2020年8月の日記31本
2020.8.31(月) 15.8GB/16GB
僕は、iPhoneには音楽も動画も保存しない。よって2016年6月に現在の6s Plusを手に入れるとき、容量は最低の16GBを選んだ。ことしの6月より、朝食の動画を撮るようになった。すると、ストレージがどうのこうのと、これまで見たこともかなった警告が、画面に頻繁に現れるようになった。
撮った動画は、外注SEのカネヒラケンジさんに手渡すため長男がChatworkに上げれば即、ローカルつまりiPhoneからは削除する。それでも警告はたびたび現れる。きのうは80秒を撮ることにしている動画を、実際には60秒しか撮ることができなかった。そして今朝、異変は起きた。
facebookのアイコンをタップすると、facebookは開きかけるものの、フワリと消えて、画面は元のホームに戻る。メッセンジャーもしかり、他のアプリケーションにおいても同じ現象が起きる。ウチは、wifiは事務室と店にしか飛んでいない。よって早朝に自宅でこの日記を書くときなどは、iPhoneを使ってインターネットにアクセスをする。それも今朝からは、できなくなった。
「iPhoneストレージ」を見ると「使用済み:15.8GB/16GB」と出ている。よってその下に表示されているアプリケーションのうち「無くてもいいや」と思われるものを片端から削除していく。しかしいかんせん、グラフを見ればもっとも容量を食っているのは「その他」だから、目で認められるものをいくら消しても「使用済み」の数字は微減しかしない。
「困ったときはシバタさん頼み」の、地元外注SEのシバタサトシさんは、午前のうちに来てくれた。そして朝、僕が削除してしまった「連絡先」つまり電話帳をどこかから取り戻した上、どうにかiPhoneの機能を生き返らせてくれた。シバタさんによれば、現状に鑑みれば16GBの容量はいかにも少ないという。
スキーの道具を、毎年、新しいものに買い換える同級生がいた。新しい機種が出るたび、iPhoneを買い換える人がいる。そのような人の経済観念と僕のそれは、明らかに違う。4年前に買った6s Plusは、ほとんどデザリングにしか使わないこともあって、いまだ新品同様である。「参ったなー」である。
朝飯 焼き鮭、納豆、夏野菜の揚げびたし、胡瓜とオクラの酢の物、小茄子の塩漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツの味噌汁
昼飯 4日前の夜のおかずによる弁当
晩飯 牡蠣の燻製、ポテトサラダ、「らっきょうのたまり漬」を添えたカレーライス、Old Parr(ソーダ割り)
2020.8.30(日) 味噌汁調理法
朝の味噌汁は、煮干しでだしを引いている。なぜ煮干しかといえば、扱いが簡単だからだ。「だしパックの方が簡単だぞ」と言われれば、簡単すぎても面白くないのだ。便利そうなものに限って不便、ということもある。
煮干しを使う際には生臭さを避けるため、先ずは頭と内臓を取り除けと料理の本には書いてある。僕はそれをしない。産地と質を選べば臭いは気にならない。
煮干しの量については「水1リットルに対して30グラム」あたりの説明が多い。僕の場合、水が1リットルなら煮干しは重量にして100分の1の10グラムで充分だ。これまた煮干しが上質であれば、その量で何も問題はない。
夜、必要な量の水を小鍋に入れ、重量比にして100分の1の煮干しを投入する。翌朝は、その鍋から煮干しを取り出して、だし引きは完了である。夜に準備をし忘れたときには、朝、おなじ割合の水と煮干しを水から煮立て、沸騰したら煮干しを取り出す。両者をくらべると、前の晩から用意しただしの方が、圧倒的に美味い。
夜は大抵、酔っている。だしの準備は忘れがちだ。今朝もまた、煮干しを投入したばかりの水を煮立ててだしを引いた。味噌の量は「ちょっと足りないかなぁ」くらいがちょうど良いと思う。
朝飯 牛肉のすき焼き風、納豆、「なめこのたまり炊」の冷や奴、焼き鮭、小茄子の塩漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布の味噌汁
昼飯 茄子とピーマンの冷や汁で食べる冷や麦
晩飯 キャベツとベーコンの味噌汁、「しその実のたまり漬」を薬味にした冷や奴、茄子の味噌炒り、プリックナムプラーと謎の調味料で食べる2種の焼売、トマトと胡瓜とレタスのサラダ、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)、樹上完熟により市場には出まわらない「秋沢農園」の梨
2020.8.29(土) 「部分的には」
藤島泰輔と聞いてその顔がすぐに浮かぶのは、僕より上の年代に限られるだろう。この人の、同人誌などに発表されたものを除けばいわば処女作を、なぜ手に入れたかについては忘れた。
この小説が、僕の生まれる数ヶ月前に世に出たとき、著者は23歳だった。内容からすれば、驚くべき早熟ぶりである。序に三島由紀夫は「部分的には巧すぎるぐらゐ巧い」と書いている。この「部分的には」に、僕は三島の嫉妬を感じる。それほどに上手い。特に第二章の「激情」と第四章の「疑惑」には圧巻のものがある。その、文章が読み手に強いる緊迫感に、僕は庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」を思い出した。
と、ここまで書いて、高等学校に通うころに読んだ「赤頭巾ちゃん気をつけて」をamazonに検索してみた。帯の賛は、三島由紀夫によるものだった。不思議な合一である。
そしてきのうは本文を、今日は解説を読み終えたその「孤獨の人」を棚に戻し「次はどれにしよう」と、いまだ手を付けていない本を物色する。
朝飯 スクランブルドエッグ、オクラのおひたし、冷や奴、厚揚げ豆腐と小松菜の淡味炊き、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 胡麻のつゆと「なめこのたまり炊」で食べる冷や麦
晩飯 スーパーマーケット「かましん」で柵300円だった鰹によるサラダ、「鳥秀」で500グラム500円だった牛すじ肉と玉葱のトロトロ煮のリガトーニ、樹上完熟により市場に出せなかった「秋沢農園」の梨のシャーベット、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.8.28(金) 合理的な考え
右下のいちばん奥、40年以上も前に抜いた親知らずの、ひとつ手前の歯が、今年の春ごろから異常を来した。具体的にいえば、口をゆすげば水でもお湯でも沁み、また菠薐草のおひたしなど、柔らかいものでも、これを噛むと痛みを覚えるようになった。
それは、時あたかも新型コロナウイルスによる非常事態宣言の最中のことだった。よって、かかりつけの、ソーマ歯科室のソーマ先生には「東京に行ける環境になったら、即、診てください」とメッセージを送った。以降、当該の大臼歯には、できるだけ負担をかけないようにしてきた。
大井町のソーマ歯科室へ行けたのは、それから2ヶ月半後の7月下旬だった。
僕の噛む力は数百人にひとりの強さであり、それに加齢が重なって、歯に目に見えないほどのひびが入っている、それが神経に障っているのだろう、神経を抜き、セラミックのクラウンをかぶせることが現状では最上の治療法と考えられる、大臼歯の神経を抜くには、顕微鏡によるマイクロサージェリーという方法を用いると、治療成績は格段に上がる、そしてその名人は大森にいる、よろしければ紹介をする、というのがソーマ先生の意見だった。
その勧めを耳にして僕は、東京大学の名誉教授で皇室医務主管だった金沢一郎が、明仁天皇の心臓の手術には順天堂大学の天野篤を指名したことを思い出した。「第一人者に任せる」という、それは合理的な考えだ。
