2018年8月の日記31本
2018.8.31(金) その店を選んでブレない理由
南青山での仕事は13時に始まる。ということは、下今市10:05発の上り特急スペーシアに乗れば余裕を以て間に合う。そう楽観をしていたものの、北千住での昼食に意外に手間取り、千代田線の車両が表参道に着いたのは12時53分だった。
仕事は15時前に完了した。東京は素晴らしい暑さだ。長男はこれから目白に用を足しに行くという。僕はさしたる用事もないため、早々に北千住に戻り、16時の口開けと同時に梅の湯に入る。現在の入浴料は460円、小さな石鹸は20円。貸しタオルは無料だったように思う。
この、建物は古いものの、偏執狂的なまでに磨き抜かれた清潔な銭湯の洗い場に、10本ちかくの歯ブラシを並べる常連がいた。その歯ブラシは一体全体、どのように使うのか。それを確かめようにも当方は湯船の中にいて、いつまで浸かっていればのぼせてしまう。仕方なく早々に上がって、残りの数十分は脱衣所のソファで東京都の広報誌などを読む。
長男と次男とは西口で17時に待ち合わせていた。北千住には、優れた飲み屋が綺羅星のように瞬いている。しかし僕は大抵、おなじ店にしか行かない。僕がその店ばかりに通う理由は多分、「フラ」があるからだと思う。
甘木庵に戻る次男とは、千代田線に直結する階段のちかくで分かれた。そして19:13発の下り特急スペーシアに長男と乗り、21時前に帰宅する。
朝飯 茄子と2色のピーマンの日光味噌「梅太郎・赤味噌」炒め、納豆、生のトマト、スクランブルドエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たまり漬「超うす切り大根」、すぐき、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「大戸屋」の「大戸屋ランチ」
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや。チューハイ
2018.8.30(木) 暦、季節、気候
通っていた高等学校には、普段の制服に加えて夏用のそれもあった。夏用の制服は6月1日から着始めることと決められていた。この記憶は確かながら、その明るい灰色のスーツをいつまで着続けたかについては覚えていない。2学期からは即、普段の制服に戻ったような気もする。しかし1年のうちのたかだか6週間しか着ないものを、生徒の家庭に経済的負担をかけて誂えさせることは考えづらい。とすれば夏の制服は9月30日までだっただろうか。
そのころ読んだ黒須敏之の本に「アメリカは自由の国で、季節により人が一斉に服を替えることはしない。夏でも寒いと思えば冬の服を着る人がいる。冬でも暑いと感じる人は夏の服を着る」というような個所があった。
1999年1月、日本酒に特化した飲み会「本酒会」の親睦旅行で秋田県能代市の酒蔵を訪ねた。このとき僕は、雪の中を半ズボンで歩く若い男を見かけて仰天した。しかし前掲の黒須敏之の本を振り返れば、何ごともアメリカに追随することの多い世界各国の例に漏れず、雪の中の半ズボンも、そう驚くことでもないのかも知れない。
それはさておき、茶の湯や俳句のような趣味の世界を離れれば、暦に従って暮らすことには、特に気候の関係するところにおいては無理もある。
問題は、店舗の軒下に吊した風鈴である。本来なら風鈴は、立秋の訪れる前に外すべきものだろう。しかし気温30℃を超える日々を秋と呼べるものだろうか。とはいえ流石に9月の風鈴は考えづらい。風鈴は、明日の早朝に外そうと思う。
朝飯 納豆、筑前煮、鰯の梅煮、厚焼き玉子、ほうれん草のおひたし、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、浅蜊と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 茄子と2色のピーマンの日光味噌「梅太郎・赤味噌」炒め、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、銀鱈の西京焼き、瓜の塩漬け、薩摩芋の蜜煮、「齋藤酒造」の「英勲純米しぼりたて生原酒」(冷や)、メロン、チーズ、”Old Parr”(生)
2018.8.29(水) 山の驟雨はすぐに上がる
きのうはマネジメントゲーム仲間のキクチツトムさんが、ご家族で日光にお泊まりになった帰りにウチに寄ってくださった。キクチさんには昼食として適当と思われる場所を何軒か地図上に示し、また乞われて、キクチさんが買い物をされたいという店をお教えした。お盆の混雑を避けての来日、この「日」はもちろん日本ではなく日光のことだが、上手な時期選びである。
そして今日は、おなじくマネジメントゲーム仲間のテシマヨーちゃんが、奥さんと日光に2泊した後に寄ってくださった。僕の付き合いは、あまり社交的ではない性格を反映して、それほど広くない。もっとも多いのはマネジメントゲームを介しての仲間だろう。
テシマヨーちゃんとは昼食の約束をしていた。僕と家内、テシマ夫妻の4名はウチのホンダフィットに乗り合わせて、山奥の、農家をそっくり使った料理屋には正午に着いた。
土蔵づくりの門の、暖簾の下には「本日、貸切のため…」という札が立ててあった。僅々4名でも貸切である。そうしてその門から庭の石を踏み、奥の座敷で久しぶりの、ゆっくりした昼のひとときを持つ。
朝飯 筑前煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、鰯の梅煮、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、水茄子の塩漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「炉心庵」の茶碗蒸しの冷製、トマトの冷たいおでん、松花堂弁当、鯛飯、クレームカラメル
晩飯 ほうれん草の胡麻和え、玉葱のサラダ、人参のスープ煮、鶏もも肉の網焼き・たまり漬を使ったソース添え、鮭の昆布巻き、胡瓜と水茄子の塩漬け、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)
2018.8.28(火) 貴重な1本
先週の土曜日は不意の電話により0時49分に起こされた。よって以降はこのようなことのないよう、即、そのiPhoneに「おやすみモード」を設定した。「これで明日からは静かな夜が約束されるはず」と安心して闇の中に横たると、妙に気持ちの良いことに気づいた。
その気持ちよさとは、これまで経験したことのない、脳は覚醒しているものの、からだはどこか麻痺しているような、不思議な感覚だった。前夜に吸ったタバコの酔いが、いまだ続いているからに違いない。
僕は年に4本のタバコを吸う。なぜ吸うか。マリファナよりよほど習慣性の高い危険な嗜好品を、いくら税収のためとはいえ民にその摂取を許している、法治国家とはとても思えない国のいい加減さは間違いなく「奇貨」であるから吸う。なぜ年4本に限るか。それは、アル中、ポン中、モヒ中の同類にはなりたくないからだ。
今年は、正月が過ぎていくらも経たないうちに最初の1本を吸った。先週の金曜日に吸ったものは2本目だ。よって今年は更に2本のタバコを吸うことができる。そう考えていたところ、今朝、コンピュータの奥底から、闇に浮かぶ火のついたタバコの画像が3枚、出てきた。調べてみると、それは先月の18日に撮られたものだった。
念のためその日の夕食を調べてみると、ハンバーグステーキを肴にブルゴーニュの古い赤を飲んでいた。なるほどこの内容ならタバコが欲しくなるはずだ。僕に限ったことかも知れないけれど、和食や日本酒は決してタバコを求めない。あるいは日本酒はタバコを不味くする。
そういう次第にて、これから大晦日までの4ヶ月間に吸えるタバコは1本のみ。貴重な1本である。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子とピーマンと玉葱の日光味噌「梅太郎赤味噌」炒め、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、若布と揚げ湯波と椎茸の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 無花果とキウィとベビーリーフのサラダ、蛸とグリーンオリーブのサラダ、ジャガイモのオムレツ、パン、烏賊のトマト煮、葡萄の蜜煮のパイ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2018.8.27(月) 原因は分かっている。
