2018年5月の日記31本
2018.5.31(木) あらまほしき姿
銀座8丁目の「鮨よしき」であるとき「ウメツという若い人を知っているか」と店主のニシヅカヨシキさんに訊かれた。その「ウメツという若い人」は、自由学園で3年後輩のウメツマサノリ君の長男のことと想像がついた。ニシヅカさんはウメツ君と、酒販店の内覧会で知り合ったという。
そのような縁から後日、僕はウメツ君と、結婚したばかりの奥さんを「鮨よしき」に呼び出し、一夕、食事会をした。
「子供が生まれたので見せに行きたい」と、そのウメツ君から連絡をもらったのは、2週間ほど前のことだった。僕は自分と周囲の日程を摺り合わせて、今日の日を指定させていただいた。
ウメツ君は奥さんのハナさんと赤ん坊を連れて、約束の正午に来た。酒蔵に生まれたウメツ君は、先ず片山酒店を見学したらしく、店主のカタヤマさんが3人をクルマで送ってきてくれた。有り難い。
ウメツ君のお父さんは後輩とはいえ、僕の同級生ヨネイテツロー君を通じてMGという研修を僕に知らしめてくれた恩人である。ウメツ君はここ数年のあいだ、仕込みの時期は埼玉県の酒蔵に泊まり込んで働き、夏は中央区の酒販店に勤めることを繰り返してきた。そして来年はいよいよ鳥取県の実家に帰って家業を継ぐという。ものを作り、商売をする家に生まれた者の、あらまほしき姿と僕は思う。
朝飯 野菜スープ、トースト、生のトマト、ベーコンエッグ、コーヒー
昼飯 ほうれん草のおひたし、油揚げと小松菜の炊き合わせ、刺身湯波、筑前煮、巻湯波とキヌサヤ炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、「日光味噌梅太郎赤味噌」に漬けた牛肉のオーブン焼き、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁、トマトの甘露漬け、イチゴとキウィ
晩飯 “TIO PEPE”、トマトとキウィのサラダ、胡瓜とマカロニと生ハムのサラダ、人参の細切りサラダ、茹でたブロッコリーとピクルスを添えたメンチカツ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“evodia”、焼き菓子
2018.5.30(水) ふたつの仮定
クルマで遠出をすることはしない。それは、公共交通機関を利用した方が費用が安い、本を読むのも寝るのも自由、行った先で飲酒をしても帰ってこられるなどの理由による。しかし今日は、家内の父母の、形見分けの食器を家内の実家からもらってくる、そのような用件のため、朝、家内を案内役としてホンダフィットの運転席に着く。
06:44 日光市今市の自宅を出発
07:48 東北道蓮田P.A.で小休止
08:28 iPhoneの地図に案内をされるまま、首都高速道路の大泉I.C.ちかくまで来る。右手には「関越道 新潟」の案内が何度も出る。
「関越道から鎌倉の方に行く高速に乗り換えられるのかな」
「でも新潟に行っちゃまずいでしょ」
との会話を家内と交わす。iPhoneの音声は、先ほどから沈黙をしたままだ。よって大泉I.C.から一般道に降りる。
「高井戸から首都高に入り直した方がいいんじゃない」
「そうだな」
と、高井戸I.C.に向かって走っていくと「新宿」の表示が見える。
「逆方向じゃん」
「第三京浜って、首都高と繋がってるんだっけ」
「いや、むかしは環八から乗ったな」
「だったらこのまま環八で行こうか」
と、我々の会話はしごく心許ない。僕と家内の頭の中にある東京の地図は、35年前のままである。
09:35 環状八号線から第三京浜道路に乗る。
09:52 横浜新道に入る。
10:03 横浜横須賀道路を港南台I.C.で降りる。
小高い丘の斜面に家々が建ち、その丘と丘とのあいだに狭く屈曲した、そして起伏に富んだ道が網の目のように通じる「いかにも神奈川県の南東部」という感じの景色の中にホンダフィットを進める。
10:32 家内の実家着
正午に予約をした昼食を終えると15時がちかかった。買い物をしながら16時に家内の実家に戻る。午前に続いて食器を緩衝材で包み、段ボールの箱に収める仕事は家内と義姉に任せ、僕は離れた部屋のソファに横になる。
06:02 家内の自宅を出発。国道一号線から圏央道に入る。
ワイパーを最速で動かさなくては視界が確保できないほどの雨が降っている。たくさんの4トントラックが”tail to nose”の状態で、時速120キロで走っている。首都圏の高速道路に乗るたび「大事故の起きねぇ方が不思議だよなぁ」と感じる。
初めて走る圏央道は、行けども行けども、僕の感覚からすれば、東京から西に遠く外れたところを走らされる。一体いつになったら東北道に乗れるのか。もうひとつ、圏央道にはパーキングエリアがほとんど無い。夜、雨、トラックの集団という三重苦の中を、緊張を保ちつつ走り続けて、しかし休むことができない
19:33 狭山P.A.で小休止。鎌倉から90分も走り続けて「いまだ狭山」である。
20:08 久喜白岡JCT.からようやく東北道に乗る。出発前に義姉の淹れてくれた緑茶のお陰か、今朝の起床は3時台だったにもかかわらず、眠気は一切、感じない。
鹿沼I.C.を過ぎようとしているところでいきなり「補給して下さい」のオレンジ色の表示が速度計の中央に出る。燃料は先週の中ごろ満杯にした。今朝、家を出たときの距離計は、それから94キロのところを示していた。燃料を補給しなくても帰ってこられると今朝は踏んでいたものの、今日はかなりの距離を既にこなしている。
「燃料して下さい」の表示は、燃料の残りが5リットルになったところで出ると仮定する。ハイブリッドのホンダフィットは、時速80キロから100キロを保つ限り、1リットルのガソリンで15キロは走れると仮定する。このふたつの、誰に保証してもらったものでもない仮定により、このまま走り続けることを決める。日光宇都宮道路に入ってからは更に慎重を期し、時速は75キロ、エンジンは毎分1,500回転ほどに抑えて進む。「紫電改のタカ」に、おなじような場面がなかったか。
21:29 自宅に無事、帰着をする。
往路の所要時間は3時間48分、復路のそれは3時間27分だった。4階に戻り、先ずは仏壇の前に正座をする。そして線香は上げず、リンのみ鳴らして手を合わせる。
朝飯 5個のおむすび、焼き海苔
昼飯 「虹」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、ごはん、そのごはんに載せるための雲丹、ごはんをお茶漬けにするときの具あれこれ、デザート、キリン 零ICHI
晩飯 “Bergfeld”のミートパイ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.29(火) 契約の変更
iPhoneによるデータ通信の速度が先週の土曜日から極端に落ちた。使い過ぎによる速度制限だろうか。僕はiPhoneを、ほとんどデザリングにしか使わない。現在の契約は月に20GBだ。今後はこれを、ひとつ上の30GBに変更する必要があるかも知れない。
契約の変更はウェブ上からもできる。しかし通信量を上げることにより嵩む課金を、できれば他の部分を削ることで相殺したい。となれば、ドコモショップに出かけて係に相談をした方が話は早いだろう。月末に1週間ちかくも続く速度制限は、できれば避けたい。
それはさておき、その通信速度の低下により、この4日間ほどは、日記を秀丸で書いている。そしてその文字を、事務室へ降りてから”WordPress”に貼りつけるのだ。砂漠の真ん中で日記をつけている気分である。
ドコモショップへはいつ行けるだろうかと、カレンダーを見る。今日、明日、あさってと日付を目で追って、今月中は無理と悟る。そしてまた、6月は30日あるうちの9日間は海外にいて、その間の通信はホテルのwifiに頼るから、パケットを使いすぎることはないだろう。よって契約の変更は、再来月に繰り延べることとする。
朝飯 切り昆布の炒り煮、炒り豆腐、納豆、ほうれん草のおひたし、温泉卵、セロリと2種のピーマンのピクルス、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とキヌサヤの味噌汁
昼飯 孫の遠足のおかずを流用した弁当
晩飯 筑前煮、刺身湯波、人参とブロッコリーのソテー、牛肉のたまり漬け焼き、セロリと2種のピーマンのピクルス、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)、豆腐と揚げ湯波とトマトとベビーリーフの味噌汁
2018.5.28(月) ニヒルに笑う
3本のズボンがクローゼットのハンガーに掛かっている。そのうちの2本は秋冬春の三季用で、おなじ製造元のおなじ型のもの、色も紺色と共通しているけれど、生地だけが異なっている。残る1本は夏用で、色はやはり紺色である。この3本を今朝は近所のクリーニング屋、否、客とクリーニング屋の橋渡しをしてくれる窓口に持参する。
