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清閑 PERSONAL DIARY

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2024.1.31(水) 凍死は避けるべし

きのうに続いて2時台の起床。洗面を済ませて食堂に出る。時刻は2時55分だった。

2月2日の町内役員の集まりは、徒歩で行くにはすこし遠いところで開かれる。待ち合わせは町内にあるタクシー会社の前にしようか、しかし人数に見合った台数は確保できるだろうか、そんなことを町内役員のグループラインに書きかけて止める。僕のようにLINEの着信音を消している人ばかりでもないだろう。3時5分に枕元で妙な音を鳴らしても申し訳ない。入力したばかりの文字を後ろから消してiPhoneを置く。

日光市内のタクシー会社は、おしなべて合理化の一途を辿っているような気がする。東武日光線下今市駅前のタクシーの営業所は何年も前に無くなった。町内のタクシー会社も配車係は置かなくなった。日光市でも僕の住む今市地区は観光地ではないからタクシーは内需型と思われる。人口が減り、家計が緊縮型になり、「コロナ」を契機として夜遊びが流行らなくなれば、タクシーも減るだろう。

それに対して旧日光市は観光地だ。タクシーは内需型でもない。しかしこちらのタクシー会社も合理化を進めている。以前のように遅くまでは営業していない。いまの時期に浅草から乗った東武線を終点の日光まで乗り過ごせば、そしてそれが夜であれば、凍死も覚悟しなくてはならない。

ライドシェアにタクシー会社が反対をすることは分かる。しかし需要が飽和したときや、タクシー会社が営業をしていない時間帯のみ有効になるライドシェアなら考える余地もあるのではないか。

と、ここでふと気づいて東武日光駅からの最終の上りを調べると22:30発だった。つまりそれより前に着く下りに乗れば、終点の東武日光まで乗り過ごしても帰りの足はある、ということだ。その列車は浅草19:59発、東武日光21:51着の特急リバティけごん49号と、乗り換え案内には出た。酒飲みは特に、要注意である。


朝飯 人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、油揚げと長葱の醤油炒め、南瓜の甘煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、スクランブルドエッグ、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ茹でたブロッコリーとじゃがいもと人参の細切り炒めとたまり漬によるソースを添えたビーフステーキCLOS DU MAROUIS 1986ドーナツ、Old Parr(生)


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2024.1.30(火) UWASAWA’S BREAKFAST

きのうは夕食の前に入浴をし、20時に寝室に入った。その甲斐があって、今朝は2時台のなかばに目が覚めた。しばらくして時刻を確かめると2時47分になっている。ぐずぐずすれば60分や90分はすぐに経ってしまう。起床して食堂に出ると、棚の時計は2時54分を指していた。

TikTokのフォロワーが1日に500人ほども増えたことがある。きのうおとといはそこまではいかないものの、フォロワーが300人ほど増えて4万8千人になった。「梅太郎」のフォロワーの、国別の構成は知らない。しばらく前まではアラビア語のアカウントが目立った。今朝、フォロワーを下へ下へとスクロールしていくと、スペイン語あるいはポルトガル語と思われるアカウントが延々と続いている。イベリア半島に住む人なのか、フィリピンに住む人なのか、中南米に住む人なのかは分からない。プロフィールの説明には”UWASAWA’S BREAKFAST”などの英文も加えるべきだろうか

日曜日からの社員との面談は、今日も続いている。長男は10時よりトヨタハイエースに荷物を積み始めた。日本橋高島屋地下1階で明日より催される「老舗の人気店特集」に1週間の出張をするのだ。その出発を見送らないまま4階の食堂にコンピュータを運び、3月2日より営業を再開する「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、案内ハガキのお送り先を特定する


朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、スペイン風目玉焼き、納豆、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」。ごぼうのたまり漬、メシ、大根と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 かまぼこ、めかぶの酢の物、白菜漬け、キムチ鍋、「渡邊佐平商店」の「日光譽雄町純米吟醸」(冷や)


