2016.10.18(火) 約束ごと
1998年10月、日本酒に特化した飲み会「本酒会」の会員で、当時は閑職にあったカトーノマコトさんが上澤梅太郎商店と僕個人のウェブページを作ってくれたときには、ハイパーテキストの読み書きのほか、様々な約束ごとを教わった。
「おなじドメインによるウェブページの中で、画像や別ページにリンクを張る場合には、それを別窓つまり新しいタブでは開かない」という原則も、そのとき教わったひとつだ。
ところが僕はその原則を守らず、特にこの日記においては、ほとんどすべての画像および別ページへのリンクは別窓で開くようにした。理由は、それが自分の好みだったからだ。
この日記を今年の9月1日からワードプレスにしたのは、上澤梅太郎商店のウェブページの新装に伴ってのことだ。ウェブページと方針を一にするため、日記のヘッダ画像はウチの朝食をモザイク状にちりばめたものとし、各々の日のトップ画像もその日の朝食にするよう制作者側からは求められたけれど、そこは自分の好みを通した。
ところがここに来て、毎日の3食については、その内容を期した文字をクリックしなくても見える形にすべきという意見が出て、それには従うこととした。しかしその、日記の最下部に並ぶ3枚の画像に限っては、ワードプレスの機能として、別窓では開けないことが分かった。
トップ画像や文中からリンクを張られた画像は別窓で開くにもかかわらず、最下部のいわゆる「ギャラリー」は別窓では開かない、それを混在させることはさすがの僕もしたくない。
このことにつきどうすれば良いかと訊ねた周囲はおしなべて、1998年10月のカトーノさんの意見を支持した。それはそうだろう、それこそが原則なのだ。
よって9月1日から始めた新しい日記のみにその範囲は留まるけれど、すべての画像、すべての文字リンクは別窓で開かないよう書き換えることを決めた。そしてその作業は早朝の時間を使ってきのうと今日の2日で完了した。
ことし8月31日までの古い日記であれば、1ヶ月分のソースコードをエディタに移し、そのリンクタグから”target=”_blank”を置換で消せば修正は1秒以内に完了する。しかしワードプレスの日記は1日分がひとつの単位になっている。専門の知識と技術を持つ人ならまとめての修正もできるらしいけれど、悲しいかな僕は初心者である。
別窓で開くリンクを別窓で開かないようにするには、そのひとつにつきトラックパッドとクリックボタンをそれぞれ5回ずつ操作しなければならない。タイへ旅行をしていたときには1日あたり最多で26枚の画像を乗せているから、その場合には26×5でトラックパッドとクリックボタンの操作は各々130回になる。よほど早く起きなければ、これを2日で終わらせることはできないのだ。
さてこれからの仕事は、1日3食の画像をことし9月1日からの日記の最下部に設置していくことだ。これは別窓で開くリンクを別窓で開かないようにする作業よりも手間を食いそうだ。更に早起きをしなくてはならない。
朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炊き物、納豆、冷や奴、ツナとレタスのサラダ、大根のぬか漬け、蕗のとうのたまり漬、メシ、おとといのピエンローの残りで作ったスープ
昼飯 「麺屋ききょう」のネギ塩ラーメン
晩飯 スパゲティボロネーゼ、“Cadette Rouge LUMIERE”、梨
2016.10.17(月) Let’s note
ウインドウズをOSとするコンピュータについては、1995年以来ずっと”ThinkPad”を使ってきた。キーボードの真ん中にある赤いトラックポイントの使い心地が良く、他の機種に変えるなどは到底、考えられなかったからだ。しかしこれが”IBM”の手を離れ”lenovo”になって以降の質感の低下は甚だしく、”X61″の無線の具合が悪くなった2011年7月を機に次の機種えらびに入った。そして後継機を”Let’s Note N10″と定め、2011年8月よりそれに乗り換えた。
最も心配をした、トラックポイントからトラックパッドへの変化は「1週間で慣れる」と周囲から知らされていたけれど、僕は3日で慣れた。以来その”Let’s Note”を愛用し続け、他の機種に持ち替えるつもりは無い。
今月13日、いつものようにこの”Let’s Note”を特急スペーシアの中で開きつつ東京に出張した。そして翌早朝、起動をしてみると、バッテリーがほとんど枯渇しかかっていたから大いに驚いた。
