2017.10.18(水) 新幹線の切符
北千住07:42発の下り特急スペーシアの特急券を北千住駅の自動券売機で買う。その車両が浅草から来る前に、満席になった旨のアナウンスがプラットフォームに流れる。9時11分に下今市に着く。
家内、長男、嫁、孫の4人で1週間前に見舞った、家内の叔母の亡くなったことは、きのうの午後に知らされていた。4人の見舞いが、叔母が目を開いたり話したりできる最後の機会に間に合ったことは幸いだった。
社員のあいだを回り、今日はほとんど仕事のできないこと、帰社は金曜日になることを伝えて歩く。
タイの三等車に十数時間も揺られ続けるとか、二等寝台で24時間ちかくも寝たり起きたりすることはできても、新幹線の切符の、自動券売機による求め方はよく分からない。長男に頼み、その切符を今市駅で買ってきてもらう。ホテルは混み合っていて、1泊目は予約できたが、2泊目が確保できない。こちらも長男に頼み、何とかしてもらう。
下今市13:35発の上り特急スペーシアに乗る。北千住から日暮里を経由して東京駅に移動をする。そして16:10発の「のぞみ47号」の席に着く。その際、6号車と4号車を間違え、女の人に迷惑をかける。
広島に着いたのは20時03分だった。乗り物に閉じ込められて移動をすることは嫌いでないから、退屈はしなかった。都合により「のぞみ49号」に乗った家内とは、広島駅で落ち合った。外では、市民球場から家に帰るらしい大勢の観客たちが、そろいの赤いレインコートを着て歩いている。そうして呉線に乗り換え、21時16分に呉に着く。
朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 「味彩たむら」の日替わり弁当
晩飯 東京駅で買った「やきとり弁当」、呉駅のセブンイレブンで買った「賀茂鶴酒造」の「一滴入魂純米吟醸」(冷や)
2017.10.17(火) 結局は帰れない
繁忙にて昼食を抜くのは、今月に入って2度目のことだ。日に三食を欠かさない僕としては、とても珍しい。下今市15:33発の上り特急に乗るべく準備をしようにも、着替えをするヒマも無く、仕事着の上に紺色のスモックをかぶる。履くとき手間のかかる点において、五本指の靴下は好まない。しかし今日はこれが必要だ。そして2足あるゴム草履のうち、爪先と踵がはみ出すほど小さな方を選ぶ。
地下鉄の駅構内から、日産のビルの前に出る階段を上がる。「あー、銀座の匂いがする」と、二人連れらしい女の人の片方の声を背中で聞く。目と鼻の先の建物の地下1階に降り、9月の中ごろに予約をしておいた、日本に入るとすぐに売り切れてしまう靴を買う。店長らしい男の人は、その靴がより僕の足に合うよう、調整をしてくれた。ゴム草履はザックに仕舞い、真新しい靴を履いて店を出る。火曜日の銀座は、それほど混み合ってはいない。
自由学園で3年後輩のムラヤマムツミ君、またモリタユーイチ君とは新橋駅の銀座口で待ち合わせた。ムラヤマ君には長男が、年に1、2度は食事をご馳走になっている。モリタ君はこの夏、中禅寺湖に滞在しながらの仕事の帰りにウチに寄って買い物をしてくれた。そういう事情があっての、今夜の食事会である。
18時30分から飲食を始めれば、浅草21:00発の最終の特急には間に合うだろう、当初はそう考えていたものの、店を出たのは22時48分だった。4時間18分ものあいだ何をしていたのかについては、よく覚えていない。
朝飯 エノキダケと三つ葉の酢の物、ほうれん草の胡麻和え、隠元豆のバターソテー、目玉焼き、納豆、たまり漬「刻みザクザクしょうが」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「山本合名」の”Ice Blue”(冷や)
2017.10.16(月) ころもがへ
おとといの朝から、部屋に暖房を入れることが当たり前になってしまった。きのうまでの服装も、もはや適当ではない。仕事着に限れば、僕は年間で、以下8回の衣替えをしている。
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
きのうまでは、その「初秋」の組み合わせだった。しかし、自転車に乗ったとき、また夜の戸外などでは、きのうの日記にも書いたように、木綿のTシャツを通して風が二の腕を冷やす。よって今朝は、深夜の暗闇の中でも手探りで着替えができるよう整理整頓したチェストから半袖のポロシャツを一掃し、おなじ引き出しを、今度は長袖ヒートテックシャツで満たした。今日からは「秋」の組み合わせである。
行楽の季節にもかかわらず、あるいはそれを狙い澄ましたように、雨が続いている。空はどんよりと曇り、まるで英国の「ラグビー日和」だ。更に今週末には、南の海から台風が接近するという。紅葉には、晴れ上がった青い空が似合う。天気の回復が、待たれるばかりだ。
朝飯 「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、納豆、トマトレタスのサラダ、切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、胡瓜のぬか漬け、メシ、なめこと揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 カレーうどん