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2024.1.29(月) 悩ましい限り

「ことによると4月の後半には南の国へ行けるのではないか」ときのうの日記に書いた。昨年はやはり4月にタイへ行った。その月の日記を見ていくと、海外への旅行は4月は避けるべしとあった。4月には総鎮守瀧尾神社の例大祭が催される。僕には町内と神社の役員としてすべきことがある。それを乗り越えると、今後は町内の決算書の作成と総会が控えている。

町内の昨年度の金銭出納帳によれば、3月末の残金を元に営繕積立金の額を自治会長と決めたり、あるいは通帳から自動引き落としされた1年分の電気代を現金から充当したり、ということを4月に入ってからしていた。今年の例大祭は4月13日と14日。それまでに決算書を完成させ、会計監査に判をもらえばどうにかなるだろうか。しかし同月の17日には取引先との面談が予定されている。

2018年3月にフアヒンのホテルで日程を訊かれて「ここに3日、バンコクに4日」と答えたら「随分と短いご旅行ですね」と驚かれた。そのホテルには「2週間ほども滞在している」と話すドイツ人がいた。2019年3月のバンコクでは「7週間の予定でインドシナを回っている」という、やはりドイツ人に声をかけられた。弾丸旅行ならしない方がマシ、というたちである。何とも悩ましい限りである。


朝飯 菠薐草のおひたし、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、豆腐の玉子とじ、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ブロッコリーとゆで玉子のサラダ、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、油揚げと長葱の醤油炒め、白菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、鮭の味噌焼き、「白瀧酒造」の「上善如水純米吟醸」(冷や)、クッキー、Old Parr(生)


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2024.1.28(日) 宿題と計画

きのう終業後に作成した給与辞令は、給与明細と共に家内が社員各自への封筒に収めた。今日はそれを社員ひとりひとりに手渡しつつ面談を行う。週末の店は平日よりよほど忙しいものの、今日と明日を面談に充てなければ後の日程が苦しくなる。仕事は粛々と進めるのみである。その面談の最中には経営者側にもいろいろと宿題が発生する。それもまた、順々にこなしていくことになるだろう。

事務机の左に提げたカレンダーにはボールペンによる書き込みがある。そのうち仕事に関してのことはピンク色の、仕事ではないものの他者も関係することは黄色の、個人のことは緑色の蛍光マーカーでなぞってある。そのうち黄色のマーカーでなぞったお金の計算がようよう整った。理解しやすい形の表も作った。関係者には2月のはじめにも、これを配ることができるだろう。

それはさておき今日の面談が完了した直後に、ことによると4月の後半には南の国へ行けるのではないか、という気がしてきた。早速、計画を練ることにしよう。


朝飯 生のトマトと茹でたブロッコリー、目玉焼き、蓮根のきんぴら、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とブロッコリーの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ポテトサラダカレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、チョコレートケーキといちごOld Parr(お湯割り)


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2024.1.27(土) 給与辞令

必要があって、この日記に「池田弥三郎」で検索をかけてみた。そうしたところ、2006年2月、つまり18年前に作ったページに行き当たった。そこには2005年に読んだ本として、彼による「私の食物誌」を含む50冊が月別に並べられていた

活字中毒は今も変わらない。しかし現在は、少なくとも家にいるあいだは活字は主にブラウザで読む。紙に印刷されたそれは、公共の交通機関を使ってでどこかに出かけるときにしか読まない。このことにより、月にこなす本はせいぜい1冊になった。

2005年当時のインターネットの速度は、それほど高くなかった。スマートフォンも存在しなかった。現在はTikTokなどの動画サイトもある。活字中毒でさえ活字離れ、である。