夏用の1本は何年も使ったもので、いまだ傷んではいないものの、今や穿く気はしない。その紺色のズボンと同じ型で、もう1本、白に近い色のものも持っている。しかしそちらの方も、もう穿く気はしない。先日、使いやすい夏用のズボンを新たに手に入れたからだ。
ところで、もう使うことのない紺色のズボンを、なぜ捨てずにクリーニングに出すか。それは、人に譲るためである。
南の国へ旅するときには時々、不要の衣類を持参する。その中には時として、新品が含まれることもある。新品とは、何かの大会の参加賞としてもらったものとか、今はなきオフクロが慈善のための即売会でまとめて買ったものなどだ。そういう衣類をホテルを去る朝に「すべて清潔です。どうぞお使いください」と書いたメモと共に部屋に置いてくるのだ。
この話をすると「しかし南の国も、いまやそれほど貧しくはない。新品を含むとはいえ、メイドさんは、それらをゴミとして捨てているのではないか」と長男は言う。そのたび僕は「だったら笑うよな」と、ニヒルな笑みを顔に浮かべるのだ。
朝飯 冷や奴、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、キヌサヤの卵とじ、納豆、炒り豆腐、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 切り昆布の炒り煮、ほうれん草と海苔のおひたし、ポテトサラダ、ハムカツ、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)
2018.5.27(日) 絞り出す時間
店は、土曜日は平日の2倍、日曜日は3倍、忙しい。にもかかわらず、今日は販売に当たる人員が少ない。そのため、お客様の数が多くなるたび、事務室から店へと移動をして、販売係の手伝いをする。「にもかかわらず」ついでに言えば、今日は家の者が僕しかいない。重なるときは重なるものである。
各町内の自治会長、神社総代、神社世話人を集めて月に1度の割合で開かれる「当番町を考える会」の、今月の会場は大谷向町の公民館だ。大谷向町は多分、ウチからは最も遠い町内ではあるけれど、大谷川の河川敷にあるという駐車場の場所を僕は知らない。よって自転車で会津西街道を北上する。14時45分の川風は、とても爽やかだ。
「当番町を考える会」の会議は大抵、1時間ほどで終わる。それが今日は30分で完了した。10分ほどペダルを漕いで会社に戻ると、駐車場には満杯のクルマが入っていた。取り急ぎ、白いシャツとネクタイを仕事着に着替えることなく帽子と名札のみ着けて店に入る。そして3台あるキャッシュレジスターに釣り銭を補給する。
ウチは売り場にお客様がいらっしゃる限り、定時になっても店は閉めない。今日の閉店はいつもよりすこし遅れた。キャッシュレジスターをひとりで締めようとする僕に「手伝いましょうか」と販売係のタカハシリツコさんが声をかけてくれたものの、ひとりでできる旨を伝えて帰ってもらう。疲れた頭と体はなるべく早く休めるべきだ。
キャッシュレジスターの精算仕事のうち、明日の釣り銭を入れる部分は明朝にまわし、店を施錠して4階の食堂に戻る。僅々15分を絞り出したのは、ひと息つく時間が欲しかったからだ。
ストリチナヤは小さなシェイカーに入れて、冷凍庫で冷やしておいた。それを氷で満たしたグラスに注ぎ、ソーダで割る。Amy-Winehouseの”Hidden Treasures”をBOSEのCDプレイヤーに差し込み、11曲目の”Body and soul with Tony Bennett”へと先送りをする。10曲目の”Best frends,right?”までは、朝のうちに聴いていたのだ。そして18時50分にテーブルを離れ、7月の八坂祭について話し合うため、春日町1丁目の公民館へと向かう。
朝飯 炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、レタスを添えたハムエッグ、ごぼうのたまり漬、鮭の親子漬け、納豆、メシ、揚げ湯波とキヌサヤの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 朝のおかずを流用した酒肴、”Old Parr”(ソーダ割り)
2018.5.26(土) 切符の購入
2012年にはバンコクとウボンラチャタニーを往復、2016年にはバンコクからスンガイコーロク、2017年にはバンコクからデンチャイ、そしてこの3月にはバンコクからフアヒンまで鉄道で、それも2017年を除いては2等寝台車または3等車で移動をしたことからして、僕はいわゆる「乗り鉄」である可能性が高い。
しかし興味の範囲は乗ることに限定をされ、モハやキハが何を表す記号かなどは皆目わからず、またトンネルから出てくるディーゼル機関車を雪の山中から超望遠レンズで狙うような趣味も無い。
普段、遠くへ行くときには東武日光線の下今市駅が起点になる。JRの切符は、近距離のそれを除いては、窓口に駅員、それも「ヲタク」水準の人が少なくなってからは特に、買うことが億劫になった。
そうはいっても来月の3日には、鳥取県の智頭から家まで帰ってこなくてはならない。重い腰を上げてJR今市駅へおもむき、乗り換え案内の方式で経路を選べる自動券売機の前に立つ。
自動券売機は、家を出る前に調べてきた運賃より1,400円たかい金額を示している。僕の後ろで順番を待つ人はいなかったものの、いったん取消ボタンを押してベンチに下がる。そしてiPhoneでおなじ経路を調べてみると、こちらは自動券売機とおなじ運賃を示す。
いま一度、自動券売機へと向かう。そしてようやく、示されている運賃には座席指定が含まれていることに気づく。よって今度は躊躇することなく確認ボタンにタッチをする。
朝食 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、炒り豆腐、キャベツのおひたし、ほうれん草の胡麻和え、スペイン風目玉焼き、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 キャベツとベーコンの味噌汁、スパゲティサラダ、鶏肉の「日光味噌の辛ひしお」焼き、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)、“Chez Akabane”のクリームホーン、”Old Parr”(生)
2018.5.25(金) くじ引き
日本人の最も好む酒はビールと断言して差し支えはないと思う。たとえば神社のお祭に協力してくれた人たちに弁当を持って帰ってもらう、そのとき、その弁当に添えられる酒は、僕の知る限り缶ビールだ。神事にふさわしい酒は日本酒で決まっている。しかし僕の経験の範囲内では、弁当に添えられる酒は缶ビールで揺るがない。
そういう僕も、日常の食卓においては日本酒はほとんど飲まない。飲むのは焼酎とワインがもっぱらである。日本酒の美味さと焼酎の美味さを比べてみれば、日本酒のそれの方が遥かに分かりやすい。にもかかわらず、である。
月のうち必ず日本酒を飲むのは、僕が書記を務める飲み会「本酒会」の例会日においてだ。「本酒会」では日本酒以外のお酒は飲まない。
「本酒会」は、会が始まる前に会費を徴収する。そのとき同時にクジも引く。そのクジに「1番」と書かれていれば、その晩、最初に出てきたお酒が余ったときには、それを持ち帰ることができる。2番、3番を引いた会員は、おなじく2番目、3番目のお酒が余れば、それを持ち帰ることができる。
最も引きたくないのは、ビンの中で盛んに発酵してる、噴水のように吹き出す恐れのあるお酒が出品されたときの「1番」である。このたぐいのお酒は、どの月においても最初に飲むことになっている。そしてその栓を抜くのは1番のクジを引いた者と決められているのだ。
今夜はその「1番」を、こともあろうに僕が引いてしまった。よって19時30分、日光市大谷向町の蕎麦屋「玄蕎麦河童」の駐車場にて「山本合名」の「ど」を抜栓する。
朝飯 生のトマトと茹でたブロッコリー、上げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ハムエッグ、じゃこ、納豆、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴盛り合わせ、夏野菜の揚げだし、天ぷら盛り合わせ、盛り蕎麦、4種の日本酒、家に帰ってからの”Chez Akabane”のクリームホーン、”Old Parr”(生)
2018.5.24(木) 積乱雲
来るべき梅雨に備えて、きのうの終業後は店の冷蔵ショーケースの、大掃除ではない、中掃除をした。納められているすべての商品を取り出し、敷物を剥がし、その下のステンレス製の底板を外す。すると冷気ファンが埋め込まれた最下部が見えてくる。その部分の埃を掃除機で吸引し、布巾で入念に拭く。
