2019.10.5(土) 日光金谷ホテルの「百年ライスカレー」
午前、東京からいらっしゃった取材の方を、蔵の中や隠居にご案内する。昼は日光金谷ホテルにお連れして「百年ライスカレー」を一緒に食べていただく。この「百年ライスカレー」は、2003年に日光金谷ホテルの蔵から発見された、大正時代のレシピに依っているところからこの名が付けられた、いわくつきのものだ。そしてその付け合わせは上澤梅太郎商店の「らっきょうのたまり漬」と「ホロホロふりかけ」、というところが更に佳、である。
「ビーフ、チキン、鴨のうち、どちらになさいますか」と問うと、目の前の若い女の人は「…チキンでお願いします」と遠慮がちに答えた。僕は我が意を得たりとばかりに「ですよねー」と思わず発してしまったが、何が「ですよねー」なのか、相手は理解できなかっただろう。インドに旅した者からすれば、カレーは断然、チキンだ。しかし金谷ホテルのカレーは洋食由来のものだ。とすれは、実際に順当なのはビーフかも知れない。
チキンの「百年ライスカレー」のルーをこんもりと盛られらごはんにかけ、スプーンでひとすくいして口に運ぶ。その甘さ、そしてココナツミルクを思わせる香りとコクは、まるでゲーンキヨワーンのようで、日本人は元より、このところ増えつつある東南アジアからの旅行客には特に、圧倒的に好まれること間違いない。
互いに紅茶とコーヒーを飲み終えてラウンジを去るころ、入口の椅子にはたくさんの待ち客がいた。正午前の到着は正解だった。1週間後の連休から先は、どれほど混み合うことか。というか、渋滞の中を、この歴史と格式を誇るホテルまで辿り着くのも困難かも知れない。
取材の方は下今市13:35発の上り特急でお帰りになった。きっと良い番組になるだろう。
朝飯 焼きトマトを添えた目玉焼き、大根おろしを薬味にした納豆、「なめこのたまり炊」によるなめこおろし、刺身湯波、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とシメジの味噌汁
昼飯 「金谷ホテル」の「百年ライスカレー(チキン)」、付け合わせの「らっきょうのたまり漬(栃木県産小つぶちゃん)」と「ホロホロふりかけ」、コーヒー
晩飯 ジャガイモとツナとレタスのサラダ、トマトと浅蜊とグリーンアスパラガスのスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、梨
2019.10.4(金) 軽く済んで幸い
タイから戻った翌日か翌々日、つまり日曜日か月曜日に、腰に10円玉大の、そして右太ももの外側には1円玉大の、湿疹のようなものが発生した。手持ちの薬を塗り続けたにもかかわらず、症状は数日を経てまったく変わらない。
おとといの水曜日に市内の皮膚科を訪ねて、先ずは腰のそれを診てもらった。「あぁ、これは帯状疱疹ですね」と、先生は一瞬で断じた。帯状疱疹とは穏やかでない。「他にもできていませんか」と促されて、ズボンを膝まで降ろす。「あぁ、これは広がらないタイプですね」と、先生はなにやら自信がありそうである。「広がるか広がらないか、すぐに分かるものですか」と、いささか失礼な問いを発した僕に「えぇ、なんとなく」と、今度は先生は、すこし遠慮がちに答えた。
「ピリピリ痛みますか」と訊かれて「まったく痛みません」と返事をすると「それでは塗り薬だけお出ししておきましょう」と、先生はカルテにペンを走らせた。帯状疱疹とは意外だったが、それが広範囲に及ばず、しかも痛みも伴わないもので良かった。
日本人の3人に1人は発症するといわれる、そしていちど罹れば2度目はほとんどないらしい帯状疱疹が、僕の場合には軽く済んで幸いだった。このまま薬を塗り続ければ、1週間から10日で完治をするらしい。
朝飯 納豆、ほうれん草のおひたし、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、ごぼうのたまり漬、キュウリのぬか漬け、ほぐし塩鮭、メシ、若布と玉葱とトマトの味噌汁
昼飯 「やぶ定」のラーメン
晩飯 椎茸と豆腐の卵とじスープ、豚肉と椎茸と赤パプリカと青梗菜の中華風炒め、刺身湯波の餡かけ、胡瓜のナムル風、芋焼酎「宝山」(お湯割り)、桃とマスカットの杏仁豆腐
2019.10.3(木) 秋について(その3)