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、マコンのそれほど高くないワイン、赤のグラスワイン、其の八、コーヒー
2017.10.15(日) 屋台まつり
終業後、誰もいない事務室で今日の数字のあれこれをコンピュータに打ち込んでいると、お囃子の音が聞こえてきた。僕は、神輿や屋台の巡行に直に関わることからは引退をしている。しかし皆が雨まじりの空に下で屋台を曳いているのに、自分だけが屋内にいるのは気が引ける。よって社員通用口のドアを開け、日光街道の春日町交差点まで出てみる。お囃子は朝日町の屋台のもので、追分地蔵尊から日光街道を上がってきた彼らは、会津西街道に右折し、自分の町内へと帰るところだった。
我が春日町1丁目の屋台はどこにあるかと、日光街道のシモ、つまり大げさに言えば東京方面に目を遣る。次に近づいてくる屋台の提灯は、春日町1丁目のものではない。日光街道を徒歩で下りつつ、仲町の屋台を先導する自治会長カネコトモヤスさんに訊くと、我が町内のそれはいまだJR通りにいるという。そういう次第にて、遂には追分地蔵尊とは目と鼻の先まで歩いてしまう。
春日町1丁目の、安政六年製の屋台はやがて、JR通りから小倉町の交差点に出たところで停まった。そして、この日のために東京の大学から帰ってきたタシロケン君により「キリン」と呼ばれるジャッキで地面から持ち上げられ、頭を瀧尾神社へ向けた。そうしていよいよ日光街道を遡り始める。
町内の面々、また助っ人たちの多くは、半纏の下にレインコートを着ている。きのうは急なことだったけれど、まとまった数を買うことができて、本当に良かった。
しばらくは、車道を行く町内の屋台の速度に合わせて歩道を歩く。木綿のTシャツを夜気が突き抜け、二の腕を冷やす。列島はここ数日で急激に気温を下げた。家に戻り、お湯を沸かし、それで割った焼酎を飲んでからだを温める。
きのう2メートルばかりを歩いた孫は、今夜は早くも、その倍ほどは歩けるようになっていた。自転車を覚えたばかりの子供とおなじく、歩けることが楽しくてたまらない、という顔つきである。僕は、彼女が足元に近づくたび、椅子の下に置いた一升瓶を倒されないよう、その首の部分を握ることを繰り返しつつ、焼酎のお湯割りを飲む。
朝飯 納豆、切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、玉子焼き、トマトのサラダ、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、なめこの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 シメジと舞茸の吸い物、隠元豆の胡麻和え、飛竜頭と海老芋の炊き物、鯛の刺身、鯛飯、麦焼酎「高千穂零」(お湯割り)、“Chez Akabane”の杏仁豆腐
2017.10.14(土) 日記は書けている
目を覚ましたのは真夜中の1時台だった。きのうの就寝が20時台であれば、それも無理はない。眠気は感じないため、そのまま起きてしまう。そしてこの秋はじめて、食堂に暖房を入れる。
おとといの日記は書けている。きのうの日記も書いてしまった。しかしさきおととい、つまり11日の日記が完成していない。文章は書けている。しかし最上部に置く画像が決まらないため、3日後の今日になっても公開はできていない。
午前に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に配達に行き、そのついでに農産物の売り場でなめこを買う。昼のうどんの具にするためだ。そして会社に帰ってふと、昼に宇都宮へ行く用事のあったことを思い出す。三歩を歩けば物事を忘れる性分だけに、油断はできない。
11時すこしすぎに三菱デリカの運転席に収まり、宇都宮へ行く。会社に戻ったのは2時間ほど後のことだ。今日は、明日の「今市屋台まつり」に備えて、町内役員は13時から屋台庫に集合して準備にかかることになっていた。遅刻をしながら僕も現場へとおもむく。そうして今夜の直会の確認や、雨に備えて簡便なレインコート6ダースほどを調達したりする。
店の駐車場は、心配になるほど空くこともあれば、また満杯になることを繰り返している。この時期にテレビ局が頻繁に用いるのは、竜頭の滝からの中継だ。その竜頭の滝の紅葉は、今がまさに見ごろだという。しかし天気が悪い。紅葉狩りのお客様には気の毒なことだ。
終業後は自宅4階に社員を集め、家内の料理により、すこし遅れたけれど、9月の「日光MG」の打ち上げを行う。
朝飯 切り昆布と豚三枚肉の炒め煮、焼きトマトを添えた目玉焼き、ほうれん草のソテー、納豆、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「日光スパ屋」のトマトとモツァレラチーズとバジルのスパゲティ
