2019年5月の日記31本
2019.5.31(金) お茶くみ
目を覚まし、しばらくしてから枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は1時50分だった。きのう寝に就いた時刻が20時台だったことを考えれば、これだけ早い目覚めも不思議ではない。横になっていてもふたたび眠気の訪れないことは何となく分かる。よってすぐに服を着て起きてしまう。
深夜の2時10分に花と水とお茶と線香を供えられてホトケが喜ぶか否かは知らない。しかし兎に角、家にあっては、仏壇にお茶を上げないことには自分がお茶を飲むことができない。そういう次第にて、いまだ真っ暗な応接間に線香の香りの漂うことになる。
それはさておき自分は美味いお茶を淹れることがなかなかできない。たまさかの僥倖に恵まれない限り、自分で淹れたお茶の美味いことはない。美味くなくても少しは美味いから飲むようなものだ。
「AIに奪われない仕事のひとつがお茶くみだ」と聞いたことがある。理由は忘れた。
ところでAIといえば、むかし炭鉱の中にいて、仕事をするわけではない、軽口を叩いて周囲を笑わせたり、あるいは「昼飯の時間はまだか」と親方のところに訊きに行ったりするだけの人がいて、しかしこの人がいるとなぜか採炭の能率が上がった、という話がある。これまた、AIにはできない仕事だと思う。
朝飯 昆布巻き、納豆、目玉焼き、鶏つくね団子、野沢菜漬けと胡瓜のぬか漬け、生のトマト、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷バターラーメン
晩飯 ウォッカマーティニ、らっきょうのたまり漬「小粒ちゃん」、春雨サラダ、餃子の中身による肉団子、水餃子、”GILBEY’S VODKA”(ソーダ割り)、わらび餅
2019.5.30(木) いささかの後悔
今月7日の日記に書いた、店舗犬走りの軒下に巣を作ろうとしている鳩については、数十年来の頼みつけも含めてふたつの業者に状況を説明し、見積もりを取った。その結果、付き合いの長い方を選んで施工を依頼した。伝えられた工事日は本日。来社の時刻は7時から7時30分のあいだとのことだった。
普段よりも10分だけ早い7時10分に事務室のシャッターを上げると、既にして3名が梁のほこりを刷毛で落としていた。そして小一時間ほどもすると、犬走りとベンチには大量のホコリが積もり、それは、仕事の予定をすこし変更して、長男が水で洗い流した。
背中の痛みの再発を防ぐため、今は2週間に1度の割で通っている宇都宮のカイロプラクティックから正午すぎに戻る。業者の姿が見えないところからすると、工程表には15時までとあった作業は、早くも完了したらしい。
早速に、工事の結果を確かめる。すると、庇の裏の木組みや照明器具の格子には、ネジ止めされたステンレス製の支持棒、またそこから次々と張り渡されたテグスによる、非常に美しくない様子が見えた。
ひと組のつがいの鳩がいきなり飛来し、犬走りに糞を落とし始めたから、それを防ぐため、当方は対策を講じた。その結果が、景観の毀傷と数十万円の出費である。「テグスではなく、忌避剤の設置を選ぶべきだっただろうか」と、今はいささか後悔をしている。
朝飯 昆布巻き、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、筑前煮、パパイヤと胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、豆腐と若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 カプレーゼ、エリンギと赤ピーマンのソテーを添えたビーフステーキ、にんにくライス、“Bricco Manzoni Barolo Silvio Grasso 2013”
2019.5.29(水) 遠ざかった理由
日記を書くときには、先ず、その日の日記に用いる画像を選んで加工する。きのうの日記を書こうとする、その最中に「オレがビールを飲まなくなってから、どれほどが経つだろう」と考えても分からない。
この日記の先頭である2000年9月から調べてみると、食事については、2001年の3月より、すこしずつその様子が書き始められていた。そのころから、飲んでいるのは、ほとんど日本酒かワインか焼酎だった。20代の前半まで付けていた小遣い帳を再開したのは2006年6月。ここに「ビール」で検索をかけてみたところ、それらのほとんどは、海外で買ったり飲んだりしたものだった。これは、そのときの自分に許容できる酒がビールしか無かったからに他ならない。
これは僕に限ったことかも知れないけれど、ビールは舌を鈍らせる。また、アルコール度数が低いため、グラスを重ねるうち、すぐに腹が膨れる。僕にとって、ビールは食べ物を美味くする酒ではない。それが、僕が知らず知らずビールから遠ざかった理由だと思う。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、昆布巻き、筑前煮、じゃこ、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのふわふわ大根」、メシ、若布と揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 鯖の「日光味噌梅太郎赤味噌」煮、筑前煮、冷や奴、塩らっきょう、野沢菜漬け、孫にすべての浅蜊を譲った浅蜊と三つ葉の味噌汁、芋焼酎「白金乃露」(お湯割り)
2019.5.28(火) 遅い昼食
僕は、自身がクルマを運転しての行楽、いわゆるドライブというものをしない。なぜしないか、それは面倒だからだ。あるいは興味が無いからだ。
サーキット以外では、クルマは人に運転をしてもらった方が気が楽だ。あるいは移動は電車やバスなどの公共交通機関でする方が好き、ということもある。その僕が、今日は日光市の中だけで、距離にして130キロ、時間にして5時間もホンダフィットを走らせていた。いろは坂の上は、今が新緑の盛りである。
14時を過ぎたころには鬼怒川温泉にいた。急な下り坂にハンドルをすこし切ってホンダフィットを駐め、外へ出て、しかし用を思いついて車内に戻ると”P”に入れたギアレバーが動かない。鍵穴に差し込んだイグニッションキーも回らない。ブレーキペダルの踏み心地も、いつもとは異なって硬い。
グローブボックスから使用説明書を取り出し、車載の工具を使って、どうにかギヤレバーだけは動くようにした。しかしキーは回らないままだ。
助けに来てもらうときの位置を正確に説明できるよう、急坂と階段を昇って国道121号線に出る。そしてEBエンジニアリングのタシロジュンイチさんに電話を入れる。「ハンドルをガチャガチャ回しても、鍵は動きませんか」と言われて「そうか」と気づく。
クルマに戻り、ギヤレバーを”N”に入れ、サイドブレーキを外す。ブレーキを踏む足をすこし緩めると、ホンダフィットはゆっくりと坂を下り始めた。その機会を逃さずハンドルを真っ直ぐに戻すと「ガチャリ」と、クルマのあちらこちらで何かの解放される音がした。それですべては復旧した。使用説明書の「万一の場合には」のところにハンドルロックのことも書いておいてくれれば、僕も慌てずに済んだのだ。タシロジュンイチさんには大いに感謝をしたい。
そうして無事に会社に戻って遅い昼食にありつく。
朝飯 昆布巻き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、厚焼き玉子、2種のピーマンのソテー、胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、エノキダケとピーマンの味噌汁
昼飯 3種のおむすび、焼き海苔、日光味噌のフリーズドライ味噌汁”with LOVE”(薬味の三つ葉のみ追加)
晩飯 刻みキャベツを添えた2種のコロッケ、じゃこ、うずら豆、”TIO PEPE”(ソーダ割り)、なめことエノキダケと三つ葉の味噌汁、蓮根菓子「西湖」
2019.5.27(月) 軽減税率
朝4時40分、食堂の、それぞれ南東と南西に面した窓を開け放つ。室内に風の通り抜ける気配は感じない。それでも空気は、こちらに気づかないほどの静かさで、滞ることなく入れ代わっているらしい。ふたつの窓からは、それぞれ異なる鳥の声が聞こえている。まるで南の国の、濃い樹影のかたわらに建つ民家にでもいる気分だ。今日の午前は、なかなかに忙しい。そのひとつひとつを頭に浮かべ、確認をする。