ここ数日の日記が秋づいているところから、今朝は「晩秋」という言葉を検索エンジンに入れてみた。すると「秋の終わり」や「陰暦9月の異称」などと共に「米国の作家ロバート・B・パーカーのハードボイルド小説(1991)。原題《Pastime》。『スペンサー』シリーズ『初秋』の続編」という説明があった。
この「スペンサー」シリーズは過去に隨分と読んだ。しかしその最高傑作と思われる「初秋」に続編のあることは知らなかった。それは「晩秋」が日本で出版をされる前に、僕が小説から離れたためだ。活字中毒は相変わらずでも、いまや小説は読まない。そしてその理由は分からない。
ふと思い立って、本棚の前に行ってみる。ロバート・B・パーカーの本は、果たして1冊も見あたらなかった。多分、2013年の秋から晩秋にかけて自宅をリフォームした際に、他の小説と共にすべて処分をしてしまったのだろう。
本棚から離れる前に、写真についての本ばかりを集めた一角からラリー・バロウズの写真集”VIETNAM”を引き抜き食堂へと運ぶ。そして朝食の準備が始まるまで、そのページを繰る。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、粉ふきいもと蓮根のサラダ、秋刀魚の南蛮漬け、五目白和え、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、メシ、大根と三つ葉の味噌汁
昼飯 「丸亀製麺」のわかめうどん(天かすと長葱は自分でトッピング)
晩飯 舞茸と鶏そぼろの餡かけ豆腐、ほうれん草と焼き椎茸のおひたし、鯖の「日光味噌梅太郎赤味噌」煮、胡瓜のぬか漬け、お多福豆、芋焼酎「宝山」(お湯割り)、蓮根餅
2019.10.2(水) 秋について(その2)
味噌、醤油、漬物の製造を継続するための、保健所による6年に1度の査察、また就職を希望する高校生のための入社試験は、僕がタイへ行っているあいだに、長男や嫁や社員により済んでいた。
一方、僕がタイへ行く前に事務室に用意しておいた「秋惜」の書は、一旦、2階の倉庫に片付けられていた。そのとき店舗の入口に掛けられていたのは「鬼灯」で、今やいかにも無理がある。よってタイから帰った先週の土曜日に、それを「秋惜」にかけ替えた。しかしその「秋惜」がこの時期に本当にふさわしいか否かを、僕はつまびらかにしていない。
今朝になって稲畑汀子の「ホトトギス季寄せ」を取り出し見ると、「鬼灯」は秋9月の、そして「秋惜」は秋10月の季語とされていたから、交換は彼岸前より先週末の方が、よほど時宜に叶っていた、ということになる。
ところで明治5年に、それまでの太陰太陽暦が太陽暦に切り替わったときには、俳句を詠む人たちは季語の扱いに大いに困ったことだろう。そして今は気候の変動により、季語と現実とのあいだに乖離が生じている。
本日14時の気温は28度。とてもではないけれど「秋惜しむ」という感じはしない。
朝飯 なめこのたまり炊のフワトロ玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、揚げ茄子、ほぐし塩鮭、胡瓜のぬか漬け、揚げ茄子と茗荷の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 ごぼうとレタスと玉葱のサラダ、刻みキャベツとトマトと大学芋を添えたコロッケとメンチカツ、豆腐と豆苗の味噌汁、芋焼酎「宝山」(ソーダ割り)、果物のゼリー寄せ
2019.10.1(火) 秋について(その1)
盛夏という言葉があるのだから、盛秋もあってしかるべし。そう考えてワードプロセッサに「せいしゅう」と入れて変換ボタンを連打しても「盛秋」の文字は出てこない。「はて、そんな言葉は無かったか」と「盛秋」を検索エンジンに入れて回すと、果たしてそれは存在していた。「そうであれば」と、ワードプロセッサの辞書に「盛秋」を登録する。そしてあらためて「盛秋」を検索エンジンに入れると「陰暦8月の異称」という説明が出てきた。とすれば現在は盛秋の過ぎた後、ということになる。
10月の末は晩秋ということになるだろうか。そのころお客様へ向けてお送りする季節のお知らせの宛先は、9月の末までに明らかにしておくよう、事務係のカワタユキさんには2週間ほど前から頼まれていた。午前、その仕事にようやく取りかかる。