羽田から午前便でバンコクに飛び、そこで飛行機を乗り換え夕刻チェンライに着く。そのあいだずっと使い続けても、現地のホテルで起動をすれば「残り時間6時間」などと表示されるほど”Let’s note”のバッテリーは優秀だった。だから1泊2日程度の出張には、これまで電源コードは携帯しなかった。今後は気を抜くことができない。
僕が”Let’s note”を使い続ける理由のひとつに「秋葉原LUMIX&Let’s note修理工房」の存在がある。ここは、予約の上で朝に実機を持ち込めば夕刻には修理の完了する、優れた体系を持つ組織だ。2011年8月に手に入れた”Let’s note N10″はいまだ元気で、新しい機種に買い換えるつもりはない。そのうちこの工房を訪ね、バッテリーのみ交換してもらう可能性が大である。
朝飯 茄子のソテー、納豆、大根おろし、ニラの卵とじ、蕗のとうのたまり漬、メシ、椎茸と揚げ湯波とキャベツと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 「コスモス」のカプレーゼ、カツレツデミグラスソース、ドライマーティニ
2016.10.16(日) ひこうき雲
目覚めて枕頭のiPhoneを見ると時刻は4時45分だったから、そそくさと起きる。自分ひとりの時間は目を覚ましてから朝6時までに限られる。寝ているのはいかにも惜しいのだ。5時52分、いまだ暗い空の東から西へ、ジェット機が白い飛行機雲を引いていく。
11時25分、お囃子の音に気づき外を窺うと、大谷向町の屋台が会津西街道の坂を上がって春日町の交差点にさしかかりつつあった。屋台まつりの会場であるJR通りまでは、もうひとふんばりである。我が春日町1丁目の屋台は町内の「市縁ひろば」を11時30分に出発の予定になっている。よって日光街道を100メートルほど遡上し、そちらの様子も見に行く。
今朝は8時30分に、いままさに屋台が引き出されようとしている屋台蔵へ行き、町内の会計係として、大工や囃子連への寸志を自治会長に届けた。明日以降は、それぞれの担当者が立て替えた保険金や飲食の代金を精算する。僕がこの催しにかかわるのはそれくらいのことにて、労力を提供してくれる人にはまことに申し訳ない限りではあるけれど、この季節の週末は仕事が忙しくてどうにもならないのだ。
夜は長男の作ったおかずにて白酒を飲み、早々に寝る。
朝飯 ほうれん草のソテー、ひじきと人参の甘辛煮、トマトのスクランブルドエッグ、鶏そぼろ、納豆、メシ、なめこと三つ葉の味噌汁
昼飯 蕗のとうのたまり漬、大根のぬか漬け、メシ、椎茸と若布と揚げ湯波とベーコンの味噌汁
晩飯 茄子の即席漬け、ピエンロー、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)、“Chez Akabane”のチョコレートケーキ
2016.10.15(土) 何やら面白い話
“RICOH CX6″が、またまたマクロでしか合焦しなくなった。2014年7月に買って以来2年3ヶ月、これが7回目の故障である。その過去6回の履歴は以下で、合焦関係のものが圧倒的に多い。
2014.1024(金) 無限遠で合焦せず(新宿のリコーに持ち込み)
2015.0209(月) マクロでしか合焦せず(新宿のリコーに持ち込み)
2015.0325(水) レンズ動作不良(浮間舟渡のリコーに持ち込み)
2015.0603(水) マクロでしか合焦せず(ピックアップリペアサービスを利用)
2015.0628(日) マクロでしか合焦せず(ピックアップリペアサービスを利用)
2016.0717(日) マクロでしか合焦せず(ピックアップリペアサービスを利用)
早速「リコーイメージング」の、ピックアップリペアサービスのページに検索エンジンから飛び、明日の集荷を予約する。しばらくすると電話が入り、故障したカメラをヤマトが取りに行けるのは火曜日になるという。当方は特段、急いでいるわけではないので了承をする。
上にもあるように、昨年の6月にはおなじ故障を2度、起こした。2度目のときにはさすがのリコーも気合いを入れたか、以降、1年と少々は問題なく動いたけれど、またまた元の木阿弥に戻ったらしい。
これだけ故障するカメラをなぜ他の機種に乗り換えず持ち続けるかと問われれば、それはひとえに使いやすいからだ。僕はこの”CX6″を部品の供給が止まるまで使い続け、リコーはこの”CX6″を部品の供給が止まるまで修理し続けるのだ。何やら面白い話ではないか。
朝飯 生のトマト、ひじきと人参の甘辛煮、温泉卵、納豆、ほうれん草のソテー、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメン
晩飯 トマトとレタスのサラダ、キノコのソテーと大根おろしを添えたハンバーグステーキ、胡瓜のぬか漬け、玄米焼酎「つかだ」(お湯割り)