夕刻に消化薬を飲むことが、週のうち何回かはある。それは、今年の中ごろから始まったように思う。13時30分から摂った昼食が腹に留まって、夕食の時間になっても空腹が訪れないのだ。
「晩ごはん、食べなきゃいいじゃない」と、家内や長男は言う。確かに、腹が減らないとは、食べ物を必要としていない、あるいは食べれば却って支障を来す、そういうからだからの報せなのだ。だからといって、皆が集う食卓に着き、しかしそこでひとりポツネンと、何も食べずに座っているのもいかがなものか。
そう考えるからきのうは18時に消化薬1包を飲み、更に19時20分にも1包を追加して夕食に望んだ。そして今日も19時10分に消化薬1包を飲む。
「腹が減らないから食べない」とは、ひとりでいるときにはできるものの、集団で行動をしているときには、なかなかできづらいものだ。
ところで夕食の時間が来ても腹の減らない原因は、分かっている。昼食の量が多すぎるのだ。明日からは、それを自作の汁麺に切り替えようと思う。
朝飯 切り昆布の炒り煮、温泉玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、生のトマト、メシ、トマトと椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、たまり漬「超うす切り大根」
晩飯 スパゲティサラダ、豆腐と揚げ湯波と貝割れ菜のスープ、刻みキャベツとトマトを添えた豚の生姜焼き、胡瓜の塩もみと柴漬け、チューハイ、2種のクリームホーン、”Old Parr”(生)
2018.8.26(日) 夏は終わらず
朝の食堂で窓も開けず、エアコンディショナーも動かさずにいると「暑くないのか」と、6時を過ぎてそこに来た家内が言う。暑ければ、窓を開けるかエアコンディショナーのスイッチを入れる。それをしないのは、別段、暑さを感じないからだ。しかし調理を始めれば部屋の温度は上がるだろう。そういう次第にて、リモートコントローラーで冷房を選び、更にその風の勢いを「強」にしてスイッチを入れる。
曜日の関係により、9月3日の月曜日から新学期の始まる学校があるらしい。しかし関東地方の大方は、今日が夏休み最後の日曜日になるのではないか。その貴重な週末は、からりと晴れ上がった。子供たちの気持ちを考えれば同慶の至りである。
事務室の中に吊した寒暖計は25℃だった。ためしにこれを外の、日が当たらないよう郵便受けに入れてみた。しばらくして取り出し見ると、水銀柱、否、色は赤いから水銀ではない、その先端は33.5℃を指していた。
今日から1週間ほどはぐずついた天気が続くと、先週の予報は伝えていた。それが良い方に外れて大いに嬉しい。今日に引き続いて明日の売上げも、悪くないような気がする。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ウィンナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、水茄子のぬか漬け、切り昆布の炒り煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、若布と揚げ湯波と小松菜の茎の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし雷ラーメン
晩飯 キムチ鍋、チューハイ、元社員のアキザワアツシ君が育てた梨
2018.8.25(土) いましばらくの夏を
闇の中に携帯電話が鳴り響く。それを枕の下から取り出し見ると、時刻は0時49分だった。
飛行機の中でいきなり起こされ「食事は魚と鶏肉のどちらがよろしいですか」と客室乗務員に訊かれても、1、2秒のあいだは答えに窮してしまう。そのときとおなじく僕はなぜか狼狽して、ディスプレイに見えている赤い「受話器を置く」アイコンを即、右手の親指で押さえつけた。
そしておなじ携帯電話にgoogleを開き「アイフォン 電話 夜 出ない 方法」と入れ、現れたページの案内に従って、自分のiPhoneに「おやすみモード」を設定した。「おやすみモード」のデフォールトは22:00から07:00だった。その解除の時間のみ06:00に早めてiPhoneをふたたび枕の下に差し込む。
眠ろうとしても眠れない。眠れないならいつまで横になっていても仕方がない。起きて服を着て洗面所に向かう。昨夜から今朝にかけての睡眠時間は2時間と数十分だ。
15時より雷が鳴り始め、かなり強い雨が降ってくる。日光市今市地区に降る雷雨は大抵、15分ほどで収まってしまう。よって外へ出ること能わず、その雨を呆然と眺めていらっしゃるお客様には「15分ほどお待ちいただければ止みますので、どうぞお茶でも」と、店の中でお休みになることをうながす。しかし今日の夕立はなかなか上がらなかった。
日光の梅雨は、雷と共に始まり、雷と共に終わる。あるいは日光の夏は、雷と共に始まり、雷と共に終わる。今日の雷雨は、夏の終わりを告げるものなのだろうか。だとすれば、とても寂しい。
朝飯 茹でたオクラの鰹節かけ、温泉玉子、納豆、生のトマト、ツルムラサキのおひたし、すぐき、メシ、豆腐と若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「翠園」のフカヒレの蒸し餃子、海老と玉子のふわふわ、五目焼きそば、紹興酒(常温)、杏仁豆腐
2018.8.24(金) 台風20号
目を覚まして枕の下のiPhoneを見ると時刻は4時27分。ここでグズグズするとすぐに5時を過ぎる。それが分かっているから即、起床して着替え、顔を洗って食堂に出る。ここからの最も合理的な行動は、先ずポットで湯を沸かすことだ。しかし今朝に限っては、遮光カーテンをずらして外を見る。雨はそれほど強くない。
そこで部屋に風を通そうと、直角に交わった2枚の窓を開く。1、2分ほどして気づくと、部屋に雨滴が霧のように吹き込んでいる。これでは床が濡れてしまう。よって開けたばかりの窓を閉め、エアコンディショナーを「除湿」で回す。
お茶2杯分の水はすぐに湧く。そのお湯で先ずは1杯のお茶を淹れる。そのお茶を水と共に、先ほど花を供えたばかりの仏壇に上げる。正座をし、線香のための蝋燭にマッチで火を点けながら、膝にあった違和感がきれいさっぱり消えていることに気づく。今月初めの、水を抜かなければならないほどの不調の原因は、一体全体、どこにあったのだろう。
折角の時間をうるさくするからテレビは点けない。コンピュータを立ち上げると、風の流れを示す地図をfecebookにシェアする人がいた。その地図によれば、台風20号は日本海に抜けていた。現在の強い南風は、舞鶴の北方数百キロのところにある、その台風によるものだ。いずれ昼前には収まるだろう。
朝飯 じゃこ、昆布の佃煮、すぐき、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、梅干によるお茶漬け
昼飯 「食堂ニジコ」のサンラーメン
晩飯 生ハムのムースを載せた玉子パン、ジャガイモやハムやチーズのサラダ、ラザニアのグラタン、チーズ、桃の蜜煮とアイスクリームの盛り合わせ、“Barolo Marchesi di Barolo 1998”
2018.8.23(木) 何やら忙しいが何やら快調
「ワインは、年を経れば経るほど美味くなるのでしょうか」とフランスの酒蔵で訊いた人に「ディートリッヒのような酒は希です」と、その蔵の番人は答えたという。
ワインを女の人に喩えることは、特にフランスではむかしから普通に行われてきた。その長きにわたる慣習に「それはセクシャルハラスメントだ」と異を唱える人が出てきても良さそうな昨今だ。よってそれらしい情報を探そうとして検索エンジンに当たるも、なぜかとんと見あたらない。
そうであれば書くけれど、蕎麦は僕にとっては篠田桃紅だ。あまりに枯淡、あまりに玄妙で、その美味さというものが、どうもよく分からない。対するラーメンは小池栄子だ。こちらの美味さは分かりやすい。僕は昼の外食においては、ほとんどラーメンしか食べない。
