葱のつゆの素麺
昼飯 「崎陽軒」の「シウマイ御弁当」
晩飯 「和居」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「いいちこSUPER」(ソーダ割り)
2022.8.30(火) いつでも使える日記
現在、日記の在庫は5日分がある。おとといの日記もきのうの日記も今日の日記も書き終えている。そのほか、いつでも使える日記が2日分ある。
未来の日記まで書いて楽なのは、日記を書くことに追われない、ということだ。「惜しかったな」と感じるのは、既に日記の書けている日に特筆すべきことが起きた場合だ。しかしそれも、近未来の日記に過去のこととして書こうと思えば書ける。つまりウェブ上に日記を公開している者にとって、先々の分まで日記を書いてしまう行いには利点の方が多い。
ところでいま在庫をしている「いつでも使える」2日分の日記には賞味期限がある。季節感としては夏のものだから、秋になる前に使う必要がある。それまでに日々の記録、また他にも「いつでも使える日記」がいくらでも書けてしまい、その2日分の日記が後まわしにされる可能性はある。しかし問題は無い。来年の夏まで在庫をしておけば良いだけのことだ。
みっともないのは、続けられずに放置されたままのウェブ日記だ。「他に面白いことを見つけたから」とか「電波の及ばない山中に閑居をするから」とか「体力、気力の衰えにより」など理由を記して、それを終止符とすべきと思う。
何十年と書き続けた日記をウェブ上から消し去ってしまう潔い人もいる。その人の日記であれば、どう処理しようが勝手ではある。しかしそこにある情報を頼りとして新しいことを始めようとする人もいる。窮地から脱する人も、またいるかも知れない。中断させた日記でも、しばらくはウェブ上に留め置くべしと、僕は考えている。
朝飯 焼きおむすび、大根と胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、トマトと揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 冷やしトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、夏野菜とコンビーフの油蒸し、ピーマンの炒りつけ、夏太郎らっきょう、「新政酒造」の「エクリュク2020」(冷や)
2022.8.29(月) 自分でも分からない
毎週、土日月は朝食専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日にて、家内は早くからそちらに入る。よってその3日間の朝食は自分ひとりで準備する。
朝食の動画は、おととしより2日に1度ずつTikTokへ上げてきた。それに加えて今年の7月17日からは、これまでの数十秒より格段に長い10分ちかくの動画を週に1度ずつ上げることとした。題名は「10分で準備できる頑張らなくても美味しい朝食」である。
この長い動画は、家内のいない朝に撮る。おなじおかずが続かないよう、内容は欠かさず記録する。そのノートを7日ぶりに開く。食堂の明かりは、紙の文字を読むにはいささか暗い。よって卓上に携帯用の照明を置く。
6時30分より今日の朝食の「おかず盛りつけ編」、「味噌汁つくる編」、「食べる編」の3本を撮る。それぞれの長さは5分35秒、5分25秒、3分7秒だったから「10分で準備できる」は嘘でない。
「10分で準備できる頑張らなくても美味しい朝食」の、特に7月31日に撮った分は、今朝までの再生数が80万4千200回。増えたフォロワーは5,000人。バズれば大きい世界である。
「で、動画を上げてフォロワーを増やして、何をどうするつもりか」と問われれば「今はいろいろとやってます」としか説明のしようは無い。自分でも、何がどうなるかは分からないのだ。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、蓮根のきんぴら、ピーマンとコンビーフの油蒸し、炒り豆腐、茗荷の酢漬け、胡瓜と大根のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、トマトと若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 カプレーゼ、ハヤシライス、Old Parr(ソーダ割り)、「福砂屋」のカステラ、Old Parr(生)
2022.8.28(日) 練習
きのうの日記は夜明け前に書き終えた。そして2杯目のお茶を脇へ置いて「霧 身捨つるほどの」と検索エンジンに入れてみた。あらわれたページを2、3行ほども読み進んだところで「コイツ、文章、上手めぇなー」と舌を巻いた。読み終えて最上部まで戻ってはじめて、それが中央公論社の編集部の人によるものと知った。「なんだー」である。そしてもういちど読んで、この感じを自分の文章にも採り入れようと思った。
「ゴルフをしないのは、それが純粋な遊びではなくて、仕事の絡むことが多いからでしょ」と長男に訊かれたことがある。「いや、オレは、練習しなくては上達しないことの、ほとんどすべてが嫌いなんだよ」と答えた。「それじゃぁ、世の中のほとんどすべてがダメじゃん」と長男は笑った。
そういう僕でも練習をすることはある。苦手な食べものは、それが好きになるまで食べる。もうひとつは文章。このふたつだけは苦にならない。古いクルマによるツインリンもてぎの第1コーナーの走り方も、毎年、練習する。しかしこちらは結構、苦しい。苦しくてもできるのは、それが嫌いではないからだろう。
朝飯 トマトサラダ、蓮根のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、人参の天ぷらと小松菜の味噌汁
昼飯 2種の天ぷらの熱いつゆの素麺
晩飯 TIO PEPE、レタスと林檎とキウイのサラダ、マッシュドポテトと「日光味噌のたまり漬」によるソースを添えたビーフステーキ、CHATEAU BARATEAU HAUT-MEDOC 1993、「久埜」の麩まんじゅう、Old Parr(生)
2022.8.27(土) 身捨つるほどの
朝、街に霧が深い。視界は150メートルほどだろうか。その霧の流れ込んでくるような気がして、というか、それよりも先に高い湿度に辟易して窓を閉める。そして空気調整器を除湿で運転する。
ここ数日は朝焼けがあり、西には雲が厚かった。その景色を見ただけで、しばらくは好天には恵まれそうにないと分かった。雨がちの毎日である。「まさかこのまま秋になるなんてことはねぇだろうな」と、心配をしてみたりする。
新型コロナウイルスの流行るまでは、毎年9月になると、ゆく夏を追いかけるようにしてタイへ出かけた。3月にも出かけ、6月にも出かけた。いまその記録を調べてみると、コロナ前の2019年は3月にスコータイ、6月にバンコク、9月にはチェンライと、計22日を現地で過ごしていた。2020年3月にはウドンタニーへ行けた。国境は、僕が日本に帰って数日後に閉じられた。
以降、自分の「夏日」がどれだけ損したかを数えてみた。3月に7日、6月に6日、9日に9日の2019年に照らしてみれば、今年の9月までに、およそ59日間の損である。
「来年のはじめあたりには、さすがに行きてぇな」と考える。
