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清閑 PERSONAL DIARY

2026.5.14 (木) できるだけ長く

きのうの酒は残っていなかった。起きて食堂に来ると、食器棚の電波時計は2時52分を指していた。東の中天には、旧暦3月28日の月が浮かんでいる。太陽とは異なって、月の居場所は日によって気ままに思われるけれど、どうだろう。

今月4日の日記に書いた、爪と肉のあいだがアカギレにより剥がれかけていた右の人差し指にはバンドエイドのキズパワーパッドを巻き、それが外れて後も、爪を切ることはしていない。自分ごのみに短く切れば、爪と肉のあいだにふたたび赤い肉が見えてくるからだ。アカギレは、南の国へ行きさえすれば起きない。よって伸びたままの爪は、バンコクに着いてから切ることにしよう。

ところで、おじいちゃんの墓参りをした一昨日の日記を書きながら「さて、おばあちゃんの祥月命日は6月の何日だっただろうか」と、位牌の裏側を確かめた。ついでにおじいちゃんの位牌の没した年齢を見ると七十四歳とあった。

僕は、おじいちゃんが亡くなった年齢は72歳と覚えていた。それは、位牌の裏に「享年七十四歳」と記されていたことによる。享年は通常、数え年によるものだろう。しかしおばあちゃんのそれは百二歳と、満年齢の金文字がある。ということは、おじいちゃんの七十四歳も、満の年齢だった可能性が高い。

そういう次第にて食堂へ戻り「明治 申年」と検索エンジンに入れてみる。するとその年の西暦は1908年と出た。おじいちゃんが亡くなった1982年から1908年を減ずれば74。「そうだったのか」と、夜明けの気配を見せ始めた窓の外に目を遣る。

おじいちゃんは太く短く生きた人で、今の僕の年齢のときには、人に手を引かれなければ歩くこともできなくなっていた。「オレは細く長く生きて、できるだけ長いあいだ遊んでいてぇなぁ」と、強く思う。


朝飯 納豆、冷や奴、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、筍と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ブロッコリーのソテーウフマヨネーズにするための茹で玉子レタスとベビーリーフのサラダカプレーゼ2種のパン揚げ茄子を添えた鶏のオーブン焼き2種のチーズChablis Billaud Simon 2018「本沢屋」の団子、Old Parr(生)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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