7時30分に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行き、ウチの売り場を拭き掃除しつつ、各商品の、本日の納品数を決める。8時10分にホンダフィットを西北西へ向け、東武日光駅前の早見商店さんに「らっきょうのたまり漬」を納品する。会社に戻ると「日光街道ニコニコ本陣」に納める品は、既にして製造係により整えられていた。
9時40分、今度はホンダフィットを南西へ向ける。栃木県味噌工業協同組合の総会に仕事着のまま行くと、自分以外の皆さんは、おしなべて外出用の服を着ている。それに気づいて「次回こそは」と思うものの、すっかり忘れて、またまた仕事着のまま出席をしてしまう。しかし今日に限っては、シャツこそいつものものではあるけれど、少しはマシなズボンに脚を通し、黒い革靴を履いた。
総会には宇都宮税務署の統括官が出張をしてきていて、10月1日から施行される新しい消費税について講義を受ける。「リーマンショック級とかいう理由で増税が先延ばしになって、しばらく後に『これだけ延ばしたんだから、軽減税率は無しね』なんてことにならねぇかなー」と、出席者のひとりが自身の希望を述べる。「なるほどー」である。
仏壇の白菊がそろそろしおれ加減だったため、小倉町の花一で新しい菊を買ってから会社に戻る。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、昆布巻き、胡瓜のぬか漬け、野沢菜、ふきのとうのたまり漬、メシ、茗荷と若布の味噌汁
昼飯 「新三」の弁当「雷都物語」
晩飯 鯵の干物、茄子とエリンギの「日光味噌ひしお」炒め、生のトマト、小松菜のおひたし、浅蜊と万能葱の味噌汁、ズッキーニと人参のぬか漬け、らっきょうのたまり漬(A)、らっきょうのたまり漬(B)、芋焼酎「白金乃露」(ソーダ割り)
2019.5.26(日) 暑いところ
「はて、今日は日曜日だったか、それとも週明けの月曜日だろうか」と、早朝、蔵の中を歩きながら、一瞬、曜日が分からなくなる。ややあって「日曜日の蔵見学をご予約くださったお客様を、オレはいまだご案内していない。とすれば、今日は日曜日か」と、得心をする。
きのうの、店の前の最高気温は29度だった。それが今日は、午前のうちから30度に達する。北海道にはこともあろうに35度以上の予報が出ている。世の中も、またその世の中が存在する地球も、ヒトの感覚では捕まえきれないほどの速さで変転をしている。感覚の研ぎ澄まされた人は、その変化に恐れおののいているのではないか。その反対に、外界と壁一枚を隔てた、繭の中のようなところで暮らしている人は、たまにその変化に触れたときには茫然自失、あるいは理屈を超えた逆上に見舞われるかも知れない。
13時にご予約をいただいていたお客様は、すこし早めの12時45分にお見えになった。旅の途中であれば、先をお急ぎになるやも知れない。よって即、その3名様の先に立って、先ずは味噌蔵のある庭にご案内をする。どこかから現世に戻るようにして30分後に店に戻る。3名様がお買い上げになった品物は、結局のところ、宅急便でそれぞれのご自宅までお送りすることになった。
16時を過ぎても気温は30度に貼り付いて、一向に下がらない。「暑いと疲れるね」と言うと「なに言ってんの、暑いところが好きなくせに」と家内に返される。確かに僕は、好んで暑いところへ行く。しかしそこですることといえば、散歩と水浴びと本読みくらいのものだから、疲れる、ということはないのだ。
終業後は、にわかに冷たい飲物が欲しくなった。その気持ちを無理に、夕食のときまで押さえつける。2日つづけての、ウォッカソーダである。
※蔵見学のご予約は、ウェブ上で承っています。ご希望のお客様は、どうぞお気軽にお申し込みください。
朝飯 昆布巻き、納豆、茄子とピーマンの「日光味噌ひしお」炒め、ほうれん草のソテー、山芋と独活の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、エノキダケと万能葱の味噌汁
昼飯 カレーライス、塩らっきょう、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 マカロニサラダ、ベーコンとエノキダケとトウモロコシと人参のスープ、生のトマトを添えたハンバーグステーキ、“ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)
2019.5.25(土) 在庫のあるなし
きのうの本酒会では、21時が近づくころに眠ってしまった。3時台から起きていれば、それもむべなるかな、である。
今朝は4時20分より製造現場に降り、その仕事から上がって後に、おとといの日記の公開ボタンをクリックした。きのうの日記は既にして、きのうのうちに書けている。日記を書くことは趣味ではあるけれど、それでも書き終えている日記、つまり在庫があると、心は穏やかだ。
商売上の在庫は、多からず少なからず、その量が適正に保たれていることが肝要だ。一方、生活に必要なあれこれの在庫は、多すぎるくらい持って、はじめて心が豊かになる、ということがある。僕の場合には、米や茶葉や蒸留酒がそれにあたる。そしてまた線香も、例外ではない。
幅4メートルほどの本棚の下2段が引き出しになっている。その引き出しのひとつが線香の置き場になっている。いまある線香は、2014年10月のオフクロの逝去に際して、あるいはその初彼岸や初盆に、霊前や仏前として諸方からいただいたものだ。4年半が経つものの、しかし1日に2本の使用であれば、いまだ半分以上が残っている。これから更に5年ちかくも保つと思えば、多いにありがたい。
そんなことを考えながら、今朝も2本の線香を上げた。きのうに引き続き、週末も暑くなるらしい。
朝飯 昆布巻き、納豆、茄子とピーマンの「日光味噌ひしお」炒め、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、山芋と独活の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、パパイヤと胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、きのう「玄蕎麦河童」から持ち帰った天ぷらに薬味の三つ葉を加えた味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 “ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)、トマトと蜜柑とモッツァレラチーズのサラダ、孫が生地をこねたパン、あれこれを添えたポークソテー、“Petit Chablis Billaud Simon 2016”
2019.5.24(金) 川風はしごく
3時16分に目を覚まして3時38分に起床する。
鳥は夜の明けることを察して啼き始める。今、鳥は3時台に第一声を上げる。仏壇に供えるお茶を淹れていると、食卓に置いたiPhoneが音を発する。よほどのことでもない限り、目を覚ますために目覚ましをかけることはしない。4時に鳴った音は「今朝は製造現場へ降りるべし」という、忘備のためのものだ。
半袖のポロシャツ1枚で現場に降りる。白衣や帽子、マスクや手袋は必ず、前夜のうちに用意をしておく。それらを身につけ早朝の仕事に当たる。
「お墓に供えた花は枯れる前に片付けるべし」と考えるようになったのは、昨年のことだ。以降、墓参の後にはマメにお墓を訪ねていたが、先週、おじいちゃんの祥月命日に際して供えた花は、気にしながらも放置をしてしまった。「今日こそは」と、午前の早い時間に如来寺へ行く。白い菊は幸いにもいまだ枯れずにあった。それを花立てから引き抜いて、ゴミ置き場の袋に納める。
お墓の花立てや線香立てのあたりを閼伽桶の水で洗い、最後にその花立てを水場で洗っていると「ずいぶんと暑くなりましたねぇ」と、やはりお墓の掃除に来たらしい老人に声をかけられだ。「むかしは5月に30度なんて、考えられませんでしたからね」と、僕はことばを返す。
子供のころ、つまり昭和30年代のおわりから40年代の前半にかけて、夏休みには木更津にあるオフクロの実家に長逗留をした。舗装されていない路地は、人が長年に亘って捨て続けたものだろう、粉々に割れた浅蜊の殻で覆われていた。炎天下、その白い道を踏んで海へ向かいながら「今日は30度を超しているから暑いよ」と、大人に注意を受けた記憶がある。あのころの「30度」には、特別な響きがあったように思う。
