トップへ戻る

MENU

お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2024年7月の日記31本

2024.7.31(水) すべての子供は

早朝に天気が良ければ、しばしば屋上に上がる。そして微風に吹かれる。夏の朝の空は、ことに美しい。しかし「東京物語」で笠智衆の歎賞したような夜明けには、ひと夏で何度も出会えないような気がする。尾道の高台から海と街を眺めつつ「今日も暑うなるぞ」と、笠智衆はつぶやく。そのころの暑さにくらべて、今の暑さは気温にして10℃は高いのではないか。きのう県南の佐野市では41℃を記録したという。

日中、両親と3人のお子さんがお客様として店に入っていらっしゃる。長男は活発らしく、外へ出て犬走りを右へ左へと走っている。一方、次男は書籍部の棚から児童書を取り出し、しゃがんでそれを読み始める。その姿勢に疲れると、本を持ったままお客様がお茶をお飲みになるベンチに移動し、ふたたび本を開いた。本は売りものである。一方、子供のページを繰る手は丁寧でない。内心おだやかではないものの、本の好きな子供にそれを中断させることも気の毒に思われ、しばらくは黙っている。「買って差し上げたらいかがですか」とご両親に進言するのも、なにやら押しつけがましく感じられる。しかし遂にご両親にはその本が売りものであることをお伝えし、子供さんには注意を促していただく。

夕刻ちかくに、これまた両親と3人のお子さんが、お客様として店に入っていらっしゃる。らっきょうのたまり漬の試食をお勧めすると、お父さんのみがそれをお取りになった。長女と弟はお母さんと一緒に店の中を歩きはじめる。次女のみがお父さんを追って、休憩場所の方へと歩いて行く。

その、小学4年生くらいの次女にも、らっきょうの試食を勧める。女の子はすこし躊躇った後、それを受け取った。「チャレンジだね」と、僕は声をかけた。

会計をされようとしているお母さんの側に、先ほどらっきょうのたまり漬を試食した女の子が立っている。女の子の視線はどうも、僕に向いている気がする。しかし僕は、キャッシュレジスターのディスプレイを人差し指でタップすることに神経を注いでいる。女の子は家族と共に店を出ようとしながら僕を振り向いて手を振った。即、僕も手を振り返す。

すべての子供は幸せになるべき。そしてできるだけ長生きをして欲しい。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、茄子の揚げびたし、トマトサラダ、鮭の親子漬け、水茄子のぬか漬け、メシ、若布と小松菜の味噌汁
昼飯 生玉子と胡麻のつゆの素麺
晩飯 手巻き鮨、「小林酒造」の「鳳凰美田剱」(冷や)

2024.7.30(火) 夏であれば

早朝、4階の南東に面した窓と、北西に面した窓を開け放っても、食堂に風は通らない。しかし冷房をかけるほどの蒸し暑さでもない。試みにシャツを脱ぎ、上半身はだかの状態でコンピュータに向かってみる。とても気持ちが良い。

6時30分に家内が来て、なぜ裸でいるのかと訊く。シャツを着て冷房を入れれば良いではないかという。僕としては、夏の朝の空気を楽しみたかったのだ。9月も彼岸を過ぎれば秋風が吹く。それまであと2ヶ月。貴重な夏、である。

と、ここまで書いて「空気ということばにもいろいろな意味があるな」と考える。上記の「空気」は肌に感じる物理的なものだ。動植物が呼吸をするためのそれも物理的なものだろう。山本七平の「空気の研究」の「空気」は、また別のものだ。それとはまた別の「空気」を感じたのは、インドのヴァラナシで、だった。夜、郊外のひとけの無い道を歩きながら感じた空気は、まるでゼライスの海を泳いでいるような濃さだった。「なぜタイばかりへ行くのですか」と訊かれると「あの国の空気はユルいんですよ」と答える。この場合の「空気」は、またまた別のものだ。

日記の文章部分は書けていても、最上部に置く画像を用意できないために更新ができない、ということがしばしばある。このところは空のそれが続いている。夏の空、夏の雲が好きなのだ。「夏であれば、すべてよし」というところが、僕には、ある。


朝飯 鮭の昆布巻、納豆、小松菜の胡麻和え、牛蒡と人参のきんぴら、らっきょうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、蕪と胡瓜のぬか漬け、メシ、オクラと若布の味噌汁
昼飯 揚げだし茄子と胡麻ののつゆの素麺
晩飯 トマトと玉葱のサラダ、パン、スパゲティミートソース、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018

2024.7.29(月) ところのもの

「しばしばするところのもの」という、これは文節なのか、それより長い単位なのかは分かりかねるが、とにかく一昨日の日記には、その文字の連なりがある。僕が中学生のころ、関係代名詞を含む英文の和訳には上記の「ところの」という、聞き覚えのない表現がかならず用いられた。今はどうなのだろう。

試みに”the pen which I use everyday.”とGoogle翻訳に入れてみる。「私が毎日使っているペン。」と、たちどころにその和訳が現れる。「私が毎日使っているところのペン」とはならない。ということは、英語の教師が使っていた「ところの」とは、そのころの教育に限られたものだったのだろうか。

自分の旅の最中の英語を思い出してみれば、関係代名詞は見事に使わない。本来であればそれを入れるべきところでも、面倒だから飛ばして話す。それで通じてしまうのだから、仕方が無い。

神保町の岩波ビルの上階にあった英会話学校に通っていた20歳のころのこと。エレベータに乗ると、英国人の講師ふたりが”eny”を使うべきところに”some”を用いていて、いささか驚いた。驚いたとはいえ僕は楽な道へとは進まず、その後も”some”と”any”は使い分けている。あるいは上記のふたりは英語を母語とする人にのみ共通する感覚で、自然と”some”を選んだのかも知れない。

数年前までは、英語やタイ語の教則本を買うこともあった。しかしいずれも8、9ページから先へは進めないまま本棚の肥やしになっている。

脳の中に、英語の単語や表現は、もはや増えない。タイ語はいまだ、すこしは入る。入れないことには、特に田舎においては、行きたいところへ行けない、食べたいものを食べられない、ということが起きるのだ。


朝飯 茄子の揚げびたし、隠元豆の鰹節かけ、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 揚げだし茄子のつゆの素麺
晩飯 隠元豆の胡麻和え、南瓜の甘煮、茄子の揚げびたし、牛蒡と人参のきんぴら、ミートローフとピーマンのソテー、メシ、梅干、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん}、「小林酒造」の「鳳凰美田剱」(冷や)

2024.7.28(日) 盆カレー

きのうに引き続いて2時台の起床。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約が、ぐるなび経由で入っている。ご返事をお送りするに当たっては、重複予約を防ぐため、事務室の壁に貼った一覧表を参照する必要がある。問題がなければ当該のご予約をその表に記す。そのため1階へ降りる。

通路に置いた棚の資源ゴミが目につく。事務室の裏の段ボール箱から専用の袋を引き抜き、それにゴミをまとめて外へ出す。そうして4階へ戻り、きのうの夜には準備できなかった味噌汁の出汁を引くことを始める。昆布はいまだ在庫がある。しかし煮干しはきのう払底したことを忘れていた。よってふたたび1階へ降り、冷蔵庫からあらたな煮干しひと袋を取り出して4階へ戻る。

昆布のみ入れられているミルクパンに開けたばかりの袋から煮干し1匹をつまみ出して入れ、水も300ccを入れる。そして食卓へ戻ると、そもそも最初に必要とした隠居の予約表を、いまだ事務室から持って来ていなかったことに気づく。そして三たびエレベータに乗る。こういう二度足三度足を、僕は日に何度もやらかす。

