2019年8月の日記31本
2019.8.31(土) 味噌のつゆによる素麺
何年、何十年と家内に頼み続けているにもかかわらず、作ってくれない料理がある。それはたとえば大きく固く握ったおむすびであり、ウースターソース味の炒麺であり、あるいは味噌のつゆによるうどんや素麺である。自分の食べたくないものは作らない、ということなのだろう。
先日、素麺をいただいた。素麺は長く保つものではあるけれど、夏が去ろうとしている今に食べずしていつ食べるか。つゆは夏の野菜をふんだんに使った味噌味にしたい。しかし家内に頼んでも、いずれけんもほろろだろう。そう考えて今朝は、それを作るよう書いたメモを長男の机の上に置いた。
僕は洋食のときには多くワインを飲み、和食のときにはほとんど焼酎を飲む。いろいろと意見はあるだろうけれど、僕の感じからすれば、日本酒の美味さは焼酎のそれよりはるかに分かりやすい。しかしなぜか焼酎ばかりを飲んでしまう。ところが今日ばかりは日本酒の飲みたい気分になった。
酒用の冷蔵庫には日本酒の、いまだ封を開けていない四合瓶が2本、そして飲みさしの一升瓶2本があった。よって飲みさしの方から1本を選んで食卓に運ぶ。
味噌のつゆで食べる素麺は、しごく美味かった。家内も「美味しい、美味しい」と食べている。「だったらこれからは、いそいそと作ってくれ」である。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、トマトのスクランブルドエッグ、茄子の塩漬け、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」によるひたし豆、トマトと西瓜のサラダ、らっきょうのたまり漬と3種のぬか漬けの盛り合わせ、胡瓜の炒り卵ヌオックマム風味、茄子と獅子唐の味噌つゆによる素麺、「原酒造」の「越の誉無濾過生原酒大吟醸」(冷や)、孫が食べ残したどら焼き、Old Parr(生)
2019.8.30(金) 地元のあれこれ
きのうは一次会のみで家に帰った。夜の食事会、飲み会には出ても、二次会に流れることは、僕の場合、ほとんど無い。その理由は数え上げればきりが無いが、ひとことで言えば、夜は早く寝たいのだ。目を覚ましたのは深夜の1時台。エレベータの階数表示を見る限り、長男はいまだ戻っていない。
そろそろ夜の明けるころに、南東に面した窓の遮光カーテンを巻き上げる。東の空には大きな黒雲があって、その奥から上に向かってオレンジ色の光が広がっている。そういう不思議な景色から今日の天気を予想することは難しい。
27日の火曜日から日光入りし、日光MGに参加をされ、更に後泊されたカネヒラケンジさんとは、10時から商売の諸々についての打合せを始めた。正午を少しまわったところで、日光MGに新入社員を参加させてくださったカタヤマタカユキさんが、片山酒造での買い物をお済ませになったらしい、やはり日光MGに参加をされたオザキフミヨさんとフジムラカズヒロさんを連れてきてくださった。よって僕はカネヒラさんと長男を事務室に残し、オザキさんとフジムラさんがご希望になった、地元のあれこれを案内させていただく。
夜は、火曜日からの変則的な夕食から普段のそれに戻り、家族5人で食卓を囲む。内外の方々のご協力により第38回日光MGが無事に完了して、大いに嬉しい。
朝飯 茄子の塩漬け、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、玉子焼き、茄子とピーマンのソテー、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ茄子の味噌汁
昼飯 「玄蕎麦河童」の十割蕎麦2種盛り、茄子と舞茸の天ぷら
晩飯 春雨サラダ、水餃子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)
2019.8.29(木) イザベラ・バードの小佐越は”Kisagoi”
05:25 部屋の明るさに目を覚ます。明るさの元は、僕が枕元に置いたiPhoneだった。
06:35 家内の運転するホンダフィットで鬼怒川温泉駅まで送ってもらう。
06:48 東武鬼怒川線の下今市行きが鬼怒川温泉を発車。
07:12 小佐越など5つの駅に停まりながら下今市着。
07:21 駐輪場に置いた自転車で会社に戻り、出勤する社員のために事務室のシャッターを上げる。
07:28 湯を沸かし、仏壇に花と水とお茶を供える。
07:54 道の駅「日光街道ニコニコ本陣へ自転車を走らせ検品をする。
08:15 店を開ける。
08:35 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ自転車で納品。帰りにコンビニエンスストアに寄る。
08:50 コンビニエンスストアで買ったおむすびにて朝食。
09:54 血圧の定期検診のため、およそ2キロメートル離れたオカムラ外科に自転車で向かう。往路9分。
10:36 ハナイチで仏壇のための花を買い、ハセガワ薬局に処方箋を預けて帰社する。復路19分。
10:45 汗だらけのためシャワーを浴びて下着とシャツを着替える。
11:05 脱いだ服その他を洗濯機に入れて自動運転のスイッチを押す。
11:20 業務に復帰する。
夕刻、日光MGを終えてお帰りになる方々が三々五々、店に寄って買い物をしてくださる。後泊組は17時30分に小倉町の洋食屋に集まることになっている。よって後のことは社員に托して日光街道を下る。そして10名弱の方々と、しばし時を同じくする。
朝飯 セブンイレブンの3種のおむすび、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、日光味噌のフリーズドライ味噌汁with LOVE
昼飯 「本物のワインで漬けた本物のワインらっきょうリュビドオル」を飾ったヨーグルト
晩飯 「コスモス」のあれや、これや、それや。Cono Surの白ワイン、同赤ワイン
2019.8.28(水) 交流会
鬼怒川温泉では上澤梅太郎商店が主催する第38回日光MGが開かれているものの、きのうの日記に書いた理由により、店は開いているし、蔵は動いているし、僕は会社にいる。そのためお客様は来てくださるし、蔵は製造と荷造りをしているし、事務係は注文の電話を受けている。その日常の風景が、何やら不思議に感じられる。
三菱デリカとホンダフィットの2台の営業車は、人やマネジメントゲームの機材を運んで現在は鬼怒川温泉にある。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場やバックヤードの冷蔵庫には、きのうのうちに目一杯の商品を納めておいた。しかし今日になってみると、それでも売り切れの懸念される商品が出てきた。よってその分は自転車で配達をする。
閉店後にキャッシュレジスターを締め、社員を送り出し、自宅へ戻って仏壇に供えた花と水とお茶を片付ける。時間を気にしつつ自転車で下今市駅まで日光街道を下り、19:50発の会津高原尾瀬口行きにて鬼怒川温泉へと向かう。「自家用車は無いのか」と問われれば、無いことは無いものの、何十年ものあいだ自動車継続検査を受けていないため、公道を走らせることはできないのだ。
日光MGの会場に着くと、今まさに交流会の始まろうとしているところだった。そこで僕もその輪に加わり、23時すぎまで歓談をさせていただく。
朝飯 昆布と山椒の実の佃煮、生玉子、生のトマト、ごぼうのたまり漬、何日か前に孫が食べ残した椎茸と挽き肉のフライ、メシ、トマトとピーマンの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のスーラーメン
