2018.8.5(日) 蛇足ついでに
起きて服を着て顔を洗い、南東の廊下を伝って食堂に来ると、4時を1分だけ過ぎていた。「深夜プラス1」の4時間遅れなのか、どうなのか。
ギャビン・ライアルによるこの小説を読んだのは、そのあまりの伝説ぶりに惹かれてのことだ。結果は「全然、分かりませんでした」だった。どうもこの手… 「この手」とはすこし曖昧な範囲指定になるけれど、とにかくこのたぐいの小説は、僕にはまったく合わない。レイモンド・チャンドラーしかり、ジャック・ヒギンズしかり、ジョン・ル・カレしかり、だ。
ところで「ぜんぜん、分かりませんでした」とはいえ、人にはそれぞれ得手と不得手があるらしい。
「牛肉も豚肉も羊の肉も、食べて全然、その違いが分からない」と言いつつ「毎日の荒利総額は、朝、店のシャッターを上げる前から分かっている」と豪語して、しかもそれを実際の数字で証明し続ける人がいる。「英語は全然、分からない」と言いつつ、その表情と身振り手振りの愛嬌により、たちまち外国人の中に溶け込み、何十年ものあいだ高い収益を上げ続ける人がいる。
海外の、いわゆるハードボイルドやミステリー小説の全然わからない僕にも、果たして得手はあるのだろうか。
蛇足ついでにもうひとつ。「深夜プラス1」の最後の1行「真夜中を一分すぎていた。前面の山道は果てしない暗いトンネルのようであった。」は、芥川龍之介の「羅生門」の最終部分「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。」に、驚くほど似ている。
朝飯 納豆、茄子と乳茸の炒り煮、トマトのスクランブルドエッグ、巻湯波の淡味炊き、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のソースカツ弁当、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け
晩飯 「みょうがのたまり漬」をのせて「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた冷や奴、冷やしトマト、揚げ春巻き、牛肉と豚肉の冷しゃぶ、ピーナツとミントの入ったベトナムのサラダ、トマトハイ、西瓜とスモモのシャーベット
2018.8.4(土) 花火
どれほど前のことかは覚えていない。その日は花火の日で、僕は夕刻の明るさの中で、街の飲み屋にいた。夏の日も落ちるころ、ようやく花火を打ち上げる音が聞こえてきた。店の中にいる僕には当然、花火は見えない。しかし「ドーン」とか「パチパチ」とか「ジュリッ」というような音は届く。それを耳に感じながら、花火は観るより聞く方が風情のあることを知った。
18時すぎに店を閉めてキャッシュレジスターを締める。明日の釣り銭の準備は家内に任せて外へ出る。春日町の交差点から北へ向かい、会津西街道の坂を下る。先ずは福島製麺の行列に並んで焼きそばを買う。次は魚の河内屋でホタテ貝の網焼きを買う。ここからすこし歩けば花火の上がる大谷川だが、そのままきびすを返して家に戻る。
シャワーを浴びる風呂場の窓から花火の音が聞こえてくる。時刻は多分、19時だろう。
食堂の調理台の上で、大きなビンを逆さにして、そこからトマト酢を、薄張りのグラスに慎重に注ぐ。それを少々のソーダで割り、多めの氷を投入する。そこに焼酎を加えたら、またまたソーダを足す。トマト酢の粘度は高い。焼酎やソーダと混ぜるには、工夫が必要なのだ。
そのグラスをテーブルに運び、窓を開ける。北北東に1.5キロほど離れたところから、花火の音が聞こえてくる。開けた窓は南東に向いているから、花火は見えない。音さえ聞こえれば、それで花火は充分である。
朝飯 生玉子、納豆、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた冷や奴、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茄子の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「河内屋」のホタテ貝の網焼き、7月3日に日光の畑で収穫されたらっきょうを塩と酢だけで仕上げた「夏太郎」、酢蓮、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、「福島製麺」の焼きそば、トマトハイ
2018.8.3(金) 胡瓜の朝露漬け