夜は僕が書記を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」の例会にて、大谷川に架かった大谷橋を渡って大谷向まで行く。川風はしごく、爽やかだった。
朝飯 蓮根と人参のきんぴら、納豆、茄子とピーマンの「日光味噌ひしお」炒め、巻湯波の淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、エノキダケと茗荷の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴あれや、これや、それや、他あれこれ、冷やしたぬき蕎麦、3種の日本酒(冷や)
2019.5.23(木) 朝の月
メシや酒、今月の18日から19日にかけて発生した車両運搬費、南の国へ行く飛行機代など、その時が過ぎれば消えてしまうお金には、割と鷹揚である。しかしきのう買うことを止めた雨靴など、形の残るものへの出費は惜しむ傾向が、自分にはある。
モノを持つ、ということが後悔の元になることを、僕はしばしば経験する。「やっぱり要らなかったじゃねぇか、そのくせ空間は占有しやがる」という後悔もあれば、それを持つことにより貨幣を失い続けて後悔する、ということもある。
後者の代表がクルマではないか。各種の税金、燃料費、自宅にクルマを置く隙の無い場合には駐車場代など、これを購入し、維持管理することによる出費には、馬鹿にならないものがある。
社会が成熟するに連れて出生率は漸減する。出生率の低下は国を滅ぼす最大の要因で、現在の日本に突きつけられた悲しい現実だ。クルマも、社会が成熟するに連れて売れなくなっていくような気がする。クルマの生産国では、それが国の力を弱らせるひとつの元になるだろう。
それはさておき、4人目の子供の産前産後休業と育児休業を終えて、包装係のタノイチカさんが現場に復帰した。「見上げた根性」とは、彼女のような人のためにある言葉だと思う。彼女の職場への復帰を、僕はとても嬉しく感じている。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、蓮根と人参のきんぴら、巻湯波の淡味炊き、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 塩らっきょう、ウォッカマーティニ、5種の野菜のサラダ、人参の混ぜごはん、茹でたブロッコリーを添えた鶏の網焼きトマトソース、“Petit Chablis Billaud Simon 2016”、ケーキ、”Old Parr”(生)
2019.5.22(水) 喉元過ぎれば
きのうの大雨が、まるで夢の中の出来事だったように、今朝の空は晴れ上がった。雲はその空の高いところに薄く浮かんでいるのみだ。表参道の駅からは、青山通りに出ないまま細い道に入る。広く真っ直ぐな道の作る平板な景色は嫌いでない。しかし裏道には、そこここに意外なものが顔を出す。直後には忘れてしまうことでも、意外なところに意外なものを見ながら歩く行いには常に、静かな高揚がある。
長男とは高樹町ちかくのデザイン会社で落ち合った。そして10時30分から12時がすぎるころまで、贈答用の包装紙、増刷することになったパンフレット、9月に改版するパンフレット、またそれにともなう商品の撮影について、その会社の人たちとすり合わせを行う。
ここから鎌倉へ向かう長男とは表参道の駅で別れた。地下鉄千代田線の車内で、北千住13:42発の下り特急の切符を買う。15時すぎに帰社すると、そのあまりの早さに家内が驚いた。
きのう雨の中を歩いているときには「今度こそ雨の日のための靴を買おう」と、その第一候補を売る店まで調べ上げていた。しかし今日になってみれば、その気持ちは霧消した。「普段履きのジャングルモックでも、水は漏らなかったじゃねぇか」というのが、その理由である。それが、早い時間の帰社につながったのだ。
夏や秋にふたたび大雨が来襲するようになれば、そのときにはまた、雨の日のための靴が欲しくなるに違いない。
朝飯 “crisscross”の5種の葱のポタージュ、ベーコンジャムのトースト
昼飯 「小諸蕎麦」の冷やしたぬき蕎麦
晩飯 4種の野菜のサラダ、牛肉団子とトマトソースのスパゲティ、”Almaviva 1997”、孫が食べずに残した胡瓜のマリネ、”TIO PEPE”、カスタードプリン、”Old Parr”(生)
2019.5.21(火) 大雨の予報
東京では特に昼ごろに風雨が強まると、テレビの天気予報が伝えている。正にその時間、僕は大井町の駅から1キロほどのところにあるソーマ歯科室に予約を入れている。雨靴は持っていない。登山靴で代用する手はあるものの、それは街にはあまり適さない。ゴム草履では、気温が落ちてから風邪をひく心配がある。考えあぐねて結局は、普段履きのメレルのジャングルモックを履く。
いつもは自転車で向かう駅に、今朝はタクシーを頼む。大雨の予報にもかかわらず、東武日光線には遅延が出ていなくて助かった。
京浜東北線を大井町で降り、外へ出る。強いのは雨ではなく風だった。傘の壊れないのが不思議なほどの強風で、その風に煽られた雨滴が全身を襲う。ソーマ歯科室に着くころには、木綿のセーターは湿り気を帯び、ズボンの特に膝から裾までは満遍なく濡れて、ひどい有様になった。替えのズボンは持ち合わせていない。
午後は仕事に必要な資料を得るため、秋葉原と銀座を歩く。雨は18時がちかくなるころにようやく収まって、8丁目の鮨屋に落ちつく。
朝飯 蓮根と人参のきんぴら、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、巻湯波の淡味炊き、ひじきと人参の甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 「デリフランス大井町店」の4色サンドイッチ、コーヒー
晩飯 「鮨よしき」のあれや、これや、それや。「天吹酒造」の”I lOVE SUSHI”(冷や)、「山本合名」の「ロイヤルストレートフラッシュ」(冷や)、「笑四季酒造」の「恋をするたびに… 最終話・夢が覚める前に」(冷や)
2019.5.20(月) 一気呵成の
僕が20代の半ばで家に戻ったとき、旅館やホテルの調理場に納める以外の日光味噌は、白だし、赤だし、粒みそ、ひしおの4種類だった。オヤジが亡くなった2005年以降、それらに、日光産のタチナガハあるいはサトノホホエミに日光産のコシヒカリを組み合わせた梅太郎白味噌と梅太郎赤味噌、更には唐辛子を加えた辛ひしお、カレー風味のカレーひしおを加えて、計8種類に増やした。
そのうちの白だし、赤だし、粒みそに用いてきた袋が今年の夏にも尽きそうなところから、以降はどのような容器で販売するかが、ここ数ヶ月の懸案になっていた。それが先般の場長会議、そして本日の長男との話し合いによって、ようやく決まった。決まったからには即、動かなくては、気の短い僕は気が済まない。
時刻は既にして16時30分になりかかるところだったが、頼みつけのデザイナーに電話を入れ、17時までに行く旨を伝える。そして現行の袋と新しい袋を手渡し、当方の大まかな希望を伝える。たたき台は今週中に上がるという。また来月の半ばに予定されている写真撮りに際しては、実物は間に合わないものの、撮影用のそれは手作りで完成させるとの確約を得た。
僕は気が短いゆえの失敗も数々してきたけれど、それでも一気呵成の仕事運びには爽快なものがある。味噌の、新しい袋の出来を、僕は大いに楽しみにしている。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、鮭の昆布巻き、ひじきと人参の甘辛煮、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 ほうれん草の海苔のおひたし、蓮根と人参のきんぴら、銀鱈の西京焼き、巻湯波の淡味炊き、大根と胡瓜のぬか漬け、塩らっきょう、孫に浅蜊をすべて譲って万能葱ばかりになった味噌汁、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)、チーズケーキ、”TIO PEPE”
2019.5.19(日) 阪納誠一メモリアル走行会(初夏の部)
東京から日光に移り住み、古典車の修復家として一時代を築いたバンノーセーイチさんを追悼する「阪納誠一メモリアル走行会」には、2006年から2016年まで欠かさず出走をしてきた。しかし2017年と2018年は、その開催日が「日光の美味七選」を出荷する12月30日に重なったため、やむなく参加を見送った。