そうしたら次は、外されていたあいだに表も裏も拭かれた底板を置き、新しい敷物を敷く。その上に、先ほど取り出したばかりの商品を戻していく。
作業ははじめ販売係のみで行われていた。そこに事務係が加わり、あるいは製造係が加わって、作業は30分と少々で完了した。異なる部署の面々が異なる部署の仕事に協力してあたってくれて、本当に有り難い。大掃除は9月に、東京から専門の業者が来て、特殊な道具によって行うことになるだろう。
最も好きな季節は夏と答えている。次に好きなのは冬だ。そのどちらも、過ごしやすいとは言いがたい。過ごしやすくない季節をなぜ好きなのかは分からない。肌に気持ちが良いのはなんといっても梅雨に入る前の晴れた日、そして夏と秋のあいだの晴れた日で間違いはない。昼食の後は、南東の空に湧き上がった積乱雲をしばし眺めて過ごす。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、ベーコンエッグ、じゃこ、ハンダマのおひたし、生のトマト、メシ、ハンダマの味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬
晩飯 トマトの冷たいスパゲティ、茹でたブロッコリーとジャーマンポテトを添えたソーセージのソテー、“TIO PEPE”、2種のお菓子、”Old Parr”(生)
2018.5.23(水) メガネ発見
夏至まで1ヶ月を切った。目を覚ませば大抵、あたりは既にして明るい。その明るさの中で応接間に出て、きのうのショルダーバッグの中をもう一度あらためる。
“Rock Steady”の大きなショルダーバッグは何年も持ち続けているものの、使う機会は年に2度か3度で、その構造を知り尽くしているわけではない。これまで気づかなかった、網でできたしきりの中に手を差し込んでみると、緑色のメガネケースはあっさり見つかった。自分はいつ、どこで、なんのために、そのようなところにメガネを納めたか。すべては謎のままである。
株式会社上澤梅太郎商店のものではない土地が、株式会社上澤梅太郎商店の所有となっている。よってこの誤りを市役所で修正してもらうようスズキ会計事務所に言われたのは、昨年の晩秋のころだっただろうか。会計事務所から手渡された土地家屋評価証明書はその後、クリアファイルに納められて僕の事務机に置かれ、しかし腰の上がらないまま半年以上が経ってしまった。そろそろどうにかしなくてはならない。
先ずは日光市役所の税務課を訪ね、次は法務局に回り、必要な手続きを教えられて帰社する。そして即、印鑑などを持って法務局に戻る。書類はひとつひとつ職員に教えてもらいながら作成し、提出をする。ふたたび市役所の税務課に戻り、これまでのいきさつを職員に説明する。14時がちかくなっている。
「人はパンのみにて生くるにあらず」というイエスの言葉は現在、本来の意味とは異なったところで解釈をされているらしい。それはさておき僕には「メシを食うために生きている」というところがある。このまま昼食を抜いては腹が減る。否、腹はとうに減っている。しかしこの時間から腹に溜まるものを食べては夕食が不味くなる。
市役所からの帰りにあれこれ迷走しつつ、遂に冷やし中華を昼食とする。この冷やし中華のお陰もあって、夕食は美味く食べることができた。多いにありがたい。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、ベーコンエッグ、トマトとレタスのサラダ、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、じゃこ、メシ、大根と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の冷やし中華
晩飯 トマトと玉葱のサラダ、パン、焼きソーセージ、ピクルスあれこれ、ソーセージと野菜のスープ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.22(火) メガネ紛失
すこしまとまったものを運ぶときの容れものとして、トートバッグやショルダーバッグは、その重さをからだの片側でに担わなくてはならない点において好まない。しかし今日の荷物には商品見本が含まれる。リュックサックに入れて形を崩すわけにはいかない。よって自分の持つショルダーバッグのうち、もっとも大きな”Rock Steady”のそれに諸々を納めて駅へと向かう。
駒込で長男と落ち合い、仕事をする。夕刻に山手線で新橋に移動をし、夕食を摂る。復路は新橋から銀座線で浅草に出て、下り最終の特急に乗って23時ちかくに家へと戻る。
食堂のテーブルに着いて、必要に迫られ、応接間に置いたショルダーバッグの中から”Eagle Creak”のメッシュの袋を取り出す。中を改めると、しかしそこにあるはずのメガネケースが見あたらない。
駒込の貸事務所を引き上げるときには、メガネのケースは確かにメッシュの袋に入れた。山手線の中ではメガネは使っていない。銀座の鮨屋で、そのメッシュの袋から財布を取り出そうとしてメガネケースが邪魔になり、いったん取り出し畳の上に置いて忘れた、というようなことがあれば、明日にも店主はメッセンジャーあるいはショートメールでそのことを報せてくれるだろう。
浅草駅で切符を買う際、おなじ感じでメガネをカウンターの脇に置くようなことはなかったか。帰りの特急の中ではメガネは使っていない。しかし自分は酔っていた。酔っていれば、ワケの分からない行動をすることもある。
僕のメガネのフレームは、ムン・ジェインのそれとおなじ”LINDBERG”のもので、高くもないが安くもない。レンズは近近両用で安くない。このメガネはふたつ目のそれで、ひとつ目は2016年6月13日にANAの機内で紛失をした。今回も失えば2度目のポカである。
僕の目はこの2年間で急速に視力を衰えさせているから、メガネの新調は惜しまない。一方、メガネを作るより、眼球に人工水晶体を入れる手術を受けた方が良いのではないか、という気持ちもある。あれこれ考えつつ0時前に就寝する。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、グリーンピースの卵とじ、ハンダマの胡麻和え、生のトマト、じゃこ、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトとほうれん草の味噌汁
昼飯 “Taiwan Kitchen KanoKa”の烏賊と海老のチリ炒め定食
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「神亀酒造」の純米生酒(冷や)
2018.5.21(月) よくあること
この7日のあいだにウェブ上でふたつの買い物をした。ひとつは夏用のズボンで、以前に買ったことのある製造元の品ということもあり、サイズは満足のいくものだった。もうひとつは、ガスコンロの、魚を焼くためのグリルで材料を蒸し焼きにするベイクパンだ。
僕は料理を厭わない。しかしフライパンを使って周囲に油を散らせることは好まない。ひとりのときの焼き物には大抵、材料を耐熱容器に入れ、アルミホイルで覆って火で炙る。それをしながら「ベイクパンがあればさぞかし便利だろう」と考えた。
インターネットで調べてみると、鋳鉄製の1万円台のものから鉄板をプレスした千円台のものまで様々だ。自分の、高い道具を使うほど美味いおかずが作れると錯覚する悪癖には気づいている。
よって最も安い価格帯のものを更に調べていくと、どうも僕の用途には大きすぎる。ベイクパンを使いたいのは、先週末から今日にかけてのような、ひとり暮らしのときに限られるからだ。上手い具合に同じ品に、更に小さなものがある。その「ミニ」という方を選んで注文ボタンをクリックした。
それが今朝、amazonから届いた。いそいそと箱を開けてみると、いくらひとり用とはいえ、いかにも小さすぎる。即、コンピュータを開き、今度こそ普通サイズのそれを注文する。「ミニ」の方は誰かに譲れば良いだろう。誰がもらってくれるかは不明だけれど。
朝飯 牛肉と玉葱のすき焼き風、切り昆布の炒り煮、冷や奴、がんもどきと蕗の炊き物、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとナルコユリの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特製)
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しのスパゲティサラダ、皮蛋、海老春雨丼の頭だけ、天津飯の頭だけ、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2018.5.20(日) Murphy,Murphy,Murphy!