列島の7月の平均気温は、平年のそれを2.8度も上回ったという。何十年のあいだに2.8度の上昇なら理解もできるが「一気に」ということであれば、これは尋常とは思われない数字だ。店の犬走りに置いた6つの鉢は、水を遣るそばから乾き、マーガレットは枯れて死なないまでも、薄茶色に固まって生気は感じられない。店の花を頼んでいるヤマサキジュンイチさんからは先日、ようやく電話が入った。新しい鉢は、数日中には届けられるらしい。
この記録的な猛暑に伴って野菜の価格が高騰していると、テレビのニュースが伝えている。記録的な猛暑、更には、先日の集中豪雨や台風を除けば大して雨も降らない現在の状況であれば、それも当然のことだろう。しかし農業協同組合の直売所や道の駅を見てまわる限り、こと日光市においては、野菜の価格は安定している。
本日は、朝からその地元の胡瓜を集めて「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による浅漬けが作られた。刻み方は、これまでの拍子切りではなく、鱧の骨切りのように細かく包丁が入れられた。包装は、午後一番に完了した。
この限定50パックのうち47パックは、ウェブショップからご注文をくださったお客様へ、2パックは、やはりウェブ上の情報をご覧になって電話をくださったお客様へ向けて、夕刻までに出荷をされた。残った1パックは、数日前に店頭で予約をしてくれた年少の友人ヤギサワカツミさんの手に渡った。僕は明日まで待って、お客様のお手元に届いた姿を創造しつつ、この胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けを食べるつもりである。
朝飯 酢蓮、巻湯波の淡味炊き、厚焼き玉子、納豆、ほうれん草のおひたし、すぐき、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ユタの店」のざる担々麺、サービスの杏仁豆腐
晩飯 ズッキーニのスパゲティ、肉団子とマッシュルームのトマト煮込み、“VOSNE-ROMANEE Jean Gros 1983”、西瓜
2018.8.2(木) 手持ちのすべて
先月18日、北青山の少し奥まったところにあるトリッペン原宿店に、靴2足を修理に出した。直しを頼んだ個所は、縫い糸がほつれた、あるいは切れた部分である。修理には1ヶ月ほどかかると、店のオネーサンには説明をされた。それが早くもきのう、大きめの箱で届けられた。修理に要した期間は、実際には2週間だった。
本日、その箱を事務室から自宅へ持ち帰って開く。2003年に買った”SHEET PULL”と2010年に買った”SCOOTER”の2足は、いずれも当該の個所はもちろん、他のところも職人の判断にて丁寧に補修され、黒く磨き上げられていた。
靴は、というか道具はすべからく、上質のもの修理しながら長く使い続けることが、経済性に最も優れる道である。日常に用いてトリッペン以上の靴を僕は知らない。この2週間は、そのトリッペンの、2足とはいえ手持ちのすべてを欠いて不便この上なかった。次に使うのは来週の9日。夏のあいだは2足のうち、短い”SHEET PULL”を履く機会が増えるだろう。
朝飯 ひじきと梅干しと白胡麻のふりかけ、人参の炒りつけ、ベーコンエッグ、茄子と乳茸の炒り煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 茄子と乳茸の冷や素麺
晩飯 酢蓮、隠元豆の胡麻和え、茄子の油炒め、鰆の西京焼き、うずら豆、「松葉屋本店」の「北信流純米吟醸」(冷や)
2018.8.1(水) オレの膝がそんなことになろうとは
膝の不調に初めて気づいたのは、もう何年前のことか分からない、脱ぎ履きの楽なことから、底の薄いドライビングシューズを1年ほど日常に使い続けたら、膝に違和感を覚えるようになった。しかしその違和感は、このときはいまだ、そう大したものでもなかった。
次に膝のおかしさに気づいたのは、これはその日時をはっきり覚えている。2013年7月12日、カトマンドゥから北東に直線距離10キロの山上にある尼僧院ナギグンバを出発点として、シヴァプリの頂上を目指すトレッキングからホテルに戻ったときだ。外側からくの字に曲がるような感触が右膝に発生した。痛みもある。エレベータを備えないホテルの階段を、僕はしばらく、ゆっくりとしか上り下りできなかった。