この走行会には初夏の部も設けられているものの、行楽の季節に忙しい仕事柄、こちらについてはハナから出るつもりは無かった。しかし1926年製の、オヤジが遺したクルマを動態保存しようとすれば、長く空白を置くことは望ましくない。そのような理由から、今回は申込書の「参加」を丸で囲んで事務局のキクチキヨタカさんに返送した。
年末の走行会は、ツインリンクもてぎの西コースで行われる。一方、今日のそれには北ショートコースが指定をされていた。普段はミニバイクあるいはカートのレースに用いられるここは、1周が982メートルで、レーシングカーを思い切り走らせられるところではない。
本日の出走は、ビンテージクラスが10台、50~60年代クラスが10台の計20台。それらを操縦する参加者が8時30分にコントロールタワー下の部屋に集まって、ミーティングが開かれる。「ジンシャ共に元気で帰るということが、レースの鉄則でございます」との、いつもこの席で解説を務めるツツミトモヒコさんの言葉に会場から笑いが漏れる。僕も笑い声を上げたひとりではあるけれど、これ以上無い至言であることは間違いない。
9時から、その北ショートコースに出て行く。4速に入れられるのはバックストレッチのみ。しかし4速に上げて数秒のうちに3速に落とさなければ、次の左コーナーを曲がれない。最終のS字カーブでは2速に落としたいものの、グランプリブガッティは、レースでの走行中に2速に落とすことは想定していないはずだ。H型のシフトパターンに加えて、1速と2速の中央にシフトバーがバネで固定されないこの時代の設計では、3速から2速への減速は、しごくしづらいのだ。
エンジンは絶好調だ。しかしブレーキの効き具合に気持ちの悪さがある。それを確かめてもらうため、維持修復係のタシロジュンイチさんにも試走をしてもらう。ライニングは、次の機会までに貼り替える必要があるだろう。
9時から16時前までに6回の走行を果たす。今年末の走行会が何日に設定されるかは不明ながら、日程さえ合えば、この青いクルマを、次は広い西コースで思い切り走らせたい。
16時27分にツインリンクもてぎの北ゲートを出て、店には17時50分に着いた。即、帽子をかぶり、名札を首から提げて、閉店のための作業に当たる。終業後はあらかじめ作り置いた、先般の町内役員旅行の決算書10部を持って家を出る。そして小倉町の居酒屋へと急ぐ。
朝飯 「ホテル若葉」の朝のお膳
昼飯 「GTカフェ」のビーフカレーライス、ミニサラダ
晩飯 「和光」のお通しのもやしのナムル風、刺身の盛り合わせ、お新香の盛り合わせ、豚タンの網焼き、エシャロット、他あれこれ、麦焼酎「和光」(ソーダ割り)
2019.5.18(土) 新たに植えることはしない
下り特急スペーシアの中で一眠りしたせいか、昨夜はなかなか寝付かれず、そのあおりを受けて、今朝は流石に眠かった。いつもよりすこし遅い5時すぎに製造現場へ降りて、軽く仕事をする。
隠居の、枯れた百日紅と紅葉を伐り、地面の下を這った藤の蔓を掘り出す植木屋の仕事は、きのう1日で完了した。その様子を確かめるため、朝、味噌蔵のある庭に入る。枯れた木は、伐ればそれで事が済む。しかし藤の蔓については、毎年、掘り出すことを繰り返す必要があるだろう。
伐られた紅葉は庭の奥の、滝をかたどった岩の脇に、なかなかの枝振りで大きく育っていた。それが無くなってみると、辺りの景色は一気に風情を失った。しかしここに、新たな紅葉を植える気はしない。こと家の庭に限っては、意匠を凝らしたそれは、もともとあまり好きでないのだ。手入れが面倒、ということもある。
16時30分、BUGATTI35Tを載せたトレーラーをホンダステップワゴンで牽引しながら、EB-ENGINEERINGのタシロジュンイチさんが迎えに来る。その助手席に収まって、一路、茂木を目指す。
朝飯 鮭の昆布巻き、鮭の麹漬け、大根の濾紙を添えた厚揚げ豆腐の網焼き、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布とほうれん草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「蘭」のステーキセット、“LES TANNES en Occitanie CABERNET SAUVIGNON 2017”
2019.5.17(金) 同窓会
3日あれば台北と香港とソウルにそれぞれ1泊ずつしてくるような多動性のあったオヤジは、夕方から東京へ行って、その夜のうちに帰るということを、しばしばしていた。目的地にいる時間より往復に要する時間の方が長いという、僕なら仕事を除いては決してしたくない時間配分である。しかし今日は社内に人手が足りず、図らずも、僕もおなじように動かざるを得なくなった。
下今市16:05発の上り特急スペーシアに乗ると、池袋には18時すこし過ぎに着く。同窓会の始まる時刻は18時30分だが、どこかに寄り道をしているひまは無い。18時10分に指定の店への階段を降りようとしているところに後ろから声をかけられる。振り返ると、声をかけたのはノリマツヒサト君。イリヤノブオ君とウィルソンアキラ君も一緒だった。
今回の日程は、いくつかの条件により決められたものだが、そのひとつは、ダラスに住むウィルソン君の一時帰国に合わせて、というものだ。ウィルソン君は、中学3年生の夏休みにアルバイトをした婦人之友社を、今は同社の社長になったイリヤノブオ君に、午後から案内をしてもらっていたはずだ。
居酒屋の個室には、我々が一番乗りだった。「日本に帰ったら食べたいと思っていた」とウィルソン君の言う鰊の塩焼きは品書きに無かったから、その代わりとして鰯の丸干しを注文する。ウィルソン君はビールよりもチューハイが飲みたいという。鰊の塩焼きもチューハイも、彼が自由学園のサッカー部にいたとき慣れ親しんだ味なのだ。
同級生たちは次々に集まって、遂には18名に達した。その宴たけなわの20時10分に、僕は中座をする。そして北千住21:13発の下り特急に乗り、23時がちかくなるころ家に戻る。
朝飯 たぐり湯波の淡味炊き、納豆、生のトマト、カキ菜のおひたし、切り昆布の炒り煮、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と大根の葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「鞍」のお通しのこんにゃくの甘辛煮、冷やしトマト、鰯の丸干し、鰹の刺身、他あれこれ、「三和酒類」の麦焼酎「いいちこ」(ソーダ割り)
2019.5.16(木) すべては個人化に向かうか
すこし前までは、観光バスにはカラオケと「寅さん」の映画、そして綾小路きみまろの漫談のビデオは必須の常備品だった。今回の、町内役員の積立による旅行で使ったバスには「カラオケ禁止」の張り紙があった。人の吐いたタバコの煙を僕が嫌うこととおなじく、人の歌声は聞きたくない、という人がいるのだろう。映画についてもしかり、ビデオにおいてもしかり、だ。
今回の旅行の2日目、車内での飲酒は朝の9時30分から始まった。しかし「カラオケ禁止」に鑑みれば、観光バスの車内では、そのうち飲酒も禁止されるだろう。シラフの僕も含めて、とにかくオヤヂ連中は賑やかだ。これが他の乗客に嫌われている可能性は充分にある。
飲酒の次は「アイツの食ってる〇〇が臭せぇ」という理由から、飲食も禁止になるだろう。更には「カラオケ禁止」とおなじ理由から、会話も禁止になるだろう。そしてそこまで「他人のすることがいちいち気に入らねぇ」という時代になれば、団体旅行も観光バスも、この世から消えるだろう。
少数意見の尊重は民主主義の基本ではあるけれど、急増、多発する苦情によりやむなく作られた決まりに従わなければならない世の中は、なかなかに住みづらそうだ。僕が好んで行くタイの田舎も、そのうちそんな社会になってしまうのだろうか。
朝飯 ほうれん草とジャガイモのオムレツ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、切り昆布の炒り煮、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、空豆の甘煮、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 サンドイッチ、紅茶
晩飯 カキ菜のおひたし、大和芋と「しいたけのたまり炊」と牛肉のすき焼き風、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」を注した刺身湯波、空豆の甘煮、大根と胡瓜のぬか漬け、塩らっきょう、なめこと万能葱の味噌汁、「松瀬酒造」の「松の司特別純米」(冷や)