毎週の土日月に営業する隠居は、きのう、今日、明日と満席。来月は3日の土曜日がほぼ満席。10日の土曜日もほぼ満席。お盆には季節のおかずのひとつとしてカレーも用意すると家内は言っている。そのお盆とは、いつからいつまでを想定しているのだろう。僕もひとりの客として食べてみたいところではあるけれど、お盆は本店も繁忙につき、実現不可能な妄想ではある。


朝飯 トマトのスクランブルドエッグ、納豆、茄子の揚げびたし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 揚げだし茄子のつゆの素麺
晩飯 スパゲティナポリタン、Chateau Tour Haut-Caussan 1993

2024.7.27(土) 驟雨

枕頭にiPhoneはなかったから、現在時刻は分からない。起きて服を着て顔を洗う。洗面所の電波時計は2時53分を差していた。極端な早寝早起きによる昼夜逆転は、僕のしばしばするところのものである。

仏壇のことを済ませてから食堂の卓上にコンピュータを開き、きのうの日記を書こうとすると、果たしてそれはきのうの朝に書き終えていた。その日の日記をその日の朝に書き終えてしまうと、当然のことながら、その後に起きたことは書けない。その、きのうの「その後に起きたこと」を以下に記す。

未知の人ではあるが、とても魅力的なポシェットを身につけていたたため、思わず呼び止めて、そのブランドの名を訊いたことある。場所は新大阪駅の、プラットフォームからコンコースに降りる階段の途中。時期はこの日記では遡れないところからして、2000年より前になるだろう。

きのうはそのとき以来の、おなじことをした。お客の履かれている靴が、あまりに僕の物欲をそそったのだ。甲の前方には”White’s”のセミドレスシューズとおなじ飾りが付いている。頑丈そうではあるものの、革にはシボがあって柔らかそうだ。底の脇には”Vibram”の黄色い浮き文字がある。しかしブランドは分からない。それをお訊きしようとしたところに来客があって、一旦、事務室に引き上げる。

戻った店にお客様の姿は既にして無かった。しかし同伴の方はいまだ買い物をしていらっしゃる。外へ出てあたりを見まわす。駐車場の北側に白いワゴン車が駐まっていて、その後席にお客様らしい姿が見えた。近づくとお客様はスライド式のドアを中から開けてくださった。

お客様はその靴について、親切に教えてくださった。事務室に戻り、そのブランドの実店舗を検索エンジンで探す。店は意外に多く存在していた。東京では東側に用事の多い僕に、新宿や渋谷は遠い。しかしその靴を扱う店は、銀座や日本橋にもあった。次の東京行きの際にはぜひ、訪ねて試し履きをしてみようと思う。

夕刻に驟雨があって、10分ほどで止む。


朝飯 穴子の佃煮、鮭の昆布巻、鮭の親子漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 若布の素麺
晩飯 南瓜の甘煮、具だくさんの冷や素麺、「虎屋本店」の「七水山田錦40純米大吟醸」(冷や)、バニラアイスクリームを添えた桃のコンポート

2024.7.26(金) お楽しみ

間近に控えた小さな旅に、手持ちのカバンのうちどれを使おうかと悩んでいる、と奥さんに告げたところ「いろいろとお楽しみがおありでよろしゅうございますね」と返され、ムシャクシャしたから床屋へ行った、というくだりが高橋義孝の随筆のどこかにあった。旅を前にしてあれこれ悩むとは、僕にとっても大きな「お楽しみ」である。

ホテルのランドリーに頼む洗濯物は、次の日の午後に届けられることを想定している。しかし先月のタイ行きでは、どのホテルでも洗濯物は当日の夕刻に仕上がってきた。そのため持参したシャツのうち、使われることなく持ち戻ったものが数着に及んだ。必要の無いものはたとえ紙1枚でも持ちたくない僕にとっては由々しきことだ。

旅の日程はコンピュータの”TR”というフォルダに納めてある。その、今秋のそれを眺めつつ、持つべきシャツの枚数に、僕は高橋義孝と同様、悩んでいる。

チェンライの前半の宿は洗濯室を供えていないらしい。洗濯屋のオバサンに頼めばできあがりは翌日。しかしコインランドリーを使えば2時間で洗い上がる。後半のホテルは、予約サイトによればドライクリーニングもできる旨のアイコンがある。最後に1泊だけする首都のホテルは15時までのレイトチェックアウトが保証されているものの、前日に出した洗濯物がその時間までに仕上がる確約は無い。

昨春のハジャイでは、僕のスーツケースに2本の四合瓶のあることをエックス線により知ったオネーサンに「次からは決まりを守ってください」と注意をされた。タイに持ち込める酒類の上限は1リットルだという。オネーサンが見逃してくれたのは、僕が白い襟付きのシャツを着ていたからではなかったか。意味の分からない人は高城剛の「サバイバル時代の海外旅行術」を読んで欲しい。


朝飯 トマトのソテーを添えた目玉焼き、万願寺唐辛子の網焼き鰹節かけ、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、オクラと若布の味噌汁
昼飯 梅干の素麺
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、安いマコン、コーヒー

2024.7.25(木) 雷三日

きのうの日記を書き終えても時刻は5時20分。時間の余裕は早起きの醍醐味のひとつと思う。

今月16日の終業後に荷札を作成した海外への小包は、その後なにかと忙しさが続き、投函は19日にずれ込んだ。そしてそれはおとい23日に無事、相手方に届いた。郵便局が週末の配達をしなくなって以降、目と鼻の先へのハガキでも到着までに4日を要することもあるようになった。海外への小包がおなじ4日で届くとは、驚くべき速さである。数百円を足して書留にしたことも、その速さには関係しただろうか。とにかく良かった。

14時より、秋に復帰する社員との面談。その最中に盛大な雷が始まる。僕はこの齢まで知らずに来てしまったが「雷三日」ということばがあるという。雷は月曜、火曜と続いて、しかしきのうは無かった。1日の間が空いても今週の雷は「雷三日」のうちに入るのだろうか。

19時を前にして雨が降ってくる。僕が書記と酒の取り寄せ係を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」は19時30分の開会。今日の会場は家からごく近いところだから、雨でもそれほどの億劫さは感じない。19時20分に会社の通用口を出ると、しかし先ほどまでの強雨は止んで、街は一気に涼しくなっていた。


朝飯 刻みオクラの鰹節かけ、牛蒡と人参のきんぴら、玉子焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、おとといの天ぷらと若布の味噌汁
昼飯 揚げだし茄子の素麺
晩飯 “Johnny’s Cafe 638″の酒肴あれこれ、ゴルゴンゾーラチーズのスパゲティ、5種の日本酒(冷や)

2024.7.24(水) 挑戦

秋にシンガポールでの商談会に商品を出す。帰りはバンコクを経由するつもりでいる。楽しいところがあったら教えて欲しい。そういう相談を取引先の社長から受けたのは、冬の寒さが遠のきつつあったころのことだった。

先月のタイ行きでは、この社長のことをときおり思い出していた。僕の結論はズバリ、以下の3つに落ち着く。

1.チャオプラヤ川に面した料理屋での、夕刻いまだ明るいうちからの食事。
2.ナナやチョノンシーに点在する庶民的なルーフトップバーでの食事。
3.巨大なビール醸造所タワンデーンでの食事とショーの見物。

