2026.4.26 (日) 文章読本
辛うじて4時台の起床。起床が5時台にずれ込むと、いかにも「損した感」が募る。今朝はまぁまぁ良かった。窓の外は小雨。
東北地方の複数の地域で山が燃えている。数千人が避難を強いられている。「雨さえ降ってくれれば」という、間近に迫った煙を見つつの地元の人の言葉をテレビのニュースが伝えている。とすれば、いま降っている雨は、やはり慈雨と呼ぶべきものなのだろう。
日記を完成させると、その朝食の内容をfacebookの商用アカウントに載せる。facebookには個人のアカウントも持っている。facebookでは、いつの間にか、自分がフォローしていないコレクションも、まるでTikTokのように、頼んでいないにもかかわらず現れるようになった。これは著しく迷惑だ。
おすすめの本を紹介するコレクション、読んだ本の感想を集めたコレクションなどが流れてくれば、つい見入り、ウェブ上で検索し、しまいにはamazonで注文の一歩手前まで行ってしまったりする。本棚には未読の本が積み上がっている。そこに更に本が増えては困るのだ。今朝も「あわや」というところで引き返すこと数回に及んだ。僕は遅読派であるし、本はほとんど外出時にしか読まないため、それほどの数はこなせないのだ。
このところはアメリカ人の書いた「文章読本」のようなものを読んでいる。おおむね面白いのだが、特に目が吸い寄せられたのは「副詞は使うな」というところだった。副詞を使わずに済むようなくどくどしい動詞もまた使うなと、そこにはあった。これを忠実に守ると、文章は勢い、ハードボイルドになる。
くどくどしい動詞、これ見よがしの動詞といえば、僕は「鮨をつまむ」とか「蕎麦をたぐる」の「つまむ」とか「たぐる」という動詞は、なぜか恥ずかしくて使えない。「食べる」や「食う」で良いではないか、と感じてしまうのだ。
アメリカ人による「文章読本」のようなものには、これからも、刺激的な示唆が現れるだろうか。
朝飯 生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たけのこごはん、もつ煮の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 めかぶの酢の物、ビーツと玉葱のサラダ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、豚肉と厚揚げ豆腐と椎茸と小松菜の鍋、「秋田清酒」の「刈穂山廃純米超辛口」(燗)