晩飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」のあれこれ、焼酎(ソーダ割り)
2019.8.27(火) 前夜祭
ここしばらく、上澤梅太郎商店の年間の休みは、元旦、冬の社員研修2日間、秋の社員研修2日間の、計5日間だった。その5日間を今年は3日間に減らした。
ウチの社員研修は西研究所によるマネジメントゲームで、全社員がこれに参加をしてきた。しかし特に秋のそれは茗荷としその実の買い入れと重なり、2日間の休みにより充分な量の確保できないことがあった。あるいは今年の4月から卸売りが一気に増え、この準備と配達を、決められた日以外に振り替えることは難しい。よって冬のそれはこれまでの形で残し、しかし秋のそれについては会社は休まず、経営側からは家内と長男が、社員側からは新入社員とその付き添いのみが参加することとした。なお残席のすべては有り難いことに、社外から参加の方々によって埋まった。
午後、街の食堂で注文した品を待ちつつ新聞を読んでいると、後から店に来て僕の脇に立ったまま動かない人がいる。目を上げると、機窓からの富士山の画像を数時間前にfacebookに上げていたヨシダゲンゾーさんだった。食事を終えてふたりで会社に戻り、しばらくすると、関西、四国、中部から到着された方々を駅に迎えた長男が戻ってきた。事務室で一服の後、長男はご一行を蔵見学へとご案内し、以降はこの街でマネジメントゲームを研修に採り入れている法人を巡りつつ会場のある鬼怒川温泉へと去った。
18時前に閉店作業に当たっているところに、ニシジュンイチロー先生を鬼怒川温泉駅にお出迎えした家内が戻ってくる。キャッシュレジスターを締め、社員を送り出し、着替えて家内とホンダフィットにて鬼怒川温泉へ向かう。
前夜祭と二次会は「湯けむりまごころの宿一心舘」で賑やかに開かれた。企業が主催するマネジメントゲームは、外部から参加してくださる方々なくしては成立しがたい。本日、また明朝に日本全国から参集される方々には、厚く御礼を申し上げます。
朝飯 たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、スペイン風目玉焼き、炒り豆腐、茄子とピーマンのソテー、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、厚揚げ豆腐とピーマンの味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 「湯けむりまごころの宿一心舘」の宴会膳あれや、これや、それや、ほかあれこれ、日本酒(冷や)、麦焼酎(ソーダ割り)
2019.8.26(月) 大量に持っている
仕事柄、ということが関係しているものと思われるが、日本国内にいて遠くへ出かける、ということはほとんどない。「遠く」とは僕の場合、新幹線に乗って出かける先のことを指す。それが今年の6月下旬以降は、ずいぶんとあちらこちらへ行ったような気がする。その「あちらこちら」はどこだっただろうかと考えて、この日記を遡ってみた。「遠く」へ出かけたのは、6月27日から翌日にかけての神戸、そして数日前の名古屋と、2ヶ所のみだった。居職、とまではいかないものの、僕の活動の範囲は、せいぜい半径100キロメートル以内に限られるらしい。
16時すこし前に、思いがけず大型バス2台が立ち寄ってくださる。混み合う店内でおひとりにうかがうと、万座温泉に1泊されてのお帰りだという。高原には既にして、秋が訪れていたことだろう。
ご一行のすべてがバスの車内にお戻りになったところで添乗員さんがひとり店に駆け戻って、お茶が切れてしまったので分けて欲しいとおっしゃった。即、2階の倉庫に駆け上がり、私的な買い置きの中から茶葉90グラムの真空袋を引き抜き、店に走る。
駐車場の一角に咲くテッポーユリは、花の最盛期から種つくりへと移りつつある。この種を、僕は一昨年、昨年と採取して大量に持っている。どこに撒くかの計画は、いまのところない。
朝飯 納豆、生のトマト、獅子唐の炒り煮、南瓜の煮物、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、モロヘイヤの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華(1.5玉)
晩飯 モロヘイヤのたたき、南瓜の煮物、厚揚げ豆腐と茄子の揚げだし、銀鱈の西京焼き、ごぼうのたまり漬、「原酒造」の「越の誉無濾過生原酒大吟醸」(冷や)、メロン、“ACARIE CHOCOLAT”の無花果のチョコレート、Old Parr(生)
2019.8.25(日) 上澤梅太郎商店の蔵見学
本日13時に12名様の、蔵見学のご予約をインターネット経由でいただいたことを事務係のカワタユキさんから知らされる。即、それを電話で長男に知らせる。上澤梅太郎商店の蔵見学は先ず、建てられてから150年は経ているだろう隠居から入っていただく。日光市今市旧市街の、日光街道に沿った商家の隠居は、むかしはいくつかあったように思われるけれど、現在「動態保存」のかたちで残っているのはウチのそれのみと思う。
午前のうちに長男とその隠居におもむき、窓を開け放つ。座敷には12名様が無理なくお座りになれるよう机を置き、また座布団を並べる。その後、ご一行からは13時の予約を12時に早めても構わないか、との連絡をいただいて快諾をする。
この蔵見学では、大型バス2台でいらっしゃったお客様をふた組に分けさせていただいたことが過去にあるものの、いつもはせいぜい数名様ごとのご案内になる。本日の12名様は、ウチとしては多めの人数により、解説は長男、付き添いは僕と、ふたり体制で臨む。隠居や蔵の中を興味深くご覧くださったお客様は、買い物をお済ませになると、晴れ晴れとしたお顔で帰路にお着きになった。
夜は家内と連れだって、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」内の「船村徹記念館」にて映画「聖者たちの食卓」を鑑賞する。
朝飯 納豆、炒り豆腐、ピーマンのソテーを添えたハムエッグ、獅子唐の炒り煮、ごぼうのたまり漬、南瓜の煮物、胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 トマトとモッツァレラチーズのサラダ、スパゲティナポリタン、ドライマーティニ、TIO PEPE
2019.8.24(土) 黒めがね
東京駅のプラットフォームの気温は名古屋のそれより高かった。高かったとはいえ、その感じは暑くもなく涼しくもなく、ちょうどよい暖かさだった。そこから上野東京ラインの高崎行きに乗り、大宮で降りると、からだは一気に蒸し暑さに包まれた。「ちょうどよい暖かさ」よりは蒸し暑いくらいの方が、からだはとにかくとして感情としては嬉しい。
昨秋、両目に受けた白内障の手術の、術後における何度目かの診察をオーミヤナナサト眼科で受ける。眼内レンズは瞳の中心に位置して寸分の狂いもなく、経過は良好とのことだった。ドライアイの実感は無いものの、ドライアイに対する目薬を半年分も処方されて外へ出る。
今日の診察は瞳孔を広げて行うとあらかじめ知らされていたから、サングラスを持参した。これを忘れると、眩しくて外を歩けないのだ。「自然の色のままものを見ることができない」という点において、僕はサングラスを好まない。だからこれを買うこともしない。きのう家を出るときISUKAのギヤバッグに入れたのは、20数年前に何かを買ったときオマケについてきたオモチャのようなものだ。
