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清閑 PERSONAL DIARY

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2016.10.31(月) すぐに腹が減る

20161031g「腹へったー、カラ弁当ー」と、小学校の3年から6年までを受け持ってくださったエダタダシ先生はときおり、CとDの2音のみの、しかし歌のようなものを口にされた。「とことん腹が減ると、額に脂汗がにじんでくるんだ。そんな経験、みんなは無いだろ」と、中学校の国語教師タケイイワオ先生はある日、おっしゃった。おふたりの共通点は、子供のときに第二次世界大戦を経験されている、ということだ。

僕が太らないのは、食べた物がすぐにどこかへ消えてしまう体質のせいではないかと思う。

むかしの職人や芸人は一膳飯を嫌った。僕はむかしの職人や芸人ではないから、ごはんは必ずお替わりをする、というような習慣は持たない。しかし平均的な日本人にくらべれば、それよりたくさんの米飯を食べていることは確かだ。そういう朝食を摂りながら、しかし午前10時30分を回るころには、もう腹が減っている。

今朝は弁当を詰めることができなかった。そして午前10時30分の僕は昼にも少なくない量の米飯を食べることを望んでいる。そういうときは「大貫屋」のオムライスである。あのケチャップライスの量は1合ちかくあるのではないか。そうしてその薄焼き卵の香りを鼻の先に思い浮かべつつ、11時30分まで午前の仕事を続ける。


朝飯 牛蒡と人参と鶏挽き肉の炒りつけ、揚げ湯波とひじきと人参の甘辛煮、豆腐の卵とじ、納豆、じゃこ、メシ、豆腐と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 ハムとトマトとレタスのサラダトマトとクリームチーズのスパゲティ“Chablis Billaud Simon 2014”「久埜」の栗蒸し羊羹

2016.10.30(日) 長く使う

20161030e“trippen”の、2010年2月に買った”SCOOTER”の左の「スベリ」が今年の中ごろから剥がれてきた。よって今月13日、恵比寿へ行ったついでに「trippen代官山店」まで足を延ばし、その修理を頼んだ。そうしたところ、すり減った踵の盛り直しもしておけば、靴底を貼り替えるまでの年数が稼げるから経済的と女店員に助言を受けた。時と場合によるけれど、本職の意見には従う質だから、そちらの方も頼んで店を出た。

その靴はきのう届いて、しかし繁忙から、箱を開けるのは今日になった。中には僕の靴のイラスト入りの、文字数の多い丁寧なハガキが入っていた。その署名を見て女店員の名はオータキさんと知った。

“trippen”の靴には前衛的なデザインが多い。そのうちの、僕の持つ2足は大人しめのものである。更に買い足しても良いけれど、いまの2足はこれから10年を経ても健在だろう。物欲を脇に押しやれば、3足目の必要は無い。

道具は手入れをしながら長く使うのが好みである。


朝飯 納豆、茄子の炒りつけ、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、牛蒡と人参と鶏挽き肉の炒りつけ、胡瓜のぬか漬け、メシ、蕪と蕪の葉の味噌汁
昼飯 鍋焼きうどん
晩飯 肉団子と白菜の鍋、米焼酎「白水」(お湯割り)、“Chez Akabane”の杏仁豆腐、チェリーブランデー

2016.10.29(土) 食器

20161029f「食器を買うときの最低単位は10客」とは、オフクロが常々、言っていたことだ。そしてそれをし続けたオフクロの居住空間はゴミ屋敷になった。そういう僕も、いくつかの食器を5客ずつ買ったことがある。以来30年、それらの器は結局のところ、それぞれ1客ずつしか使っていない。

その経験により今は、気に入った食器を見つけると、1客あるいは2客のみを買う。そして昔からある食器のうち、気に入らないものは惜しまず捨てる。あるいは捨てないまでも、自分では使わない。

今朝の3人分の納豆、おなじく3人分の野菜と挽き肉の炒りつけも、それぞれ異なる器に盛られた。そこから僕は気に入った器のそれを自分のお盆に載せ、気に入らないものは家内と長男に回す。その繰り返しにより、この日記の朝食の画像には、いつも決まった食器が並ぶことになるのだ。

この秋は、秋刀魚皿と鰯皿をそれぞれ色を違えて2客ずつ買った。鰯は年間を通じて丸干しが買えるから焦りはしない。しかし問題は秋刀魚である。ことしは秋刀魚の塩焼きを1度も食べなかった。そしてその旬はとうに過ぎた。このまま冬に突入、の感じである。