2019.5.15(水) full of green
「立夏も過ぎたのに、杉菜はないんじゃない」と、朝、ご予約をいただいているバスの到着を待ちながら、長男に言われた。それは僕も感じていたので「次は萬緑だ」と答えた。店舗に向かって右側の、季節が変わるごとに掛けかえる、季節の書についての会話である。
僕は即、2階の倉庫へ急ぎ、丸めて筒にしたいくつもの書の中から「萬緑」を取り出し、それを事務室へ置く。そして店の前に回って「杉菜」の書を挟んだアクリル版を壁から外し、事務室へ戻ってその中身を「萬緑」に入れ替えた。
「萬緑」は英語で”full of green”とは、自由学園の同級生スズキマサカズ君が、いつかfacebookに上げていた英文から知ったことだ。そのとき僕は既にして還暦を超えていたと思うけれど、この”full of green”は即、憶えることができた。新緑の季節は真夏に続いて好き、という僕の好みが、そうさせたのかも知れない。
日光宇都宮道路の今市I.C.方面から到着したバスを駐車場にご案内し、次々と降りていらっしゃるお客様にご挨拶をし、以降は店で販売の手伝いをする。ご一行は少なくない買い物をしてくださって、次の目的地へ向かわれた。
ひと息ついて事務机のコンピュータを開き、念のため季節の書の一覧を呼び出す。するとそこには「杉菜」の次は「麦笛」とあった。それに気づいても、もう遅い。「萬緑」は「麦笛」を飛び越えて、6月の末までは、壁に架けられているだろう。
朝飯 空豆の甘煮、切り昆布の炒り煮、スクランブルドエッグ、納豆、生のトマト、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「丸亀製麺」のわかめうどん(揚げ玉と刻み葱は無料)、梅干のおむすび
晩飯 玉葱のスープ、ポテトグラタン、キャロットラペとグリーンアスパラガスのソテーを添えたビーフステーキ、“Almaviva 1997”、パイナップル、”TIO PEPE”、2種のチョコレート、”Old Parr”(生)
2019.5.14(火) 欲求の漸減と消滅
「自分へのご褒美」とは、なかなか優れた惹句だと思う。贅沢と思われる品も、この魔法のことばを頭に浮かべれば、清水の舞台から飛び降りることができそうだ。
僕は、自分に褒美を与えられるような人生は歩んでこなかった。しかしとにかく馬齢を重ねておととし還暦に至った。褒美は無理としても、還暦祝いなら贈れそうだ。自分がみずからに与える還暦の祝いには何が欲しいか。ひとつはライカQだった。
必要に迫られれば仕方なく一眼レフを使うものの、本来、レンズが交換できる式のカメラは好まない。レンズは広角が好きだ。更には僕は、食べ物を超近接で撮ることが多い。だったらライカの”Q”ではないか。
あるとき泰明小学校のちかくのライカを訪ねて”Q”を触らせてもらった。当然のことながら、質感は申し分ない。しかしこれはハナから分かっていたことだけれど、携帯をするにはいかにも大きく、そして重い。大荷物や重い荷物を嫌う僕がこれを持てば、使う機会はほとんど家の中に限られるだろう。そんな自分には、カメラはリコーGRDで充分だ。そう考えて、ライカQに対する欲求は漸減の後に霧消した。
欲しいもののもうひとつは、グランドセイコーの時計だった。モノは、修理をしながら長く使いたい。これまで「ブランドを引き継いだだけで、以前とは会社が違う」とか「既に部品の供給が止まっている」などの理由により時計の修理を断られてきた経験から、僕は「長く使うならセイコーの三針だ」という結論に至っていた。いまグランドセイコーの時計を買えば、死ぬまで使うことができるだろう。欲しいグランドセイコーは、もっとも低い価格帯の簡素なものだ。
4丁目の服部は敷居が高いから、池袋のビックカメラに行った。そしてグランドセイコーを置いた一角に近づくと、20万円台のそれと50万円台のそれとでは、高級感に極端な差のあることに気づいた。50万円台のそれを目にしてしまうと、これまで欲しかった20万円台のクォーツ式は、いかにも見劣りがする。しかしいくら高級感に満ちているとはいえ、道具としての時計に50万円台の機械式を選ぶ気もしない。そうしてグランドセイコーへの欲求も、ライカQに対するそれとおなじく、徐々に萎んで消えた。
そんな日々から2年と数ヶ月を経た先日、セイコーがソーラー電波修正式の、それも伝統的で簡素な意匠による品を出していたことを知った。しかしその”SBTM159″は既に廃番になっていて、市場にはいくらも残っていない。迷っている時間は無い。そしていまだ在庫を持っているらしいふたつのウェブショップを入念に見くらべながら、遂に購入ボタンをクリックした。
当該の時計は先週の金曜日に届いた。それを今日は街の時計屋”LOOKS”に持ち込んで、ベルトの長さを僕の手首に合わせてもらった。自分の還暦祝いは結局のところ35,800円と、当初の予定の20分の1以下に収まった。セイコーの三針とはいえソーラー電波修正式であれば、死ぬまでは保たないかも知れない。それでも僕は、今回の買い物に、極めて満足をしている。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、スペイン風目玉焼き、切り昆布の炒り煮、海ぶどうの酢の物、キュウリのぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 肉団子鍋、芋焼酎「白金乃露」(お湯割り)、いちごの杏仁豆腐、”TIO PEPE”
2019.5.13(月) この上なく楽しい旅行
朝、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の在庫しらべと売り場の掃除をするため三菱デリカを走らせていると、昨日おとといと一緒に旅行をしたイケダツトムさんが黒い背広を着て出勤する姿が見えた。帰りに春日町の交差点まで来ると、おなじくクロスカオルさんが市役所のクルマを運転して鬼怒川方面へと去って行った。皆、仕事に戻ったのだ。
旅行中に使った公金の領収書を事務机に並べ、決算書を作る。今回の旅費は例年より高かったこともあり、できるだけ切り詰めたにもかかわらず、12,450円の赤字が出た。この赤字は今年の積立から補填し、来年の旅行はすこし地味にする必要があるだろう。
今市市立今市小学校の1968年度の修学旅行は、浅草から隅田川を船で下って浜離宮で昼食、羽田空港を見学して帰る、というものだった。その旅行から戻って数日が経ったころ、担任のエダタダシ先生が来年度に備えてのことだろうか「今回の旅行で、もっとも楽しかった場所はどこでしたか」とお訊きになった。
小学生のことだから「ハイ、ハイ、ハイ」と、教室のあちらこちらで手が挙がった。圧倒的に多かったのは「行き帰りの電車の中」という答えだった。そのときのエダ先生の困惑されたお顔は、いまだに忘れられない。
キング牧師の夢とくらべれば隨分と卑小なものになるけれど、僕は、春日町1丁目の役員とチェンライへ行きたい。僕は朝から夕方までプールサイドで本を読む。みなは街の食堂でおかずを買い、それをホテルの部屋に持ち帰って酒を飲む。夕方になったらナイトバザールへ出かけ、イサーン鍋を囲んで宴会をする。毎日、それだけを繰り返す。この上なく楽しい旅行になることは、僕が保証する。
朝飯 切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、鮭の親子漬け、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 盛りラーメン
晩飯 昆布と鰹節の自家製ふりかけ、グリーンアスパラガスの白和え、鰤大根、大根と胡瓜と茄子のぬか漬け、ズッキーニと玉葱の味噌汁、空豆の網焼き、「新政酒造」の「平成三十一年己亥二月四日」(冷や)
2019.5.12(日) 町内役員の親睦旅行(2日目)
05:00 起床。
05:30 入浴。
07:30 朝食。
08:55 湯神子温泉の旅館「ゆのみこ」を出発。
09:05 立山I.C.から北陸自動車道に上がる。
09:30 町内役員のうち自治会長と僕を除くほとんどがビールを飲み始める。
09:50 北陸自動車道を金沢森本I.C.で降りる。
10:02 兼六園着。
11:02 兼六園の敷地内にある物産店で昼食。参加できなかった5名へのお土産を調達。
11:58 兼六園を出発。