サングラスは、七里から乗った東武アーバンクラインの車両が春日部に着くと同時に外した。その春日部から乗った特急スペーシアが下今市に着き、外へ出ると同時にまたサングラスをかける。そして14時すこしすぎに帰社する。
朝飯 「駅釜きしめん」の天とじきしめん
昼飯 春日部駅野田線プラットホームにある「東武ラーメン」の冷やし中華
晩飯 ジャガイモと胡瓜のサラダ、獅子唐の炒め煮、南瓜の煮物、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、刻みキャベツを添えた3種のフライ、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)、梨
2019.8.23(金) 名古屋まで
名古屋のアウトガレリアルーチェからは企画展のあるたび知らせをいただく。しかし日光から名古屋までは、ちと距離がある。何年ものあいだ案内ハガキをいただきながら、これまでおじゃましたことは皆無だった。
梅雨に入るか入らないかのころに届いたハガキの最上部には「CAR GRAPHICの誕生と小林彰太郎」の文字と共に、愛車オースチンセブンのかたわらに立つ、ステンカラーのコートを着た若き小林彰太郎のセピア色の写真が添えられていた。小林彰太郎の特集であれば、重い腰も上がろうというものだ。ところで僕が小林彰太郎を小林彰太郎と呼び捨てて敬称を付けないのは、三宅雪嶺を三宅雪嶺と呼び捨てて敬称を付けないこととおなじ理由による。
名古屋から地下鉄東山線とタクシーを乗り継いで会場に着いたのは午後一番のころだった。フロアにはここ数十年のあいだにカーグラフィック紙上で、あるいはサーキットで見慣れた小林さんの、5台の愛車が綺麗に磨かれてあった。幾枚ものパネルの数万文字すべてを読み、ガラスケースに収められた、小林さんの子供のころの日記を拾い読みし、小林さんの奥さんと高島鎮雄が小林さんの想い出を語るビデオを繰り返し観ながら、ふと腕時計に目を遣ると、とんでもない時間が経っていた。
今回の展示は、小林彰太郎の倫理観の高さ、趣味の良さ、アマチュアリズムを尊ぶ姿勢などの、よく理解できるものだった。一方、僕がもっとも興味を惹かれたのは「小林さんに影響を与えた本はふたつあって、ひとつは英国の”The Autocar”、もうひとつは『暮らしの手帳』」との、高島鎮雄の証言だったかも知れない。
朝飯 納豆、ポテトサラダ、茄子とピーマンと人参のソテー、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、炒り豆腐、ごぼうのたまり漬、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、メシ、揚げ茄子の味噌汁
昼飯 たっぷりタマゴサンド
晩飯 「大黒名駅西口店」のあれや、これや、ほかあれこれ、チューハイ(ナカダブル)
2019.8.22(木) 消えゆく超芸術
きのう那珂川町馬頭広重美術館に併設のギャルリ雪月花で手に入れたやちむんの器を、今朝は米のとぎ汁で煮た。陶器は買ってきたまま使い始めると、目に見えないほどの小さな穴や溝、釉のひび、あるいは蛇の目から食べ物の汁や油が染み込んで見た目の悪くなることがある。あるいは食後に洗っても染み込んだ汁は内部に留まって、後にカビを生じたりする。それを防ぐための目止めである。
弱火で1時間ほど熱した鍋は、そのまま放置し、夕刻まで置く。デンプン質の染み込んだ器は水洗い、乾燥の後、食器棚にしまった。まな板皿は、これからたびたびお膳にのることになるだろう。コップは、寒くなったら焼酎のお湯割りに使おうと思う。
ところできのう那珂川町馬頭広重美術館からの帰りに春日町の交差点まで戻ってくると、交差点の北西の角に建てられた、「安全の灯」と名付けられた櫓の木壁が外され、鉄骨だけになっていた。地上に横断歩道があるため使われることはほとんど無く、またここ数年は内部の水漏れにより閉鎖をされていた横断地下道も、この「安全の灯」と共に撤去をされて、10月の末までには更地になるという。
日光市今市旧市街の真ん真ん中に数十年ものあいだ存在し続けたふたつの「トマソン」も、そろそろ見納めである。一抹の寂しさを禁じ得ないのは、僕だけだろうか。
朝飯 生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、納豆、ごぼうのたまり漬、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 生のトマト、ごぼうのたまり漬、ポテトサラダ、茹でたグリーンアスパラガスを添えた和風ハンバーグステーキ、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)、梨
2019.8.21(水) やちむん
宇都宮でひとつ所用を済ませてホンダフィットの運転席に戻ると時刻は11時15分。シガーソケットから電源を確保したiPhoneの地図に「馬頭、広重美術館」と入力をする。所要時間は1時間5分と出た。即、北東へ向けてハンドルを切る。
広大な平野のほとんどは、黄金色の稲穂に埋め尽くされている。その農村地帯を過ぎると緑の濃い低山が迫る。数え切れないほどの切り通し坂を上り、また下る。あるいは谷に沿って拓かれたのだろうか、S字、またS字の連続した屈曲を抜ける。目的の場所にはiPhoneの案内よりすこし早くに着いた。
那珂川町馬頭広重美術館へは、広重の肉筆画を観に来たわけではない。それでも素通りは勿体ないから500円を払って入場する。浮世絵にはまったく詳しくない。それでも「もっとも好きな浮世絵師は」と訊かれたら「広重」と答えるかも知れない。企画展は「大江戸 国芳・国貞」展。国芳と国貞の得意分野の異なりを知れて良かった。それはさておき、国芳より12歳年長、且つ国芳より早くに頭角をあらわした国貞が、なぜ今回のポスターやチラシでは「国芳・国貞」と後に置かれたのかは謎である。
さて本日ここに来た主な目的は、美術館に併設されたギャルリ雪月花を訪ねることだった。8月の特集は、やちむん。気に入った食器5点をキャッシュレジスターに運ぶと「すべて松田共司さんの作品ですね」と、店主のソートメさんは教えてくれた。そのキャッシャーのちかくに気になる器が見えたため、訊くと東京から那珂川町に移り住んだ小野澤弘一という人によるものだという。いくつかの中から金属釉の湯飲みを選び、これも買う。
帰りはiPhoneが色濃く表示して勧める高速道路がらみの経路を無視して、もっとも短距離と思われる道を辿る。国道から県道、県道から町道、更には杉木立の鬱蒼とした山道に分け入る。日光市の小林、塩野室のあたりで空が一気に暗くなり、ヘッドライトを点ける。同時にそれまでの小雨が土砂降りに急変して、ワイパーを高速に切り替える。それでも会社から数キロのところまで来ると、空は元の明るさを取り戻して雨は止んだ。
夜は、手に入れたばかりの湯飲みにて、僕としては珍しく日本酒を飲む。
朝飯 たまり漬「刻みザクザクしょうが」を薬味にした牛肉のしぐれ煮、納豆、冷や奴、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子とピーマンのソテー、厚焼き玉子、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、キャベツと揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ギャルリ雪月花」のごぼう天おろし蕎麦、コーヒー
晩飯 胡瓜のナムル風、薄切り大根と豚肉の鍋、「高木酒造」の「十四代雪女神純米大吟醸」(冷や)、桃