朝の光が遮光カーテンを透かして強く寝室に差し込んでいる。そのオレンジ色を目にして「しまった、寝過ごしたか」と、枕の下からiPhoneを取り出す。時刻はいまだ、4時35分だった。
朝食を用意しつつ、明朝にすべきことをメモに残す。それらはせいぜい「洗濯」とか「朝食を早く終えてゴミをまとめる」くらいの小さなものだが、それでもうっかり忘れれば、その後に続く諸々への時間の配分が狂ってくる。気分を穏やかに、そして行動を忙しくしないためには、段取りは欠かせない。
黄金週間は2週間前に去って、店はそれほど混み合わないだろう、そう考えて営業車のホンダフィットを店舗駐車場の端に駐め置いていると、いきなりお客様の数が増えてくる。よってそのフィットを蔵の脇の駐車場に移す。するとその僕の行動を嘲笑うかのように客足が引く。僕がしばしば経験する「マーフィーの法則」である。
あるいは混み合った店舗の床に汚れを見つける。それを拭き取ろうとして近づくと、その汚れの真上にお客様が移動をされて、掃除をすることが能わない。これまた本当に、毎日のように遭遇する「マーフィーの法則」である。
この場合の解決策は簡単だ。「床の汚れを拭き取ろう」という意識を頭から消すのだ。そうすると、汚れの真上にお立ちになったお客様は、すぐ別のところに移ってくださる。これは実に本当のことだ。不思議なものである。
そうして一日を終え、夜は焼酎のソーダ割りを飲む。
朝飯 切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、牛肉と玉葱のすき焼き風、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮、メシ、トマトと揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 カレーライス、生玉子、らっきょうのたまり漬
晩飯 厚揚げ豆腐とがんもどきと蕗の炊き物、トマトとグリーンピースのサラダ、春雨サラダ、ハムカツ、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)
2018.5.19(土) ヤマミ
7月7日からの八坂祭へ向けて、春日町1丁目の自治会長ウカジシンイチさんが折ってくれた半紙は、既にして瀧尾神社に預けてある。神社には特殊な裁断機があって、この半紙を幣束の形に切ってくれるのだ。
この時期にはこれまで「山見」という、瀧尾神社の、小来川と和泉にある社有林を、毎年交互に視察する行事があった。主催をするのは当番町。そして僕は神社の責任役員として、これに欠かさず参加をしてきた。
しかし各町内の自治会長、神社総代、神社世話人により構成される「当番町を考える会」が進めるお祭の簡略化により、この「山見」は今年から見送られることになった。今年の当番町である我が春日町1丁目としては、手間も費用も省けて楽だ。しかしてまた、5月の緑の青さには忘れがたいものがあることも事実だ。
鳥が啼き始める。時刻は4時25分。夜に降り始めた雨が止んだのだろう。山々は、その明け方こそ雲に隠れがちだったものの、日が昇りきるころにはすっかり晴れ上がった。その景色を目の奥に留めつつ、仕事場へと降りる。
朝飯 切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、牛肉と玉葱のすき焼き風、山椒の佃煮、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと揚げ湯波とナルコユリの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダ、海老マカロニグラタン、ドライマーティニ、”TIO PEPE”
2018.5.18(金) 朝の豆腐、夜のトマト
「お酒を飲んだ翌朝は…」という歌に重ねて「夜の銀座より、朝のトマトジュースの方が、良いや」と、紀伊國屋書店の田辺茂一がつぶやくカゴメのテレビコマーシャルを覚えている人は、50代後半以上に限られるかも知れない。僕の朝食は和食がほとんどで、朝にトマトジュースを飲む機会はない。しかしトマトは食べる。
生のトマトは、米のメシのおかずにはなりにくい。よって朝食の膳に乗ったトマトは最後に食べる。味を楽しむためではなく、塩は振らずに薬と思って食べる。トマトは断然、夕べに酒の肴にする方が美味い。
酒の肴といえば、これからの季節には特に、飲み屋などでは冷や奴を注文する人が多くなる。ところが僕は、酒の肴としての冷や奴は、あまり好まない。冷や奴は朝食のおかずにするのが好きだ。そして冷や奴には、今や「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」が欠かせない。
「朝露」は野菜を浅漬けにする調味液として昨年に開発をされたものだが、予期せず、冷や奴、煮奴、刺身湯波、蒲鉾、炒り卵など、味の淡いものに注しても、ことのほか合うことを知った。
今朝、冷や奴を食べて、冷蔵庫の中には3パックの豆腐が残った。月曜日までは保つ勘定である。
朝飯 牛肉と玉葱のすき焼き風、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、切り昆布の炒り煮、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮、メシ、揚げ湯波とほうれん草とトマトの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 切り昆布の炒り煮、牛肉と玉葱のすき焼き風、マカロニサラダ、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)
2018.5.17(木) 自転車で5分なら
朝、日光街道を北西に歩いて登校する小学生の列とすれ違いつつ、僕はおなじ道を自転車で下り、道の駅「日光街道にニコ本陣」に通用口から入る。そして検品をし、冷蔵ショーケースや、すこし離れたところにある「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」の置き場所を拭く。その帰りにふと思い立って、如来寺のお墓に自転車を乗り入れる。
今月の12日は、おじいちゃんの祥月命日だった。そのときに供えた花を片づけ、また花立てと線香立ては石の部分から外して水場で洗う。家から5分の距離であればなおのこと、お墓の面倒は小まめに見ようと思う。
終業後は本日出勤の社員たちが事務室に集まって、週に1度のミーティングを行う。明朝、もっとも早く出社しそうな販売係のミヤタマユミさんには、通用口の鍵を手渡しておく。しばらくのあいだ、僕はひとり暮らしになる。夜から朝の間に突然死でもすれば、店は開けられない。そのための、社員への鍵の預けである。笑いごとではない、僕の同級生に限っても、突然死は珍しくないのだ。
朝飯 じゃこ、切り昆布の炒め煮、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮、雑炊、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 「今市つりセンター」の辛みラーメン(わかめトッピング)
晩飯 トマトサラダ、パン、ピーマンの肉詰め、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.16(水) いきなり忙しい
東京でMGという2日間の研修に参加し、帰宅して今朝になると、いきなり忙しい。その忙しさには、きのうまでの2日のあいだに電話で、あるいはラインで送られてきた様々な情報への対処も含まれている。午前中は、それらの事々を、粛々とこなしていく。
先方の誤りか、当方のだらしなさによるものか、とうのむかしに郵送されているはずの資料がどこにもない、ということを今朝になって知る。事務机の左に提げたカレンダーには、様々な予定や覚え書きがピンクや黄色や緑の蛍光ペンにより強調されている。その郵便物に記してあったという会合の日には、既にして別の仕事が入っていた。即、関係の各方面に電話をし、次善の策を講じる。