しかし社長はひとりでの行動だという。上記の3個所は、いずれもひとりでは楽しさが半減する。商社に社長の知り合いでもいれば幸いである。

さてその社長から夕刻にメッセージが届いた。宿泊はアトランタホテルを考えている。お勧めの部屋はどちらかと、ホテルのURLが添えてあった。僕は即、ちかくにいた長男にそのことを伝えた。「いやー」と、長男は懐疑的な声を発した。いかにもハードルが高い、ということだろう。

アトランタホテルの美点はひとえに、他においてはとうに失われてしまったクラシックさにある。しかしここに泊まるにはシャレを楽しむ気持ちと痩せ我慢が必要だ。僕は面白がって冷房の無い最上階の部屋を選び、汗まみれになっていた。1泊目の夜の明けるころ外の気温の方が低いことに気づき、以降は終日、ベランダの戸と部屋のドアを開けて風を通した。エレベータは無いから、日に何度も足腰の鍛錬ができた。プールサイドの寝椅子は硬い。

「よーし、チャンレンジだ」という気持ちが社長にあれば、もちろん、推薦すべき宿ではある。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、ピーマンの油炒め、茄子の揚げびたし、納豆、大根と胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、若布ときのうの天ぷらの味噌汁
昼飯 茄子の揚げ出しのつゆの素麺
晩飯 チーズ、TIO PEPE、ビーツとベビーリーフのサラダ、じゃがいもと人参とトウモロコシのソテーとたまり漬によるソースを添えたビーフステーキ、Chateau Tour Haut-Caussan 1993、ケーキ、Old Parr(生)

2024.7.23(火) 本を読む環境

早朝、「汁飯香の店 隠居うわさわ」の先週のお客様の、書き残してくださった情報をコンピュータに入力する。それを終えて時間を計算したところ、入力にはおひとり様あたり1分と少々を費やしていた。

開店の8時30分より前にお客様に恵まれる。その後も客足は途切れず、9時を過ぎたところで外に置いたインパチェンスのひと鉢が萎れていると、女性のお客様よりご指摘を受ける。前述のように開店前からお客様がいらっしゃったため、今朝は水遣りができなかったのだ。

朝日をふんだんに浴びていた当該のインパチェンスには水を遣った後、冷房の効いた店内に長男が引き入れた。しばらくすると花も葉も見ちがえるほど生気を帯びてきた。このひと鉢に関しては当分のあいだ店の中に留めるべきと、長男は言った。

昼ごろ、その鉢の場所をすこし移そうとして持ち上げたところ、鉢の底の皿から水がこぼれた。そのままにしておけば床のワックスが白くなる。よって下に敷くべき古新聞を事務室の裏から取って戻る。一部を丸ごと敷いたのでは厚みが過ぎるから適当な枚数を選ぶうち、日本経済新聞の最新の書評欄に「パリの都市計画 権力と摩擦」という1冊を見つける。

床にこぼれた水の処置を終えてから、その「新凱旋門物語」の書評を読む。活字を追う目は更に「活字の海で」のコーナーへと降りていく。見出しには「お酒・食で広がる読書体験」とあった。

先般、日光市立今市図書館館長のワタナベトモアキさんと店頭で立ち話をさせていただいた。その際、活字を欠いてはひとりで飲酒喫飯ができない僕の性癖について述べ、銀座からは行きつけだった近藤書店、植草甚一の愛したイエナ、また旭屋書店や福家書店も失われてしまったと続けた。

「お酒・食で広がる読書体験」を提供している書店については「飲み食いをしている全員が机上に本を開いている風景とは、一体全体、どんなものだろう」とは思う。


朝飯 茄子の揚げびたし、大根おろしを添えた納豆、「らっきょうのたまり漬」とツナのマヨネーズ和え、大根と胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 天ぷら其の一、天ぷら其の二、素麺、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)

2024.7.22(月) ようよう

目を覚まし、しかしすぐに起きることはせず、闇の中で静かにしている。しばらくして枕頭のiPhoneを手元に引き寄せると時刻は3時57分だった。即、起きて洗面所を経由して食堂に出る。食器棚の電波時計は4時を20秒だけ過ぎていた。

こうして書き出した日記は、朝食までに起きたことのみを記して終わることが多い。つまり僕には朝にすることが多い、ということだ。それを苦にすることはまったく無い。むしろ、このひとりの時間を過ごすために一日がある、と言っても過言ではないような気がする。

2020年3月、ウドンタニーでマッサージ屋のおばちゃんに「夜は遊びに行くのか」と訊かれた。「興味が無い」と答えると「夜の街は金のことばかり」と、おばちゃんは”money”という言葉を繰り返した。僕にとって夜に使う時間は価値が低く、朝に使うそれは、何をしているというわけでなくても、とても高く感じられるのだ。

日中、秋のタイ行きに際してのホテルを予約する。チェンライでの前半4日間は街の真ん中、後半の3日間はコック川沿い、それも「川向こう」に取った。川向こうでも予約サイトによれば貸し自転車があるというから、昼食を摂るため街へ出るにも苦労は無いだろう。バンコクでの1泊は空港までの道のりを考えて、中心部でもやや空港寄りに決めた。8泊の総額は日本円で43,732円だった。

夕刻、航空券を頼んであった旅行社からメールが入る。羽田、バンコク、チェンライのタイ航空機による往復は燃油サーチャージ、外国諸税、空港施設使用料、手配手数料を含めて109,200円だった。昨年のハジャイ行きのほぼ半額、6月のスコータイ行きにくらべても2割ほど安くなっている。

テレビや新聞は、起きていることを、より大げさに伝える傾向がある。4人でハワイへ1週間の旅行をして200万円を費やした、という家族をテレビのニュースで観たことがある。「ドルに対する円の相場が低いときに、なぜそんなところへ行くのか」と、僕などは驚くばかりである。

初更、夕立があって、雷が鳴る。ようよう、本当の夏が来たらしい。


朝飯 生玉子、茄子の揚げびたし、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布の味噌汁
昼飯 胡麻のつゆの素麺
晩飯 “THE FLYING-GARDEN”のひらひらマッシュルームサラダ、こだわりビーフシチューハンバーグ、カラフの赤ワイン

2024.7.21(日) 自動翻訳機

貸し出し式の携帯電話の夢を見ながら目を覚ます。なぜそのような夢を見たかといえば、7月13日の日本経済新聞で紹介された、AIのディープラーニングを利用した自動翻訳機のことが頭に残っていたためと思われる。「携帯電話と自動翻訳機のどこが関係しているのか」と問われれば、海外で通じる携帯電話をはじめて使ったのが2002年11月のシンガポールであり、それと、手に入れれば海外で使うことになるだろう翻訳機が、多分、頭の中で結びついたのだ。

6月のシーサッチャナーライでは、ホテルのオネーサンと僕との会話はほとんど、オネーサンのスマートフォンを介して行われた。オネーサンがスマートフォンにタイ語でなにやら呟く。そのスマートフォンには翻訳された英文が浮かぶ。それを僕は読んで、オネーサンが僕の口元に向けたスマートフォンに英語で答える。スマートフォンには翻訳されたタイ語が示される。それを読んだオネーサンが… ということを繰り返した。僕はタイの草深い田舎にいながら未来を生きているような気分になった。そして「なるほど、こういうホテルも、それはそれでありだ」と感じた。

自動翻訳機にはとても興味がある。なぜそれを手に入れないかといえば、ひとつは紙1枚でも余分には携帯したくないという性格。もうひとつは「口でしゃべっちまった方が早えぇじゃねぇか」という考えによる。