その後、膝の違和感は、ときおり顔を出しては沈黙することを繰り返して、だから僕も、それほど気にすることは無かった。それが、今月も半ばを過ぎるころから急に無視できない水準のところまで一気に高まった。朝、仏壇に線香を上げようとして正座をすると、膝のあたりに充満した血なのか漿液なのか、とにかく生ソーセージが茹で上がるに従ってはち切れんばかりに膨張するように、内側から皮膚を強く圧するような感触を覚えるようになったのだ。それは、生まれて初めて感じるものだった。
よって20日にオカムラ外科を訪ね、診察をしてもらうと「骨や筋に異常はないようです。消炎剤を処方しておきます。飲み終えてまだおかしかったら、また来てください」と、先生は僕の両膝のレントゲン写真を観察しながら言った。
小康状態を保っていた膝は、その消炎剤が切れると共に、ふたたび痛み始めた。右膝は兎に角として左膝の状態は前よりもひどく、今朝は仏壇には、立て膝で線香を上げた。
本日のオカムラ先生は僕の左膝の周辺をズボンの上から触って「水が溜まってますね、抜きましょう」と言った。「オレの膝がそんなことになろうとは」と驚いた。ウチではおばあちゃんが、膝に水の溜まる癖を持っていた。そして、それを抜く注射はたいそう痛いとも聞いていた。
6時間後には入浴が可能なこと、また、注射の痛みはからだを楽にすることにより弱くなると、別室に呼ばれた僕に説明した看護婦さんは、そのままカーテンの向こうに消えた。やがて、ステンレス製のお盆に複数の器具を載せているのだろう、カチャカチャという音が聞こえてきた。
診察台に仰向けになってしばらく待っていると、オカムラ先生があらわれて「ちょっと痛いです」と言った。医者の言う「ちょっと痛い」とは、どれほどの痛みなのか。覚悟しながら受けた注射は、しかしどうということもなかった。ここ数十年のあいだに医療器具は長足の進歩を遂げた。オカムラ先生の腕も良いのだろう。
「これだけ採れました」と先生が見せてくれた直径25ミリほどの注射器には、長さ120ミリほどの黄色い液体が抜き取られていた。左膝には同時に、鎮痛剤と消炎剤とヒアルロン酸が注入されたという。
炎天の駐車場に出て、小走りに走ってみる。何も問題は無い。今朝は、それさえできなかったのだ。しかし油断はできない。僕の膝は、何年か後には人工関節になっているような気もする。
朝飯 南瓜の煮物、人参の炒りつけ、納豆、乳茸と茄子の炒りつけ、めんたいこ、らっきょう「夏太郎」、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 乳茸と茄子のつゆで食べる冷や素麺、トマト酢の水割り
晩飯 “Parrot”のチキンカントリー、“evodia 2016”
2018.7.31(火) あちらこちら
上澤梅太郎商店の「らっきょうのたまり漬」と「大根のたまり漬」が、今月23日より「もへじ」のブランドで、全国に店舗網を持つKALDIの76店舗で販売をされはじめた。それを受けて今日はそれらのお店のうち、長男は城東地区を、僕は城西地区を見て回ることとして、それぞれ別の時間に出発した。
「見て回る」とはいえ、お店とお店のあいだには公共交通機関を使って数十分の距離があるため、そうたくさんは訪問できない。また今日の仕事は、それだけではない、14時には、パフレットや包装資材のデザインを任せている先で、新しい商品についての詰めを行うことになっている。表参道の駅からその事務所までは、今日に限っては時間短縮のため、タクシーを使うこととなった。
事務所での話し合いを終えると16時。「もう1軒くらいは回れるだろう」と、長男とは表参道の駅で分かれた。
18時ちかくに神保町に出る。今日の夕食は、長男と次男との3人で摂ることにしていたのだ。予約をした料理屋へ行くと、その外で次男が待っていた。間もなく長男も来る。そして2時間ほどの飲酒喫飯活動を行う。
朝飯 刻みオクラの胡麻和え、人参の炒りつけ、油揚げと小松菜の炊き合わせ、生のトマト、納豆、すぐき、らっきょう「夏太郎」、メシ、揚げ湯波と大根の味噌汁
昼飯 「はなまるうどん」のとろ玉めかぶぶっかけうどん
晩飯 “Bistro Maturista”のあれや、これや、それや。ドライシェリーのソーダ割り、アルゼンチンのメルロー、マール(生)
2018.7.30(月) ヒグラシ
「日光の山野草と野鳥について書ける人を紹介して欲しい」と、もう15年ほども前になるだろうか、ある雑誌から頼まれたことがある。思い当たる人に断られ、しかしその家で紹介された日光の自然観察家にしてロッジの経営者が、その仕事を引き受けてくれた。「ヒグラシと、驟雨を愛でる清閑の、心の****、発見の旅」とは、その人が僕の日記に付けてくれた、いわば副題である。「****」の4文字は忘れた。
