2024年1月の日記31本
2024.1.31(水) 凍死は避けるべし
きのうに続いて2時台の起床。洗面を済ませて食堂に出る。時刻は2時55分だった。
2月2日の町内役員の集まりは、徒歩で行くにはすこし遠いところで開かれる。待ち合わせは町内にあるタクシー会社の前にしようか、しかし人数に見合った台数は確保できるだろうか、そんなことを町内役員のグループラインに書きかけて止める。僕のようにLINEの着信音を消している人ばかりでもないだろう。3時5分に枕元で妙な音を鳴らしても申し訳ない。入力したばかりの文字を後ろから消してiPhoneを置く。
日光市内のタクシー会社は、おしなべて合理化の一途を辿っているような気がする。東武日光線下今市駅前のタクシーの営業所は何年も前に無くなった。町内のタクシー会社も配車係は置かなくなった。日光市でも僕の住む今市地区は観光地ではないからタクシーは内需型と思われる。人口が減り、家計が緊縮型になり、「コロナ」を契機として夜遊びが流行らなくなれば、タクシーも減るだろう。
それに対して旧日光市は観光地だ。タクシーは内需型でもない。しかしこちらのタクシー会社も合理化を進めている。以前のように遅くまでは営業していない。いまの時期に浅草から乗った東武線を終点の日光まで乗り過ごせば、そしてそれが夜であれば、凍死も覚悟しなくてはならない。
ライドシェアにタクシー会社が反対をすることは分かる。しかし需要が飽和したときや、タクシー会社が営業をしていない時間帯のみ有効になるライドシェアなら考える余地もあるのではないか。
と、ここでふと気づいて東武日光駅からの最終の上りを調べると22:30発だった。つまりそれより前に着く下りに乗れば、終点の東武日光まで乗り過ごしても帰りの足はある、ということだ。その列車は浅草19:59発、東武日光21:51着の特急リバティけごん49号と、乗り換え案内には出た。酒飲みは特に、要注意である。
朝飯 人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、油揚げと長葱の醤油炒め、南瓜の甘煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、スクランブルドエッグ、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、椎茸と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ、茹でたブロッコリーとじゃがいもと人参の細切り炒めとたまり漬によるソースを添えたビーフステーキ、CLOS DU MAROUIS 1986、ドーナツ、Old Parr(生)
2024.1.30(火) UWASAWA’S BREAKFAST
きのうは夕食の前に入浴をし、20時に寝室に入った。その甲斐があって、今朝は2時台のなかばに目が覚めた。しばらくして時刻を確かめると2時47分になっている。ぐずぐずすれば60分や90分はすぐに経ってしまう。起床して食堂に出ると、棚の時計は2時54分を指していた。
TikTokのフォロワーが1日に500人ほども増えたことがある。きのうおとといはそこまではいかないものの、フォロワーが300人ほど増えて4万8千人になった。「梅太郎」のフォロワーの、国別の構成は知らない。しばらく前まではアラビア語のアカウントが目立った。今朝、フォロワーを下へ下へとスクロールしていくと、スペイン語あるいはポルトガル語と思われるアカウントが延々と続いている。イベリア半島に住む人なのか、フィリピンに住む人なのか、中南米に住む人なのかは分からない。プロフィールの説明には”UWASAWA’S BREAKFAST”などの英文も加えるべきだろうか。
日曜日からの社員との面談は、今日も続いている。長男は10時よりトヨタハイエースに荷物を積み始めた。日本橋高島屋地下1階で明日より催される「老舗の人気店特集」に1週間の出張をするのだ。その出発を見送らないまま4階の食堂にコンピュータを運び、3月2日より営業を再開する「汁飯香の店 隠居うわさわ」の、案内ハガキのお送り先を特定する。
朝飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、スペイン風目玉焼き、納豆、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」。ごぼうのたまり漬、メシ、大根と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 かまぼこ、めかぶの酢の物、白菜漬け、キムチ鍋、「渡邊佐平商店」の「日光譽雄町純米吟醸」(冷や)
2024.1.29(月) 悩ましい限り
「ことによると4月の後半には南の国へ行けるのではないか」ときのうの日記に書いた。昨年はやはり4月にタイへ行った。その月の日記を見ていくと、海外への旅行は4月は避けるべしとあった。4月には総鎮守瀧尾神社の例大祭が催される。僕には町内と神社の役員としてすべきことがある。それを乗り越えると、今後は町内の決算書の作成と総会が控えている。
町内の昨年度の金銭出納帳によれば、3月末の残金を元に営繕積立金の額を自治会長と決めたり、あるいは通帳から自動引き落としされた1年分の電気代を現金から充当したり、ということを4月に入ってからしていた。今年の例大祭は4月13日と14日。それまでに決算書を完成させ、会計監査に判をもらえばどうにかなるだろうか。しかし同月の17日には取引先との面談が予定されている。
2018年3月にフアヒンのホテルで日程を訊かれて「ここに3日、バンコクに4日」と答えたら「随分と短いご旅行ですね」と驚かれた。そのホテルには「2週間ほども滞在している」と話すドイツ人がいた。2019年3月のバンコクでは「7週間の予定でインドシナを回っている」という、やはりドイツ人に声をかけられた。弾丸旅行ならしない方がマシ、というたちである。何とも悩ましい限りである。
朝飯 菠薐草のおひたし、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、豆腐の玉子とじ、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ブロッコリーとゆで玉子のサラダ、人参と鶏そぼろ肉の炒りつけ、油揚げと長葱の醤油炒め、白菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、鮭の味噌焼き、「白瀧酒造」の「上善如水純米吟醸」(冷や)、クッキー、Old Parr(生)
2024.1.28(日) 宿題と計画
きのう終業後に作成した給与辞令は、給与明細と共に家内が社員各自への封筒に収めた。今日はそれを社員ひとりひとりに手渡しつつ面談を行う。週末の店は平日よりよほど忙しいものの、今日と明日を面談に充てなければ後の日程が苦しくなる。仕事は粛々と進めるのみである。その面談の最中には経営者側にもいろいろと宿題が発生する。それもまた、順々にこなしていくことになるだろう。
事務机の左に提げたカレンダーにはボールペンによる書き込みがある。そのうち仕事に関してのことはピンク色の、仕事ではないものの他者も関係することは黄色の、個人のことは緑色の蛍光マーカーでなぞってある。そのうち黄色のマーカーでなぞったお金の計算がようよう整った。理解しやすい形の表も作った。関係者には2月のはじめにも、これを配ることができるだろう。
それはさておき今日の面談が完了した直後に、ことによると4月の後半には南の国へ行けるのではないか、という気がしてきた。早速、計画を練ることにしよう。
朝飯 生のトマトと茹でたブロッコリー、目玉焼き、蓮根のきんぴら、納豆、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とブロッコリーの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ポテトサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、チョコレートケーキといちご、Old Parr(お湯割り)