13:15 白川郷着。快晴と新緑による景色は素晴らしいものの、我々はここへは2009年と2014年に来ているため、見物はせず、体力の温存を図ってパラソルの下でソフトクリームを舐めつつバスの同乗者が戻るのを待つ。
14:19 白川郷を出発。
15:42 ドライブイン「赤蕪の里」に到着。
16:11 ドライブイン「赤蕪の里」を出発。
17:40 松本I.C.から長野自動車道に上がる。
17:43 梓川P.Aで小休止。ドトールでミラノサンドAとコーヒーを買ってバスに戻る。
18:00 バスの車内にて夕食を摂る。
18:31 信越自動車道に入る。
19:23 上信越自動車道の横川S.A.に到着。
19:43 横川S.A.を出発。
20:15 いつの間にか関越自動車道に入っている。
20:24 いつの間にか北関東自動車道に入って伊勢崎I.C.を通過。
20:50 岩舟JCT.から東北自動車道に入る。
21:13 大谷P.A.に到着。
車内で添乗員がアンケート用紙を配る。春日町1丁目役員の分は、僕が代表で記入をする。
「今回の旅行で、もっとも楽しかった場所はどこでしたか、それは、行き帰りのバスの中と、夜の宴会です」と、いかにもアンケートに答えるようにして言うと、皆から笑いが漏れた。その笑いとは「アホなこと言いなさんな」という、漫才のいわゆる「つっこみ」にあたるものではない。「なるほどそれは事実だ。とすれば、わざわざ遠くまで出かけて、人混みの中で疲れる意味って、何だろう」という、みずからへの問いかけによる失笑に他ならない。
21:20 大谷P.A.を出発。
21:25 宇都宮I.C.で東北自動車道を降りる。
21:28 下金井駐車場で、やしお観光のバスを降りる。
21:35 ウカジシンイチ自治会長のトヨタプリウスとウチの三菱デリカに7名が分乗して日光を目指す。
21:52 上澤梅太郎商店の駐車場に到着、解散。
明朝の味噌汁の準備を整え、入浴して即、就寝する。
朝飯 「ゆのみこ」の朝のお膳
昼飯 「寄観亭」の昼のお膳
晩飯 「ドトール梓川P.A.店」のミラノサンドA、コーヒー
2019.5.11(土) 町内役員の親睦旅行(1日目)
僕の知る団体旅行は、限られた時間の中で、できるだけ遠くへ行き、できるだけたくさんの場所に立ち寄って、できるだけたくさんのものを見ようとするものが多い。そのような旅行はほとんど、移動ばかりになる。僕は、バスや列車や飛行機といった、密閉された空間に長いあいだ閉じ込められていることが嫌いではない。ずっと本を読んでいられるからだ。町内役員による今年の親睦旅行は、「関東ツアーサービス」による「アルペンルート横断!! 雪の大谷ウォークと金沢兼六園」である。
04:28 ウカジシンイチ春日町1丁目自治会長のトヨタプリウスとウチの三菱デリカに7名が分乗して、町内の「いち縁ひろば」を出発。
04:48 東北自動車道宇都宮I.C.ちかくの下金井駐車場に到着。
05:11 栃木県北部からいくつかの拠点に立ち寄りつつ到着した、やしお観光のバスに乗り込んで出発。
05:35 北関東自動車道を西へ進みつつ、支給されたおむすびを食べる。
06:01 北関東自動車道の大田強戸S.A.で小休止。
06:12 町内役員のうち僕を除くほとんどがビールを飲み始める。
06:57 妙義山が見えてくる。
07:15 上信越自動車道の佐久トンネルを抜ける。
07:22 浅間山が見えてくる。
07:33 上信越自動車道の東部湯の丸S.A.で小休止。
08:06 更埴JCT.を左に折れて長野自動車道に入る。
08:44 雪の立山連峰がちかくなる。
09:33 関電トンネル電気バスの扇沢駅に到着。
還暦になったときに長男と嫁がくれた、ユニクロの赤いダウンベストを着る。その上にPatagoniaのオレンジ色のウィンドブレーカーを着る。「加齢性黄斑変性を予防するため」と、オーミヤナナサト眼科の先生に勧められて作った偏光グラスによるメガネをかける。そして毛糸の帽子をかぶる。
09:40 黒部ダムゆき電気バス乗り場に並ぶ。以前のトロリーバスは先月から電気バスになった。
10:00 黒部ダム湖ゆき電気バスが扇沢駅を出発。
10:06 黒部川第四発電所(黒四ダム)建設の最難関だった破砕帯を通過。
10:15 黒部ダム湖駅着。トンネルの中を歩いて黒四ダムに至る。
10:58 散策や見学ののち、黒四ダムの東岸から西岸まで歩いて黒部ケーブルカーの黒部湖駅に至る。
11:21 黒部ケーブルカーが黒部湖駅を出発。
11:25 黒部ケーブルカーが黒部平駅に到着。
11:28 立山ロープウェイの待ち時間は55分。
11:36 外へ出て集合写真を撮影。
11:56 立山連峰の主峰・雄山を望むテラスに飛び交う言語は体感からして、中国語が95パーセント、欧米諸言語が1パーセント、ヒンドゥー語が1パーセント、タイ語が1パーセント、そして日本語は2パーセント。
12:23 立山ロープウェイが黒部平駅を出発。
12:32 立山ロープウェイが大観峰駅に到着。
13:01 立山トンネルトロリーバスが大観峰駅を出発。
13:08 立山トンネルトロリーバスが室堂駅に到着。
13:30 200席ほどのすべてが埋まる食堂で昼食。周囲のほとんどは外国からの観光客。人、人、人でごったがえす食堂で、にこやかに対応するウェイトレスに感心する。教育のたまものというよりは、個人の資質によるものと思う。
14:30 疲れきった観光客が展望台への階段に座り込む中、我々は体力を温存するため「ホテル立山」の喫茶店「りんどう」で小一時間の休憩。
15:35 立山高原バスが室堂駅を出発。
16:40 富山地方鉄道立山線の立山駅に到着。
16:48 待ち構えていた、やしお観光のバスに乗り換えて立山駅前を出発。
17:30 湯神子温泉の旅館「ゆのみこ」に到着。
17:45 入浴
18:30 宴会開始
21:10 宴会終了
21:30 就寝
朝飯 「関東ツアーサービス」支給のおむすび
昼飯 「レストラン立山」の団体用定食、さらさら汁
晩飯 「ゆのみこ」の宴会膳、他あれこれ、日本酒(燗)、「北陸発酵」の麦焼酎「早月川」(お湯割り)
2019.5.10(金) 味噌蔵に差し込む緑の光
13時30分にラーメンを煮始める。そのラーメンを食べ終えて食器を流しに置くと13時45分。即、事務室に降りる。14時と連絡を受けていた、県内で醸造を学ぶ学生と先生の計6名様は、13時52分にいらっしゃった。来訪の目的は、蔵の見学である。
上澤梅太郎商店の蔵見学は、店舗から味噌蔵のある庭まで歩いていただき、旧宅に上がっていただいてから細かいご説明を始める。その説明は長男。僕の役目は、蔵の潜り戸を開けるくらいのところだ。
醸造を学ぶ学生と先生の御一行は店にお戻りになると、ご自身のお楽しみや研究の資料として、少なくない買い物をしてくださった。多いにありがたく感じる。
発酵は長い歴史を持ち、大昔から連綿と続いてきた人の行いではあるけれど、このところ急に脚光を浴びてきたと感じるのは僕だけだろうか。渋谷ヒカリエの8階で7月8日まで開かれている、47都道府県の発酵食品を集めた催しには、ウチの品が栃木県の代表として出ている。時間のある方は、どうぞ遊びにいらっしゃってください。
朝飯 鰯の丸干しの網焼き、ふきのとうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と若布と貝割れ大根の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「和光」のお通しの3種の野菜の煮付け、イサキの刺身、冷やしトマト、鰯のフライ、おむすび、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)、家に帰ってからの”Chez Akabane”の杏仁豆腐
2019.5.9(木) 後日に延期
朝、起きて洗面所で顔を洗おうとすると、鏡に映った髪に寝癖が見えた。むかし勉強仲間だったチョーヤさんは僕とおなじ坊主頭で、常々「寝癖のできたときが床屋に行くべきとき」と言っていた。僕も床屋へ行かなくてはならない。
しかし僕のように決まった休みを持たない者は、床屋へはなかなか行きづらい。風邪で熱がある、膝に水が溜まった、歯が割れた、というような、放置できないことでもあれば病院に行く。しかし床屋にかからなくても死ぬわけではないから、何かの用事が飛び込んでくれば、それらに押し出される形で日々、後回しにされていくのだ。