2019.8.20(火) もっとも好きな野菜のひとつ
「猛暑はどうやら峠を越えたようです」と伝えつつ、朝のテレビのアナウンサーは視聴者の安堵や共感を求めるように、カメラを真正面から見つめた。梅雨明けを予感させる激しい雷雨に恵まれたのは先月の29日。昨年は7月3日に収穫した、日光の畑のらっきょうの今年の収穫は7月31日。夏はいまだ始まったばかりではなかったか。
アナウンサーに続いて出てきた気象予報士は、列島の南に弓状に張り出した秋雨前線を、その先端がGUIのような仕掛けになっている棒で指した。まさか夏は、3週間足らずで終わってしまうのだろうか。秋や冬が数週間で過ぎるのは大歓迎だ。しかし夏にはできるだけしぶとく居残って欲しい。
4人目の子供を産んでしばらく休んだ後に復帰した包装係のタノイチカさんが、今日は家の畑から大量のピーマンを持ってきてくれた。大小さまざまなそのピーマンは、まるで夏の豊穣の象徴のように、青臭い芳香を発している。これを炒めて冷たいつゆに沈め、冷やした素麺を際限なく食べたらどれほど美味いだろう。
本日は僕が書記を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」の例会日にて、夕刻までの雨の上がった黒く光る道を数百メートルほども歩いて今月の会場に入る。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、目玉焼き、刻みオクラの鰹節かけ、ごぼうのたまり漬、すぐき、メシ、揚げ湯波と大根の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 「やぶ定」の酒肴あれこれ、盛り蕎麦、6種の日本酒(冷や)
2019.8.19(月) 寄り道はせず
下今市09:35発の上り特急スペーシアに乗り、11時29分に東銀座に着く。その、銀座3丁目から7丁目まで歩きつついくつかの用を足し、新橋に至る。北千住のプラットフォームには涼風が感じられたものの、都心は中々に蒸し暑い。床屋にかかろうとして、しかし行きつけの店は混み合っていて、今日の散髪を諦める。次に東京で時間を作れるのは9月の上旬になるだろう。前回の散髪が7月26日だったことを考えれば、それまでに髪と髭の見苦しくなることは必定である。
「2011年8月4日から使い続けた旧Let’s noteと、先月29日に乗り換えた新Let’s noteとのすり合わせは、きのうのベクトルエイチ行きにより完了した」とは先月25日の日記に書いたことだ。しかし20年以上も使い続けているメーラーの、奥の奥にあるらしい小さい設定が違ってしまっているとか、慣れ親しんだ画像加工ソフトが最新のOSでは使えないことから新規に入れたそれの使い勝手に不明のところがあるなど、隔靴掻痒のいくつかは、いまだ残っている。それを、本日は社外で仕事をしているベクトルエイチのヒラダテマサヤさんと赤坂で合流し、どうにか我慢、納得のできるところまで近づけてもらう。
さて、東京に出たときには夕刻からの飲酒活動を常としているものの、赤坂bizタワーの外には地下鉄千代田線への降り口が見えている。しかも赤坂から北千住までは意外に近い。よって今日に限っては寄り道をせず、夕食の前に帰宅を果たす。
朝飯 納豆、茄子と2食のピーマンのソテー、スクランブルドエッグ、すぐき、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと茗荷の味噌汁
昼飯 「ヴォメロ」の昼の定食の其の一、其の二、コーヒー
晩飯 鰯の塩焼き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛肉とアボカドとトマトのカレー風味炒め、マカロニサラダ、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)、孫の残したあんパン、Old Parr(生)
2019.8.18(日) 諸々を避けて
朝に食堂の窓を開け放ち、外の空気を感じることが好きだ。そうしながら机上であれこれのことをしていると、いつも6時を過ぎて食堂に来る家内は、その開かれた窓に気づいて非常に嫌がる。虫が入ってくるというのだ。なにも蚊や雲霞の大群が押し寄せるわけではない、せいぜいが蜘蛛くらいのものだが、それでも嫌だという。今朝の蜘蛛は巣にかかった亀虫を虎視眈々と狙っていたものの、亀虫は諦めることなくもがき続け、めでたく空中に脱した。
朝の仕事の一段落したところでコンピュータと手順書と複数本のペンを小さな手提げ袋に収め、4階の食堂へと戻る。そして新宿高島屋において、9月11日から16日までの日程で催される出張販売をお知らせするハガキの送り先を、顧客名簿から抽出する。事務室から誰もいない食堂に場所を移したのは、脳の集中を妨げる諸々を避けてのことだ。作業には9時39分から10時46分までの67分間を要した。
本日はお盆休みの最終日にて、夕刻、この9日間の出勤日数および仕事の軽重に応じた金一封を、社員たちに手渡す。
朝飯 厚揚げ豆腐と小松菜の淡味炊き、刻みオクラを薬味にした納豆、ごぼうのたまり漬、すぐき、胡瓜のぬか漬け、ベーコンエッグ、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや。本日2杯目のラーメン、「田苑酒造」の麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2019.8.17(土) 結構な無沙汰
葉の量はティースプーンで2杯、湯温は60℃、その湯を急須に留める時間は90秒。この手順を精密に守っても、仏壇と自分のための、2杯のお茶を上手く淹れることは難しい。納得できるのは10日に1度ほどかも知れない。それに対して上出来の味噌汁を作ることは、それほど難しくない。僕の場合、10日に9度ほどは成功する。今朝の味噌汁も、あきれるほど美味かった。
お盆の入りから数えて4日目。今朝は仕事のついでに如来寺のお墓に寄り、13日に供えた花を片付ける。そして花立てを洗い、線香立てを含めた周辺の石は水とタワシで磨く。次の掃除は9月19日に予定して、既にカレンダーにも書き込んである。
昼は「やぶ定」に出かけてカレー南蛮蕎麦を注文する。「暑いね」と店主のワガツマカズヨシさんが言う。「オレは夏が好きだから、どうってことないですけどね」と答えると「あぁ、まぁ、確かに冬よりは良いわ」と、ワガツマさんは相づちを打った。オートバイでの出前を考えれば、確かに冬より夏の方が有り難いだろう。
夕方、町内のアンザイカツイチ先輩が辛ひしおを買いに来てくださる。酒の肴にするのだという。「胡瓜とかに付けるんですか」と訊くと「そのまま舐めるんだ」とアンザイさんは笑った。「日本酒ですか」と問えば「そう」とのことで、流石の呑み師ぶりである。アンザイさんは、3日ほどは家で呑むものの「ずっとそれじゃー死んちゃーから」と、4日目には外へ出かけるのだという。僕も飲み屋には、結構な無沙汰をしているような気がする。
朝飯 刻みオクラの鰹節かけ、納豆、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、茄子の油炒め、すぐき、胡瓜のぬか漬け、メシ、椎茸と小松菜の味噌汁
昼飯 「やぶ定」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 “Finbec Naoto”の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、其の九、其の十、ワインリストに”Brut”と表記のあるうちもっとも安いシャンペン