この作業には大変な精密さが求められるため「近くまで参りましたのでお寄りしました」などと言いながらいきなり人の来る事務室ではできない。4階の食堂にコンピュータを開き、先ずはお送り先を抽出する。要した時間は24分。しかし途中「待てよ、何だかおかしい」という場面のあったことが気にかかる。よって振り出しに戻ってもう一度、おなじ作業に当たる。こちらに要した時間は18分。宛先の印刷には、この2回目の結果を用いることとして、コンピュータを閉じる。
夕刻、麻の白いシャツに夏用の紺色のズボンを合わせ、不要とは思ったが紺色の上着を着てホンダフィットに乗る。そして長男と共に会食の場所へと向かう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、莢隠元を添えた巻湯波の淡味炊き、胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 「了寛」のあれや、これや、それや、2種の日本酒(冷や)
2019.9.30(月) 秋刀魚だけは
朝、7時20分に如来寺のお墓へ行き、彼岸の入りに家内が供えた花を片付ける。花立てや線香立て、またその周辺は水で洗い、墓石は固く絞ったタオルで拭く。親戚のお墓の花立てもまた水場で洗うと、時刻は7時50分を過ぎた。早く戻らなければ8時の朝礼に間に合わない。ズボンの後ろのポケットに入れた手拭いは、拭った汗により、既にして湿り気を帯びている。
朝礼を済ませた後に、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と検品をするため、ふたたびホンダフィットの運転席に座る。如来寺と道の駅は指呼の距離にあるにもかかわらず、出たり入ったりでは時間に不合理を生じる。次の機会には、お墓の掃除をもうすこし早くから始めるべきだ。来春の彼岸までに、それを覚えていられるだろうか。
日中は遠くの人と、スカイプを用いて話し合いをしたりする。夕刻、晩ごはんのおかずは秋刀魚と伝えられて喜ぶ。季節の食べ物はいろいろとあるけれど、そのうち「食べないわけにはいかない」と考える唯一が、秋刀魚である。昨年から不漁の伝えられている秋刀魚を食べるのは、今年は今日が初めてだ。
そうして夜は、その秋刀魚の塩焼きを肴に、お酒についてはどうしようかと考えたが、結局は芋焼酎をソーダで割る。
朝飯 ほうれん草の胡麻和え、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、絹さやを添えた巻湯波の淡味炊き、エノキダケと三つ葉の酢の物、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、若布とトマトの味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 秋刀魚の塩焼き、南瓜の煮付け、刺身湯波、ほうれん草のおひたし、大根の味噌汁、柿、「西酒造」の芋焼酎「宝山」(ソーダ割り)
2019.9.29(日) コシヒカリの収穫
既にして目は覚ましていたが、5時に設定しておいた目覚ましの音と共に起床する。そして白衣に着替えて製造現場へ降り、早朝の仕事に従う。また日常が戻ってきた。
今日は隠居で朝食の会が開かれる。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と検品、納品、そしてまた朝食の会の準備により、朝のうちから手拭いが、干さなければならないほど汗で濡れる。10月が間近に迫っても、気温はそれほど下がらない。
気温の高いところで動くと汗をかく。汗をかくことは不快でも、気温は高い方が好きだ。秋の冷涼は気持ちが良い。気持ちが良くても秋は何やら寂しくて好きではない。不快でも好き、心地が良くても嫌い、この不思議な好き嫌いの感情は、いろいろなことに当てはまることだと思う。
16時より、各町内の自治会長、神社総代、宮司、責任役員を集めての「当番町を考える会」の話し合いのため、東町の公民館におもむく。会議の直前に電話が鳴って、今年度に仕込む味噌「梅太郎」のためのコシヒカリを本日、収穫したとの知らせを契約農家から受ける。気温はなかなか下がらなくても、収穫の秋は始まっているのだ。