今日も台風のちかづく蒸し暑い空気の中、自転車で日光街道を下る。食べようとしているのはもちろん、ラーメンだ。しかしどういう具合か数百メートルを進んだところで気が変わり、そのまま追分地蔵尊を目指す。そして何年ぶりになるか思い出せないほど無沙汰をしていた蕎麦屋に入り、夏限定の蕎麦を食べる。何歳になったかは不明ながら、何よりオバチャンが元気で良かった。跡継ぎの孫は結婚をしていて、これまた良かった。
朝飯 茄子とパプリカの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、蓮根のきんぴら、トマトのソテーを添えた目玉焼き、モロヘイヤのたたき、納豆、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、豆腐と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「並木そば」のだし蕎麦(大盛り)
晩飯 つるむさらきの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、冷や奴のオクラのすり流し、青茄子の「日光味噌梅太郎赤味噌」田楽、蓮根のきんぴら、3種の干物、「永山酒造店」の「貴ゴリさん純米吟醸生酒」(冷や)、西瓜
2018.8.22(水) 結局は運ですか。
9月13日(水)から18日(火)まで、新宿タカシマヤで開かれる「美味コレクション」への招待状の送り先を、顧客名簿から抽出する。百貨店の担当者が驚くリピート率は、お客様と上澤梅太郎商店との関係性、また商品力に拠るところが大と思われる。そして最後の切り札がマイツールである。顧客名簿に使うソフトが既存のものや専門家の組んだものでは、これだけの結果は得られないはずだ。
このマイツールを使いこなすには、高い山に登るための日常の鍛錬とおなじく、習熟には多少の努力が必要になる。もうひとつ、一度は己を捨て去るような、発想の転換が求められる。
エクセルが自分の日常を受け入れてくれるソフトなら、マイツールは逆に「マイツールの常識」というようなものに自分を合わせなくてはならない。それができるかできないかが、このソフトを身につけられるか、あるいは天国への門の前で引き返さざるを得ないかの分かれ目になる。
マイツールを自分のものにしようとすれば、先ずはこの稀代のソフトに淫することだ。「淫する」という言葉が悪ければ惑溺することだ。「惑溺」という言葉が悪ければ没頭することだ。没頭できるかできないかは、こう言ってはお終いかも知れないけれど、ただただ運が握っているような気がする。
朝飯 「みょうがのたまり漬」を薬味にした冷や奴、納豆、大根おろしを添えた揚げ茄子、刻みオクラの鰹節かけ、生のトマト、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、若布とベビーリーフの味噌汁
昼飯 きのう「やぶ定」から持ち帰った豚カツによる弁当
晩飯 酢蓮、モロヘイヤのたたき、茄子とパプリカの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、アコヤガイの明太漬け、茹で鶏のオクラすり流し、「秋田酒造」の「ヤマトシズク美郷錦純米吟醸」(冷や)
2018.8.21(火) ほおづき
暑さが戻ってきた。とても嬉しい。その嬉しさを確かなものにするため、外へ温度計を出そうとして、途中で思い直す。暑いとはいえ汗はかかない。とすれば、気温は30℃には達していないだろう。もうひとつ、暑くても汗をかかないなら、湿度も高くないに違いない。暑いとはいえ、引き潮のように退きつつある夏が戻ってくることは、今年はもうないのだ。
店舗の入口右に掲げた季節の書は、ここしばらく「氷水」だった。「いつまで氷水でもあるまい」と、今日はそれを「鬼灯」に掛けかえた。来月のなかばまでは、これでいけるだろう。
夜は、19時15分まで食堂にいる。家内は茄子やズッキーニをトマトと共に煮ている。何やら美味そうではあるけれど、その場を去って玄関へ降りる。素足に履くのは、2005年7月23日に買った、これ以上は壊れようのないほど傷んだ、しかしいまだ数年は使えそうなKEENのサンダルYOGUIである。
そして日本酒に特化した飲み会「本酒会」の303回目の例会に参加をするため、ウチから最もちかい蕎麦屋「やぶ定」を目指す。
朝飯 たまり漬「国産にんにく」を薬味にした納豆、千切りキャベツのソテーを添えたベーコンエッグ、人参とブロッコリーのスープ煮、昆布と鮭の重ね煮、すぐき、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 朝食のおかずを流用した弁当
晩飯 「やぶ定」の酒肴あれこれ、盛り蕎麦、4種の日本酒(冷や)
2018.8.20(月) 越えるべき障害
店のシャッターを降ろしてキャッシュレジスターを締め、今日の売上げを記帳して現金を金庫に仕舞うと、もはや機敏に動くことは困難なほどからだが疲れていた。4階に戻って先ずは、風呂に湯を溜める。夕食の後は間髪を入れず入浴して寝るためだ。
ところがこの、入浴や就寝のあいだには、越えなくてはならない、いくつもの障害がある。
入浴には3枚のバスタオルを使う。バスタオル3枚と聞けば、なにやら贅沢に聞こえるかも知れない。しかし僕が使うのは、まるで帆布のように分厚くて硬い、麻のバスタオルである。1枚は濡れた体を拭くため、1枚は風呂上がりに腰に巻くため、そしてもう1枚は、やはり風呂上がりに上半身に巻くためのものだ。
3枚のバスタオルのうち2枚は寝室の隣の洗面所にある。夕食後にこれを取りに行くとき、ともすれば着の身着のままベッドカバーの上に横になりたくなる。そしてその誘惑に負けると、汚れたからだのまま深夜まで眠り続けることになる。
次の誘惑は風呂を上がって食堂で水を飲むとき。ここで長居をすると、椅子の上で不自然な姿勢のまま、小一時間、時には数時間も眠ってしまう。
寝室に入ると、からだにバスタオルを巻いた姿でベッドカバーの上に横になりたい誘惑に、これまた駈られる。ここで横になれば、またまた上述と同じことになる。
更に次の誘惑は、バスタオルを洗面所のタオル掛けにかけて寝室に戻ったところで、パジャマを着ないままベッドにもぐり込みたい誘惑である。それに負ければ、朝まで素っ裸で眠ってしまう。
今夜は最後の障害に引っかかってしまった。それに気づいたのは勿論、翌朝のことである。
朝飯 鮭と昆布の重ね煮、納豆、温泉玉子、刻みオクラの鰹節かけ、油揚げと小松菜の炊き合わせ、エノキダケの酢の物、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と茗荷の味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」のネギ塩ラーメン
晩飯 枝豆のすり流し、トマトとズッキーニと玉子のスープ、ポテトサラダ、人参とブロッコリーのスープ煮を添えた豚の生姜焼き「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」風味、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)
2018.8.19(日) 脇目もふらず
生まれて初めて膝から水を抜いたのは、今月の1日。朝は仏壇に花と水とお茶と線香を供える。最後の、線香を供えるときには正座をする。膝の具合がもっともよく分かるのは、その正座をしたときだ。
「観測史上最高」を更新し続けた酷暑はおとといの17日に収まり、以降は急に涼しくなった。そして僕の膝はどうやらその17日を境として、急速に快方に向かったらしい。朝、仏壇に線香を供える際に、それを如実に感じるのだ。
ということは、暑いところへ行けば、また膝の不調がぶり返すということだろうか。しかしそれは考えられない。今年の夏の日本ほど暑いところは、いくら南の国とはいえ、僕の旅先には含まれないからだ。
昼に長男が青年会のつきあいから春日町2丁目の夏祭りに行って、午後一番で帰ってきた。長男いわく、日本人ばかりのその場にひとり白人の中年男がいて、もらった枝豆と焼きそばを肴に、これまたもらった缶ビールを飲んでいた。声をかけると男はパンプローナに住む人で、2ヶ月の夏休みのうち1ヶ月を、日本での旅に充てている最中と教えてくれた。
男はまた、下関、京都、北海道と列島を北上し、そこから南下して日光に辿り着いたけれど、日本に上陸して以来、今日が一番楽しいと、笑ったという。日光とはいえ我々が生活する今市地区は世界遺産などない、ただの田舎町だ。にもかかわらず「今日が一番楽しい」である。膝を大きく打ちたい気分だ。