2019.8.16(金) 習い
お盆の9連休も、今日が胸突き八丁だろうか。
朝、いつものように道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に自転車で検品におもむくと、一部の商品に売り切れが出ていた。よって帰って即、そのことを包装係に伝える。当該の商品は道の駅が営業を始める9時前にできたものの、2台ある営業車はどちらも配達に出ている。できたばかりの品は手提げ袋に収め、僕が歩いて配達をした。
ゴールデンウィークにくらべてお盆の休みが有り難いのは、銀行の休業日が少ないところだ。両替に必要な現金その他を、今日は長男に托した。両替された紙幣や硬貨を、今度は僕が、指定された14時に受け取りに行く。「現金は、それを作り、管理し、維持するために膨大なコストがかかる。キャッシュレス社会が実現すれば、それらのコストはすべて必要なくなる」と、キャッシュレスを推進する人たちは言う。それらの人たちが、キャッシュレス決済により店側が負担しなければならないコストを中華人民共和国のそれ並みに引き下げてくれれば有り難い。
夕刻に玄関の前で送り盆をする。迎え盆はお墓まで出向いても、送り盆は簡単に済ます。おばあちゃんが生きていたころからの、ウチの習いである。
朝飯 スペイン風目玉焼き、鮭の昆布巻き、ジーマミー豆腐、すぐき、みょうがのたまり漬、メシ、キャベツと揚げ玉の味噌汁
昼飯 会社支給の「コスモス」のハンバーグステーキデミグラソース、ライス、すぐき
晩飯 トマトとモッツァレラチーズのサラダ、ベビーリーフと南瓜の煮物と焼きトマトを添えたピーマンの肉詰め、ジャガイモのオムレツ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、西瓜
2019.8.15(木) 驟雨は直ぐに止むも
おばちゃんが亡くなったのは2012年6月。翌2013年の初秋から晩秋にかけて、そのおばあちゃんの暮らした4階のほとんどすべてを改装した。おばあちゃんの台所を隣の寝室の一部まで広げた食堂は、以降、家の中で僕のもっとも好きな場所になった。ことに早朝には、新鮮な空気と共に、鳥の啼き交わす声も遠くちかくからこの角部屋に流れ込んできて、とても気持ちが良い。
その、毎朝の習慣からきのうも窓を開ける。すると、ほんの短いあいだに床が湿ったので、即、窓を閉めて部屋の冷暖房機を除湿にして回した。そして今朝も窓を開けてみる。湿気はきのうにも増して、まるでインドシナの密林にいるようだ。四国から中国地方を北上しようとしている台風10号が、1,000キロもはなれた日光にまで影響しているのだろうか。
晴れと雨とを頻繁に繰り返す天気は今日も変わらなかった。というか、晴れから一転したときの雨は、きのうのそれよりも更に強い。風に煽られる暖簾を事務室の中に納め、しばらく後にまた外へ出すことを繰り返す。販売係のタカハシリツコさんやササキユータ君が外で売る、1本きゅうりの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けのためのテーブルはひさしの下にあるものの、これまた雨の激しくなったときには一時、店の中に移した。
このような妙な天気も、しかし今夜までには治まるだろう。そして週末には笠智衆が「東京物語」の中で呟いたような暑い日が来るに違いない。
朝飯 ジーマミー豆腐、鮭の昆布巻き、ベーコンとピーマンのソテー、納豆、柴漬け、みょうがのたまり漬、メシ、椎茸と玉葱と万能葱の味噌汁
昼飯 会社支給の「ホッカホッカ大将」のチンジャオロースー弁当、みょうがのたまり漬
晩飯 マカロニサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬と4種のぬか漬け、Old Parr(ソーダ割り)、桃のヨーグルトかけ
2019.8.14(水) …がゆえの苦労
2時台に目を覚まして3時台のはじめに起床する。仏壇に花と水とお茶を供えて後は、既に書けていたおとといの日記を公開し、きのうの日記を書く。外では雨が降っている。「朝までに止むだろうか」との希望的観測と共にウェブ上の天気予報を見に行く。雨は金曜日まで続くらしい。
3時50分に製造現場へ降りて、きのう包装係のヤマダカオリさんに頼まれていた仕事をする。作っても作っても作り間に合わない品物がある。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の、当該の品の置いてある場所には、今日は別の商品を並べることを決める。お客様にはできるだけ新しい商品をご提供したい。ヒマなときにドンと作り溜めして半年、1年先の賞味期限を打つ、などとということは絶対にしないがゆえの苦労である。
それにしても今日の天気は妙だ。雨が上がって晴れ間が見えたと思うと、また雨が戻ってくる。時には土砂降りになる。それが南洋の花々を濡らす慈雨ほどに弱くなり、しばらくすると青い空に白い入道雲が立ち上がる。「それっ、今だ」とばかりに、朝に納めた品がそろそろ薄くなっているだろう道の駅に配達に行こうとすると、またまた雨が降ってくる。テレビやネットニュースは盛んに、大型の台風10号について報じている。
明日の山陽新幹線は、新大阪駅と小倉駅のあいだのすべての運行を見合わせるという。人は、水鳥の羽音にも行動を鈍らせる。関東地方に台風は来なくても、明日の商売は静かになるような気がする。
朝飯 刻みオクラの鰹節かけ、ほぐし塩鮭、納豆、茄子とピーマンのソテー、みょうがのたまり漬、柴漬け、ジーマミー豆腐、メシ、炒め茄子と茗荷の味噌汁
昼飯 会社支給の”Parrot”の弁当
晩飯 冷や素麺、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)
2019.8.13(火) ようよう店を抜け出して
「あしたは早く起きるぞ」と念じつつ昨夜は寝に就いた。そうしたところ、今朝は2時台に目が覚めた。それを奇貨としてすぐに起床する。家内はいまだ起きていて、仏壇の盆飾りを作り終えたところだった。そういう僕は、仏壇の掃除こそ済ませたものの、線香立ての灰をふるいにかけて軟らかくすることはいまだしていない。
仏壇に花と水とお茶を供えて時計を見ると時刻は3時10分。以降は既に書けていたおとといの日記を公開してからきのうの日記、更には今日の日記の前半分を書く。
4時すぎに製造現場へ降りて早朝の仕事に従う。前の日に社員にあれこれ頼まれたことを、僕が翌朝に行うのだ。きのうは夕刻に売り切れた品、売り切れの寸前までいった品がいくつかあった。よって今朝の僕の仕事は普段よりすこし手数が多くなった。
11時すぎにようよう店を抜け出して墓参りに行く。その際に家内がタオルを忘れたため、もう一度、今度は僕ひとりでお墓に戻り、水を固く絞ったタオルで墓石を拭く。僕に信仰心は皆無と思われる。しかし何ものかを畏れる気持ちはある。もうひとつ、正月やお彼岸やお盆にはお墓を綺麗にしてお参りをする、という行為は習慣化されたもので、これを自分の身から引きはがすことはできない。
夜はすっかり寛いで、嫁の作ったグラタンや長男の焼いた肉にて赤い葡萄酒を飲む。
朝飯 生のトマト、納豆、茄子とピーマンのソテー、鮭の昆布巻き、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 ジャガイモと玉葱とほうれん草のグラタン、ラタトゥイユと紅白なますと生のトマトを添えた4種のビーフステーキ、桃、CHATEAU DUCRU BEAUCAILLOU 1982
2019.8.12(月) なぜか秀才が多い