2016.10.14(金) メシの間合い
9時すぎに長男と駒込で落ち合い、場所を移して仕事に入る。その仕事にひと区切りがついたのは14時だった。
坂を登って駅ちかくの銀行へ行き、通帳や印鑑と共に払い出しのための紙を差し出すと「ご本人様でいらっしゃいますか」と女子行員に訊かれて一瞬、背筋が寒くなる。銀行、役所、警察。このようなところを身分の証明できるもの一切を持たずに訪ねる悪癖が僕にはある。
「はい」と答えると行員は、電線の付いた端末を僕の方へ向け、そこに4桁の暗証番号を打ち込むよう求めたから「助かったー」と胸をなで下ろす。駒込から日光まで、自動車免許証や健康保険被保険者証などを取りに帰るヒマはないのだ。
駅前から先ほどの坂を下って仕事場のちかくに降りる。時刻は14時40分。18時からの夕食を邪魔しない昼食は何かと考え、汁蕎麦の、蕎麦のみ食べて汁は残す。後半の仕事は16時に完了した。
きのう買ったメガネケースに不備があったため、池袋に出てそれを返品する。その後、新橋に移動をして銀座まで歩く。鮨を肴に結構な量の酒を飲み、しかし23時ちかくに無事、帰宅する。
朝飯 “DOUTOR”のミラノサンド、コーヒー
昼飯 「富士そば」のわかめ蕎麦
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「山本合名」の「和韻純米吟醸生原酒」(冷や)、ヱビスビール
2016.10.13(木) サンダル履き
1ヶ月あるいは2ヶ月に1度、血圧などの診察を受けている病院の予約が11時30分では、やはり12:35発の上り特急スペーシアには間に合わなかった。よってその1時間後のそれに乗り、恵比寿へ行く。仕事を終えると夕刻は夜に移りつつあった。
2008年に買った”trippen”の”SCOOTER”の「スベリ」の糸が今年の中ごろからほつれてきた。その修理を頼むため、代官山よりは恵比寿にちかい「trippen代官山店」まで歩く。そこで”GREGORY”のザックから”KEEN”のサンダルを出し、それを履いて池袋に移動する。
“LINDBERG”のゴムの部品を交換してもらおうと、行きつけのメガネ屋を訪ねると、ことし6月にメガネと共に紛失をした、気に入ったメガネケースがショーケースにあることに気づいた。かねがね不思議に感じていることだけれど、ほとんどのメガネケースには製造元や商品名の記載がない。よってその在庫を切らせていたこの店でも再注文ができず、また検索エンジンでも見つけられずにいた。即、このケースを店員に手渡し、展示品でも構わないから買う旨を伝える。
サンダル履きでは、それを許してくれる店にしか入れない。というのは言い訳で、僕はほとんどサンダル履きなど問題にしないメシ屋、飲み屋にしか行かない。そうして今夜もやはり、そのような飲み屋であれこれを肴に焼酎のソーダ割りを飲む。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ひじきと人参の甘辛煮、油揚げの網焼き大根おろし添え、トマトとレタスのサラダ、目玉焼き、メシ、若布と油揚げと大根の葉の茎の味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮そば
晩飯 「男体山」のあれや、これや、それや。キンミヤ焼酎(ソーダ割り)
2016.10.12(水) アイコン
朝において、東の空は、日の出る前が美しい。一方、西の空は、日が出て3時間ほど経ったころが美しい。もっとも好きな風景は、東には朝の空があり、しかし西はいまだ藍色の夜に閉ざされているときのそれだ。しかしその夜と朝のあいだを見るには、階段を昇って屋上まで行く必要がある。大した手間ではないけれど、それがなかなかできないのだ。
本日、絵はがきの届いたことを、知らせてくれた人がいた。チェンライでは”Dusit Island Resort”のフロントに託したときも、またエジソンデパート1階にある、あれは郵便局の出張所なのだろうか、そこから投函をしたときも、日本へのハガキはしっかり届いていた。今回は、空港にそれのあることに気づかなかったことが不思議でならない郵便局からハガキを出した。それはバンコクに移動をする今月6日の午前だった。チェンライから日本までの手紙は6日で届く、ということだ。
チェンライ空港の郵便局にこれまで気づかなかったのは、Tの字の上に横一本棒の、あの郵便のアイコンがそこになかったからだ。あのアイコンは実は日本に固有のものにもかかわらず、見えているものをも見えなくしてしまうのだから、思い込みとは恐ろしい。
