2026.5.15 (金) からだの手入れ
今朝の時間管理は綱渡りだった。8時の朝礼を済ませたら、開店の準備を整えてから自室へ上がって着替え、現金の入ったトートバッグを提げて外へ出る。銀行では本日の口あけの客として、種銭を5,000円札と1,000円札に両替してもらう手続きを取る。会社に戻れば即、普段履きを革靴に履き替えて、自転車で下今市の駅へ向かう。09:34発の上り特急には、無事に間に合った。
おとといの午後は行きつけの床屋が混み合っていて、僕の都合のつく時間には空きが無かった。よって今日の12時に、あらためて予約を入れた経緯があった。散髪を終えたら新橋の雑居ビルを出て大井町へと向かう。
治療を受ければ、その瞬間から、一体全体、それまで具合の悪かった歯がどこにあったか分からなくなるほど、ソーマ歯科室の技術は高い。しかしソーマ先生によれば、僕の噛む力は1,470ニュートンと、常人の倍ほど、あるいは大型犬ほども強く、それが歯に負担を与え続けているのだという。
赤坂の、ある割烹のあるじへの聞き書きを読んだことがある。その経営者兼料理人はあるとき、自分が柔らかいものばかりを食べるようになっていることに気づき、60歳であっさりと引退をした。しかし僕は70歳を目の前にしながら、いまだ食感の強いものを、必要以上に強く噛んでいるらしい。「それが良くない」と言われても、長年の嗜好やクセは、そう簡単に矯正できるものではない。
僕が優れた歯科医院に通い続けるのは、好きなものをできるだけ長く食べていたいからだ。2018年に白内障の手術を受けたのは、南の国の眩しい原色を、いつまでも眺めていたいからだ。伊豆のカイロプラクティックでの辛い治療に耐えるのは、できるだけ長く自分の足で旅をしたいからだ。つまり僕の身体の手入れはすべて、長く遊ぶためにのみにある、といっても過言ではない。
大井町の歯科医院から、断腸亭なら「晡下」と書く頃は新橋へ戻って路地を歩き、マッチ箱のように小さなビルの中でカウンター活動に従う。
地下鉄銀座線の浅草行きが上野、次いで稲荷町に停まったことは覚えていた。次に気がつくと、車両はふたたび上野に停まっていた。稲荷町を出たところで寝入り、車両は浅草で折り返して渋谷行きになっていたのだ。よって席を立ってプラットフォームに降り、階段を昇り降り、ではなく降りて昇って反対側のプラットフォームで浅草行きを待つ。
既にして特急券を確保済みだった浅草19:59発の下り特急には、無事に間に合った。そして22時前に帰宅を果たす。
朝飯 生のトマト、ウインナーソーセージと茄子とブロッコリーのソテーを添えた目玉焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、筍と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ゴーゴーカレー」のカレーライス
晩飯 「小料理すみや」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、2種の日本酒(冷や)