むかし京都や奈良のお寺には、参拝客を笑わせながら上手に説教するお坊さんが幾人もいた。そういう人の下で修業するお坊さんの中にもまた、観光客を面白おかしく愉しませる人がいた。
中学校の修学旅行では、早朝にJR今市駅を出発して、奈良には夕刻に着いた。翌日は東大寺、そして薬師寺と回った。薬師寺では若いお坊さんが我々を案内した。お坊さんは「このお寺には、たくさんの学生さん、生徒さんが来てくれる。その中で、センスが良いなと感じる学校の生徒さんは、かならず売店でお土産を買って帰る」と話して我々を笑わせた。大人や子供を笑わせながら、お坊さんは必死だったに違いない。当時の薬師寺は、金堂や西塔の再建へ向けての疾走の最中にあった。
日中は、店、製造現場、事務室、道の駅と、あちらこちらを頻繁に回る。外で1本きゅうりの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けを売る販売係タカハシリツコさんの昼休みには、僕がその売り場に立つ。午後はほとんど、混み合う店内で販売に当たる。そんな最中に声をかけられ顔を上げると、小学校のときの同級生サトータカノブ君が、奥さんと連れ立っていた。
秀才にはいくつもの種類がある。「膨大な無知があって、しかし習ったことは必ず身につける」という復習型の秀才がいる。サトー君はそれとは異なって「知識や能力がどこまで行っちゃってるか分からない」という秀才だった。加えてサトー君は人格も素晴らしい。
「センスが良いなと感じる学校の生徒さんは、かならず売店でお土産を買う」ではないけれど、ウチで買い物をしてくれる同級生には、なぜか秀才が多い。
朝飯 生のトマト、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、鮭の昆布巻き、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、ピーマンとオクラの味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 モッツァレラチーズと桃のサラダ、夏野菜のサラダ、ベーコンと莢隠元と唐辛子のスパゲティ、チーズとアンチョビの野蛮パン、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.8.11(日) 「語らない」ということ
むかし、このむかしとはいつごろのことかと頭を巡らせれば、1979年から1982年のあいだであることは確かだ、8代目橘家圓蔵がいまだ5代目月の家圓鏡だったとき、その独演会を上野の鈴本で観た。目当てはゲストの立川談志と悠玄亭玉介である。
談志は圓鏡の対談の相手として高座に上がった。話題は芸界のゴシップからやがて「落語とは」という真面目なところに向かっていく。その途中「噺家は落語(というもの)を語ってはいけない」と圓鏡が持論を述べると「(お前さんが)語れねぇだけじゃねぇか」と、談志は演技としての嗤いを顔に浮かべつつ混ぜ返した。しかしこのときの「噺家は落語を語ってはいけない」という圓鏡のことばは、なぜか心に残った。
朝3時55分より仏壇の掃除に取りかかる。お盆を迎えるにあたってのこの仕事は、30分で終わるときもあれば1時間を要することもある。今朝の掃除は4時35分に完了した。完了したとはいえ線香立ての灰をふるいにかけて軟らかくすることは外での作業を要するため、それのみは後に回した。
僕は無知の衆生のひとりだから宗教を語ることはしない。というよりも「語れねぇ」のだ。しかし仏壇の掃除くらいはできる。埃の払われた仏壇に花と水とお茶を供えると時刻は4時44分。自分の湯飲みのお茶を飲み終えて4時50分。以降は製造現場に降りて、早朝の仕事に従う。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ハムエッグ、生のトマト、鮭の焼き漬け、柴漬け、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 白胡麻と茗荷のつゆで食べる黒胡麻素麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、TIO PEPE
2019.8.10(土) 日にひとつくらいは
朝の味噌汁のだしは、前夜から引くこともあれば、朝になってから煮出すこともある。夜から8時間ほどかけてゆっくり引いた方が美味いとか、朝、慌ただしく煮出すとあまり上等なものはできないとか、そういうことを目をつぶっていても判別できるほどには、僕の舌は上等にできていない。今朝のだしは、朝食の直前に煮出した。
今朝の味噌汁の具はトマトと茗荷。トマトは小ぶりなものひとつを薄く刻み、その酸味を引き出すべく弱火でコトコトと煮る。チェンライのシリコーン市場にあるイサーン料理屋でトムセーップを注文すると、オバサンはあれこれの根っこや葉っぱやトマトを、小さな鍋を用いてグツグツと煮込む。固いナンキョウやレモングラスから香りを引き出すには、それなりの強火が必要なのかも知れないけれど、トマトだけなら「コトコト」で充分だ。
トマトが充分に煮えたら、そこに薄く刻んだ茗荷を加え、火は消えない程度のところまで弱める。そしてその鍋に「日光味噌梅太郎白味噌」を、丁寧に溶き入れる。味噌汁が完成したときには「今日も清らかな仕事ができた」と、すこし満足な気持ちになった。
日中は、1本きゅうりの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬けを売るため、しばしば店の外に立つ。
朝飯 茄子とピーマンの「日光味噌梅太郎白味噌」炒り、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、鮭の焼き漬け、鱈子の昆布巻き、納豆、みょうがのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、トマトと茗荷の味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、枝豆、柴漬け、鮭の焼き漬け、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)
2019.8.9(金) お盆へ向けて
ティファールのポットでお湯を沸かし、それをふたつの湯飲みに満たす。時刻は3時54分。その湯飲みが手で持てないほど熱くなったら、各々を別の湯飲みに移す。その湯飲みも手で持てないほど熱くなったら、今度はそれらを大ぶりの片口に移す。片口の注ぎ口からタニタの温度計を差し入れ、温度を測る。100℃の湯が60℃になるまでに、今の季節なら7分はかかる。道を歩く7分間は短くても、熱湯が適温に落ちつくまでの7分間は長い。よってそのあいだは本を読んでいる。
朝の、空のいちばん綺麗な時間と山のいちばん綺麗な時間は同期しない。空は日の昇る数分前がもっとも美しく、山は日が昇って1時間数十分の後がもっとも美しい。家の、南東に面した窓や北西に面した窓、更には屋上にまで行き来して、一刻もおなじ姿を留めない空や山を眺める。
明日からは長い盆休みが始まる。そしてウチの商売に盆休みは無い。終業後は男子社員が店に集まり、冷蔵ショーケースの中身を盆向きのそれに並べ替える。
朝飯 鮭の焼き漬け、茄子とピーマンのソテー、みょうがのたまり漬を薬味にした冷や奴、納豆、生のトマト、メシ、揚げ湯波と茗荷と胡瓜の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の「大もり」