「口でしゃべっちまった方が早えぇ」とはいえ、僕の場合、英語で込み入った会話はできない。タイ語に至っては、メシ屋で注文を通すとか、道を間違えそうになっているタクシーの運転手に修正を促すくらいのことしかできない。しかし自動翻訳機は「ありがとうございます。でも結構です」というあやふやな日本語まで正確に訳してくれるという。

そういう次第にて、自動翻訳機には大いに興味がある。しかしそれを手に入れて携帯するということは、かなり高い確率で無いような気がしている。


朝飯 穴子の蒲焼き、鮭の昆布巻、鮭とイクラの麹漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと大根と若布の味噌汁
昼飯 胡麻のつゆの素麺
晩飯 白茄子とトマトのオリーブオイル焼きを添えたプレーンオムレツ、パン其の一、パン其の二、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018

2024.7.20(土) 風鈴ふたたび

起きて服を着て洗面所に移動をしたら、カーテンに隙間を作って空を見る。快晴ではないものの、晴れている。空は一時もじっとしていない、などと書けば何やら高村光太郎のようではあるけれど、食堂の湯沸かしに電源を入れて即、屋上へ上る。そうしてiPhoneのアプリケーションのフィルターのうち、どれを選べば実際の色にちかくなるを確かめつつ、あちらこちらにレンズを向ける。

今週は火曜日、水曜日と、早朝に足温器を使った。土曜日の今朝は一転して、食堂の空気調整器を冷房にして動かす。「関東の梅雨はおとといの木曜日に上がったのではなかったか」と検索エンジンに当たると確かに「関東甲信地方と東海地方が梅雨明けしたとみられる」との、気象庁による18日の発表があった。

6時より、きのうの夜から仕込んでおいた麺つゆの仕上げにかかる。それと平行して朝食の準備を整える。午前、重い長脚立を隠居に運び、軒先に風鈴を提げる。苦労をして取り付けたものであれば、できるたけ頻繁に鳴って欲しい。


朝飯 トマトサラダ、生玉子、麺つゆから引き上げた椎茸、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と玉葱と若布の味噌汁
昼飯 胡麻のつゆの素麺
晩飯 トマトサラダ、白茄子のオリーブオイル焼き、パン、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018

2024.7.19(金) 風鈴

13日にお墓に供えた花は、翌日に水を換え、以降は雨が続いたため、そのまま置き放っていた。晴れたきのうは仕事と東京行きで、手入れはできなかった。今朝はようようお墓を訪ね、いまだ保ちそうではあるものの、花は処分し、花立ては入念に洗う。

Tik Tokのアカウント「梅太郎」に寄せられたコメントにはほとんど返事をしている。今日は、いくつかに混じって「納豆は匂いが苦手で、生まれてこのかた一度も口にしたことがない。克服の方法はあるだろうか」という質問が上がっていた。

僕は、20代のはじめまではパクチーとホヤが苦手だった。それを年長の友人ヨコタヒロシさんに話したところ「食いが足りねぇ」と言われた。「なるほど」と得心して、パクチーは台湾料理の台南担仔麺へ行くたび単品で注文して食べに食べた。ホヤも居酒屋の品書きに見つければかならず頼んで食べた。

パクチーは、タイでは日本の長葱くらいの頻度で料理に使われる。今や僕は、タイで何かを食べても、そこにパクチーの風味をいちいち感じることはない。というか、それではまるで味盲のようだから言い換えれば、特に意識はしない。ホヤは、生でも莫久来でも好む。いわゆるスパルタ式による克服であり、それを質問者への答えとした。

午前、秋の航空券を、馴染みの旅行社にメールで発注する。「確認でき次第ご案内させていただきます」との返信が夕刻に届く。最北部から戻ったバンコクの滞在は、結局のところ1泊に留めた。

夕刻になってはじめて、犬走りの梁に風鈴の提げられていることに気づく。これまで風鈴は僕が取り付けていた。今年はそれを、長男がしてくれたのだろう。風鈴は隠居の軒先にも、できるだけはやく提げるべきだろう。


朝飯 キャベツとピーマンのソテー、トマトのスクランブルドエッグ、納豆。南瓜の甘煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 蛸のサラダ、パン、ブロッコリーのソテーを添えた鶏のトマト煮、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018、ロールケーキ、Old Parr(生)

2024.7.18(木) hopping

今日は東京で4つのすることがある。朝から午前にかけての仕事からして、列車に乗れるのは10時前後になるだろう。スマートフォンのアプリケーションを立ち上げる。条件に合うのは下今市10:34発のスペーシアX2号だった。即、もっとも安い普通席に座席を確保する。

浅草から神田、神田から新橋、新橋からは徒歩で銀座、銀座から日本橋と、銀座線の走る上を移動しつつ「まるでアイランドホッピングみたいだ」と感じる。

「琉球列島の南下はクセになる」とは、同級生のコモトリケー君がむかし言ったことだ。「海燕ジョーの奇跡」も、琉球列島を南下しつつ展開する物語ではなかったか。そして「オレも南の海へ行けば、アイランドホッピングをするだろうか」と考えて即、打ち消す。僕ならひとつの島の、椰子の葉陰でずっと寝ていることだろう。

日本橋まで来て時計を見ると時刻は16時を過ぎたばかりで「だったら家でメシが食えるじゃねぇか」と、早めの帰宅を決める。

浅草で時間を調整するときにはいつも、駅の上の「くまざわ書店」へ行く。新聞の書評の下に当該の本を置いた一角にはいつも、心惹かれる数冊がある。今日も2冊を脳に刻み、しかしそれらを実際に買うかどうかは分からない。家の棚にはいまだ、読んでいない本が山ほどあるのだ。


朝飯 生のトマト、茄子とピーマンの油炒め、大根おろしを添えた納豆、目玉焼き、「なめこのたまり炊」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、茗荷と若布の味噌汁
昼飯 「ドトール」のチーズトースト、コーヒー
晩飯 枝豆、春雨サラダ、空心菜の牡蠣油炒め、焼き餃子、紹興酒有限公司」の「紹興貴酒」(生)、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)

2024.7.17(水) 思案

夜の雨は止んだらしい。しかし地面はいまだ濡れている。朝4時すぎの気温は、きのうのそれほどは低くない。窓を開けて風を遠し、しかし温風の出る足温器は、きのうに引き続いて使う。

今日は月に1度の店休日で、店は閉めているものの、ほとんどの社員は出社をして、それぞれの仕事に従っている。店休日には道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で商品を買ってくださるお客様が増えるため、朝は普段より多めに納品をする。それが長引いて、8時30分からの、隠居での場長会議には、すこし遅れて参加をする。

この会議の最後のところで、9月の下旬から10月の上旬にかけてタイへ行くことを皆に伝える。行き先は、オートバイがあればミャンマーにもラオスにも90分ほどで行くことのできる最北部チェンライ。することはいつもと変わらずプールサイドでの本読み。チェンライの美点を3つだけ上げるとすれば、静かで食事が美味く物価が安い、となるだろうか。

往路はいつもと変わらず羽田00:20発のタイ航空。深夜便を嫌う人もいるけれど、時間を有効に使える点において、僕はこれを好む。スワンナプーム空港には04:50着。チェンライへの乗り継ぎ便は、コロナ前はタイ航空の07:25発があったものの、現在は08:20発になっていて、何となく面白くない。

帰りにバンコクで何日を過ごすか、というところにのみ迷いはある。これまでは、地方から東京へ戻るときには、バンコクに1泊のみのことが多かった。「たかだか1泊で何ができるか」という気持ちがある一方「1泊で充分じゃねぇか」と考えるところもある。しばらく思案してみることにしよう。