朝飯 炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、ピーマンの肉詰め、茗荷の酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、2種の天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 ポテトフライ、トマトとレタスのサラダ、「ミラノミザ」のピザ(其の一)、同ピザ(其の二)、Chablis Billaud Simon 2018、葡萄
2022.8.26(金) 新しいに越したことのないもの
きのうに引き続き修理、というか、こちらは交換。
上澤梅太郎商店では作業場を蔵と呼ぶ。屋根には瓦の部分もあれば、平らなところもある。平らなところにはポンプ室が設けられ、その上には給水槽が置かれている。昨年、その水槽の一部に漏水が認められた。取りあえずは応急処置で凌いだものの、いつ何時、とんでもないことが起きるや分からない。
そういう次第にておとといは足場の設置、きのうは古い水槽の撤去、そして今日は新しい水槽の設置が行われた。古い水槽はクレーンで吊って撤去されるものとばかり考えていた。しかし実際には電動ノコギリで板状に切られて階段から地上に降ろされた。これまたクレーンで吊り上げられるとばかり考えていた新しい水槽は組み立て式だった。水槽は午後の中ごろには組み上がった。
設備の修理や交換には多大の経費がかかる。頭の痛い問題である。しかし避けて通れない問題でもある。とにかく明日の午後になれば、蔵には新しい水槽からの水がほとばしるだろう。新しいに越したことのないものは、畳だけではないのだ。
朝飯 胡瓜と茗荷の塩もみ、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、炒り豆腐、トマトのスクランブルドエッグ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小粒ちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 しょうがのたまり漬の豚しぐれにぎり、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
晩飯 天ぷらの盛り合わせ(其の一)、(其の二)、素麺、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(生)、梨
2022.8.25(木) 秋の庭には
「あれはいつのことだったか」と、検索エンジンに「日本 米不足 1990年代」と入れてみた。すると「1993年米騒動」という青い文字が現れたから「そう、そのころだよ」と、そのリンクをクリックし、開いたページをしばし読みふけった。
今は「汁飯香の店 隠居うわさわ」になっている隠居には、1970年代の後半に建てられた、作業場と冷蔵庫を併設した蔵がある。この冷蔵庫は漬物の熟成に使うものだったが、僕は前述の米不足を契機として、穀物を保管するための冷蔵庫も必要と考えた。そして多分、1994年のことと思われるが、この漬物用の冷蔵庫の奥に、穀物用の冷蔵庫を増設した。
この増設部分の雨樋を修理すべく、先月、イナバ塗装のイナバ社長を呼んだ。イナバさんは屋根に上がり、あちらこちらを検分した。その結果、傷みは雨樋だけでなく、広い範囲に及んでいることが分かった。
提出された4つの見積もりから、僕はもっとも大がかりな修理案、つまりもっとも工事費用の高いものを選んだ。経費の逐次投入では、それほど経ないうちにまた、どこかに支障が出るからだ。
その工事のための足場が今日は組まれた。作業は「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日を避けながらのもので、工期は1か月。秋の庭にはどんな花が咲くだろう。
朝飯 「食堂ニジコ」の豆腐とエビの塩煮かけごはん、茗荷の酢漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「ユタの店」の冷やし担々麺
晩飯 「食堂ニジコ」のあれや、これや、他あれこれ、6種の日本酒(冷や)
2022.8.24(水) 不慣れな人のように
目を覚まして枕の下を手探りし、iPhoneを取り出す。時刻は3時41分。「随分と寝たなー」と驚く。昨夜の就寝は20時30分のころだった。7時間も眠り続けるとは、まるで高校生ではないか。もっとも自分が高校生のころには10時間でも眠れたような気がする。
昨朝は仏壇に水とお茶を供える際に、お茶の茶碗を傾けて仏壇を濡らし、その後始末にしばらくを要した。よって今日はまるで不慣れな人のように慎重に、水とお茶のお盆を決められた場所へ置く。
クルマの外に立ち、開いた窓から車内に手を入れエンジンをかける。シートベルトを締めずにクルマを発進させ、車道へ出てから片手でシートベルトを締める。そういう行いを僕は嫌う。
「もっとも書くのが難しい文章、それは正確な文章だ」と、ホーキング青山の「七転八転」の解説で中森明夫は書いている。クルマを競走させることを職業としている人たちの、公道での運転ぶりは異常なほど慎重だ。いまだ建て替えられる前の歌舞伎座で「弁天娘女男白浪」を観たことがある。極楽寺の屋根の上の菊五郎は、慎重に慎重を重ねつつ、正確な芝居を心がけていた。
明朝もまた「不慣れな人」のように仏壇にお茶を供えることができるかどうか。僕も並以下であれば、既にして「喉元過ぎれば」になっているかも知れない。
朝飯 胡瓜の油醤油漬け、すき焼き、納豆、菠薐草の胡麻和え、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 焼売、「食堂ニジコ」の豆腐と海老の塩煮、ちまき、蒸し玉蜀黍、胡瓜と茗荷の塩もみ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.23(火) つゆのあとさき
早朝、というより丑三つ時というか、午前2時というか、そのころに作った素麺のつゆを、5時を過ぎてより鍋から容器に移す。その際に、調理台につゆの数滴をこぼした。それを拭いた布巾を洗濯籠へ入れるべく風呂の脱衣所へ行く。
家では食堂と呼んでいるダイニングキッチンに戻り、席に着くと、コンピュータのデータベースに”CHF”と、ファイルを切り替えるためのコマンドが打ち込んであり、エンターキーが叩かれるのを待つばかりになっていた。
「さて自分は、鍋のつゆを容器に移す直前には、何をしようとしていたのだろう」と考える。考えても思い出せないから、先ほどの調理台の前に立ってみる。それでも思い出せずに、ふたたび席に戻る。そこでようやく、本日届く予定になっている日本酒12本を、僕が書記を務める飲み会「本酒会」のファイルに入力しようとしていたことに気づく。即、エンターキーを打ち、それを開く。そこには1995年4月から昨月までに飲んだ2,324本が記録されているのだ。
宇都宮の酒問屋「横倉本店」のサガラテツオさんからきのうメールで送られたエクセルファイルは、鍋のつゆを容器に移す前にコピーしておいた。それを本酒会のファイルに貼りつけ、形を整え、保存する。
本酒会の例会場は月ごとに変わる。来月は「汁飯香の店 隠居うわさわ」にて、これについては本日、家内と打ち合わせようと思う。