2024.1.27(土) 給与辞令
必要があって、この日記に「池田弥三郎」で検索をかけてみた。そうしたところ、2006年2月、つまり18年前に作ったページに行き当たった。そこには2005年に読んだ本として、彼による「私の食物誌」を含む50冊が月別に並べられていた。
活字中毒は今も変わらない。しかし現在は、少なくとも家にいるあいだは活字は主にブラウザで読む。紙に印刷されたそれは、公共の交通機関を使ってでどこかに出かけるときにしか読まない。このことにより、月にこなす本はせいぜい1冊になった。
2005年当時のインターネットの速度は、それほど高くなかった。スマートフォンも存在しなかった。現在はTikTokなどの動画サイトもある。活字中毒でさえ活字離れ、である。
17時30分を過ぎたところで外の萬両の鉢を屋内に仕舞う。ふと目を上げると南の空が視界に入った。そして何も意識をしないまま「あー、日が延びた」と思わず声が出る。
シャッターを降ろして後は、新年の昇給による基本給や時給を記した給与辞令を社員の数だけ印刷し、その1枚1枚に署名と捺印を加える。
朝飯 菠薐草のおひたし、油揚げの玉子包み煮、納豆、蓮根のきんぴら、白菜漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 4種の野菜のサラダ、パン、スパゲティミートソース、チーズ、Chablis Billaud Simon 2018、ウォッカマーティニ
2024.1.26(金) 当方の頭がボヤけるまでは
和倉温泉のジェラート屋「能登ミルク」からクッキーが届く。大きな箱には小さな箱が28個つまっていた。これに社員ひとりひとりが受け取った印を書き込める名簿を添えて、タイムカードの前に置く。浜の真砂のひと粒ほどの助けにしかならないだろうけれど、まぁ、僕の被災地への気持ちである。
ところで先日の日光MGでは、ポケットコンピュータの液晶が極端に薄くなり、しまいには見えなくなった。近所の三栄無線で店主のミウラさんに電池を交換してもらったのは、それほど前のことでもない。よって今回は故障を疑って、シャープマーケティングジャパンの、墨田区立川にある首都圏テクニカルセンターに電話を入れた。そうしたところ、僕の持つPC-1262は発売年が1984年の商品であり、対応はとうの昔に終えているとのことだった。
僕は手先が不器用、且つ仕上がりが綺麗でなくては気の済まない性格から、時には壁に釘を1本打つだけのことに職人を頼んだりする。そして今回はシャープの技術者を頼ったものの、断られた。
PC-1262は、今でもオークションで高値を呼ぶ名器である。このまま身捨てるわけにはいかない。そういう次第にて裏蓋を恐る恐る外し、電池の覆いも外し、使われている電池を特定した。そしてきのう郊外に出たついでにコジマ電気で当該の電池を買った。
その電池を今日はふたたび裏蓋を外した内側に納めてみた。裏蓋を固定するための2本のネジのうち1本はいつの間にか紛失をして、前述のミウラさんに代わりのものを取り付けてもらった経緯があった。液晶は果たして電池の交換だけで甦った。
通常の卓上電子計算機は、計算の履歴を辿れない。経過をロール紙に印字できる計算機は大きくて持ち運びに適さない。いわゆるポケットコンピュータの中でもPC-1262は最小の部類に属する。当方の頭がボヤけるまでは、保たせる必要があるのだ。
朝飯 生のトマトと茹でたブロッコリー、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とブロッコリーの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蓮根のきんぴら、南瓜の甘煮、菠薐草の胡麻和え、蒲鉾、昆布の佃煮、なめこのたまり炊、大根おろしを添えたハンバーグステーキ、「渡邊佐平商店」の「自然醸清開純米」(燗)
2024.1.25(木) 明朝のおかず
「これほど暖かいなら、この冬は雪は降らないのではないか」と言う人が、昨年の末にいた。しかし年が明けてしばらくすると、何だか寒くなった。人の五感は情報を科学的、数学的には関知しない。錯覚と言っては言葉が過ぎるかも知れないけれど、すべては「そんな感じがする」くらいのところではないか。だから今の寒さが例年にくらべて本当に寒いのかどうかは、僕は分からない。
分からないけれども何だか寒い。それに加えて今月20日の日記に書いたように、着ぶくれを嫌う気持ちが昨年より増した。よってきのうは「分厚くなくて動きやすくて保温性もあり」というU.L.サーマラップジャケットを京橋のモンベルで買った。ウェブ上や店頭でためつすがめつしながら結局は買わない、ということが僕にはままある。そういう僕がこれは数十秒の検分で買うことを決めた。自分としては上出来の行動である。
今日は朝からこの上着を身につけて社内を回る。蔵では「なめこのたまり炊」の仕上げを行っていた。上澤梅太郎商店の人気ナンバーワンは「らっきょうのたまり漬」で動かない。しかし僕が子供のころから今に至るまで最も好きなのは「なめこのたまり炊」である。
夕刻のミーティングの最後に、その「なめこのたまり炊」の、最後のひと瓶には足りなかった半端を製造係のタカハシアキヒコ君が手渡してくれた。明朝のおかずはこれで決まり、である。
朝飯 きのう「四季旬菜日本料理虹-kou」から持ち帰った炊き込みごはん、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、若布と大根の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚登久」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、6種の日本酒(冷や)
2024.1.24(水) 伊豆治療紀行(22回目の2日目)
夜は怖いほど風が強かったものの、朝はおだやかに晴れた。もっとも日本海側には大雪の警報が出ている他、太平洋側でも名古屋では雪のちらついている様子を朝のテレビは伝えていた。
整体は今日も激痛に次ぐ激痛。9,000ボルトを発する電子ペンによる治療は、患部の具合が良ければ痛みはまったく感じず、ごく短い時間で終わる。具合が悪いときには、その逆。本日もっとも激烈な痛みは左膝の内側に横から打ち込まれた一撃。否、激痛は数分間も続いたから一撃とはいえない、とにかく参った。
ところで今回は、おととい長男が店の本棚に差し込んだばかりの開高健著「魚の水は美味しい」を携えた。「魚の水」とはベトナムの魚醤のことで、僕も2011年3月にはフーコック島にそれを醸す蔵”HUNG THANH”を訪ねた。通訳を兼ねてくれたセオムの運転手には通じたのだから僕は「ニョクマム」とか「ヌオックマム」とか口にしたのだろう。ただしその正確な発音は知らない。
ベトナムにはその後、2018年6月に栃木県味噌工業協同組合の旅行でハノイへ行った。彼の地でもっとも観たかったのはホーチミンの家だったが、旅程には含まれていなかった。
個人で旅に出る時間があれば、それらはすべてタイ行きに使いたい。ただし2011年3月に訪ねたサイゴンに裏を返すことがあれば、宿はサイゴン川に面したマジェスティック。屋上の食堂で朝食を摂り、午前中は中庭のプールで本を読む。昼食は食堂兼総菜屋のニューランで汁麺を食べ、午後はまたプールに戻って本読み。日が西に傾いてきたら現地の人は「ウォツカ」と呼ぶ焼酎を提げてベンタイン市場西裏の貝焼き屋台へ行き、茹でた有精卵や目移りがするほど種類の多い貝を肴にする。日によってはマジェスティックの屋上で夜のブッフェをつまみにワインを飲む。そういう風に過ごせるなら10日ほどは割いても良いと思う。
正面に大島を望む明るい洋室での昼食は3時間に及んだ。