閉店と同時に、それまで駐車場で待機をしていた清掃業者に声をかける。ウチでは年に1度は本職を頼み、冷蔵ショーケースの奥の奥まで綺麗にしてもらう。そしてその作業は3時間以上も続いた。冷蔵ショーケースの寿命がまた1年、伸びたような気がする。
朝飯 三つ葉の卵とじ、ひじきと人参の甘辛煮、油揚げの網焼き鰹節かけ、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの春雨サラダ、胡瓜の辛子和え、焼叉、回鍋肉、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)
2016.10.11(火) 新しい方法
店舗の冷蔵ショーケースの品物が少なくなってきたときの予備として、キャッシュレジスターの背後にも冷蔵庫を置いている。きのうの営業中にこの冷蔵が突然、停まった。冷蔵庫の裏、店舗1階、その2階、果ては製造現場にある高圧変電施設のちかくに置いた大元のブレーカーを調べて、いずれにも異常は見つからなかった。よって今朝は8時に冷蔵庫屋に電話を入れ、なるべく早く来るよう頼む。
連休明けの今日は銀行ふたつに用事があり、9時前には会社を出たい。一方、排水処理設備では、その管理者が早くも東京から着く。あるいはまた、屋上と2階スラブの雨漏りを予防するための防水工事の人が来る。それ以外にもすること、決めるべきことはいくつもあり、多いときには3人を相手にそれぞれ別の会話を交わす。「忙しいねぇ」と家内が笑う。
タイの北部国境ちかくにいて、1日に4時間もプールの寝椅子で本を読んでいた先週の日々が、まるで遠い昔のことのように感じられる。
今日はまた、年末の贈答の時期に備えて、ダイレクトメールのお送り先を抽出しなければいけない。そしてそれは午前に行うこととしていたけれど、その時間は失われた。ようよう14時30分から4階の食堂に上がる。この仕事は精密を要するため、人が来たり電話がかかったりする環境では、とてもではないけれど、できないのだ。
特に工夫をしたわけではないけれど、1990年代から何十回もしてきたこの仕事の細部において、今日はこれまでと違った方法を何気なく採った。その結果、昨年は36分かかった作業を25分で完了することができた。次回もおなじ手が使えるよう、即、それをコンピュータに記録する。
朝飯 ひじきと人参の甘辛煮、秋刀魚の梅煮、トマトのスクランブルドエッグ、湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、大根のぬか漬け、メシ、椎茸と玉葱と三つ葉の味噌汁
昼飯 きのうのキムチ鍋の残りのぶっかけ飯、大根のぬか漬け
晩飯 “Finbec Naoto”のその1、その2、その3、その4、その5、その6、その7、その8、リストのブルゴーニュの中でもっとも安かった赤ワイン、コーヒー
2016.10.10(月) 秋の空
十月の上旬は、列島にぐずついた天気が続いていたらしい。しかし今朝の空には、その天気が良い方に変わりそうな様子が見える。テレビの気象予報士も今後しばらくは続くだろう好天を、今朝は日光の竜頭の滝から中継で伝えている。その周辺では紅葉がすこしずつ始まり、またそこからすこし標高の低い、いろは坂の紅葉は今月22日ころからが見ごろだという。
朝の予報はそのようなことだったけれど、昼を過ぎても一向に晴れない。紅葉の具合も、気象庁の予測から大きく外れることがあり得るのではないかと僕は考えている。
自宅の食堂にはタイへ行く前の9月から、暖房を入れる早朝があった。そして今朝も、ほんのいっときエアコンディショナーによる暖房のスイッチを入れる。暖房をかけつつ半袖のポロシャツ1枚でいては何やらいけないような気がして、その上から長袖のTシャツを着る。
きのうおとといと、夜はワインを飲んだ。今夜は鍋を肴にして焼酎のお湯割りを飲む。
朝飯 納豆、秋刀魚の梅煮、トマトのスクランブルドエッグ、冷や奴、ひじきと人参の甘辛煮、たまり漬「ホロホロふりかけ」、メシ、若布と里芋と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 キムチ鍋、玄米焼酎「つかだ」(お湯割り)
2016.10.9(日) 旅行の反省
旅の最中には「次の旅まで覚えておくべし」ということが発生するたび、部屋にいるときにはコンピュータに、外にいるときにはノートに記録をした。そしてその記録は今回、14を数えた。
・”Dusit Island Resort”のクリ―ニングは朝に出せば当日の夕刻に仕上がる。