朝飯 小松菜のおひたし、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、なめこのたまり炊のなめこおろし、茄子の揚げびたし、蕪と大根と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 鮭とシメジの味噌アルミフォイル焼き、玉蜀黍のスープ、コーンビーフと菠薐草のソテー、胡瓜の油醤油漬け、「京都蒸留所」のジン「季の美」(ソーダ割り)、メロン、「村上改新堂」のマドレーヌ、Old Parr(生)
2022.8.22(月) 不思議なこと
目を覚ましてしばらくは、暗闇の中にからだを休めている。1日の中で、朝、目を覚ましたときが僕は一番、疲れている。疲れを感じるのは、ふくらはぎであることが多い。
タイではマッサージ屋に不自由をしない。僕が行ったうちの例外はプレーとナラティワートとチェンコーン。プレーでは人に訊ねながらようやく1軒を見つけた。ナラティワートには大きなホテルにさえマッサージルームは無かった。チェンコーンは昼の人通りさえまばらで、すたれゆくばかりの街に思われた。
タイでゆっくりマッサージにかかろうとすれば、古式マッサージかオイルマッサージのどちらかを選ぶことになる。基本は2時間。「足だけ」とか「肩と背中だけ」というものもあって、こちらであれば、最短で30分から受けられる。
朝、目を覚ましたばかりの寝ぼけた状態から正気になっていく過程では「タイで足マッサージが受けてぇな」と感じることが多い。
「タイでマッサージを受けたら靴がバクバクになった」とは、同級生ヤマモトタカアキ君の体験談だ。それを聞いた僕は眉に唾した。しかし後に深く得心をした。それは、バンコクのマッサージ屋でのことだった。マッサージにより足のむくみが解消され、それまで履いていた靴が急に大きくなったように感じるのだ。
闇の中に横たわっていると、数分で起きる気になるから服を着替えて洗面所へ行く。そこから食堂に来てあれやこれやするうち、先ほどまでの疲れはいつの間にか消えている。不思議なことと言わざるを得ない。
朝飯 トマトサラダ、すき焼き、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 しょうがのたまり漬の牛しぐれにぎり
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの韓国海苔、胡瓜の辛子和え、皮蛋、海老と豆腐の塩煮、天津丼の頭だけ(甘くないの)、冷やし中華、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2022.8.21(日) 明日こそは
事務室の通路から店を見ると、店番は販売係のササキユータ君ひとり。日曜日にどうしたことかと逆の方を見ると、パートタイマーのタカハシカナエさんとサイトーミホコさんは厨房にいた。「そうか、おむすびを作るとは今日のことだったか」と、お盆中の彼らの会話を思い出した。
販売係がひとりでは心許ないため、僕も店に入る。最初のおむすびは、10時30分に運ばれてきた。品書きには「しょうがのたまり漬の牛しぐれにぎり」とあった。
「握り飯は野趣に富んだ食べ物であれば、それにふさわしい呼称はおにぎり。おむすびは気取った言い方である」と長男は断ずる。しかしそのあたりには諸説があって、はっきりしたことは不明らしい。
できたばかりの温かいおむすびを笊に並べながら「今日の昼飯はこれにしよう。2個を食べれば満腹を超えるに違いない」と考えた。
厨房のふたりが店へ戻ると同時に僕はその場を離れ、以降は社内のあちらこちらを歩いた。そして昼時に財布を持って店へ行くと、おむすびは既にして売り切れていた。おむすびは、明日も作るという。「明日こそは」と思う。
朝飯 隠元豆の胡麻和え、茄子の揚げびたし、生玉子、納豆、胡瓜の塩もみ、らっきょうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、蛍烏賊の沖漬け、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 冷やしトマト、めかぶの酢の物、すき焼き、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.20(土) 雑用
「息子が配達に行ってこいと言うから行ってきたんだ」と、コップのビールを干しつつひと息ついたような顔で、その日のことを語った人がいる。仕事の大部分を次代に引継ぎ、自分は言われるまま雑用を務める身になったということを、その人は言外に語っていた。自営業者の、あらまほしき姿だと思う。
「雑な仕事を雑用と呼ぶ。雑用も身を入れてすれば、それは雑用でなくなる」とは、巷間よく目にするところの、いわゆる「いい話」だ。一方「自分は会社の雑用係」と述べた、いまだ若かったころの同級生ノリマツヒサト君に「君、雑用は大切だよ」と声をかけ、共働学舎のミヤジマシンイチロー先生は励ましたという。
香港の粥屋では品書きに「雑」の文字を探すことが常だった。その粥が僕は好きなのだ。もちろん、雑に作られたものではない。
「DMの宛先はいつ、特定しますか」と先日、事務係のカワタユキさんに訊かれた。「オレは検索職人のようなものだから、若い人が時期を決めてくれれば、それに従うだけだよ」と、僕は答えた。
9月14日(水)から26日(月)まで新宿高島屋に、10月26日(水)から31日(月)までは日本橋高島屋に、それぞれ出店をする。両者の日程はそれほど離れてない。よって今回は剥離式のハガキで同時にお知らせをすることとした。そのお送り先の顧客名簿からの抽出を、午前に行う。
この仕事の手順は非常に複雑であり、またこれに当たるたび、より良い方法を採り入れ、更新し続けている。作業には1時間20分を要した。その結果を午後一番に、3人の事務係に配布する。
朝飯 隠元豆の胡麻和え、茄子の揚げびたし、納豆、めかぶの酢の物、蛍烏賊の沖漬け、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、肉団子とピーマンの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 トマトとレタスのサラダ、スパゲティボロネーゼ、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.19(金) さて、どうするか。
起きて食堂に来て明かりを点ける。食器棚の電波時計は2時35分を示している。起きるには早すぎる。しかし眠気はほとんど感じない。それはそうだろう、きのう寝に就いたのは20時30分のころだった。そういう次第にて、パジャマから服に着替えをする。
ワードプレスを開くと、日記の在庫が先日までの3日分から5日分に増えている。「今日は○○をして、次に△△をしました」式の日記ではないため、また季節性を伴うものでもないため、それこそいつでも使える日記である。このまま書いていけば、ひと月分でも溜められそうな気がする。それが果たして日記なのかと問われれば、それでもやはり、日記は日記なのだと思う。
それはさておき先日、銀行に入金をする際にうっかりして硬貨を50枚以上持ち込み、660円の手数料を取られた。同様のうっかりを、このひと月のあいだに2度も繰り返してしまった。前回の手数料は990円だった。よって入金に必要な書類を収めた封筒には、それについての注意書きをマジックインキで大書した。