終業後に4階の食堂へ戻ると、南西に面した窓に、夕刻の空が良い感じで見えている。食堂を出て北東側の細い廊下の突き当たりの防湿庫から”NIKON 610D”を取り出し、おなじ4階の北西側に移動して窓を開ける。カメラは、しかしバッテリーの不足により作動しなかった。
ふたたび食堂に戻り、今度は”RICOR GRD”を持って先ほどの窓のところまで来る。空と山は既にして、5分前の美しさを失いつつある。その風景に向かって、今度こそシャッターを切る。
朝飯 ステムレタスの茎の部分の炒め煮、おなじく葉の部分の炒め煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ウィンナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、炒り豆腐、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 マカロニサラダ、2種のパン、鶏もも肉のブルゴーニュ風、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、2種のアイスクリーム、”Old Parr”(生)
2018.5.15(火) 東京MG(2日目)
きのうとおなじく、大井町東口のスターバックスに入る。きのうは本を読んだ。今日は13日の日記を完成させてサーバに上げる。
MGの2日目の朝は、ニシジュンイチロー先生による利益感度分析の講義のはずが、今日はすこし違った方向のお話になる。そしていよいよ第4期のゲームが始まる。きのうの自己資本の急落により、僕の借り入れ可能枠は無くなった。生き残りをかけて、地味な会社で地味な商売を続けるも、自己資本は▲16円。あえなく倒産である。
お情けの特別融資を得て、第5期もそのまま細々と経営を続ける。その、大した製造能力もない会社に、いきなり社員が増えたりするのも、また一興である。困窮をしているところに更に、本社人件費と本社経費の増加が追い打ちをかけるのだ。そして自己資本を僅々1円のみ戻して第5期を終える。
今回の最優秀経営者賞は、千代田区から参加のマトモトタケシさんが第5期到達自己資本609円で、優秀経営者賞は港区から参加のウメダマサヤさんが同582円で、またもうひとつの優秀経営者賞は、兵庫県尼崎市から参加のザコカツヒロさんが同531円で、それぞれ獲得をした。
最後の講義を受け、原稿用紙2枚分ほどの感想文を提出する。そうして外へ出ると、青い空の下で気温は高く、空気はとても乾いていた。大井町で乗った京浜東北線を御徒町で降りて飲酒活動をする。MGの後にひとり飲みは欠かせない。そして今度は日比谷線に乗り換え、北千住を経由して21時前に家に戻る。
朝飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 MG会場で支給の弁当
晩飯 「ま~ちゃん」のあれや、これや、それや。チューハイ
2018.5.14(月) 東京MG(1日目)
下今市07:03発の上り特急スペーシアに乗り、9時21分に大井町に着く。東京MGの会場は駅前の「きゅりあん」だ。時間に余裕があるため、いつの間にか東口にできていたスターバックスでコーヒーを飲む。
サラリーマンが休日を使って自費で勉強ができるようにと、MGは当初、週末に開かれていた。それが平日にも開催をされるようになったのは、1990年代の中ごろと記憶する。
昨年、自分のMGの履歴を調べていて、総本山ともいうべき東京のそれに5年ものあいだ参加していなかったことに気づいて驚いた。そして早速、8月の平日MGにおもむいた。驚きついでと言ってはなんだけれど、参加者中に知った顔は数えるほどしかいかなった。自分は浦島太郎になってしまったのだろうか。
5階の会場には、ひとつの市場を形成するテーブルが9卓も並べられていた。参加者は53名。1990年代の平日MGは、せいぜい3卓から4卓ほどの規模ではなかったか。大した盛況ぶりである。席に着き、会場を眺めてみると、ニシジュンイチロー先生、ヨシエ先生、事務局のカワナベコージンさんを除いて既知の顔は4名のみ。何十年もの経験を持つ人たちの多くは僕と同じく、地方で、あるいは海外で、それぞれの場所で地方でMGを続けているのだろう。
10:00 第1期はルール説明。この説明は講義の側面も持つ。
14:30 第2期終了。
16:50 第3期終了。
第3期末の会社盤には、材料、仕掛品、商品の合計が11個、ワーカー1人にセールスマンは2人。教育チップ1枚、研究開発チップ3枚、宣伝広告チップ1枚がある。この陣容で損益分岐点比率236パーセントという、とてつもない赤字を出してしまうところが、僕という人間の特殊性である。固定費が売上総利益はおろか売上高をも超えるとは、尋常ひととおりの会社ではない。自己資本は朝の300円から22円へと、一気に落ちた。
MGの1日目の夜は、明日の午前中に控えた第4期の経営計画を立てる。経営計画の立案と聞けば何やら物々しいが、MGのそれはニシ先生のお人柄もあって、それほど肩の凝るものではない。
20時から21時までは、ロの字型に並べ替えたテーブルに参加者の3分の2ほどが残り、交流会が催される。この時間に得られるものは少なくない。そして片づけの後は皆とエレベータで1階に降り、駅へと向かう。
朝飯 独活の炒り煮、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、炒り豆腐、トマトのスクランブルドエッグ、エノキダケの酢の物、山椒の佃煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たけのこごはん、豆腐とトマトと万能葱の味噌汁
昼飯 MG会場で支給の弁当
晩飯 MG会場で支給の弁当
2018.5.13(日) 大いに不思議
「パリで通行人1人死亡”テロの可能性”検察が捜査」のテロップが朝のテレビに現れる。日常が一瞬にして暗転してしまった被害者には同情を禁じ得ない。
フランスにおけるテロリズムとして記憶に新しいのが、2016年にニースで起きた大規模なそれだ。イスラムの過激派と目される男が人混みに大型のトラックを乗り入れ、それを2キロちかくもジグザグに走らせた結果、死者は86名に上った。
タイの深南部は不幸な歴史を持つ地域で、イスラムの不満分子によるテロリズムが止まない。日本国の外務省が「レベル3」の渡航禁止勧告を出しているそこに、僕は2016年2月に旅した。ナラティワートの、イスラムパンを売る屋台で声をかけてきたイスラム僧に誘われるまま宿坊におもむき、コーヒーとタバコをご馳走になりつつ会話を交わしたひとときは、今も楽しい思い出として残っている。
タイの深南部には確かに、不特定多数を標的とした爆破や銃撃が散発している。しかし無辜の市民が1度に86名も殺されるような暴力は発生していない。
つまりフランスは、タイの深南部にくらべればよほど危ない。ところが外務省の「海外安全ホームページ」を調べてみれば、ヨーロッパの全域には「レベル1」の注意勧告すら出ていない。大いに不思議である。
このことを外務省の職員に質せば、どのような答えが返るだろう。「お互い子供じゃないんだから、不毛な言葉遊びは止めましょうや」と、嫌な顔をされるだけかも知れない。
朝飯 山椒の佃煮を添えた若竹煮、納豆、グリーンピースの卵とじ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、ポテトサラダ、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、メシ、トマトと揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 空豆の網焼き、4種の刺身、エノキダケの酢の物、炒り豆腐、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2018.5.12(土) 好きなおかず