スペインの中年男はそれから2丁目の建具屋オダニさんに連れられ、僕が外で昼食を摂っているあいだにウチに来た。既にして帰社していた長男はそれを受けて、ヘミングウェイの話などしながら、隠居の、築150年の建物に案内をしたという。
旅の楽しさとは畢竟、そういうものだ。名所や旧跡や景勝には脇目もふらず、僕がタイの最北部で何もせず過ごすのも、そういうことなのだ。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、スクランブルドエッグ、ウィンナーソーセージのソテー、蓮根の薩摩揚げの甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、シジミと三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、エノキダケと三つ葉の酢の物、大根おろしを添えた揚げ茄子、「みょうがのたまり漬」を薬味にした冷や奴、ほうれん草の胡麻和え、牛肉と玉葱の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」炒め、今年7月3日に日光で収穫したらっきょうを塩と酢だけで漬けた「夏太郎」、チューハイ、“Chez Akabane”の杏仁豆腐、”Old Parr”(生)
2018.8.18(土) 桃はいまだに美味い
昨年のお盆休みは、週末を含めれば12(土)、13(日)、14(月)、15(火)、16(水)の5日間がもっとも一般的だったと思われる。それに対して今年のそれは11(土)、12(日)、13(月)、14(火)、15(水)、16(木)の6日間で、だから休む方にも、またそのお盆に商売をさせていただく当方にも、昨年よりは嬉しい並びになった。今年は更に、17日の金曜日を挟んですぐにまた週末が来る。仕事のし甲斐のある8月なかばである。
気温は、秋の到来を感じさせたきのうから、また下がったような気がする。湿度もまたしかり、である。夏にはもうひとがんばりしてもらって、残暑が復活することを僕は望んでいる。もうひとつ、トマトや茄子やオクラなどの夏野菜を、僕はいまひとつ堪能しきっていない気がする。秋にはいましばらく、列島の北のあたりで足踏みをしていてもらいたい気分だ。
日光の茗荷は、今年は出が早いという。日照りに気息奄々としていた県南の生姜は、その後、息を吹き返しただろうか。しその実の出来や、いかに。秋は、さまざまな原材料の仕入れどきでもある。そして桃は、いまだに美味い。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、蓮根の薩摩揚げの甘辛煮、ピーマンのソテーを添えたベーコンエッグ、納豆、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の塩ラーメン
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、パン、其の三、其の四、グラスの白ワイン、パン、其の五、小さなカレーライス、グラスの赤ワイン、桃のコンポート、コーヒー
2018.8.17(金) 日光は、秋
朝、起きて食堂に来ると、これまでは、その暑さに辟易したならエアコンディショナーの冷房の、そこまででなければ除湿のスイッチを入れ、更に凌ぎやすいようであればエアコンディショナーには頼らず、窓を開けて部屋に風を通していた。しかし今朝は、それら3つの選択肢のうちのどれも必要ないとからだが判断したのだろう、気づくと食卓にコンピュータを開きつつ、1時間ほどが過ぎていた。
朝食を済ませて事務室から外へ出る。風が秋の気配を含んでいる。駐車場の隅にいつの間にか増えた鉄砲百合は、一斉に花を咲かせた。お盆を過ぎた途端、季節は夏からいきなり秋になってしまったのだろうか。両手の平と指先が早くも荒れ始めている。頭よりもからだの方が正直に、秋の到来を認めているのだ。
店が開く前に如来寺のお墓に自転車を乗り入れ、4日前に供えた花を片付ける。花立ては水場で洗い、線香立ては中に残った線香を捨てて、これもまた水で洗う。
閉店後、家を出るときこそ明るかったものの、山あいの料理屋に着くころには、日はとっぷりと暮れていた。その暗さと共に、はじめて訪ねる店のため、クルマを停める場所を見つけるまでしばらくかかった。砂利の駐車場から庭を横切れば、玄関は目の鼻の先にあるらしい。しかしそうと分かっていながらわざと正面へと回り、土蔵づくりの門をくぐる。そうしてひと晩ひと組限定の客として、家内と静かに飲酒喫飯をする。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、蓮根の薩摩揚げの甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、豆腐とオクラの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「炉心庵」の其の一、其の二、菊姫山廃純米(燗)、其の三、其の四、其の五、〆張鶴純純米吟醸(燗)、其の六、其の七、其の八、自家製梅酒(生)
2018.8.16(木) 今度は東北
朝のニュースが東北地方の大雨を伝えている。この時期に畑が冠水すると、ウチが原材料としている秋田県能代産の茗荷はかなりの被害を受け、価格は急騰する。9月の下旬まで待っても上質の品が常識的な価格で市場に出なければ、また数年前のように、売り切れを余儀なくされるかも知れない。
それはさておき東北地方は大雨でも、日光市の天気は穏やかだ。今日は暑さもすこし薄らいだ気がする。午後の中ごろに空が暗くなり、いかにも驟雨の襲ってきそうな雲行きになったにもかかわらず、降った雨はごく少なく、それも、気づかないうちに止んでしまった。
閉店後は社員とミーティングを行う。今月最大の山を越えたとはいえ、肩の荷を一度に降ろすわけにはいかない。事務係も製造係も販売係も、それぞれが、次の山へ向けての準備にかかるときである。その逐一を、ミーティングでは伝えた。
夜は長男の焼いたビーフステーキにて、記録によれば1990年6月1日に6本を購入した”Chateau Mrgaux 1956″の最後の1本を飲む。20世紀中最低といわれるヴィンテージの、62年も経ったワインからは、いわゆるマルゴーらしさはとうに失われ、3日のあいだ立てておいたにもかかわらず、澄んでいるのはボトルの上半分のみ。更にはコウモリの糞、あるいは古びたシードルのような小便臭さえ漂う。「なぜそのようなものを飲むか」と問われれば、まぁ、そういう遊びもあるのだ。
朝飯 蓮根の薩摩揚げの甘辛煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、納豆、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸とズッキーニの味噌汁
昼飯 会社支給の「ミラノピザ」の「マルゲリータ」と「デラックス」を半分ずつ、トマト酢のソーダ割り
晩飯 ベビーリーフとグリーンアスパラガスのサラダ、大根と人参のなます、ビーフステーキ、ジャガイモのグラタン、たまり漬「国産にんにく」を混ぜ込んだバターライス、桃のブラマンジェ、“Chateau Mrgaux 1956”
2018.8.15(水) 疲れていても食い意地は張っている
夕刻、事務机の椅子に腰かけ、高さ30cmほどのゴミ箱に足を載せると、疲れていたふくらはぎに血が通って一気に楽になった。6月26日にトンローエイトちかくのマッサージ屋「タイガー」で受けた、2時間の脚マッサージはしごく気持ちが良かった。今すぐにでも飛んでいって、またあのときのオネーサンに脚を揉んでもらいたい気分だ。
日中、町内にある肉屋の鳥秀さんに連絡をし、もしお盆中も営業をしているなら、ステーキ肉が必要な旨を伝えて欲しいと長男に頼んだ。メッセンジャーかラインかは知らないが、それを使って長男がコトの可否を鳥秀さんに訊くと可能とのことで、めでたく発注は完了した。
閉店してキャッシュレジスターを締めれば即、自宅へ戻ってシャワーを浴びたい。その気持ちを抑えて台所に立つ。上半身の皮膚には汗がにじんでいる。しかし今を逃せば、明日のビーフステーキのためのソースは作れない。
