2020.1.26(日) 夜中に腹を空かせて
夜中に腹を空かせて目を覚ます。カレーライスが食べたい気分だ。しかしそれは気分だけのことで、実際には、食べられるものでもないだろう。体温は36.3度に下がっていた。カロナールは効くのだ。
7時30分に事務室へ降り、そこに既に居た長男と、今日のことについて軽く打合せをする。長男が用意をしたのだろう、タイムカードの打刻機のちかくには複数の体温計があり、検温表が貼られていた。社員には今日から、出社時に体温を計って記録してもらうという。そのまま朝礼には出ずに、4階へ戻って朝食の用意にかかる。
いつも美味いはずの味噌汁を、今朝に限ってそう感じないのは、舌が荒れているせいだろう。とはいえ冷蔵庫の中で日の経ちすぎた塩鮭の不味さは分かるのだから、不思議なものだ。
晴れた週末なら尚更のこと、仕事がしたい。しかしそういうわけにもいかない。夕刻の体温は36.9度。微熱はいまだ去らない。
「えっ、横綱、ふたりとも休場しちゃったの」と、カウンターから店のテレビを振り向きつつ驚いたのは、今月17日、北千住の飲み屋でのことだった。ラジオを受信できる腕時計にイヤフォンを繋いで相撲中継を聞いていた20代のころのような熱心さは失っているものの、相撲はやはり面白い。
16時30分より、大相撲初場所の千秋楽をテレビで見ながらお茶を飲む。食欲は皆無、というよりも、食べたくない。そういう次第にて、本日の食事は朝の一食のみ。そして早々に寝室に引き上げる。
朝飯 昆布の佃煮、塩鮭、揚げ玉と長葱を薬味にした冷や奴、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、らっきょうのたまり漬、メシ、ピーマンの味噌汁
2020.1.25(土) うっすらと
体温は、36.7度まで下がった。しかしこれが僕の平熱かどうかは分からない。とにかく社員の出社する7時40分までに事務室へ降り、シャッターを上げる。冷蔵ショーケースの覆い外し、釣り銭の具合を確かめる。朝礼に出て後は、4階の寝室に籠もって休む。
日光MGの後もこちらに泊まり込み、ウチのSEとして仕事をこなしていたカネヒラケンジさんが発熱したと、昼すぎに長男が知らせに来る。僕の体温は朝の36.7度が37.8度まで、ふたたび上がっている。14時前、長男の運転により、カネヒラさんと共にセキネ耳鼻科へと向かう。鼻の穴に試験棒を突っ込む検査を、僕はきのうに続けて受けてしまった。
僕にはうっすらとインフルエンザの兆候が見られるという。カネヒラさんは、本日の昼からの発熱により、インフルエンザに罹っているか否かは、いまだ分からないらしい。しかしふたりでインフルエンザの吸入薬リレンザを処方され、帰りにハセガワ薬局でそれを買う。
今日もこちらに泊まる予定だったカネヒラさんは、長男が宇都宮までクルマで送っていった。社内できのう今日のあいだに調子を崩した者は、僕とカネヒラさんだけに留まらない。長男は宇都宮から戻り次第、本日出社している社員を集め、明日からのことにつき、緊急の話し合いをするという。
夕刻に体温を計ると38.5度。「そうであれば」と、先ずは食前に服用するよう指示されている麻黄湯を飲む。その30分後に完成するよう、うどんを煮る。それを食べて30分後に、きのう麻黄湯と共に処方された鎮痛解熱剤カロナール2錠を飲んで寝室に入る。
朝飯 鶏飯、生玉子、柴漬け、ふきのとうのたまり漬、菠薐草の味噌汁
晩飯 牛肉と長葱のうどん
2020.1.24(金) 次回からはかならず
戦略MG(マネジメントゲーム)は2日間にわたる研修だ。僕はこの2日間を終えると、1日、ゲレンデでスキーをしたほどの疲れを覚える。体力だけではない、脳も激しく働かせてることにより、気力も知力も振り絞ることになる。それだけ諸々を消耗させるMGであれば、その直前も最中も直後も、酒は程ほどにするべきだ。それは分かっているものの、自身の酒好き、また付き合いもあって、どうしても平時より多くの酒を飲んでしまう。
きのうも1次会で帰ろうとしたものの、そうはならなかった。そして今朝は二日酔いである。
普段は暖かいはずの事務室を寒く感じる。i以前より面談の約束をしていた銀行の人が帰ったところで、午後より自宅に戻って横になる。15時30分の体温は37.9度。家内に促されて16時にセキネ耳鼻科を訪ねる。診察の結果、幸いインフルエンザではなかった。喉も腫れていないところから、漢方薬を処方してもらって帰宅する。
次回からはかならず、MGの直前と最中と直後には、深酒は避けよう。ひとりで飲む分には問題は無い。「酒好き、且つ、付き合いも好き、という人と一緒」というところに陥穽が待ち構えているのだ。