朝飯 ほうれん草のおひたし、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、胡瓜のぬか漬け、塩鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ茄子と茗荷の味噌汁
昼飯 3種の佃煮、揚げ茄子、梅干し、塩鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」によるお茶漬け
晩飯 マカロニサラダ、大根の味噌汁、刻みキャベツとトマトを添えた鶏の唐揚げ、”ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)、カステラ、”Old Parr”(生)
2019.9.28(土) 帰国
通路を人が行ったり来たりする気配で目を覚ます。膝の上には、袋から出したまま広げていない毛布、身のまわりのものを納めたポーチ、そしてきのうの夜に配られたらしいサンドイッチとミネラルウォターの袋が載っている。座席の背もたれは立ったままだ。多分、ラオカーオの酔いにより、席に着くなり眠ってしまったのだろう。時刻は2時50分。熟睡ができなかったことにより、気分は当然、良くない。
3時に配られた機内食は、果物のみを食べて他は残す。機は土佐沖を東北東へ飛んでいる。
“BOEING747-400″を機材とする”TG682″は、定刻より28分はやいタイ時間04:27、日本時間06:27に羽田空港に着陸。以降の時間表記は日本時間とする。
07:08 回転台から荷物が出てくる。
07:12 税関を通過。
07:16 エアポート急行高砂行きの車両が羽田空港国際線ターミナルを出発。
08:00 都営浅草線の浅草に着。
さてここまで来たら朝食を摂らなくてはならない。それには現金が要る。よって貴重品入れの封筒を調べると、そこに保管していたはずの日本円が無い。「そんな馬鹿な」と狐につままれた気持ちのまま地上に出る。どこかにPASMOの使える店はないか。目に飛び込んできた「松屋」の扉を引いて、中のオニーチャンにPASMOが使えるかどうかを訊ねても、その手のことには詳しくないらしい。自動販売機に近づくとSuicaの表示があったので「だったらパスモでも大丈夫だろう」と確信して食券を買う。
浅草08:30発の下り特急の車内に落ちついて、ふたたび日本円を探す。日本円は何と、きのうまで使っていた財布の中にあった。財布からタイバーツを抜いて専用の封筒に収め、別の封筒から日本円を取り出して先ほどのサイフに収める。それを僕は、きのうスワンナプーム空港の搭乗口で済ませたらしい。この記憶の無くしようもまた、ラオカーオの酔いによる。
「搭乗にはシラフで臨むべし」との信念は、日本を発つときには守れても、タイから帰るときには守れない。タイでの最後の夕食に、酒を欠くことはできないからだ。
家内の運転するホンダフィットにて帰社し、荷物整理の後に着替えて仕事に復帰する。
朝飯 “TG682″の機内食、「松屋」のオリジナルカレー、生野菜、生玉子
昼飯 3種の佃煮、梅干し、塩鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」によるお茶漬け
晩飯 刺身の盛り合わせ、巻湯波とほうれん草の淡味炊き、鶏のそぼろ豆腐、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、薩摩芋と小豆の甘煮、「原酒造」の「越の誉無濾過生原酒大吟醸」(冷や)
2019.9.27(金) タイ日記(9日目)
目を覚ましてからしばらくしてサイドボードにiPhoneを手探りし、見ると時刻は5時26分。僕としては、異例に遅い目覚めである。6時より部屋の洗濯機を回す。
朝食は、ホテルとバンラック市場のあいだの、いわば場外のようなところにあるクイティオ屋台でバミーナムを食べる。このあたりの汁麺屋では、ここがいちばん美味い。ルアットムー、つまり血豆腐のバケツを指し所望すると、オヤジはニコリともせず、それをふたつ麺に載せてくれた。