先ずは玉葱1個半をすり下ろす。この「半」に特段の意味は無い。使いかけの半分が冷蔵庫にあったのだ。その1個半だけでは足りない気がして、更に1個の玉葱をすり下ろす。それを大きなボウルに移し、そこに先ほど買ったばかりのたまり漬「鬼おろしにんにく」と同じく「刻みザクザク生姜」を各々1パックすべて加え、更に100グラム入りの種入りマスタードも、そのすべてを投入する。
4階から2階に降りて、飲みかけの安い赤ワインをワイン蔵に探すも、すべて飲んでしまったらしい。仕方なく台所に戻り、日本酒をすこし加えようとして、しかし傾けすぎた一升瓶からは、かなり多めの量がボウルに注がれてしまった。ここに醤油を、味見をしながら足していく。最後にレモン1個を丸ごと絞り、これにて本日の作業は仕舞いとする。
ソースは、インスタントコーヒーの大きな空き瓶に満杯になった。「商売でもするの」と、それを見た家内が言う。このソースを必要とする焼肉や焼き魚を、頻繁に食べれば良いだけのことである。
朝飯 ソーセージと獅子唐のソテーを添えた目玉焼き、昆布と鮭の重ね煮、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、梅干、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 会社支給の「コスモス」のハンバーグステーキデミグラスソース、ライス
晩飯 厚焼き玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷やしトマト、胡瓜と若布と白魚の酢の物、鶏もも肉の日光味噌「辛ひしお」炒め、チューハイ
2018.8.14(火) お盆は乗り越えるべきもの
何日から何日までとは決めていないものの、世間がお盆休みにあるうちの3日間は、1,000円のお買い上げごとに1杯のかき氷を、お客様に差し上げている。その3日間を、この8月は14、15、16日と定めた。
朝、原町の三ツ星氷室へ家内と行き、発泡スチロール製の大きな箱ふたつに満杯の天然氷を買う。また、氷をかくための機械も借りる。かき氷を作り、それをお客様にお渡しするためのテーブル2客は、きのう嫁のモモ君が調えておいてくれた。
氷を冷凍庫に収め、重い機械をステンレス製の台に乗せ終えると即、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へと向かう。そして本日の納品数を決め、冷蔵ショーケースを拭き清める。「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」は、きのう製造されると即、長男が納品をしてくれたため、品切れはすんでのところで避けることができた。
昼食は、会社から支給された弁当を、事務机でそそくさと食べる。そしてまた、かき氷をお客様にお渡しする仕事に戻る。お客様が途切れ途切れになった16時ちかくに4階へ上がり、シャワーを浴びて、白いシャツと黒いズボンに着替える。玄関に降りて黒い革の靴を履き、オヤジの初盆のときに線香を上げに来てくださった方の、ことし初盆を迎えたお宅へ伺う。
17時前後のことだっただろうか、雷鳴が近づくと、店舗のキャッシュレジスターおよびクレジットカードの読み取り機が動かなくなったと、販売係のハセガワタツヤ君が報告に来た。家内はすかさず、普段は釣り銭を入れておくアナログ式のキャッシュレジスターで凌ぐよう、ハセガワ君に指示をする。事務室では、コンピュータがサーバに繋がらなくなっている。世の中が進めば進むほど、このようなときには手も足も出ない。あるいは、もうすこし時代が進めば「どんなときにも途切れない通信システム」というものができるかも知れない。
閉店後、家内はキャッシュレジスターの数字と現金の差を、どうにかして縮めようとする。既にして19時を過ぎているため、夕食の用意は長男に頼む。兎に角、先ずは16日までの繁忙を、どうにかして乗り越えなくてはならない。
朝飯 切り昆布と豚肉の炒め煮、胡瓜のぬか漬け、トマトのスクランブルドエッグ、刻みオクラの鰹節かけ、みょうがのたまり漬を薬味にした冷や奴、ごぼうのたまり漬、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 会社支給の「ホットモット」のハンバーグ弁当
晩飯 トマトとキウィとモッツァレラチーズのサラダ、茄子の網焼きとレタスのサラダ、トマトと鯖缶のスパゲティ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″
2018.8.13(月) 迎え火
8月13日は毎年、朝も早いうちに墓参りに行く。ところが今日はあれこれと忙しく、会社を出られたのは10時もちかくなるころだった。如来寺の門前の、細く曲がりくねった道を徐行していくと、境内の駐車場はこれまで見たこともないほど混雑していた。
お墓は叔母が手配をしてくれたのだろう、綺麗に掃除がなされ、花も供えてあった。その墓石をあらためて、水を固く絞ったタオルで拭く。そして花立てに花を足し、線香を上げて会社に戻る。
8月13日は毎年、店が閉まると提灯を持って、朝に整えたばかりのお墓へひとりで行く。そして立てた蝋燭に火を点し、その火を提灯の蝋燭に移して家に戻る。この火が一度、風により途中で消えたことがある。消えればお墓に戻って先ほどしたことをもう一度繰り返さなければならないから、迎え火の帰り道は緊張を伴うのだ。
繁忙は日中も続き、更には夕刻まで及んだ。「さて、これからお墓だ」と腰を上げようとしていたところ、案に相違して、長男、嫁、孫が灯の点った提灯を持って仏壇のある4階に上がってきた。そのときになって初めて、今年の迎え火は彼らがしてくれたことを知る。
そうしてすっかり寛いで、夜は夏の最中にもかかわらず、鍋で煮た肉や野菜にて焼酎のソーダ割りを飲む。
朝飯 人参のスープ煮、ほうれん草のソテー、納豆、ベーコンエッグ、切り昆布と豚肉の炒め煮、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 うずら豆、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、カレー南蛮鍋、チューハイ
2018.8.12(日) お盆の感じ
高速道路や鉄道の帰省ラッシュは今日がピークと、朝のテレビが伝えている。大抵の人には、お盆といえば、帰省や旅行が頭に浮かぶだろう。僕にとってのお盆は、先ずは繁忙である。その「お盆の感じ」は、今年はきのうから始まった。
開店時間は8時15分。その30分ほど前から、家内は事務室奥の調理室に籠もり、地元産の胡瓜を板ずりし、包丁を入れ始めた。先般はこの胡瓜を「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬け、ウェブショップで限定販売をした。今日はパック入りではなく、割り箸を刺して店の前で売るのだ。
漆塗りを思わせる、外側は黒、内側は赤い番重に氷を敷き詰め、その上に、1本ずつ袋に入れた胡瓜を並べる。販売台ははじめ店舗に向かって右端に置いたが、それではお客様の目に付きづらいため、店舗の入口横に移動する。売り場には、正午までは長男が立った。
店舗の品揃えは充分と言いたいところだが「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」の小瓶に限っては在庫が少なく、あるいは今日のうちに売り切れてしまうかも知れない。一方、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」からは、きのうから盆明けまでの期間限定でお出ししている「おうちたまてばこ」が早くも売り切れたと電話が入る。「おうちたまてばこ」は生もので、作り置きはしていない。即、製造現場に走って追加分を頼む。
胡瓜のたまり浅漬けは、僕が昼食を摂っていた14時すぎに売り切れたという。一方道の駅からは、午前に追加分を入れた「おうちたまてばこ」の在庫が1個になってしまったと、またまた電話が入る。新鮮な商品のみをお客様に提供しようとすれば、このような事態もやむを得ない。またまた製造現場に走り、本日2度目の追加分を作ってもらう。
夕刻にふと気づくと、国道121号線を隔ててはす向かいにある電光掲示板に、日光宇都宮道路が渋滞している旨の表示が出ていた。渋滞しているのは多分、下りの車線だろう。駆け込みのお客様が複数組いらっしゃって、店は定時には閉められなかった。有り難いことだと思う。