大森の駅の西口から外へ出ると、目の前は池上通りだった。道は、海抜10メートルほどの高台の直下に、南西へ向けてゆるやかに延びている。その風景から、僕は湘南のどこかの街に、海水浴にでも来たような気分になった。
ウィステリアデンタルクリニックには10時15分に入った。入念な治療を受けて外へ出たのは12時10分だった。「大森では何を昼飯にしようか」などと呑気に考えていたものの、麻酔はいまだ効いていて、口には水さえ含めない。
昼食を摂らないまま新橋で床屋にかかり、お茶の水でカイロプラクティックにかかる。本日、奥歯を治療をしてくれたサトーヒロノブ先生には「酒は飲むな」とは言われなかった。よって北千住で少々の飲酒活動をしてから東武日光線の下り特急に乗る。
朝飯 3種のおむすび、豆腐と若布の茗荷の味噌汁
晩飯 「ささや」のあれや、これや、それや、他あれこれ、チューハイ、それを濃くするためのナカ
2020.8.27(木) 誰もこれを買っていない
何日も前から、食堂に渋沢栄一の伝記らしいものがある。ビジネス書のたぐいだろうか。
僕には何か学習障害のようなものがあって、ビジネス書は読めない。もうすこし詳しく書けば、「本は遊びで読むもの」と、脳が認識をしているらしい。利益や向上や効果を求めて本に向かうと、目は文字を追うものの、そして指はページを繰るものの、頭には何も入ってこない。そしてようやく最後のページに辿り着いて「やれやれ」となるのだ。
今朝は、数日のあいだ身近にありながら手を触れなかったこの本を開いてみた。すると案に相違して、それはビジネス書ではなかった。放蕩を好む長男を廃嫡したとか、しかしその本人は妻妾同居をしていたとかいうことも書いてある。サノシンイチ、サノシンイチ、サノシンイチと、著者の名を反芻してみる。するとこの人による「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」を、数年前にバンコクで読んだ記憶が浮かび上がった。
だったらこれも読めるだろう。いま読んでいる本は、明日には読み終えるかも知れない。よって明日の次に電車に乗るときには、これを手提げ袋に入れていこうと思う。
朝飯 納豆、牛肉のすき焼き風、ジャコ天の網焼き、生のトマト、小茄子の塩漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華(大盛り)
晩飯 厚揚げ豆腐と小松菜の淡味炊き、オクラと胡瓜と茗荷の酢の物、枝豆、刻みキャベツとトマトとキウイのサラダを添えたメンチカツ、ABSOLUT VODKA(ソーダ割り)、葡萄
2020.8.26(水) 選ぶ理由
104回を数えるインディアナポリスのレースで、佐藤琢磨が2017年に続いて2度目の優勝をした。屈曲に富んだ、登り下りのあるF1用のサーキットではなく、楕円のそれで行われるレースのどこが面白いのか、と考える人も、中にはいるだろう。いずれにしても、インディ500は種々の理由により「世界で最も偉大なレース」と呼ばれることもある。
佐藤の操縦するマシンが積んでいたのはホンダのエンジンである。インディ500にエンジンを供給できるのはホンダとシボレーの2社に限られる。その中で、ホンダのエンジンは2005年から今年までの16回のインディ500で、何と12回も優勝に貢献をしている。
僕は、トラック以外の営業車には、ホンダのクルマばかりを選んできた。理由は「だって、本田のオヤジが作った会社のクルマだぞ」という以外には無い。現在のフィットは購入して10年が経とうとしている。新しいフィットも悪くない。しかし僕は、道具はなるべく長く使う主義だ。いまのフィットには、もうしばらく働いてもらうことになるだろう。
ところでマルバアサガオが、坪庭のヒイラギの高いところまではびこっていることには、数日前から気がついていた。7月31日の日記には、この花を好きと書いた。しかしそれは、竹垣に可憐に花を咲かせている限りにおいてのことだ。よってヒイラギに巻き付いたマルバアサガオは、その蔓の先端から地面までを辿り、すべて駆除する。
朝飯 鮭の軟骨の網焼き、納豆、冷や奴、生のトマト、らっきょうの塩漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とピーマンの味噌汁
昼飯 胡麻のつゆで食べる冷や麦
晩飯 シメジのグラタン、ネクタリンとモッツァレラチーズのサラダ、パン、ハムと2種の燻製の盛り合わせ、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.8.25(火) ものたりない
きのう包装係のタカクコータロー君に頼まれた仕事から上がると時刻は4時40分。あと20分で5時と思えば、気持ちの余裕も半分ほどは霧消する。シンデレラの制限時間は午前0時。僕のそれは午前6時。6時からは、現実に戻らなければならない。だったら6時までは何をしているかといえば、さして何もしていない。そういう時間こそが、僕には大切なのだ。
日記を書くためのワードプレスに、更新すべきことが9つ、プラグインすべきことが3つと出ている。そしてその数字は、日を追うごとに増えていく。なぜ更新やプラグインを行わないかといえば、以前、それをして作業環境の一変したことがあったからだ。幸い、その直後に、これに詳しい人と会う機会があったため、状況は即、復旧した。来月あたりには、またその人に会いたいものだと思う。
13時すぎに郵便局へ行こうとして外へ出ると、なにやら涼しい。「やだなぁ、もう秋かよ」と、店に戻り、手にした温度計を外の新聞受けに突っ込む。郵便局から戻ってそれを見ると、気温は摂氏30度ちょうどだった。そして「そうか、オレは30度の気温では、ものたりないんだな」と気づく。
朝飯 じゃこ天の網焼き、納豆、冷や奴、生のトマト、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と茗荷の味噌汁
昼飯 梅干と長葱を薬味にした冷や麦
晩飯 「和光」のお通しの三点盛り、鮪の山かけ、鯖の塩焼き、麦焼酎「吉四六」(オンザ日光の天然氷)、家に帰ってからのエクレア、Old Parr(生)
2020.8.24(月) ひとりでも食卓は賑やか
目を覚まして枕の下からiPhoneを取り出す。時刻はいまだ日付の変わっていない11時34分。とてもではないけれど、起き出す時間ではない。次に気づくと2時56分。以降は眠らず、3時30分に起床する。
チャットワークにいくつかの連絡が入っている。そのうちのひとつに返信をつける。4時10分に製造現場へ降りて、きのう包装主任のヤマダカオリさんに頼まれた仕事をする。そこから事務室と店を経由して4階の食堂に戻る。以降は自分のための時間である。
「朝なら大丈夫」ときのうメッセージを送ったテシマヨーちゃんからは、7時15分に電話が入った。話は18分間も続いた。自分の経験が、誰かの役に立てば幸いである。
蔵、つまり製造現場は本日、大掃除を行う。本日分の商品を袋詰めし、一部は店に、一部は冷蔵庫に格納した11時より、その仕事は始まった。お盆が過ぎれば茗荷の買い入れ、それを追いかけるようにして、しその実の買い入れ。以降は行楽の季節へまっしぐら、というのが例年のならいではあった。今年の紅葉狩りの人出はどうなるだろう。
夜は、いただきものの洋総菜にて冷えた白ワインを飲み、21時に寝室に入る。
朝飯 獅子唐の網焼き鰹節かけ、黒大豆納豆、冷や奴、冷やしトマト、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と二十日大根の味噌汁
昼飯 「なめこのたまり炊」によるなめこおろしを添えた冷や麦