朝飯 グリーンアスパラガスのソテーを添えたオムレツ、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、トウモロコシの炊き込みごはん、揚げ茄子と揚げピーマンの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯「食堂ニジコ」から持ち帰った豆腐の塩煮、海老春雨丼の頭だけ、鶏の唐揚げ、「カルフールキッチン」の稲荷寿司、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)

2024.7.16(火) 荷札の作成

きのうに続いて3時台の理想的な起床。食堂に来て即、窓を開ける。小雨が降っている。しばらくすると肌寒さを覚えて、冬から仕舞わずにいた足温器の電源を入れる。まさに梅雨寒、である。

今日の配達は、製造係のタカハシアキヒコ君。最初のお届け先はタカハシ君にとって未知の会社。更には僕が顔を出した方が良さそうなお得意様だったため、タカハシ君のトヨタハイエースを僕の運転するホンダフィットで先導する。タカハシ君と別れて後は、そのまま銀行へと向かう。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」は、今日は月に1度の定休日。この施設ができた当初は、社員の誰もが配達できるよう経験を積んでもらった。しかししばらくするうち、定形の仕事に縛られない唯一の存在である僕が配達を担うようになった。その道の駅が休みの日には、何となく物足りない気持ちになる。

夏の贈答による事務室と製造係の繁忙は、いまだに続いている。事務室には出荷日別に分けられた発送伝票の箱が積み上がっている。本日お受けした地方発送の商品が出荷されるのは今月20日。つまり到着まで5、6日の時間をいただいている。それをお客様には許容していただけて、多いに有り難い。

賞与の支給に伴う社員との面談は、いまだ続いていて、今日はふたりと話し合いを持った。残るのはふたり。金曜日には完了の予定である。

海外に小包を送る必要があって、終業後に荷札を作る。午前に郵便局で教えてもらったところによれば、今年の3月1日より、手書きの荷札では、海外へ荷物が送れなくなったという。荷札の作成は「国際郵便マイページサービス」というサイトに自分を登録してから先へ進む。スマートフォンでも利用は可能とはされているものの、あの小さな画面にメールアドレス、パスワード、依頼主と届け先の住所などを指先1本で入力していては、一体全体、どれほどの時間を要するか想像もつかない。20分間ほどキーボードを叩き続けてようよう、1枚の荷札をプリンタから出力する。


朝飯 目玉焼き、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、菠薐草の胡麻和え、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とオクラの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 胡麻だれて食べる揚げ茄子と揚げピーマン、豚の冷しゃぶ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、アイスバー、Old Parr(生)

2024.7.15(月) 半纏を着て

早く寝ることに成功すれば、早く起きることにも成功する。「成功とは大げさな」と言われれば、酒の量が過ぎて食卓で眠ってしまうとか、湯船の中で眠ってしまうなどのことがあると、その後に上質な睡眠を得ることができず、早起きもできなくなるのだ。今朝は3時42分に起き、食堂には3時49分に来ることができた。

きのうの店は大繁忙で、販売係のサイトーミホコさんは「一杯一杯で」と言葉を残して帰った。三連休も3日目ともなれば、お客様の数も、きのうほどは多くならないだろう。朝のうちはそう考えたものの、時間によっては、また個々のお客様の要求によっては、やはり忙しくなった。

午前と昼どきに1度ずつ、お客様にご挨拶に来るよう家内から電話を受ける。そのたび大正時代のそれを数十年前に復刻した半纏を着て「汁飯香の店 隠居うわさわ」へ向かう。昼どきにはキャッシュレジスターの前を離れることが中々できず、家内をやきもきさせてしまった。

週初の銀行営業日の前日、つまり日曜日や今日のような連休の最終日は、閉店後に長く時間を取られることになる。1週間分の売上金をまとめて入金の準備をするほかに、今日は両替のための種銭の計算もあった。その仕事を6時50分すぎにようやく終えて、八坂祭の町内役員による直会の場所へと向かう。


朝飯 めかぶの酢の物、揚げだし茄子、甘唐辛子とトマトの油炒め、鮭の焼きほぐし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 揚げだし茄子のつゆの素麺
晩飯 「やまだ宴楽」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「アサヒビール」の麦焼酎「一番札」(お湯割り)

2024.7.14(日) 夜遊び

「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、きのうも今日も明日も満席。きのうは本店にて幾組かのお客様に案内を請われた。予約で埋まっている旨をご説明すると「予約制なんですか」と驚かれるが、隠居は別段、予約を必須とする店ではない。ただしご予約をいただけば承る。それが集積して、結局のところ満席になるのだ。予約の困難な店、というわけでもない。今週末は土曜日も含めれば三連休のため、たまたまご予約が集中したのだろう。

今朝、メーラーを起動すると、その隠居に手書きでは処理したくない数のご予約が今月や来月に入っている。よって4時30分に事務室に降りて、それらを紙に出力する。そして逐一、壁の表に転記していく。

そういえばきのうは、石牟礼道子の本を買ってくださったお客様が、夜の街でしばしばオヤジと会っていたと、教えてくださった。オヤジは酒は飲まなかったが夜遊びは好きだった。ある師走などは、31日間のうち30日は、30キロメートルちかく離れた宇都宮まで遊びに行っていたのではなかったか。僕はオヤジとは逆で、酒は好むが夜遊びはしない。夜は早く寝たいだけ、である。

6時前から朝食までのあいだに、今週金曜日に使い切ったステーキソースの次の分を、2019年7月13日のレシピに従って作る。安い肉でも嬉しい。週に一度はビーフステーキの食べたい今日この頃である。


朝飯 トマトサラダ、納豆、揚げだし茄子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と玉葱と若布の味噌汁
昼飯 胡麻のつゆの素麺
晩飯 スパゲティミートソース、Chablis Billaud Simon 2018、マドレーヌ、Old Parr(生)

2024.7.13(土) 夏のお祭

起きて食堂へ行くと、4階の、あちらこちらの窓は既に開け放たれていた。その窓から窓へと風が抜けて、とても気持ちが良い。梅雨どきとは思えない冷涼さは、どのような気圧の具合によるものだろう。

本日は中学2年生で病没した妹の祥月命日。家内は朝の6時より「汁飯香の店 隠居うわさわ」の厨房に入っているため、9時すぎにひとりで如来寺へ向かう。

お墓の土には、上手い具合に雑草は皆無。墓石は固く絞った濡れタオルで拭く。花は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」で直前に手に入れた小菊を一対。「献仏不假香多」により線香は短い3本を一対。

太陽は照っても湿度が低いため、気になるほどの汗はかかない。夏の花はすぐにしおれ、水もすぐに腐る。これからしばらくは毎朝、お墓に通うこととしよう。

今日も含めれば三連休にて、店は中々に賑わう。キャッシュレジスターには渋沢栄一と津田梅子が入り始めた。新しい紙幣は徐々に、市中に浸透しつつあるらしい。ということは、来週の釣銭の両替では、今月5日の日記に書いた紙幣よりまともなものが手に入るかも知れない。

夕刻、春日町1丁目の青年みこしと子供みこしが町内を回って、上澤梅太郎商店の前まで来てくれる。担ぎ手のほとんどは市内で働くベトナムの人。とても有り難い。そして我が家からは3人の子供が参加。こちらもとても、有り難い。