朝飯 牛蒡と人参と鶏挽き肉の炒りつけ、納豆、ひじきと人参の炊き物、「しいたけのたまりだき」と三つ葉の玉子焼き、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「大昌園」のあれやこれや麦焼酎「田苑」(オンザロックス)

2016.10.28(金) 朝焼け

20161028g深夜1時35分に目を覚まし、そのまま起きてしまう。きのうは23時まで食堂にいた。ということは睡眠時間は2時間30分。眠気を感じない理由は分からない。

食堂のテーブルであれこれしながらふと気づくと、右手のカーテンが明るみを帯びている。そのカーテンを巻き上げると、外にはなかなか綺麗な朝焼けがあった。それが数十分後にはどんよりとした曇天になってしまうのだから、天気とは不思議なものである。

おとといの東京は26℃の暑さで、僕は麻のシャツ1枚で歩いていた。その暑さはきのうまで続いた。ところが今日は、昼すぎに降り始めた雨が夕刻には氷雨に変わる寒さである。

日本酒を対象とした飲み会「本酒会」の会員は現在8名。月に1度の例会に姿を見せる会員の、もっとも少なかったときは2名。普段は4、5名だから、小さな中華料理屋「食堂ニジコ」の4人用のテーブルでも充分に対応できるだろうと、この店を今年の会場のひとつとした。

ところが「そういうときに限って」と苦笑いをしたくなるけれど、今夜の参加者は7名もいた。初見ながらこの店を気に入ったイチモトケンイチ会長は、来年はここで2度の例会を持ちたいと、僕が着く前に店主には告げたという。

日光市今市旧市街の、全長800メートルにわたる日光街道沿いに、飲食店は僕の知る限り3軒しかない。「食堂ニジコ」を含むその3軒には、できるだけ長く続いて欲しい


朝飯 納豆、春雨炒め、目玉焼き、生のトマト、揚げ湯波とほうれん草の淡味炊き、茄子の炒りつけ、メシ、揚げ湯波と北浦若葉葱の味噌汁
昼飯 朝飯の残りで作った弁当
晩飯 「食堂ニジコ」のあれやこれやそれや。4種の日本酒(冷や)

2016.10.27(木) 山を目指して帰る

20161027f秒単位とまではいわないけれど、会社にいる限りは分単位で仕事をこなす。「朝くち行きます」とメールで連絡をしてくる人がいる。「朝くち」とは一体全体、何時のことか。「朝一番で参ります」と電話をしてくる人がいる。「朝一番」とは一体全体、何時のことか。時間は「○時〇分」と、具体的に指定して欲しい。

11時に約束をした人が11時3分前に来る。その面談を10分でこなし、ホンダフィットを運転して宇都宮に向かう。3時間ほど仕事をして、いまだ日の残る日光宇都宮道路を、男体山を目指して帰る。宇都宮と日光を結ぶ高速道路を走る限り、紅い葉などはどこにも見えない。それはそうだろう、いろは坂の紅葉でさえ、いまだ見ごろにはなっていないのだ。

きのう今日は自分にとっては関門だった。しかし明日は楽である。あるいは、儲かりもしなければ経費削減になるわけでもないところのみが難点の、好きな仕事が控えている。

朝、早く起きない限り、自分の時間は持てない。早く寝ようとしながら今夜は23時になってしまった。入浴後、食卓で気づかないままうたた寝をしていたのかも知れない。


朝飯 揚げ湯波とほうれん草の淡味炊き、里芋と牛肉と「しいたけのたまりだき」の煮つけ、人参とピーマンのきんぴら、納豆、メシ、若布と揚げ湯波と野口菜の味噌汁、メロン
昼飯 「コメダコーヒー」のカツサンドブレンドコーヒー
晩飯 豚肉とほうれん草の鍋その鍋で作ったラーメン、芋焼酎「八幡」(お湯割り)

2016.10.26(水) ジグザグというよりも

20161026i下今市07:05発の上り特急スペーシアに乗れば、秋葉原には9時に着く。数日前に予約をしておいた「秋葉原LUMIX&Let’s note修理工房」を訪ね、このところバッテリーが急に衰えたLet’s noteを窓口のオネーサンに手渡す。

奥のブースに引っ込んだオネーサンはややあってふたたびカウンターに戻り、不具合はバッテリーではなく、ウインドウズアップデート関連のプログラムの常駐によりCPUの負荷が高くなっているところにある。必要なのはプログラムの修正であり、バッテリーの交換ではないと説明をしてくれた。修理費用は僅々3千数百円。そのままコンピュータを預け、外に出る。

品書きには「焼きそば」とあっても実は焼いていない不思議な麺を昼に食べているとき長男と電話が繋がる。長男とは本日、夕食を共にすることにしていた。それが体調不良により叶わなくなったという。