朝飯 白粥、塩鮭、昆布の佃煮、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、ふきのたまり漬、ふきのとうのたまり漬
晩飯 牛肉と長葱のうどん
2020.1.23(木) 日光MG(2日目)
同室のタナカタカシさんと暗闇の中で朝の挨拶を交わしたのは、4時のころだったと思う。朝食は7時からだから時間の余裕は充分だ。広島市から参加の、バンコクMGの講師でもあるタナカさんは、6時より海外の先生とスカイプを通じて英会話の練習を始めた。これはタナカさんの日課である。僕はそのかたわらで、ウェブショップにご注文をくださったお客様に宛てて、受注確認書は明日に差し上げる旨のメールを送信する。
さてC卓へ落ちての第4期、僕は東京から参加の、戦略チップ7枚を持つシオザワタカヨシさんに戦々恐々としていた。僕の手持ちは僅々2枚。しかしシオザワさんは来期に備えて7枚のうちの4枚を温存し、3枚のみを今期用とした。それなら僕にも、いくらかは希望があるかも知れない。
その第4期において僕は264円の経常利益を上げ、3期までの累積損105円を一掃した。自己資本が300円を超えれば借り入れ可能枠も大きくなる。
第5期はふたたび最上位のA卓で勝負だ。僕はそれまでの中型機械に加えて大型機械を導入し、社員ふたりを同時に採用する。この期は激戦、激戦、また激戦。僕の首を真綿で絞めるような作戦を採ったタナカタカシさんは、しかし自己資本を減らした。また、このA卓における波の高い戦いを、水面下で淡々と凌いだ一心舘の女将ヌマオマリコさんは、僕より1円だけ安い売上高1,290円を上げ、自己資本は僕のそれとまったく同じ415円に付けた。
結局のところ、第5期終了時に自己資本がもっとも高かった最優秀経営者賞は、自己資本を649円まで急進させたタケシトーセーさんが得た。第2位の優秀経営者賞は包装主任のヤマダカオリさんが同じく471円で、またもうひとりの優秀経営者賞は同じく427円で、富山から参加のカネヒラケンジさんが獲得した。
なお、戦略MG(マネジメントゲーム)は、きのうの日記にも書いたように、2日間で5期分の経営を盤上に展開する。2回参加をすれば10期、20回参加をすれば100期と、期数が延びていく。それが体操であれ英会話であれ、練習や訓練は、続けられる限り続ける必要がある。
本日は製造係のイトーカズナリ君が200期を、また新潟から参加のマスダケーコさんは300期を記録して、みなから寄せ書きが贈られた。マスダさんは何と、30数年をかけて300期に達したとのことで、これは、1年で100期を達成して「よし、分かった」と消えてしまう人よりも、よほど価値のあることと思う。
戦略MG(マネジメントゲーム)は、社内のみで行っても勉強にはなるだろう。しかしそこに社外からの参加者が加わると、その学びは質量共に、加速度的に上昇する。遠いところから日光MGに来てくださった方々には、厚く御礼を申し上げます。
朝飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」のカレーライス、トマトとレタスと生ハムのサラダ、らっきょうのたまり漬
晩飯 “COCO’S”の牡蠣のドリア、カラフの白ワイン、「陶」のお通しの筍煮、油揚げの網焼き、モロキュー、焼き餃子、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2020.1.22(水) 日光MG(1日目)
各自が自分の会社を持ち、2日間で5期分の経営を盤上に展開する、ニシジュンイチロー先生による戦略MG(マネジメントゲーム)を最初に受講したのは1991年6月のことだ。MGの内容は、大まかにはゲームと決算と講義との3つから成る。僕は飲み込みの悪い人間にて、初回の特に決算は、文字通りの滅茶苦茶だった。「このままじゃ済まさねぇ」と、ほむらのような情念が心に芽生えたことを思い出す。
2回目の受講は1992年の1月だっただろうか。以降、当時は新宿御苑前で開かれていたこの研修に出続け、もっとも濃度の高かった時期には、たとえば2週間のうちの5日間ほどはニシ先生と顔を合わせていたこともあった。
ことし上澤梅太郎商店が店を休むのは3日間。元旦以外の2日間が、今日明日の日光MGである。
妊娠中や産前産後休業中の者を除いた全社員およびこの春からの入社が決まっている高校生、また社外から参加してくださった方々を含めて36名による、第39回日光MGが鬼怒川温泉の旅館を会場として始まる。