3台のキャッシュレジスターを締め、4階の食堂に上がると時刻は18時35分。取り急ぎ、今朝の胡瓜のたまり浅漬けのうち、姿が悪くて横に撥ねたものを肴にトマト酢の焼酎ソーダ割りを飲む。なぜ急ぐかといえば、総鎮守瀧尾神社の当番町として春から仕切ってきたふたつの大祭を乗り越えての、中間的な会計会議が夜に開かれるからだ。
この会議に僕の出席は不要と考えていたけれど、19時に公民館へ行ってみれば、ウカジシンイチ自治会長からいくつかの質問があり、僕の判断によって決められた会計上のこともあったため、やはりイケダアキヒロ青年会長から発せられた招集には応じておいて良かった。
お盆の繁忙は、16日まで続くだろうか。その先の、19日まで続いてくれれば御の字である。
朝飯 胡瓜のぬか漬け、すぐき、切り昆布と豚肉の炒め煮、じゃこ、「ごぼうのたまり漬」によるお茶漬け
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 冷や奴、茄子のクミン風味、胡瓜の浅漬け、春雨サラダ、水餃子、チューハイ
2018.8.11(土) 「やらせ」は皆無
開店後、朝の仕事が一段落したところで4階に上がり、仏壇の掃除をする。30分で完了することもあるが、今日はすこし念を入れたこともあって、ホコリを払った位牌や線香立てを仏壇に戻して時計を見ると、1時間が経っていた。ここに家内がホオズキ、若布、素麺を飾り、13日に新しい花を供えれば、お盆の準備は万端である。
昼の外食から4階の食堂に戻って目薬を注しているところに館内電話が鳴る。テレビの取材が入ったので来て欲しいという。「これこれ、このようなテレビ番組を作ることになった。ついてはその内容の説明と、協力の可否について訊きたい」というようなことで製作会社の人が来たものと考えつつ1階に降りる。そして店に行くと、店内には大変な人だかりがあった。
先ず、3人の芸能人とテレビ局、製作会社の人だけで15名ほどの大所帯だ。お客様は、その倍以上もいらっしゃって、撮影の様子をご覧になっている。その賑やかな中に、僕はいきなり飛び込んで、あれやこれやの即興である。テレビを観る側からすれば、旅の番組は、今回のようなぶっつけ本番のものが一番、信用できる。今日のこの午後のひとときは、たまたまご来店くださっていたお客様にも喜んでいただけて幸いだった。
それにしても、折角の機会を得ながら、来訪した芸能人と一緒に写真を撮り、それをウェブに載せるような機転のまったく利かないのが僕という人間である。放映は秋になるらしい。
朝飯 温泉玉子、納豆、ほうれん草のソテー、人参のスープ煮、ごぼうのたまり漬、めんたいこ、メシ、トマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のチャーハン
晩飯 冷やしトマト、モロヘイヤの刻み、エノキダケと三つ葉の酢の物、切り昆布と豚肉の炒め煮、「にんにくのたまり漬」を使った鮪の刺身のユッケ風、「みょうがのたまり漬」を薬味にして「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた冷や奴、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)
2018.8.10(金) 慈雨
食堂の、南西に面した窓から鶏鳴山の様子を見る。次は食堂を離れて応接間を通り、北西に向いた窓を開ける。こちらから望める日光の山々も、やはり晴れている。台風13号は去った。しかしフィリピンと琉球列島のあいだには、早くも次の台風14号が、雲の白い渦巻きを作っている。さきおとといは立秋だった。しかし夏はいまだ終わらない。
明日からの連休、そしてお盆の店について考える。この夏いちばんの繁忙へ向けては、様々なことを前倒しで準備していく必要がある。そしてそのほとんどは、社員たちが進めてくれている。予報によれば、天気はおおむね良いらしい。
朝、午前、午後と、何度も街に自転車をこぎ出す。僕のからだで感じた限りでは、日光はこの夏、今日がいちばん暑いような気がする。素晴らしい暑さだ。8月14日に秋雨前線が停滞していた昨年とは、大変な違いである。
「この暑さがいつまでも続くことを、僕は願っている」と言いたいところだが、それほど無邪気になれないのは、今が生姜にとって大切なときだからだ。
栃木県南部の生姜畑では、日照りにより茎の倒れるところが出てきているという。日光市の生姜はいまだ耐えているものの、それも時間の問題かも知れない。そんな心配をしているところに午後、上手い具合に雨が降ってくる。農作物には、これが文字通り、干天の慈雨になるだろう。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、人参とブロッコリーのスープ煮、茄子と乳茸の炒り煮、じゃこ、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 トマトと玉子とにんにくのスープ、パン、人参とジャガイモのサラダを添えたローストポーク「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」ソース、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、ブルーベリーを添えたチーズケーキ、“Old Parr”(生)
2018.8.9(木) 台風一過とはいえ
日光には台風の「た」の字も無いものの、朝、東武日光線の状況をインターネットで調べてみた。早い時間の上りの特急、また途中からJRの線路に入って新宿が終点になる特急は、すべて運休になっていた。しかし9時以降の便は、おおむね動くようだ。テレビを点けると、現在、台風13号による暴風は、千葉県と茨城県の太平洋岸に限られているらしい。
下今市10:35発の上り特急スペーシアに乗る。北千住で千代田線に乗り換え、表参道には12時42分に着いた。高樹町と目と鼻の先まではいささか距離があるけれど、歩いても約束の13時には間に合うはずだ。
デザインに関するふたつの仕事は2時間ほどで完了した。その事務所で落ち合った長男とは、表参道の駅で別れる。次の仕事のために長男はそこから新宿へ向かい、僕は新橋を目指す。台風一過とはいえ日差しはそれほど強くなく、気温も大して高くない。
17時40分に、神保町の、靖国通りに面した螺旋階段を上がって何年かに1度は訪れる洋食屋に入る。やがて次男が来る。それほど間を置かず、後輩のムラヤマムツミ君と長男も来る。そしてそれぞれのビールやワインやサイダーで、先ずは乾杯をする。
朝飯 温泉玉子、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子と乳茸の炒り煮、薩摩揚げの甘辛煮、ごぼうのたまり漬、メシ、シジミと万能葱の味噌汁
昼飯 「小諸蕎麦」のたぬき蕎麦
晩飯 「ランチョン」のラムチョップのパン粉焼き、野菜スティック、アイスバイン、他あれこれ、ランチョンワイン(白)、ランチョンワイン(赤)
2018.8.8(水) 購買に至る道
facebookは、時々むかしの投稿を浮かび上がらせて「シェアするかしないか」と訊いてくる。そんなものはシェアしないけれど、その投稿にコメントをくれた人のうちの「あー、こんな人、いたな」とか「これ、誰だろう」という顔写真を、いくつかクリックしてみる。
そのような人のひとりが「必要に迫られて、今、こんな本を読んでいる」と、ある1冊を紹介していた。僕のむかしの投稿にコメントをくれた当時の「今、こんな本を読んでいる」だから、現在からすればその本も、むかしに出版をされたものだ。
投稿に添えられた本の表紙に興味を惹かれて、それをamazonで探してみる。現在は古書でのみしか手に入らなくなっている本の最安値は22円。その最安値は避けて、馴染みの古書店が23円で出している1冊を買い物カゴに入れる。
僕の購買行動は、というか、僕以外にも、このような道を辿って物を買う人は少なくないのではないか。
上下二段組みの翻訳本なら5、600ページは欲しい僕だが、今日のそれは298ページと、amazonの「登録情報」にはあった。ことによると、この秋のタイ行きに持参するかも知れない。