8時25分よりプールサイドに降りて、日除けの傘を開く。そして寝椅子で本を読む。チェンライの”Diamond Park Inn Chiang Rai Resort & Hotel”のプールでは、週末に水泳教室が開かれて、子どもの声が賑やかだった。しかしその賑やかさは、決して気になるものではなかった。ところが今日のプールに後から来た複数の親子連れの、親の方はどうにもうるさい。可愛さ故のことなのだろうけれど、ああしろ、こうしろと、水の中の子どもにやたらに指示を飛ばす。どこの国の、どこの地域の言葉かは分かりかねるが、声も大きければ、その発音も柔らかさを欠いている。「こりゃぁダメだ」と、10時45分に部屋に戻る。
ところでこのホテルでは、きのう来たときからシャワーは水しか出ない。今朝、それを1階のレセプションに伝えると、フロント係は即、受話器を取ってどこかの部署にそれを伝えてくれた。しかしプールから戻っても、シャワーは改善されていない。あるいは係は、洗面所にお湯が出ることを確認して「なんだ、出るじゃねぇか」と、シャワーまでは調べずに引き返したのかも知れない。ここはタイである。
昼は、チャルンクルン通りをサパーンタクシンの高架下から南に下った消防署のとなりの店で「茹で」と「揚げ」の双方を載せたカオマンガイを食べる。この店のスープは、まるで鈴虫の声のような香りがする。「鈴虫の声のような香りとは、どのような香りか」と問われれば「消防署の隣のカオマンガイ屋のスープの香り」としか答えようはない。
社員に土産を買ったりコモトリ君から土産をもらったりしたものの、スーツケースの中身は来るときより小さく収まって安心をした。夕刻、そのスーツケースを曳いて外へ出る。6月にタクシーを拾って渋滞に巻き込まれた失敗は繰り返さない。そしてBTSでトンローまで移動をして、オースワンを肴に今回の旅における最後の飲酒活動をする。
トンローから乗ったBTSをパヤタイでエアポートレイルリンクに乗り換え、21時前に空港に着く。
21:02 チェックインを完了。
21:20 保安検査場を抜ける。
21:34 パスポートコントロールの指紋読み取り機が、6月の訪タイ時に引き続いて、僕の指紋をまったく読まない。ちなみに羽田空港の指紋読み取り機も、僕の指紋には反応しない。
「こんな指紋押捺制度は止めちまえ」と思うが顔には出さない。そして目の前の係官に「私の指はとても乾いている」と、ニヤニヤしながら言う。「ハッ、ハッ、ハッ」と軍服のような制服を着たオジサン係官は声を上げて笑いつつ、裏手から女の人を呼んだ。その女の人が、ガラス板に押しつけた僕の指を、更に上から押さえつける。僕の両手の指10本の指紋は、ようやくタイのどこかのデータベースに登録をされた。僕の後ろに並んだ数十人は、さぞかし胸をなでおろしたことだろう。
D1Aの搭乗口に向かう途中、チェンライで買った社員へのお土産とおなじものが3.9倍の値段で売られている。搭乗口が見えてくるあたりの自動販売機で、街で買うより10倍ほども高い40バーツのミネラルウォーターを買う。
搭乗口からバスで運ばれた先で、飛行機へのタラップを上る。時刻は23時35分。その4分後に69Jの席に着く。以降の記憶は、無い。
朝飯 チャルンクルン通りソイ46を西に入って右側のクイティオ屋台のバミーナム(トッピングのルアットムーは特注)
昼飯 “Meng Pochana(Lek)”のカオマンガイ(トムトーパッソム)
晩飯 “55 Pochana”のオースワン、“ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)
2019.9.26(木) タイ日記(8日目)
チェックアウトを済ませてロビーのソファで休んでいると、エレベータの「開」ボタンを押す係のオジサンが、わざわざ挨拶に来てくれた。来年もまた、このホテルを訪れることができれば幸いである。
やがて迎えのタクシーが来て、ベルボーイがスーツケースをそのタクシーに運ぶ途中で、8時の時報のカウントダウンが、庭のどこかに設置されているらしいスピーカーから鳴り始めた。8時ちょうどよりそのスピーカーから国王賛歌が流れ始め、我々は直立をしながら、その曲の終わりを待つ。「またいらっしゃってください」とベルボーイが言う。「また9月ね」と僕は答えつつ「ことによると次は3月かも知れない」と考える。
緑濃い崖下の道に、朝日が斜めに差す。空港には8時20分に着いた。スーツケースの鍵が壊された経験によるものか、これまで気づかなかった、AOTのエアポートセキュリティがチェンライの空港にもあったことを知る。初日にこの空港でスーツケースを受け取り、タクシーの切符を買う前に鍵のことに気づいていれば、真っ先にここを訪ねていただろう。