→クリーニングの伝票を今回くわしく読んだところ、急ぎは4時間、通常は10時間と、その作業時間が記してあった。しかし朝、専用袋に収めてベッドの上に置いておけば、部屋掃除のメイドが電話で洗濯係を呼ぶ。そしてその洗濯物は夕方には部屋に届くことを知った。それを計算の上でこのホテルに連泊をすれば、持参する服はかなり減らせる。
・”Dusit Island Resort”とナイトバザールを結ぶシャトルバスは17:00の便が廃止された。
→市中心部まで2キロちかく離れたホテルにおいて、これはとても便利なサービスだ。現在の運行は18:00、20:00、21:00、22:00の1日4往復になった。伝票には往路と復路が各々60バーツ、往復は120バーツと記されている。しかしこの伝票をベルボーイに手渡すのは往路のみで、復路についてはなし崩し的な無料である。街まで歩いていき、復路のみ使っても代金は請求されない。
・”Dusit Island Resort”とナイトバザールを結ぶシャトルバスの復路のダイヤは守られない。
→復路のナイトバザール発はホテル発の15分後とダイヤにはある。しかし待っている客がいれば、バスはその客のみを乗せて時間前に発車してしまう。ホテル発の5分後にはナイトバザールの前でバスを待つ必要がある。
・ハジャイとチェンライのあいだにはエアアジアが1日2便を運行している。
→”Dusit Island Resort”のロビーにチェンライ空港の発着情報を知らせる電子掲示板があった。羽田→バンコク(スワンナプーム)→バンコク(ドンムアン)→ハジャイ→チェンライ→バンコク(スワンナプーム)→羽田という旅も面白いのではないか。忙しさを避けるには、まとまった日程が必要である。
・ラオカ―オとカップを持ち歩く時には”ISUKA”のギヤバッグか”KARIMMOR”のショルダ―バッグが必須。
→今回、持参した”GREGORY”のクイックポケットには、自分にとって最小限のものしか入らない。ラオカーオとカップは今回、ビニールの手提げ袋に入れたため、街へ出るときの荷物が2つになってしまった。旅先での利便性と荷物の軽量化という相反する矛盾は、旅人にとって永遠の問題である。
・ラオカ―オを持ち歩くための350ccのペットボトルがあるととても便利。
→度数35から40のラオカーオは、1度にせいぜい1合ほどしか飲めない。部屋から720cc瓶のまま持ち出すのは無駄である。またペットボトルに入れて持ち歩けば周囲の人はそれを水と思ってくれる。
・カメラは街中用として”RICOH GRD”を持つか。
→普段持ちの”RICOH CX6″は、咄嗟の撮影ではピントが合わない。一方スナップ用の”GRD”なら食べ物のための接写にも併用できる。
・アロハは3着を用意して結局は1着で間に合った。
→これは前述の、”Dusit Island Resort”のクリ―ニングが早く仕上がることによる。
・”TIO PEPE”はバンコク最終日の海鮮料理に必須。2日分なら1リットルは持つこと。
→ラオカーオも悪くはないけれど、魚貝類にはやはりワインが合う。しかしワインは常温での運搬に向かないゆえのドライシェリーである。
・屋台では濡れティッシュが必須
→汁や脂で汚れた手ではカメラを操作しづらい。
・屋台ではバッグハンガ―が必須
→手提げ袋やショルダーバッグの置き場に困るから。
・チェンライのサタデ―マ―ケットには早く行くこと。
→17時からタナライ通りに入り、18時には広場に行かないと席は取りづらい。今回は同席を許してくれるカップルのお陰でテーブルが使えた。しかしそういう幸運は毎回は望めない。
・チェンライのサタデ―マ―ケットには箸と濡れティッシュが必須。
→今回、鹵味屋で箸を求めたら「無い」という。仕方なしにちかくの店で不要の焼きそばを買って、しかしその店にも箸は無く、プラスティック製の小さなフォークしかもらえなかった。
・帰国日が金曜の場合、空港には必ず電車で行くこと。
→木曜日の昼には空港からチャルンクルン通りのホテルまでタクシーを使って42分で着いた。金曜日の夜には、おなじホテルから空港までタクシーを使って1時間49分もかかった。あの渋滞は二度と経験したくない。
というわけで次の旅行を目指して仕事に励むべし、である。
朝飯 納豆、生のトマト、秋刀魚の梅煮、厚焼き玉子、大根のぬか漬け、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁、キウィ
昼飯 カレーライス、たまり漬「ホロホロふりかけ」
晩飯 スパゲティサラダ、茹でトウモロコシ、鶏もも肉のソテーきのこソース、アップルパイ、プリン、“Chablis Billaud Simon 2014”







