NTTをはじめとする通信会社は、電話による問合せを極力、少なくするよう努めている。電話の会社が電話を嫌い始めたのだ。そして今度は銀行が「現実通貨」を嫌い始めた。銀行はそのうち硬貨だけでなく紙幣も嫌うようになるだろう。世の中はいつの間にかガラリと変わる。学校が生徒の通学を嫌う世が来るかも知れず、居酒屋が酒の取り扱いを嫌う世が来るかも知れない。
「さて、どうするか」である。
朝飯 生のトマト、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、温泉玉子、納豆、ピーマンの肉詰め、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、メシ、じゃがいもと若布の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「田苑酒造」の麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2022.8.18(木) 感染、恐るべし。
子供のころは、シーラカンスを「シーカランス」と呼んでいた。赤坂は「アサカサ」としか言えなかった。子供といえども、いちど覚えてしまったことの修正は中々に難しい。
先日、人のウェブログを読んでいて「ウッ」と、音を伴わない声が出た。画像のすべてに「無断転載禁止」の注意書きを入れた「私はプロでございます」感の満ちたサイトに「カラトリー」の5文字はいかにも異様である。
“cutlery”を「カラトリー」を覚え込んでしまったが最後、そしてもはや大人になってしまっている以上、正しい解の言語中枢への上書きには外国語の習得と同じく、よほどの反復練習が必要だろう。
これまたいまだ子供のころ、まぶたを頻繁に開閉する人が身近にいた。それを真似するうち、僕にもその癖が染ってしまい、いささか苦労をした。今回も「カラトリー」と何度も書けば、その癖に感染する危険性は否めない。よってカトラリーを「カラトリー」と書くことは、これで最後にしたい。
朝飯 生のトマト、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、小松菜のおひたし、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、レタスの味噌汁
昼飯 白胡麻のつゆの素麺
晩飯 レタスと豆とブラックオリーブのサラダ、2種のパン、ズッキーニと鶏のソテートマトソース、桃、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.17(水) 誰も確かめず考えもしないこと
朝の静かな時間は僕にとって唯一無二のものだ。夜は早く寝るに限る。先月、胃に違和感を覚えて消化器内科を訪ねた折には、夕食後、3時間を経てから寝ることを医師は勧めた。僕にはできない相談である。
朝は先ず、お茶と水と花と線香を仏壇に供える。時刻は3時過ぎだったり4時過ぎだったりと日によって異なるものの、いずれ夜は明けていない。薄暗い中にマッチ箱を手探りし、マッチ棒を1本、取り出す。
右利きであれば、左手に持ったマッチ箱の、マッチを擦るやすりの部分は意識をしなくても右側に位置させる。その状態でマッチ棒を取り出そうとしたとき、箱の中で手前になっているのはマッチ棒の頭だろうか、それとも尻だろうか。
そう訊かれて即答できるのは、マッチの製造業者くらいのものではないか。普通の人は、そんなことは確かめたこともなく、考えたこともないと思う。正解は尻、つまり軸が手前になっている。
左利きより右利きが圧倒的に多い事実からして、箱の中の軸を手前に位置させることは使い勝手からしても正解だろう。しかし僕の手癖は、マッチ棒の頭をつまみ、手の中で反転させて軸を摘むことを求める。
よって僕は、新しいマッチを使うときには必ず、先ずは箱の抽出部分を引き抜き、クルリと反転させて、ふたたび鞘に収めることを欠かさない。そんなことをする人が僕以外にもいるかどうかは分からない。「挙手をお願いします」と頼んでも、そんなことは誰も確かめてはいないだろうし、考えてもいないように思う。
朝飯 紅白なます、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、南瓜の甘煮、炒り豆腐、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬{小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、もつ煮汁
昼飯 素麺
晩飯 冷やしトマト、豆もやし、焼き餃子、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、蛸屋のどら焼き、Old Parr(生)
2022.8.16(火) シホオモヘ
野菜の中味をくり抜いて、そこに肉を詰め、煮たり焼いたりした料理が好きだ。それらはファルシーと呼ばれる。ファールシー語はペルシャ語の別称。よってそのような料理はペルシャが発祥と思い込んでいた。ところが今朝、調べてみれば料理の「ファルシー」はフランス語の”farcir”に由来するという。またひとつ利口になった。ただし僕のことであれば、すぐに忘れてしまうかも知れない。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への今日の納品は、いつもより遅らせて8時45分にした。そうすれば9時の開店と同時に買い物ができる。今朝は収穫したてのピーマンを10個ほども買い物カゴに入れた。
銀行は意図して行員に長い休みを与える。その休みにより今週は担当者が来社しない。よって先週の売上金は本日、自分で銀行へ持参した。ついでに自分の通帳をATMに差し込んで入出金を記入させた。人生初の年金は、きのう無事に入金されていた。
その通帳と日本年金機構からの剥離式ハガキを照らし合わせてみたところ、これから8年半ほど生き続ければ、累計の納付額に対して元の取れることが分かった。8年半は楽勝と思われるものの、周囲を見まわしてみれば、頓死も結構、珍しくない。メメント、モリ、である。
朝飯 ウインナーソーセージのオーブン焼き、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、炒り豆腐、紅白なます、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 会社支給の「ほっかほっか大将」の中華丼弁当
晩飯 枝豆、マカロニサラダ、夏太郎らっきょう、ピーマンの肉詰めのケチャップ煮、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、孫のリコの焼いたクッキー、Old Parr(生)
2022.8.15(月) 新しいシャツとタイパンツを
お盆中の月曜日。年初やゴールデンウィーク、シルバーウイークとは異なって、世間的な休みの最中にも銀行が営業をしているのは有り難い。今日の銀行まわりは長男に任せることとして、小切手1枚を手渡す。
9時を過ぎてより如来寺へ行く。墓地に人の姿は見えない。家のお墓の花立てから花を取りだし、茎を水で洗う。花立ての水は換える。線香立てに残った線香を捨て、その周辺を水で洗う。13日の朝に供えた花は、いまだ数日は保つだろう。