第1期、自己資本300円で始まった今回の、僕の第2期末の自己資本は変わらずの300円。これは、ゲーム下手の僕としては異例の好調さだ。その300円を、最上位のA卓で戦った第3期に195円まで減らす。
明日の第4期はC卓へ落ちる。そこへ今日のうちに移動をしてみれば、東京から参加のシオザワタカヨシさんは、会社の競争力を高めるための戦略チップを7枚も持っている。僕の手持ちは僅々2枚。毎期毎期の戦々恐々である。
朝飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の夜のお膳
2020.1.21(火) 新聞を取りに行く
年の末の迫りつつある昨月23日、下野新聞政経部のイトーカツユキ記者による取材を受けた。対象は、味噌蔵のある庭に建つ隠居を用い、3月下旬に開業する「汁飯香の店 いんきょ上澤」について、だった。それがいよいよ紙面に載ると、きのう電話で知らされた。
今朝は5時前に目が覚めた。真っ先に頭に浮かんだのは、きのう受けた連絡のことだった。即、着替えて食堂に出て湯を沸かす。沸いた湯を湯飲みで冷ますあいだに1階へ降りる。通用口を開くと、漆黒の空は晴れているものの、強く風が吹いていた。新聞は既にして配達をされていた。それを新聞受けから抜き取り、4階の食堂へと戻る。
その新聞を、第1面から開いていく。第9面にあった、カラー写真を伴った記事は、主に長男が説明させていただいたことを正確に伝えるものだった。とても有り難い。そう感謝すると共に、この事業はかならず成功させなければならないと、心を引き締める。
閉店後は鬼怒川温泉の旅館へ移動し、第39回日光MGの前夜祭に連なる。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、納豆、茹でたブロッコリー、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、なめこのたまり炊によるフワトロ玉子、白菜漬け、ふきのたまり漬、メシ、大根とパセリの味噌汁
昼飯 長葱の熱い汁で食べるざるうどん
晩飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、他あれこれ、「片山酒造」の純米大吟醸「久太郎」(冷や)
2020.1.20(月) 安すぎて買えない
栃木県味噌工業協同組合の新年会は、毎年、茨城県の海沿いに一泊して開かれる。茨城県の海沿いということは決まっているものの、泊まる場所はいつも変わる。今回の宿は那珂湊に近かった。そういう次第にて、帰りは参加者全員で「那珂湊おさかな市場」に立ち寄る。
いまだ時間が早いゆえか、最初の4時間までは100円の駐車場に、観光客のクルマはほとんど無かった。フォークリフトが、ディーゼルエンジンの轟音と共に、大量の氷を運んでいる。市場の人たちは、店の前に商品を並べる仕事に専念をしている。その、並べられた品を見ていく。
魚は刺身よりも、煮たり焼いたり締めたり漬けたりしたものが好きだ。金目鯛やキンキ、鯵や鯖や鰯に目がいく。金目鯛は大きくて、今夜のウチの人員では食べきれない。キンキは小さなものに1尾2,000円の値が付いていて、僕の懐具合には似合わない。鯵や鯖や鰯は、ひと盛りが400円とか500円で、値段は魅力的ながら、量が多すぎる。結局は大きな蛤12個を1,800円で求めて帰路に着く。
その蛤を、僕はグラタンにしたかったものの、孫は何が何でもスパゲティだ。孫の意見に従ったことは、言うまでもない。
朝飯 「リゾート大洗まつもと」の朝のお膳
昼飯 ラーメン
晩飯 茹でたブロッコリー、3種のキノコのにんにく炒め、レタスとハムと黒オリーブのサラダ、蛤のスパゲティ、TIO PEPE、Petit Chablis Billaud Simon 2016、チーズスティック、チョコレート、チーズ、Old Parr(生)
2020.1.19(日) 鮟鱇鍋も人間も
幻想小説、というものが苦手だ。内田百閒のそれは、最後まで読み通せた試しがない。稲垣足穂は開いてすぐに閉じた。ガルシア・マルケスの「エレンディラ」は、どうにか読めた。とはいえ耐えに耐えつつようやく最後のページに至っただけで、正確には、読めたの範疇には入らない。
もうひとつ、どうにも読めないのが、地中海の海沿いに展開する物語だ。書き手がル・カレであれ池田満寿夫であれ、それは変わらない。そして、その理由については分からない。