検索エンジンで探しても見つからないから、その一節はウェブ上には存在しないのだろう。諦めかけて、ふと思いついて、一部の語句をコンピュータの「プログラムとファイルの検索」にかけてみた。すると果たしてその25文字が、地の底から這い上がるようにして日の当たるところに出てきた。それは「ヒグラシと、驟雨を愛でる清閑の、人とのかかわり、発見の旅」だった。「心の…」は、つまり僕の記憶ちがいである。
そのヒグラシの声を、今朝は4時30分に聞いた。聞こえてきた方角は東南東。そのヒグラシの声が雀のさえずりに変わる。時刻は4時50分。6時が近づくころ、空はそれまでの曇りから晴れに転じた。
午前は長男と宇都宮の得意先を訪ね、午後は通常の業務に復帰する。
朝飯 刻みオクラの鰹節かけ、油揚げと小松菜の炊き合わせ、巻湯波の淡味炊き、納豆、温泉玉子、人参の炒りつけ、明太子、らっきょう「夏太郎」、メシ、トマトとズッキーニと椎茸の味噌汁
昼飯 「十文字食堂」の地獄麺
晩飯 レタスとジャガイモのサラダ、隠元豆のソテーを添えた鶏の網焼きトマトソース、パン、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、ブルーベリーのアイスクリーム、”Old Parr”(生)
2018.7.29(日) 台風一過
目を覚ますと時刻は4時をすこし過ぎたところだった。すぐに起きて食堂に移る。
南東に面した窓を開けて、外の様子を覗う。雨は弱くなっている。しかし風はいまだ強い。風向きによるのか、雨滴が家の中に吹き込む気配は無い。よって今度は南西に向いた窓も開けてみる。湿り気を帯びた風が、部屋の中を勢いよく吹き抜けていく。
湿度の高さに辟易して、窓は30分ほどして閉めた。そして今度はエアコンディショナーを「除湿」にして回しつつ、立ち上げたコンピュータの検索エンジンに「天気予報」と打ち込む。
「台風12号 29日は西日本豪雨地域で再び激しい雨警戒」
「台風12号 強い勢力で上陸か」
「台風12号の影響で29(日)フェーン発生か 北陸で40℃近い猛暑予想」
「強い台風12号 深夜に三重県付近に上陸する見込み」
「三重県が暴風域に入りました」
「台風12号 三重県伊勢市付近に上陸 紀伊半島の東側からの上陸は初」
「奈良県で約110ミリ 記録的短時間大雨」
「奈良県 記録的短時間大雨次々と」
1時間ごとの情報が、サムネイルの天気図と共に更新されている。そのサムネイルをクリックして更に詳しい情報を得ようとするも、今月24日の日記に書いた通り、僕のiPhoneは現在、速度制限の最中にあって、先に進むことが能わない。インターネットは諦めて、テレビのスイッチを入れる。
ここしばらく、昼食の時間にテレビをつけると猛暑のニュース。午後、水を飲むため仕事場から食堂まで上がってきてテレビのスイッチを入れるとワイドショーの話題は猛暑。夜のテレビのニュースはまたまた猛暑への注意喚起。「1日中、やらなくてもいいじゃねぇか」と思っていた。今日の未明からしばらくは、テレビも流石に猛暑から離れて台風の周辺を伝えるだろう。先般の豪雨で被害に遭った人たちが、この台風で更に痛めつけられることの無いよう、願うばかりだ。
台風12号の発生に伴って、我が日光市には大雨注意報が出ていた。「一体全体、どこにそんな雨が降ったのか」と不思議になるほどの、今日の日光の天気は穏やかだった。
朝飯 モロヘイヤのたたき、巻湯波の淡味炊き、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、人参の炒りつけ、生のトマト、刺身湯波、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げとズッキーニの味噌汁
昼飯 「たなか」の柿の葉鮨
晩飯 トマトとベビーリーフとモッツァレラチーズのサラダ、たまり漬「鬼おろしにんにく」のバターライス、マッシュドポテトのオーブン焼き、ステーキ其の一、ステーキ其の二、ステーキに添えたたまり漬「国産にんにく」、“Menage a Trois Folie a Deux 2016”、“Chez Akabane”の桃のケーキ
2018.7.28(土) 珍しく効くサプリメント