その道の駅へは、平時においては8時すぎの掃除と納品、15時30分の検品と、日に最低、2度は行く。今日も午後に出かけると、一部の商品が売り切れていた。「繁忙時には、昼どきにも検品に来るべきだな」と反省をしながら製造係に電話を入れ、追加の品をすぐに作るよう頼む。夕方から明日の朝にかけては、また充分の納品をしておこうと思う。
仕事を終えればすぐに水を浴びたい。そういう次第にて今日も、風呂には入らずシャワーを浴びる。お湯が溜まるまでの時間が待てないのだ。そして新しいシャツ、これはおろし立てということではなく洗いたてのそれとタイパンツを身につけ、食堂へとおもむく。
朝飯 焼き鮭、炒り豆腐、納豆、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 会社支給の「やぶ定」の親子丼、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
晩飯 大根と人参とレタスのサラダ、もつ煮、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、カレーライス、らっきょうのたまり漬、Old Parr(ソーダ割り)、メロン
2022.8.14(日) これもひとつの事件、か。
「宇都宮南 甲子園 準決勝」と検索エンジンに入れてみる。するとそれは1986年すなわち昭和61年のことと知れた。この夏の大会で宇都宮南高等学校は1回戦、2回戦、準々決勝と勝ち進み、準決勝の新湊高等学校にも勝ってしまった。当時の下馬評からすれば「勝ってしまった」という表現は、決して礼を失したものではないと思う。
このとき甲子園で取材に当たっていた下野新聞の記者は「これはひとつの事件だ」の一節を含む記事を本社に打電、まぁ、1986年には電子メールはなくてもファクシミリは存在したから流石に打電はないだろう、とにかく送ったと聞いたことがある。
さて今夏の栃木県大会では、その宇都宮南を國學院栃木が破って優勝した。甲子園に進んだ國學院栃木は、夏の大会では初となる初戦突破。しかし2回戦の相手は昨年の優勝校である智辯和歌山。「もうダメだ」と天を仰いだ者は、僕以外にも数十万人はいただろう。その「もうダメだ」が、きのうは覆されてしまった。次の相手は熊本の九州学院高等学校。
國學院栃木と九州学院の試合は、あさって16日の10時30分から。テレビを観ているヒマは無い。詳報は今日とおなじく下野新聞に頼ることになるだろう。
朝飯 肉団子のケチャップ煮、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、納豆、スクランブルドエッグ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん}、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと小松菜の味噌汁
昼飯 会社支給の「コスモス」のハンバーグ弁当
晩飯 蛍烏賊の沖漬け、「大納川」の「天花純米吟醸無濾過原酒」、冷やしトマト、豆もやし、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、焼き餃子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、「本沢屋」のかまぷたもち、Old Parr(生)
2022.8.13(土) おむかへ
目を覚まして洗面所へ行き、顔を洗う。戸棚の時計は1時ちょうど。この時間から起きる日もあるものの、今日はいまだ微妙に眠い。寝室に戻ると首尾良く二度寝ができて、4時2分に起床する。
「東海地方沖にある台風8号は北東に移動しながら夕刻に関東地方に上陸の予定。今は穏やかに思われても天候急変の恐れあり。遠出や外出には重々、注意せよ」と、朝の天気予報が伝えている。確かに、晴れていた空は間もなく曇り、霧雨が降ってきた。
如来寺の駐車場は混んでいた。僕は鐘楼の下にクルマを駐めた。そこからは傘を差してお墓まで歩いた。お墓にはどなたかが供えてくださった線香が、いまだ火を保っていた。掃除は大野屋のイッコちゃんが済ませてくれている。開いたままの傘を脇へ置き、花と線香を供えて会社に戻る。
昼は、お客様のご予約の隙間を見つけて「汁飯香の店 隠居うわさわ」の柴折り戸を引く。そして11日から15日まで限定の「天竺膳」を食べる。家内はネパールへは行ったことがない。それでもこの豆カレーは僕に、2013年7月12日にナギグンバの尼寺でご馳走になったダルバーツを思い出させた。
終業後は家内とクルマで如来寺へ行く。そしてやはり霧雨の中で墓前に蝋燭を点す。その火を別の蝋燭に移し、提灯に納める。提灯は助手席の家内に抱えられて家へ戻った。その蝋燭の火を、今度は仏壇の蝋燭に移す。ついでと言っては何だが、その火で線香を供える。これでお迎えは完了である。
以降はすっかりくつろいで、冷えた日本酒を飲む。
朝飯 焼き鮭、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、生玉子、あれこれを薬味にした納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「汁飯香の店 隠居うわさわ」の「天竺膳」
晩飯 冷やしトマト、豚薄切り肉の冷しゃぶ、夏太郎らっきょう、「齋彌酒造店」の「雪の茅舎秘伝山廃純米吟醸」(冷や)
2022.8.12(金) 取り柄かどうかは
「動いているのは旗なのか、それとも風なのか。否、動いているのは、あなたの心である」と、あるラマの高僧は言ったという。とすれば、この「旗」とはタルチョーを指すに違いない。僕としては「動いているのは肉体なのか、それとも精神なのか」と自分に問いたいところである。何やら忙しい。
上澤梅太郎商店で長く事務長を務めたコイズミヨシオさんがあるとき、僕の、晩年にあったおばあちゃんを見舞った。そのときおばあちゃんは「むかしは忙しくて面白かったね」とコイズミさんに笑いかけたという。忙しいことが面白いとは、まるで「多動力」のホリエモンか、はたまた前澤友作ではないか。「すごいなー」と思わずにはいられない。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」は朝食の店だからランチョンマットはおかしい、紙敷とでも呼ぶべきか。それには上澤の家に遺された様々な写真がちりばめられている。そこにあるおばあちゃんは、いまだ10歳くらいに見える。おばあちゃんは、80歳を超えるまで給与計算をしていた。
あり余るヒマが大好きという僕などは、おばあちゃんとは比べものにならない。そもそも人間のデキが違うのだ。僕の取り柄は早寝早起きだけかも知れない。それも、取り柄かどうかは怪しいところである。
朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、肉団子のケチャップ煮、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、炒り豆腐、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、舞茸と玉蜀黍の天ぷらの味噌汁
昼飯 「らっきょうと豚肉のサンド・エスニック風」、牛乳
晩飯 冷や奴、冷やしトマト、夏太郎らっきょう、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、お多福豆、焼き鳥、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.11(木) 山の日