晩飯 「グルメやまなか」の鴨のサラダ、同じく鶏肉のベニエ、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.8.23(日) 朝露
家内の作り置いた常備菜が底を突いてきた。
何年も寮生活をし、その後はひとり暮らしをしたから料理はできる。しかしハムや野菜を炒めれば、レンジ周りに散った油を、いつもより入念に拭き取る必要が出てくる。魚を焼けば、その網を洗う仕事が発生する。よって自分ひとりの調理においては、熱を加えて作るものは、せいぜい味噌汁に限りたい。頼りになる食材は、納豆、玉子、そして豆腐である。
北千住の行きつけの飲み屋では、冷や奴に揚げ玉をのせる。それが気に入ったから、以降は僕も真似をするようになった。冷や奴には何と言っても「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」である。味噌を絞って作る「朝露」は、その製法により量産が利かず、頻繁に売り切れる。次の蔵出しは、週明けの火曜日になるらしい。
夜、日光街道を下りながら「やだなー」と思う。全然、暑くないのだ。気温は摂氏23、4度といったところだろうか。インドシナであれば、ダウンパーカを着る人も出てくる気温である。
飲酒活動から戻ってシャワーを浴び、寝台に横になる。ふと気になってiPhoneを取り上げると、思いがけず「今から電話をしてもかまわないか」というメッセージが勉強仲間のテシマヨーちゃんから入っていた。多分、僕が夕刻にSNSに書き込んだことについての、何か相談だろう。酒のまわった頭では、精密な話はできない。よって「明日の朝6時からなら大丈夫」と返信を送って即、就寝する。
朝飯 生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、生玉子、らっきょうのたまり漬、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、トマトと若布と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせで食べる冷や麦
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダ、チーズオムレツのカレーライス、ドライマーティニ、TIO PEPE
2020.8.22(土) 雨というよりも
10時30分、きのうの日記に書いた砂利を、隠居係のタカハシリツコさんと共に、ホームセンターの「カンセキ」まで受け取りに行く。持ち帰った量は15キログラム入りが10袋。それを、門の脇の小さな戸から、庭に運び入れる。これだけの量があっても、あたりに敷き広げれば、多分、砂利はたちまち底を突いてしまうだろう。雨の予報が出ているため、その前に能率を上げると、タカハシさんは僕に確約をした。
「雨の予報」とタカハシさんは言った。しかし15時30分のころから降り出したそれは、雨というよりも、驟雨というよりも、集中豪雨とでも呼ぶべきもののように思われた。僕は店の入口に立ち、クルマが入ってくるたび、クルマから出ようとされるお客様に傘を差しかけ、またクルマに戻ろうとされるお客様にも、おなじことをする。たとえ傘の下にいても、それを続けるうち、ズボンの裾と靴下はしとどに濡れた。
夏の強い雨は、せいぜい15分ほどで止む。しかし今日のそれは、勢いさえ弱まったものの、夜まで降り続いた。その雨の中に、18時45分に出て行く。そして道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に併設の「船村徹記念館」でときおり開かれるらしい、ニーベコースケさんによる「日光音盤アワー」の聴衆のひとりになる。
朝飯 若布と玉葱のおひたし、黒大豆納豆、冷や奴、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、缶詰の鯖と玉葱とピーマンの味噌汁
昼飯 茄子と乳茸の汁で食べる冷や麦
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの春雨サラダ、「えびたまのうえ」、ラーメン、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2020.8.21(金) Sentimental Journey
火曜日の日記にも書いたように、現在、家内は東京に1週間の出張をしている。よって今週末から来週月曜日にかけての「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、お休みになる。そしてこういうときに限ってなのかどうなのか、朝から予約の電話やメールを相次いでいただく。大変に申し訳ない。それらの方々には事務係のツブクユキさんと僕とで、丁寧にお詫びをした。
「隠居」が休業をしているあいだ、係のタカハシリツコさんは門の内側の、ともすれば雑草のはびこりやすいところに防草シートを敷き、その上に砂利を敷く。そのための砂利がホームセンターに届いたことを、午後、長男がメッセンジャーで報せてくる。次の営業日までには、その、門から池泉の橋にいたるあいだは、今以上に綺麗になっているだろう。
夕刻になって、朝にお断りをしたお客様から、来週のご予約をいただく。とても有り難いし、とても嬉しい。お客様には去りゆく夏を、「隠居」で存分に味わっていただきたい。
夜は外へ出て、中村紘子の「チャイコフスキー・コンクール」を読みつつカウンター活動をする。そのとき居酒屋に流れていたのは松本伊代の「センチメンタルジャーニー」。帰宅して入浴し、今度はグレン・グールドの「第五」をyoutubeで聴きながら寝る。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、冷や奴、「なめこのたまり炊」のなめこおろし、納豆、茄子と乳茸の炒りつけ、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 「和光」のお通しの三点盛り、ポテトサラダ、ホウセキダイの塩焼き、麦焼酎「吉四六」(オンザ日光の天然氷)
2020.8.20(木) Kind of Blue
むかし神保町で英国人に英会話を習っていた。クラスには銀座のおでん屋の娘がいた。彼女はやがて大きな土木建築会社に就職した。そしてあるとき「いまウチの会社で今市にダムを作っているの」と教えてくれた。「今市にそんな土地、あるわけないと思うけどなぁ」と僕は答えた。いま考えてみれば、それは1978年に着手された今市ダムに違いない。
このところ、早朝の仕事を終えると屋上に上がる。今朝は太陽の昇る東ばかりでなく、北の方にも目を遣ってみた。山のかなたから、巨大な鉄塔がいくつも連なっている。ダムは多分、その山の向こうにあるのだろう。
ひとりの夜も3日目になった。いつもより長く仕事場にいたこともあって「今日こそは外食だ」と決めた。しかしエレベータが4階に向かって上がっていくほんの短いあいだに「やっぱり家で飲もう」という気持ちになった。
簡単な肴を用意しながら、ひとり家飲みの良さはどこにあるか考えた。第一には、家と店とを往復する手間がかからない、ということが挙げられる。「ちょっと高けぇな」と感じられる食材を用いても外食よりは安く済む、ということもあるだろう。しかし自分には「寂しさの持つ楽しさが味わえる」というところがもっとも大きいような気がしている。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、冷や奴、ツル菜のおひたし、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と玉葱の味噌汁