晩飯 「らっきょうのたまり漬」とツナのサンドイッチ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、牛肉と里芋と「しいたけのたまりだき」の炊き合わせ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」と山芋と豆腐と人参と牛蒡の天ぷら、茹で豚の「日光味噌梅太郎赤味噌」ソース、たまり漬「刻みザクザク生姜」と同「鬼おろしにんにく」を薬味にした鰹のたたき、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、鶏もも肉のオーブン焼き「日光味噌ひしお」のせ、たまり漬「刻みザクザク生姜」と鶏笹身肉のおむすび、ごぼうのたまり漬、南瓜とハロウィンスィートの甘煮、2種の葡萄と柿、「三宅本店」の「千福純米大吟醸」、「賀茂鶴酒造」の「賀茂鶴純米吟醸」、「旭酒造」の「獺祭磨き二割三分」、「丸山酒造場」の「雪中梅吟醸」
2017.10.13(金) 勘定
タイに出かける前、つまり先月24日までの、手持ちの現地通貨は33,631バーツだった。そこに20,000バーツを残し、13,631バーツのみを取り分けて、今回の小口現金とした。今月7日に帰宅をして封筒の中身を確かめると、残金は5,504バーツだった。つまりタイで過ごした11泊12日のあいだに使った、宿泊費を除いた小遣いは8,127バーツ。1日に均せば677バーツ、邦貨にして2,000円ということになる。
昼はゴルフ、夕食は日系ホテルで日本料理、夜はクラブ活動という人は、1日に2万バーツから4万バーツは使う。それだけあれば、僕なら1ヶ月や2ヶ月は遊んで暮らせる。「海外へ行きながら爪に火を灯して面白いか」と問われれば、僕はゴルフはしない、タイへ行ったらなタイの、それも庶民とおなじものが食べたい、夜は時として20時前に消灯する早寝早起きで、貧しい旅をしている実感は無い。
ちなみに使った8,127バーツのうち、1,382バーツはチップに費やした金額で、全体の17パーセントを占める。
現在の手持ちは25,504バーツ。それを今回の1日あたりの小遣い677バーツで割れば四捨五入をして38。つまり両替をすることなしに、いまだ1ヶ月を超える日々をタイで過ごせる勘定になる。
要諦のひとつは、行き先を田舎に絞ることだ。タイ北部における汁麺1杯の価格は平均して35バーツ。それがバンコクでは50バーツに跳ね上がる。海外では都市より田舎の方が好きだから、何の痛痒も感じない。
朝飯 納豆、ベーコンエッグ、煮奴、鮭の親子漬け、大根の日光味噌漬け(試作品)、メシ、トマトと揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩ネギラーメン
晩飯 トマトとジャガイモと南瓜のサラダ、ほうれん草のソテーを添えた煮込みハンバーグ、大根と胡瓜のぬか漬け、「盛川酒造」の「白鴻八反三十五号吟醸」(冷や)、葡萄
2017.10.12(木) 生牡蠣
商売をしていれば、材料を仕入れ、品物を作り、それを売る以外にも、仕事はあれこれと発生をする。午前の終わりころ外に出かけ、会社に戻ると13時30分。栃木県今市健康福祉センターでの「食品衛生責任者再教育講習会」は14時に始まる。よって僕としては珍しく昼食を抜く。
講習会の眼目は、食中毒を発生させないところにある。何年か前に、今日とおなじく食品製造業や飲食業が多く参加をする保健所の講習会において「生牡蠣は毒貝とでも呼ぶべきもので、お客には絶対に供するな」と注意を喚起した講師がいた。それが今日は「ノロウイルスによる食中毒のうち、生牡蠣を起因とするものは全体の10から15パーセント。よって生牡蠣は、生食用のそれを新鮮なうちに正しく調理して提供すべし」と、講師の意見は変わっていた。
生牡蠣は僕も大好きである。来るべき冬にはしかるべきところで、1度に1ダースほどは食べてみたい。
夜、ハガキのお礼が同級生からメールにより届いた。facebookでは、きのうハガキが届いたと報せてくれる人もいた。どちらも先週の木曜日、チェンライ空港の郵便局から投函をしたものだ。宛先が東京近郊であれば、チェンライからのハガキは1週間ほどで着く、ということだ。
チェンライからバンコクに飛ぶ飛行機の中で書いたハガキは、翌日の金曜日にバンコクのホテルに投函を托した。こちらも無事に届けば有り難い。
朝飯 ハムと2種の唐辛子のソテー、納豆、胡瓜の味噌漬け(試作品)、ごぼうのたまり漬、鮭の親子漬け、メシ、豆腐と揚げ湯波と長葱の味噌汁
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しのおでん、ピータン豆腐、おつまみ焼叉、海老の春雨炒め、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り、お湯割り)
2017.10.11(水) この季節になると
出勤してくる社員を迎え入れるため、事務室のシャッターを上げる。事務室の前にノレンを提げるため外に出ると、目の前にワゴン車が駐まっている。この季節、つまり木の葉の紅く色づくころになると、開店前からいらっしゃるお客様が多くなる。道が混む前に山へ上がり、紅葉を楽しもうとする気持ちが働くからだろう。