お盆の入りは8月13日。開けは同16日。ただし世間的なお盆休みは今日の山の日から始まるに違いない。
この6日間は繁忙が予想される。包装主任ヤマダカオリさんは恐らく、だいぶ前から意識して冷蔵庫を充実させてきたことと思う。店では数週間前に錬った内容のパンを、朝から作る予定にしている。「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、通常は土日月の営業ながら、お盆に限っては今日から15日まで通しで開くことにした。ただし料理は「天竺膳」と、子供さん向けのおむすびのふた品のみ。
「天竺膳」の内容は「地元産の大豆たっぷりのカレーライス、夏野菜の味噌炒り、紅白なます、南瓜の甘煮、日光みそのたまり漬」で、価格は税込1,650円。この、きのう仕込んだカレーを朝のお膳に添えてみた。美味いことは勿論である。
お盆には、朝早くに家をお出になった行楽のお客様が多い。8時35分、本日ふた組目のお客様に、この天竺膳のご説明をしてみる。お二人のうちの女性は「美味しそう」とおっしゃって、即、隠居の食事をお決めになった。僕はお二人を隠居へご案内し、店に戻る。その後、もうひと組のお客様も、同じようにして隠居へご案内する。
こちらはお盆に合わせたものではないけれど、日光の池田農園でひと月ほど前に収穫したらっきょうが、塩と酢だけで漬けた「夏太郎」として、今朝から店に並べられた。これに合わせるのはビールか、はたまた焼酎のソーダ割りか。とにかく毎年「出たら連絡せよ」というお客様を多く持つ人気商品である。今年の穫れ高からすれば、これからひと月ほどは店頭にお出しできるだろう。
そうするうち厨房から店に「らっきょうと豚肉のサンド・エスニック風」が届き始める。販売係のササキユータ君は奥からテーブルを持ち出し、これにそのホットドッグ風のパンを並べた。
閉店後は週に1度のミーティング。明日も明後日も、またその次の日も、張り切って仕事に臨むつもりである。初更、旧暦7月14日の月を、食堂の真正面に見る。
朝飯 焼き鮭、炒り豆腐、冷や奴、「天竺膳」のカレー、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと小松菜の味噌汁
昼飯 「らっきょうと豚肉のサンド・エスニック風」、牛乳
晩飯 冷やしトマト、夏太郎らっきょう、温泉玉子、舞茸と玉蜀黍の天ぷら、素麺、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.10(水) 空の様子
食堂のテーブルは正円で、直径は140センチメートル。家内はひとまわり小さなものが欲しかったものの、それが品切れだったため、仕方なく今のものを求めたという。しかし結果としては良かった。食堂の面積はそのテーブルに対して充分であり、複数の来客があっても無理なく囲むことができるからだ。
この丸いテーブルの、僕が定位置に着くと、真正面は東北。鬼門である。「天子南面す」とは大違いだ。それはさておき食堂の窓は南東に向いている。つまり僕の席からは右手になる。朝、日記を書きながらふと気づいて顔を上げると、空は既にして明るい。時刻は、今なら4時30分をすこし過ぎたあたりだ。その空の様子をより詳しく見ようとして屋上へ上がる。
東南東の空の低いところには横に長い雲があって、紅く染まっている。一方、西北西の山々は雲に覆われている。朝に東の空が紅く、西の空が曇っているとは、天気の悪くなる予兆である。その、東の空と西の空とを見くらべながら「盆には晴れて欲しいけどなー」と思う。
夕刻の空には素晴らしい積乱雲が湧き上がった。しかしこの空も、数時間後には暗転するのではないか。テレビのニュースは関東の、早くも混み始めた高速道路について伝えている。
初更、雨の音を聞く。
朝飯 茄子の揚げびたし、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、炒り豆腐、ウインナーソーセージと3色のピーマンのソテー、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ウォッカソーダ、ドライマーティニ
2022.8.9(火) 奇貨として
2時26分の目覚め、2時30分の起床を奇貨としたい。仏壇を掃除する持ち時間は充分である。もっとも掃除は、外が明るくなってからの方がしやすい。よって先ずは既にして完成しているおとといの日記を公開する。続いてきのうの日記を書く。更には今日の日記のここまでを書く。
5時30分より仏壇の掃除に取りかかる。中のもの、すなわち位牌や線香立てや菓子のための高台、また数時間前に供えたお茶や水などすべてを外へ出す。がらんどうになった内側を、水を固く絞った布巾で拭く。外へ出したものは小さなアクリルのハタキで埃を払う。仏壇の前に置いた半畳の畳はこれを横へ避けて拭き、畳の下になっていた床も、また拭く。線香立ては網とボウルと共に玄関前まで運び、灰をふるいにかける。
6時15分に汗に気づいてシャツを脱ぐ。僕は暑さを好むものの、汗をかくことは好まない。空になった線香立ては水で洗い、広げた新聞紙に伏せる。時刻は6時22分。今朝の味噌汁の具は何にしようかと考える。
朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮を薬味にした納豆、茄子の揚げびたし、大根おろしを添えたアブ揚げ豆腐の網焼き、温泉玉子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、胡瓜のぬか漬け、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 炒り豆腐、茄子の塩漬け、冷やしトマト、めかぶの酢の物、カツ煮、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、桃のコンポートとアイスクリームの盛り合わせ、Old Parr(生)
2022.8.8(月) 盆ちかし
「あのー、食事どころの駐車場はー」と、開店早々にご来店のお客様が、背後の駐車場を振り向きながらおっしゃる。「ご予約のお客様でいらっしゃいますか」とうかがうと、予約はなさっていらっしゃらないとのことだった。きのうは朝からオーダーストップの時間まで満席だった。今朝のお客様は幸運でいらっしゃる。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の駐車場は別にあるものの、朝のうちは店も空いているため、お車は今のままで大丈夫と、お伝えをする。
「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、築推定150年の伝統家屋に、わずか5客のテーブルを置いた朝食専門店だ。ご来店をご希望のお客様は、からなず事前に上澤梅太郎商店まで電話(0288-21-0002)でご連絡ください。ぐるなびからも、ご予約は可能です。
何かの用事で席を外し、事務室に戻ると日光市小百の八木澤ファームからお米「ゆうだい21」が2袋つまり60キロ届いていた。よってこれを台車に乗せ、1袋は冷蔵庫へ格納、もう1袋は隠居の厨房に届ける。「汁飯香の店 隠居うわさわ」は土日月の週に3日の営業だが、お盆のあいだは11日の木曜日から15日の月曜日まで通しで開く。ただしメニュはカレーライス一択。とはいえその内容は「隠居ならでは」のものだから、お客様には楽しみにしていただきたい。