伊豆高原15:31発の上りで熱海に来てみれば、名古屋と新大阪のあいだの雪により新幹線は30分の遅れと、ホワイトボードに手書きの文字が伝えていた。それを計算に入れつつプラットホームに上がる。16:02発のこだま728号は、実際には40分以上遅れて入線をしてきた。
家内とは神田で別れてそれぞれの用を足し、日本橋で合流する。贅沢な昼食を遅くまで愉しんでいたため、夕食への欲求は湧かない。そして浅草19:59発の下り特急リバティに乗り、22時前に帰宅する。
朝飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
昼飯 「四季旬菜日本料理虹-kou」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、其の九、其の十、其の十一、其の十二、其の十三、其の十四、新潟のそれほど高くない日本酒(燗)
2024.1.23(火) 伊豆治療紀行(22回目の1日目)
ユニクロのヒートテックウルトラウォームタートルネックTの上に、これまたユニクロのフリースのセーターを重ねようとして、思いとどまる。明日は、普段は行かないところで昼食を摂る。とすればせめてセーターくらいはよそ行きにすべきではないか。そう考えて押入の、冬物を納めたプラスティックの箱を開ける。
よそ行きのセーターは、この10年ほどのあいだに「いいね」とウェブ上で目にするたび買って、いまは4着がある。4着とはいささか持ちすぎである。そのうちクリーニング屋の袋に入っていない、昨年の元旦にいちど着たきりのものを選んで身につける。靴も、足を入れる縁のところにほころびのあるジャングルモックではなく、磨きのかかったトリッペンのそれを下駄箱から出す。
昼前に東京駅の、常磐線のプラットフォームからコンコースに降りると「大宮での架線事故により東北、北陸、上越の新幹線が運行を停止していて、復旧の目処は立たない」旨のアナウンスが頻繁に流れていた。そのせいかどうか、いつも往復を買う、人が応対をしてくれる切符売場には長蛇を3匹も繋げたような列ができている。よって奥へと進んで自動券売機を見つけ、ここで伊豆高原までの片道切符を買う。
僕の乗った東京駅11:57発のこだま723号に、きのう東京に用事のあった家内は品川から乗ってきた。熱海を経由して伊豆高原には13時57分着。
昨年11月16日に「この調子ならひと月半や2ヶ月を置いても大丈夫」と太鼓判を押してくれた「伊豆高原痛みの専門整体院」のワタナベ先生は、しかし今日は僕のふくらはぎや首に触れて「硬ったい」とつぶやいた。確かに今月は、首が「きのうは右」、「今日は左」と、回りづらい数日があった。先週の金曜日には、あわやギックリ腰という一瞬もあった。からだの状態の良くないことには、うすうす気がついていた。そのため9,000ボルトを発する電子ペンによる膝の治療は激痛を伴いながら小一時間ほども続いた。
電子ペンから解放さえすれば、後は気楽な時間が待っている。温泉に浸かり、街の小さな焼肉屋へ行き、20時に就寝する。
朝飯 にゅうめん
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび
晩飯 「福ちゃん」のあれや、これや、それや、麦焼酎「二階堂」(オンザロックス)
2024.1.22(月) 上澤梅太郎商店書籍部
温泉旅館の部屋のコンセントは床の間にあることが多い。そこからiPhoneに充電をすべく、きのうは4組の布団の中から枕が床の間にもっとも近い場所を選んだ。
ふと気づくと床の間の天井部分には灯りがあって、それが常夜灯のように点けられている。眩しくても、他の人の不便になってはいけないから消すわけにはいかない。その灯りにより、夜明けまでに何度も目を覚ます。
きのうの新年会では、新型コロナウイルスの蔓延により中断を余儀なくされた旅行の再開が諮られた。この親睦旅行に僕が最初に参加をしたのは2007年6月。行き先は西安と敦煌。日経平均株価はその旅の最中に、1万5千円台から1万6千円台に載せたように記憶をしている。
「9時前には帰れます」と、家族のラインには打ち込んだ。帰社する途中で道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に寄ると、ちょうど長男が追加の品を運んできた。それを受け取って、裏手の冷蔵庫に収める。明日あさっては、また会社を留守にする。在庫はできるだけ厚くしておかなくてはならない。
9時すぎに銀行へ行き、小口現金のための幾ばくかを払い戻す。10時に来社した社会保険労務士のオカザワ先生には、通常業務以外の頼みごとをする。
上澤梅太郎商店書籍部と称すれば随分と立派に聞こえるけれど、実際は小さな本棚ひとつのその場所では、年末に随分とお買い上げを戴いた。そのためにできた隙間に夕刻、長男が新たに届いた本を収めていく。昨年は僕もここから2冊を買った。今回の背表紙も、本好きを魅了して止まないものが少なくないように思う。
朝飯 「鬼怒川温泉ホテル」の朝のブッフェ
昼飯 にゅうめん
晩飯 切り昆布の炒り煮、オイルサーディンのオーブン焼き、チーズ、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、「渡邊佐平商店」の「自然醸清開純米」(燗)
2024.1.21(日) 夢うつつ
おとといは疲れのためか、目を覚ましてもすぐに起きる気が起きなかった。きのうは前夜、早く横になったにもかかわらず、6時20分まで寝てしまった。今朝は首尾良く3時48分に目覚め、着替えて3時54分に食堂に来られた。
仏壇と自分のためにお茶を淹れたら、次は日記に取りかかりたい。その気持ちを抑えて1,000円札の釣銭を作る。これを先にしておかないと、いつまでもコンピュータにかじりついて、他のことに割く時間を失うのだ。
既に書き上げてあったおとといの日記を公開し、ほぼ書けていたきのうの日記を完成させて保存する。ここで時刻は5時40分。外からはクルマの、路面の雨を切って走る音が聞こえてくる。
食堂のテレビは一部が壊れていて、衛星放送は映らない。そこでコンピュータにTVerを開いて「カーグラフィクTV」を検索する。そして数日前に放映された、40周年の記念番組を観る。
朝から普段の仕事に従い、15時30分を過ぎたところで外へ出てホンダフィットのドアを開く。栃木県味噌工業協同組合の新年会が開かれる鬼怒川温泉には、20数分後に着いた。数日前の雪は、山にも渓谷にもほとんど残っていない。
フロントで指定された部屋には早くも人が集まり始めていた。宴会まではいまだ余裕があったため、先ずは大浴場へと向かう。脱衣所の体重計の数字は昨年6月に受けた人間ドックの値より更に減って、52.4キログラムを示した。
宴会は18時30分から。二次会は20時30分から。その二次会では、ほとんど夢うつつの状態にあった。部屋に戻ったのは多分、22時すぎ。以降は多分、すぐに寝入ったものと思われる。
朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ハムとブロッコリーのソテー、ゼンマイの淡味炊き、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「鬼怒川温泉ホテル」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、其の八、梅酒、ビール、日本酒(燗)
2024.1.20(土) 山越え
夏物と冬物のシャツは、それぞれ別の箱に保管をしている。きのうはこれまで着ていた冬物と、これから着るべき冬物を入れ替えた。これまで着ていたのは、あちらこちらの寄せ集めだった。これから着るべきとはユニクロのヒートテックウルトラウォームタートルネックTで、その数は4着である。あちらこちらの寄せ集めは、春までは取り置くものの、その後は処分をしてしまうかも知れない。
きのうまでの晴天はどこへ行ってしまったか、今朝の空はるで雪でも降ってきそうな暗鬱さである。気になるのは元旦に墓参りをしたときの花のこと。いまだ片づけには行けていない。暖冬とはいえ、お墓で水を使うことをためらわせるほどの寒さは感じている。