オヤジは営業時間外の商売を極端に嫌った。それは「準備が整っていない状態での接客は避けるべし」とか「時間は厳守すべし」というような考えによるものではなく、オヤジの生理や感情に基づいていることのように、僕には感じられた。
僕は逆に、営業時間外の商売は厭わない。というよりも、むしろ好きかも知れない。今朝のお客様にも喜んで、商品を販売させていただいた。
朝の薄日の差す天気は午後から一変し、空は、まるでタヒチに渡る前のゴーギャンの、ヨーロッパの雪の街を描いた絵のように暗くなった。それでもキャッシュレジスターを締めてみれば、売上金額は昨年のおなじ曜日のそれより隨分と高かった。
今日から家には誰もいない。よって終業後は食事を摂るため、オレンジ色のウインドブレーカーを身につけて、弱い霧雨の中に自転車を乗り出す。
朝飯 ハムエッグ、胡瓜のぬか漬け、鮭の親子漬け、なめこのたまりだき、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと揚げ湯波と青葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「ユタの店」のピータン、焼き餃子、キムチ豆腐、焼酎「鏡月」(お湯割り)
2017.10.10(火) バッグの中身
身のまわりのそこここに時計がある。よって普段は腕時計はしない。しかし今朝ばかりはそれを左腕に着ける。決められた時間に従って、ひとつひとつこなさなければならない仕事が、大きな木造建築の梁や柱のように入り組んでいたからだ。そうして7時30分からあちらこちらであれこれをし、気づくと時刻は11時55分になっていた。
どこかで買い物をしたとき紙袋の代わりに付いてきたような、不織布による小さなトートバッグに新聞と文庫本、財布と携帯電話、それに細々としたものを入れ、それを提げて家内と下今市15:05発の上り特急スペーシアに乗る。2時間後に京橋の南天子画廊に着く。そして「堂本尚郎回顧展」を観る。そこから歩いても良かったけれど、新橋までは銀座線で移動をする。
鮨屋のカウンターには秋の色が濃かった。気分は楽な一方で、時間を気にしたりもする。そうして浅草21:00発の下り最終スペーシアに今度はひとりで乗り、23時前に帰宅する。トートバッグの文庫本は、遂に読まなかった。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、2種の唐辛子の網焼き、牛肉と車麩と牛蒡の炊き物、大根とズッキーニのぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「山本合名」の「白瀑備前雄町純米吟醸」(冷や)、「八戸酒造」の”mutsu 8000 pale ale”、「アリサワ酒造」の「生しぼり新しょうがリキュール」
2017.10.9(月) 観察
たかだか11泊では、海外にいても日本の食事が恋しくなることはない。国内、国外を問わず、その土地に行けば、その土地のものを食べ、その土地の酒を飲んで過ごしたい。タイの食事の特徴は甘い、辛い、酸っぱいが顕著ということになっている。しかし僕が驚くのは、それよりも野菜の力の強さである。玉葱やセロリなど、日本で食べられる野菜であっても、タイに行けば、それらの香りは数等倍に感じられる。
そういう強烈な風味のものを飽かず食べて日本に帰ると、昼食や夕食は何でも構わないものの、とにかく朝食だけは米と味噌汁が欲しい。きのうの夜も忘れずに、翌朝の味噌汁のため、鍋の水に数尾の煮干しを忘れず入れて台所に置いた。
「吉田類の酒場放浪記」は隨分と以前から、毎週かならず録画されるよう、自分でビデオを設定したらしい。たまたま月曜日の21時にテレビのスイッチが入っていると、それまで観ていた番組が突然「酒場放浪記」の導入部の画像に変わり、知る人は知る、例の主題曲が流れ始めて、忘れていた、つまり録画のことを思い出す。
それはさておき、そのようなとき、この番組を好まない家内は「やだー」と、ただちにチャンネルを他に変えるよう言う。しかし僕はそれを聞き入れず、結局は最後まで観る。仕方なくつき合う家内の観察によれば、吉田は焼酎よりも日本酒に酔いやすいという。僕はただ、吉田のシャツやスカーフ、酒や肴に傾けるうんちく、あるいはろれつの回らないしゃべりを面白がって観ているだけだから、そのようなことには気づかない。
朝飯 牛肉と車麩と牛蒡の炊き物、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、大根のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「とりや」のタンメン
晩飯 生ハムのムースを載せたパン、ブロッコリーのサラダ、スパゲティミートソース、“Cuvée des Jeux Côtes du Rhône Jean Claude Boisset 1986”、栗のソースのロールケーキ、”Ord Parr”(生)







