晩飯 枝豆、刻みオクラの鰹節かけ、茄子とピーマンの味噌炒り、鰆の西京焼き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子の塩水漬け刻み茗荷和え、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)、どら焼き、Old Parr(生)
2019.8.8(木) 立秋
「台湾はイヤだよ、寒いし、果物は不味いし」
「日本はどうですか」
「日本なんて、息もできないよ」
とは、日本に留学した経験のある、そして現在はタイに住んでいる、台湾出身の人と長男が2012年9月に交わした会話の一部だ。今日は立秋である。
午前、所用にて長男と宇都宮へおもむく。仕事であれば、白いシャツにネクタイを締め、上着を着ている。「殺人的な暑さ」という声も聞かれるけれど、クルマで移動をし、冷房の効いた室内で仕事をしている限り、汗をかくことはない
それにしても、素晴らしい空の青さだ。帰途、日光宇都宮道路を北西に向かいつつ山と山のあいだの屈曲を抜けると、正面に大きく立ち上がる入道雲が、いきなり現れた。そしてその、空の高いところまで達しようとしている白く光る雲は、会社に戻るまで視界から消えなかった。
午後、低く雷鳴が聞こえ始める。やがて夕立を予感させる、埃にも似た匂いが風に乗って届いてくる。しかし雨は、すこし降っただけですぐに上がった。
「日本なんて、息もできない」と言った台湾の人も、夏のあいだだけは、ひと息つけたのではかなったか。今日は立秋、である。
朝飯 納豆、生のトマト、刻みオクラの鰹節かけ、みょうがのたまり漬を薬味にした冷や奴、胡瓜のぬか漬け、鱈子の昆布巻き、メシ、若布とオクラの味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 カプレーゼ、トマトとブラックオリーブのスパゲティ、2種のソースを添えたビーフステーキ、マッシュドポテト、Almaviva 1997
2019.8.7(水) 不治の病
齢を重ねるに従って、からだのあちらこちらに変調を来すようになった。僕の場合、それのもっとも顕著にあらわれているのが肌だ。
子供のころはアトピー性の皮膚炎に悩まされた。そのときのそれほど気を滅入らせるものではないものの、数年前より顔に湿疹ができはじめた。よって馴染みの皮膚科を訪ねると「これは一生、治りません」と診断され、飲み薬と塗り薬を処方された。飲み薬は驚くほど痒みに効くものの、それが切れればふたたび痒くなる。一生、治らないのだから、塗り薬は対症にしか過ぎない。
そうして数年が経って「一生、治らないというのもいかがなものか」と考えるようになった。そして今日は別の皮膚科にホンダフィットを走らせた。
初見の先生は僕のこめかみを診るなり「あぁ、慢性の湿疹ですね」と断じた。常用している塗り薬の名を告げると「それは顔には強すぎます」と眉間に皺を寄せ「もうすこし弱いお薬をお出ししておきましょう」と、何やらカルテに書き込んだ。
「もうすこし弱いお薬」であれば、僕の湿疹は、やはり一生、治らないのかも知れない。
朝飯 鱈子の昆布巻き、納豆、油揚げの網焼き、胡瓜のぬか漬け、生のトマト、ふきのとうのたまり漬、メシ、キャベツと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の塩焼きそば
晩飯 茹で鶏と人参のサラダ、夏野菜のマリネ、孫が粉をこね長男が焼いたピザ其の一、其の二、其の三、其の四、栗のグジャグジャ煮を添えたアイスクリーム、「焼菓子工房うふ」の8種のクッキー、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2019.8.6(火) 暑さ寒さも
朝、食堂のカーテンを巻き上げ、山や空の色を眺めて「夜明けはさぞかし綺麗だったに違いない」と、5時すぎに起きたことを後悔した。お盆が近づくこのところにしては珍しく、今日は早朝の仕事が無かったのだ。そして未練たらしく、夜が朝に移りゆくときの美しさのとうに失われた景色を、取りあえずは撮る。
ついこの前までは「いつまでも寒くてイヤんなっちゃいますね」と言い交わしていた人たちが、梅雨が去ると同時に、今度は「まったく来る日も来る日も暑くて参っちゃいますね」と、人と顔を合わせるたび口を開くようになった。寒ければそれを恨むことにより、暑ければそれを嘆じることにより、からだに感じる寒さ暑さは減じるのかも知れない。
膝に水を溜める癖のあったおばあちゃんを治療するため、むかし頻繁に通ってくれた人のお通夜に夕刻より参ずる。冷房の効いた葬祭場から19時ちかくに出ると、空はいまだ明るさを保ちながら、気温は昼のそれより隨分と下がっているように思われた。もっとも「うー、外に出ると、やっぱり暑ちいな」と言う人はいた。暑さ寒さも人それぞれ、である。
朝飯 鶏卵雑炊、梅干し、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、みょうがのたまり漬、ふきのとうのたまり漬
昼飯 冷やし中華
晩飯 “Parrot”のハンバーグシチュー、生ビール
2019.8.5(月) 観光
ご来店のたび僕に声をかけて下さったお客様から、今回は電話でご注文をいただいた。そのついでにお客様は僕と長話をしてくださった。
僕とおなじほどの年齢と思われたそのお客様は、早くも引退をされたという。そして持病だったヘルニアの手術を無事に乗り越え、またお嬢さんをしっかりした人の元へ嫁として送り出したことを期に、自分への慰労としてバンコクへ旅することを決めた。
バンコクではナナ駅ちかくの奇数側のソイ、つまりスクムビット通りから北へ延びる小路に建つ中級ホテルを宿とした。そして冷房を効かせた部屋で日本から持ち込んだ推理小説を何冊も読んだ。昼食は毎日、ふた駅はなれたプロンポンにある日本式中華料理屋に通った。帰りはエンポリアムのフードコートへ寄り、夜はそこで調達したおかずを肴にコンビニエンスストアで買ったビールを飲みつつ、部屋のテレビでNHKの放送を観た。気が向けばちかくのマッサージ屋で2時間のマッサージ、そして毎日ずっと、それを繰り返した。
お客様のお話の中の、僕の脳に強く刻まれたところを要約すれば、そのようなことになる。
さて、せっかく海外に出かけながらホテルの部屋に籠もって本を読み、昼は日本にいるときと変わらない中華料理を食べ、夜はこれまた日本にいるときとおなじテレビ番組を観て、それで楽しいか、ということであるけれど、旅の愉しみは人それぞれだ。
僕は本はプールサイドで読む。昼はそこら辺のメシ屋へ行く。ホテルとメシ屋への往復が散歩になる。午後は日が西に傾くまで、またプールサイドで本を読む。夜は屋台街へ出かけ、そこで売られているあれこれを肴にして、街の酒屋で買った焼酎を飲む。部屋に戻ればシャワーを浴びてすぐに寝て、翌早朝は日記を書く。そして毎日、そればかりを繰り返す。
お客様の旅と僕の旅は、驚くほど似ている。名所、旧跡、景勝地には行かない。そういうところへ出かけなければ、来る日も来る日も閑ばかりだ。その閑に含まれる滋味を、ゆっくりと味わうのだ。ラッタウット・ラープチャルーンサップの「観光」の母子も、タイ国鉄南線に乗って「ただ車窓の景色を眺めていただけ」ではなかったか。
朝飯 生のトマトを添えた目玉焼き、納豆、茄子とピーマンのソテー、明太子、胡瓜のぬか漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 ハムとレタス、トマトの冷たいスパゲティ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、メロン