2名の予約を1名に変更することは、店のために忍びない。よってLINEや電話で思い当たる数名に連絡をするも、みな今夜の予定はふさがっていた。最後はfacebookで相手を募ろうかとまで考え、しかしそれについては思いとどまった。

池袋、新橋、六本木と歩くうち夕闇が迫る。市ヶ谷を経由し秋葉原に戻る。そして修理の完了したLet’s noteを受け取る。11月がちかいにもかかわらず、今日の東京の最高気温は26℃とのことだ。上半身には麻のシャツ1枚のみを着ている。

新橋には山手線で戻った。今朝からの移動を線にすれば、それはジグザグというよりも、角張った渦巻きになるかも知れない。東洋人の男と東洋人の女が英語で話をしている、そんな香港映画のような雰囲気の店で鮨を肴に冷えた日本酒を飲む。

浅草には20時6分前に着いた。よって持っていた21:00発の切符を窓口で20:00発に変更してもらう。「さすがに寒かろう」と身構えつつ下今市駅のプラットフォームに降りると、しかしここでも空気は温かかった。


朝飯 5種のおむすび、シジミと北浦若葉長葱の味噌汁
昼飯 「新珍味」の焼きそば
晩飯 「鮨よしき」のあれやこれやそれや。「三千盛酒造」の「悠醸純米大吟醸」(冷や)

2016.10.25(火) 肉じゃが、ではない。

20161025e先日、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に納品をしながら、やはり野菜を納めに来た農家の人たちの立ち話を聞いた。話題はこの秋の長雨についてのものだった。「人参は土の中にあるうちから割れて腐る」と、そのうちのひとりが嘆いていた。「ことし良いのは芋くらい」と相手はそれに応えていた。芋は甘くない限り好物である。

今夜のおかず、僕の場合にはそれはおかずというより酒の肴であるけれど、そこには肉じゃが、否、里芋と牛肉の煮付けがあった。家内によれば「しいたけのたまりだき」の「たまり」と日本酒を割り下として牛肉を煮る。そこに電子レンジで柔らかくした里芋を投入して更に煮れば完成、ということだった。甘口の好きな人は砂糖か味醂を加えても良いだろう。

この夕食を終えると煙草を吸いたい気分になったので、ベランダに出て今年3本目の煙草を吸う。

僕は春夏秋冬、年に4本の煙草を吸う。なぜ吸うか。マリファナなどよりよほど習慣性の高いドラッグまがいのものを法で許している国家の無定見さが面白いから吸う。なぜ年間4本に限るか。アル中ポン中モヒ中の同類にはなりたくないからそうしている。秋の湿った夜気の中で吸うそれは隨分と美味かった。


朝飯 人参とピーマンのきんぴら、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、ウインナーソーセージのソテー、大根のぬか漬け、牛蒡のたまり漬(試作品)、メシ、若布と揚げ湯波とピーマンの味噌汁、メロン
昼飯 牛蒡のたまり漬(試作品)、大根のぬか漬け、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮によるお茶漬け
晩飯 ほうれん草のおひたし、大根と胡瓜のぬか漬け、厚焼き卵、里芋と牛肉の炊き物鯛飯、「高良酒造」の芋焼酎「八幡」(お湯割り)

2016.10.24(月) 牡蛎フライ

20161024d今朝は5時すこし前に目を覚ました。仏壇に花と水とお茶と線香を供えてから食堂に戻り、サム・クックの”at tha Copa”を聴く。彼のアルバムでは熱狂の、そして「名盤中の名盤」といわれる”THE HARLEM SQUARE CLUB”よりも、客席は白人ばかりと想像されるニューヨークの高級クラブで軽く流している感じのこちらの方が好きだ。12曲目の”Blowin’ in The Wind”から13曲目の”Tennessee Waltz”ですべての曲が終わっても、日はいまだ昇らない

この時期は、渋滞が始まる前に奥日光へ上がり、紅葉見物をしようとする人が多い。開店は8時15分でも、ノレンは7時30分には提げる。定時より早く買い物をなさりたいお客様がいらっしゃれば勿論、当方は喜んで商売をさせていただく

今年の牡蛎は、今月14日の晩にはじめて食べた。生ではなくコンフィだった。今夜は牡蠣フライを食べに出かける。僕の最も好きな牡蛎フライは、家で揚げたそれ、もうひとつは日光市平ヶ崎にあるとんかつ屋のそれである。