朝飯 生玉子、揚げだし茄子、鮭の焼きほぐし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 椎茸のつゆの素麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、家に帰ってからのシュークリーム、Old Parr(生)

2024.7.12(金) 異なる素麺

きのうの日記はおろか今日の日記、時には明日の日記まで書いてしまうことがある。更には書いたものの、同日のものとして別の日記も書けてしまったため、一方はエディタに保存したまま何年かが過ぎることもある。「日記を何年ものあいだ溜め置いて不良在庫にならないか」と問われれば、たとえば夏に書いたものは秋には使えない。しかし次の夏に公開をすれば、読む人は一向に違和感を覚えないだろう。

今朝の起床は5時の直前で、僕としては遅い方だ。しかし日記は昨日のそれまで書けているから、気分は大余裕である。

数ヶ月のあいだ使い続けた素麺が底を突いた。今朝は新たに届いた別の素麺の箱を開けた。素麺の適量は100グラムを1人前とする例が多い。汁のあるにゅうめんなら100グラムで充分な僕も、ザルに盛った素麺となると130グラムは欲しい。素麺は大抵、50グラムか100グラムでひと束になっている。従ってざる盛りの素麺を作るたび、半端が出る。

きのうまでの太めの素麺は、調理台の隅に40グラムが残っている。今日からの素麺は細い。よって今日の昼食がにゅうめんでも素麺でも、今日のそれだけは、太いものと細いものが混ざることになるだろう。それぞれの茹で時間さえ守れば、どうということもないと思う。


朝飯 ピーマンと夏葱の油炒め、トマトサラダ、納豆、鮭の焼きほぐし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、ブロッコリーのソテーとたまり漬によるソースを添えたビーフステーキ、Chateau Tour Haut-Caussan 1993、マドレーヌ、Old Parr(生)

2024.7.11(木) 田舎で本読み

毎年この時期になると、家内はウインブルドンのテニスの試合をテレビで観る。放映は深夜だから、家内の寝るころに僕は起きる。そして仏壇に花と水とお茶と線香を供える。

線香を上げ、リンを鳴らしつつこんなことを考えるのはいかがなものかと思いつつ「祈りが通じるということは果たしてあるのだろうか」ということが頭に浮かぶ。結論から言えば「エルサレムやベツレヘムを見てみろ」だ。何千年ものあいだ天文学的数字の人々が祈りを捧げつつ、同時に天文学的数字の人々が今も殺され続けているのだ。

きのうの日記を書くため本棚の前へ行き、伊集院静と西原理恵子による続きものの本の、最初の1冊を取って食堂に戻る。とうに忘れていたことではあるが、そこには伊集院静、西原理恵子、鴨志田穣による鼎談が納められていた。僕は本は読むそばから忘れる。鴨志田穣がサラエボで石川文洋に「ベトナムより怖いよ」と言われたことも勿論、忘れていた。だから僕は、おなじ本を何度でも読める。

昨月、タイにはドナルド・キーン編の「昨日の戦地から」と、それを読み終えてしまえば焦燥は必定により、おなじドナルド・キーンによる「百代の過客」の上編を持参した。活字は舐めるように大切に追う。全474ページの「昨日の戦地から」は結局294ページまでしか進まなかった。残りの180ページを日本で読むなどは勿体なくてできない。次のタイ行きに際しては、ふたたび上記の2冊を荷物に含めることになるだろう。

昨月はスコータイで3日を過ごした後、バンコクに1週間の滞在をしながら「やっぱり田舎が良いな」と感じた。秋にタイへ行けるとすれば、チェンライで本を読んで過ごしたいと思う。


朝飯 きのうの夜の残りの麻婆豆腐、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 揚げだし茄子と椎茸のつゆの素麺
晩飯 レタスとベビーリーフとビーツのサラダ、ポテトフライ、ズッキーニのソテーとたまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」を添えた和風ハンバーグステーキ、メシ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、マドレーヌ、Old Parr(生)

2024.7.10(水) 古典派

「静と理恵子の血みどろ絵日誌」という、伊集院静と西原理恵子による続きものの本がある。2013年に本を800冊ちかく処分した、そのときにもこれは残した。伊集院は真面目に文章を書いている。西原理恵子の挿絵には、その伊集院や自分を揶揄するものが多い。

この全6冊のどこに納められているかは今となっては探しようもない絵がある。それは伊集院が小料理屋の席に着くなり「なにか柔らかいものと強いお酒をください」と注文をするものだ。「なにか柔らかいもの」とは、柔らかければ何でも構わない、ということだろう。「強いお酒をください」についてはまぁ、苦笑いをするしかない。

その1枚の絵に、僕のこのところの夕食は近づきつつあるような気がする。僕の歯は歯科医も太鼓判を押す強さであるし、食感に特色のある食べものを好むため柔らかいものにはこだわらないものの、風邪で発熱でもしていない限り、アルコールは必須だからだ。

家内や長男に訊くと「そのようなことは決して無い」と真顔で答えるけれど、僕の場合、酒は食べものを美味くする過給機のようなもので、酒を欠いては料理に失礼、という気さえする。伊集院の求めた「強いお酒」が「なにか柔らかいもの」をより美味く食べるためのものだったかどうかは分からないけれど、僕にとって料理と酒は「手を携えて行く」ものに他ならない。

もっとも喫煙者がここ数十年のあいだに激減したように、僕も消えゆく古典派なのかも知れない。禁煙を掲げる飲食店が増えたことは、僕にとっては朗報である。しかしこれから数十年を経れば、禁酒を客に義務づける飲食店がほとんどになる可能性も否定はできない。時代は急に変わるのだ。


朝飯 グリーンアスパラガスのソテーを添えたトマトのスクランブルドエッグ、ウインナーソーセージのソテー、ミズの甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と夏葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 春雨サラダ、水茄子のぬか漬け、2種の焼売、麻婆豆腐、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)

2024.7.9(火) 夏の野菜

おとといの朝とは異なって、南東と北西の窓を開けても風は通り抜けてくれない。日光の山々から吹き下ろす風が、今朝は停まっているのだろうか。

僕のからだが気圧の変化に敏感かどうかは、人とくらべたことが無いから分からない。ただし気圧が低くなるに伴って、気管支の細くなったような感を覚えることがある。子供のころの運動性喘息の名残かも知れない。「鈍い」ということばには良くない印象がつきまとうものの、実際には利点の方が多いような気がする。

夏の賞与の支給を前にして、社員との面談を10時より始める。面談は、何十年か前に僕の意思によりその機会を作った。おととしまでは時間に区切りを設けず行っていたものの、それではいつ終わるとも知れず、前後の予定の立たないきらいがあった。よって昨年からはひとり20分の時間割を作り、1週間ほどで完了させることとした。そのころには梅雨も上がっているのではないだろうか。

それはさておき6月はじめとは状況が一転して、現在は野菜が大きく育ち、収穫が間に合わない畑もあると、テレビのニュースが伝えている。降雨と日照の具合が絶妙に良いことが、その理由だという。夏が好きなだけに、野菜も夏のものが一番、好きなような気がする。

「田舎に住んで美味いのは野菜くらい」と言った「食通」がむかし東京にいた。「野菜が美味けりゃ充分じゃねぇか」と、僕などは感じる。いまでは年間を通じて食べられる夏野菜ではあるけれど、秋が来る前にできるだけ食べておきたい。


朝飯 葱のオムレツ、茄子の揚げびたし、納豆、大根おろし、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、大根とズッキーニの味噌汁
昼飯 椎茸のつゆの素麺
晩飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、茄子の揚げびたし、蕪と胡瓜のぬか漬け、鰯の塩焼き、メシ、「朝日酒造」の「久保田百壽」(冷や)