昼飯 茄子と乳茸のつゆで食べる冷や麦
晩飯 豚のカレー煮、オイルサーディン、冷やしトマト、塩らっきょう「夏太郎」、ABSOLUT VODKA(ソーダ割り)
2020.8.19(水) 「嫌い」と言われれば仕方がない
朝の空の美しさは、日の出と共に失われる。しかしそれを境にして、今度は山が輝き始める。この朝の数時間があるから、僕は休みなく働き続けることができるのだ。
きのうの夕刻、仏壇から白菊を下げて処分した。暑さにより、生花は冬の3分の1ほどの日数しか保たない。そしてその代わりとして、妹の同級生が妹の祥月命日に送ってくれ、飾った後は保存しておいたプリザードフラワーを置く。
熱中症により亡くなる人の数を、テレビのニュースが盛んに報じている。今夏の都内の死者は100名超。「昼だけでなく夜間も冷房を適切に使用し…」と、アナウンサーや気象予報士は、日に何度も呼びかけている。
オフクロは若いころから冷暖房を嫌った。晩年はその傾向が更に強まった。「冷房は嫌いなんだよ」と言うから扇風機を買ってきたところ「扇風機も嫌いなんだよ」と、遂に使わなかった。「この調子では冬も厄介だ」と心配をしていたところ、冬が来る前に亡くなった。
「本当の梅雨明けは、実は今日ではなかったか」とこの日記に書いたのは今月11日のことだ。「梅雨明けからの10日間がもっとも晴れる」という同級生コバヤシヒロシ君の言葉を信じるならば、この暑さもそろそろ峠、という気はする。個人としては、太平洋の高気圧には、できるだけ長く居座って欲しいところではあるけれど。
朝飯 茄子と乳茸の炒りつけ、生玉子、ハムと玉葱のサラダ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とツル菜の味噌汁
昼飯 茄子と乳茸のつゆで食べる冷や麦
晩飯 冷やしトマト、塩らっきょう「夏太郎」、冷や奴、黒豆納豆、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2020.8.18(火) そうも言っていられない事情
お盆が過ぎて2日。今日は、明日からの、日本橋高島屋での出張販売のため、家内と長男は東京へ向かう。この催しに伴って、僕の早朝の仕事は昨日から、その始まりが1時間、前倒しをされた。これを終えて4階の食堂に上がれば、きのうの日記はきのうのうちに書けているから、今日は本を読む。音といえばせいぜい鳥の声くらいしか聞こえない朝の時間は貴重である。
午前、秋に改版するパンフレットの版下が事務机に置かれている。ディレクターがPDFで送ってきた第一稿を、紙に出力したものだ。そこに、僕の考えた文章を、できれば半分の長さにせよとのディレクターの指示が、長男の文字によりポストイットで貼られている。
この、好きな部類に入る仕事は静かな環境で行いたい。しかしそうも言っていられない事情がある。頻繁にかかる電話の受話器を取りながら「新聞記者のことを思えば贅沢は言えない」と考える。そして元の311文字を182文字にしたものと、176文字にしたもののふたつを連絡用のチャットワークに上げる。
夜は咳をしても一人にて、自分で整えたあれこれにより飲酒活動をし、早々に就寝する。
朝飯 納豆、隠元豆の胡麻和え、おから、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子の揚げ浸し、スクランブルドエッグ、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と揚げ湯波と茗荷の味噌汁
昼飯 茄子と乳茸のつゆで食べる冷や麦、「與平桃林堂」の水羊羹
晩飯 冷やしトマト、茄子の揚げびたし、缶詰の鯖とピーマンのマヨネーズ和え、木須肉飯、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2020.8.17(月) 涼風
目は既にして覚めていた。そこに、iPhoneに仕込んだアラーム、否、外来語はなるべく使いたくないから警報、しかしそれでは大げさだ、まぁ、目覚ましの音が鳴る。それに促されるようにして起床する。
食堂に出て遮光幕、いや、これはカーテンとしなければ通じづらい、それを巻き上げて思わず「おー、いいねぇ」と声が出る。東の空の低いところに月、すこし高いところに金星が明るく見えたからだ。はっきりしなかった昨日とは異なって、今日は晴れて暑くなるだろう。夏は、暑くなければいけない。
近年、列島のあちらこちらで気温が40度を超える。僕が子供のころは、30度ともなれば、天気予報の人はなにかと声を大きくした。それが今は40度である。とすれば50年後の最高気温は50度だろうか。夏は暑くあるべきとは思うけれど、また過ぎたるは及ばざるがごとし、である。
製造現場での、早朝の仕事を終えて屋上に上がる。そこには山々からの、涼しい風が吹いていた。なぜ朝が好きかといえば、旅に出るため空港へ向かいつつあるときとおなじ気持ちになれるからだ。だったら夕刻には旅を終えるときの寂しさがつきまとうかといえば、それは無い。メシと酒が待ってるのだから、夕刻は夕刻で嬉しいのだ。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生玉子、納豆、茄子と乳茸の炒りつけ、らっきょうのたまり漬、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、缶詰の鯖とツル菜と玉葱の味噌汁
昼飯 数日前の夜のおかずを流用した弁当、桃のゼリー
晩飯 ペンネアラビアータ、4種の野菜のサラダ、ピッツァ其の一、ピッツァ其の二、Petit Chablis Billaud Simon 2016、メロン
2020.8.16(日) 送り盆
これでお墓に通うのも4日目になる。花立ての水を換えるためだ。その水遣りのせいか、花は何とか保っている。それでも、明日は綺麗さっぱり片付けてしまおうと思う。
「渋滞に閉ざされて昼食の機会を失っては気の毒だ」と、店ではおととい、きのう、今日と、たまり漬を使ったサンドイッチをご用意した。社員に任せているからその製造数は知らないけれど、3日とも同じ数をお作りしたという。今日はお盆休みの最終日で、お客様の引けは早いだろう。とすればお客様には、より積極的にお声がけをする必要がある。
昼すぎに確かめたところによれば、今日は3日間でもっとも早く、サンドイッチは売り切れたという。「だったらおとといもきのうも、今日とおなじくらい頑張っていれば、もっと売れただろう」と考えるのが日本の経営者だ。そういう考え方が良いのか悪いのかは分からない。
ウチはお盆の「お迎え」は、13日の日記に書いたように、提灯を提げてお墓まで出向く。しかし送り盆は「簡単にしちゃうの」と言ったおばあちゃんの時代から今に至るまで、ホオズキなどの仏壇の飾りを玄関の前で焼いて、それで済ませる。この行いの中には、寂しさとサッパリ感が、うすく同居をしている。何かを失うときに特有の感情である。
お墓に通うのが4日目なら、透明で強い酒をソーダで割って飲むのも4日目になる。そして明日に備えて早々に寝る。
朝飯 刻みオクラの鰹節かけ、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子と乳茸の炒りつけ、らっきょうのたまり漬、柴漬け、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 会社支給の「琥侍」のホルモン野菜炒め弁当
晩飯 夏野菜と鶏笹身肉のぶっかけ素麺、ABSOLUT VODKA(ソーダ割り)、“le brun”の杏のタルト、Old Parr(生)