着ぶくれを嫌う気持ちが昨年より増している。屋内では2枚。それで寒ければウインドブレーカーを羽織る。しかしウインドブレーカーには裏地はあっても中綿は入っていない。来週に機会があれば、京橋のモンベルであれこれ訊いてみることにしよう。
15時を過ぎるころに雪が降ってくる。それに気づいた隠居係のタカハシリツコさんが、駐車場に融雪剤を撒いてくれた。雪は幸い、すぐに上がった。
閉店もちかいころ、駐車場に引かれた線に平行してフェラーリが律儀に駐められた。那須での夕食を予約されているというそのお客様に、鬼怒川から塩原を経由する経路につき質問を受ける。雪が舞った日の日没後に296GTBで山越えとは、いかにも非現実的だ。お客様には日光宇都宮道路の今市I.C.から東北自動車道の那須I.C.まで、すべて高速道路をお使いになるよう、お勧めをした。
スマートフォンで明日の天気予報を見る。これまであった雪だるまは雨雲に変わっていた。ひと安心、である。
朝飯 生のトマトと茹でたブロッコリーを添えたオムレツ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、ゼンマイの淡味炊き、白菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、揚げ湯波と若布とトマトの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 穴子の佃煮、白菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、鶏豆腐、「渡邊佐平商店」の「自然醸清開純米」(燗)
2024.1.19(金) 塗装と溶接
風邪による発熱、ワクチンの副反応による発熱、また直近では10年前のことになるけれど、食欲ならぬ酒欲を数十日間も失う不思議な体調、そのようなものに見舞われない限り、飲酒は欠かさない。そして今週は月曜日からきのうの木曜日まで、とにかく飲み過ぎた。その疲れのせいか、今朝は目覚めてもすぐに起きる気がしなかった。
それとは別に、11日の日記に書いたリステリンの大瓶10本が届いたため、それを2階の倉庫へ運びつつ「あわやギックリ腰」という感覚に見舞われた。ちょうど1年前の1月17日にも、僕は腰の調子をおかしくしている。くわばらくわばら、である。
10時に顧問税理士を訪ねる。確かめたかった3つのことがらについては、すぐに回答が得られた。そこからの帰りにスーパーマーケット「かましん」に寄って、腰に貼るためのカイロ30枚を買う。日曜日には業界の新年総会で、ふたたび鬼怒川温泉のホテルに泊まる。面倒でも、自前の枕を持参した方が良さそうだ。
それはさておき今朝は、日曜日に漬けた白菜を初めて食べた。昨年は塩気を強目に感じたため、そのときの4パーセントから今年は3パーセントに塩分濃度を下げた。すると今度はすこし薄い。もっとも家内と次男はちょうど良いと言う。だったらここは僕が我慢をしてみようか。
社員研修で留守にしている2日間で、外の重油タンクは塗り直されて、見違えるようになっていた。腐食により水の漏れていたボイラーは、その穴を溶接で塞がれて、ふたたび元の場所に置かれた。来週は火災報知器の電線の引き直しがある。店は静かでも、中や奥は結構、忙しい。
朝飯 ゼンマイの淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、牛肉と舞茸のすき焼き風、白菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、トマトとレタスと揚げ湯波の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ハムと野菜のスープ、レタスとベビーリーフのサラダ、じゃがいものグラタン、パン、茹でたブロッコリーを添えた鶏のトマト煮、チーズ、CLOS DU MAROUIS 1986
2024.1.18(木) 第43回日光MG(2日目)
第4期の経営計画では、上げるべき経常利益を50円としていた。しかし実際には32円に留まった。計画を下まわったのは、材料を仕入れ、工場で作り、それを売る、その材料倉庫、工場、営業所の3個所でしばしば欠品を起こしたからだ。「ゲームに弱い者は、せめて在庫にだけは注意を払え」という教えがある。しかし僕のように下手な人間は、それすらできないのだ。
勉強のできない人は、勉強のできる人が、なぜできるかが不思議でならない。運動神経に恵まれない人は、運動の得意な人が、なぜ得意なのかが不思議でならない。不器用な人は、たとえ定規を使っても直線を引くことができない。マネジメントゲームもまた、おなじことである。
とにかく第4期に僕は32円の経常利益を上げた。しかし得意先倒産の特別損失を引いていたため、税引き前の当期利益は僅々2円に留まった。第5期にもそれなりの利益を上げることはできた。しかし第1期から第3期までの累積損を取り戻すまでには至らなかった。この日記を書き始めたのは2002年9月。その23日と24日に藤沢で行われた湘南MGと、22年後の今回も、おなじ経過を辿ることとなった。
さてマネジメントゲームでは、第6期への備えを水準以上に保ちつつ第5期末の自己資本の高い順に表彰をされる。今回の最優秀経営者賞は東京のオノリョータさんで、自己資本404円。優秀経営者賞は地元のハラダトモミさんで、自己資本は402円。もうひとりの優秀経営者賞は山形のタカダショーヘーさんで、自己資本は390円だった。
さて今回の参加者は社内から17名、社外から16名の、計33名に上った。そのうち東北新幹線や東海道新幹線でお帰りになる4名様は、僕がJR今市駅までお送りすることになった。目指すは17時26分発の宇都宮行き。しかし駅から2キロメートルほど手前の大谷橋に差しかかったときの時刻はいまだ16時。ということは、道の駅で買い物をしていただいても1本前の16時26分発に間に合う。お土産を手にされた4名様は、プラットフォームまでお送りした。
会社に戻ると、日光MGに参加をしながら明日の準備も担ってくれた製造係イトーカズナリ君、タカハシアキヒコ君、タカクコータロー君の3名が家路に着くところだった。僕はちょうど会場から引き上げてきた長男と共に、地元の人の待つ打ち上げ会場へと向かう。
朝飯 「湯けむり真ごころの宿・一心舘」の朝のお膳、鴨鍋、鮭のバター焼き
昼飯 「湯けむり真ごころの宿・一心舘」のカレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 ”COCO’S”のピッツァトリプルフォルマッジ、カラフの赤ワイン、「山泉楼」の皮蛋、五目あんかけ焼きそば、豚バラ肉のやわらか角煮、他あれこれ、 「浙江大越紹興酒有限公司」の「紹興貴酒」(生)
2024.1.17(水) 第43回日光MG(1日目)
マネジメントゲームとは、参加者の一人一人が自分の会社を持ち、2日間をかけて、盤上に5期分の経営を展開するものだ。西研究所のニチジュンイチロー先生がソニーにお勤めの時代に開発をされた、教育方法である。僕はそれに、1991年6月に初めて触れた。
これを会社に広め、いずれは全社的に行いたいと、僕は考えた。それが曲がりなりにも実現した日を知るには、コンピュータの「MG」というファイルを開く必要がある。第1回目は2001年1月17日からの2日間だったことを、今回はあらためて知った。そのときの参加者は27名。社員は23名で、社外からは4名の方が加わって下さっていた。
ニシジュンイチロー先生による講義は10時に始まった。ゲームは第1期、昼を挟んで第2期、第3期と進む。
33年間もマネジメントゲームを続けながら、僕はゲームは大変に下手である。下手の理由は、こうと決めた方針を堅持しない、潮目が変わっても手法を変えない、周囲を観察する力に優れない、危機感に欠けるなど、枚挙にいとまが無い。それが分かっているなら、その逆を行けば良さそうなものだが、分かってはいるものの、できないことはできないのだ。