2024.7.8(月) 新しい紙幣ふたたび

釣銭のうち千円札は、これまで新券と並券を交互に重ねて使っていた。ところが銀行の人によれば、新紙幣の発行に伴って、銀行に入ってくる新券が極端に減っているという。

先週の金曜日は150万円を、釣銭用として5千円札140枚、千円札800枚に両替した。千円札の新券は、800枚のうち210枚で、残りの590枚は並券だった。その並券のほぼ6割は「こんなお札は、お客様にはお渡ししたくない」と感じられる使い古されたものだった。ということは、釣銭のための両替がこれまでより頻繁になり、銀行に支払う手数料もそれだけ増す、ということになる。

「新紙幣の発行に伴って、綺麗なお札が銀行から供給されづらくなっています。使い古されたお札が釣銭に混じることをご容赦ください」とでもキャッシュレジスターの前に掲示すべきだろうか。しかしそのような長い文章を支払いの際にお読み下さる方がどれほどいらっしゃるかは疑問である。

前回の新紙幣の発行は2004年、前々回は1884年。ということは、20年後の2044年にも、新しい紙幣は発行されるのだろうか。「しかし物理的な通貨は今や…」という気もする。


朝飯 ピーマンと夏葱の油炒め、揚げだし茄子の胡麻和え、トマトサラダ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 揚げだし茄子のつゆの素麺
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、隠元豆のバターソテーとたまり漬によるソースを添えたビーフステーキ、Chateau Tour Haut-Caussan 1993、エクレア、Old Parr(生)

2024.7.7(日) レッテルの意匠

洗面所の時計は3時59分。顔と手を洗い、食堂に出ると棚の電波時計は4時を30秒だけ過ぎていた。「3時台に間に合わなくて残念」という気持ちにより、思わず「うー」と声が漏れる。空は既にして朝の気配を帯びている。南東に面した窓を開け、応接間を横断して廊下を歩いて北西に面した脱衣所の窓も開ける。その途端、北西から南東へと涼しい風が通り始める。

ここしばらくは、6月はじめからの「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様の情報をコンピュータに入力してきた。タイへ行っていたあいだに滞っていた仕事である。早く起きられたことを奇貨として、今朝は遂に先週までのお客様の入力を完了した。ここで時刻は5時40分。

6月30日に作った麺つゆが、早くも底を突くばかりになっている。僕の昼食だけでなく、今月4日に家族全員で蕎麦を食べたことが、使用量を多くしたのだ。そういう次第にて、きのうの夕刻よりその仕込みを始めていた。今朝は5時45分より鍋の水から昆布を引き上げ、干し椎茸は石づきの下端を切り落としてザルに上げる。厚削りの鰹節と宗田節は前回の5分から30分に時間を延ばして煮る。

味醂はきのう家内に買っておくよう頼んであった。しかし今朝になってその瓶を見てみれば、それは料理用の日本酒だった。レッテルのデザインに凝るあまり、内容が分かりづらくなっている。看板やレッテルの意匠はすべからく、金沢の「俵屋」ののれんのように一目瞭然であって欲しい。

「味醂の足りない分は、味をみながら砂糖を足していけばよい」と家内は言うものの、僕は設計図の通りに作らなければ気が済まない。即、小倉町のセブンイレブンへ行き、プライベートブランドのそれを買って戻る。時刻は6時05分。早く起きればそれだけたくさんのことができて嬉しい。麺つゆの作成は6時25分に完了した。

本日は日曜日。売り上げ高は閉店の直前になってようやく、きのうのそれを超えた。不思議な現象だと思う。なお、今日の東京都知事選挙において、石丸伸二の得票が蓮舫のそれを3割ちかくも超えたことについては、不思議な現象かどうかは分からない。


朝飯 焼きおむすび、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、若布と夏葱の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の冷やしたぬき蕎麦(大盛り・胡瓜の浅漬けは町内役員ツカハラノリコさんの差し入れ)
晩飯 チーズ、TIO PEPE、スパゲティナポリタン、Chablis Billaud Simon 2018

2024.7.6(土) 夏葱

新型コロナウイルスの蔓延により、2020年の春を境として、全国的に移動がままならなくなった。そのようなときに考えたのが「味噌汁セット」だ。上澤梅太郎商店の味噌やたまり漬をはじめ、日光産のお米、野菜、湯波などにより「せめてご自宅で日光・鬼怒川を味わっていただければ…」という願いが、この詰め合わせには込められている。

新型コロナウイルスが5類感染症に移行した今でも、このセットはお承りを続けている。そして今日もひとつ出荷が控えていることは、おとといのうちに事務係のツブクユキさんから伝えられていた。

その野菜を道の駅「日光街道ニコニコ本陣」が開店した直後の9時に手に入れる。今朝は珍しくズッキーニの出品が無かった。よって朝どれの胡瓜、トマトに加えて夏の葱も買い物カゴに入れ、いちどキャッシュレジスターに通した後で、葱については自分でも一把を買う。

葱の泥は農家の人により落とされていたものの、自宅へ戻っていまいちど水洗いをする。そしてザルに上げ、しばしその青さを眺める。夏の葱は、油で炒めて食べるのが最上かも知れない。


朝飯 トマトサラダ、焼きおむすび、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、若布と大根の味噌汁
昼飯 夏葱のつゆによる素麺
晩飯 「魚登久」の胆焼き、鰻重、「片山酒造」の酒粕焼酎「粕華」(生)

2024.7.5(金) 夏の庭

午前、厨房で仕込み中の家内に伝えることがあって、隠居の柴折り戸を押す。そこから一歩を踏み出したとたん、夏の庭の心地よさに陶然となって、勝手口ではなく、玄関の方に回り込んで、しばし立ちつくす。「汁飯香の店 隠居うわさわ」は朝食の専門店。午前の日の当たる南東の側には、既にして葦簀が立てかけられていた。

きのうの日記に書いたように、これから10日ほどのあいだの釣銭を確保するため銀行へ行く。5千円札を140枚、千円札は800枚を必要とする旨の申込用紙を確かめた女子行員は、1,000札の新券は10枚しか用意できない旨を説明した。釣銭であれば、これを欠かすわけにはいかない。残りの790枚は並券でも構わないことを伝えて一旦、銀行を去る。

店内にはお客様がお休みになる場所、およびキャッシュレジスターの真上に空気調整器がある。2台は現在、冷房に設定をされている。キャッシュレジスターの前に出ると、頭上から吹き下ろす風の温度はいささか低すぎ、勢いは強すぎる。しかし店の全体を冷やすには、それくらいの設定が必要なのだろう。寒さを感じるたび僕は外へ出て、今年最高とテレビのニュースが朝から騒ぎ立てている気温の中でひと息をつく。

午後、銀行から引き取ってきた釣銭には、北里柴三郎の千円札10枚が含まれていた。新券の不足は、しばらく続くと思われる。並券はまともなもののみをより分け、それを釣銭として使おうと考えている。


朝飯 トマトサラダ、ピーマンのソテー、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、納豆、ほぐし塩鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「こつぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 きのうの天ぷらを具にした素麺
晩飯 じゃがいもと夏野菜とウインナーソーセージのソテー、パン、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018

2024.7.4(木) 新しい紙幣

新しい紙幣が発行されるとのことで、テレビのニュースがかしましい。現在の紙幣にある肖像は、1万円札が福澤諭吉。これは1万円を「1ユキチ」などと書く例がインターネット上に散見されることもあって、忘れることはない。ところが5千円札になると、もう思い出せない。千円札は夏目漱石。