2020.8.15(土) 深く感じ入る
3時47分、東の空に金星、その上に旧暦6月26日の月が見えている。今日も晴れるだろう、そして暑くなるだろう。地元の人たちはその暑さに気息奄々でも、おととい東京に出張した長男によれば、日光は段違いのしのぎやすさだという。
午後から急に忙しくなったきのうとは異なって、今日は朝から、というか開店前のお客様をお待たせすることなくご案内して以降も、ほぼ途切れることなくお客様が続く。こういう日は得てして引きが早い。お盆休みを1日のこしての、今日はUターン日なのだろうか。
昼ごろ店にいるところに「隠居の残席は個室の杉の間のみ」という情報が伝わってくる。予約が1件も入っていなかった今朝は心配をしたものの、本店を通さず直に隠居へいらっしゃったお客様が複数、いらっしゃったのだろう。
15時すぎに道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行くと、一部の商品には売り切れが発生し、他にもほとんど空、という棚があった。係の人が忙しく動きまわるあいだに、一気に品薄になったものと思われる。即、午前に納めた品を、業者専用の冷蔵庫から売り場に運ぶ。
隠居から戻った家内によれば、本日、もっとも大きな卓に着かれたお客様は、小学校から中学校にかけての3名のお子様を含むご家族5名様だったという。今年の夏休みはとても短い。その貴重な旅行の食事に、一聞したのみの「汁飯香」をお選びくださった、その勇気というか見識には、深く感じ入らざるを得ない。
ところで「こういう日は得てしてお客様の引きが早い」という朝の予想はくつがえされた。お客様は、閉店の17時30分を過ぎても続々と入っていらっしゃった。金銭登録機を締めつつあるときの売り上げは、後の計算が複雑になる。明日は現金と登録金額の差額の算出から、事務仕事を始めることになるだろう。
朝飯 納豆と生玉子と刻みオクラのグジャグジャ混ぜ、らっきょうのたまり漬、メシ、缶詰の鯖と三つ葉の味噌汁
昼飯 会社支給の「カルフールキッチン」のチキン南蛮弁当
晩飯 冷やしトマト、胡瓜とエノキダケの酢の物、南瓜の煮付け、ハンバーグステーキ、柴漬け、ABSOLUT VODKA(ソーダ割り)、孫の食べ残した梨
2020.8.14(金) 新発見
朝に特有の繁忙により、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への納品は9時直前になった。その売場に商品を並べ終える前に、続々とお客様が入っていらっしゃる。そして「あ、あったあった、これこれ」と、真っ先に「らっきょうのたまり漬」を買い物カゴに入れてくださる方がいらっしゃった。とても有り難い。
午前のうちに着替えをして革靴を履き、ホンダフィットの運転席に着く。日光街道や会津西街道は渋滞をしている。そのクルマの列を迂回しながら、あるいはそのあいだを縫うようにして、初盆のお宅に伺う。
映画「お葬式」で主人公の侘助は、お葬式のマニュアルビデオを観て、そこに幾つか紹介される中から遺族代表としての挨拶を選ぶ。僕は、初盆のお宅に伺ったときの挨拶についてはひとつ知っている。しかしそれは、地域を限定されるものかも知れない。
道の駅への、午後一番の納品のついでにホンダフィットを如来寺の駐車場に回し、お墓へ行く。そして花立ての、底ちかくまで減って熱くなっている水を捨て、新しく冷たい水を満たす。水を毎日かえたとしても、炎天下の花は、数日で処分をすることになるだろう。
銀行から戻った14時45分より店に手伝いに入る。給茶器に取り付けられた紙コップが、半分ほどに減ったまま補充をされていない。繁忙が数十分ほども続いていることを、それは示している。
気づくと時刻は16時30分。明日に蔵出しをする商品の数は、僕と包装係とで16時に決めることにしている。係のタカクコータロー君は多分、接客中の僕に声をかける機会を得ないまま蔵に戻ったに違いない。17時を過ぎてから蔵へ行く。そして諸々のことを頼み、頼まれて事務室に戻る。当たり前のことながら、社内のすべての人員はマスクをしている。まるでマラソン選手の高地トレーニングである。
「綿のように疲れるとは、こういうことか」と、閉店時に思う。夕食はカレーライスだったから、まるで流動食のように摂ることができて助かった。ワインを飲む力は残っていない。しかしウォッカのソーダ割りなら飲みたい気持ちがあった。新発見、である。
朝飯 生のトマト、茄子と乳茸の炒りつけ、納豆、大根おろし、ベーコンエッグ、らっきょうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とツル菜の味噌汁
昼飯 会社支給の「鳥よし」の焼き鳥弁当
晩飯 トマトとレタスのサラダ、カレーライス、らっきょうと胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、ABSOLUT VODKA(ソーダ割り)
2020.8.13(木) お迎え
8月13日の朝は、先ず墓参りだ。春や秋のお彼岸の墓参りには、販売係や事務係が仕事場に着いたところを見計らって出かける。しかし今日から16日まではお盆の限定商品などがあり、販売係はその準備に余念がない。事務係は今日は1名のみの出勤で、中々に忙しい。そういう次第にて、お墓には10時を過ぎたころにようやく行けた。来年は、朝の5時半や6時に出かける必要があるだろう。
お客様が渋滞の車内でお召し上がりになれるよう、販売係のオバタタキコさんは、朝一番で、たまり漬を用いたサンドイッチを調整した。それを僕も買って、昼に食べてみる。試食とダメ出しをしつこく繰り返したことにより、それは恥ずかしくない味に仕上がっていた。明日もまた、お客様には積極的にお声がけをしよう。
午後の時計が進むにつれて、お釣りに用いる1,000円札の在庫が減っていく。コロナ騒ぎによる緊急事態宣言が発令されて以降は、釣り銭の量を減らしていた。5月や9月の連休、あるいは年末年始とは異なって、お盆の銀行は通常どおり動いている。よってすこし甘く見ていたが、油断は禁物のようだ。
お墓から仏壇までの迎え火は、長男と嫁と孫がしてくれた。閉店後のミーティングは短めにして、皆には早く帰って休むよう言う。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、オクラのおひたし、スペイン風目玉焼き、らっきょうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とツル菜の味噌汁
昼飯 「らっきょうのたまり漬」と「きゅうりのたまり漬」を用いたサンドイッチ、コーヒー
晩飯 冷やしトマト、南瓜の煮付け、胡瓜のナムル風、らっきょうのぬか漬け、麻婆豆腐、木須肉、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)
2020.8.12(水) 火を点ける前に確かめろ
アメリカの田舎にある爬虫類だか両生類だかの研究所の食堂に、ふたつの学校をまたいで同級生が集まっている。午後の日はいまだ高いものの、これから宴会が始まろうとしている。僕はその同窓会に臨んで何やらスピーチをしている。夢から覚めると時刻は3時08分。上々の、1日の滑り出しである。
いまだ暗い応接間に明かりを点し、仏壇の掃除を始める。その仕事は36分間で完了した。ひと息をついて、食堂のテーブルできのうの日記を完成させる。更に今日の日記のここまでを書いてから、製造現場に降りる。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」が開店する9時前に、売場に商品を納める。そのままホンダフィットを如来寺の駐車場に回す。叔母が頼んだイッコちゃんの仕事により、雑草はすべて取り除かれていた。僕がしたことといえば、固く絞った濡れタオルで墓石やそのまわりを拭いたのみである。