お盆にはまた、たまり漬や肉や野菜を使ったインドシナ風のホットドッグを、1日100本限定でお売りする。「忙しくなってくるなー」である。僕はせいぜい、各部署の助けをしようと思う。
朝飯 焼き鮭、ピーマンの網焼き、納豆、蛍烏賊の沖漬け、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 鶏笹身肉とトマトとレタスのサラダ、刺身湯波、茄子の揚げびたし、蕪と胡瓜のぬか漬け、薩摩芋のレモン煮、「山本酒造店」の「アイスブルー純米大吟醸」(冷や)、桃のコンポートとアイスクリームの盛り合わせ
2022.8.7(日) 午前、午後
昨秋に亡くなった叔父の、今日は初盆が執り行われる。それに先だって、朝、そのお墓を掃除する。仕事の合間を縫っての掃除にて、隅から隅まで、とはいかなかった。僕は物忘れが激しい。よってiPhoneには9時45分にアラームを設定した。そしてその音の鳴ったところで席を立ち、如来寺へ向かう。
如来寺は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の至近にある。道の駅では花も線香も売っている。それを知っていれば、地元に住む以外の人も、ほぼ手ぶらで墓参りができる。従姉妹とその子供が供えた花は、秋を感じさせる地味な色合いながら、丈の高い立派なものだった。
法事は20分ほどで完了した。僕はお寺にはクルマで行った。そのホンダフィットに3人を乗せて店に戻る。そこから「汁飯香の店 隠居うわさわ」に案内をする。池水に架かった石の橋を見て「そうそう、これ」と従姉妹は喜んだ。子供のころに東京から来ると、我々は隠居の庭で散々、遊んだものだ。
午後はこの秋にお客様へお届けするご案内の、お送り先を特定する。
朝飯 トマトサラダ、焼き鮭、冷や奴、納豆、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とパプリカの味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 めかぶの酢の物、ジーマミー豆腐、冷やしトマト、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、空心菜炒め、蒸し焼売、焼き餃子、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、葛餅
2022.8.6(土) 2度目の麺つゆ
先月25日の早朝に作った麺つゆは、まるで東京の藪系蕎麦屋のそれのように塩辛かった。それがようよう底を突いた。よって次の1リットルには新たな製法、新たな調合比を用いるべく、きのうメモに残した。
早朝、そのメモを調理台に置く。干し椎茸によるだしは昨夜から準備をしておいた。かえしには砂糖が含まれているものの、今朝は更に、15ccのスプーンに2杯のそれを足した。同量の酒も足した。かえしは前回から50ccを減らした。
「味見をしながらあれこれの調味料を微量ずつ加えていく。そうすれば理想の味が実現する」と家内は言う。しかし「微量ずつ加えていく」では、明確なレシピは残せない。もうひとつ、僕は一発勝負を好む。そうしてできあがった2回目の1リットルは、冷ましてから冷蔵庫に格納した。
昼、そのつゆで素麺を食べてみた。いまだ塩辛い。甘さも足りない。この1リットルは、せいぜい素麺を食べ、できるだけ早く使い切り、次の1リットルを作ることにしよう。
ところでここ数日は涼しい日が続いている。明日は立秋である。素麺に似合いの暑さが戻ってくれることを、僕は祈って止まない。秋は好きでないのだ。
朝飯 納豆、生玉子、めかぶの酢の物、唐辛子の炒りつけ、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とパプリカの味噌汁
昼飯 茄子と乳茸のつゆによる素麺
晩飯 「京都蒸留所」の「季の美」(ソーダ割り)、ベビーリーフを添えたベーコンエッグ、ニンニクと唐辛子のスパゲティ、2種のパン、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.5(金) 造反有理…ではなくて
目を覚まして枕の下からiPhoneを取りだし、ローマ字の”d”あるいは八分音符に似たTikTokのアイコンをタップする。「梅太郎」のアカウントへアクセスすると、いわゆる「アンチ」のコメントが真っ先に目についた。そのことにより「今回の動画はイケたな」と確信する。
「アンチ」とは「けなし」や「嘲笑」をSNS上に送りつけてくる人を指す。「アンチ」の来訪は、動画の再生数が異常に上がっていることを示している。むかしの桂三枝、今の文枝ではないけれど「いらっしゃーい」である。
「梅太郎」のTikTokは、普段は朝食を食べるだけのものだ。それに加えて先月の17日からは、おかずを準備して味噌汁を作り、それを食べるまでを「10分で準備できる頑張らなくても美味しい朝食」と題して週に1度ずつ上げてきた。今回のそれは、ウェブ上に上げてから数時間で再生数が15万回を越えている。ここ数ヶ月間の「梅太郎」では滅多にない数字である。
ところで、実店舗やウェブショップで商品が売れに売れている思われる人の動画が、このところTikTokに目立ちはじめた。商売同様、かなりの再生数やフォロワーを集めていると思いきや、意外や苦戦をしている。中には凝りに凝って作り込んでいる動画もあるものの、立ち止まる人の少なさや反応の薄さの原因は何だろう。それを詳しい人に訊ねると、以下の答えが戻った。
1.発信者が急増してからの参入では、再生数やフォロワーの積み上げは難しい。
2.従来型のお役立ち情報や商品紹介は、今やバズりにくい。
一方「梅太郎」については、以下のように分析してくれた。
1.先行有利。
2.右脳に訴える簡潔さ。
3.公開頻度の時間的規則性。
4.継続による動画の蓄積。
僕は何が何やら分からないが、現在の状況が好調なのであれば、このまま続けて行こう。もうひとつ、それを維持しながら様々な様式を試していくことも肝要である。
今回の「10分で準備できる頑張らなくても美味しい朝食」の再生数は、夕刻には30万回に迫ろうとしている。2週間前は35,900だったフォロワーが、今日は37,800に達した。多いに有り難い。
朝飯 茄子の揚げびたし、トマトとキウイのサラダ、菠薐草と海苔のナムル風、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 「京都蒸留所」の「季の美」(ソーダ割り)、トマトとレタスとモッツァレラチーズのサラダ、2種のパン、ズッキーニとパプリカのソテーを添えたポークソテーバターレモンソース、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.4(木) 雨の目安
同級生が教師に叱られた話だから、個人の名は出さずにおく。気象の係をしていたその友人があるとき、前日の雨量を理科の教師に訊ねられた。「200ミリです」と答えたところ、教師は激高にちかい怒りを顕わにした。「そんなに降ったら街が流されちまう」と、教師は口角に泡を溜めた。傍観していた僕は、ひとつ利口になった。「1日に200ミリの雨は、街を流すほどの量」という知識を得たのだ。