朝飯 納豆、豆腐の卵とじ、薩摩揚げの甘辛煮、切り干し大根の煮物、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、すぐき、めんたいこ、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 きのうと今日の朝食のおかずを流用した弁当
晩飯 ツナとジャガイモとベビーリーフのサラダ、トマトと牛挽き肉のスパゲティ、キウィ、“TIO PEPE”、“Menage a Trois Folie a Deux 2016”
2018.8.7(火) 手ぶら好き
僕に電話をしてくる可能性のある人には、会社の代表番号を呼び出すよう、お願いをしている。携帯電話は携帯していないことがほとんどだからだ。なぜ携帯電話を携帯しないかといえば、物を携帯することを好まないからだ。携帯電話やサイフをポケットに入れると、ポケットが膨らむ。その感触が好きでない。だったらそれらはバッグに入れれば良いではないかと問われれば、とにかく物を携帯することは好まないから、おなじことだ。
9月のはじめに開催される、街のイベントに関する資料を取りに来るよう、午後も遅くなってから電話が入る。資料は東町の、街の施設に用意されているという。我が春日町と東町までは、歩くには少し距離がある。よって自転車のペダルを踏んで日光街道を下る。
説明を受けつつ資料を受け取ると、何やらお金を支払う必要があるらしい。いつものことながら、サイフは持っていない。仕方なく来た道を戻りつつ道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のちかくまで来ると、折良く家内の姿が見えた。お金を貸してくれるよう頼む。すると家内は、必要な金額はいくらかと訊きつつ、なにやら貸し渋る様子を見せる。
いくら必要なのかも知らない人に金は貸せないというのが家内の意見だった。持ち合わせている金額は2万円ほどと言うので「万札1枚ありゃぁ足りるだろう」と、1万円札1枚を受け取ってポケットに入れ、上がってきたばかりの日光街道をふたたび下る。
「大きいお札でスミマセン」と、関係者に1万円札を差し出す。「大丈夫です」と先方が取り出した領収書には「万札1枚」では足りない数字があった。
春日町→東町→道の駅「日光街道ニコニコ本陣」→東町→春日町→東町→春日町と、まるで時計の振り子のように自転車を走らせた総距離は、3キロほどになるだろうか。それでも僕の、手ぶらを好む性格は治らない。困ったものである。
朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、目玉焼き、薩摩揚げの甘辛煮、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子とパプリカと獅子唐の豆味噌炒め、切り干し大根の煮物、南瓜の煮物、鰆の西京焼き、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)、西瓜
2018.8.6(月) 月は南南東に出ている
ドル円が157円まで上がった夢を見た直後に目を覚ます。「正夢になるだろうか」と、このような夢を見るたび考える。しかしその考察は、さして深いものではない。せいぜい数秒間のことだ。何しろ「夢のような話」なのだ。時刻は2時30分だった。
南東に面した廊下を伝って洗面所から食堂に移動する。旧暦6月25日の月が、南南東の高いところに見えている。食堂の、直角に交わった窓を開いて部屋に風を通そうとするも、今朝の外気はほとんど動かない。あちらこちらで鳥の啼き始めたことに気づく。しばらくして時計を見ると、時刻は4時35分になっていた。
2つのパスワードを入れてワードプレスを開く。今月3日、つまり先おとといからきのうまでの日記が「投稿一覧」に律儀に並んでいる。しかしそれら3日分の日記はすべて「下書き」のままで公開はされていない。先おとといの日記の最上部に置く画像が、いまだ手に入っていないからだ。僕の日記の更新が遅れるとき、その原因の多くは、この「画像待ち」に拠る。
台風が、また来ている。その台風13号は、今のところの予報では、9日の朝に、限りなく伊豆半島に近づく。当方はその9日に、東京での仕事を控えている。「予定を先延ばしできないか」と長男が取引先に連絡をする。「先延ばしは無理」というのが先方の答えだった。これを受けて長男は、8日の夜に東京へ入ることを決めた。僕は多分、9日の午前までは日光にいるだろう。
朝飯 胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、ごぼうのたまり漬、めんたいこ、昆布とじゃこの佃煮、すぐき、じゃこによるお茶漬け
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「あづま」のサラダ、串カツ、2種の漬物、メシ、豆腐と若布の味噌汁、「白金酒造」の芋焼酎「白金乃露黒」(生)
2018.8.5(日) 蛇足ついでに
起きて服を着て顔を洗い、南東の廊下を伝って食堂に来ると、4時を1分だけ過ぎていた。「深夜プラス1」の4時間遅れなのか、どうなのか。
ギャビン・ライアルによるこの小説を読んだのは、そのあまりの伝説ぶりに惹かれてのことだ。結果は「全然、分かりませんでした」だった。どうもこの手… 「この手」とはすこし曖昧な範囲指定になるけれど、とにかくこのたぐいの小説は、僕にはまったく合わない。レイモンド・チャンドラーしかり、ジャック・ヒギンズしかり、ジョン・ル・カレしかり、だ。
ところで「ぜんぜん、分かりませんでした」とはいえ、人にはそれぞれ得手と不得手があるらしい。
「牛肉も豚肉も羊の肉も、食べて全然、その違いが分からない」と言いつつ「毎日の荒利総額は、朝、店のシャッターを上げる前から分かっている」と豪語して、しかもそれを実際の数字で証明し続ける人がいる。「英語は全然、分からない」と言いつつ、その表情と身振り手振りの愛嬌により、たちまち外国人の中に溶け込み、何十年ものあいだ高い収益を上げ続ける人がいる。
海外の、いわゆるハードボイルドやミステリー小説の全然わからない僕にも、果たして得手はあるのだろうか。
蛇足ついでにもうひとつ。「深夜プラス1」の最後の1行「真夜中を一分すぎていた。前面の山道は果てしない暗いトンネルのようであった。」は、芥川龍之介の「羅生門」の最終部分「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。」に、驚くほど似ている。
朝飯 納豆、茄子と乳茸の炒り煮、トマトのスクランブルドエッグ、巻湯波の淡味炊き、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のソースカツ弁当、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け
晩飯 「みょうがのたまり漬」をのせて「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた冷や奴、冷やしトマト、揚げ春巻き、牛肉と豚肉の冷しゃぶ、ピーナツとミントの入ったベトナムのサラダ、トマトハイ、西瓜とスモモのシャーベット
2018.8.4(土) 花火
どれほど前のことかは覚えていない。その日は花火の日で、僕は夕刻の明るさの中で、街の飲み屋にいた。夏の日も落ちるころ、ようやく花火を打ち上げる音が聞こえてきた。店の中にいる僕には当然、花火は見えない。しかし「ドーン」とか「パチパチ」とか「ジュリッ」というような音は届く。それを耳に感じながら、花火は観るより聞く方が風情のあることを知った。
18時すぎに店を閉めてキャッシュレジスターを締める。明日の釣り銭の準備は家内に任せて外へ出る。春日町の交差点から北へ向かい、会津西街道の坂を下る。先ずは福島製麺の行列に並んで焼きそばを買う。次は魚の河内屋でホタテ貝の網焼きを買う。ここからすこし歩けば花火の上がる大谷川だが、そのままきびすを返して家に戻る。
シャワーを浴びる風呂場の窓から花火の音が聞こえてくる。時刻は多分、19時だろう。
食堂の調理台の上で、大きなビンを逆さにして、そこからトマト酢を、薄張りのグラスに慎重に注ぐ。それを少々のソーダで割り、多めの氷を投入する。そこに焼酎を加えたら、またまたソーダを足す。トマト酢の粘度は高い。焼酎やソーダと混ぜるには、工夫が必要なのだ。
そのグラスをテーブルに運び、窓を開ける。北北東に1.5キロほど離れたところから、花火の音が聞こえてくる。開けた窓は南東に向いているから、花火は見えない。音さえ聞こえれば、それで花火は充分である。