朝飯 納豆、人参とピーマンのきんぴら、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波と蕪の葉の炒め煮、胡瓜のぬか漬け、メシ、若布と和泉菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 「とんかつあづま」のカキフライ、玉葱とレタスのサラダ、大根と胡瓜のぬか漬け、ごはん、豆腐と若布の味噌汁、芋焼酎「黒霧島」(お湯割り)

2016.10.23(日) 今年の紅葉

20161023f目を覚まして枕の下のiPhoneをまさぐり、時刻を確かめる。3時をすこし回っている。

5時に目を覚ますと、朝食の準備を整え始める6時はちかいから、何やら損をした気になる。4時に目を覚ますと中くらい。今朝のように3時そこそこに目が覚めれば、5時のときとは逆に、得をした気持ちと共にベッドを離れることができる。

食堂に出てLet’s noteを起動する。ディスプレイ右下のバッテリーアイコンにポインタを重ねると「残り3時間53分(99%)」との表示が現れた。バッテリーの残量が99パーセントあるにもかかわらず、駆動可能時間が3時間53分というのが、そもそもおかしい。Let’s noteは、僕の歴代のコンピュータとしては、もっとも長く動き続けている。特段の不具合は無いから、近々バッテリーを新品に交換して、更に使うつもりである。

今ごろになって、脚のすねの皮がむけてきた。チェンライのプールサイドで、パラソルの影からこの部分だけはみ出し、陽の光にジリジリと焼かれた数日があったのだ。

「タイから帰ったら看板の照明スイッチを入れる」と、コンピュータの日程管理には入れてある。しかし10月のはじめにその必要は感じず、看板には近づかなかった。それから1週間ほど経って、秋の日の落ち方の速さに驚き「やっぱり覚え書きには従うべきだわな」と、考えを改める。

17時35分、外へ出て店の写真を撮る。”RICOH GRD”のモニター画像は明るく見える。しかしISO800の絞りF1.9にもかかわらず、シャッタースピードは7分の1秒なのだから、夜とほとんど変わらない。

閉店の直前、いつものように不意に来店した年長の友人ヤナセヨシヒコさんに訊いたところでは、奥日光でさえ今年の紅葉は「まだ早い」とのことだった。


朝飯 厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、蕪のぬか漬け、ベーコンとスクランブルドエッグ、納豆、茄子とピーマンの味噌炒り、メシ、浅蜊と三つ葉の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 鯛の刺身、和泉菜の辛子和え、鯛の煮付け、玄米焼酎「つかだ」(お湯割り)、「久埜」の大福

2016.10.22(土) タイマー

20161022cすべての人には神経過敏と無神経が同居をしている、かどうかは知らない。しかしすくなくとも僕においてはそうである。

先々週の金曜日、サパーンタクシンからスワンナプーム空港へ向かう高速道路で「徒歩の方がマシ」という渋滞に巻き込まれたときには「飛行機に乗り遅れたら、そのときはそのときだ」と、特段、焦りもしなかった。しかしたとえば麺を茹でるときなどは1秒2秒が気になってタイマーが手放せない。お茶を淹れるときも同様である。

朝、湯を沸かすと先ずはそれを仏壇用の湯飲みに注ぐ。その湯飲みが手で持てないほど熱くなったら、つまりそれだけ湯がさめたら、それを僕の湯飲みに移して更にさます。このとき空になった仏壇用の湯飲みには、また湯を足しておく。一方、僕の湯飲みも手で持てないほど熱くなったら、ここではじめてその湯を急須に入れる。そして30秒に設定しておいたタイマーのボタンを押す。

そのあいだに仏壇用の湯飲みから僕の湯飲みに湯を移し、タイマーが30秒を報せたところでそれを急須に足す。ここで今度は60秒に設定したタイマーのボタンを押す。60秒が経ったら急須のお茶を仏壇用の湯飲みに注ぎ、そのお茶と水を仏壇に供えて線香を上げる。

食堂に戻ると、僕のお茶は急須の中でいささか濃くなりすぎているけれど、それは仕方がない。ここでようやく朝のお茶にありつく。

機関車型ボイラーの複雑な操作手順はからだで覚えられて、しかしちょうど良い塩梅にお茶を淹れるについてはタイマーに頼らざるを得ないとは、一体全体、どのような理由によるものか。毎朝、不思議に感じつつ、明日もまた、おなじ手順でお茶を淹れるのだ。


朝飯 納豆、蕪のぬか漬け、厚揚げ豆腐とほうれん草の淡味炊き、生のトマト、目玉焼き、牛蒡のたまり漬(試作品)、メシ、茄子とトマトの味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 「三彩」の懐石10品コース、”Dom Perignon 2004″、獺祭「磨き二割三分」(冷や)、森伊蔵(オンザロックス)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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