第1期初に与えられた自己資本300円は、第3期末には188円まで減っていた。僕に救いがあるとすれば、マネジメントゲームの2日のあいだに幾度も語られるデータベースソフト「マイツール」については、1992年の6月から使い始め、以来30数年のあいだ、これにより現実の会社では利益を出し続けている、ということだろうか。
夜に至って第4期の経営計画を立てる。そして夕食と交流会を経て0時すぎに就寝する。
朝飯 「湯けむり真ごころの宿・一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむり真ごころの宿・一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむり真ごころの宿・一心舘」の夜のお膳、交流会のレッドアイ、白ワイン
2024.1.16(火) 北へ15キロメートルの
きのう東武鉄道で関東平野を南下しながら、13日の雪は県南の方がむしろ積もったことを知った。今朝はおなじ鉄路を北へ戻りつつ、昨夜来の雪が徐々に濃くなる景色を眺めた。いずれにしても、大した降りではなくて助かった。
9時すぎに帰社してしばらくすると、ふたたび雪が降ってきた。しかしそれは昼までに止み、以降は日さえ差してきた。今日の雪が、この冬の雪の最後になってくれれば有り難い。
明日と明後日は社内の設備に修理が入り、また社員研修が開かれる。会社は休みとなるため、それをお知らせするメールマガジンを13時30分に配信する。
今回の社員研修には、それぞれ京都と滋賀から参加をされるおふたりがいらっしゃる。強風と降雪によりダイヤが乱れ、到着の遅れたおふたり、また秋田から来て下さったおひとりの蔵見学は、長男が担当をしてくれた。その3名様を鬼怒川温泉の会場へお送りするため、長男は15時30分に会社を出た。すこし遅れて家内もそれに続く。
17時30分に閉店。そして掃除。その最中に長男が戻って来る。後を托して今度は僕が、北へ15キロメートルの鬼怒川温泉へと向かう。
朝飯 「ドトール」のカルツォーネ、コーヒー
昼飯 にゅうめん
晩飯 「湯けむり真ごころの宿・一心舘」のあれや、これや、他あれこれ、日本酒(燗)、赤ワイン、焼酎(お湯割り)
2024.1.15(月) ハシゴ
早朝に廊下の灯りを点け、それだけでは足りないからiPhoneのライトも借りて、白菜の桶を覗き込む。果たして水は上がっていた。朝食を済ませて後に、その桶および二番漬けのための、より小さな桶を食堂兼台所に運ぶ。
重石の下の白菜をひと目みた家内は「そんなに小さくなっちゃったの」と声を上げた。重石が重すぎた、ということはないと思う。しかしその体積の減りようは確かに、家内を驚かせるに足るものだった。
きのう八つ割にした、今は水に沈んでいる白菜をひと割りずつ取り出し、水を絞り、二番漬け用の桶に移していく。そのひと割りごとに昆布を載せ、唐辛子を載せ、柚の皮も載せていく。そしてそれらの上に次のひと割りを載せて、サンドイッチ状に積み上げていく。最後にゆずの絞り汁を加えて、ふたたび重石を載せる。白菜漬けは明朝から食べたいところだ。しかし諸般の事情により、口にできるのは19日の朝になるだろう。
10時より昇給についての話し合いを、社会保険労務士のオカザワさんと持つ。完了したのは正午過ぎ。下今市からは13:04発の上り特急に乗れた。そして浅草から神田、神田から新橋とハシゴをして皮膚科と床屋にかかる。
朝飯 玉子焼き、ぜんまいの淡味炊き、小松菜のおひたし、納豆、蕪の葉の塩漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と長葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
晩飯 「シンスケ」のあれや、これや、それや、「両関酒造」の樽酒(燗)
2024.1.14(日) ふたつの仕事
「店が忙しい日曜日にそれをするのはいかがなものか」という考えを「午前の早い時間なら問題ないだろう」というもうひとつの考えが打ち消して、コンピュータを手に事務室から自宅へ上がる。冬休み中の「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、3月より営業を再開する。そのご案内のお送り先を、お客様名簿から抽出するのだ。
先日はそれを、2020年3月の開業に遡って選んでみた。そしてその数を長男に伝えたところ、経費に照らして多すぎると、難色を示された。確かにその数は、僕の想像をも超えていた。そういう次第にて、次はこの1年間にご来店くださったお客様に限ってみた。すると長男も納得をするところに落ち着いた。今日はその抽出を「ザッと」ではなく、精密に行うのだ。
お客様名簿から特定の方のみを選び出す作業にも、いろいろな種類がある。もっとも複雑なのは、百貨店での催事のご案内。それにくらべれば、今朝の仕事はよほど単純である。作業は20分ほどで終わってしまった。
「10時までには戻ります」と、事務係のツブクユキさんには伝えてあった。その10時までは、いまだ40分もある。よって今朝の7時すぎにふたたび外へ出した白菜を台所に運ぶ。そして30分ほどで漬け込みを完了する。
白菜は外側の葉を捨て、根元を切り落としても、3.5キログラムもあった。昨年は塩分濃度4パーセントで仕込み、その塩気をすこし強く感じた。よって今年は3パーセントにしてみた。重石は5.5キログラムで、今回の白菜にはすこし足りない。よって本棚から分厚いもの2冊を選び、それをプラスティック袋に入れて足しにした。水が上がり、二度漬けに進めるのは明日になるだろうか。
朝飯 ウインナーソーセージとブロッコリーのソテー、切り昆布の炒り煮、納豆、蕪の塩漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと小松菜の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 刻みキャベツと茹でたブロッコリーとケチャップスパゲティを添えたハンバーグステーキ、チーズ、CLOS DU MAROUIS 1986、チョコレート、Old Parr(生)
2024.1.13(土) 夢中で擂るうち
いまだ寝床に横になっているうちより、両のかかとのそれぞれ外側にアカギレが切れたことに気づく。放置をすればまともに歩くことはできないだろう痛みも感じている。
起きて仏壇と自分のためにお茶を淹れる。そのお茶と水と花と線香を仏壇に供えたところで食堂に戻り、軟膏ハクシンとキズパワーパッドによりアカギレに処置を加える。かかとの外側とはいえ、身をよじれば手の届くところで助かった。
次は日記に取りかかるべくWordPressを開く。おとといの日記が完成していることは覚えていた。しかしきのうの日記もほとんど書けていたから、何やら得をした気分になる。
そのきのうはまた、大変に立派な白菜をいただいた。午前にこれを八つ割りにし、3枚のお盆に載せてベランダに干す。別途、ザラメより大きな岩塩の粒を陶製の臼で細かくする。夢中で擂るうち、その量は240グラムに達した。
朝から快晴だった空が、昼から曇り始める。昨夜の予報は東京に初雪の可能性を示唆していた。関東北部の山沿いでは40センチの積雪とも、気象予報士は伝えていた。13時40分より、雪が風に舞い始める。その様子は派手でも、積もる雪でないことはすぐに分かった。
夕刻、犬走りの万両を店の中に運び入れる。鉢の受け皿の水が凍り始めている。それに気づいて終業後は4階へ上がり、外に干した白菜を屋内に取り込む。
朝飯 ブロッコリーのソテーを添えたベーコンエッグ、切り昆布の炒り煮、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、豚肉と茸と豆腐と水菜の鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、チョコレート、Old Parr(生)
2024.1.12(金) 春隣