好きなおかずの随一は、揚げ茄子におろし生姜を添え、酢と醤油をかけたものだ。そしてそれとおなじくらい好きなのが、ピーマンの肉詰めである。
僕が自由学園の男子最高学部にいたときには、確か、4年のあいだに最低1回は、三重県海山町にある演習林で働くことが義務づけられていた。当時、学園から支給される交通費は鈍行のそれのみで、しかし東京から尾鷲まで鈍行では気が遠くなる。最初の夏休みに自腹で名古屋まで新幹線に乗り、僅々2分でローカル線に乗り換えられたときには達成感に包まれた。
山小屋に着いて数日後に夕食の当番が回ってきた。僕はピーマンの肉詰めを作ることとして、上級生の運転するトラックで林道を下り、地元のスーパーマーケットで材料を調達した。
さて、下味を付けた挽き肉をピーマンに詰め終えたところで僕は、鍋に満杯の、あらかじめ熱しておいた油にそれを次々と投入していった。僕は、調理に先立ちレシピを調べることはしない。すべて自己流である。山小屋の住人たちの前には、異常なほど油を含んだピーマンの肉詰めもどきが並んだ。
その「もどき」を口に入れた瞬間、僕は「これはちょっと違うな」と自らの失敗に気づいたけれど、そのまま黙って食べ続けた。そしてまた、その場にいた十数名からも、批判めいた言葉は一切、出なかった。炎天下の労働は厳しく、我々は腹を空かせていた。「もどき」でも充分に美味かった。
今夜のおかずがピーマンの肉詰めと知らされて、僕は嬉しかった。そしてその「もどき」ではないおかずを肴にして古い赤ワインを飲む。
朝飯 ほうれん草と人参のおひたし、牛蒡と人参とこんにゃくのきんぴら、納豆、五目おから、山椒の佃煮を添えた若竹煮、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、生のトマト、メシ、浅蜊と小松菜の味噌汁
昼飯 梅干し、山椒の佃煮、ごぼうのたまり漬、松前漬けによるお茶漬け
晩飯 ポテトサラダ、“TIO PEPE”、ピーマンの肉詰め、“GEVREY CHAMBERTINE 1er CRU AUX COMBOTTES DOMAINE DUJAC 1985”、カステラ、”Old Parr”(生)
2018.5.11(金) 長めの散歩
おととい日光の山々には雪が降ったと聞いた。聞いただけで見ていないのは、それらの山々が雲に覆われていたからだ。今朝、北西に面した窓を開けると、なるほど男体山の広くて深いルンゼには大量の、また他の山々の頂上ちかくにも、すぐには融けそうもない雪がはりついている。それに対して今日の東京は25度まで気温が上がるという。暑ければなおのこと、荷物は少なくしたい。朝食の前に事務室へ降り、GREGORYのテールランナーに最小限のもののみ入れる。
今日は港区の奥まったあたりへ行く。下今市07:45発に乗ると、表参道に着くのは09:54になるから、約束の10時には間に合わない。よって始発の07:03発に乗り、南青山では散歩をしながら時間を調整する。
サイフには、長男とふたりで鮨が食えるほどの現金が納められている。しかし夕刻まで続くと僕だけが勝手に想像していた商談は13時に完了した。即、千代田線で北千住まで戻り、14:42発の下り特急に乗って16時過ぎに帰社する。
朝飯 4種のおむすび、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、揚げ湯波と小松菜の味噌汁
昼飯 「ポポラマーマ」のペペロンチーノ
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、ほうれん草と人参のおひたし、トマトとレタスとマカロニのサラダ、若竹煮、和風ハンバーグステーキ、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)、南瓜のプリン、”Old Parr”(生)
2018.5.10(木) 絶妙の時差
定時に出勤する販売係は、今日はタカハシリツコさんひとり。しかも今朝のタカハシさんは、試食を整える番にも当たっている。家内は所用にて留守。よって9時からの出勤組が来るまでは、僕が店に立たなければならない。とすれば、普段、僕が9時までに行っている仕事はできない。そう考えていたところ、嫁のモモ君が店に来てくれたので助かった。
明日は東武日光線の始発の特急で東京へ行く。銀行関係の諸々は、木曜日である今日のうちに済ませておかなければならない。
銀行から戻ってきたところにいきなり、数十万円の領収書を持って集金に来る人がいる。商売をしている人ではないから「連絡もせず申し訳ございません、お忙しければ出直して参ります」という考えは無い。この人が小切手を嫌うことは前から知っている。仕方なく事務室内の現金をかき集めて支払いをする。このことにより、行って帰ってきたばかりの銀行に、ふたたび行く必要性が発生する。
「手前共のお客様が明日の午後、御社に行かれますので、ご対応をお願いいたします」との電話をきのういただいた。「手前共のお客様が…」とおっしゃる方に「午後とは、何時ごろでいらっしゃいましょうか」などとはお訊きできない。昼食を15分で済ませ、正午より事務室で待機をする。
午後にはまた、僕が業者にその置き場所を指定する必要のある、大きな荷物が届くことになっている。午後にいらっしゃるというお客様と僕が商談をしている最中にその荷物が届いたらどうするか。長男は用事があって昼すぎに出かけてしまった。よって簡単な見取り図を書き、それを嫁のモモ君に手渡し説明をしておく。
お客様は14時すこし過ぎにいらっしゃった。そして僕の提案に満足をしてくださり、少なくない数の商品をご予約くださった。大きな荷物をトラックに載せた業者は14時35分に来た。絶妙の時差である。そして以降は夕刻まで通常の業務に当たる。
朝飯 生玉子、牛肉と玉葱の煮つけ、炒り豆腐、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと揚げ湯波と大根の葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬
晩飯 トマトとマカロニのサラダ、ナルコユリのソテーを添えた鶏の網焼き「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」と赤ワインのソース、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、アップルパイ、タルトタタン、”Old Parr”(生)
2018.5.9(水) マサヒデさんの黄色い本に学ぶ会
「阪納誠一メモリアル走行会」の報せが、その事務局から封書で届いた。昨年末は12月30日の開催で、この日は限定40セットでお作りする「日光の美味七選」の出荷日だったから、ツインリンクもてぎにはさすがに行けなかった。今回の日程は6月の第3日曜日で、参加は不可能ではない。
しかし6月は、2日から3日が鳥取の同級生ヨネイテツロー君宅での同窓会、7日から11日まではハノイ、21日から26日まではバンコクと、ひと月のあいだに3回も週末を留守にする。その上、更に残る週末にサーキット、というわけにはいかないだろう。よって事務局には言い訳めいた断りの返信を、これまた封書にて投函する。
ひと月に1回ほどの頻度で近隣の有志を集め、稀代のデータベースソフト「マイツール」の習得を目指す「マサヒデさんの黄色い本に学ぶ会」の、前回には用事があって出席できなかった。今回は18時前に、会場の二宮尊徳記念館に入る。そして長男を講師として、78ページの「55.ページの桁数を表に合わせたい」から83ページの「60.データの一部修正をしたい」までをさらう。
朝飯 4種のおむすび、らっきょうのたまり漬、豆腐と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “Parrot”のチキンカントリー、“evodia 2015”