夕刻のニュースによれば、新潟県岩船郡関川村のアメダスは、1時間で149ミリ、12時間で500ミリちかくの雨量を記録したという。山形県でも石川県でも、気象庁の職員が驚くほどの雨が降っている。「街が流されちまう」どころの騒ぎではない。50年に1度、100年に1度、観測史上最多、という量の雨が、ここ数年は常態化してしまった。
らっきょうの出来は、栃木県産は平年並み。宮崎県産は歴史的不作。昨月の日記にも書いたことだが、茗荷は収穫期に大雨が降れば、一瞬で不作になり価格は高騰する。生姜は雨を好むと言われているものの、過ぎたるは及ばざるが如しだ。
夜、冷蔵庫の片隅にあった、使いかけの生姜をすり下ろす。長雨や豪雨に見舞われなかった畑の生姜である。それを他の夏野菜と共に、素麺の薬味とする。
朝飯 菠薐草のソテーを添えたベーコンエッグ、茄子の揚げびたし、納豆、甘唐辛子の炒りつけ、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と大根とズッキーニの味噌汁
昼飯 鶏そぼろのつゆの冷や素麺
晩飯 「京都蒸留所」の「季の美」(ソーダ割り)、柴漬け、茄子と獅子唐の素揚げ、薬味たっぷりの冷や素麺、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.3(水) 美味さを邪魔するもの
今朝、艶やかな茄子を予期せず大量にいただいた。僕は野菜を好む。野菜の中では特に、夏のものが好きだ。味や香りはもちろんのこと、そこに夏の気のようなものが充満している印象も、また「特に好き」に関係しているかも知れない。
トマト、胡瓜、茄子、ピーマン、茗荷などは、僕が子供のころは夏にしか食べられなかった。オクラは、1960年代の中ごろにはいまだ珍しく、どこにでもある、というものではなかった。
とにかく大量の茄子である。そして冷蔵庫には獅子唐もたっぷりある。よって今夜のおかずは茄子と獅子唐の素揚げあたりではないかと予想をしていた。ところが家内からは、今夜のおかずはステーキと伝えられた。意外に感じたけれど、とにかく午前のうちに知れて良かった。
僕の持つ赤ワインは古色蒼然としたものばかりだ。寝かせた瓶の下側には澱が溜まっている。その澱を、瓶を立てて底に沈めないと、飲むことができない。今日の持ち時間は充分である。
終業後、ワイン蔵の外に立てておいたその瓶を静かに持って食堂に入る。そしてその栓を抜いてから、シャワーを浴びるべく風呂場へ行く。
夏の夕食は、半裸体で食べると、余計に美味い。嘘と思うなら、とりあえず腕時計や指輪だけでも外してみてはどうか。僕の言うことの半分は理解できるに違いない。
朝飯 唐辛子の炒りつけ、ウインナーソーセージと小松菜のソテー、茄子の揚げびたし、トマトとキウイのサラダ、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 茄子と乳茸と納豆のつゆによる素麺
晩飯 トマトとレタスとチーズのサラダ、TIO PEPE、ズッキーニと茄子のソテーを添えたビーフステーキ、CHATEAU BARATEAU 1993、桃
2022.8.2(火) 星降る夜に
きうのの写真スタジオは「浅草の寺院群の中に、よくもまぁ、こんなクールな場所があったものだ」と僕を驚かせた。小さなビルにもかかわらず、入口はオートロックだった。2階で停まったエレベータの扉が開くと、そこはもう、コンクリートを打ち放したスタジオだった。
その矩形の空間には、仕事の邪魔にならないほどの音量で音楽が流れていた。内容は日本の歌モノだった。「有線ですか」とのデザイナーの問いに「私が集めたものです」とカメラマンは答えた。僕の、音楽に対する知識は極端に乏しい。日本のバンドでいえば、ビーズもザードもグレイもグローブも何が何やら分からない。
ミックスナッツとドライフルーツのたまり漬に、カメラマンは7、8客の器から、僕が持参した宋胡録のカケラと朝鮮の小皿を選んだ。商品の撮影は、順調に進みつつあった。
部屋のどこにあるのか分からないスピーカーから、いきなり、がなり立てるような声が放たれはじめた。ヤケのヤンパチのような、ぶっきらぼうな歌いよう。リズムはスカ。
「これ、誰ですか」
「コーモトヒロトです」
「バックはスカパラですか」
「そうです」
小さなガラスのピアスを耳たぶに通し、ツバの真っ平らなキャップをかぶったデザイナーは、このあたりの歌には詳しくているらしかった。
滅茶苦茶なのにカッコイイとは、ずるいではないか。シド・ヴィシャスのマイ・ウェイとおなじ種類の、それはかっこよさだった。
一夜が明けて今朝、否、いまだ夜は明けていない、とにかく「甲本ヒロト スカパラ」と検索エンジンに入れてみた。youtubeに現れたのは「星降る夜は」という曲だった。「滅茶苦茶なのにカッコイイとは、ずるいではないか」と、また思った。
「それにしても」と一旦、立ち止まる。「星の降る夜なんて、経験したこと、ねぇな。雨の降る夜のことは、いくつも覚えているけど」と、ふたたび頭を動かし始める。PCから流れ出る音は、朝にふさわしくなく、とても、大きい。
朝飯 スクランブルドエッグ、菠薐草と海苔のナムル風、茄子の揚げびたし、納豆、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、若布とパプリカの味噌汁
昼飯 茄子と乳茸のつゆによる素麺
晩飯 「京都蒸留所」の「季の美」(ソーダ割り)、トマトとレタスのサラダ、2種のパン、ポテトとマッシュルームとソーセージのソテー、2種のチーズ、ババロアのブルーベリーソース、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.1(月) 夕刻までは
四季の中でもっとも好きな季節は夏だ。理由を数え上げればキリが無い。身軽に動ける、ということも、そのひとつだ。今日の仕事は服装を問題としない。よって履き物はゴム草履にした。
指定されたスタジオには9時20分に着いた。商品撮影の立ち会い、という仕事が僕は好きだ。デザイナーやカメラマンは、いろいろなことを考えている。しかし僕はほとんど、撮影される商品を注視するのみだ。するとスタジオの広さにかかわらず、そのうち僕は、小さな箱に閉じ込められた気分になってくる。閉所でひとつのことに集中している、という状態が、僕はことのほか好きだ。江戸川乱歩の小説で、幻灯機の中に閉じ込められてしまった男の話がなかったか。
商品撮影は大抵、香盤の通りには進まない。つまりいつ終わるかが正確には分からない。だからその後の予定も立てづらい。今日の撮影は、意外や12時05分に完了した。いまいる場所は上野と浅草のあいだに広がる寺院群の中。夕刻までは何をして過ごすべきかと、しばし考える。
朝飯 焼き鮭、煮卵、納豆、唐辛子の炒りつけ、柴漬け、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 「ドトールコーヒーショップ」のトースト、アイスロイヤルミルクティー
晩飯 「尾張屋」の2種のお通し、穴子の煮こごり、鯨ベーコン、おでんあれこれ、「立山酒造」の本醸造酒(冷や)、燗酒







































































































