午後、仏壇の線香立てを外に出して、その灰をふるいに掛ける。この行いをしながら、いつも思い出すことがある。
2015年9月27日、僕は黄金の三角地帯にほど近いパクラ村にいた。その日は家内の母親の祥月命日に当たっていた。僕はカレン人のシームンに頼み、村の寺に案内をしてもらった。蝋燭に火を点し、線香に火を点ける。それを仏前に供えようとしてはじめて、線香立ての灰の、ひどく固いことに気づいた。竹串に線香の成分を塗り固めたタイの線香は差し込めても、日本の線香は歯が立たないのだ。慌てた僕は空いた左手で灰をほぐし、何とか線香を立てた。
ふるいに掛けたばかりの灰は、おどろくほど柔らかい。明日は迎え盆である。
朝飯 オクラのおひたし、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、牛蒡と人参のきんぴら、筑前煮、大根おろし、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトとツル菜の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 冷やしトマト、じゃがいもの煮転がし、大根と胡瓜のぬか漬け、「正嗣の餃子」の水餃子、麦焼酎「むぎっちょ」(オンザロックス)、「みしまや」の人形焼き、Old Parr(生)
2020.8.11(火) 本当の梅雨明け
きのうの夜に目を閉じてから数分しか経っていないような感覚と共に目を覚ます。それはつまり熟睡をした、ということなのだろうか。時刻は4時38分。僕にとっては寝過ごしに近い。飛び起きて花と水とお茶と線香を仏壇に供えてから、いつものように蔵に入る。半袖のシャツ1枚で歩き回れる今の気温は本当に有り難い。冬が嫌いなのではない、服を重ねて着ることが嫌いなのだ。
ひと仕事を終えて、屋上に上がってみる。四方の空はよく晴れて、涼しい風が吹いている。湿度がもう少し下がれば、山は、より綺麗に見えるだろう。
昼食を終えて仕事場に戻ろうとしている14時20分に、驟雨が訪れる。雨の粒は間もなく強い風に煽られて、まるで広重の「庄野白雨」のように、斜めに激しく落ちはじめた。
急いでエレベータに乗り込み、店に降りる。消毒用のアルコールなどを載せて外に出したテーブルも、また暖簾も、いち早く屋内に取り込まれていた。外を呆然と眺めるばかりのお客様には「すぐに止みますから」と、お声がけをする。
「梅雨はカミナリに始まり、カミナリに終わる」と、ウチの方では言われている。しかし今年はそのカミナリを聞かないまま、8月1日に梅雨明けが宣言された。本当の梅雨明けは、実は今日ではなかったか。とすれば今月6日に書いた「梅雨明け十日」は、これからの10日間、ということになる。
雨は30分後にからりと上がり、地面はいつの間にか乾いた。どこまでも青い空に巨大な入道雲の立ちのぼる、真性の夏を、僕は待ち望んでいる。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、オクラのおひたし、茄子とパプリカの揚げびたし、菠薐草のおひたし、昆布の佃煮、胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、若布とツル菜の味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 枝豆、うずら豆、茄子とパプリカの揚げびたし肉味噌ぞえ、素麺、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)、メロン
2020.8.10(月) 日光ごはん良し
本日の「汁飯香の店 隠居うわさわ」の予約状況を見ると、開店の8時30分から10時のあいだのみ1室の空きがある。そのことを、朝礼の際に皆に伝える。当日のお客様を店頭で気軽に承って、隠居にご案内したら席が無い、という不首尾を避けるためだ。
「もしかして、隠居、2名様、大丈夫でしょうか」と、12時30分に販売主任のハセガワタツヤ君が事務室に顔を出す。念のため隠居に電話を入れてみる。予約表の通り、席は空いていなかった。僕はそのお客様に手を合わせて謝り、次の機会に、と言葉を添える。
後に家内に聞いたところによれば、フリのお客様が13時36分にいらっしゃったものの、ラストオーダーは12時30分、閉店は14時のため、残念ながらお断りをしたという。
お茶の水の「エクセルシオールカフェ」や、池袋ビックカメラ本店裏の「もつ焼き男体山」には、大きなテーブルがある。そういう席に着き、知らない人と隣りあって飲み食いをすることが僕は好きだ。しかし「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、また別の形態の飲食店である。土、日、月の朝から14時までなら0288-25-5844(日光ごはん良し)へ、それ以外のときは0288-21-0002まで、予約の電話をいただければ幸いです。
朝飯 二十日大根のサラダ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子とパプリカと獅子唐の揚げびたし、筑前煮、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、揚げ湯波とオクラの味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2020.8.9(日) 豚の鼻を撫でる
「おたくのちかくに綺麗な青い花が咲いてますよ」と、人に声をかけられる。花は、いま立っている足元や、視線の先にあるものを愛でることはする。しかしわざわざ見物に行くことはしない。しかし人の勧めを無視することには罪悪感が伴う。よって気は進まないながら、その場所へ行ってみる。
凱旋門を小学校の校門ほどに縮めた感じのものが、行く手を阻んでいる。その向こうには、天然氷を作るための場所、つまりコンクリート製の、浅いプール状のものが広がっている。その正方形の一辺は、25メートルほどのものだろうか。そしてその、門のある正面を除く三辺に沿うようにして、背の高い植物が重なり合って育っている。
「青い花」と聞いてはいたが、花は、実際には濃い紫だった。その色は葉陰の深緑と重なり合って、遠目には良く見えない。そして、特に綺麗とも思われない。
離島にある、サッカーの強豪校の入学試験を受けている。受験生は4人。筆記試験、作文に続いてサッカー部の部長の面接を受ける。4人のうちひとりは監督の質問が難しかったか、考えることに疲れて眠ってしまった。
僕はサッカーのユニフォームを着てグランドにいる。部員たちのサッカーシューズの先端には、長さ20センチほどの、金属製の鋭い突起が取り付けられている。自分がこの部の中で、選手として生き残っていけるとは、僕はとうてい考えていない。
濡れた洗濯物を背中にうずたかく積み上げた豚を伴って、女の人が歩いてくる。豚の鼻先を撫でたい気持ちが僕にはある。しかし豚が暴れ、洗濯物が地面に振り落とされるようなことがあっては一大事だから、遠くから眺めるだけに留めておく。
目を覚まして枕の下からiPhoneを引き出す。時刻は3時28分。鳥はいまだ、啼き始めていない。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、炒り豆腐、筑前煮、らっきょうのたまり漬、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、二十日大根の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 蛸とトマトのリゾット、茄子とピーマンと鮪のソテー、Petit Chablis Billaud Simon 2016、桃の紅茶煮の杏仁豆腐
