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清閑 PERSONAL DIARY

2026.4.21 (火) 駿河台を南へ下って

珍しく、下今市07:45発という、早い時間の上り特急に乗る。それを北千住で地下鉄千代田線に乗り換えて表参道まで行く。「光琳派 国宝燕子花図と尾形光琳のフォロワーたち」が開かれている根津美術館には10時すぎに着いた。印象に残ったのは、深江芦舟による「蔦の細道図屏風」の向かって右上の山肌の赤。「それより光琳のカキツバタはどうなんだ」と問われれば、それは国宝なのだから、悪くないのは当たり前、である。

表参道に戻って今度は地下鉄銀座線で東へ戻り、京橋のモンベルにて、今月15日に取り置きを頼んだ小さなランプを受け取る。

来るときの特急スペーシアの車窓から見た限り、埼玉の南部から東京の北部には曇天の下に風が強かった。しかし昼もちかい東京の中心部は穏やかに晴れ、気温も上がってきた。僕の上半身は、半袖のTシャツ1枚である。

森山大道が1971年にニューヨークで撮った”Another Country in New York”を”Akio Nagasawa Gallery Ginza”で観たら、今度は地下鉄丸ノ内線で御茶ノ水まで北上する。今日のジグザグの移動については、その順番を間違えないよう、紙に書いてポーチに収めた程である。

30年ほど前より漠然と、漢詩を習いたい気持ちがあった。その、いわばゲル状だった希望を昨春はようよう現実に近づけて、湯島の斯文会館を訪ねた。そしてパンフレットを受け取り、しかしその年度の講座は既にして始まっていたから、講義はこの4月から受けることとして、後藤淳一先生による「漢詩のイロハ」に狙いを定めた。

そうして先月25日の日記にも書いたように斯文会館で申込みをしようとすると、その第一回目は見学とし、そこで気持ちが固まったら、改めて申し込みを受けつける旨を知らされた。

丸ノ内線の御茶ノ水駅から外堀通りを東に下って左手の階段を上がり、本郷通りに出る。横断歩道の関係から、すこし遠回りをして国道17号線を秋葉原方面に下る。そこから右へ折れて昌平坂を下っていくと、ポニーをペットにした人が歩いていた。

飼い主は驚くべきことに、そのポニーの鼻先に結びつけた紐を引きつつ湯島聖堂の敷地に入って行く。その後を追うようにして、斯文会館の入口に近づく。案内された講堂は漢学の殿堂にふさわしく、いかにも古めかしかった。また、職員の女性が席に届けてくれた教科書のコピーには「4/21 ご見學者用」と、旧字による但し書きがあった。講堂の設えに続いての「流石ですね」である。

定時に入っていらっしゃった後藤先生は開口一番、この講座は2年でひとくくりであり、昨年がその前半に当たっていたから、今年は「漢詩のイロハ」というより「漢詩のホヘト」くらいの感じであることを宣言された。僕としては「聞いてないよー」である。

「イロハというようりもホヘト」には驚愕をしたものの、僕は子供のころから旧仮名遣いに親しんでいたお陰で古文の成績は良かった。漢文の知識も皆無、ということはない。だから講義には何とか着いていくことができた。それにしても、先生による板書きをノートに写すあいだに先生の解説はその先へ進んでしまう、さぁどうしよう、という焦燥は、久しく忘れていたものだった。

さて今日の講義は後藤淳一編著「はじめての漢詩作り入門」の20ページから始められた。だからそれより前のところは、次の教室までに自習をしておかなければならない。これもまた、久しぶりに味わう義務感である。

勉強の後は駿河台を南へ下って連雀町へ到る。僕の、燗酒を飲む速度は高い。そして神田から地下鉄銀座線にて浅草へと向かう。


朝飯 鮭の日光味噌漬け焼き、牛蒡と人参のきんぴら、タラの芽の天ぷら、蕪と胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ズッキーニの味噌汁
昼飯 「エクセルシオールカフェ」のチェダーチーズモルタデッラサンド、アイスカフェラテ
晩飯 「まつや」のわざびかまぼこ焼き鳥(塩)盛り蕎麦(大盛り)、日本酒(燗)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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