上澤梅太郎商店と「汁飯香の店隠居うわさわ」に置かれた門松、また蔵の大扉の前の三階松は、きのう下げられた。社内の鏡餅や正月飾りも、きのう下げられた。唯一、店舗入口右側に掲げた墨書「賀正」のみ、手を付けられなかった。これを今朝は隠居係のタカハシリツコさんと降ろし、空白になったそこには「春隣」の文字を取り付けた。年が明けて2週間も経ないうちに「春隣」は、いささか早すぎる。しかし「まぁ、いいじゃねぇか」と思う。
「季節が冬だけなら有り難い」という、僕からすれば信じがたい人も世には存在する。そして僕は、半袖一枚で過ごせる季節を待ち望んでいる。
きのうはまた、いまだ穿けるジーンズ2本を捨てた。捨てた後で「あれは惜しかった」と感じる服もある。しかしきのうの2本は、そんな気持ちは起こさせないだろう。更には、いまだ新品同様のズボン1本も捨てようとしている。ユニクロの、僅々3,000円で買えるスリムフィットチノが格好良すぎるのだ。
「ぜんぶ雪のせいだ。」という優れた惹句が10年前にあった。それを引用すれば「ぜんぶユニクロのせいだ。」となるだろうか。
朝飯 小松菜のおひたし、切り昆布の炒り煮、ブロッコリーとウインナーソーセージのソテー、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 けんちん汁、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、串揚げ其の一、串揚げ其の二、つけ合わせのサラダと生野菜、「柏露酒造」の「越乃四季超特選大吟醸35」(冷や)、チョコレート、Old Parr(生)
2024.1.11(木) 在庫と注文
きのう歯磨きのことを書いたので引き続き。
高校生のころ、ある歯科医の家に遊びに行った。応接間のテレビには、当時の国民的歌手の歌う様子が映されていた。それを観て「くーっ、高けぇ歯ぁ、入れてやがる」と、歯科医は賛嘆した。その歌手の当時の年齢を調べてみると、今の僕より若かった。それでいて総入れ歯である。充分な栄養を摂取できなかっただろう生い立ちでもなく、学生時代から身体は強権だったと、ウェブ上の百科事典にはある。昔の人の歯の弱かった理由は何だろう。
本来なら賞与を手渡しつつする社員との面談が、昨年末は繁忙により果たせなかった。それを今週の火曜日より順次、している。その午前の部を終えたところでようやく、かつては今市銀座と呼ばれたところにあるトリヤ茶舗へ行く。
会社に戻って小遣い帳を検索したところ、昨12月1日に煎茶200グラムと番茶100グラムを買っていた。その煎茶がおととい底を突いたところからすれば、煎茶200グラムをウチは40日で使う計算になる。新茶の季節は5月なかば。とすれば更に400グラムを買い増す必要がある。
家にいるときの朝食は和食でなければ気が済まない。仏壇のことも考えれば煎茶は必須である。一方、紅茶やコーヒーは特に必要としない。とはいえ最も好きな酒はワインというのだから、自分の中でも舌の好みは東西まちまちである。
ところで冒頭というか、きのうの日記というか、そこに戻ればリステリンも最後の1本になった。煎茶のような在庫切れは避けたい。そうしてCAINZのウェブショップに、その1リットルボトル10本を注文する。
朝飯 目玉焼き、巻湯波と人参と小松菜の炊き合わせ、ブロッコリーとウインナーソーセージのソテー、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐とレタスの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 切り昆布の炒り煮、春雨サラダ、焼売あれこれ、木須肉、「紅星」の「二鍋頭酒 」(生)
2024.1.10(水) 夜が明ける前にしたことだけで
ポットで沸騰させたお湯を湯飲みに注ぎ、それを急須に移し、ふたたび湯飲みに戻すと、お湯の温度は煎茶に適したところまで下がる。その瞬間、煎茶の茶葉はきのうの朝に使い果たしたことを思い出す。お湯を沸かし直して番茶に切り替えることも考えた。しかしそれもバカバカしい。4階から2階の倉庫へ降りて、数メートルほども真っ直ぐに歩く。
そこにはティッシュペーパー、ウイスキー、ウォッカ、白酒、岩塩など、常温でも保存できる私物が備蓄してある。茶葉もそこに置くこととしているものの、やはり見あたらない。代わりにリステリンの1リットルボトルを手に4階へ戻る。
僕は歯は、夜の入浴時にしか磨かない。その代わり何かを食べるたびリステリンで口を濯ぐ。それだけで、ソーマ歯科室の先生には手入れが良いと褒められている。
「いつも今日とおなじように、15分も歯を磨くんですか」と、温泉旅館の風呂場で僕を観察していたらしい人に訊かれたことがある。自分としては、それほど熱心に歯を磨いている意識は無かった。確かに、その情熱を以て日に3度も4度も磨いたら、歯も歯茎もすり減ってしまうだろう。
食器棚を漁るうち「和風ハーブ煎茶」とシールを貼られた小さな袋が見つかった。とにかくこれを用いて今朝のお茶は淹れることができた。そのお茶の香りは仏壇にも満ちただろうか。そして安置してある仏像は、そこに含まれるカルダモンを懐かしく聞いただろうか。
というわけで今日の日記も、夜が明ける前にしたことだけで終えてしまうのだ。
朝飯 生のトマト、茹でたブロッコリーと玉子、菠薐草のおひたし、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 牛蒡と人参のきんぴら、菠薐草の胡麻和え、松前漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、巻湯波と人参の炊き合わせ、鮭の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け焼き、「柏露酒造」の「越乃四季超特選大吟醸35」(燗)
2024.1.9(火) 水神祭
おとといの日曜日は町内役員の新年会から夕刻に上がり、店の仕事に戻った。そのときには気づかなかったものの、それからしばらくの後に雪が吹きかけたらしい。雪はシュークリームの上の粉砂糖ほどの量ではあったものの、地面の上で凍りつき、2日後の今日も、日陰にはそれが残っている。
そのような景色の中を、総鎮守瀧尾神社のタカナノリフミ宮司は9時すこし前に来てくれた。今日は今年はじめの「みずのえ」にて、9時より僕、家内、長男、また社内各部からひとりずつが蔵の水神の碑の前に集まって水神祭が催される。水神の碑は、僕が子供のころも、また1970年代の社屋の新造以降も、蔵のほぼ真ん中に置かれている。むかしからのもの、むかしからのことは、これからも大切に守っていきたい。
「こちらは随分と寒いですね」と、昼ちかくに県南から新年の挨拶に来た人に言われる。「こちらはこちらで、それでも今年は暖かいと感じているんですよ」と僕は笑って応じた。それでも「水ぬるむ」ころができるだけ早く来ることを、僕は強く望んでいる
朝飯 菠薐草のおひたし、鮭の焼きほぐし、納豆、豆腐の玉子とじ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ルッコラとベビーリーフのサラダ、パン其の一、パン其の二、鶏とマカロニのグラタン、Chablis Billaud Simon 2018
2024.1.8(月) 水兵離別
目を覚ましてひと休みをしてから…と書けば「目を覚ましたときには充分に休んだ状態だろう」と誰かに反論をされそうだ。しかし僕は、目を覚ましたときが1日の中で最も疲れているような気がする。とにかくひと休みをしてから枕頭のiPhoneに手を延ばし、時刻を確かめる。表示は4:55。即、起き上がって床のサンダルを足で探る。シンデレラの0時ではないけれど、5時台の起床は僕にいじちるしく「損した感」をもたらすのだ。
開店前の銭皿には、きのうの閉店後に整理した古い紙幣による16万円があり「5000札1束、1000円札6束」のメモが添えられている。釣り銭用の金庫を開き、覗き込めば、年末に両替した1000円札は1束が残るのみだった。「千円枯渇」と腹の中で呟くと同時に「水兵離別」という、元素記号の配列を覚えるための語呂合わせを思い出す。この「水平離別」も「貸そうか、まぁ、あてにするな」のイオン化傾向も、受験勉強の経験を持たなかった人には無縁のものだろう。