2018.5.8(火) 画像待ち
ここしばらく、この日記は二日遅れで更新をしている。朝のうちにその日の日記が書けてしまったり、あるいは今日のうちに明日の日記まで書けてしまうこともあるけれど、それでも例外を除いては、「公開」ボタンをクリックするのは一昨日の日記と決めている。
ところがきのうはその決まりを守れなかった。文字は書けていても、ヘッダの画像が決まらなかったからだ。その、店で売るおむすびについての5日の日記には苦し紛れに家庭用精米器の画像を用いることとして、今朝はようようその写真を撮る。
この連休中には寒い日と暑い日が混在をしていた。素肌に半袖シャツ1枚で仕事をした日には、仕事用のウィンドブレーカーは洗濯屋に出してしまおうと考えていた。しかし今朝は、半袖シャツに長袖のTシャツを重ね、更にそのウィンドブレーカーを着なくては外へ出る気がしない。一本調子とはいかない、今どきの気候である。
18時に閉店をし、キャッシュレジスターを締めると18時25分。4階の食堂に戻り、焼酎のお湯割りを飲む。町内の青年会の総会に出席をすべく、19時に公民館へ出向く。「青年会」とはいえ、青年会長を除けば他はほとんど60代の面々である。
総会は、大切な案件に目処の付いたところで酒が温められ、シバザキトシカズ大膳委員長の用意した刺身により、飲みながらの話し合いとなった。僕は夜には極端に弱い。いつの間にか寝入り、22時ちかくに目を覚ます。
家に帰ると、フライパンにスパゲティナポリタンが残してあった。よってそれを家内に温めてもらい、ドライシェリーをグラスに注ぐ。
朝飯 茄子とピーマンのソテー、納豆、炒り豆腐、生のトマト、胡瓜の塩もみのたまり漬「刻みザクザクしょうが」和え、ごぼうのたまり漬、豚と筍の豆豉炒め、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 スパゲティナポリタン、”TIO PEPE”
2018.5.7(月) むかしの人
次男と西武池袋線の椎名町で待ち合わせる。というか、僕が椎名町に着く時間をLINEで知らせると、次男も池袋から同じ列車に乗る旨の返信が届いた。そうして何の齟齬も無く同駅のプラットフォームで次男と落ち合う。
「ケータイとか無くて、むかしの人って、どうやって待ち合わせ、してたんですか」と、大人に訊いた若い人がいたという。生まれたときから携帯電話を知る世代には、昭和も大正も明治も、大して変わらない時代と認識をされているかも知れない。
所用を済ませ、次男と池袋を経て大塚に至る。目指すおむすび屋の前まで来ると、そこには20人ほどの行列があった。「おむすびなら回転も速いだろう」と、その最後尾に着くも、列はなかなか縮まらない。かといって、今日のお昼はここで食べると決めていたから、今さら転進もできない。おむすびにありつけたのは、70分ちかくも後のことだった。
午後の中ごろより雨になる。やがて風も強くなる。傘では上半身しか守れない。下半身には小さな雨滴が容赦なく吹きつける。それほど歩かずに済む店で小酌をなし、早めに帰宅をする。
朝飯 目玉焼き、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、炒り豆腐、山椒の佃煮を添えた若竹煮、生のトマト、ごぼうのたまり漬、たけのこごはん、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ぼんご」の牛筋のおむすび、豆腐の味噌汁
晩飯 「シンスケ」のあれこれ、2種の「両関」(冷や)
2018.5.6(日) 組
「とんとんとんからりんと隣組」の時代に作られたものかどうかは知らないが、町内には「組」というものがある。「組」は、いくつかの「組」が集まった「地区」の委員長から「組長」宅に届けられる回覧板を各戸に回すことを通常の業務とする他、冠婚葬祭においても結束してそれを互助する。
ウチは春日町1丁目の「5組」に属している。僕が家に戻った1982年には9軒で構成をされていた5組は、現在は7軒になっている。その組内に今週は不幸があった。僕のオフクロが亡くなった2014年10月以来のことと思われる。
日光市の農村部においては、この「組」が土葬のための穴を掘ることまですると聞いたことがある。しかし今はどうだろう。我が5組内の葬儀がそれぞれの自宅ではなく、葬儀場で執り行われるようになってから20年は経つように思う。今回は、参列者にお茶を出す仕事さえ葬儀場が代行してくれるから組内の手伝いは無用とのことだった。
ホンダフィットはあらかじめ店の駐車場の北側に移しておいた。そこが組内の集合場所とされたからだ。そして17時15分に6軒の代表が集まり、2台のクルマに分乗して葬儀場へと向かう。
朝飯 納豆、山椒の佃煮を添えた若竹煮、豆腐の卵とじ、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、生のトマト、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 きのうの夜のスープを流用したラーメン
晩飯 「さがみ典礼」の通夜膳、家に帰ってからのトマトサラダ、皮蛋豆腐、豚と筍の豆豉炒め、”Old Parr”(ソーダ割り)
2018.5.5(土) おむすび
4階の食堂で氷水を飲み、事務室に降りると、奥の研究開発室で、家内は既にして今日の分のおむすびを作り終えていた。店のいつもの場所には専用の台が、これまた既にして運ばれていた。よってお盆に並べられたおむすびをその台まで運び、それを売り始める。時刻は10時30分だった。
おむすびは11時58分に売り切れた。混み合った店内を避け、外を回って事務室経由で専用台を片付けようとする。と、それに気づいた長男が「え、もう売り切れちゃったの」と、コンピュータのディスプレイから顔を上げて「明日は150個だな」と続けた。
スーパーマーケットで試食販売をしているオバサンとは異なって、僕の営業能力は、ほぼゼロである。たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を混ぜ込んだおむすびが昼を前にして売り切れたのは、ひとえに「じゃぁ、ひとつもらおうか」とか「えーっと、みんなの分だから4個」などと声をかけてくださったお客様のお陰である。
事務の椅子でひと息をつき、iPhoneを取り出しニュースを見る。東北道の上りでは、加須I.C.付近に39キロの渋滞が発生しているという。そしてまた渋滞は、明日は緩和される見込みともあった。連休の最終日に「150個」は到底、無理だろう。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、カキ菜のおひたし、山椒の佃煮を添えた若竹煮、生のトマト、ベーコンエッグ、納豆、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ホットドッグ、紅茶
晩飯 人参と白花豆と小松菜とソーセージのスープ、鶏モツのソテーバルサミコかけ、ジャコとフェンネルのスパゲティ、パン、“TIO PEPE”、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.4(金) 準備を怠るのは
店内ではきのうから、たまり漬を使ったおむすびを販売してる。きのうのそれは、ごぼうのたまり漬を細かく刻み、ごはんに混ぜ込んだものだった。今日の中身は「おばあちゃんのホロホロふりかけ」である。
11時すこし前に専用の台を店に運び、そこでおむすびを売り始める。お客様の数は、きのうよりよほど多い。
しばらくするうち、白人の中年のカップルが店に入ってきた。そして僕の姿を認め、男の方がiPhoneを差し出した。ディスプレイには日光東照宮の俯瞰図があった。よって彼らと共に外へ出て目の前の日光街道を指し、当該の場所は、この道を左に8キロ行った先であることを教えると、彼らは驚いて顔を見合わせた。