「さて、5千円札の肖像は誰だっただろう」と検索エンジンに当たると、1984年に発行されたものは新渡戸稲造、2004年に発行されたものは樋口一葉と出た。貧困と病苦の中で亡くなった樋口一葉が紙幣の肖像とは「皮肉もここに極まれり」で、僕としては気の毒でならない。そして現在の千円札は「新聞屋が商売ならば、大学屋も商売」の先生ではなく野口英世だった。

商売をし、毎日店に立っている僕の、紙幣を目にする、手にする頻度は、一般の人の数十倍だろう。その僕にしても、上記の通り、各々の紙幣の肖像は曖昧である。僕の注意力が散漫なのか、あるいは誰しも同じようなものなのかは知らない。

さて釣り銭用の金庫の中味がそろそろ減ってきた。明日には銀行へ、両替に行く必要がある。地方の銀行であれば、新しい紙幣は、いまだ届いていないのではないか。そして新しい紙幣にある肖像も、いずれは記憶の中で誰が誰やら分からなくなってしまうのだ、多分。


朝飯 トマトサラダ、春雨と木耳とキャベツの炒め、茄子と夏野菜の香辛料炒め、鶏挽き肉の餡かけ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 揚げ湯波のつゆの素麺
晩飯 「なめこのたまり炊」のなめこおろし、天ぷら其の一、天ぷら其の二、盛り蕎麦、「朝日酒造」の「久保田百壽」(冷や)、どら焼き、Old Parr(生)

2024.7.3(水) 御礼メール

早朝にすることのひとつは、きのうの閉店時から今朝までのメールの確認である。「汁飯香の店 隠居うわさわ」に、手書きでは処理したくない数のご予約が入っている。手違いがあってはいけないため、コンピュータを手提げに入れて事務室へ降りる。そして20分ほどのあいだに個々のご予約の紙への出力と、それぞれのお客様への御礼メールの送付を行う。

「ぐるなび」の予約システムには「リクエスト予約」と「即予約」のふたつの方法がある。「リクエスト予約」はお客様が空席の有無を問い、当方がそのご予約を「確定」させる。一方「即予約」は、お客様みずからが空席を押さえる形になる。

「リクエスト予約」をお受けして「確定」ボタンをクリックすれば、そのことはお客様に通知をされる。「即予約」に至っては、当方はなにもしなくても、お客様には席が確保できた旨が知らされる。しかし僕は加えて逐一、御礼メールをお送りする。それはなぜか。

列車の指定席は、スマートフォンのアプリケーションにより確保する。海外のLCCはコンピュータで席を確保し、その情報をスマートフォンに転送する他、スマートフォンに支障が生じたときに備えて搭乗券は紙に出力をしておく。相手が鉄道会社や航空会社の場合、当方の端末と列車や飛行機の席は確実に紐付けされている、という確信が「なぜか」自分の中には発生する。

料理屋の席もおなじく、スマートフォンやコンピュータで予約する。しかし相手が料理屋という個人店の場合には、先方の肉声や、先方がキーボードを打ってのメールが届かないことには、何とはなしの不安を覚えてしまう。それゆえ、僕は「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約にはかならず御礼メールをお送りするのだ。

7月7日の日曜日は、既にして満席をいただいている。次の14日の日曜日も、満席に近づいている。「汁飯香の店 隠居うわさわ」へいらっしゃろうとされているお客様は、お忘れなくご予約ください。どうぞよろしく、お願い申し上げます。


朝飯 グリーンアスパラガスのソテーと目玉焼き、揚げ湯波の煮付けを薬味にした納豆、揚げだし茄子、ミズの甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニと若布の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 「ジョニーズカフェ」のお通しのフォカッチャ、おつまみの盛り合わせ、生ハムとブーダンノワールのクロスティーニ、スパゲティカルボナーラ、フォンダンショコラ、BEEFEATER(ソーダ割り)、カラフの赤ワイン

2024.7.2(火) インパチェンス

梅雨どきにもかかわらず、素晴らしい天気だ。しかし時刻は5時を過ぎてしまっている。晴れた日の夜と朝のあいだの空を愛でるには、早く寝るに限る。20時台の就寝を目指すこととしよう。

犬走りに飾る花が、きのうから変わった。昨年は真夏の強い日差しにも耐えるというサンパチェンスを置いたものの、その日の夕刻には萎れた。以降は2ヶ月ほどのあいだ毎日、閉店時には鉢をバケツの水に漬け込み、開店時にはバケツから引き上げて架台に載せることを繰り返した。大変な手間だった。よって今年はそのサンパチェンスの原種ともいえるニューギニアインパチェンスを花屋の花一さんは届けてくれた。

上澤梅太郎商店の店舗は南東に面して終日、日当たりが良く、更に石畳が日照による熱を溜め込んで、下から鉢を炙る。そういう次第にて、今回は鉢を庇の奥に引き込み、水は朝に加えて閉店時にも遣り、すると鉢の底からは溢れた水が垂れるため、鉢は店内に仕舞わず、夜も外へ出し放つこととした。さてその首尾は、どのようなものになるだろう。

今年の関東地方の梅雨明けは、7月中旬と予想されている。梅雨入りが遅かったせいか「そんなに早く上がるのか」というのが実感だ。とすれば、今年の夏は長くなるのだろうか。夏の好きな僕にとっては、嬉しい限りである。


朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、揚げだし茄子、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 胡麻のつゆの素麺
晩飯 レタスと万能葱のサラダ、韮のチジミと牛肉の鉄板焼き、モロッコインゲンのバター焼き、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)

2024.7.1(月) タネ時間

会社、個人にかかわらず、経済活動をして利益を積み上げていくためには資本金、つまり種銭が必要になる。今朝は、時間を作るに際しても、先ずは種時間とでも呼ぶべきものの必要なことを実感した。時間に余裕が無いと、逆に無駄な時間を費やすことになり、すると更に時間のやりくりが苦しくなるのだ。当たり前といえば当たり前のことだが、面白い発見だった。

それはさておき今朝はまた、コンピュータの回線がルーターまでは繋がるものの、インターネットには到達できない、という事象が発生した。それを長男に告げると即、長男は外注SEのシバタサトシさんにメッセンジャーを飛ばした。

シバタさんは有り難いことに、開店前に駆けつけてくれた。疑うべきは光回線の不調、あるいは近隣での工事と考えてシバタさんは情報を集めるも、そのような事実は見つからない。そのうち今日が7月1日であるところから、インターネットに関する何かの契約が、6月30日で終了してしまったのではないか、というところに推理は落ち着いた。

取りあえずは応急処置として、僕のiPhoneで、事務室と店舗のすべてのコンピュータとエアレジをインターネットに繋ぐ。プロバイダのOCNが顧客との対応を始めるのは10時からとのことで、シバタさんは一旦、自社に戻った。

結論から言えば、インターネットの回線は昼ごろに復旧した。「汁飯香の店 隠居うわさわ」に繋がる別の回線は、明日以降に復旧させることとした。何かと忙しい1日だった。明日は落ち着いて仕事ができるだろうか。


朝飯 揚げだし茄子、生玉子、納豆、大根おろし、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 揚げだし茄子、ミズの甘辛煮、豆腐のステーキ、胡瓜のぬか漬け、「福禄寿酒造」の「一白水成」(冷や)

< 2024年6月の日記へ  2024年8月の日記へ >

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学