実はチェンライに入って何日目かに、バンコク在住の同級生コモトリケー君より電話が入り「日記で画像を見たけれど、その鍵の壊しようは空港の検査などではなく盗人の仕業だから、スワンナプーム空港に着いたら即、ツーリストポリスに申し出ろ、荷物の仕分け場には監視カメラがあるはずだから、犯人は特定できるはずだ、お前のように泣き寝入りをするヤツがいるから、こういうことが絶えないのだ、徹底的に騒げ」という意味のことを言われた。しかしここは、ほとんどのことにタガの外れたタイで、しかも僕は時間が惜しい。しかしまぁ、バンコクに着いたら、とりあえずは空港内の警察を訪ねてみよう。
きのう書いたハガキを出そうと、空港内の郵便局が開くのを待っていたが、9時を過ぎてもシャッターは閉まったままだ。よって9時10分に保安検査場へ向かう。搭乗口は、ボーディングパスにある9時15分ちょうどに開いた。”AIRBUS A320″を機材とする”PG231″は、定刻より2分はやい9時43分にチェンライの空港を離陸。そしてバンコクには定刻より25分も早い10時50分に着陸をした。
回転台から出てきたスーツケースを曳いて、先ずは4階Wカウンター奥の郵便局を訪ねる。15バーツの切手15枚を買って、きのう書いた葉書に貼る。そしてそれを局員に手渡す。次は5階の到着階に戻り、ツーリストポリスの扉を押す。
「スーツケースを壊されました。東京からチェンライまでのあいだに、です」
「東京を発ったときの航空会社はタイ航空ですね、すぐ近くですので、そちらの事務所でお訊ねください」
そこでタイ航空の事務所でおなじことを伝えると「チェンライに着いたときの航空会社はバンコクエアウェイズですね、すぐ近くですので、そちらの事務所にお回りください」と言われて「やっぱり」と、可能な限り早く街へ出るべく、下りのエスカレータに乗る。惜しいのは時間である。スーツケースの修理に保険金など出なくても良いではないか。
12:11 エアポートレイルリンクの車両が空港を出発。
12:40 パヤタイ着。
12:50 BTSスクムビット線の車両がパヤタイを出発。
13:07 シーロムで乗り換えたBTSシーロム線の車両がサパーンタクシンに着。
13:13 定宿のセンターポイントシーロムに着く。
「リピートのお客様でいらっしゃいますよね、私、お顔、覚えています」と、エレベータの中でベルボーイは口を開いた。
「チェンライは寒かったですか」
「ちょうど良かったよ」
「バンコクは雨ばかりです」
「それは夕立?」
「いえ、時を選ばず、です」
ベルボーイは「バンコクは雨ばかり」と言っていたけれど、そしていまタイは雨期ではあるけれど、空は今日も晴れている。今回の僕は、こと天気に限っては、運が良いのかも知れない。
服を着替えて、先ずはホテルの前のチャルンクルン通りに出る。そしてバンラック市場の入口にある食器屋を覗く。シーロム通りとの交差点で向かいの歩道に渡り、ふたたび南へ戻る。お粥の「ジョークプリンス」は、これまでの路地からすぐ左手に実店舗を構えていた。ここの店主のオネーサンは、中華系タイ人としては異例に笑顔が良い。
そのまま歩いて、何年か前にステンレスのコップを買った「泰成發」で、おなじものを買う。愛用していたそれは、何日か前にチェンライのフードコートに置き忘れたらしく、紛失をしていたのだ。屋台やフードコートで出されるプラスティック製のコップが気に入らないゆえの持ち物である。
夕刻にコモトリ君とサラデーンで待ち合わせ、シーロムまで移動をして、食事を共にする。帰りはコモトリ君の会社のクルマでサラデーンまで送ってもらい、BTSに乗ったは良いものの、眠りこけて終点のバンワーで、あれは乗客だったのか駅員だったのか、とにかく女の人に起こされた。そしてサパーンタクシンまで戻り、財布やカメラやiPhoneを入れた手提げと共に、無事、ホテルに帰る。
朝飯 “THE RIVERIE BY KATATHANI”の朝のブッフェ其の一、其の二
昼飯 “PG231″の機内食
晩飯 「紅燈籠」の酸辣土豆絲、清炒蝦仁、回鍋肉、腰花炒芹菜、時菜炒麺、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)








