東南アジアや南アジアの安宿では、掛け布団を用意しない例が少なくない。よって僕は、非常に薄い寝袋を携帯しながらバックパッキングをしていた。あれはヴァラナシでのことだっただろうか、掛け布団を貸して欲しい、いやそんなものはないと、フロントで問答をしていた白人がいた。諦めて部屋へ引き上げようとするその後ろ姿を見遣りながら「準備を怠るのはフランス人の悪い癖だ」と、おなじくその場にいたバックパッカーは嘆息をした。東照宮の場所を訊ねた今日のカップルが、どこの国から来た人かは知らない。
いきなり強い雨が降り始める。時刻は11時50分。その雨は間もなく雹を伴い始めた。雷鳴も聞こえる。8キロと聞けばまさか徒歩で東照宮を目指したとも思われないが、先ほどの白人のことが気にかかる。バスでは日光の手前で渋滞に阻まれ、東照宮にはなかなかたどり着けないだろう。タクシーでも同じことだ。
それはさておき、この驟雨と雹はいつまで続くのか。それを知るため店を離れて4階に上がる。そして西側の窓を開けてみれば、雲に陽光を阻まれた街は暗いものの、西の山は晴れている。
雨は間もなく上がった。そして以降は夕刻まで穏やかな天気が続く。
朝飯 じゃこ、納豆、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、山椒の佃煮を添えた若竹煮、生のトマトと茹でたブロッコリー、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 グリーンアスパラガスとエリンギのソテー、パン、鶏肉と玉葱と人参のスープ、イチゴの杏仁豆腐、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.5.3(木) 黄金週間
ゴールデンウィークを利用して海外などに遊んでいる旅行者の中には、この連休ができるだけ長く続くことを、あるいはいつまでも終わらないことを望んでいる人が多くいることと思う。そのゴールデンウィークに仕事をしている僕も、同じく、この連休ができるだけ長く続くことを、あるいはいつまでも終わらないことを望んでいる。
ウチの商品は、栃木県内では日光市今市中心街の道の駅「日光街道ニコニコ本陣」およびJR宇都宮駅ビル「パセオ」2階の「みやげん」に、その一部を置かせていただいている。「みやげん」まではウチから30キロの距離があるから、頻繁に顔を出すことはできない。しかし「日光街道ニコニコ本陣」には、自転車を使えば数分で行ける。よってお客様の多い日には、会社とのあいだを何度でも往復しつつ、商品を補充できる
午後、その道の駅から「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」の残りが少なくなったと電話が入る。しかしこれについては、本日ようやくビン詰めまでこぎ着けたところで、即刻の納品は難しい。明日の開店前には必ず棚を埋めることを約束して電話を切る。「朝露」は、売れて売れて仕方がないから在庫が切れるのではない、大変に申し訳のないことながら、そもそも量産の利く品ではないのだ。明朝の納品を、楽しみに思う。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茹でたブロッコリーを添えたスペイン風目玉焼き、納豆、ごぼうのたまり漬、じゃこ、山椒の佃煮、メシ、豆腐と豚肉と椎茸と豆苗の味噌汁
昼飯 天丼、らっきょうのたまり漬
晩飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、冷やしトマト、お多福豆、キムチ鍋、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2018.5.2(水) 変なSIM
「HIS海外モバイルサ―ビス開始」の覚え書きが、日程管理の5月1日のところに保存してあった。何ヶ月か前にウェブ上のどこかでこの報せに触れ「これは良さそうだ」と、記録に残したのだろう。よってその「HIS海外モバイルサ―ビス開始」の文字をコピーし、検索エンジンに入れてみた。そして現れたページを読んで行く。しかし何が何だか分からない。僕は、コンピュータや携帯電話にはからきし弱いのだ。
ところが世の中には僕とは逆に、コンピュータや携帯電話については、説明書など読まなくても、それがまるでDNAのどこかに組み込まれてでもいるように、お茶の子さいさいでどうにかしてしまう人が珍しくない。
そういう人を伴って飛行機に乗れば、この「HIS海外モバイルサ―ビス」を、僕も簡単に享受することができるだろう。問題は「そういう人」を海外に連れて行くための経費が、”HIS”の新しいサービスにより節約される通信料の100倍にもなってしまうところだ。残念と言わざるを得ない。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、温泉卵、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、生のトマト、ごぼうのたまり漬、山椒の佃煮、メシ、揚げ湯波と豆苗とトマトの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 胡瓜とトマトとレタスのサラダ、たまり漬「青森県田子町産のにんにくです。」と野菜のソテーを添えたビーフステーキ、“GEVREY CHAMBERTINE 1er CRU AUX COMBOTTES DOMAINE DUJAC 1985”
2018.5.1(火) 炎天の花に水を足す
墓参りは僕の場合、故人のためではなく、自分の満足のためにしている。墓参りには様々な作法や流儀がある。それらの個々には「その通り」と思えれば従う。「どうでもいいじゃねぇか」と感じれば従わない。
あるとき、あるお墓に集団で参った。僕はその集団を代表して、束になった線香に火を点けた。当然のことながら線香は炎を発し、その炎はなかなか消えない。それを鎮めようとして息を吹きかけると「それはいけない」と、集団のひとりに注意をされた。まったくうるさい船頭だ。そんなことは分かっている。しかし手で扇いだくらいで収まる炎ではない。結局のところ、その炎は僕のカーディガンを焦がし、カーディガンには穴が開いた。
「献仏不假香多」という張り紙を先日、麻布の禅寺で目にした。「仏は香の多さを求めない。見た目や形にはこだわらず、心を込めることこそ大切」という意味らしい。心を込めることは難しい。しかし「だったら線香はひとり1本で充分じゃねぇか」と納得することはできた。そして、これからは束になった線香に火を点けることは止めようと決めた。
「お墓に供えた花は、枯れて汚くなる前に片づけるべき。それができないなら、たとえ上げたばかりの花でも、お墓から去るときに下げて構わない」と、これは先日ある人から聞いた。「なるほど」と思った。しかし上げたばかりの瑞々しい花を、その10分後、20分後にゴミ置き場に移すのも勿体ない。
このところ晴れて暑い日が続いている。ウチのお墓は幸い、家から自転車で5分のところにある。よって先月28日に供えた花には、きのうも今日も、その花立てに水を足している。黄色い菊は、いまだ数日は保つだろう。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ほうれん草の玉子焼き、生のトマト、らっきょうのたまり漬、じゃこ、山椒の佃煮、メシ、揚げ湯波と大根の葉とトマトの味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 「三彩」のあれこれ、生ビール、3種の日本酒(冷や)




































































































