17時30分を過ぎたところで外の萬両の鉢を屋内に仕舞う。ふと目を上げると南の空が視界に入った。そして何も意識をしないまま「あー、日が延びた」と思わず声が出る。

シャッターを降ろして後は、新年の昇給による基本給や時給を記した給与辞令を社員の数だけ印刷し、その1枚1枚に署名と捺印を加える。


朝飯 菠薐草のおひたし、油揚げの玉子包み煮、納豆、蓮根のきんぴら、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 4種の野菜のサラダパンスパゲティミートソースチーズChablis Billaud Simon 2018ウォッカマーティニ


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2024.1.26(金) 当方の頭がボヤけるまでは

和倉温泉のジェラート屋「能登ミルク」からクッキーが届く。大きな箱には小さな箱が28個つまっていた。これに社員ひとりひとりが受け取った印を書き込める名簿を添えて、タイムカードの前に置く。浜の真砂のひと粒ほどの助けにしかならないだろうけれど、まぁ、僕の被災地への気持ちである。

ところで先日の日光MGでは、ポケットコンピュータの液晶が極端に薄くなり、しまいには見えなくなった。近所の三栄無線で店主のミウラさんに電池を交換してもらったのは、それほど前のことでもない。よって今回は故障を疑って、シャープマーケティングジャパンの、墨田区立川にある首都圏テクニカルセンターに電話を入れた。そうしたところ、僕の持つPC-1262は発売年が1984年の商品であり、対応はとうの昔に終えているとのことだった。

僕は手先が不器用、且つ仕上がりが綺麗でなくては気の済まない性格から、時には壁に釘を1本打つだけのことに職人を頼んだりする。そして今回はシャープの技術者を頼ったものの、断られた。

PC-1262は、今でもオークションで高値を呼ぶ名器である。このまま身捨てるわけにはいかない。そういう次第にて裏蓋を恐る恐る外し、電池の覆いも外し、使われている電池を特定した。そしてきのう郊外に出たついでにコジマ電気で当該の電池を買った。

その電池を今日はふたたび裏蓋を外した内側に納めてみた。裏蓋を固定するための2本のネジのうち1本はいつの間にか紛失をして、前述のミウラさんに代わりのものを取り付けてもらった経緯があった。液晶は果たして電池の交換だけで甦った。

通常の卓上電子計算機は、計算の履歴を辿れない。経過をロール紙に印字できる計算機は大きくて持ち運びに適さない。いわゆるポケットコンピュータの中でもPC-1262は最小の部類に属する。当方の頭がボヤけるまでは、保たせる必要があるのだ


朝飯 生のトマトと茹でたブロッコリー、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とブロッコリーの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蓮根のきんぴら、南瓜の甘煮、菠薐草の胡麻和え、蒲鉾、昆布の佃煮、なめこのたまり炊、大根おろしを添えたハンバーグステーキ、「渡邊佐平商店」の「自然醸清開純米」(燗)


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2024.1.25(木) 明朝のおかず

「これほど暖かいなら、この冬は雪は降らないのではないか」と言う人が、昨年の末にいた。しかし年が明けてしばらくすると、何だか寒くなった。人の五感は情報を科学的、数学的には関知しない。錯覚と言っては言葉が過ぎるかも知れないけれど、すべては「そんな感じがする」くらいのところではないか。だから今の寒さが例年にくらべて本当に寒いのかどうかは、僕は分からない。

分からないけれども何だか寒い。それに加えて今月20日の日記に書いたように、着ぶくれを嫌う気持ちが昨年より増した。よってきのうは「分厚くなくて動きやすくて保温性もあり」というU.L.サーマラップジャケットを京橋のモンベルで買った。ウェブ上や店頭でためつすがめつしながら結局は買わない、ということが僕にはままある。そういう僕がこれは数十秒の検分で買うことを決めた。自分としては上出来の行動である。

今日は朝からこの上着を身につけて社内を回る。蔵では「なめこのたまり炊」の仕上げを行っていた。上澤梅太郎商店の人気ナンバーワンは「らっきょうのたまり漬」で動かない。しかし僕が子供のころから今に至るまで最も好きなのは「なめこのたまり炊」である