ここ数年のあいだ、facebook上のコメントをきっかけとして商品を買う機会が増えてきた。そのコメントは常に、その商品を売る人の宣伝によるものではなく、その商品を使っている人の書き込みによる。
ひと月ほど前には「若いころから疲れて、疲れて、立っているなどはとてもできないから、立食パーティにも出られなかった」という人が「これを飲むようになって以降、自分は一般の人と同じほどに動けるようになった」と画像を上げていたサプリメントを買ってみた。それが届いて飲んでみて、数週間が経つけれど、僕には効かない。というか、考えてみれば、僕は「疲れて、疲れて、立っているなどはとてもできない」人間ではないから、そのようなものを摂取する必要はもともと無かったのだ。大笑いである。
それからしばらくして、今度は「朝、起きた途端に疲れている」という人のための、睡眠の質を向上させるサプリメントというものを、またまたfacebookで目にした。実は僕は、1日の中でもっとも疲れを感じるのが、目覚めたときなのだ。そしてこのサプリメントも、懲りずに注文してみた。
おととい届いたこれを、その晩に早速、飲んで寝た。翌朝27日に目を覚ましたときの実感は「なるほど、疲れていない」だった。きのうの夜も、このサプリメントを飲んだことは言うまでもない。今朝は4時前に目が覚めた。そのときの気分も「やっぱり疲れていない」だった。
これは僕だけに起きる現象なのかも知れないけれど、効果の実感できるサプリメントは珍しい。今回のサプリメントの難点は、ビタミン剤などにくらべて値段が高いことだ。買ったのは1ヶ月分。以降も買い続けるかどうかは「飲まなくなったら、またまた朝の疲れがぶり返すのか否か」を確かめてから決めようと思う。
朝飯 ジーマミー豆腐の冷や奴、納豆、ほうれん草の胡麻和え、炒り豆腐、人参と蓮根のきんぴら、ごぼうのたまり漬、めんたいこ、メシ、溶き卵とロメオレタスの味噌汁
昼飯 「ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「魚登久」のう巻き、鰻重、漬物、肝吸い、「片山酒造」のカストリ焼酎「粕華」(生)
2018.7.27(金) 行っていない旅行の決算報告
ウチに栃木県の指定文化財3点のあることは、むかしから知っていた。昨秋、この所在を確かめるため、市から2名の職員が来た。よってその3点、それは脇差しと拵え、そして、この脇差しとは関係のない鐔であるが、それを彼らの前に差し出した。このような品物は、代が変わると行方不明になる例が多いのだという。
この3点について、今度は所有者の変更を行うとのことで、ふたたび市から、今度はそのための書類が届けられた。これには繁忙に紛れて1週間ほど手を触れないままででいたものの、いつまでそのままにするわけにもいかない。
記入用紙に目を通すと、専門家に確かめなくては記入のできないところもある。即、担当者にウチまで来てもらう。そしてその紙をあらかた文字で埋めたところで、またまた筆が止まる。所有者の変更年月日には、いつの日付を入れるべきか。
調べてもらったところ、ここには前の持ち主の財産分割協議書が作成された日が記入されるという。そういう次第にて、市の職員にはいちど帰ってもらい、オヤジの財産分割協議書を探し、ようやく書類の完成したところで、足労をかけて申し訳ないことだけれど、もう1度、担当者に来てもらう。オヤジが亡くなって13年。このような手続きが必要とは、つゆほども知らなかった。
18時に店が閉まり、3台あるキャッシュレジスターを締めると時刻は18時20分。ここから大急ぎで、町内役員が親睦のため積み立てている通帳と、あらかじめ作っておいた、今月21日から22日にかけて行われた旅行の決算書を複写して8部を作る。この旅行に僕は参加をすることができなかったけれど、会計を預かる者として、決算報告はしておいたほうが良いだろう。
その決算書の入った封筒を持って日光街道を下る。そして8名分の席を予約した居酒屋の戸を引く。
朝飯 ほうれん草ともやしの切り昆布和え、納豆、人参と蓮根のきんぴら、温泉玉子、炒り豆腐、ごぼうのたまり漬、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「和光」の刺身の盛り合わせ、焼き鳥、漬物の盛り合わせ、他あれこれ、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)








