2020.8.8(土) それもたまにはいいけれど
店舗に向かって右に掛けられている季節の書は、初夏には「萬緑」、盛夏には「氷水」、晩夏には「鬼灯」と、時期に従って換えられていく。しかし今年は7月の末まで梅雨寒が続き、1週間後の8月7日は早くも立秋。そのようなわけで「氷水」は遂に、日の目を見なかった。いま当該の場所には、きのう販売係のハセガワタツヤ君とササキユータ君の掛けた「鬼灯」がある。
鬼灯と聞けば、子供のころは、中の種を柔らかくしようと揉んでいる最中に必ず破れるそれを思い出した。今なら仏壇の、お盆の飾りが真っ先に浮かぶ。その飾りは、今年はいつ付けるのだろう。僕の担当は仏壇の内外すべての掃除と線香立ての整備である。
ところでおとといの日記に「夏は、梅雨明けからの10日間がもっとも晴れる」と書いた。しかし「隠居」の撮影が行われた5日と6日を除けば曇りの日が続いている。そして今日は「秋雨前線が…」というような声が、テレビから聞こえてきた。「ホントかよ」である。
今年のらっきょうは幸いなことに、その大産地である九州南部を大雨が襲う前に収穫を終えていた。しかし紀州の梅は、春先からの低気温にさいなまれて、収穫量は例年の半分だったという。ここで一気に秋になれば、一体全体、米はどうなるか。ブリオッシュで1年は過ごせないだろう、どう考えても。
朝飯 牛肉と「しいたけのたまり炊」のすき焼き風、炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、蓮根のきんぴら、生のトマト、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と絹さやの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの冷や奴、皮蛋、焼叉、餡かけ炒飯、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2020.8.7(金) 言うまでもない
オヤジは、こと旅においては多動症の気味があったと、以前、この日記のどこかに書いた。「香港なんてひと晩で飽きる」と、台北、香港、ソウルに各1泊ずつ、という旅を平気でしていた。しかし齢を重ねて後は、ソウルにのみ行くことが増えたような気がする。そして朝鮮の焼き物をすこしずつ持ち帰り、玄関の、韓国製の低い箪笥に集めた。
何年前のことだったか、玄関の床を貼り替えることになった。先ずは箪笥の中から焼き物をとりだし、複数の箱に収めて安全な場所に移した。箪笥は、幅2尺ほどのもの2棹、おなじく2尺半ほどのもの2棹を組み合わせたもので、2階の倉庫に仮置きした。
床の普請は数日で完了した。そして元のように箪笥を並べ、しかし焼き物を戻すことはしなかった。面倒だったのだ。
何年か経って、それらの焼き物が気になってきた。段ボールの箱は、たしか玄関の奥の階段室に置いたはずだ。しかしそこに箱は見つからない。だったら2階の倉庫だろう。そう踏んで探したものの、そこにも見あたらなかった。このような「神隠し」を、僕はこれまで何度も経験している。まったくもって不思議なことだ。
更に何年かを経た数日前に、その箱があったと、家内が言ってきた。場所は、4階のエレベータを降りた真正面の部屋だった。即、そのふたつの箱を玄関に降ろし、中のものを箪笥に収めたことは言うまでもない。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、納豆、茄子と獅子唐の味噌炒り、鰆の「日光味噌梅太郎白味噌」漬け焼き、菠薐草のおひたし、らっきょうのたまり漬、胡瓜と人参のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と菠薐草の味噌汁
昼飯 冷やし中華
晩飯 トマトのサラダ、何日か前に残したおかずによるスパゲティ、チーズのオーブン焼き、Petit Chablis Billaud Simon 2016
2020.8.6(木) 梅雨明け十日
「汁飯香の店 隠居うわさわ」の撮影には、きのうと今日が充てられている。この両日を選んだにはわけがある。
ある夏休み、同級生のコバヤシヒロシ君から予期せず、野尻湖畔の別荘に誘われた。その別荘は、第二次世界大戦が近づくころ、故国へ帰る外国人からコバヤシ君の家が譲り受けたものとのことだった。
その日、コバヤシ君は先ず、江古田の家から僕の家まで電車で来た。そして1泊の後、当時、僕の乗っていた、1966年製のフォルクスワーゲンで北を目指した。
「毒ガス発生中」と注意書きのあった山道は、どこだっただろう。兎に角、軽自動車にさえ追い抜かれる力のない古いクルマで、我々は8時間もかけて長野県の最北部に辿り着いた。
コバヤシ君の家の別荘は、いよいよ混雑し始めた軽井沢から新天地を求めるようにして西洋人が集った「国際村」の「23番」にあった。その区画は、いま野尻湖ホテルの建つ高台を除けば、湖畔で最も魅力的な場所のように思われた。
以降、僕は毎年、暑くなるのを待ちかねるようにして、古色蒼然とした木造の「23番」に通った。そのころコバヤシ君は「夏は、梅雨明けからの10日間がもっとも晴れる」と言っていた。
「隠居」の撮影日としてきのうと今日を充てたのは正解だった。両日とも晴れて、撮影は滞りなく進んだ。「汁飯香の店 隠居うわさわ」のページの充実が、楽しみでならない。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、なめこのたまり炊の玉子とじ、炒り豆腐、菠薐草と椎茸の胡麻和え、らっきょうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の冷やし中華
晩飯 炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、筑前煮、獅子唐の天麩羅を添えた鮭のカマ焼き、大根と胡瓜のぬか漬け、「渡邉佐平商店」の「純米地酒焼酎」(ソーダ割り)、あんみつ、Old Parr(生)
2020.8.5(水) 着々と
きのう、おとといの日記に書いたようなわけで、隠居では本職の3人により撮影が行われているだろう。「だろう」と人ごとのように書くには理由がある。新しい受注方法につき、その仕組みを開発した会社から連日、事務係のカワタユキさんは電話で使い方を教わっている。事務係は他にツブクユキさんもいるけれど、僕もまた事務仕事を手伝うのだ。
そうして待機をしているところに「いつから茗荷を買ってくれるのか、その知らせが無いから心配をしている」と、女の人から電話が入る。たまり漬の原材料となる茗荷は、毎年お盆を過ぎると買い始める。そしてそれを報せるハガキはお盆の直前に投函する。しかし今しがたの電話を受けて「他にもそわそわしている農家があるかも知れない」と、即、ハガキの準備に取りかかる。
茗荷としその実を買い入れる時期は、先日の場長会議で決めていた。案内の文章も、既にしてできている。ハガキの購入、本文の印刷、宛名の印刷、投函と、すべてひとりでこなす。これくらいのことなら僕もひとりでできるのだ。
午後も半ばを過ぎるころ、仕事の合間を見計らって隠居へ行ってみる。撮影は香盤表にしたがって、着々と進められていた。
朝飯 蓮根のきんぴら、炒り豆腐、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、生のトマト、メシ、トマトとピーマンの味噌汁