朝飯 生玉子、納豆、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけた冷や奴、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茄子の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「河内屋」のホタテ貝の網焼き、7月3日に日光の畑で収穫されたらっきょうを塩と酢だけで仕上げた「夏太郎」、酢蓮、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、「福島製麺」の焼きそば、トマトハイ
2018.8.3(金) 胡瓜の朝露漬け
列島の7月の平均気温は、平年のそれを2.8度も上回ったという。何十年のあいだに2.8度の上昇なら理解もできるが「一気に」ということであれば、これは尋常とは思われない数字だ。店の犬走りに置いた6つの鉢は、水を遣るそばから乾き、マーガレットは枯れて死なないまでも、薄茶色に固まって生気は感じられない。店の花を頼んでいるヤマサキジュンイチさんからは先日、ようやく電話が入った。新しい鉢は、数日中には届けられるらしい。
この記録的な猛暑に伴って野菜の価格が高騰していると、テレビのニュースが伝えている。記録的な猛暑、更には、先日の集中豪雨や台風を除けば大して雨も降らない現在の状況であれば、それも当然のことだろう。しかし農業協同組合の直売所や道の駅を見てまわる限り、こと日光市においては、野菜の価格は安定している。
本日は、朝からその地元の胡瓜を集めて「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による浅漬けが作られた。刻み方は、これまでの拍子切りではなく、鱧の骨切りのように細かく包丁が入れられた。包装は、午後一番に完了した。
この限定50パックのうち47パックは、ウェブショップからご注文をくださったお客様へ、2パックは、やはりウェブ上の情報をご覧になって電話をくださったお客様へ向けて、夕刻までに出荷をされた。残った1パックは、数日前に店頭で予約をしてくれた年少の友人ヤギサワカツミさんの手に渡った。僕は明日まで待って、お客様のお手元に届いた姿を創造しつつ、この胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けを食べるつもりである。
朝飯 酢蓮、巻湯波の淡味炊き、厚焼き玉子、納豆、ほうれん草のおひたし、すぐき、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ユタの店」のざる担々麺、サービスの杏仁豆腐
晩飯 ズッキーニのスパゲティ、肉団子とマッシュルームのトマト煮込み、“VOSNE-ROMANEE Jean Gros 1983”、西瓜
2018.8.2(木) 手持ちのすべて
先月18日、北青山の少し奥まったところにあるトリッペン原宿店に、靴2足を修理に出した。直しを頼んだ個所は、縫い糸がほつれた、あるいは切れた部分である。修理には1ヶ月ほどかかると、店のオネーサンには説明をされた。それが早くもきのう、大きめの箱で届けられた。修理に要した期間は、実際には2週間だった。
本日、その箱を事務室から自宅へ持ち帰って開く。2003年に買った”SHEET PULL”と2010年に買った”SCOOTER”の2足は、いずれも当該の個所はもちろん、他のところも職人の判断にて丁寧に補修され、黒く磨き上げられていた。
靴は、というか道具はすべからく、上質のもの修理しながら長く使い続けることが、経済性に最も優れる道である。日常に用いてトリッペン以上の靴を僕は知らない。この2週間は、そのトリッペンの、2足とはいえ手持ちのすべてを欠いて不便この上なかった。次に使うのは来週の9日。夏のあいだは2足のうち、短い”SHEET PULL”を履く機会が増えるだろう。
朝飯 ひじきと梅干しと白胡麻のふりかけ、人参の炒りつけ、ベーコンエッグ、茄子と乳茸の炒り煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、めんたいこ、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 茄子と乳茸の冷や素麺
晩飯 酢蓮、隠元豆の胡麻和え、茄子の油炒め、鰆の西京焼き、うずら豆、「松葉屋本店」の「北信流純米吟醸」(冷や)
2018.8.1(水) オレの膝がそんなことになろうとは
膝の不調に初めて気づいたのは、もう何年前のことか分からない、脱ぎ履きの楽なことから、底の薄いドライビングシューズを1年ほど日常に使い続けたら、膝に違和感を覚えるようになった。しかしその違和感は、このときはいまだ、そう大したものでもなかった。
次に膝のおかしさに気づいたのは、これはその日時をはっきり覚えている。2013年7月12日、カトマンドゥから北東に直線距離10キロの山上にある尼僧院ナギグンバを出発点として、シヴァプリの頂上を目指すトレッキングからホテルに戻ったときだ。外側からくの字に曲がるような感触が右膝に発生した。痛みもある。エレベータを備えないホテルの階段を、僕はしばらく、ゆっくりとしか上り下りできなかった。
その後、膝の違和感は、ときおり顔を出しては沈黙することを繰り返して、だから僕も、それほど気にすることは無かった。それが、今月も半ばを過ぎるころから急に無視できない水準のところまで一気に高まった。朝、仏壇に線香を上げようとして正座をすると、膝のあたりに充満した血なのか漿液なのか、とにかく生ソーセージが茹で上がるに従ってはち切れんばかりに膨張するように、内側から皮膚を強く圧するような感触を覚えるようになったのだ。それは、生まれて初めて感じるものだった。
よって20日にオカムラ外科を訪ね、診察をしてもらうと「骨や筋に異常はないようです。消炎剤を処方しておきます。飲み終えてまだおかしかったら、また来てください」と、先生は僕の両膝のレントゲン写真を観察しながら言った。
小康状態を保っていた膝は、その消炎剤が切れると共に、ふたたび痛み始めた。右膝は兎に角として左膝の状態は前よりもひどく、今朝は仏壇には、立て膝で線香を上げた。
本日のオカムラ先生は僕の左膝の周辺をズボンの上から触って「水が溜まってますね、抜きましょう」と言った。「オレの膝がそんなことになろうとは」と驚いた。ウチではおばあちゃんが、膝に水の溜まる癖を持っていた。そして、それを抜く注射はたいそう痛いとも聞いていた。
6時間後には入浴が可能なこと、また、注射の痛みはからだを楽にすることにより弱くなると、別室に呼ばれた僕に説明した看護婦さんは、そのままカーテンの向こうに消えた。やがて、ステンレス製のお盆に複数の器具を載せているのだろう、カチャカチャという音が聞こえてきた。
診察台に仰向けになってしばらく待っていると、オカムラ先生があらわれて「ちょっと痛いです」と言った。医者の言う「ちょっと痛い」とは、どれほどの痛みなのか。覚悟しながら受けた注射は、しかしどうということもなかった。ここ数十年のあいだに医療器具は長足の進歩を遂げた。オカムラ先生の腕も良いのだろう。
「これだけ採れました」と先生が見せてくれた直径25ミリほどの注射器には、長さ120ミリほどの黄色い液体が抜き取られていた。左膝には同時に、鎮痛剤と消炎剤とヒアルロン酸が注入されたという。
炎天の駐車場に出て、小走りに走ってみる。何も問題は無い。今朝は、それさえできなかったのだ。しかし油断はできない。僕の膝は、何年か後には人工関節になっているような気もする。
朝飯 南瓜の煮物、人参の炒りつけ、納豆、乳茸と茄子の炒りつけ、めんたいこ、らっきょう「夏太郎」、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 乳茸と茄子のつゆで食べる冷や素麺、トマト酢の水割り
晩飯 “Parrot”のチキンカントリー、“evodia 2016”





































































































