2019.8.4(日) 蝙蝠
夜間に玄関を照らす蛍光灯のカバーに、きのうは見慣れないものが貼り付いていた。その丸まり具合、頭から延びる一双の突起、そしてビロードのような黒い体表からすれば、それはどうやらコウモリらしい。
眠っているなら起こすのも気の毒と感じ、そのまま事務所に戻ると、母親に手を引かれて孫のリコが来た。コウモリという生き物については知らないというので、玄関の前まで連れて行き、先ほど見つけたばかりの小さな黒い固まりを指し示して、あれがコウモリだと教えた。
小学校低学年のころのある夜、オフクロに蔵の奥深いところへ連れて行かれた。オフクロが照明のスイッチを入れると、天井ちかくに10羽か15羽ほども、コウモリが慌てて飛び交う姿が見られた。あるいはまたそのころ、製造係の誰かがコウモリを捕らえてカゴに封じた。カゴの外から割り箸で突くと、その黒く面妖な生き物は歯をむき出してキーキーと鳴いた。
今朝、孫のリコが事務室に来て「きのうの、見る」と言う。僕はすぐにそれがコウモリのことと理解して、玄関の前まで彼女を連れて行った。コウモリは、きのうとおなじ場所に、きのうとおなじ姿で貼り付いていた。コウモリは、エサは食べているのだろうか。明日もいるようなら、もうすこし近づいて、もうすこしよく見てみようと思う。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、揚げ茄子、厚焼き玉子、明太子、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、揚げ湯波と胡瓜の味噌汁
昼飯 町内の納涼祭から届いた、ベトナムの若い人が差し入れてくれた3種の色ごはん、同じく揚げ春巻き、焼きそば
晩飯 スパゲティサラダ、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、枝豆、浅蜊の味噌汁、空心菜炒め、椎茸とピーマンと茄子の肉詰め、キンミヤ焼酎(ソーダ割り)、ベトナムの若い人によるチェー
2019.8.3(土) 花火
ある夏の宵に小倉町の居酒屋「和光」で飲んでいると、遠く大谷川の河川敷に上がる花火の音が、開け放たれた戸や窓から聞こえてきた。そのドンという空気の震えを背中に受けつつ、花火とは、見ずに音のみ聞くと、情緒の格段に高くなることを知った。そしてなぜか、志ん生の「大津絵」を聴くたび泣いたという小泉信三のことを思い出した。
以来、花火を見ることは、あまりしなくなった。「音が聞こえりゃいいじゃねぇか」と思うようになった。そして今日の夜の肴はきのうのうちに決めておいた。音だけを聴く花火が待ち遠しかったからだ。
「自分はやはり都会に住みたい、田舎に住んでも美味いのは野菜くらいだから」と、むかしある食通が言った。野菜が美味りゃ上出来じゃねぇかと思う。1982年にカトマンドゥで知り合った東京農業大学山岳部出身のアキモトという人は実家が山口県の海沿いにあって、子供のころから魚は刺身でしか食べたことがないと言っていた。魚が美味りゃ上出来じゃねぇかと思う。
開け放った窓から聞こえる花火の音を聴きつつ飲む焼酎のソーダ割りは、しごく美味い。
朝飯 鶏卵雑炊、なめこのたまり炊、胡瓜のぬか漬け、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、ヨーグルト
晩飯 冷やしトマト、なめこのたまり炊、揚げ茄子、「本物のワインで漬けた本物のワインらっきょう”rubis d’or”」の刻みを混ぜ込んだツナマヨピーマン、自作のソースを添えたサイコロステーキ、「キンミヤ焼酎」のソーダ割り
2019.8.2(金) 夏よ、いつまでも
横断歩道を渡ろうとして渡れずに泣いている子供がいる。近づいてわけを訊くと、歩行者用信号のボタンを押し、正面の信号が青に変わったところで道を渡ろうとするものの、その信号は一瞬の後に赤に変わる。だからいつまでも道を渡れない。ようやくそこまで言い終えて、子供はまた肩を揺らして泣き始めた。
今朝は、そういう夢を見ながら目を覚ます。時刻は2時34分。睡眠時間は4時間を切っていたが、二度寝はできそうになかったため、起きて顔を洗い、服を着てしまう。
夏至の直後は3時台には空が明るみ始めた。しかし現在は、4時を過ぎても空の色は夜のそれと変わらない。立秋まで残すところあと6日。夏の暑さは不快ではあるけれど、夏は1年でもっとも好きな季節だ。そして秋の涼しさは心地よいものの、秋は1年でもっとも来て欲しくない季節だ。
日光にある畑のらっきょうを、昨年は7月3日に収穫し、同月の25日に「夏太郎」として蔵出しした。おなじ畑のらっきょうが、今年は7月31日まで収穫が遅れた。始まるのが遅かった分、今年の夏には、いつまでも列島の上に居座り続けて欲しい。
朝飯 牛肉のしぐれ煮、明太子、切り昆布の炒り煮、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、胡瓜のぬか漬け、みょうがのたまり漬、メシ、揚げ湯波と大根と胡瓜の味噌汁
昼飯 大根と胡瓜と豚薄切り肉の冷やし和え麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、マカロニグラタン、ドライマーティニ、ウォッカマーティニ、TIO PEPE
2019.8.1(木) ツチノコとマルガリータ
まったく身に覚えの無いことながら、僕に恨みをつのらせ、あちらこちらを探し回っている一派のいることを、街の顔見知りから知らされる。とはいえ僕は高を括る性格から、それを誰にも知らせずにいた。そうしたところその翌日、街路樹が日差しを柔らかくしている路上で、僕の目の前で、若い男が僕と見間違えられて拉致された。犯行に使われた車両は2台。そのうちの1台は、数十年前の長く裾を引いた優雅なそれではなく、最近の、ツチノコのような形のロールスロイスだった。よくもまぁ、かどわかしには似合わない派手なクルマを選んだものだ。さて犯行の一部始終を見ていた僕は、このことを警察に届け出れば、犯人はすぐにも捕まるだろう。しかし囚われている人の命が心配だ。更に、このことを犯人が捕まる前にウェブ日記に書くのは流石にまずいだろう…
そんなことを考えた瞬間に目が覚める。即、起きて洗面所へ行く。化粧品の納められた、これは箪笥にしても、何ダンスと呼ぶのだろう、とにかくその上に置かれた時計は4時8分を示していた。
服を着ながら先ほど見た夢を反芻する。高いところから墜ちる夢は年に何度も見る。クルマで人を轢いてしまう夢、子や孫がクルマにはねられそうになる夢も、僕にとっては馴染みのものだ。白砂青松の浜に置かれた寝椅子に寛いで、沖のカモメを眺めつつマルガリータを飲む、そういう楽しそうな夢は生まれてこのかた一度も見たことがない。夢とはどのような仕組みにより見るものなのか。夢判断は一切、信じない。
朝飯 明太子、胡瓜のぬか漬け、唐辛子のみじん切りを添えたみょうがのたまり漬、鯛飯、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「石焼きラーメン火山」の「よだれ鶏冷やし麺」
晩飯 ブラッディメリーのソーダ割り、ポテトサラダ、トマトと赤ピーマンと茄子のグラタン、ハムステーキ、PASSE-TOUT-GRAIN DOMAINE ALAIN JEANNIARD 2008





































































































