昼飯 「報徳庵」の湯波の刺身、とろろ蕎麦
晩飯 「和光」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「吉四六」(オンザ日光の天然氷)
2020.8.4(火) とても涼しい
「好き」と「快」、「嫌い」と「不快」は、かならずしも等号で結ばれない。四季の中で最も好きなのは夏だ。しかし今朝は、30分ほど肉体を使って働きながら、夏の不快さを思い知った。蒸し暑さは嫌いではない。ただしそれは、遊んでいるときに限られるらしい。
アンコールワットでは、気温35度、湿度90パーセントの環境で、連日15キロを歩いた。ある日の最後に訪れたのはプノン・バケンで、それは小高い丘の上にあった。高いところは好きだから、僕は急く気持ちを抑えながら密林の赤土を踏んだ。そして丘の上に出ると、更に遺跡の第五層までよじ登った。不思議なことに、遊んでいるときの蒸し暑さは気にならないのだ。
きのうの日記に書いたデザイナーとカメラマンは、明早朝からの撮影に備えて夕刻に到着した。終業後、その3名を、JR通りの旅館「熱海館」へ迎えに行く。居酒屋の「和光」は入口の引き戸から小上がりの窓まで開放されていて、とても涼しい。
朝飯 炒り豆腐、オクラのおひたし、茄子の揚げびたし、納豆、菠薐草のおひたし、蓮根のきんぴら、胡瓜のぬか漬け、メシ、若布とズッキーニと万能葱の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「和光」のあれや、これや、それや。他あれこれ。麦焼酎「吉四六」(オンザ日光の天然氷)
2020.8.3(月) 不思議なこと
「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、上澤梅太郎商店が運営する朝食の専門店だ。このウェブページには多く、僕や長男による写真が使われてきた。これを玄人によるものに一新すべく、明後日よりデザイナーやカメラマンが入る。
デザイナーからは数日前に、香盤表が送られてきた。それを元にして、きのうは家内や長男と共に、作るべき料理を逐一、挙げてみた。撮影日には、調理係の家内は「隠居」の営業日より忙しくなるかも知れない。
そして今日は「隠居」の座敷のしつらえについて、やはり家内や長男と、現場にてあれこれ考える。もっとも目立つところは、やはり床の間だろう。
そういう次第にて「隠居うわさわ」のお客様がお帰りになった14時30分より、母屋からあれこれの絵を長男と隠居に運ぶ。そしてそれらを代わる代わる床の間に置きながら、ためつすがめつする。その最中に、ある絵について「線が細い。面白みも無い」と僕が評したところで家内の笑いが止まらなくなった。「シロートがしたり顔で何を生意気言うか」という、それは笑いだろう。
母屋から持ち来た絵の中に、3人が3人とも、否定的に考えていた1枚があった。それもまた、他の絵と同じように、先ずは床の間に置いてみる。意外や悪くない。次は、しかるべき高さに掛けてみる。するとそれは以前よりそこにあることが必然だったように、床の間に収まった。
今日の午後までは、母屋の廊下のどん詰まり、便所の戸の脇に立てかけられて不遇を託ってきた絵だった。それがいきなり端然と臈長けて、おのれの位置を占めてしまった。不思議なことも、あるものである。
朝飯 炒り豆腐、茄子と獅子唐の味噌炒り、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、胡瓜と人参のぬか漬け、発芽ニンニクの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 トマトとレタスと黒オリーブのサラダ、パン、鶏レバとマッシュルームのコンフィ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、ケーキ、Old Parr(生)
2020.8.2(日) 日記の405文字は理想の長さ
起きて食堂に出ると、先ずは既にして完成しているおとといの日記を「公開」する。次に、きのうの日記を書く。しかし8月1日の日記は例外的に、きのうの朝のうちに書けてしまった。よって今朝は本を読む。
2018年の秋に、三焦点レンズを目に入れた。そのお陰でメガネは必要なくなった。しかし早朝の外光と天井の明かりだけでは、小さな文字は読む気がしない。本棚から食堂に持ち来た本は、他にくらべて文字が大きく、印刷も明瞭と記憶していたものだ。そしてこれを数十ページをどもこなして後は、朝食の準備に取りかかる。
正確には覚えていないものの、日中、会社と道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のあいだを7回か8回ほども往復する。売場には作りたての商品を置きたいこと、もうひとつ、今日はいわゆる「大人買い」のお客様がいらっしゃり、売り切れの連絡が現場から入ったことによる。
その、会社と道の駅との往復の最中に買った夏の野菜にて、夜は焼酎のソーダ割りを飲む。
朝飯 茄子と獅子唐の味噌炒り、蓮根のきんぴら、炒り豆腐、胡瓜と人参のぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 菠薐草のおひたし、万願寺唐辛子の網焼き、冷やしトマト、塩らっきょう、焼き鮭、麦焼酎「むぎっちょ」(ソーダ割り)、納豆、「渡邉佐平商店」の「純米地酒焼酎」(お湯割り)
2020.8.1(土) 今日は暑くなる
寝室から洗面所を経由して食堂に出る。カーテンを巻き上げながら、東の空にひときわ明るい、黄色みを帯びた星が目に飛び込んでくる。「おー、すばらしー、なんて星だ、金星か」と、思わず声が漏れる。時刻は3時28分だった。
むかし「オンラインボトル」というものを考えた人がいた。たとえば六本木の店でボトルを入れる。出張などでこれまたたとえば博多の系列店へ行く、すると、六本木で入れたボトルの残量が分かるようになっている。そして六本木と同じように、これを楽しむことができる。
なかなかの妙案に思われたが、この仕掛けはそれほど流行らず、そのうち消えてしまった。その理由は何だろう。
コロナ騒ぎのあおりを受けて、ライン上での飲み会というものができた。僕は、夜は静かにしていたい。そして早く寝たい。きのうは20時前に寝室に入った。そのお陰による、明けの明星、である。
朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、8時30分の開店にあわせて、ホッピー先輩がご家族と来てくださる。ホッピー先輩とは、この日記を通じて知り合った。そして十数年を経た2013年の秋に、先輩の勤務先である東京大学の構内ではじめて顔を合わせた。
隠居の席にお着きになったホッピー先輩とご家族の目の前には、梅雨明けを思わせる、緑したたる庭が広がっている。「東京物語」の笠智衆ではないけれど、今日は暑くなるだろう。
朝飯 ハムと玉葱のサラダ、納豆、ピーマンと人参の炒り煮、生のトマト、柴漬けのしその葉、らっきょうのぬか漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 モッツァレラチーズのオーブン焼き、ブロッコリーと発芽ニンニクのソテーを添えたビーフステーキ、Furano Wine Zweigeltrebe 2000





































































































