栃木県味噌工業協同組合の新年会は、毎年、茨城県の海沿いに一泊して開かれる。地中海の海沿いを舞台にした小説は読めなくても、茨城県の海沿いで食べる鮟鱇鍋、特に肝を溶かし込んだどぶ汁は美味い。鮟鱇は、肝や胃袋、卵巣や皮、ヒレの付け根のあたりが好きだ。
そのどぶ汁の、肉などには目もくれず、好きな部分のみ拾いつつ燗酒を飲む。ふと「鮟鱇鍋も人間も、グロテスクな部分が面白い」という、箴言めいたことが頭に浮かぶ。しかし即「人間については、面白いじゃ済まねぇわな」と、考えを改める。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、納豆、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、茹でたブロッコリー、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトと榎茸と茎若布の味噌汁
昼飯 蕎麦
晩飯 「リゾート大洗まつもと」の鮟鱇のフライ、鮟鱇のどぶ汁、他あれこれ、日本酒(燗)
2020.1.18(土) 高等遊民でもないかぎり
むかし、海外ではじめての街に入った晩は、からだは疲れているものの、そして寝不足ではあるものの、神経が高ぶっているらしく、なかなか眠れなかった。あの身の置きどころの無さや焦燥感は、いまでもありありと思い出すことができる。
きのうの夜からずっと眠れずにいるのは、神経の興奮によるものではない。よって不快感は皆無だ。それでも、いつまで眠れなくては困る。「眠れなくてもいいじゃない、そのうち眠れるんだから」とオフクロは言った。しかし高等遊民でもないかぎり、睡眠時間の規則性は、ある程度は保たれるべきだ。
明け方にようやく1、2時間ほども眠って6時に起床する。
年末にくらべて時はゆっくりと流れている。とはいえ事務机の左手にかけたカレンダーは、ほぼ毎日、予定で埋まっている。あちらこちらに電話を入れる。複数の社員とあれこれについてすり合わせをする。この春から移動をする社員には辞令を手渡す。そして夜はほどほどに飲酒活動をして、早々に寝る。
朝飯 油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、ふきのたまり漬、メシ、榎茸と長葱の味噌汁
昼飯 蕎麦
晩飯 トマトとレタスとチーズのサラダ、3種のパン、人参のなますとブロッコリーの鉄板焼きを添えた鶏肉とマカロニのグラタン、Petit Chablis Billaud Simon 2016、“Mr.CHEESECAKE”のチーズケーキ、Old Parr(生)
2020.1.17(金) 急ぐ旅でもない
所用にて新橋へ行く。床屋にかかり、人と会う。用事はそれくらいだから、急ぐ旅でもない。案の定、すべきことはすぐに済んでしまった。
オヤジは酒を飲まかった。よって夕刻に東京に出て、夕食も摂らずに帰宅して平気だった。僕は、そういうわけにはいかない。夜までの時間はどうしようか。
僕が時間をつぶせるのは、本屋か登山用品屋くらいしかない。桜田小学校の跡地の向こうにTSUTAYAがある。そちらへ向かいかけて、足を止める。TUTAYAなら、北千住の駅の中にもあるではないか。iPhoneを取り出し、もっとも合理的な経路を探す。その乗り換え案内に促されてJR新橋駅の、2番線プラットフォームに立つ。そこではじめて、北千住のTSUTAYAは、JRではなく東武線の構内にあったことに気づく。
新橋から乗った上野東京ラインを、乗り換えのため上野で降りる。コンコースに上がると、幸いなことにbook expressがあった。ここであれこれと本を眺め、時には書架から引き出して、開いてみたりする。その本屋のちかくにANGERS bureauという洒落た文房具屋のあることに気づき、ここでもあれやこれや手に取って見る。KAILIという会社のポーチが目に留まる。質感も意匠も、とても良い。物欲が勃興する。しかし買わない。僕はこの手のものを持ちすぎている。
頃合いを見計らって、常磐線のプラットフォームに降りる。北千住に着くころ、空はようやく暮れかかる。飲み屋横丁を行き来する人は、それほど多くない。金曜日ではあるものの、時間が早すぎるせいかも知れない。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、油揚げと蕪の葉とじゃこの炒り煮、生玉子、たぐり湯波の淡味炊き、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや、チューハイ




