連休の最終日の今日は、早くも店は随分と静かになってしまった。これからお彼岸にかけては、更に静かになることが予想される。そのような時期にはまた、別にすることがあるものだ。
18時30分、都合のつかない少数を除いたほとんどの社員が街の焼肉屋に集合する。そして賑やかに新年会を催す。
朝飯 茹でたブロッコリー、トマトのスクランブルドエッグ、おでん、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「板門店」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「眞露」(お湯割り)
2024.1.7(日) 夜が明ける前から
翌早朝にこなすべく自宅に仕事を持ち帰っても、目覚めて食堂に出れば先ずは日記に取りかかってしまう。それは仕事より日記を書く方が断然、面白いからだ。今朝はきのうの日記を書き終えても時刻は5時20分だったため、余裕を以て仕事に取りかかる。
その仕事とは明後日のための釣銭つくり、および今日の午後までに町内の自治会長と地区委員長に手渡す必要のあるお金の準備だ。特に町内のそれは、紙幣を入れる封筒が数十枚に及ぶ。夜が明ける前から金の勘定などは気の進まないことだが、まぁ、仕方が無い。
1月の連休は、今日と明日が最初で最後だ。つまりは頑張りどころである。その本日の15時から、よりによって町内役員の新年会が開かれる。僕は会計係にて、前述の封筒を持参し、更には積立金の説明もしなければならない。
積立金とは、役員が親睦旅行のために毎月、積み立てているものだ。日程が合わず旅行に参加できなかった人がいれば、その年の積立金は本人に返す。ところがきのう2019年まで遡って調べてみたところ、参加を見合わせたにもかかわらず、年度末に返金をしていない人があった。返金はしたものの、即、同額を入金した人もいる。更には新型コロナウイルスの蔓延により2020年以降は旅行を行っていず、その分のお金も積み上がっている。
今年の親睦旅行は来週の、伊勢神宮への初詣だ。役員は11名。しかしそのうち僕を含む3名は都合がつかず、参加は見合わせる。つまり、積立をしてきた11名のうち誰に幾らを返すのかの計算が、今回は非常に面倒なのだ。
「その計算は旅行の後で良かんべ」と新年会の席上、自治会長のウカジシンイチさんは言ってくれたから、すこしは楽になった。皆が伊勢神宮から戻るまでにもう一度、誰に幾らを返すべきかを検証してみよう。
新年会は幸いにも17時前に完了した。よって即、店に戻って仕事を再開する。
朝飯 菠薐草のおひたし、ウインナーソーセージとブロッコリーのソテー、おでん、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、七草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 町内役員の新年会で支給された「魚べい」の鮨、公民館の押入れにあった日本酒(燗)
2024.1.6(土) 晴れた日
この日記に用いる画像のファイル名は、たとえば今日なら朝食のそれは20240106a、昼食のそれは20240106bと、日付けの末尾にアルファベットを降順で入れていく。画像が多くなるのは旅行中の日記で、数年前まではxの先まで続いてx1、x2、x3などとしていた。しかしどうにも気持ちが悪い。現在は1日あたり最大でもアルファベットとおなじ数の26枚に抑えている。
ところでその頭の4桁だが、2024年が明けたにもかかわらず、いまだ2023としてしまい、直後に気づいて直すことを繰り返している。自然に2024とできるまでには、これから何日が必要になるだろう。
と、よしなしごとを書き連ねて「そろそろ朝食の準備を始める6時30分がちかいだろうか」と目を上げ、食器棚の時計を見ると時刻は5時30分だった。早起きの醍醐味は、このあたりにあると思う。
午前のはやい時間、店の混み合う前に事務室で下野新聞を開く。その第23面におととい亡くなった篠山紀信の評伝が載せられていて、すぐに読み始める。
篠山紀信は時代の寵児だった。芸術写真ではなく毎週100万人に見てもらえる写真を撮りたいと公言した篠山紀信は「売れる才能」に途方もなく恵まれた写真家だった。彼によるある年の週刊朝日の表紙は新年号が当時の妻のジューン・アダムス、最終号はサンタクロースに扮した彼自身だった。明るい昼間に彼の写真集を、久しぶりに繰ってみようと思う。
朝飯 生のトマト、竹輪の天ぷら、焼き鯖、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 黒豆、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、胡瓜とかに蒲鉾のサラダ、鮪のたたきの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、おでん、「柏露酒造」の「越乃四季超特選大吟醸35」(冷や)
2024.1.5(金) これしきのことは
昨年末に真空包装機の具合が悪くなった。仕事納めを過ぎた日のことだったため、長男はとりあえず担当者にその旨をメールで連絡した。担当者からは今日になってようやく電話が入った。不具合の具体的な状況を更に詳しく知りたいたいという。よって製造現場へ行き、質問された3つの点を確かめ、折り返しの電話でそれを伝えた。
担当者からは僕の留守中にふたたび電話があり、ポンプのシリアル番号が知りたいとのメモが残されていた。事務室から数十メートルを歩いて当該の機械を一周、二周するも、その番号は見つからない。電話による二度のやり取りの後、番号はようやく、機械前方下部のカバーを外した内側に見つかった。
昨年末から異音を発していたボイラーについては、午前中に担当者が来てくれ、修理のための見積書が後日送られてくることを、製造部長のマキシマトモカズ君より伝えられた。今月の後半からは「なめこのたまり炊」の仕込みが続く。2基あるボイラーのうち1基のみでその仕事ができるか否かをマキシマ君に訊ねると、特に問題はないとのことだった。
きのう閉店後の掃除を終えてシャッターを降ろし、何気なく外へ出た。そうしたところ、国道121号線に沿った看板の照明が、いまだ点きっぱなしになっていた。即、直下へ急いで操作盤を開けてみるも、iPhoneに内蔵の懐中電灯では、細かいところまで見ることはできなかった。
今日は日の陰る前に、その操作盤をふたたび調べてみた。タイマーが1時間だけ遅れていた。原因は不明。雨に濡れないようプラスティックの袋に収めたマニュアルを読み、タイマーを1時間だけ進める。
包装の機械、ボイラー、看板の照明と不具合が相次いだものの、これしきのことは、どうということもない。元日の大地震に見舞われた能登半島には、目を覆いたくなる現実があるばかりだ。
朝飯 ウインナーソーセージとピーマンのソテーを添えた目玉焼き、水菜のおひたし、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 黒豆、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、手巻き鮨、「柏露酒造」の「越乃四季超特選大吟醸35」(冷や)、孫のリコが冬休みの自由研究で作った葛餅
2024.1.4(木) 抽出
今月の31日より2月6日まで、日本橋髙島屋S.C.の「老舗の人気店特集」に出店をさせていただく。そのような機会には必ず、お知らせのハガキをお客様にお送りする。お送り先の特定は、いまだに僕の仕事である。
この仕事は複雑で、精密さが求められる。よって電話や来客の絶えない事務室ではできない。9時を過ぎるころ必要な道具を手に4階の食堂へ上がる。
百貨店での催事は年に何度かある。お知らせのお送り先の特定には手順があり、作業はそれに従って行う。その最中には毎回、より良い方法を発見する。手順はそのたび更新をされて今に至っている。今日もこれまで以上に良い手を見つけ、それはコンピュータに記録をした。