昼前に来ることになっている、プレファブリックによる事務所兼休憩所を7月の末までウチの駐車場に置かせて欲しいという土建業者は、11時30分に来た。話は10分ほどで終わった。僕の昼休みは、すべての社員が昼食を済ませた13時30分から始まる。床屋へは14時すぎに行けるかも知れない。
そう考えていたところに、店内装飾の業者が15時に来ると、長男に知らされる。そこに、きのう庭の枯れ木について連絡をした植木屋から15時に行きたいと電話が入ったから、来るのは15時30分にずらして欲しいと伝える。僕の行きつけの床屋は17時に閉まる。つまり今日の床屋行きは後日に延期になった。その後日がいつになるかは分からない。
朝飯 切り昆布の炒り煮、炒り豆腐、ほうれん草のおひたし、ふきのとうのたまり漬、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、胡瓜のぬか漬け、メシ、蜆と三つ葉の味噌汁
昼飯 稲荷寿司と湯波で巻いたおむすび、柴漬け、日光味噌のフリーズドライ味噌汁”with love”(三つ葉は後から追加)
晩飯 秋刀魚の塩焼き、薩摩揚げとほうれん草の炊き合わせ、なめこのたまり炊のフワトロ玉子、胡瓜と人参のぬか漬け、浅蜊と万能葱の味噌汁、芋焼酎「白金乃露」(お湯割り)
2019.5.8(水) 庭の樹木
10時より社会保険労務士の来訪を受けて、諸々について質疑応答の時間を持つ。11時より税理士の事務所を訪ねて、あれこれの報告をする。
きのう、低いところまで降りてくるようになった鳩への対策を考えてくれた業者から見積もりがファクシミリで届く。それを精査して、別の新たな業者にも、見積もりの依頼をする。
午前から味噌蔵のある庭の庭の草刈りをしていた長男が午後に事務室に戻って、枯れている木が目立つという。促されて共に庭に行ってみると、サルスベリとツツジの一部に枯れているものが見つかった。サルスベリは隨分と古いものだから、あるいは寿命が尽きたのかも知れない。また、藤の花は綺麗に咲いているものの、それが育ちすぎて、芝の下の四方八方に蔓を伸ばしている。即、出入りの植木屋に電話を入れ、取りあえずはその現状を見に来てくれるよう頼む。
きのうに引き続いて気温の低い一日ではあったけれど、店を閉めるとさっぱりした酒の欲しい気持ちになって、食堂に上がってウォッカソーダを飲む。
朝飯 炒り豆腐、茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌」炒め、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、長芋の摺りおろし、ふきのとうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 塩らっきょう、胡瓜と茗荷の浅漬け、ほうれん草の胡麻和え、豚挽き肉と焼き海苔と辣油のつゆで食べる釜揚げうどん、“ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)、“Chez Akabane”の杏仁豆腐
2019.5.7(火) 気を遣ってファクシミリ
鳩が居着くことによる被害を避けるため、店の屋根には磁石、剣山、侵入防止の網など、様々な対策を講じている。ところが最近、どこにもとまることのできなくなった鳩が、いよいよ、より低いところまで降りてきた。そしてここ数日は犬走りの梁に、つがいなのだろうか、2羽が羽を休めている。このまま放置するわけにはいかない。
10連休の明けた朝は諸方から電話が殺到しているに違いないと、頼みつけの業者には、ファクシミリでその旨を報せた。そうしたところ数時間後に電話があって、今日の夕方には来られるという。
業者は16時30分に来社をした。そして梁には剣山を、照明には細い針金による対策を施すことを提案し、それぞれの寸法を測って去った。遅くも明後日には見積もりを送ってくるという。工事が完了するまでは、鳩が来るたび、棒で追い払うことになるだろう。
それはさておき、ウィンドブレーカーを着ずに外で業者と話をするうち、からだはすっかり冷え切った。3日前の暑さが嘘のような、今日の寒さである。そういえば、午前に福島からお見えになったお客様は、途中で真新しい雪を目にしたとおっしゃっていた。初夏と呼べる日の一日も早く訪れることを、僕は願っている。
朝飯 納豆、生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、炒り豆腐、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、じゃこ、メシ、若布と貝割れ大根の味噌汁
昼飯 バンコクのホテル「センターポイントシーロム」のクーポンで買ったトムヤムクンカップラーメン
晩飯 春雨サラダ、茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎赤味噌炒め」、胡瓜のぬか漬け、6種の水餃子、「白金酒造」の芋焼酎「白金乃露」(お湯割り)
2019.5.6(月) メシこそすべて
「人はパンのみにて生くるものにあらず」という言葉がマタイ伝の第4章にある。しかし僕にはパンのみにて生きている、というところがある。「愛がすべて」は、スタイリスティックスがサイゴン陥落の年に英国で飛ばしたヒットだ。そして僕には「メシこそすべて」というところがある。
先日、長男の同級生が僕に宛てて大量の餃子を送ってくれた。その餃子は10連休最終日の今日に食べることとし、冷凍庫に保管をしてきた。そんなときに飛び込んできたのが、町内役員による会議だ。そういう次第にて、今夜の餃子の予定は帳消しになった。
僕は家庭偏愛主義者ではない。むしろその逆かも知れない。しかし家にいる限り、晩飯は家族と食べたい。
今夜の会議は幸いにして30分で完了した。即、小雨の降り始めた日光街道を下って家に戻る。皆は長男の焼いた何枚目かのピザに取りかかるところだった。そこに僕も参入して、辛うじて最後の2枚にありつく。
寝るころに鳴り始めた雷は、すぐに収まった。
朝飯 生のトマト、胡瓜のぬか漬け、グリーンアスパラガスのバターソテー、目玉焼き、納豆、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と椎茸と玉葱の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の3種のサンドウィッチ、コーヒー
晩飯 塩らっきょう、“TIO PEPE”、トマトとモッツァレラチーズのサラダ、ピザ其の一、レンズ豆とたくさんの野菜のスープ、ピザ其の二、2種のソースで食べるケーキ、“Petit Chablis Billaud Simon 2016”
2019.5.5(日) 10連休の9日目
10連休の9日目。今日が何曜日か分からなくなってきているのは、取引先のほとんどが休んでいて「それでは週明けにもご連絡をいただける、ということで…」というような会話から9日間も離れていることによると思う。壁のカレンダーを見ても、店舗のドアに貼られた出勤表を見ても、今日は何曜日なのか、ということを、すぐに認識できない。このような面白い環境の中で仕事をするのは、この歳になってはじめてのことだ。
連休明けは7日の火曜日。カレンダーのその部分には、すべきことがいくつも書いてある。しかし職種に限らず日本中のほとんどは、10連休に入る直前とおなじく、その日は異常な忙しさに見舞われている可能性が高い。とすれば、取引先や各方面への連絡は、その翌日に回した方が良いのではないか、とも考えてしまう。
長い連休は、普段と変わらず仕事をしている、あるいは完全に引退して世間から遠ざかっている、その2者にこそ過ごしやすい存在、という気がする。
朝飯 納豆、大根おろし、玉子焼き、生のトマト、飛竜頭の淡味炊き、ふきのとうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、若布と揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 「魚登久」の胆焼き、鰻重、肝吸い、3種のぬか漬け、「片山酒造」のカストリ焼酎「粕華」(生)
2019.5.4(土) ころもがへ
春:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
晩春:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:長袖ヒートテックシャツ+長袖Tシャツ
初冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター
真冬:長袖ヒートテックシャツ+長袖フリースセーター+ダウンベスト
仕事着に限れば、僕は年間で、上記8回の衣替えをしている。そのうちの、春、晩春、初夏の3回の衣替えを、この3日間で一気に行った。昼は半袖のポロシャツ1枚で自転車に乗り、ラーメンを食べに行った。つまり4階級の特進である。薄着になることを特進と感じるのは、僕の夏好きのゆえかも知れない。あるいは重ね着を嫌うせいかも知れない。できれば1年中、素肌にシャツ1枚で暮らしたい。下は腰巻きかタイパンツが最上である。
1982年、バンコクの楽宮旅者のボーイは、昼下がりの最も暑い時間を、廊下に敷いた茣蓙に寝転んで過ごしていた。ボーイの腰巻きを指して名を問うと「パコマー」と彼は答えた。パコマーの「コ」は、フランス語の”R”に発音が似ている気がした。
2016年の2月に訪れたナラティワートの安宿で3泊分の料金を前払いすると、1枚の布を手渡された。それを腰に巻き、ベランダでくつろぐ画像をfacebookに上げたところ、バンコクに数年住んだことのある古い友人は、コメントの中でその布を「パーカオマー」と書いた。
6月にバンコクへ行くときには、僕はパコマーは持っていないから、ミャンマーのロンジーを持参しようと思う。そしてタイ人に、その名をふたたび問うてみようと思う。ガイジンが腰巻き姿で街を歩いても、まさか警察に捕まる、ということはないと思う。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、飛竜頭の淡味炊き、細切り人参の炒り煮、玉子焼き、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、浅蜊と茗荷の味噌汁
昼飯 「ふじや」の味噌バターラーメン
晩飯 カレー南蛮鍋、“ABSOLUT VODKA”(ソーダ割り)
2019.5.3(金) 渋滞の中の配達
日光市久次良町から、つまり日光の市街を抜けて通勤している包装係のサイトーヨシコさんによれば、ここ数日は、彼女が家を出る時間、つまり7時すぎには既にしてクルマが数珠つなぎになっているという。本日は、その日光の市街に配達がある。長男とは、開店45分前の7時30分に出発をした。
渋滞は、日光の街の入口、右手にJR日光駅を臨む交差点の手前から始まっていた。日光に住む人によれば、そこから東照宮までの2キロに、この連休中は2時間以上を要しているという。僕は助手席から長男に指示を出し、ホンダフィットを裏道へと向けさせる。そしてその2キロ弱を数分で抜け、先ずは日光金谷ホテルさんに、次は早見商店さんに商品をお納めする。
日光から今市まで下ると方向を転じ、今度は鬼怒川、川治まで駆け上がって、出発してから3時間後の10時30分に帰社する。即、製造係のカノーガユーキ君が用意してくれていた商品を、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」にある上澤梅太郎商店の売り場に並べる。
昼食後、ウォッカ75ccとベルモット15ccを小さなシェイカーに入れ、冷凍庫に格納する。それを夜、肉の焼き上がったところで取り出して、飲む。
日本人の多くは”martini”を「マティーニ」と発音する。山口瞳はこれを「マルチニ」と書いた。インターネット上の英和辞典で”martini”を引き、スピーカーのアイコンをクリックすると、山口瞳の表記は案に相違して”native”の発音からそう外れていないことが分かった。「遅ればせながら」の検証である。
朝飯 鮭の昆布巻き、納豆、大根おろしを添えた油揚げの網焼き、細切り人参の炒り煮、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 「麺やふくしま」の「限定焼きそば麺」によるソース焼きそば
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、エリンギのソテーとマッシュドポテトとたまり漬「鬼おろしにんにく」と同「刻みザクザクしょうが」を使ったソースを添えたビーフステーキ、塩らっきょうを添えたウォッカマーティニ、”Almaviva 1997″、”Old Parr”(生)
2019.5.2(木) 一汁一菜
簡素な朝食といえば一汁一菜。その「一菜」には、それだけで一膳のごはんを食べ終えることのできる性質が必要だ。塩分濃度の高さから、歯の先でかすめ取ったくらいの量しか一度に食べられない腐乳などは、その性質を充分に持ち合わせているとは思うけれど、腐乳を朝食のおかずにする気にはなれない。
飲み屋のようにして使っていた銀座の古い店に、あるとき、近所に住むらしいお婆さんたちが、観劇の帰りでもあったのだろうか、夕食を摂りにあらわれた。お婆さんたちは、僕からすれば、まるでままごとに使うほどの可愛らしさに見える茶碗のごはんを、いくつかの小鉢に盛られた慎ましやかな、まぁ、値段の方はそれほど慎ましやかでもなかっただろうけれど、とにかく、普通に見えて、しかし現代の食卓にはなかなか上らなくなったたぐいのあれこれをおかずにして、楽しそうに食べていた。
僕はお婆さんではないので、だし巻き玉子や胡瓜の酢の物のような塩気の少ないものは、酒の肴としてならともかく、ごはんのおかずにはできない。よって今朝は鰯の丸干しを焼いてもらった。味噌汁は意図して具だくさんにした。そうしてその簡素な朝食を極めて満足しながら食べ終えて、7時15分に仕事場へと降りる。
朝飯 鰯の丸干し、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、若布と揚げ湯波と椎茸とキャベツの味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 “Parrot”のクラブハウスサンドイッチ、“evodia”、家に帰ってからのチョコレート、”Old Parr”(生)
2019.5.1(水) ここで半分
昨年の3月に、家内とフアヒンを訪ねた。むかしはレイルウェイホテル、現在の正式名称はセンタラグランドビーチリゾート&ヴィラズフアヒンの、古色蒼然とした長い回廊を先導しつつ当方の日程を訊いたコンシェルジュに「フアヒンに3泊、バンコクに3泊です」と答えたら「短いご旅行でいらっしゃいますね」と、彼女は笑みつつ我々を振り返った。
日本人の常識からすれば、6泊7日の旅程は、それほど短いものとも思われない。平成から令和への改元に伴う今般の10連休は、その6泊7日をすっぽり納めて、それより3日も長い。今日は5月1日。ようやくその真ん中にさしかかったところだ。
きのうまでの雨は上がって、空は明るみを取り戻しつつある。店が混み合うたび、事務室から店に移動をして、お客様の対応に当たる。
朝のうちに充分と思われる商品を納めたつもりの道の駅「日光街道ニコニコ本陣」を午後に見まわると、目の前で「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」が売り切れた。他にも在庫切れを起こしそうな品がある。即、会社にとって返してマキシマトモカズ製造部長に追加の品を頼む。それをホンダフィットに積んで、ふたたび道の駅に戻る。「すごい人です。この連休はずっと、対前年度増です」と、売り場のサトーさんは僕の耳元にささやいた。
連休の後半は、天気も回復をするという。「潮が引くように静かになるはず」と長男は予想するものの、それが当たるかどうかは分からない。
夕刻、来週に迫った町内の役員旅行のために、昨年度の積立金と出金の状況、今年の旅行で使えるお金の現状、また先日までの預金通帳の複写からなる、計3部の資料を作成する。
朝飯 切り昆布の炒り煮、若竹煮、トマトとブロッコリーのサラダ、生玉子、細切り人参の炒り煮、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 「パニフィカシオンユー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 “TIO PEPE”、カプレーゼ、こごみとサラミソーセージのスパゲティ、“Chablis Billaud Simon 2015”、”Old Parr”(生)





































































































