夕刻のミーティングの最後に、その「なめこのたまり炊」の、最後のひと瓶には足りなかった半端を製造係のタカハシアキヒコ君が手渡してくれた。明朝のおかずはこれで決まり、である。


朝飯 きのう「四季旬菜日本料理虹-kou」から持ち帰った炊き込みごはん、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、若布と大根の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚登久」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六、6種の日本酒(冷や)


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2024.1.24(水) 伊豆治療紀行(22回目の2日目)

夜は怖いほど風が強かったものの、朝はおだやかに晴れた。もっとも日本海側には大雪の警報が出ている他、太平洋側でも名古屋では雪のちらついている様子を朝のテレビは伝えていた。

整体は今日も激痛に次ぐ激痛。9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は、患部の具合が良ければ痛みはまったく感じず、ごく短い時間で終わる。具合が悪いときには、その逆。本日もっとも激烈な痛みは左膝の内側に横から打ち込まれた一撃。否、激痛は数分間も続いたから一撃とはいえない、とにかく参った。

ところで今回は、おととい長男が店の本棚に差し込んだばかりの開高健著「魚の水は美味しい」を携えた。「魚の水」とはベトナムの魚醤のことで、僕も2011年3月にはフーコック島にそれを醸す蔵”HUNG THANH”を訪ねた。通訳を兼ねてくれたセオムの運転手には通じたのだから僕は「ニョクマム」とか「ヌオックマム」とか口にしたのだろう。ただしその正確な発音は知らない。

ベトナムにはその後、2018年6月に栃木県味噌工業協同組合の旅行でハノイへ行った。彼の地でもっとも観たかったのはホーチミンの家だったが、旅程には含まれていなかった。

個人で旅に出る時間があれば、それらはすべてタイ行きに使いたい。ただし2011年3月に訪ねたサイゴンに裏を返すことがあれば、宿はサイゴン川に面したマジェスティック。屋上の食堂で朝食を摂り、午前中は中庭のプールで本を読む。昼食は食堂兼総菜屋のニューランで汁麺を食べ、午後はまたプールに戻って本読み。日が西に傾いてきたら現地の人は「ウォツカ」と呼ぶ焼酎を提げてベンタイン市場西裏の貝焼き屋台へ行き、茹でた有精卵や目移りがするほど種類の多い貝を肴にする。日によってはマジェスティックの屋上で夜のブッフェをつまみにワインを飲む。そういう風に過ごせるなら10日ほどは割いても良いと思う。

正面に大島を望む明るい洋室での昼食は3時間に及んだ。

伊豆高原15:31発の上りで熱海に来てみれば、名古屋と新大阪のあいだの雪により新幹線は30分の遅れと、ホワイトボードに手書きの文字が伝えていた。それを計算に入れつつプラットホームに上がる。16:02発のこだま728号は、実際には40分以上遅れて入線をしてきた。

家内とは神田で別れてそれぞれの用を足し、日本橋で合流する。贅沢な昼食を遅くまで愉しんでいたため、夕食への欲求は湧かない。そして浅草19:59発の下り特急リバティに乗り、22時前に帰宅する。


朝飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
昼飯 「四季旬菜日本料理虹-kou」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六其の七其の八其の九其の十其の十一其の十二其の十三其の十四、新潟のそれほど高くない日本酒(燗)


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2024.1.23(火) 伊豆治療紀行(22回目の1日目)

ユニクロのヒートテックウルトラウォームタートルネックTの上に、これまたユニクロのフリースのセーターを重ねようとして、思いとどまる。明日は、普段は行かないところで昼食を摂る。とすればせめてセーターくらいはよそ行きにすべきではないか。そう考えて押入の、冬物を納めたプラスティックの箱を開ける。