11時に事務室へ降りると、ガラス越しに見える店舗は混み合っていた。しかし販売係に長男を加えた人員は不足とも思えない。よって今度は大晦日にできなかった、社内に存在する法人の現金すべてを金種別に特定する、という仕事に取りかかる。
午前に抽出したハガキのお送り先は、明日の午前にも事務係のコンピュータに転送しよう。バグつぶしは、彼女たちの得意とする仕事のひとつである。
朝飯 お雑煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」
昼飯 にゅうめん
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、黒豆、田作り、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、もつ鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、いちご
2024.1.3(水) 楽しみな仕事
目を覚ましてすこし休んだのち「1分以内に起きよう」と決める。そう決めたものの、なかなか起きる気がしない。部屋が寒いわけではない。にもかかわらず起きづらいとは、どのような理由によるものだろう。それでも起きて食堂に出る。時刻は辛うじて4時台のなかにあった。
昨年末にいただいていた幾通かのメールにようよう返信を送る。「日記は書けて、なぜメールは書けないか」と問われれば「起きようと決めてもなかなか起きられない」とおなじ何かが、仕事以外のメールには働くらしいのだ。
成人の日は1999年までは1月15日と定められていた。それが翌年2000年からは1月の第2月曜日に変更をされた。いつごろまでのことだったか、むかしは1月15日までは、店は忙しかったように思う。その「いつごろまで」を検証しようとしてコンピュータを開く。僕が遡れたのは1993年までで、その1月8日のところには「店早くも閑になる」の記述があった。
今年も店が賑わうのは1月7日8日の連休までだろう。以降の店は眠ったようになり、しかし製造現場は逆に、諸々の仕込みで忙しくなる。昨春に仕込んだ味噌は年末に天地返しをする予定にしていたものの、繁忙によりできなかった。その楽しみな仕事は是非、今月中にしたいと思う。
朝飯 お雑煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃんj」
昼飯 会社支給の「カルフールキッチン」の弁当
晩飯 “Finbec Naoto”のポテトサラダ、オニオングラタンスープ、牛頬肉のハヤシライス、らっきょうのたまり漬、きゅうりのたまり漬、アイスクリームを添えたリンゴのパイ、白のグラスワイン、赤のグラスワイン、おまかせによるコニャック、コーヒー
2024.1.2(火) 初売り
いつも一番に出勤をする包装主任のヤマダカオリさんは、今日も一番乗りだった。ヤマダさんはシャッターをくぐって事務室へ入るなり、外の新聞受けに届けられていた年賀状を手渡してくれた。僕は「そういえば」と、その輪ゴムでまとめられた束を受け取る。年賀状が楽しみでならなかったのは、高等学校に通っていたころまでのことだろうか。半世紀も前の物語である。それでもその束のいちばん上には同級生ヤマモトタカアキ君からのものが見えたから有り難く感じ、更に、東京から大阪に転じた彼の住所はしっかり記録しようと考える。
上澤梅太郎商店は、その年の最初のお客様には片山酒造の酒粕焼酎「粕華」を進呈している。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品から戻ると、それらしい袋を提げたお客様がご自分のクルマにお戻りになるところだった。連休をはじめお盆や正月など世間が休みの日には、開店の8時30分より前にいらっしゃるお客様が少なくない。今朝のお客様も、その例に漏れなかった。
午前中こそ静かだったものの、昼の2時間ほどはお客様が多くなって、一時はキャッシュレジスター前の列が長くなった。そのようなとき僕は、お客様をお待たせしてはいけないと、大いに焦る。しかし長男と販売係のサイトーミホコさんは一切、慌てない。ひとりひとりのお客様に長く時間をかける。見習わなくてはならないと思うものの、僕や家内には、それがなかなかできないのだ。
本日最後のお客様は、海外からの方だった。そのお客様により金谷ホテルベーカリーの「百年ライスカレー(ビーフ)」と福音館書店の「おいしいおと」は売り切れた。正月限定の福袋も、間もなく売り切れるだろう。感謝、感謝である。
朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給の「コスモス」のハンバーグ和風ジンジャーソース弁当
晩飯 梅花はんぺん、薩摩揚げ、蛸と香り野菜のマリネ、黒豆、津軽漬、いくらの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、田作り、牛しゃぶ、Chablis Billaud Simon 2018、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)、「後藤酒造店」の「辨天純金酒純米吟醸」(冷や)
2024.1.1(月) 一年之計在于春
着替えて顔を洗いつつ右手の時計に目を遣ると、電波式のデジタル時計は5時ちょうどを差していた。僕としては遅い起床で、褒められたことではない。「一年の計は元旦にあり」という格言がある。これを頭に思い浮かべつつ尻を叩かれているような気持ちになるのは、僕の未熟さの故だろう。
06:55 家内と如来寺へおもむき、新旧のお墓、また叔父と叔母のお墓に参る。水場に水は出なかったものの、花はバケツで持ち込んだため、不自由は無かった。
07:45 仏壇、神棚、稲荷社、水神、地神の5個所に雑煮を供える。
08:10 家族8名が食堂に揃って雑煮を食べる。
08:50 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と本日1回目の配達。
09:10 きのうの夕刻に思いがけず売れてしまった品があって、道の駅に2回目の配達。
10:50 新年の祈祷を受けるべく、総鎮守瀧尾神社の拝殿に昇る。
11:20 追分地蔵尊に初参りをする。
12:20 昼食
13:00 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に本日3回目の配達。
14:00 きのうバンドエイドを外したばかりの手の指先が早くもアカギレの気配を感じさせてきたため、ふたたびバンドエイドを巻く。
14:30 寝室に入って横になって休む。
16:10 地震発生。弱くない揺れが長く続く。
16:15 起床
16:30 道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に本日4回目の配達。
16:50 地神、水神、稲荷社、神棚、仏壇の5個所から雑煮を下げる。
17:30 明日の準備のため、白衣、帽子、マスクを身につけ製造現場に入る。
18:20 製造現場での仕事を終える。
18:30 入浴
18:50 食堂にて飲酒活動を開始。
20:00 就寝。
朝飯 だし巻き玉子、蒲鉾、鮭の昆布巻き、お雑煮、黒豆、栗きんとん
昼飯 肉まん
晩飯 だし巻き玉子、梅花はんぺん、薩摩揚げ、蛸と香り野菜のマリネ、津軽漬け、いくらの「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、すき焼き、「後藤酒造店」の「辨天純金酒純米吟醸」(冷や)





































































































