よそ行きのセーターは、この10年ほどのあいだに「いいね」とウェブ上で目にするたび買って、いまは4着がある。4着とはいささか持ちすぎである。そのうちクリーニング屋の袋に入っていない、昨年の元旦にいちど着たきりのものを選んで身につける。靴も、足を入れる縁のところにほころびのあるジャングルモックではなく、磨きのかかったトリッペンのそれを下駄箱から出す。

昼前に東京駅の、常磐線のプラットフォームからコンコースに降りると「大宮での架線事故により東北、北陸、上越の新幹線が運行を停止していて、復旧の目処は立たない」旨のアナウンスが頻繁に流れていた。そのせいかどうか、いつも往復を買う、人が応対をしてくれる切符売場には長蛇を3匹も繋げたような列ができている。よって奥へと進んで自動券売機を見つけ、ここで伊豆高原までの片道切符を買う。

僕の乗った東京駅11:57発のこだま723号に、きのう東京に用事のあった家内は品川から乗ってきた。熱海を経由して伊豆高原には13時57分着。

昨年11月16日に「この調子ならひと月半や2ヶ月を置いても大丈夫」と太鼓判を押してくれた「伊豆高原痛みの専門整体院」のワタナベ先生は、しかし今日は僕のふくらはぎや首に触れて「硬ったい」とつぶやいた。確かに今月は、首が「きのうは右」、「今日は左」と、回りづらい数日があった。先週の金曜日には、あわやギックリ腰という一瞬もあった。からだの状態の良くないことには、うすうす気がついていた。そのため9,000ボルトを発する電子ペンによる膝の治療は激痛を伴いながら小一時間ほども続いた。

電子ペンから解放さえすれば、後は気楽な時間が待っている。温泉に浸かり、街の小さな焼肉屋へ行き、20時に就寝する。


朝飯 にゅうめん
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび
晩飯 「福ちゃん」のあれやこれやそれや麦焼酎「二階堂」(オンザロックス)


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2024.1.22(月) 上澤梅太郎商店書籍部

温泉旅館の部屋のコンセントは床の間にあることが多い。そこからiPhoneに充電をすべく、きのうは4組の布団の中から枕が床の間にもっとも近い場所を選んだ。

ふと気づくと床の間の天井部分には灯りがあって、それが常夜灯のように点けられている。眩しくても、他の人の不便になってはいけないから消すわけにはいかない。その灯りにより、夜明けまでに何度も目を覚ます。

きのうの新年会では、新型コロナウイルスの蔓延により中断を余儀なくされた旅行の再開が諮られた。この親睦旅行に僕が最初に参加をしたのは2007年6月。行き先は西安と敦煌。日経平均株価はその旅の最中に、1万5千円台から1万6千円台に載せたように記憶をしている。

「9時前には帰れます」と、家族のラインには打ち込んだ。帰社する途中で道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に寄ると、ちょうど長男が追加の品を運んできた。それを受け取って、裏手の冷蔵庫に収める。明日あさっては、また会社を留守にする。在庫はできるだけ厚くしておかなくてはならない。

9時すぎに銀行へ行き、小口現金のための幾ばくかを払い戻す。10時に来社した社会保険労務士のオカザワ先生には、通常業務以外の頼みごとをする。

上澤梅太郎商店書籍部と称すれば随分と立派に聞こえるけれど、実際は小さな本棚ひとつのその場所では、年末に随分とお買い上げを戴いた。そのためにできた隙間に夕刻、長男が新たに届いた本を収めていく。昨年は僕もここから2冊を買った。今回の背表紙も、本好きを魅了して止まないものが少なくないように思う。


朝飯 「鬼怒川温泉ホテル」の朝のブッフェ
昼飯 にゅうめん
晩飯 切り昆布の炒り煮、オイルサーディンのオーブン焼き、チーズ、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、「渡邊佐平商店」の「自然醸清開純米」(燗)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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